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普段は車通勤だが、車が家に一台しかないこともあり、電車で通勤することも少なくはない。そんなとき、最近検査のたびに中性脂肪が引っかかる私としては、おっさん化に歯止めをかけるべく、駅まで必死にあるくのである。それもとなりの駅まで歩くのだ。北海道の魅力の一つは、なんといっても美しい夏にあるだろう。夏の朝、隣駅までポコポコと歩いていくのは、思った以上に気持ちがよいものである。それに、時間にして20分ほどの朝のウォーキングが、結構考え事に適している。いろいろなアイデアや文章のフレーズなどが、この20分のウォーキング中に浮かんでくることが多いのだ。北海道の魅力のもう一つは、なんといってもモッサモッサと降り続く雪の世界だろう。などと、半ば自虐的に書いてみたが、朝の20分のウォーキングは、だんだんと気温が低くなるにつれ厳しく感じられてくる。駅に着いたときには、顔がつめたぁ~くなって凍り付いているのではと思われることもある。そんな朝のウォーキングでは、アイデアどころか、頭の中は、「さむぅ~、さっむぅ~、さむぅ~」などといった言葉が、20分間とめどなくめぐり続けているだけだったりもする。札幌は初雪を見たものの、まだ根雪とはなっておらず、これからやってくるであろう雪また雪また雪の日々を前に、いつまで続くかわからぬ朝の20分ウォーキングを、今日も満喫する私である。。。
2006年11月28日
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電車の向かいの席にかわいらしい女性が座った。これからデートなのか、しっかりとめかし込んでいる。目元もばっちりアイシャドーで決めているの。色はきれいなエメラルドグリーン。思わず、甥っ子を思い出し、笑ってしまった。甥っ子は5歳、幼稚園の年中さんだ。トーンの高いこえで、「かぁ~さん、かぁ~さん。」とよくわめく。あるとき、そのかぁ~さんがめかしこんで目元をアイシャドーで決めたところ、「かぁ~さん、 かぁ~さんの目に カビが生えてるよ!」とのたまった。心に思ったことを素直に口に出して許されるは、子どもの特権だ。先日洗面所でうちのに、「年取ったなぁ~」と思わず思ったことが口から出てしまった。ぶっ飛ばされた。。。前に座った女の子の彼氏も、カビが生えてるよ、などとは間違っても口にしないほうがいいだろう。
2006年11月26日
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毎度のことではあるが、朝から2人の子どもたちがなにやら騒いでいる。よく聞けば、上のボーズが何かのうたを歌いながら騒ぎ、それを下の娘がケラケラと笑いながらじゃれあっているようだ。しかし、ボーズが叫んでいるうた?が、なんだかよくわからない。「ウェイヨ~ ウェイヨ~ ラプタァ~ン♪」なんじゃそれ?いったい何を叫んでいるのだろう。ただ、メロディ~は聞いたことがあるぞ。。。と考えていたら、あぁ~そうか、ときがついた。We Will We will ROCK YOU!とフレディ~が歌うあの曲だ。英語がわからないボーズとしてみれば、車で父親の趣味で聞かされているCDの曲が、ウェイヨ~ などと聞こえたとしても不思議ではない。えんやぁぁぁ~ 会津磐梯山はぁぁ~ たかぁ~らぁ~の ホラ山ぁぁ~よぉぉ ♪などと勝手な想像をしていた私だったが、ボーズがクイーンを朝から絶叫しているとは、すこし驚いた。しかし、そのうちボーズが大きくなり、英語などという教科を学習し始めるころには、ウェイヨ~ が WE WILL~として聞こえてくるようになるのだろうから、人間の耳というか、頭というのは、すごいパーツだと思う。もっぱらパーツがガタピシしてくるばかりのわたしの頭だが、子どもたちの柔軟なスポンジ頭には、日々恐れ入るばかりである。
2006年11月26日
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「究極の権力は、人を殺すことだ」「その娘に、正義なんてものはこの世にないと思わせてはいけない。 それが大人の役目だ。なのに果たせん。我々がこしらえたはずの社会は、いつからこんな無様な代物に堕ちてしまったんだろう。」 自らの命を絶つ若者たちが後を絶たない。彼らは逃れようのない状況の中で、唯一権力者となれる自分自身に対して権力を行使する。正義はどこにあるのか。正義を誰が示せるのか。殺戮、虐待、賄賂、談合、不正。。。新聞に踊る文字のどこに正義を見出しえるのか。我々がこしらえた社会が、こしらえたものの責任を問いかけている。
2006年11月18日
