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ハマダレポート Vol.59 2011.5.30ハマダレポート53号でご紹介した川崎市のご婦人のご相談。小学校6年生の女の子のお孫さん(京子ちゃん仮名)への親族里親制度の適用を決める審議会が先週23日に開かれ無事認められました。早速ご報告し、喜びの声を頂きました。東日本大震災での両親を失った子供たち。25日現在で155名。うち、親族里親制度の適用申請が16名、未だ1割とのこと。厚生労働省からの積極的働きかけを要請しました。さらに、震災孤児に対しては、月々4万7千円の生活手当に加え、本来、入学時に支給される支度金小学生4万円、中学生4万6千円がその学年にかかわらず支給されることも決まり、津波で流されたランドセル・学用品の用意に当てることができるようになりました。しかし、血がつながっていない方が里親となる養育里親には、月7万円の里親手当が支給されますが、血がつながっている親族里親にはこれが支給されないという問題。担当する厚生労働省は、「民法で祖父母や兄弟姉妹などには子の養育の義務があるから」と今まで説明してきました。26日、私が委員長を務める参議院法務委員会で法務大臣の見解をただし、「民法が根拠ではない」との答弁を勝ち取り、親族里親にも養育手当支給のやっと糸口が!被災地では震災孤児を養育したいと思っている親族自身が被災者です。養育里親の場合の半額でも支給されれば大きな支援に。川崎の京子ちゃんとおばあちゃんの団らん。楽しい声が響いているかな。子供たちの未来へ、浜田まさよし、進めます!▼浜田まさよしPC用ウェブサイト、これからも精力的に更新してまいります!http://www.hamada-m.com/▼メールマガジンの登録は、こちら空メールより登録できます。epbv6935reg@mr.cbz.jp ポチンとクリックを!
2011年05月31日
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雨の中、疲れながらも、よく動きました。午前中は、橋本のミウイ8階での太宰治の講演会。中高年の太宰ファンが20名ぐらい。私は興味本位ですが、三鷹で暮らしていたようでビデオでの三鷹の文学散歩案内でした。玉川上水に飛び込んだ地点に、出身地から取り寄せた貴重な岩がおいてあるようです。午後からは、風邪で寝込んでいる妻の食べられそうなものや薬の買い込み。夕方には、豪雨のなか、横浜は山下公園の向かいに立つ神奈川文化会館へ。教育セミナーに参加。久しぶりの仲間に会って、話に花が咲く。午後7時ごろ、橋本駅ビル王将にて食事。仙台で被災者に振舞った野菜ラーメンで、550円のうち、100円を被災地に送るというので早速、注文。なかなか、あっさり味ながらコクもあり、何より、野菜たっぷりがいい。
2011年05月29日
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ヨウ素・・・8日で半減、1月でほぼなくなるので、心配ない。セシウム・・・半減期は約30年。体内に入ると、約70日で半分に減るが、多量に摂ると骨と脂肪以外の全身に均等にいきわたり、全身が被爆する。甲状腺のみならず、あちこちにガンができるようになる。ストロンチウム・・・骨にたまる。半分に減るまで18年かかる。体内に入ると、長い間放射線を出し続け、白血病の原因にもなる。プルトニウム・・・半減期は24000年。内臓の表面を損傷。4種のうち、後の2つが危険性が高い。小田原の新茶から、セシウムが検出されたことは、箱根や丹沢に遮られた風の中のセシウムがふもとの土壌にたまった可能性が高く、それを茶が根から吸いあげたらしい。山歩きを趣味とする私としては、関東近県の山は歩かないほうがいいかもしれない。
2011年05月28日
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新百合ヶ丘駅前、OPA(morinoビル1階)に面白いラーメン屋発見。 雑誌などにも紹介されている。動物性のもの一切無しの特性スープで30種類の野菜成分が入っている。黒豆乳、豆乳、豆乳無しの3種類のメニュー。各テーブルには、無農薬栽培の野菜が置いてあり、自由にラーメンに入れて食べられる。880円だが、あと100円出せば焼酎が1杯飲める。
2011年05月25日
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帰宅途中の住宅の庭のバラがとてもきれいで、つい、携帯でとる。もう少し歩いた児童館の塀にも、小さいバラが自己主張していた。通り抜けた公園のフェンス、階段脇の花壇にも、花の饗宴。
2011年05月25日
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神奈川の浜ちゃん、がんばってますよ!ハマダレポート Vol.58 2011.5.2315日に投開票が行われた東京都足立区議選。定数5減の中、公明党は現有14議席を死守し、6000票増、過去最高のご支援を頂きました。一方、10人の候補を擁立した民主党は7人が落選する惨敗。共産党も新人1人が落選し、後退。まさに、ご支援いただいた方々の「勢い」のたまものです。区議選後、このご支援の「勢い」について、ある横浜のご婦人からうれしいメールを頂きました。このご婦人からは、去る5月9日、労働災害でリハビリ中のご子息が通院していた整形外科が急に閉院し、書類不備で月35万円の労災補償がストップ。何とかして欲しいとのメールを頂いていました。早速、厚生労働省の担当課に連絡、解決し、あきらめておられていたご子息から「やった!希望が見えてきた」とのメールがご婦人にあり、喜んで頂いて足立区応援の「勢い」にして頂いたとのご報告です。ネットワークの力で、全国の議員が「声をカタチに」取り組んでいる、これこそ公明党の強みです。さらなる党勢拡大へ、浜田まさよし、進めて参ります!▼浜田まさよしPC用ウェブサイト、これからも精力的に更新してまいります!http://www.hamada-m.com/ クリック願います!
