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『心を元気にする色彩セラピー』 末永蒼生 著者は30年にわたり、「子どもアトリエ・アートランド」を主催。その実践から、自由な色彩体験が心を癒したり、生きる力を与えたりすることを確認し、色彩を通してのカウンセリングとアートセラピーを組み合わせた独自の方法で心のケアを行っています。 本書は色彩のもつ心理的効果、色彩セラピーの方法、それぞれの色彩のもつ意味について書かれています。 色が人を表す。塗り絵をすることと、絵を描くことによって心を知ることが出来る、普段何気なく来ている洋服、使っている色にもいろいろな意味が隠されているというのが興味深く読み進めました。 また、“子どもの絵は下手に指導すると、子ども達は本音で絵を描かなくなります。評価を気にして大人好みの絵を描いてしまうのです。しかし、それで子ども達は絵を通して感情を解放することができないし、楽しくないでしょう”と書かれてあり、教育という面からとても考えさせられました。 『「甘え」と日本人』 土居健郎 斎藤孝 土居健郎さんの『「甘え」の構造』を学生の時によんで結構衝撃を受けたことを覚えています。今でも版を重ね売れ続けているようですね。今だからこそ、見直されている部分があるのかもしれません。 本書は、現代の「病」、甘えの喪失、崩れてきた子供のカラダ、読書が作る人間関係などについて対談も含め、論じられています。 “小さい時に甘えられなかった人間は、自立できなくなる。正しく甘えられないので、その分ひそかに甘ったれたり甘やかしたりする結果が生まれる。それが現代の社会のひずみとつながっている” “甘えが容認される社会では、妬みは緩和されます。甘えたい気持ちがあるので妬みがそれほど深刻にならないで済むわけです。ところが、甘えるということが赦されていない社会では妬みが強く意識されるようになるのです” 読んでいて、成る程と思わされたり、考えさせられることのたくさん詰まった本でした。 『佐賀のがばいばあちゃん』 島田洋七 ベストセラーになった訳がよく分かります。貧しいけれど、貧しいことを恥じず、生活を楽しむ、見えないものを大切にする、文章の端々にはばあちゃんの愛情が込められていて読んでいて清らかな気持ちになってくるように感じます。現代の生活では忘れてしまったような心、でもみな大切だと思っている心、それを再確認させてくれるような本です。子どもにもそのうち読ませてあげたいなと思います。 『お母さんという女』 益田ミリ 著者のお母さんについて書かれたエッセイ。団地に住む普通のお母さん。でもその普通らしさが読んでいてほっとさせてくれます。中でも“分かるなあ”と感じたのがお母さんが笑い上戸なところ。何に対してでもよく笑う人の側にいると、つられて一緒に笑ってしまう。一人では笑わないだろうと思うことでも、そういう人の側にいると3倍くらいは笑ってしまうというところ。私の母もそういう人なので、たまに実家に帰ると笑いが止まりません。 “思い出を書けば書くほど、子供を甘やかしまくっていた母親だということが分かる。だけど、甘やかされた思い出はいつもわたしの心の中にあって、わたしの心に真の部分を暖かくしてくれる。わたし、大丈夫かも。それはなぜか根拠のない自信をわたしに授けてくれるのである”というくだりがあり、それはとても素敵なことだなあと思います。 『「読んで身につけた」40歳からの英語独学法』 笹野洋子 最近の私は英語の勉強に行き詰まりを感じていて楽しさを感じ得られなくなっていました。そんな時図書館で目にした本。この本を読んでまたモチベーションが高まりました。 40歳で英語を始め、47歳で翻訳家になった著者。大学も教育学部国文学科で英語とは縁のない生活。そんな著者がなぜ翻訳家になったのか、またどのように学んで言ったのかなどについて書かれています。 印象的だったのは「読んで身につける」方法。いろいろな本を使うのでなく、NHKのテキストで充分。ただ読むだけでなく、50回音読する。“急がば回れ”で50回音読すればリズムなど、体で覚えてしまう。ただし、忘れないうちに復習するのが大切。 コツコツと頑張っていこう・・っと。 その他に以前日記で紹介した『色彩記憶』(末長蒼生 江崎泰子 著)と合わせて今月読んだ本は10冊でした。
2007年06月30日
