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家の中にあふれかえっているビデオテープを整理しました。これからはDVDに、そしてハードディスクが主流になって、近いうちにVHSビデオなんて知らない若い人が出てくるようになるのでしょうね。 記憶に間違いがなければ、僕が始めてビデオデッキを買ったのは、21歳の頃でした。今から約22年前です。もうそんなになるのかあ(^_^;)。年取る訳ですね。 今では、どこの家庭でも、当たり前のようにビデオデッキがありますが、当時はビデオといえば、まだまだ高級品で「家にビデオがある」というと「スゴイ!」とか言われた時代でした。 当時のビデオデッキは普通のやつで20万円以上しました。僕が買ったのは「型が古い」ということで安売りされていたものですが、それでも当時12万円しました。短大卒の初任給が12万円だった頃の話しです。 当時僕の初任給も12万円でしたので、1ヶ月分の給料をはたいて買ったことになります。若いときは、思い切った買い物ができるものです(笑)。型はベータといって、今一般的になっているVHSに比べて一回り小さいビデオテープを使うデッキでした。 アパートに帰ってビデオを設置したときは、もう嬉しくて嬉しくて、意味もなく、いろいろな番組を録画しました。ちなみにこの頃は、テレビをつけていないと録画できないと思っていました(マジ)。録画予約なんて高度がことができるようになるのは、ずっと後の話しです。 最初に録画したのが「可愛いパンダ」という中国の映画です。いや、ビデオを設置したときに、たまたまやっていたんです。なんでもいいから、とにかく録画したかったのですよ。 「同じ映画を何度も観られる」 今では、当たり前のことですが、このころはスゴイことったのですよ。映画館の主になったような気分でした。「可愛いパンダ」は10回以上見ました。 当時の僕は仕事をしながら夜間学校に通っていました。夜学の仲間に早速自慢しました。 「ビデオ買ったんだぜぃ!」 「マジで?すげーじゃん。見に行くよ!」 ということで、次の休みの日に、先輩も含めてなんと6人も、はるばる僕のアパートまでやってきたのでした。みんなヒマだったんだなあ。 四畳半のアパートに大の男が6人も入るとせまいせまい(^_^;)。で、僕は自慢気にビデオの電源を入れて「可愛いパンダ」をみんなに見せてあげたのでした。 映画が始まってしばらくして先輩が 「で?アレはないの?」 と聞いてきました。 「え?アレってなんですか?」 「またまた!とぼけて!」 本当になんのことかわかりませんでした。 「アレだよアレ!裏ビデオ!」 「え?そんなの、ないですよ~」 先輩の表情から、みるみる笑顔が消えていきました。 「普通の、いやらしいビデオも?」 「ありません」 気が付くと、先輩以外の同級生の奴らも、怖い目で僕を睨み付けています。 「何?お前!ビデオデッキを買っておきながら、裏ビデオがないの?そりゃお前片手おちだよ!何のために高いお金出して、ビデオデッキを買ったの?」 という訳で、先輩からは散々お説教されました(^_^;)。みんなそれが目当てで、はるばる僕のアパートまで来たのでした。 しかし「片手おち」ってああた! 考えてみたら、いくらビデオが珍しい時代でも「可愛いパンダ」を見に、大の男が6人も電車に乗って人のアパートまで行かないわなあ。僕がバカでした(^_^;)。 それにしても、今考えれば、たかがアダルトビデオ見たさに、電車に乗って、はるばる人のアパートまで行くんですからね。男はアホやねえ。 なんか平和な時代でした。
2006年04月27日
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長かった「演奏会シリーズ」も無事3部ともUPいたしました。長いことおつきあい頂きありがとうございました。 定期演奏会終了後に陥る「ノイローゼ」も今年は比較的軽く済みました。なんとか社会復帰できつつあります。それもこれも、演奏会終了後に皆様からかけて頂いた言葉のおかげです。 吹奏楽の仲間からは「ギター良かったよ」と褒めて頂き、ギターの先生からは「クラリネット良かったよ」と褒めて頂きました。本当にありがとうございます。 反対だったら、もっと嬉しかったのですが(爆笑)。 最後に一言。 演奏会に参加した皆様、そして聴きに来てくださった皆様・・・おつかれぃ!(細美君風に・笑)余談ですがヤフーで「細美スイッチ」を検索したら7万5千4百件ヒットしました(^_^;)。
2006年04月24日