2011年05月24日
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公明党は19日午前、東京都新宿区の党本部で中央幹事会を開き、「人間の復興」を基本理念に掲げ復興庁や復興特区の創設などを盛り込んだ東日本大震災復興基本法案の骨子について了承した。中央幹事会終了後、山口那津男代表は公明会館で記者会見し、同骨子を発表。石井啓一政務調査会長、西田実仁広報局長が同席した。席上、山口代表は、基本理念について「被災地の人々の『人間の復興』をめざすもので、憲法にある個人の尊厳に基づく幸福追求権を根拠とし、生存権を実質的に進めていくとの考えだ」と指摘した。そのための具体策として、「一元的な推進力、司令塔として復興庁を設け、企画立案・調整だけでなく事業の実施までも行える権限を与え、その推進役として復興担当相を設ける」と述べ、被災地域と連携し迅速に対応するため地方支分部局を設置する考えを示した。復興財源については「『復興債』を発行して他の会計と分離して透明化を図り、償還の道筋を示していくことが重要だ」と述べ、骨子には併せて「歳出の徹底した見直しと削減を図る」と明記した。被災地域の創造的な復興を推進するため「復興特区」の創設を盛り込んだことについては、「規制(緩和)や税制、金融の特例を設けて、地域の自主性を生かす仕組みにした」と強調。復興の推進には、被災地域の住民の意向を最大限に尊重する考えを示した。さらに、有識者の意見を取り入れる東日本大震災復興委員会の設置について「女性や子ども、障がい者の方といった多様な社会的立場からの意見が反映される人選を行い、各層の意見を反映していきたい」と述べた。その上で、「被災地の復興後の姿というものが、21世紀にふさわしい『支えあう社会』『共生社会』の模範となる地域社会をつくる方向へ、全力を挙げて議論を進めていく」と力説。今後の基本法案に関する国会審議で「わが党の考え方を提案し、合意形成に建設的に寄与していく」と述べた。記者団との質疑で、山口代表は、政府提出の復興基本法案に対して「非常に弱い国のかかわりで、復興の推進力とはならないし、縦割りの弊害も打破できない」と批判した。復興債の償還について、石井政調会長は「従来の国債は60年償還ルールになっているが、次世代になるべく先送りせず、例えば10年、20年といった形の償還もある。今後、償還の財源論なども検討していく」と述べた。【復興基本法案骨子のポイント】▽復興は「人間の復興」を基本理念とする▽国は基本理念にのっとり復興基本指針を定める▽地方公共団体は基本理念・基本指針を踏まえ復興計画を策定、実施する▽内閣に施策を一元的に実施する復興庁を設置する▽首相は復興庁を所管する復興担当相を任命する▽復興財源を確保するため歳出の徹底した見直しと削減を図る▽国会の議決を経て復興債を発行する▽被災地域を「復興特区」に指定する公明党は、地方議会とのネットワークを生かしむ、地方の声をきちんと反映した政策を掲げている。後は、政府の尻をしっかり叩いて、実現させていただきたいものである。 ポチンとクリックを!
2011年05月24日
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『一人の人間を騙すより、多数の人間を騙すほうがやさしい』これは、約2500年前の古代ギリシャの歴史家、ヘロドトスの言葉イオニアの王、アリスタゴラスは、ペルシアとの戦争を始めるに当たって、スパルタの王に援軍を頼んだが、断られた。それで次の強国アテネへ行き、アテネ市民の前で演説する。一人の冷静な王は騙せなかったが、アテネの多数の民衆は、巧みな演説に乗っかって、実は卑怯者である男に騙されてしまう。なにやら、新しく現代の話のように思えてきた。なんと多くの人が「原発安全神話」に騙されてきたことか。選挙のときの有権者だって、根拠のない飴玉にころりとやられてしまった。アテネは勝ったけれど、ヘロドトスは、しなくてもいい戦争であり、災難であったと批判している。ヘロドトスは、この教訓を、「原発列島」日本のために、残してくれていたようだ。(週間現代5.28号、「人生のことば」轡田隆史、P71) ポチンとクリックを!
2011年05月19日
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2001.9.11は、地球上の貧富の差や思想生活の差異を、根本的に問い直す契機となる可能性があったはずであるが、世界のリーダー役の某国大統領は、暴力的報復を採用した。キリスト教の「汝の敵を愛せよ」の意味するところを理解できなかったようである。9.11で失った命以上の命を失うことになる、戦争に突入していった。「汝の敵を愛せよ」とは、憎しみの連鎖を避けよとのメッセージだが、それを受け取ることなく、世界もテロとの対決の姿勢を支持していった。「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」というが、チェルノブイリを超える人類史に残る原発事故を、そして、1000年に一度という大津波の教訓を、どう今後の日本の建設に生かしていくか。じわりじわりと真綿で首を絞められるように、ボディブローのように効いてくる放射能の恐ろしさを、多くの人は、いまだに気づいていないようだ。今までの生き方を、180度転換できる1000年に一度のチャンスに遭遇しているのかもしれないのだ。鎌倉時代の聖哲は「大悪起これば大善来る」といっているが、まさしく、65年前の第2次世界大戦に匹敵する大悪でありながら、今後の人類史に刻まれる文明の転換点ともできるはずである。初めて原爆の洗礼を受けた国が、原発で滅びてしまっては、悲しすぎる。原発に頼らない新しい文明の形を作り上げていく契機としていきたい。
2011年05月18日
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VIVOのブログからの転載です。これはいいアイデアだと思い、紹介しました。林政ニュースによりますと林野庁は、東日本大震災で甚大な被害を受けた海岸防災林の再生策を検討する有識者委員会を設置して、被災海岸に堆積しているがれきを有効利用して人工砂丘をつくり、その上に森林を造成する「多機能海岸防災林」を軸に議論を進めています。インドネシアのジャワ島にある第2の大都市スラバヤで街を洪水と高潮、津波から守るためにマングローブの植林が進んでいます。この地区は上流からのごみが散乱し、違法伐採によりマングローブ林がほとんどなくなってしまいました。2007年の調査でもスラバヤ市の沿岸は海抜マイナスにあり、津波が来ればひとたまりもないという結果でした。そんな状況に当時スラバヤ市長だったバンバン氏が「ここは直ちに植林をすべきだ」「さもないとスラバヤは沈んでしまう」と訴えつづけある村をターゲットにしてプログラムが開始されました。このプログラムに賛同したジョコ・スウォントン氏が住民組織を立ち上げてこのプロジェクトの推進しています。2007年7月26日、世界マングローブの日にバンバン市長出席のもとマングローブ林の保全監視のための小屋が建設されて始まりました。当初は嫌がらせや偏見に打ち勝つのに時間がかかったそうです。伐採は短期間で多くの収入を得ることはできますが、反面、森がなくなってしまえば失われる価値の大きさに気づいてもらうことは容易でなかったそうです。 植林により魚や鳥やサルなどの動物の生息が戻り、自然の豊かさに住民自身が気が付き始め、いまでは多くの住民がこの場所をエコツーリズムのプロジェクトにすることで収入機会が得られることも始まり順調に進んでいます。マングローブの植林により、大地に張った根が有機物や大地から流れ出た成分を吸収し、海をきれいにして、浸食を防いでくれます。この安定した環境の復活で野生生物が復活してきます。このような健全な環境が地元の人たちの収入にもつながり、より安定した持続的な生活につながるという素晴らしい循環を生み出しています。 『 VIVO グリーン ボイス 』 第94号5.13より
2011年05月17日
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浜田レポート、連続ですが、サボっていたものですみません。私がサボっていても、浜田さんは、議員としての魂と行動を続けていました。ハマダレポート Vol.57 2011.5.165月11日から13日にかけて、県内、足柄、小田原、愛川、清川、真鶴、湯河原での生茶から基準値以上の放射能が検出し、出荷自粛されるというニュースが発表されました。高いところで基準値の1.5倍程度で、相模原、厚木、秦野、伊勢原、大井、箱根、中井、松田、山北、開成では基準値以下。しかし、「何故、神奈川まで」とショックが拡がりました。ちなみに、同時に検査されたほうれん草(南足柄産、平塚産)、小松菜(相模原産)、は放射能不検出でしたのでご安心ください。また、同時期に静岡県が行った検査では、菊川市の生茶は基準値の5分の1程度、さらに製茶した10グラムを430ミリリットル(お茶碗3杯)のお湯で90度、60秒で浸出したものでは、基準値の100分の1から1000分の1程度。全く問題ありません。神奈川県の発表によると、今回検出した足柄茶を毎日、1キログラム、365日、食べ続けた場合の人体の影響は2.7ミリシーベルトと、大人、子供の目安100、30を大きく下回っています。まあ、そもそもお茶を食べ続ける人はあまりいないと思いますが・・・但し、厚労省がお茶を殆ど検査してこなかったのは大問題。至急、青森から長野までの14都県に緊急調査を要請しました。基準値を上回る農産物は出荷自粛され、公明党の要請により、その被害補償及び必要な無利子つなぎ融資が受けられるようになっています。党の原子力災害対策本部の事務局長として、浜田まさよし、全力を尽くします!▼浜田まさよしPC用ウェブサイト、これからも精力的に更新してまいります!http://www.hamada-m.com/ ポチンとクリックを!