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まずは、今月読んだ子育てや教育関連の本から。 『ベネッセ発 親子で伸ばす「本物の学力」』 ベネッセが行っている中・高・大学の入試問題の調査、・OECD(経済協力開発機構)の実施しているPISA調査の国際比較分析から、現代では各学校がどのような力をもっている子どもを必要としているか、これからの子ども達に問われる本質的な力はどのようなものか、国際的に見て日本の子どもの学力の問題点をどのように克服していけばよいかなどについて具体的な入試問題などを交えながら書かれています。 2003年のPISAの学力調査で日本は前回の8位から14位に低下し、その結果から学力低下が叫ばれています。PISAの位置づける読解力は日本で一般的に言われている「書かれてあることを読み取る力」とは異なっています。読解力とは何かということについても詳しく書かれてあり、その力をもつ人材を社会や企業が欲しているというのも読むと分かります。また、今後家庭でどのようにしてこのような力を付けていけばよいかについても書かれているので参考になりそうです。 『オッケー 伸びる子を育てるちょっとした習慣』 中井俊已 著者は元小学校教師で現在は教育コンサルタントの方。子育てについて大切なことをちょっとした漫画を交えながら分かりやすく楽しく書かれています。 「いい言葉をプレゼントする」「どう思う?と聞く」「無理に励ますよりも、認める」「家事に心をこめる」など、ちょっと気をまわせば良いことばかり。読むと心が明るくなる本でした。 『愛があるから真っ向勝負』 長田百合子 塾を経営すると同時に不登校や引きこもりの家庭と関わり、独自の「メンタルケア」の手法でたくさんの家庭を救ってきた著者。著者が昔、いじめられた時のこと、いじめられるようになった訳、ヤンキーだった時の生活などが前半に、現在の実際のメンタルケアの様子や、メンタルケアに至るまでのことが後半に書かれています。 テレビなどで見るメンタルケアは一回勝負。何回もできるものではなく、それだけに慎重にその機会を図るそうです図ると言っても子どもの様子をみて機会を伺うのではなく、みるのは親の覚悟や意識。両親との準備は数ヶ月、長いときには数年かけ、さまざまなことを通じて両親が子どもの苦しみと真剣に向き合う覚悟が出来たと判断された時にメンタルケアに踏み切り、ほとんどが成功するそうです。 著者は、教育者や精神科医、心理カウンセラーなどの方が「好きなようにしてあげなさい」「ゆっくり時間をかけて見守りなさい」ということに怒りをもっています。そういう対応をすることによって、起きあがらせるタイミングを逃したり、ますます問題は深くなっていくことが多いと言っています。 “家庭”というものを改めて考えさせられた本でした。 『砂漠でみつけた一冊の絵本』 柳田邦男 絵本とは子どもを対象としたものだけでなく、大人にとってもとても価値のあるもので、人生において絵本を三度読み返すべきだと著者は言っています。一度目は幼いとき、二度目は自分が親になって子どもを育てるとき、そして三度目は人生後半になってから。 人生後半になって絵本を読むことは、自分の内面の成熟に結びつく営みとなるそうです。確かに絵本を読んで子どもの頃には気がつかなかったことが、今読むと分かったり、大人になって読むと心に響いてきたりすることがあります。私自身、今までに何度も絵本に助けられてきたので本書の内容は心にすっと入ってきました。また、改めていろいろな絵本を手元において置きたいという思いになりました。
2007年06月30日
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今日は娘の通っているヤマハ音楽教室の発表会がありました。娘はジュニア科のグループレッスンで通っているので発表は5人で行うアンサンブル。今年は発表会も2年目なので、少し安心して見ることができました。 娘もグループの子もみんな緊張しながらもしっかり練習の成果を出し切って演奏することができたと思います。終わった後に娘に感想を聞いてみると「楽しかった」との答え。それを聞くことができて、今までの練習を振り返り、本当に良かったと思いました。 1ヶ月前、楽譜を渡されたときは、なかなか上手に惹くことが出来ず、悔しくて泣いたり怒ったりしてばかりだった娘。「もうやりたくない」「ヤマハなんてやめる」など言ったのも1度や2度ではありません。 それでも練習が進むにつれて思うように指が動くようになり、次第に積極的に練習する姿が見られるようになりました。イヤイヤ練習をしていた頃と楽しんでやるようになってきた時とでは顔つきが全く違います。迎えた発表会で自信をもって演奏し楽しんで弾くことが出来たのは嬉しいことです。 まだ、自分の演奏に精一杯で、友達の音を聞く、友達と音楽をつくりあげる楽しさを感じるというこようなことは全然なので、年齢が上がるにつれてそういう音楽のよさも感じ取っていってほしいなと思います。 また、技術だけでなく、何事もあきらめずに粘り強く取り組む姿勢やコツコツと努力を積み上げること、そういう積み上げの後に自信や達成感が得られるのだということを、毎日の練習を通して体感していって欲しいなと思います。
