2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全7件 (7件中 1-7件目)
1
JAL 大阪発札幌行き絶対に私だけではないはずだなんか騙されたような気分になっていたのは高すぎるのだ年齢が全般的に客じゃないキャビンアテンダントそう、スッチーの上戸彩とまではいうつもりはないクラスJでもなかったわけだしそれにしてもえ? なんで? と思えるようなナイスミディーな面々間違えてノースウェストに乗ったか?と思うぐらいの えっ?? なのだまあ、ナイスミディーでもそれなりに若い人とは違う細やかな気遣いとかがあってやはり違うねぇ~ なサービスだったりすれば納得もできるわけだがそれがそうでもないJALさんにもなんかよんどころない事情があっての人員配置だったに違いないととりあえず勝手にそう思うことにするがサービスの一環としてキャビンアテンダントの顔写真を公開していただけると希望の便も選びやすいというもんだわかっていたら間違いなくANAで帰った。。。涙。。。
2006年06月26日
コメント(0)
教育に関して論じられるほど、いっぱしの教師をしているとは思えない。確かに大学では教職課程を履修はしたし、教育実習なるものにも出かけはした。高等学校社会科二級なる免状さえいただいた。だからといって、教え、育てることに長けているのかと言えば、お粗末極まりない有様なもんで、すいませんと謝るしかない。だから所詮、そんな輩の戯言でしかないのだが、そんな輩がそんな輩なりに最近思うことは、自分は何を教えたいのだろうということ。言い換えれば、自分は何を伝えたいのだろう、ということ。老年看護に必要とされる知識や情報を伝えようとするならば、別に自分でなくてもいい。コンピューターの自習教材でさえ、学生たちはそうした知識や情報を得ることができるだろう。自分が大学生だったときのことを振り返ってみても、そうした知識や情報としてなにを吸収できたのかと考えると、誰に何を教わっただろう…と、まったく記憶がよみがえってはこない。そう考えるに、確かに知識や情報を紐解いていくことは大切なのだとは思うが、自分が何を伝えたいのかと言うと、やはり「思い」でしかないと思う。ないしは、自分が何を伝えられるのかと言えば、自分が今まで感じてきた「思い」であり、後に続くであろう若者たちに問いかけたい「思い」であり、障害や疾病を患う高齢者に対する「思い」であり、老年看護への熱い「思い」でしかないように思うのだ。授業をしている自分を、時々ふっと覚めた目で第三者的に眺めているときがある。何をそんなにがなりたててしゃべっているんだ。何をそんなに熱くなっているんだ。何をそんなに、何をそんなに って。でもそれは、伝えたい「思い」がそこにあるんだと思う。ほんの少しでも、分かって欲しい「思い」がそこにあるんだと思う。何年かして大学での授業を振り返ったときに、授業で教わったことなんか何にも思い出せないけど、あいつが話していた「思い」は、いまだに残っているな… なんて、学生だった連中が言ってくれるならば教師の端くれとして教壇に立っている私も、教師冥利に尽きるというものだろう。
2006年06月17日
コメント(0)
大通から宮の沢に向かう地下鉄に乗ろうとしていた時のことだ。朝の通勤や通学でごった返す地下鉄からは、どやどやといつものごとくに人が押し出されてきたのだが、セーラー服の左右に星のマークをつけた女子高生二人がその群れにまぎれてホームに降り立った。とおもいきや、そのうちの一人がひらりと方向転換したかと思うと、降りてくる人をもろともせず、ドアの正面に立ちはだかり、私は皆さんが降りた後に乗りますからといった強い意志をアピールし始めたのだ。と言うよりは、降りてくる人にどかどかとぶち当たるにもかかわらず、ドアの正面に立ちはだかりながら、脇に立つ友達と談笑をしているのだ。こいつ、バカだ。。。開いた口がふさがらなかった。自分が邪魔になっているということに気がつくまでに、何人の下車する人々にぶち当たれ気が済むのだろう。ってか、気づけ、バカ! である。そういえば、東京では降りる人が先、という言葉があったが、関西にはそうした言葉はない、などということを聞いたことがある。嘘か真かその真偽は定かではないが、確かに関西では、ドアの前にきっちりと列を作って並び、降りてくる人がよけて降りていたようなきもするし、そもそも列なんてなかったような気もしないではない。ドアの左右に乗車客が道を空けるように分かれて立つなんざ、チャンチャラおかしな話なんだろうか。ってか、お前が関西系だろうがなかろうが、邪魔なんじゃ、ボケ! である。西18丁目で降りていった女子高生。君だよ。 きみ。
2006年06月13日
コメント(0)
今日もカップラーメンの汁全部のんでしまった。。。
2006年06月12日
コメント(0)
働きアリは一生、どんなことがあっても、冬と夏が逆転しても、働きアリなんだって。気まぐれな女王アリが「そこのあなた、今夜私の部屋にいらっしゃい。」なんて言うことも無いし、「パンがなければケーキを食べればいいのに。」「なにーっ革命だー!!」みたいなこともない。ただ、食べ物を見つけたら、それがどんなに大きくたって、小さくたって、濡れていたって乾いていたってせっせと巣穴に運んで、仲間が途中で死んだら、その死体も運んで、雨の日も風の日も、ずーっとずーっと働いているんだって。一生、休みなく。 西加奈子:きいろいゾウ
2006年06月06日
コメント(0)
なんだろう。会議が終わった後で、どーも胸糞悪い。別にバッシングされたとか、意見が対立したとかではない。なのに、なんだろう。この胸につかえているものは。札幌の夜の風に吹かれて頭を冷やすうちに気がついた。一つは、腹が減っていること。もう一つは、会議があまりにも非生産的であったことだ。弁当が出なかったことはさておき、元気のいいおっちゃんがまくし立てていたことと言えば、道は何にもやらない。こんなことをやってたらだめだ。この制度は持たない。事業者の立場から言えばなってない。などなどなど…だから? この会議の場でそれをどうしたいわけ? さっぱりした?よかったね。 で終わっただけの会議だった。そりゃ、何のために行ったんだろう、みんなで顔つきあわせる意味があったんだろうか?無駄だなぁ、面白くないなぁ、腹減ったなぁ~ と思えても仕方がない。あちらこちらに顔を出すうちに、なんとなく水が合う場所と、そうでない場所とが見えてきているように思う。今回のような会議は、主催が主催だけに、やっぱりそうだよなぁ~と思うことも多く、今後の身の振り方を考えさせられる。それにしてもつまらん会議だった。
2006年06月05日
コメント(0)
小学校の運動会があった。3月生まれのやっとこ1年ボーズの長男が、それなりに一生懸命やっている姿を見ていると、何ができなくても、そこに君が在ることに、お父さんはとてもかけがえのない価値を見出すと、真に思えるのでした。
2006年06月04日
コメント(0)
全7件 (7件中 1-7件目)
1