2011年05月16日
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hiryuさんのブログからね転載です。一つの視点を与えてくれてます。参考になります。▲憲法前文は「恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」を宣言しているが、原発は放射能被害の恐怖と不安と人命破壊を引き起こして平和的生存権を侵害する。▲憲法は13条で「生命、自由および幸福追求に対する国民の権利」を保障し、22条で「居住の自由」を保障し、25条で「健康な生活を営む権利」を保障し「公衆衛生の向上と増進」を目指しているが、原発は放射能汚染によって健康を破壊し、飲食物の摂取を危険にし、それらの生産者の生活を脅かし、地域住民を転居させるなど、生命権と健康権と幸福追求権と生活権と居住権を甚だしく侵害する。▲憲法18条は「何人も、その意に反する苦役に服させられない」と規定しているが、原発作業員は、日常的に放射能の危険に曝され、事故のときには、その犠牲者にさせられるのであるから、彼らの労働は憲法が禁止している「意に反する苦役」である。▲憲法21条は「表現の自由」を保障し、23条は「学問の自由」を保障しているが、国の原発政策は、原発に批判的な意見の表明を抑圧し、批判的な研究を抑圧してこれらの自由権を侵害し、国民の「知る権利」を侵害する。▲憲法98条は「日本国が締結した条約および確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と規定しているが、福島原発が放射性廃棄物を海洋投棄したことは、海洋投棄に関する国際条約に違反している。■電力会社は大地震の際に原発事故を防ぐ能力がないことを露呈し、原発は憲法違反を不可避的に引き起こす制御不可能な危険物・暴力源であることが明らかになったのであるから、原発は当然法律で禁止されるべきである。 (2011.4.17)
2011年05月15日
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公明党の山口那津男代表は10日午前、国会内で記者会見し、東日本大震災の対応を国会で常時議論するため、衆参両院に特別委員会を設置することを提案した。また、菅直人首相の要請を受け入れ、中部電力が浜岡原子力発電所(静岡県御前崎市)の全面停止を決めたことなどについて、大要次のような見解を述べた。一、浜岡原発の立地状況からすると、東海地震や津波に対する国民の強い懸念があったことは事実であり、政治が不安や懸念を払拭する対応を検討する姿勢は重要だ。しかし、首相が突如、(記者会見をテレビ中継して)発表したことについては警鐘を鳴らさなければいけない。一、まず首相の発表は、あまりに唐突で説明不足の印象だ。中部電力や大口使用の事業者、関連する中小企業やそこで働く従業員、一般家庭、関係自治体、他の電力会社やその他の原発立地地域など、さまざまに影響が及んでいく。これらに対する政府の配慮、説明が全く十分でない。一、民主党政権や菅内閣は(新成長戦略の柱として)日本の原発システムを外国に(売り込みを)推進してきたが、政権のこれからのエネルギー政策の考え方が整理されないまま、突如あのような要請をしたことも大きな疑念を呼んだ。また、大きな地震の可能性や(敷地内の)活断層の存在は、かねてから議論、指摘されていた。なぜ、各方面へ調整もせず、あのタイミングで発表しなければならないのか。一、首相は法的根拠がないことを知りながら要請している。営業の自由や基本的人権にかかわる制約をする場合は、立法府(国会)の意思に基づいて行政が行うのが法治主義の原則だ。法的根拠のないことを自らの判断で行うことには、大局的に見ると危惧を感じざるを得ない。「政治主導」に名を借りた、誤った行政権の独断専行と言わざるを得ない側面もある。一、こうした対応は東京電力福島第1原発事故の対応にも見られる。菅政権の暴走とも言うべき行為に対して、立法府としてしっかりチェックし監視を強めていかなければならない。衆参両院に原発の対応を含め東日本大震災に関する特別委員会を設置し、常時議論する体制を整え、行政権を厳しくチェックし監視する機能を高めることを提案したい。復旧・復興を切れ目なく国会が監視し提言していく場とすべきだ。一、(結果として浜岡原発の停止が決まったことについて)住民や国民が指摘する危機への懸念が払拭される点は、一定の評価がなされるべきだが、結果が良ければ、どういうやり方も許されることにはならない。 ポチンとクリックを!
2011年05月15日
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人は何のために生きるのか。若い頃から、自分に問うてみるが、いつも解けたためしがない。突き詰めて考えたこともないので、当然かもしれない。目の前の生きることに忙しく、考えるだけの余裕がない。木田元さんの「人生論ノート」を読んでいたら、ふと、考えてみたくなって、何年ぶりにか、「何のため」を、通勤の間だけだが考えてみた。人は、なぜ、「何のため」と考えるのか。ここが問題である。1個の精子が、何億と言う競争相手を抑えて、卵子にたどり着き、受胎する。狭い世界の出来事ながら、ここに大自然の営みがある。十月余を経て、1個の生命が誕生する。胎内の成長の過程にも、単細胞生物から、人間への悠久の進化のドラマを経験する。体外へ産み落とされるとき、母親の苦しみの声を聴きつつ、自分も無意識の中で闘いながら、出てきたのであろう。そして、この世に生み出された瞬間から、人間は、「生きるため」に、泣き、呼吸し、飲み、笑い、食べるようになる。物心ついたときには、自分の体が当然のようにあり、自分が「生きていた」のである。そこに、「何のため」という問いはなかったのであり、もともと、無理な問いであった。答えがなくて当たり前。目的はない。もし、問えるとしたら、「生きるために」、何をなすべきか、ではないだろうか。どう生きることが、本当に「生きる」ことになるのか、つまり、生きる内実を問い、意味を問うことしかできない。これから、お昼を食べに行くので、中断。また、後で。1.5日過ぎて、現在は午後7時30分、ようやくゆっくりした時間となった。今日は1日、自治会の班長として、自治会費の集金に費やしてしまった。さて、「何のために」の続きだが、なぜ人間は「何のために」という問いにこだわるのだろうか。それは、人間が意味を求める動物だからかもしれない。生命の成り立ちからして、そこに意味はないと思われるが、それでもなお、その問いを問い続ける。分からないからこそ、なお一層解を求めようとする、そこに人間の性向の一端が見えているようだ。それは、好奇心と言っていいかもしれない。その人の趣味の違いで、好奇心は、どこへでも出かけていく。心の暗闇へ、宇宙の彼方へ・・・・・。その好奇心が、「何のために」と自らの存在理由を探している。その、果てしもない自らへの問いが、宗教となり、哲学となり、科学となり、芸術となり、今日の人間文化を作り上げてきたのではないか。「八万四千の法蔵は、わが身一人の日記文書なり」と鎌倉時代の日蓮は書いているが、私はこれを、仏教に限らず、「全ての人間文化が、生命の真の姿を追求してきた『生命論』である」と解釈したいと思う。大河ドラマ「江」の時間だ。頭も疲れてきた様子。今日はこの辺で。 ポチンとクリック!