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演奏会を無事(?)に終えた僕は、N田駅でU子さんと待ち合わせました。車を駅の駐車場に停めて、U子さんの車で一緒にNさんを家まで迎えに行きました。そしてクラパートの3人揃って、打ちあげ会場のマロードホテルへ乗り込みました。 ホテルで打ち上げなんて、珍しいなあ(^o^)。景色のいいラウンジかなにかかな?それとも中華料理かしらん・・・と思っていたら、案内されたのは結婚披露宴会場でした。入り口には「成田フィルハーモニー管弦楽団様」と書かれた看板が・・・。 おそるおそる中に入ると、披露宴用の丸テーブルが並べられ、正面には金屏風が・・・。先に着いたメンバーはすでに始めていたので、我々も席につきました。新郎新婦が入場してきそうな雰囲気に、最初はちょっと落ち着きませんでした(笑)。 バイキング形式でしたので、料理を取ってきましたが、今日は食べられないことが判明しました。僕は、すごく良かった演奏会の後は、ときどきものが食べられなくなります。お昼もろくに食べてなかったので、なんとか食べなければと思ったのですが、ほとんど喉を通りませんでした(^_^;)。 食べることは諦めて、ビールをもってついで回ることにしました。 「今日は全員としゃべるぞ!」と気合いを入れていたのですが、半分も回らないうちに酔いつぶれました(滝汗)。疲れているところへ、何も食べずにガンガン飲んでいたのですから、無理もありません(>_
2006年04月23日
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ロビコンを終えた僕は、楽屋でギターをしまって、クラリネットを持って舞台裏へ行きました。いよいよ本番の演奏会です。 1曲目は指揮者のF先生が作曲した「サルヴェ・レジーナ」でした。F先生は演奏会後、海外へ留学するので、今年の演奏会を最後にしばらくNオケを離れることになります。その先生が、Nオケのために曲を書いてくださったのです。 とても素晴らしい曲で、僕は特に中間部が大好きです。その中間部の少し前に、短いクラリネットソロがあります。Nオケのために作られた曲ですので、このソロは、F先生が僕の為に書いてくれたものだと勝手に思ってます。精一杯心を込めて吹きました。このソロの後半はセカンドクラリネットがハーモニーで入ります。現代曲ですので、セカンドとはとんでもなく音がぶつかる箇所が多いのですが、ここだけは綺麗にハモるように作られていました。 「Nオケ随一の仲良しパート」と言われるクラリネットパート。このハーモニーには「これからも仲良くやりなさい」という先生のメッセージが込められているように思いました(T_T)。 そしてこの「サルヴェ・レジーナ」のセカンドはU子さんが吹きました。良い演奏でした。ブランクがあったのに、短期間でよく頑張ったと思います。U子さん、お疲れ様(^o^)。 続いてカルメン組曲。2曲目のアラゴネーズに、クラリネットとピッコロのユニゾンがあります。ピッコロ担当は、この演奏会を最後にNオケをやめてしまうKさんです。最後にKさんと2人で吹ける所があって、とても嬉しかったです。 実は前の日に「もしも、あのユニゾンこけたら、ぶっ殺しますよ(^^)♪」とKさんから、笑顔で脅されていました(爆)。なんとか、こけずに(つまづいた程度)済んだので、ぶっ殺されずに済みました(^_^;)。 次のギター協奏曲「ある貴紳のための幻想曲」では、クラリネットは降り番でしたので、楽屋で聞いていました。H先生のギターは素晴らしかったです(T_T)。終了後、H先生はアンコールで、なんと「禁じられた遊び」を弾きました。急いで舞台裏までいって、目を瞑って聞きました。素晴らしかったです。 休憩の後は、いよいよメインの「田園」でした。田園のファーストクラリネットは、クラパート最年少でありながら首席奏者のNさんでした。去年は薬剤師の試験のため、あまりファーストを吹かなかったので、今年はメインのファーストをお願いしました。 「田園」はベトベンの交響曲の中でも、難易度が高く、ファーストは最初から最後までソロだらけです。僕だったら、とても神経がもたないと思います(^_^;)。 仲間の自慢をしてしまいますが、Nさんのクラリネットは素晴らしい演奏でした(T_T)。今回の演奏会に向けて、彼女は早くから練習に来て、みんなが帰った後も1人残って練習をしていました。本当によく頑張りました。こんな仲間と一緒に演奏できる自分は本当に幸せだと思います。 演奏終了後、木管のファースト奏者が1人ずつ立たされましたが、Nさんのときだけ客席から「ブラボー」がかかりました。どんだけ素晴らしい演奏だったか、わかって頂けると思います。Nさん、お疲れ様。 アンコールはブラームスの「ハンガリー舞曲4番」でした。この曲の中間部はメッチャ難しいです。単純なメロディーなのですが、全部の音に装飾音がつきます(^_^;)。 なんとか頑張ったのですが、途中でへたばって装飾音がなくなりました(滝汗)。ばれないことを祈っていたのですが、演奏会終了後、フルートの、みーしゃさんからきっちり突っ込まれました(笑)。 という訳で、長いようであっという間に全演目が終了しました。終了後、ブラスバンドの仲間が、花束を持って楽屋に来てくれました。次はブラスの演奏会です!頑張ります。 なんだかバタバタしましたが、今年もひとつ良い想い出が増えました。素晴らしい仲間に囲まれて自分は幸せです(T_T)。 で、この後例のごとく、怒濤の打ち上げ会に突入するのですが、その話しは別枠で(爆)。(「打ち上げ編」に続きます)