2007年06月24日
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前の日記で書いたTさんと話していた時、「ぷりんさんは、仕事を辞めて後悔したことはなかったですか?」と聞かれました。 仕事を辞めてから随分と時間が経ち、そういうことを最近は立ち止まって考えることはあまりなかったのでちょっと考えながら答えました。 「後悔・・。後悔の思いはないなあ。また、子どもと関わる仕事をしたいとは思うよ。子どもの授業参観に行けば、教師という目線で学校や授業、子ども達の様子を見ることもあるし、学校に本の読み聞かせで行けば、やっぱり嬉しくてワクワクしてくるし。でも、辞めなければ良かったとは思わないなあ。それは、辞める前に充分悩み考えた結果のことだし、その時に、決めたからには後悔しないように決めた道でできることをやろうと思って辞めたからかも。だから、きっとそのまま仕事を続けていれば、それはそれで後悔なく、やり続けて良かったと思っていると思うよ。 それに、辞めたからこそ、見えてきたことや勉強できたこと、見えてきたことは本当に山ほどあるし。他のお母さん達が学校に対してどんな思いを持っているか生の声も聞くことができたしね(笑)」というような話をしました。言いながら、改めて考えていなかったけれど、そうなんだなあと自分で今の時間を見つめなおすことができました。 お母さん達の生の声と言えば、同じ子をもつ母親として、ママ友達から学校や先生に対する批判の声を聞いたり、「これって、どういうこと?」というような質問されたりすることがあります。でも、聞いていると、批判は誤解のようなものも多いような気もします。 学校は集団教育の場。先生は学級という集団の中で個をどう生かすかということを主眼にして学級経営や授業を行っていますが、親が見ているのは我が子個人のこと。その間にはいろいろな思いの温度差があったりするのだよなあ・・と話を聞くとしきじみと思います。 小学校では年に数回の個人面談や授業参観などを通してしか先生を見ることができないもの。保育園や幼稚園のように頻繁に先生とお話しする機会もありません。先生に関する話は子どもを通してからしか伺い知れないので、誤解があったり、情報が偏り、歪曲されてしまったりすることがあります。 「話はよく分かるけれど、先生はこういうことを考えてそういう指導をしているのかも。」とか、「学年、学級という集団として指導すると考えこういう指導になっているのかも。」など少し教師の側から見た考えのことを話すとびっくりされたり、納得してくれたりすることもあります。 だからと言って、決めつけずやはり先生に聞いてみたり、伝えたりするようアドバイスするようにはしていますが。やはり先生によって考え方は異なるし、真意は聞いてみないと分かりませんから。 いろいろな例がありますが、例えば、以前あるお母さんが「うちの子どもははいつも手を挙げているのに、先生が全然当ててくれないんだって。」と言っていました。授業参観が話を聞いた2日後くらいだったので、息子とクラスは違いますが、その子のクラスの授業の様子を見てみました。(一日学校公開でいつ見に行っても良いという日だったので) 授業は算数で、初めは簡単な発問の連続でほとんどの子が元気よく手を挙げていました。M君もずっと手を挙げ続けていました。授業の中盤にさしかかり、かなりの子が発言してもM君は確かに、当てられていませんでした。でも、後半になって授業を練り上げる場面になり、考え方を言葉で説明させるような展開になりました。手を挙げる子が少なくなった時、M君が当てられました。M君はしっかり考えを言いながらも、そこからみんながもう少し深めて考えさせることができるような発言、つまり教師から見て“ここでこういう発言がでると授業がだらだらとせず、引きしまる、みんなが考えを深めることのできる”といったある意味理想的な発言だったのです。それを見たときに、M君は“ここぞと言う時に発言させたい子”なのだなと思いました。 授業を進める中で、話し合いの場面では子どもの発言を、意図してつなげて授業を深めるようにすることがよくあります。考えをノートなどに書かせれば、子どもが何を考え発表するかが分かるので、そのノートの内容を見ながら“初めにこの子に発言させて・・、この辺りであの子に発表させて突破口を開いて・・”などと授業を組み立てたりします。