2011年05月14日
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今週2回目ですが、浜田レポートします。この度の大災害で多くの動物たちも被災しました。原発20キロ圏内には、牛4千頭、豚3万頭、鶏63万羽、馬百頭、犬は5800匹。テレビで放映されていましたが、家畜の多くが、餓死し、または、その寸前の状況。特に、被災された方々から悲痛な声を頂いたのが、ペットたち。もはや家族同然で、心の支えでもあったのです。4月22日、私が事務局長を務める党の原発災害本部と高木美智代衆院議員が委員長の動物愛護管理推進委員会で、防災担当でもある松本環境大臣に緊急要請を行いました。立ち入り禁止の警戒区域になった後も、「緊急災害時動物救援本部」と連携している動物愛護団体の現地派遣を認めること、救護した被災動物の預かり施設の確保、救護用資材の供給も・・・・。そして、4月27日、福島県が原発20キロ圏内のペット保護の方針を発表。この連休中から、保護と調査が始まりました。獣医師資格を持つ県職員が立ち入り、餌を与え、衰弱している場合は、保護して飼い主に連絡、ホームページで公表も。今回、犬27匹、猫2匹が保護されたそうです。「ニャンとよかった」、我が家のニケも喜びました。生あるものの「いのち」大切に、浜田まさよし、進めます!▼浜田まさよしPC用ウェブサイト、これからも精力的に更新してまいります!http://www.hamada-m.com/ ハマダレポート Vol.56 2011.5.9 ポチンとクリックを!
2011年05月13日
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最近、胃腸を壊してしまい、健康のため100回咀嚼に挑戦している。食べ終わるのが、かなり遅くなる。これも、少食になり、いいようだ。たいていは、100回かみ終わらずにのどの奥へすっと入るぐらい、かゆ状になってしまう。これを飲み込まずに、噛むのが難しい。胃腸は、かなり楽だ。口の中で、完全に溶けてしまっているから。しばらくやって、結果を報告しますね。「凡事徹底」と、読んだ本にあった。玄米菜食でガン克服した人や、100歳まで生きた人の生き様を一言で言うと、この言葉らしい。ここに書いて、決意を深め、いい成果を報告しますね。
2011年05月13日
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以下は、みん株運営事務局の記事の転載ですが、「なるほど」と思い、転載しました。 【なぜ、東電の社債をデフォルトにしないのか】(鮎川 良)数兆円とも言われる東電の賠償問題。最近のニュースでは、東電のリストラを条件に、政府が主導となって枠組み作りを進めている。原発事故が起きた直後の東電株の売られ方は、尋常ではなかったが、それは、東電の破たんを懸念した売り物であったに違いない。しかし、電気の供給会社、つまりインフラ会社として東電を潰すわけにはいかないという論理が、いかにも正当性を持って伝わり、早々に、電気料金の値上げという利用者負担の話が出る始末だった。東電は事故のあと、格付けの引き下げもあったが、賠償金を捻出するためには、保有する不動産のほか、株式の売却代金も当てるのが当然で、東電の支払能力がそれでも足りなければ、東電が発行する社債は、通常、デフォルト(債務不履行)になる。ここでいったん、東電は破たんするだろう。それによって、リスク資産を保有する社債保有者や株主が、そのリスクと責任を負う格好になる。株式会社とはそういうものであったはず。そして、本来は、ここからが国の出番。株式市場に上場しているのはすべて民間企業である。しかも、東電のリストラに関しては、退職金は残されるという。原子力の危険を未来に先送りし、その被害もこの先数十年単位で進行する。リスクが一気に露呈したこの段階において、なぜ、東電の待遇は守られるのだろう。多くの人が失ったものに比較すると、東電を優先的に守る理由が見当たらない。破たん後は民事再生法を適用すればよい。事業を会社別に分割することもできる。ここで初めて公的資金を注入し、今後の収益から返済をしていく、というのが、資本主義の元での破たん処理。かつての長銀や、最近の日本航空とは何が違うのだろうか。憲法で守られた膨大な人の人権をはじめ、自由、職業、財産というほとんどの権利が奪われた賠償が大きくなるのは当たり前だとすると、コスト削減やリストラなどという、中小企業なら事故を起こさなくても、震災の影響で破たんしているところだって多いはず。原発の利権によるものだとすると、多くの人は納得しないだろう。
2011年05月12日
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浜田レポート5.2です。連休中にて、サボりました。浜田さん、応援の読者の皆さん、すみません。参議院法務委員長として2月24日、東京都の児童相談センターを訪問させていただきました。児童虐待が増えています。昨年度、全国の児童相談所に寄せられた児童虐待相談件数は4万4千件、この10年で4倍です。その内の1/4の1万人にものぼる子供たちが一時保護されています。「親の同意」を拒絶され、携帯電話の契約や医療ケアが受けられない子供たち。親自身が心のケアを行わなければ虐待を繰り返すこともあるという現実。親には子供を監護(かんご)、教育する権利・義務、親権(しんけん)があります。その親権を一定期間停止する民法の改正について、この国会、法務委員会で審議が始まりました。親権を濫用(らんよう)する親から子供を最長2年間、法的に引き離すという「重い」テーマです。現行民法の「親権喪失」では弾力的に運用しにくい、児童相談所等の指導に聞く耳を持たせるために必要などの現場の声をいただきました。一度引き離されても、親子団らんを再び築けるのか・・・、停止期間中の親子ケアのあり方とは・・・。また、この度の大震災で多くの子供たちが両親を亡くしました。「未成年後見人制度を早急に使いやすく」との声も。「チャイルド・ファースト」、子供たちの笑顔輝く社会に向けて、浜田まさよし、進めます!▼浜田まさよしPC用ウェブサイト、これからも精力的に更新してまいります!http://www.hamada-m.com/ ハマダレポート Vol.55 2011.5.2
2011年05月10日
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連休中に、妻は博多に里帰り。不規則に過ごして、さらに飲みすぎ食べすぎで、胃腸の調子を狂わせてしまった。連休明けのこの2日間、元気が出ない。だいぶ収まってきたが、下痢が続き食欲もなく、大変なことに。鬼のいぬ間に、命の洗濯どころか、命を削り取ってしまった。注意したいものだ。妻のありがたみを、思い知った感じである。いつもありがとう。おかあちゃん!