2006年04月23日
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今日は所属しているオケストラの定期演奏会でした(^o^)。ハプニング多発で、大変な1日でしたが、とても楽しかったです。全部書くと長くなりそうですので「ハットリオ編」「本番編」「打ち上げ編」と3部に分けてお送りします。 午前中にオケストラのリハーサルを終えた僕は、ロビーコンサートの為に、クラリネットをギターに持ちかえてロビーに向かいました。前にも書きましたが、ロビーコンサートとは開場前に並んでくれているお客様のために、ロビーで演奏するゲリラライブ(?)みたいなものです。 ロビーコンサートは、オケの中で、任意に組んだアンサンブルで参加して行います。例年は3組くらいが演奏するのですが、今年は我々のアンサンブル「忍者ハットリオ(ヴァイオリン&ギター)」だけでした(4月15日の日記参照)。 ロビーに行くとすでに大勢のお客様が並んでくれていました。こんなに大勢の前で演奏するのかと思うと、いきなり緊張してきました(^_^;)。(写真はロビーでギターを弾く墨野です。写真には写っていませんが、僕に向かって左側では相方のNさんがヴァイオリンを弾いています) 曲目は「雨にぬれても」「タイタニックのテーマ」「タイタニックよりケルト音楽集」の3曲でした。明るい曲で始めて、タイタニックで感動させて、最後はまた明るい曲で盛り上げようという作戦でした。 まずは「雨にぬれても」。これは「肩慣らし」を兼ねているだけあって、ギターもヴァイオリンもそんなに難しくない曲です。問題なく終わりました(^o^)。拍手がとても暖かかったです。 そして2曲目「タイタニックのテーマ」。これはギターもヴァイオリンもちょっと難しめです。で・・・途中大チョンボをやらかしました(^_^;)。コードが「C#m」だったのに、3フレットをセーハしてしまったのです(本当は4フレット)。いきなり頭がパニックになってしまって、しばらく立ち直れませんでした。幸い曲は止まりませんでしたが、ほぼ2小節ギターが落ちてしまいました。Nさん、ごめんなさい(滝汗)。 そして、いよいよメーンエベントの「ケルト音楽集」。これはかなり難しい曲です。映画タイタニックの中で使われたケルト音楽から3曲を抜粋して、続けて演奏しました。最後には、映画の中でジャックとローズが踊った曲を持ってきました(^o^)。 リピート記号(繰り返し)が多く「リピートし忘れ」と「リピートしすぎ」が心配でしたが、無事に最後のジャックとローズが踊った曲まできました。 この最後の曲は、繰り返しで除除に速度を上げて演奏する予定でした。ゆったりめに始めて、最後は早くする予定だったのです。。。・・・が・・・緊張していたせいでしょうか・・・いきなりトップギアからスタートしてしまいました。 「は・・・早い」と思いましたが、もう引き返せません(´Д`;)。映画の中の原曲並みのスピードです。そこからさらにスピードアップしたので、最後の方はもうたいっへん!驚異的なスピードでした。ヴァイオリンに追い立てられるように、必死で速度を上げましたが、不器用な指は限界をこえ、最後はベース音だけでごまかしてました(滝汗)。 最後の「ジャジャ!!」だけは、なんとか決めました。立ち上がっておじぎをすると、すごくたくさんの拍手を頂きました。いろいろ失敗もありましたが、とても楽しかったです。 演奏が終わったら、もう汗びっしょりでした。本番の演奏会はこれからというのに、演奏会終了後のような心地よい疲れと、充実感がありました。 こうして、我々ハットリオの初舞台は無事(?)終了しました。演奏を聴いてくれた皆様、特にそのためにわざわざ早く来てくださった皆様、本当にありがとうございましたm(_ _)m。またどこかでお目にかかれれば幸いです。ちなみにアンサンブル「忍者ハットリオ・マイナスワン」は、この演奏会後「忍者ハットリシンゾウ・デュオ」と改名いたしました。気をつけてください。 どっちにしても、どういうネーミングやねん(^_^;)。 (「本番編」に続きます)
2006年04月23日