長く子どもと付き合っているとだいたいこの場面で、この子はこういうことを言うだろうな、そうしたらこういうことに気づいてあの子が意見を言うかもしれない、などと予測しながら授業を進めたりもします。なかなか自分の考えがうまくまとめることができない、自信をもって発表することができないなどの子は簡単な発問の場面で答えさせて自信を持たせることから始めますし、自分の意見をしっかりもって発言できる子は、考えを深めるような場面で活かしたいと思います。簡単なことを答える場面からしっかり発言できる子ばかりいつも当ててしまうと、他の子が育たなかったりもしますし、発言する回数が必然的に多くなって「いつも○○さんばかり当てて」という声も出るかもしれません。 M君にしてみれば、いつも手を挙げている割には発言する回数が少ないと思っているのでしょう。答えの分かる自信のある場面で張り切って手を挙げているのになかなか当ててもらえない(それでも、おそらく普段少しは当ててはいると思うのですが)という不満もあるのだと思います。親はM君の声の部分だけを聞くと、先生に嫌われているのかもなどという不安を抱きます。でも、実際は先生はM君に期待しているのだと思います。(これは私から見た勝手な予見ですが) そのようなことをM君のお母さんに話すと、驚いていました。そういう先生の思いを知っているのと知らないのとでは、家庭で子どもにかける言葉も違ってきますよね。 気になることがあるけれど、先生にわざわざ聞くのはちょっと・・と躊躇する気持ちもよく分かります。でも、やはり私は、気になることがあれば、遠慮せず先生にこちらの思いを伝えたり、事実を確認したり聞いたりする方がいいと思います。先生としてもお家の人の話から子どもがどう受け止めているかを知ることができますし、誤解があればそれを解くことができたり、真意を話すことができます。また、間違っていることや、気が回らなかったことに対しては真摯に受け止めて対応を改善することができると思います。 実際に「話してみてよかった」「聞いてみてよかった」というママ友達も何人もいますし、私も教員時代にお家の人に話してもらってよかったと思うことがたくさんあったのでそんなことを少し思いました。
2007年06月19日
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先日、勤めていた職場の後輩で、現在育児休暇で家にいるTさんの家に遊びに行ってきました。Tさんの子どもは今1歳半でちょこちょこと歩きながら、ブロックで遊んだり、音楽に合わせて体あを動かしたり。とても可愛らしく、我が子もこんな時があったのだなあとしみじみとしてしました。 Tさんは来年度の4月から職場復帰(小学校教員)をするということで、以前から復帰した後、子どもの預け先や方法などをどのようにしていくか悩んでいました。現在は核家族でアパートで暮らしています。彼女の実家は車で2時間以上離れたところ、ご主人の実家は車で30分くらいの所ですが、自営業(喫茶店)をしていて夜まで働いてみえるので子どもをお願いする環境ではありません。 「復帰したらどうしようかなあ。私もやってみて、やっていくのが難しかったらぷりんさんのように辞めることも考えるかも。」と以前言っていました。でも、今回話を聞くと、ご主人の実家の近くに家を建て、保育園の朝と夕方の送り迎えを仕事の合間に義父母が行ってくれるという話になったそうで、働きやすい環境を整える兆しが見えてきたようです。「義父母も働いているから、当然長い間子どもを見てもらうのは申し訳ない。とにかく早く帰宅するようにしないと」とTさんは言っていましたが、ちょっとでも普段助けてもらえる人があるというのは、共働きの家庭にとってはありがたいことだというのがよく分かります。 家の地域は小学生でも部活動があり、今の時期では5時45分まで活動しています。当然指導する教員は子どもを無事に帰してからなので、この時期だと、どんなに早くても学校を出るのは6時になります。それでなくてもさまざまな会議、授業検討会なども6、7時になることもよくあります。しかし、この地域での保育園は延長保育でも6時までというのがほとんどで、7時まで預かってくれるところはかなり遠いところにある上、待機児童がいっぱいのところです。なので、Tさんは保育園に預けても6時までに毎日迎えに行くことができないことをとても心配していました。今回そのことが解決して本当によかったです。 。
2007年06月13日