2011年05月10日
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昨晩は、小田急線の向ヶ丘遊園から、数分の多摩市民館で、市民演劇を見てきた。鎌倉幕府創立時、北条時政の陰謀でつぶされた稲毛三郎重成、小沢小太郎重政父子の悲劇の物語。いい脚本、演出に演劇の醍醐味を堪能できた。職場の近くに、小沢城跡があり、半年ぐらい前から、ぜひ見たかったのである。悲劇と言えば、ニーチェの「悲劇の誕生」は、なかなか、示唆的である。プロメテウスは、神々の世界への冒涜としてまた略奪として火を支配しようとする。そのことによって人類は「洪水のような苦悩と悲哀を」被ることになるのだが、しかしアイスキュロスは、プロメテウスのこの行為を「能動的な罪」と見なす。つまりアイスキュロスはこの行為を、人間の欲望の本性に由来する必然的な災いとしてまた必然的な罪として是認し、またそこから生じた人間の大きな苦しみをも是認するのである。そこにアイスキュロスの悲劇の独自性がある。ニーチェが問題とした、この悲劇の話を読み、今日の文明を支える「原発」のことが思い浮かんだ。「原発」は、神の火か、悪魔の火か。「原発」は、必要悪か、絶対悪か。人間は、人類は、この火とどう付き合っていけるのか。私には、有限の地球にこの火は、かなり、強すぎるように思える。100年、1000年と放射能を出し続ける廃棄物を、事故なく管理し続けることができるだろうか。今回の地震と津波は、地球からのメッセージではなかろうか。余りにも大きな犠牲を払ったが、それをムダにしたくない。「地球は有限だ。私の体を放射性廃棄物のゴミ捨て場にしないでくれ。それでなくても、既にぼろぼろに傷ついているのに。」そんなメッセージが聞こえてくる。
2011年05月07日
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休み中に読もうと、川崎の図書館から借りてきた「ニーチェ入門」今読み終えました。感動です。「神は死んだ」という言葉が有名で、キリスト教を批判した人と思っていましたが、びっくりです。西欧の全ての思想、哲学を根本的に批判していたんですね。「生」を肯定するところから出発する哲学は、「大乗仏教」にかなり近いところに位置しているようです。「ニヒリズム」の思想家と思ってましたら、これも見当違いでした。ニヒリズムを超えるために、新しい価値観の立て方を提案した人でした。「超人」とは、自らを超え行く人でしょうか。どこまでも、自分を成長させていこう、伸ばしていこう、力をつけていこうという、強い意志を持った人間なんですね。一切の価値の源泉は、「裸の人間」にあるという、実に人間的な、余りに人間的な哲学でした。21世紀の、今日にもっとも必要な哲学ですね。(ニーチェ入門、竹田青嗣、ちくま新書)
2011年05月05日
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「手塚治虫ファンクラブ」の初代会長を務めた作家・二階堂黎人さんと手塚作品を愛する森永卓郎さんの対談がヨリモサイトに掲載していました。一部転載させていただきました。二階堂 1960年代の終わりから「マガジン」は劇画ブームに入っていたので、川崎のぼる/梶原一騎『巨人の星』とか、ちばてつや/朝森高雄『あしたのジョー』とかが連載され、人気でした。森永 ああ。その二つの劇画は散々読みましたよ。二階堂 「サンデー」だと、66年に手塚治虫先生が『W3 ワンダースリー』を連載し、その後、『バンパイヤ』と『どろろ』が続きます。森永 『W3』は、連載時に見ていたかもしれないなあ。テレビアニメでも見ましたけど。二階堂 僕が物心付いた時にちょうど、虫プロのアニメがテレビで盛んに放映していました。白黒の『鉄腕アトム』が、日本のテレビアニメ第一号で、幼稚園の頃に夢中になって見たんです。森永先生は外国にいたとすると、アニメ版の『アトム』や『W3』は、あとから御覧になったんですか。森永 いや、『ジャングル大帝』はリアルタイムで見た記憶があるので、ちょうど日本に戻っている時に放送していたのかもしれませんね。二階堂 『ジャングル大帝』は、カラーのテレビアニメの第一号でした。森永先生のお宅には、もう高価なカラーテレビがあったんですか。森永 いやいや、とんでもない。ありません(笑)。二階堂さんは、三洋のカラーテレビのコマーシャルを覚えていますか。「うちのテレビにゃ色がない、となりのテレビにゃ色がある。ありゃま、綺麗(きれい)とよく見たら」って宣伝文句があって、「三洋カラーテレビ」っていうロゴがドーンと前に出てくるんです。それから、『ジャングル大帝』が始まるんですね。 当時、うちは都営アパートに住んでいて貧乏だったんですけど、都営アパートって所得違反の金持ちが一棟に一軒くらいいる。そういう人の家にカラーテレビがあって、時に番組を見せてもらったんだけど、ちょっと羨ましかった。二階堂 僕もクラスの金持ちの友達の家に遊びに行き、『ジャングル大帝』をカラーで見て、凄い映像だとびっくりしました。カラフルなオープニングが夢のような世界で、衝撃的だったんです。 二階堂 戦後、手塚先生が今あるストーリーマンガを創造したと一般的に言われています。それはどういうことかと言うと、戦前のマンガのキャラクターって、田河水泡の『のらくろ』に代表されるとおり、絶対に死なない存在なんですよ。ところが、手塚治虫の描く世界や物語には喜怒哀楽もあるし、生死もある。つまり人間が一生のうちに体験する劇的なドラマを描いているんです。マンガの世界に、生々しい人生を持ち込んだのが手塚作品の特徴なんですね。森永 手塚さんは、生きるっていう意味の生だけでなく、セックスっていう性をマンガに最初に持ち込んだ人ですよね。『ふしぎなメルモ』や『リボンの騎士』にはそれが顕著です。劇画タッチでいやらしい絵を描くのはそんなに難しくないんじゃないかなと思うけど、手塚さんのやった革命は、専門用語で何と言うか解りませんが、マンガらしい優しい線でシンプルに描いている。