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いよいよ、本番です。 準備のあいまに、書いています。 いつもそうですが、本番の朝はプレッシャーで逃げ出したくなります。 今日、会場でお会い出来る方、遠くで応援してくださっている方、精一杯頑張りますので、よろしくお願いします。 そして、一緒に本番のステージにあがる仲間のみんな、今日は頑張りましょう。 今日も楽しく演奏できますように。 いつも音楽とともに。
2006年04月23日
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今日は楽しみにしていた「実写版ちびまる子ちゃん」の放送日なので、ビデオをスタンバイして見ました(^o^)。そして不覚にも3回も泣いてしまいました・・・僕の涙腺のもろさは、いっぺん死なないと治りそうもありません(^_^;)。 アニメでは出せない教室の雰囲気とかが、よく出ていて、すごく懐かしかったです。これは現在の小学校ではなくて、僕が小学生の頃の小学校ですね。なんだか小学生に戻りたくなってしまいました。 BGMがまた、好きな曲が多くて感激でした。「必殺シリーズ」は言うまでもなく、映画「ジョーズ」のテーマ、ベトベンの「運命」。 そして、なな・・・なんと!僕の大好きな映画「ラストコンサート」のテーマまでかかったではないですか! 「ラストコンサート」は、あまり有名な映画ではありませんが、「ハリーとトント」「オーケストラの少女」と並んで、僕の3大好きな映画のひとつです。 記憶に間違いがなければ、僕が「ラストコンサート」を観たのは中学の2年生のときでした。「カサンドラ・クロス」という列車事故のパニック映画と、二本立てで上映されていました。 当時パニック映画が大好きだった僕は自転車で難波まで「カサンドラ・クロス」を観に行きました。そしてついでにこの「ラストコンサート」を観て大泣きしてしまったのでした。 簡単にあらすじを言うと、落ちぶれて挫折したピアニストが1人の少女(ステラ)と出会います。ステラは病気であと3ヶ月の命だったのですが、とても明るく元気な少女でした。彼女の懸命に生きようとする姿に、ピアニストは立ち直り、コンサートを開くまでになります。そしてこのコンサートの舞台裏でステラは・・・。 最後まで書くと泣きそうなので、こっから先を知りたい人は、DVDを御覧ください(笑)。あっ別に上のアフェリから買わなくてもいいですよ(爆)。 ちなみに主人公の「STELLA」は「ステラ」ではなく「ステッラ」が正しいと思います。何十年も前に1回しか観ていない映画なのに、途中のデートシーンのセリフが今も思い出せます。 アイラブユー ステッラ・・・アイラブユー ああ・・・また涙が・・・
2006年04月18日
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今日はオケストラの練習の後、アンサンブル「ハットリオ」の練習をしました。今月23日(日)のロビーコンサートのための練習です。 ロビーコンサートとは、オケストラの演奏会のとき、開場前に並んでくれているお客様を退屈させないように、ロビーで演奏するミニコンサートのことです。 毎年オケ内の有志で、適当にアンサンブルを組んで行います。去年は3組ほどが参加し、大成功でした。今年は我々「ハットリオ」も参加表明していました。ちなみに「ハットリオ」という名前のとおり、本当は3人(トリオ)なのですが、今回は2人で演奏します。 そして我々はトップバッター(1番最初に演奏する)を希望していたのです。 最初に演奏すれば、もしも演奏がこけた場合でも、後のアンサンブルが終わる頃には忘れてもらえるだろうという「史上最大の作戦」でした。それだけに僕達の後のアンサンブルには、大いに期待していたのです。 ところが・・・ところがですよ。今日になって突然、ロビコンに参加するアンサンブルは、我々ハットリオだけということになってしまったのです。 「マジっすか?いくらなんでも、僕達だけでは・・・」ということで、悩みました。今年は「ロビコンなし」にしてもらおうかとも考えました。しかし、相方のNさんとも相談の上、強行軍で行うことにしたのです。 これは、すごいプレッシャーです。だって僕達だけなのですよ?本当なら僕達が多少失敗しても、後に出るアンサンブルが素晴らしい演奏をして、フォローしてくれるはずだったのです(他力本願)。 という訳で、今回のロビコンは、我々ハットリオの独壇場です。しかも「初舞台」です。相方のNさんは、とても上手なのですが、僕のギターがヘナチョコですゆえ・・・もう鬼が出るやら蛇が出るやら・・・ 名付けて 忍者ハットリオマイナスワンによる「どうなっても知らんぞコンサート」です。 失敗しても許してくださる寛大な心をお持ちの方は、開場30分前(午後1時頃)くらいにN田市国際文化会館大ホール前ロビーにお集まりください。