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降っていた雨が止んだので、暗くなってからホタルを見に行きました。娘が3歳くらいの頃に子連れで行ったことがあるのですが、それ以来行っていなかったので、まだホタルがしっかり生息しているか少し不安でしたが、大丈夫でした。ホタルが見える川なでには田んぼがあり、蛙が大合唱していて季節を感じました。 ホタルの光は本当に幻想的ですね。暗闇の中に光るあの何ともいえない色と、点いては消えるはかなさのようなものがあり、美しくもありながらどこか寂しさも感じます。その寂しさは咲いては潔く散る桜と似てているのかもしれません。日本人がホタルの光を好むのも分かるような気がします。 こんなに夜に明かりのなかった昔は、今よりももっとホタルの光に対して、月や星のように美しさや神秘さを感じていたのだろうなあと思います。
2007年06月09日
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土曜日に学習をさせるのであれば、地域の市民館などで、教えることの出来る地域の人や退職した教員などが個々に講座を開くのはどうでしょうか。退職校長が土曜日を使って分からなくて困っている児童の勉強を教えるという話もありましたが、もっとそれを拡大して考えてみたらどうかなと思います。地域の中には英語が堪能な人もいるでしょう。理科の実験が出来る人もいるかもしれない。地域のことや歴史に詳しい人は社会科を教えることも出来るでしょう。各教科にはさまざまな分野があります。国語であれば、作文講座、漢字講座、読解講座など細分化してを設けます。その中から子どもが参加したい講座を選ぶのです。苦手だから・・と選ぶのもいいし、得意なことを伸ばすこともできます。半年間で一人2000~3000円くらいの講座費であれば教える方も、お金をいただいている以上プロとして真剣に取り組むでしょうし、学ぶ方も塾へ行く経済的余裕はないという家庭も行きやすいのではないでしょうか。 また、フルタイムの仕事としては難しいけれど、土曜日の2~3時間であればできるという元教員や教員免許を持っている人もいるのではないかと思います。1講座ならば1時間だけだし、2.3講座持ってもそれほど負担にはなりません。実際、私も元教員なのでそういうものがあればやりたいと思います。私の周りには核家族で近くに頼る人もいないという理由などから、小さい子を持ちながら働き続けることを立ち止まって、教員を辞めた友人が何人もいます。育児休暇で休んでいる人で、三年の育休を取るのは不安があるという人も、土曜日の数時間ならば子どものお世話をしてくれる人がいれば、学校でなくても教える経験をつなげていける場があることで安心材料の一つとなるかもしれません。 人材確保という意味では地域差があったり場所の確保等、難しい面もあるかもしれませんが、子どもを地域で育てていくということをさまざまな方法でこれからどんどん取り入れていくべきだと思います。 何にしても、自分の子どもだけを見るのではなく、教育界全体として、子ども達全体の未来を考えていく中でどのようにしていけばよいかを大きな目で皆が真剣に考えていかなくてはいけないと思います。
2007年06月08日
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“7割の親が再開に賛成” 先日、新聞にこのような記事が載っていました。教育再生会議での土曜日の授業復活も検討を受け、ある携帯電話会社が行った、小中学校における土曜日の授業再開についての保護者の意識調査の結果。7割が賛成、反対が2割、どちらでもないが1割だったそうです。 子どもの学力低下が言われるようになって久しいので、授業時間数を増やすという目に見える形を望む親が多いのでしょう。また、家でゴロゴロしているよりも学校へ行った方が有用と感じている人もいるようです。 しかし、私個人の意見としてはどちらかというと反対です。まず一つに授業時間を増やすことが学力向上に果たして繋がるだろうかという思い。そして二つ目は家庭の時間を大切にしたいという思い、そして三つめは教員にとってはどうかという思い。 家庭の時間を大切にしたいということについて。休みの日に子どもと何かを計画して過ごせるの小学生くらいまでで、中学生になれば親よりも友達と過ごすことが多くなるだろうと思います。それだけに、週末にまとまった時間で地域活動に参加したり、自然の中でその季節にしか体験できないことをしたりなど、感性の豊かな子どものうちだからこそ、そういった時間をなるべく多く作りたいと思います。 現在我が家ではどうかと言えば、土曜日は習い事や子供会の行事への参加、市の図書館に行くこと、そして息子は、普段は学童に行っている友達と、平日は遊べないので週末に遊ぶことを楽しみにしています。日曜日は家族で過ごす日。子ども達と出掛けたり、日曜大工をしたり、一緒に庭の手入れをしたり、お菓子作りをしたり。