男や女を描くだけではなく、女性の柔らかなラインを綺麗に表現して、セックスを感じさせるものを初めてマンガに導入した。その辺の歴史が、今の萌えブームまで繋(つな)がっていると思うんですよね。そういう点でも、手塚さんは画期的な進歩を創り出した人なんでしょうね。 二階堂 今のマンガは性に対してわりと赤裸々な部分があります。覚えてらっしゃると思いますが、1970年ぐらいに、永井豪の『ハレンチ学園』で火が点(つ)いてハレンチ・ブームとなり、急激に裸などの露出が多くなったんです。 ライバル心を燃やして、手塚先生も『アポロの歌』や『ふしぎなメルモ』など性教育マンガを描きました。しかし、先生の場合は、昭和20年代から男女の恋愛を描いたり、西部劇でキス・シーンを描いたりしていました。今も言った通り、手塚作品には、喜怒哀楽、生死、性など、あらゆる要素がふんだんに入っているんですね。その上、思想も宗教も哲学も自然の脅威も生命の尊厳まである。何でも網羅されているんです。 森永 私は、『ブッダ』が一番典型的ではあると思うんですが、手塚さんってある意味で宗教家でもあったんじゃないかなとすごく思うんです。前面には押し出していなくても、「命って何なんだろう?」ということを、手塚さんの作品はずっと問い詰めている。たまたま今、この世に生を受けて、すごく豊かな人もいるし、たくさん苦しんでいる人もいる。そんな中で、自分は何ができるかっていうのを、本当にギリギリまで考えて考えて考え込んでいるんですね。それって、宗教家が解脱をしていく過程なんですよ。そういう意味では、作品を経典というと言い過ぎかもしれないけど、手塚さんが考えていたメッセージが、読んでいくといっぱい伝わるんですね。二階堂 手塚先生の宗教観や思想性や哲学感が一番明確なのが、『火の鳥』でしょう。あの中でコスモゾーンという概念が登場します。ありとあらゆる生物は、実はひとつの命の繋がりであり、すべて平等なんだよという主題が披露される。その根本理念を基にして、『ブッダ』も描かれていますね。シッダールタは解脱していく過程でそのことに気付き、ブッダ(覚者)となるんですね。 『ブッダ』は、1972年から1983年まで、月刊誌の「希望の友」に連載されました。ちょうど、「少年チャンピオン」で『ブラック・ジャック』が連載されていたのと同じ頃ですね。『COM』が休刊になって『火の鳥』が中断した時、「続きを書きませんか」と編集者に言われたのですが、「いや、お釈迦様の伝記にする」って手塚先生が言われて、連載が始まったんです。 ポチンとクリックを!
2011年05月04日
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とても感動しました。ぜひ、多くの青年に読んで欲しいのでコピーしました。有名なスティーブ・ジョブズの卒業生に贈るメッセージ(人生で得た3つのストーリー)ですが、原文テキスト(英語)はスタンフォード大学の公式ページに掲載されています。抜粋です!一つめ未来に先回りして点と点をつなげることはできない。君たちできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だから点と点がいつか何らかのかたちでつながると信じなければならない。自分の根性、運命、人生、カルマ、何でもいいから、とにかく信じるのです。歩む道のどこかで点と点がつながると信じれば、自信を持って思うままに生きることができます。たとえ人と違う道を歩んでも、信じることが全てを変えてくれるのです。2つめ人生には頭をレンガで殴られる時があります。しかし信念を失わないこと。私がここまで続けてこれたのは、自分がやってきたことを愛しているからということに他なりません。君たちも自分が好きなことを見つけなければなりません。それは仕事でも恋愛でも同じこと。これから仕事が人生の大きな割合を占めるのだから、本当に満足を得たいのであれば進む道はただひとつ、それは自分が素晴らしいと信じる仕事をやること。さらに素晴らしい仕事をしたければ、好きなことを仕事にすること。もし見つからないなら探し続けること。落ち着かないこと。心の問題と同じで、見つかったときに分かるものですし、愛する仕事というのは、素晴らしい人間関係と同じで、年を重ねるごとに自分を高めてくれるものです。だから探し続けること。落ち着いてはいけない。3つめは私は17歳の時、こんな感じの言葉を本で読みました。「毎日を人生最後の日だと思って生きてみなさい。そうすればいつかあなたが正しいとわかるはずです。」これには強烈な印象を受けました。 それから33年間毎朝私は鏡に映る自分に問いかけてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だしたら今日やる予定のことは私は本当にやりたいことだろうか?」それに対する答えが「ノー」の日が何日も続くと私は「何かを変える必要がある」と自覚するわけです。 君たちが持つ時間は限られている。人の人生に自分の時間を費やすことはありません。誰かが考えた結果に従って生きる必要もないのです。自分の内なる声が雑音に打ち消されないことです。 そして、最も重要なことは自分自身の心と直感に素直に従い、勇気を持って行動することです。心や直感というのは、君たちが本当に望んでいる姿を知っているのです。だから、それ以外のことは、全て二の次でも構わないのです。 Stay hungry, Stay foolish. それが、発行者の最後の言葉だったのです。それ以来、私は常に自分自身そうありたいと願ってきました。そしていま、卒業して新しい人生を踏み出す君たちに、同じことを願います。 Stay hungry, Stay foolish. ハングリーであれ、バカであれ。 ご清聴ありがとうございました。(翻訳:小野晃司)動画視聴は下記へアクセス!http://sago.livedoor.biz/archives/50251034.html ポチンとクリックを!