どんなことがおこりましても、責任はおえませんので、ご了承の上、ご鑑賞ください。 ちなみに僕達だけということで、急遽1曲追加しました。相方のNさん(バイオリン)の了承を得てないのですが、ここで曲目を発表してしまいます。・雨にぬれても・映画タイタニックよりメインテーマ・映画タイタニックよりケルト音楽(メドレー) ケルト音楽は、映画タイタニックでジャックとローズが踊ったアレです(笑)。 全部で10分ちょっとの演奏になると思います。一生懸命演奏しますゆえ、どうか暖かい気持ちで見守ってやってくださいませ(^_^;)。 写真は必死でギターの練習をする墨野です(^_^;)。撮影してくれたのはコントラバスの、みっつーくんです。見学してくれた彼は、コメントせずに帰ってしまいましたが、どう思ったかなあ(^_^;)。 オケの練習が終わる6時から、8時までの2時間、公民館を借りていたのですが、足りなくて職員の人に頼み込んで(泣き落としとも言う)9時まで延長してもらいました。 延長してもらった1時間のうち・・・ 約30分、ドーナッツを食べながら、相方のNさんとしゃべっていましたが(・∀・)。 ごめんなさいごめんなさい。頑張ります(滝汗)。 もちろん、本編の演奏会も頑張ります( ̄▽ ̄;)ノ。
2006年04月15日
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夕方、母から携帯に「たけのこもらったから、取りに来なさい」との連絡があったので、仕事が終わってから実家に寄りました。 とりあえず母に、弟のことを報告しました。●●するかも知れないことも、しなくてもよくなったことも、何も連絡してなかったらしいです。いつもそうだ。あいつは(^_^;)。 でもね、今回、彼はものすごく不安だったと思います。想像することもできないくらいの不安にさいなまれていたと思います。あの意地っ張りが、ほんの少しでも弱音をはくなんて、よほどのことです。 とりあえず良かった。本当によかった(T_T)。とにかくよかった。だからよかった。あいやよかった。 彼がどんなにムチャな生き方をしてきても、今まではぜんぜん、心配なんかしなかったけど、今回だけはずっと心配でした。 リアルで僕を知っている人じゃなければ、さっぱりわからない話題でしたね(^_^;)。一見様ごめんなさい。 そして読んでくださった人、この話しは、あなただけの秘密です。
2006年04月13日
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今年も桜の下でブンガクしてきました。 いや、ようするにお花見をしてきただけなんですけどね(笑)。なぜ文学かというと、桜を見つつビールを飲みながら梶井先生に思いをはせるからです。桜の樹の下には・・・う~んブンガク(本当にわかっているのか?)。 今年は出身高校のあるJ山公園に行ってきました。駐車場がいっぱいだったので、実家に車を駐めさせてもらって、J山公園へ歩きました。すなわち、高校時代の通学路を歩くことになったのです。 重いカバンをかかえて、通ったあのみち~♪なんて歌いながら、懐かしい道を歩きました。いや、教科書はほとんど学校に置いて帰ってたので、カバンは軽かったですけどね。 懐かしい道を歩くと、いろいろと当時のことが思い出されます。そしてO高校近くの公園に着きました。懐かしい景色が広がります。 O高校に入学した生徒は、この公園のボンボリがついた桜の樹の下を通って通学します。僕が入学したときも、桜が満開だったなあ。あれからもう10年か(うそつけ!)。 T井とY本と3人で、自転車でノーブレーキで走り降りた急な坂道。よく3年間1度も事故にあわなかったものです。そして部活の合宿のとき幽霊が出たという三叉路。あのときはクラリネットの後輩が泣いてしまって、大変だったなあ(^_^;)。 懐かしい所に行くと、いつも不思議な気持ちになります。時間を飛び越して、あの頃の自分と繋がるような、そんな気がします。 ビールでほろ酔い気分になって、桜の下にごろりと横になりました。ここで眠ってしまって目が醒めたら、あの頃に戻っていて、教室にいるなんてことはないかなあ。んで先生に怒鳴られたりして。 「墨野!ま~たお前は授業中に居眠りばっかりしやがって!」
2006年04月09日