もともと、ゆとり教育では家族で過ごす時間、地域で過ごす時間のを大切にする、学校教育では行うことの出来ないさまざまな体験を通して生きる力を育てるということが掲げられていました。もし土曜日授業が再開となれば、そういった時間が減りながらも、子どもの教育にとってプラスとなるように人任せでなく自分たちが努力していかなくてはいけないなと思います。 そして教員にとってはどうかということについて。教員である主人は、「土曜日が復活したら、体力的にやっていけるだろうか」と不安そうに言います。土曜日の授業をするのであれば、人員を増やして欲しいと言っている教師の意見が以前新聞に取り上げられていましたが、多くの現場の教師はそういうことを感じているのではないでしょうか。 主人は、現在は休みの1日を仕事に使っています。一週間分の授業や行事の計画と準備。会議で提案することがある場合はその書類、いろいろな見学(社会や生活科)の下見、時期になれば保護者会(個人面談)の資料準備や通知票、さまざまなレポートなどの書類作りなど、平日の日々の仕事は学年での打ち合わせ、提出物やテストの添削、学級通信などを書くなどのことで追われてしまうので、休みの日にまとめて仕事をしています。そしてもう1日は家族で出掛けたり、のんびり一人で過ごしたりしています。 もし、土曜日の授業が復活したら、部活動の盛んな私の住んでいる地域では午後は部活動をやることになると思います。(現に以前土曜日に授業があった時はまるまる午後は小学生でも部活動でした)当然教員もその時間は指導にあたることになります。そうすると結局休みは日曜日1日のみ。10年前よりも確実に仕事の量が増えている現在、そうなったら大丈夫だろうかと心配になります。心配なのは主人の体、先生方の体というだけではありません。教育者が日々の仕事に今現在以上に追われてしまい、余裕がなくなれば、そしてストレスがたまったら、そのひずみは子ども達に及ぶかも知れないのです。余裕がない母親が子どもに知らず知らずに当たってしまうということはよく知られています。その気はなくても、プロだから意識して気を付けていても、そのひずみはどこかに出てしまうかもしれません。それが先生間での人間関係に及ぶのか、子ども、個々の家庭に及ぶのかは分かりませんが。人間が人間を教え育てる教育の場であるので、教員と子ども、教員同士など人間関係が最も大切です。土曜日授業を再開するのであれば、もっと教員が働きやすい環境を整えなくてはならないと思います。続きは後で
2007年06月08日
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5月からまた市民講座として色彩トラムが開催しているので、週に一回通っています。色に関する意識はやはり女の人が強いのか、講座を受けに来ているのはすべて女の人です。 普段、何気なく見ている“色”ですが、聞けば聞くほど奥深い。色を生活の中でどのように取り入れていくか、具体的な話しが多く、前回とは違った観点からのお話を聞くことができてとても楽しいです。 自分でも少し勉強してみようと思い、とりあえず今読んでいるのがこの本。 『色彩記憶』 末永蒼生 江崎泰子 この本は著者が「色彩学校」という色彩真理の専門講座で行ってきた色彩レッスンの一つのカラーヒストリーについて主に書かれています。 カラーヒストリーとは小さいときから現在に至るまでの自分の思い出、体験思い起こしながら、その時の出来事と自分の気持ちと合わせて、心惹かれた色、イメージする色、記憶に残る色を記録していくこと。色と心の結びつきをたどるうちに、おのずとその人にとってキーポイントとなる色が現れてくる。そこから自分が見えてきたり、現在や過去の自分を等身大に見つめたり、また赦すことができたりするよう。 その後、カラーヒストリーから見えてきたことを各自で持ち寄り、グループセッションで一人ずつ発表していくことによって新たな発見があったり、共感が生まれたりします。そしてそれが個々の内面を更に深めるきっかけともなるようです。 本にはその具体的な個々の発表が書かれています。人の心理が色彩に自然と表れていること、選ぶ色がその人を表していることが分かってきて奥深さを感じます。 と同時に、色に対する印象、意識はその人の体験によって大きく異なるということも分かります。ある年配の男の人は緑を知らないうちに避けてきたと言います。カラーヒストリーを通して、その人にとって、緑は戦争体験の色、戦地のジャングルや迷彩服の色だったことに気づきます。多くの人にとっては緑はリラックス、安定、癒しなどの色。しかし、その方にとっては恐怖や、嫌悪感であった色なのです。しかし、それを知ることにより、緑と言ってもさまざまな色があること、それならばもっと緑を使いこなそうと思ったこと、そして戦争や平和が何であるか改めて考えるきっかけになったことなどいろいろなことを感じたそうです。 また、反対に色に対して共通する部分があるということが一般的に言われているというだけでなく、それぞれの体験にも根付いているというのもとても興味深く読み進められます。