2011年05月04日
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読んでとても感動しました。人生への適切なアドバイスがあります。字数が多いので、少し省略しています。今日、皆が世界最高の大学の1つを卒業する場に同席できて光栄に思う。私は大学を卒業したことがない。本当のところ、これは私にとって最も大学卒業に近い体験だ。 最初の話は点をつなぐことについて。私はリード大学を6ヶ月で中退したが、更に1年半ほど後に完全に辞めるまで、もぐりの学生として大学に顔を出していた。ではなぜ中退したのか。話は私が生まれる前に遡る。私の産みの母は若い未婚の大学院生で私を養子に出すと決めていた。生みの母は養父母は大学卒でなければととても強く思っていたので、私は生まれると同時に弁護士夫妻の養子になるよう万事整っていた。ところが、私が生まれるとその夫妻は女の子が欲しかったと言い出した。そこで待機者リストに載っていた私の両親は夜中に電話を受け、「望んでいなかった男の子が生まれました。この子を養子に欲しいですか?」と聞かれた。両親は「もちろんです」と答えた。そして17年後私は実際に大学に通った。しかし、私は無邪気にもスタンフォードとほとんど同じくらいお金のかかる大学を選び、労働者階級の両親の蓄えはすべて大学の授業料に使われていた。6ヵ月後私はそれに価値が見出せなかった。私は人生で何をしたいか見当も付かなかったし、大学がそれを見つけるのにどう役に立つかも分からなかった。そして、その時点で私は両親がそれまでに貯めたすべてのお金を食いつくしつつあった。そこで中退を決意し、万事問題ないと信じることにした。その時はとても不安だったが、振り返って見ればそれはこれまでにした最良の決断の1つだった。中退した瞬間から興味を持てない必須科目の授業に出るのを止め、面白そうなものに出席し始めることができた。そして、自分の興味と直感に従った結果出くわしたものの多くは、その後、お金に換えがたいものとなった。たとえばこうだ。当時のリード大学はたぶん、この国で最高の文字芸術(calligraphy)の授業を行っていた。キャンパス中のすべてのポスター、すべての引き出しのラベルが美しく手書きされていた。私は中退していて普通の授業を受ける必要はなかったので、文字芸術の授業を取ってその手法を学んだ。それは美しく、歴史的で、科学では捉えられない芸術的繊細さで、私には魅力的だった。これらのどれも私の人生で実際に活用する見込みはなかった。しかし10年後最初のマッキントッシュを設計しているときにそれが私に蘇ってきた。そしてそれをすべてマッキントッシュの設計に取り入れた。マッキントッシュは美しい印刷技術を組み込んだ最初のコンピューターとなった。そしてウィンドウズはマックをコピーしただけなので、どのパソコンも持たなかっただろう。私が大学を中退しなかったら、その文字芸術の授業を受けなかっただろうし、パソコンは現在のように素晴らしい印刷技術を備えることはなかったかも知れない。もちろん私が大学に居たときに先を見越して点をつなぐことは不可能だった。しかし10年後に振り返ると、とてもとても明白だった。繰り返す。先を見通して点をつなぐことはできない。振り返ってつなぐことしかできない。だから将来何らかの形で点がつながると信じなければならない。何かを信じなければならない。直感、運命、人生、カルマ、その他何でも。この手法が私を裏切ったことは一度もなく、私の人生に大きな違いをもたらした。2番目の話は大切なものとそれを失うことについて。私は幸運だった。人生の早い時点でたまらなく好きなことを見つけた。20歳のとき私は実家の車庫でウォズといっしょにアップルを始めた。私たちは懸命に働いて、10年でアップルは車庫のたった2人から4000人以上が働く20億ドル企業になった。1年前に私たちの最高の創造物であるマッキントッシュを出したばかりで、私は30歳になったばかりだった。そして私は首になった。どうしたら自分が作った会社を首になれるかって?そう、会社が成長する過程で一緒に会社を経営するのにとても才能のあると思えた人を雇い、最初の1年ほどはうまくいった。しかしその後、将来のビジョンが分かれ始め最終的に仲たがいとなった。そうなったとき取締役会は彼の側に付いた。それで私は30歳にして失職した。しかも、とてもおおっぴらに。私は大人としての人生全体の中心だったものを失い、それは衝撃的だった。私はよく知られた落伍者となり、シリコンバレーから逃げることも考えた。しかし、何かが徐々に私の中で湧き上がってきた。自分がしてきたことが、まだたまらなく好きだった。アップルでの出来事はほんの少しの影響も与えなかった。私は拒絶されたが、まだたまらなく好きだった。そして私はやり直すことを決意した。そのときには分からなかったが、アップルを首になることは私に起こり得る最善のことだった。成功していることによる重圧は、再び新参者となったことによる軽快さで置き換えられ、何事にも確信の度合いが減った。私は人生で最も創造性豊かな時期へと解き放たれた。それから5年間、私はNeXTという会社を起こし、もう1つPixarという会社も起こし、素晴らしい女性と恋に落ち結婚した。Pixarは世界初のコンピューターアニメーションの長編映画、トイストーリーを製作するまでになり、現在最も成功しているアニメーション制作会社だ。驚くべき事態の展開により、アップルはNeXTを買収し、私はアップルに戻り、NeXTで開発された技術は現在進行中のアップルのルネッサンスの中核をなしている。そして、ローレンスと私は素晴らしい家庭を築いている。私がアップルを首にならかったら、これらのことは1つも起こらなかったと私は確信している。ひどい味の薬だったが、この患者には必要だったのだと思う。人生は時にレンガで頭を殴る。信じることを止めてはいけない。私は自分がしていることがたまらなく好きだ。それが私を動かし続けている唯一のものだと堅く信じている。たまらなく好きなことを見つけなければならない。そしてそれは仕事についても愛する人についても真実だ。仕事は人生の大きな部分を占めることになり、真に満足を得る唯一の方法は偉大な仕事だと信じることだ。そして偉大な仕事をする唯一の方法は自分がしていることをたまらなく好きになることだ。まだ見つけていないなら探し続けなさい。妥協は禁物だ。見つかるまで探し続けなさい。3番目の話は死について。17歳のとき次のような一節を読んだ。「毎日を人生最後の日であるかのように生きていれば、いつか必ずひとかどの人物になれる」。私は感銘を受け、それ以来33年間毎朝鏡を見て自問している。「今日が人生最後の日だとしたら、私は今日する予定のことをしたいと思うだろうか」。そしてその答えがいいえであることが長く続きすぎるたびに、私は何かを変える必要を悟った。自分が間もなく死ぬことを覚えておくことは人生の重要な決断を助けてくれる私が知る限り最も重要な道具だ。なぜならほとんどすべてのこと、つまり、他の人からの期待や、あらゆる種類のプライド、恥や失敗に対するいろいろな恐れ、これらのことは死を前にしては消えてしまい、真に重要なことだけが残るからだ。約1年前私はガンと診断された。朝7:30にスキャンを受け、膵臓にはっきりと腫瘍が映っていた。私は膵臓とは何かも知らなかった。医者達はこれはほぼ間違いなく治癒しない種類のガンだと告げ、3ヶ月から6ヶ月より長くは生きられないと覚悟するように言った。医者は家に帰って身辺整理をするように勧めた。これは医者の言葉で死の準備をせよということだ。私は一日中その診断と共に過ごした。夜になって生体検査を受けた。私は鎮静剤で眠っていたが妻もそこに居たのでその時の様子を教えてくれた。医者達は細胞を顕微鏡で見ると叫び出したそうだ。なぜなら非常に稀な形体の膵臓ガンで手術で治癒可能なものと判明したからだ。私は手術を受け今は全快している。これはこれまでで最も死に接近した体験だ。そして何十年かに渡ってこれが最接近であり続けて欲しいと願っている。この体験を経て、死が有用ではあるが純粋に概念上のものであった時よりはより自信を持って次のように言える。死を望む者はいない。天国へ行くことを望む人でさえ、そのために死にたいとは思わない。それでもなお死は我々すべてが共有する運命だ。それを免れた者はいない。そしてそうあるべきなのだ。なぜなら死はほぼ間違いなく生命による最高の発明だからだ。死は生命に変化をもたらす主体だ。古き物を消し去り新しき物に道を確保する。現在は皆が新しき物だが、いつかそう遠くない将来皆は徐々に古き物になり消し去られる。芝居がかった表現で申し訳ないが正に真実だ。皆の時間は限られているから誰か他の人の人生を生きることで時間を無駄にしてはいけない。教条主義の罠にはまってはならない。教条主義とは他の人々の思考の結果に従って生きることだ。他の人の意見という雑音に自分自身の内なる声をかき消されないようにしよう。そして最も重要なことは、自分の心と直感に従う勇気を持つことだ。心と直感は本当になりたい自分をどういうわけか既に知っている。その他すべてのことは二の次だ。私が若い頃、全地球カタログという驚くべき出版物があった。私の世代の必読書の一つだった。スチュアート・ブランドという人物が、ここからそう遠くないメンロ・パークで制作し、詩を思わせる作風を施して世に送り出した。スチュアート達は全地球カタログの版を幾つか重ね、自然な成り行きとして最終版を迎えた。それは70年代半ばで私は皆の年齢だった。最終版の裏表紙は朝の田舎道の写真で、冒険好きがヒッチハイクをしていそうな場面だ。その下にこんな言葉がある。「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」。これはスチュアート達が活動を終えるに当たっての別れの言葉だ。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。そして私は常にそうありたいと願ってきた。そして今、皆が卒業して新たに歩みを始めるに当たり、皆もそうあって欲しいと思う。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。ご静聴どうもありがとう。下記で動画視聴できます。http://sago.livedoor.biz/archives/50251034.html
2011年05月04日
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高尾山の稲荷山コースから入って、小仏城山、景信山、陣馬山と縦走してきました。あいにくの曇りで景色は残念でしたが新緑が実に鮮やかでした。小鳥たちの声と共に、若芽の緑が心を癒してくれました。小仏峠では、狸が迎えてくれました。午後3時前、陣場山登頂。けんちん汁とおにぎりを食べて下山開始。JR藤野駅へ降りて、午後6時帰宅。下山は、まだ元気あり、トレイルマラソン風に、国道まで約5K、走って降りてみました。 ホチンとクリックを!