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札幌で行われる日ハムの優勝パレードで、紙ふぶきを撒くことが決定したらしい。そりゃそうっしょやぁ~♪雪でぐちゃぐちゃになって掃除が大変かも知れんけど、ぶわぁ~っと、盛り上げたいよね。って、仕事で東京に行ってて見れないけど。。。。
2006年11月17日
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何でもかんでも壊れたら捨ててしまう。うちの女房がそんなタイプ。まだ直せば使えるのに、こわれちゃったぁ~と投げ出してしまうのだ。先日も「子供の傘が壊れた、新しいの買わなきゃ」などといっているので、どこが壊れたのかと思ってみると、傘の骨が固定されている部分が一つ外れている。ちょっと貸して、とラジオペンチではめ込むと、なんてことはない簡単に直ってしまうものだった。子供のおもちゃでもそうだ。タイヤが取れた、といっては新しいの。何かが折れた、といっては新しいもの。そんな環境にいれば、次から次へと新しいものに買い換えればすべてことがすんでしまうような気になってしまってもおかしくはない。ロボッツというアニメの中で、自分の体のパーツを新しいものに取り替えてバージョンアップしていく有様が、シニカルに描かれていたのを思い出す。自分の子供たちには、なんでも新しく買い換えればいいだなんて考えを植え込みたくはないと思う。だから、というわけではないが、壊れたものは、それがおもちゃであれ、陶器であれ、時計であれ、たんすであれ、電化製品であれ、なんであれ。とりあえずはおとーさんに直してもらう、ってことが我が家の最初のステップだ。だからといって、おとーさんにだって直せないものもある。子供たちは、「えぇ~、直せないのぉ~」などとつめたい言葉を投げかけてもいく。そりゃ、おとーさんはおもちゃやさんじゃないし。。。電気屋さんじゃないし。。。ましてや時計屋さんじゃない。。。こんな時計を手作りで作っちゃうぐらいの技があればいいのだが、いまだに部品を固定するネジをつまみ損ねて失くしているような始末。そんなとーさんは、子供らにどんな奴として映っているやら。いずれにせよ、壊れても、なおしゃ何とかなる!そんなものが結構たくさんあるのですよ。で、うちの女房との関係は何とかなるのか。。。なんて、そりゃ時計屋さんにでも聞いてみないと分からないかなぁ
2006年11月16日
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何の変哲もないただの時計といったらそれまでなのだが、こいつが私の時計趣味に火をつけた奴。とある雑誌の片隅に載っていたこの時計。気がついたら、ほしくてほしくてほしくてほしくて。手に入れてみたら、きれいで素敵でおもしろくて。おまけに裏から機械の動きが見えるもんだから、今度はいじってみたくていじってみたくて、いまでは時計を組み立てて遊んでいる始末。時計なんて、たかだか時間が分かるだけの道具だと思っていたのに。それはそれで間違ってはいなかったと思いつつも、人間的な技がそれを成していることのおもしろさに気づいていなかった。どこまではまっていくのやら、ちっちっちっちと動いていくだけの機械に。
2006年11月13日
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はらたいらさんに 全部。合掌
2006年11月10日
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地域への貢献や社会活動には、そりゃーいろいろな形があるのだと思う。いろいろな人が、自分にできるいろいろな形で活動し、地域や社会に貢献しているのだと思う。先日、とある看護大学のホームページを眺めていたら、地域貢献・社会活動といった欄があり、いろいろな先生がいろいろと取り組んでいることが書き並べてあった。で、とある教授の欄をみると、○×大学非常勤、●△大学非常勤、×□専門学校非常勤…って、え!??それって、地域への貢献なの???それって、社会活動だったの???????ってかそれって、税金使ってる学校の職員が書くか???????ってか、この先生終わってる?????????????????いままで規制されていたから、独立法人化とともにバンバン地域貢献しちゃいましょう~見たいな感じ?いずれにせよ、バイトが地域貢献・社会活動に入るのならば、私はどれだけ地域に貢献してきたことか。ってか、これからもどんどん貢献しちゃいます。ってか、この先生。まさかCurriculum Vitaeの社会活動欄にも書いてたりしないよね。。。先生! それ、ただのバイトですから!!