2007年06月07日
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子ども達にはちょっと難しいかな、楽しめないかもと少し心配ながらも、最近、3年生の息子は学習漫画などで明治時代の偉人についても読んでいるので行ってみることにしました。 入場してすぐの広場で和太鼓の演奏会があり、そこで子ども達は釘付けに。和太鼓の体に響いてくる音と、演奏している人の、真剣できびきびとした躍動感のある動きに見入っていました。小学生から80歳以上の方までが入り交じって演奏している姿は素敵でした。 “博物館”明治村というだけに、重要文化財が随所にありさまざまな建築や当時の暮らしを見ることができ、見応えのあるテーマパークです。主人は、帝国ホテル内のポーツマス条約調印テーブルにいたく感動していました。私自身は明治村に行ったのは15年ぶりくらい。当時はふ~ん、と思っていた部分も、以前より時を重ねいろいろと知ることも多くなった今、見るといろいろと考えさせられたりと、今だからこそ楽しめる部分も多々ありました。また10年後に行ったら違う思いを抱くのだろうなあ。 明治時代は文明開化のもと、急速に西洋文化が入ってきた異質な時代であったことが当時の建築や家の中の生活の様子を見るとよく分かります。当時の人々はどのような反応だったのだろう、上流階級の人々が西洋の椅子とテーブル、ナイフとフォークを使った食事でおもてなしをしたりするようになるのをどう受け止めていたのだろうなどと思いながら見ました。 子どもには難しいかなと思っていましたが、スタンプラリーがあったり、所々に子どもも楽しめる施設やゲームがあるので結構楽しめたようです。特にSLに乗ることが出来たのが嬉しかったよう。外の景色を見ていると蒸気が独特の香りを乗せて流れていくのを感じられたのは大人でもとても楽しく感じました。 今回は全部見尽くすことができなかったので、また行きたいと思っています。
2007年06月03日
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『「そ・わ・か」の法則』 小林正観 「 そ・わ・か」とは 掃除の“そ”・笑いの“わ”・感謝の“か”。この3つの行動をしている人を神様は応援しているらしい、と著者は言っています。それを“知っている”だけでなくとにかく実践することが大切。読んでいくと簡単そうでも実は奥が深くとても面白い本です。 子育てにも書かれている部分があって、“子どもをきちんと育てるためには、声を荒らげ怒らなくてはいけない、時には殴ってでもきちんとしないといけない、と言う人がいる。しかし、それは親の思うとおりにならなかった時には、大声を出したり手を出したりと力を使って押さえつけるという方法を子どもに教え込んでいること。そうやって育ったこともは大人になり、親や上司など立場が上になったときに同じように振る舞う。子どもとの関係は、言うことをきかせることでなく、穏やかににこやかに言うという、その方法論を教えることの方がずっと重要。”というくだりがあり、心に響きました。 『宗教を知る 人間を知る』 河合隼雄 加賀乙彦 山折哲雄 合庭惇 4人の著者が宗教について、幅広く語っています。各宗教観(キリスト教、イスラム教、仏教など)の違い、著者自身の宗教観、日本人と宗教、などそれぞれの方がわかりやすく説明しているので宗教について知識をあまりもたない私にとってもテンポ良く読み進められる本でした。 中でも本に書かれている日本独特の宗教観というのはよく頷けることであって、日本人は宗教をもたない人が多い、ということではないということは納得できます。 日本には四季という循環していくという風土が日本仏教の輪廻転生の元となっていて、逆に砂漠の中、季節が変わらないという風土から一神教で、輪廻転生観のないイスラム教、キリスト教などが生まれたというところも面白かったです。 『なるほどの対話』 河合隼雄 吉本ばなな 臨床心理学者、カウンセラーの河合隼雄氏と作家のよしもとばななさんとの対談本。 私は対談本が結構好きで時々手にするのですが、それは対話を通してお互いにいろいろなことに気付きがあったえり、話が深まったり、話題がいろいろな方向に流れていくというのがリアルに感じられるようでころが面白いから。