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昨日の日記のとおりズンドコだったのですが、ちょっと立ち直りました。原因はなんでもない1通のメールからでした。 フォローのつもりで出したメールも、ほとんど返事が来なくて、ますますのズンドコ状態でした。祈る気持ちで送受信を繰り返していたら(危ない奴)、1通のメールが・・・誰から来たのかわからないのですが本文に「フルート」と書いてあったので、音楽仲間の人からなのは確かです。 アドレスから誰かを推理しました。アドレスの最後は「ナツコ」・・・ナツコさんという音楽仲間はいません。誰だろう・・・?名前がいっぱいならんでいるということは、お子さんの名前かも? 早速年賀状をひっぱりだして、照合しました(笑)。そして当てずっぽうで見当をつけて、返信しました。すると入れ替わりにもう一通のメールが。当てずっぽうは正解で、ブラスバンドの仲間(先輩)からでした(*`▽´*)。 すぐに携帯から再返信しました。 なんでもないことなんだけど・・・これだけのことで、すごく気持ちが楽になりました。 本当にいろいろな人に助けられているなあ(T_T)。 問題は解決した訳ではないけれど、これでまた頑張れます( ̄▽ ̄)ノ。
2006年04月09日
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ええ・・・何と申しますか・・・壊れてます(^_^;)。家でもブツブツと独り言をいっては、不気味がられてます。今日あったことをひとつひとつ思い出しては、反省しきりです。もう一度巻き戻して、土曜日を最初からやりなおしたい。「ああ言えば良かった」「あの話しができなかった」 僕は脳が悪いので、いっぺんにいくつものことを考えることができないのですよ。せめて普通の人並みに、気遣いができるようになりたいです(T_T)。 今日はあまりにもいろいろなことがありすぎで、訳がわからなくなってしまいました。 先生にもきちんとお礼を言えなかったし、団長との相談もできなかったし、パートの人との話しもちゃんとできなかったし、応援にきてくれた人にもきちんと対応できなかったし・・・。 浮き足だって、演奏最悪だし・・・ なんか空回りばかり・・・すっごい自己嫌悪。 帰りの送迎に行って、公民館に戻ったときは、自分に対するイライラがピークで、ブチキレ寸前でした。あのとき、残っていてくれた人、本当にありがとう。僕を待っていた訳じゃない人もいると思いますが(爆)。あれでどれだけ救われたか・・・ 本当にバカでごめんなさいm(_ _;)m。一生懸命やってるんだけど、どうしても気配りが行き届かなくって。 もしも僕が、そっけない態度に見えてしまったら、それは忙しかったからです。本当は1人1人ゆっくり話したいです。1人2時間ずつくらい(笑)。 音楽仲間はみんな大好きです。嫌いな人なんて、1人もいません。あなたが僕を嫌いでも、僕はあなたが好きです。 なんか重い日記だなあ(^_^;)。グチ日記閉鎖したので、こっちにUPします。気分を害された人がいましたら、ごめんなさい。 来週は、もっと忙しくなりそうです(^_^;)。
2006年04月08日
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ウヒョヒョ(*`▽´*)。最近、邦画づいていて、邦画ばかり観ている墨野ですが、久しぶりにゆる~い映画を観ました。 「亀は意外と速く泳ぐ」ってタイトルがすでに面白いです。しかも主演は僕の大好きな上野樹里っぺ。これは見ない訳にはいきません。ビデオ屋さんで探して速攻でレンタルしてきました。 だいたい僕は、異常に感情が表に出るタイプで、感動的な映画ではすぐ泣くし、おかしい映画では大声で笑ってしまいます。でも、この映画ではあまり感情が表に出ませんでした。ず~っと最初から終わりまで、ニヤニヤとしたままだったのです。 考えてみると、これってかなりアヤシイです。ええ歳したオッサンがDVDを見ながら、ニタニタしているのは、はたから見ていると、かなり不気味な図だったに違いありません。そういうDVDでも見ているのかと思われそうです(そういうDVDってどういうのよ?)。 まあ、ゆる~く生きてる僕には、ぴったりの映画かもしれません。ただね、ラストの別れのシーンはすごくさびしかったです。胸がしめつけられるような、そんなリアルなさびしさ。ずっとゆるかっただけに、このシーンはきつかったです。 なんとなく日常生活に疲れて「生きる」とか「鬼龍院花子の生涯」みたいな、濃いめの映画は観たくないときに、おすすめです。 フェッフェッフェッ・・・
2006年04月05日
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アメリカで発売されているELLEGARDENの4thアルバムが、逆輸入されて国内でも発売になりました(^o^)。とはいえ、ジャケットのみの変更で、中身は同じらしいです(笑)。買おうかどうしようか迷っています。ジャケットだけのために、2千円払うのもどうかと思うし・・・でも、このジャケットの高田さんの表情も捨てがたいし・・・難しいところです。 どうしようかなあ・・・どう思います?