2006年11月09日
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人生に意味を与える道は人を愛すること自分の周囲の社会のためにつくすこと自分に目的と意味を与えてくれるものを創り出すことであると、モーリー先生は言った。自らの命を絶つことで自分の人生に意味を与えることはできないただ、自らの人生に意味を与えることに意味を見出せなくなったとき人は人を愛することも自分の周囲の社会のためにつくすことも自分に目的と意味を与えてくれるものを創り出すことも否定しはじめるのだろうでも人は誰かが自分を愛してくれていること誰かが自分のためにつくしてくれていることそして誰かが自分によって意味と目的とを創り出していることを知ったとき人生に意味を与える意味を見つけることができないだろうか命を絶つことはいつでもできるでも命をつなげていくことは途切れたらそれまででしかないこんな声がなんの役に立つのだろうかとも思うただ先を急ぐ若い命が後を絶たない中で教員として自らの責任を感じる
2006年11月08日
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札幌に拠点を置く日本ハムが優勝し、優勝パレードが行われるという。が、盛り上げる紙ふぶきは道路交通法に触れる恐れがあり、禁止!なのだという。だから優勝経験がない地域はやだなぁ~とか、ちっちぇぇ~なぁ~ 札幌とか、だから田舎なんだよ札幌はぁ~とか、地域と市民とで盛り上げていこうという考えがそもそもないんだよなぁ~とか、だから北海道経済が盛り上がらないんだよなぁ~とか、盛り上げる方向で頭ひねろうよぉ~とか、せっかくの優勝を北海道そのものが台無しにしてど~すんだとか、まぁ~きりがないわけ。盛り下げ上手な北海道が、また一つ力を発揮しちゃっています。新庄がやめて、小笠原がいなくなって、おいおい、盛り下がるかぁってときに、お前が盛り下げてど~すんだ、道警!!
2006年11月07日
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ひさしぶりの東京は、札幌の夏ぐらいの勢いで、コートなんていらなかったなぁ~と後悔しきり。でも、代替医療についての面白い講演を聞くことができた。学会の講演で面白いなぁ~と思ったのは久しぶりだ。なかでも、水についての話は興味深かった。人間の体はその半分以上が水だ。だから、水が人間にとって大切であることは間違いない。その水がわれわれにメッセージを送っているのだという。水自身の体を持って伝えられているそのメッセージが、科学がどうのこうのといった近現代の常識的な枠組みを超えて届いてくる。へぇ~だったり、そうだよなぁ~だったり、ふむふむだったり、うんうんだったり。凍結するときに現れる水の結晶のでき方が、水の産地で違うという。結晶が壊れているもの、きれいな結晶ができているもの。どちらの水を体内に取り込みたいのか、一目瞭然だ。面白いのは、水をパソコンやテレビの前においておくと、凍結するときの結晶が壊れていく。きれいな音楽を聞かせると、壊れていた結晶がきれいな形へと再生されていく。ほんとーかいな、とおもうのが、感謝、愛しています、などといった文字を紙に書いて張っておくと、ビンの中の水は、その結晶がきれいなものになっていくのだという。ふ~~~ん、であり、へぇ~~~~、であり、そんなもかなぁ~~~でもあるが、水もわれわれと同じように、生きていると考えるならば、外からの何らかの力やメッセージを、しっかりと受け止めていてもおかしくない。自然の中で、自然の力と一つになり、自然の一部として生命を生かしていく。そんな人としえのあり方を、その水は教えてくれているようにも思う。今日からは、自分のおでこにでも、感謝、愛していますと書いて貼っておこう。コンなわたしも、浄化されていくのではないだろうか。。。。
2006年11月05日
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