特にこのお二人はフランクに話しながらもなあなあに話すのでなく、どう聞かれたことに答えるか真剣勝負というような空気が感じられるような気がしてそんなところも楽しみました。 現代の病巣、海外と日本の文化の違い、時代と個人などさまざまなことに話が及んで、さまざまな国を訪れていたり、難しい内面を抱えている人と接することの多いお二人だからこその対話で心揺さぶられる所が多かったです。 『ジャンヌ・ダルクの生涯』 藤本ひとみ 先月読んだ、著者の『聖女ジャンヌ 娼婦ジャンヌ』が結構面白く、著者からみたジャンヌ・ダルクについて知りたいという思いから手に取った本。 突然、17歳で彗星のごとく現れて、国を救い、わずか2年後の19歳で火刑とされたジャンヌ・ダルク。彼女には謎や逸話も多く、さまざまな解釈がなされているようです。 この本は、当時、フランスに2人の王がいた背景、ジャンヌがどのような少女であったか、オルレアン包囲に至るまでなど、彼女の足取りやめまぐるしく移り変わる王宮の様子など書かれています。著者の取材日記と合わせて書かれてあり、フランスの古城や、ジャンヌの生まれた街、戦った街などの現在の様子も写真と共にユーモアを交えて紹介されていて、なんとなく様子が目に浮かんできます。今までフランスにあまり憧れはありませんでしたが、この本を読んで興味が出てきました。 今月読んだ本は、以前日記に書いた『水問題の重要性に気づいていない日本人 橋本淳司 』を合わせて10冊でした。
2007年06月01日
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『「友達力」で決まる』 親野智可等 ー友達力とは、友達との人間関係をうまく調節する力です。 これは、人が一生を生きていく上でとても大切なものです。 なぜなら、人の一生は人間関係の連続だからです。 「 はじめに」より ー 人間関係というのは大人になっても大切。子ども時代は遊びや学習、学校生活、そして家庭生活などを通してその基礎を身につける場。一見学力とは無関係に見えそうですが、実は学力向上と人間関係の良さというのは密接に繋がっていることを著者は言っています。 この本は、家庭でできる「友達力」の高め方、思いやりのある子を育てるには具体的にどのようにしていけばよいかなど分かりやすく書かれているので、小学生のお子さんをもつ親御さんにオススメの本だと思います。 『人生なんて夢だけど』 やなせたかし アンパンマンの作者やなせたかしさんの自伝。幼年期の頃から2004年で84歳に至るまで、軍事経験、父や兄弟、妻の死、病気、仕事などさまざまなことについて書かれています。アンパンマンが認められるようになったのは作者が60歳を過ぎてから。それまでは「何でも屋のやなせ」「困った時のやなせ」と言われるくらいいろいろな仕事をしていたそうです。 “学校でも、軍隊でもどんな逆境のときも、誰かがぼくを助けてくれるのは不思議です”と途中、書かれているのですが、読み進めていくうちにその言葉の意味がよく分かってきます。年を重ねれば重ねるほど、忙しくなっていくやなせ氏。でも、それはやなせ氏の人を楽しませ自分も楽しむことが大好きという人柄がもたらしているものだと思います。2007年現在で87歳。さまざまな病気も抱えていらっしゃるようですが、まだまだ活躍し続けてほしいです。 『あたたかい愛に満たされて生きる本』 越智啓子 著者は精神科医。表紙の赤色と同じようにあたたかく包まれるように書かれてある本です。愛と一言でいってもそこにはさまざまな形があるし、目に見えない上、大きく深くどこかつかみどころのないもの。それを著者は分かりやすくさまざまな例を挙げながら教えてくれます。“愛のエネルギーは循環している”というところが心に響きました。 『High and dry(はつ恋)』 よしもとばなな 14歳の主人公 夕子が29歳の絵画教室の先生キュウ君に恋をするお話。二人の精神的な感覚が何ともいえません。 ばななさんの本に出てくる人物はいつもどこかに透明感をもち、どこか不思議は人たち。独特の感覚をもつ人物なのに、いつもどこかしら“その感覚、分かる”という部分があったり、そういうふうに物事をとらえるのは、とても素敵と感じたりします。 『ちいさかったころ』 k.m.p 可愛らしいイラストを交えて書かれた著者の子どもの頃の気持ちや行動を綴った本。読んでいて、私もそうだったと思うことが満載。大人になって忘れてしまった気持ちがよみがえります。そして同時に、わが子もそうかもしれないと思うと対応も変わってきます。これを読むと子どもに共感する気持ちの幅が広がるような気がします。
2007年06月01日
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