2006年04月04日
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月曜日に放送されていた西遊記が終わってしまいました(´Д`;)。毎週楽しみにしていただけに、月曜日が妙にさびしいです。まあ「ドラマ嫌い」の僕が「月9ドラマ」を見るなんて、最初で最後だろうなあ。 実は僕はとんでもない西遊記オタクで、原作も全巻読み、西遊記の漫画も出版されているものは、ほぼ持っています。最近では「悟空道」「パタリロ西遊記」等です(笑)。テレビアニメ「悟空の大冒険(手塚先生原作)」も見てたし、ドリフの「ニンニキニキニキ(タイトル忘れました・汗)」も、毎回見てました。 それにしても今回の西遊記には感動的な話しが多く、毎回のように泣かされました。キャストも敵役も良かったですね。本当に毎週月曜日が楽しみでした。 記憶に間違いがなければ、マチャアキ西遊記は唐と天竺のちょうど中間地点で、終わってしまいましたが、今回の西遊記は天竺にたどり着くことができましたね。この天竺が、またとんでもな所だった訳ですが(笑)。 最終回でマチャアキが出てきて、嬉しそうに如意棒を振り回すシーンは、本当に楽しかったです。BGMにモンキーマジックを流したのも、最高でした(^o^)。 それにしても西遊記という話しは、ドラマ化や漫画化されるたびに、いろいろなエピソードや結末があって、面白いですね。この話しに限っては、原作に忠実である必要は全然ないのです。 実際、西遊記という話しは、あちこちで話されていたものを、統合したものらしく、原作からして矛盾だらけです。玄奘や太宗皇帝は本当にいた人らしいですが、西遊記自体は完全なフィクションなのです。だから西遊記を見るときは細かい所にこだわってはいけません。 「小さい虫に化けられる孫悟空が、檻に閉じこめられるって、変じゃない?」 だからそういうことを言ってはいけないのです。そもそも孫悟空は、地獄に1人で殴り込んで、鬼どもや閻魔大王にまで謝らせ、天界に行ってはナタの三太子や恵岸行者兄弟を打ち負かし、二郎真君と互角に戦ったサルですよ? 本来なら、唐から天竺の道中に出てくる田舎妖怪ごとき、物の数でないはずです。それが毎回苦戦の連続です。もちろんこれは楽々と魔物を退治していっては、面白くないからだと思います。 三蔵法師も、唐で一番偉いお坊さんのはずなのに、弟子である悟空を口汚くののしるわ、魔物に捕まったら、泣くわわめくわで、全然偉いお坊さんという感じがしません。 原作の西遊記はヘビーですよ。あまり語られませんが、とんでもないエピソードがあります。 魔物にさらわれた女性を助けに行く回があるのですが、その魔物とさらわれた女性の間には子供ができていて、その小さな子供が庭で遊んでいたのですよ。猪八戒が悟空の命令でその遊んでいた子供をさらって、魔物の前まで行って魔物の目の前で階段にたたきつけ、ミンチ肉にしてしまうシーンがあるのです(^_^;)。 これこれ、ああた!なにをしはりますねん。幼い子供になんの罪があるものか・・・またどんなに悪い魔物でも、目の前で子供を殺すって、あんまりではありませんか!さらに、さらわれていた女性は、これを喜んでしまうのです。この世界は何かが違います( ̄∀ ̄;。 他にも猪八戒が三蔵法師を騙して、孫悟空を陥れて破門にさせるようなエピソードもあったりします。ドラマの西遊記とは、どえらい違いです。「ナマカ」ではありません。 そして原作にはラスト近くに不思議なエピソードがあります。悟空が天竺まであと少しという所まで来たところで、唐を出発してから、今までにあった「難」の数を数えるのです。そして「ひとつ足りない」と言うシーンがあるのです(確かめてませんが、たしかありました・汗)。実際ひとつ足りなくて、一行は雲から落とされます。 つまり悟空がわざと旅を困難なものにしていたと思わせるエピソードです。三蔵法師のお供をするようになってから、いきなり悟空が弱くなったのは、旅を困難なものにするためだったのでしょうか?そのために、本来なら小指でひねれるような相手に、わざと苦戦してきたのかも知れません。 読めば読むほど不思議な話しです。さすが中国四大奇書の1つに数えられるだけのことはあります。****************** 今回はオタッキーな話しになってしまいました(^_^;)。ここまで読んでくださった人に、西遊記豆知識をひとつ。 孫悟空のことをよく「孫行者」ということがありますが、この「行者」って何だと思いますか?修行中だからそう呼ぶと思う人が多いと思いますが、実はこれは名前なのです。 3人の弟子は三蔵に弟子入りするときに、それぞれもう一つ名前をもらっているのです。孫悟空は「孫行者」。沙悟浄は「沙和尚」といいます。では「猪・・・」何というでしょうか? 答えられた人はすごい!正解は「猪八戒」です。 「誰でも知ってるじゃないか!」 そうなのです。彼だけは不思議なことに三蔵がつけた名前で呼ばれることが多いのです。 ちなみに、弟子入りする前の名前が「猪悟能」です。弟子入り前の名前は、三人とも「悟」の字がつくのですね。 今回はすごいマニアックな話しになってしまいました。興味のない人、ごめんなさい。
2006年04月03日