2011年05月03日
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明日は、いよいよ、高尾山から陣場山へと縦走目指します。詳細報告します。明日は早いから、今晩早めに休みます。3度目の挑戦、なんとしても、成功を!
2011年05月02日
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降下セシウムは核実験時代の3倍(山梨日日新聞)「早く沈静化を」と専門家 福島第1原発事故で東京に降り注いだ放射性物質のセシウム137は、最大となった降雨の21~22日に、1960年代前半まで行われた大気圏内核実験で1年間に降った量の3倍近くに達したことが25日、分かった。 放射線医学総合研究所の市川龍資元副所長(環境放射能)の資料と、文部科学省の発表データを比較した。市川さんは「今のレベルなら心配することはないが、これ以上(放射性物質が)外に出ないよう、早く原子炉を冷却し、沈静化させてほしい」と話している。 市川さんによると、米国、旧ソ連、英国が63年に部分的核実験禁止条約に調印するまで、米ソは盛んに核実験を繰り返した。63年に東京で確認されたフォールアウト(放射性降下物)のセシウム137は年間1平方キロメートル当たり52ミリキユリー。換算すると1平方キロメートル当たり1924メガベクレルになる。 文科省によると、今月18日以降、東京で降下物として検出したセシウム137は、24時間ごとの値で最大だった21日午前9時~22日午前9時は5300メガベクレルで、63年の1年間の約2・8倍になった。降雨で降下物が多かったとみられ、翌日以降は400メガベクレル以下に減少した。 市川さんは「問題はどれだけ体に入ってくるかだ。長引くと農作物の濃度が高まりやすく、厄介だ」としている。これは、3月末の記事。5月に入ってなお、放射能の放出は続いている。目に見えない敵だけに、政府は万全の対策をして欲しい。我々も、神経質すぎてちょうどいいであろう。自分たちの命は自分たちで守りたい。しかし、いかんせん、情報が少なすぎる。30年、50年のスパンで結果が出てくるだけに恐い。
2011年05月01日
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共同通信によると、『東京電力福島第1原発事故の際、1号機の原子炉格納容器の弁を開けて放射性物質を含む蒸気を排出した緊急措置「ベント」が、敷地内で働く一部の作業員に知らされないまま始まり進められていたことが1日分かった。現場にいた東電社員が共同通信に証言した。ベントは格納容器の内圧を低下させて破損を防ぐことなどが目的だが、周辺の放射線量を一時的に急上昇させることが確実で、作業員らは最も重要な情報を与えられないまま、大量被ばくの危険にさらされていた。現場の線量管理をめぐっては、東電の女性社員2人が国の線量限度を超え被ばくしていたことも相次いで判明、ずさんさが明らかになっている。最初のベント着手は3月12日午前9時ごろ。当時、放射性物質の漏えいにより敷地内の線量は既に上昇を始めていたが、証言によると、ベントに着手する方針や着手の時期、作業の進行状況などについて、これ以前も以後も、この社員や同僚には一切の情報が伝えられていなかった。情報は免震重要棟2階の対策本部や、中央制御室でベントに当たった要員に限定されていたとみられ、実施の事実さえ「うわさ」として事後に別の社員から知らされただけだったという。政府や東電が明らかにした経過によると、格納容器内の圧力の異常上昇は12日未明に判明。政府は午前3時ごろベント実施を発表して東電との協議に入り、事態が深刻な1号機で午前9時すぎ、二つの弁のうち、最初の弁の開放作業が始まった。二つ目の弁の開放着手は午前10時すぎだったが、実際に蒸気の排出が確認されたのは午後2時すぎ。データによると、午後2時20分の線量は通常の約180倍で、午後2時の線量から2倍以上に跳ね上がっていた。 一方、正門での東電のモニタリングによると、線量は午前4時40分の計測で初めて上昇し、約2時間後には通常の70倍以上に。線量の急上昇に気付いた作業員が建物に避難する騒ぎも起こっていた。ベントをめぐっては、決定から実施まで時間がかかり、事態が深刻化したとして国と東電が批判を浴びた。東電は「当時の詳細な状況は確認中で、今後整理された段階で説明させていただきたい」としている。』という。現場の作業をやる人の、人権を完全に無視している。奴隷のように使い捨ててきた感じである。絶対に許せないですね。「一般民衆は、まるで踏みつけにされている。そんなことのないようにしなくちゃならん。それがわれわれの使命なんだ。」(北御門二郎訳、『復活』東海大学出版会)
2011年05月01日
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連れ合いが博多へ帰省するので、新横浜まで送っていく。のぞみである。帰り、鴨居で降りて鶴見川沿いを歩く。ララポートヘ行く大橋に、子どもたち手作りのこいが泳いでいる。小机方面へ、川沿いのサイクリングロードを歩く。花々や桜葉が鮮やかである。5年前まで、ここを歩いて職場へ向かっていた。懐かしい道である。天気がいいと、後方に富士がよく見える。ポチンとクリックを!
2011年05月01日
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