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今日は久しぶりのダブルヘッダーでした。いや、野球の話しではなくて、今日はオケストラとブラスバンドの両方の練習があったのです。午後からオケストラの練習で夜はブラスの練習でした。 まずはオケストラ。 今日、ようやくアンコールの曲が決まりました。アンコールの曲はブピーーーー(まだ秘密です・笑)番です。良い曲ですが、とても難しいです。演奏会まであと1ヶ月なにのに大丈夫かなあ・・・頑張ります(^_^;)。 そして、今回の演奏会のために、指揮者のF先生が作ってくださった曲が完成しました!!今日初めて楽譜を見ましたが、この曲はすごいです。まさにうちのオケストラの為に作曲された感じがします。 考えてみると、元来クラシックというものは、そういうもので、演奏する側から「これこれこういう編成でお願いします」と作曲家に依頼して作られていたものなのですよね。とてもうちのオケに合った曲だと思います。長い間、うちのオケの指揮をしてこられたF先生だからこその曲です。 例えば、フルートが4管です!!これは人数が多いフルートパートのための編成だと思われます。そして第2ヴァイオリンにソロがあります。これは、あきらかSさんのために作られたものです。第2ヴァイオリンに限らず、各パートのソロはそれぞれそのパートの奏者に合わせて作られている感じがします。曲の最後の部分は、あきらかに団長のために作られたものです。 曲の前半に第1クラリネットの短いソロがあります。第1クラリネットを僕が吹くことは、すでに先生に報告してあったので、これは僕の為に作曲されたソロなのかも知れません。僕の得意な音域から作られていて、さらに「あがり症」の僕のために短いのだと思います。 さらにこのソロの部分は伴奏が薄く、間違えてもわからないように作ってある気がするのは、僕の考えすぎでしょうか?( ̄∀ ̄; いずれにしても、これってすごく幸せなことだと思います(T_T)。オケストラで自分のために作られたソロを吹ける機会なんて、そうはありませんよ? もしかしたら、一生に1回の経験かもしれません。ありがとうございました。 僕はこの2小節に命をかけます。 オケの練習が終わって、お腹がすいたので、仲間と食事に行きました。ハンバーグ&エビフライをたらふく食べて、ブラスの練習に向かったのでした。 そしてブラスバンド 演奏会に向けて、こちらも熱が入ってきました。でも今日はちょっと人数が少なかったかな?(笑)でもこっちはまだ、後3ヶ月ありますから。アルフレッド・リードの曲が、素晴らしいです(T_T)。何回吹いても、飽きません。ちゃんと吹ければもっと楽しいと思いますが(^_^;)。 そして「別れたあの娘」が難しいです。 それにしても「別れたあの娘」って、すごいタイトルです(´Д`;)。このタイトルを見ると、小学校1年生のときに、席がとなりだった加藤木美枝ちゃんを思い出します。いや、別につきあってた訳じゃないんですけどね。だから、別れてもいません。はい。 当時僕はチビだったので、朝礼とかでは一番前だったのですよ。美枝ちゃんも小さくてやはり一番前でした。で、小学校の頃って、遠足とかでは、隣の子と手をつなぐのですよね。 「へえ。それはラッキーだったじゃん」 と思うかも知れませんが、ああた!この美枝ちゃんは何を勘違いしていたのか、いつも力いっぱい僕の手を握ってくるのですよ。これが痛いの痛くないのって、痛いのです。でも僕がどんなに痛がっても、泣いても、彼女はおかまいなしでした。 仕返しが恐くて、先生に言いつけることもできず、ひたすらこのイジメに耐えていたのでした。 僕の右手が、左手に比べて小さいのは、この頃に右手の成長するための細胞組織を破壊されたからかも知れません。って、んなこたあ、ないと思いますが。だから美枝ちゃんといえば、泣かされた記憶しかありません( ̄∀ ̄;。 でもね。思えばあれが僕の初恋だったのかも知れないのです。父の仕事の都合で転校することになったとき、心の中で美枝ちゃんに、お別れをいいましたから。あれから35年以上たちました。どんだけ昔の話しやねん!今頃どうしてるかなあ。 万一どこかでお会いしても、僕はもう、ああたとは手をつなぎませんからね(T^T)。 ちょっと何すんねん。つながへんゆうてるやろ!やめてえなあ。やめんかい!あっちょっと!ちょ・・・イデデデデデ!!(35年ぶりにくらったらしい) 久しぶりの音楽ネタだったのに、「初恋」の話しに突入してしまいました。 アホか自分(^_^;)。******やっと閑話休題****** 最後の方は、口がヘロヘロでほとんど吹けませんでした。今年初めてのダブルだったからなあ。 練習の後、食事にさそって頂いたのですが、お腹いっぱいだったのと、さすがに疲れたので帰ってしまいました(´Д`;)。ごめんなさい。次回はよろしくお願いします。 それにしても、今回はひどい文章だなあ。話しが横道にそれるのは、いつものことですが・・・それすぎやっちゅうねん!でも書き直すの面倒なので、このままUPします。 ごめんなさい(^_^;)。
2006年04月01日
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