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カレンダーに“つくえがくるひ”と自分で書き込み、指折りこの日まで数えていた娘だったので、朝起きてからのテンションの高いことと言ったら。♪今日は机が来る日~ルル~♪など歌いながら踊るくらいの張り切りようでした。 机が到着してからは“机にかじりつく”という言葉がぴったりなくらい(本当にかじりついてしまいそうな勢いで)長い間座り込み、お絵かきをしたり、しまじろうのワークブックをやったり。夕食を食べた後も「ちょっと2階に行ってくるね~」とスタコラと言き机に向かって保育園の友達に手紙を書いたりしていました。今まで兄を横目で見てきていたので憧れも大きかったのだろうなあ。 ランドセルや、小学校の体操服や上靴など一式も揃ったので「早く1年生になりたい~」と楽しみで仕方がない様子です。最近は「お母さん、学校ごっこをやろう~」と言いながら息子が1年生の時に使っていた教科書を手提げに入れて持ってきて、国語の教科書を読んだりする遊びにつき合わされています(笑)そういう様子を見ていると、私もなんだかうきうきとしてきます。娘のその気持ちが長く続くといいなあと思います。
2007年02月25日
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小学校の入学説明会がありました。2年前の息子の時は、なかなか定時に人が集まらず、5分過ぎてから始まったものの、遅れて入ってくる人もちらほら(しかも、話しながら入ってきたりして)・・という状態だったのですが、今年の説明会は5分前にはほとんどの人が集まり、その時点での空席はほんの少し。定時には来る予定の人は全員揃っていました。子どもも学年によってカラーがありますが、やはり親も学年によって違うのね・・。 いろいろな学校の説明を聞きながら、本当に娘もあと1ヶ月で小学生になるのだなあ・・と実感が湧いてきました。そして寂しさも。息子の時にはちょっとドキドキとするような気持ちもあったし、まだ娘が保育園に通うので寂しさという思いはありませんでした。しかし、今回は、あと少しで息子を含め足かけ7年通った保育園とお別れかと思うとやっぱりこみ上げてくるものがあります。卒園式は泣いてしまうかもしれないなあ・・。
2007年02月22日
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文科省は、教員免許を持つ入省数年の若手キャリア職員を全国各地の公立中学校に1年間派遣し、教壇に立たせる研修制度を2007年度から導入することを決めた、という記事が新聞に載っていました。今までは2~4週間の研修として行ってきたものを1年という期間で授業も持つという試みだそうです。将来的には教員免許を取得していない職員も教壇にたてるようにするそうです。こういう試みは是非、どんどん取り入れ、続けていって欲しいこと。私は大賛成です。 “文科省の提案することはあまりにも現場を無視している”というような批判はよく聞かれることです。実際に教育現場にいた私もそういう思いをもつことが多々あります。現場に入ってみないと分からないこと、しかも、短期間では分からないことばかりです。是非、官僚の方々には教育現場にどっぷりとつかって、どのようなことが日々起こっているのか体感して欲しい。そして、それは若手の職員だけでなく全ての職員の方に(皆、1年というわけにはいかないのでせめて1ヶ月ずつ交代ででも)現場に入っていただきたい。その上で、その経験を生かし、教育行政をすすめていって欲しいと切に思います。
2007年02月20日
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気がつけば2月も半ば過ぎ。慌てて今日、ひな人形を出しました。 お雛様の装いには、毎年ながら見とれてしまいます。平安時代の貴族の方々は、着物を重ねるときの色合いでセンスや知性が伺い知れたということですから、装いに対しても気合いが入っていたことでしょうね・・。 さて、娘は飾られたお雛様をじっと見つめた後、手を合わせて2拍手し、何やらお参りをしておりました(笑)ひな人形ってそういうものだっけ・・?まあ、厄よけや健康祈願のお祝い事としてなされているものではあるけれど・・。後から、娘に「何をお祈りしていたの?」と聞くと、「スイミングのテストに合格しますように」とのことでした・・。 娘と言えば、いろいろ勘違いが多く、笑わかせてくれることが多い子です。 つい先日、みそ汁をよそおうとしてくれた時に言った一言は「お母さん、おまた取って~」それは、おまたじゃなくて、おたまでしょ~。 クリスマスイブには「この前、クリスマスの静かな歌を保育園で歌ったよ」と言うので歌の題名を聞いたところ、「この夜、ひろし」・・・それって、“きよしこの夜”だよねえ・・。クリスマスイブにちびまる子ちゃんのお父さヒロシがやってくるところを想像してしまったよ・・。 “トムとジェリー”のことを、しばらく「トマトとゼリー」と言っていたこともあったなあ。 そういえば、娘が突然「お母さんって、何回結婚したの?」と聞いてきたことも。「えっ。一回だよ」と答えると「え~、一回結婚しただけで子どもが二人も生まれたの~?すごいね~」と大きく首を振りながら異様に感心していた娘。 こんな娘もあと少しで1年生。大丈夫だろうか・・。
2007年02月18日
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この3連休、午前中はスケート教室、そして午後からはひたすら部屋の模様替えと整頓でした。 今まで、1階の和室を子ども部屋としていたのですが、娘が1年生になるこの機会に子ども部屋を2階にすることにしたのです。2階の子ども部屋になる予定の部屋は今までほぼ物置状態。主人のタンスやら物やらもたくさんあり、休みの日しか動かすことができないため、この3連休でやってしまおうと頑張ったわけです。 子ども部屋の物を整頓しながらも、娘は「これ懐かしい~」とおもちゃ一つ一つに感動しながら遊んでいるし、息子は本棚の奥から出てきた本を読み返しているし・・なかなかはかどらず思わぬ時間がかかりました。 やはり大変だったのは、学習机やタンスを2階に持っていくこと。机はそのままの状態ではとても運べないのでバラして運ぶのですが、それでもなかなか大変。階段のカーブに合わせて机の向きをあちこちに変えながら・・腰にきました・・。娘の机が配達されるのが再来週。配達してくれる家具屋さん、ご苦労様です・・。 整頓をしなから、ついでに私の洋服やバック、本なども思い切って処分することに。今週中にリサイクルショップに行こうと思っています。
2007年02月12日
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以前は友達の家に遊びに行くことが多かった息子ですが、最近はよく我が家で遊ぶ約束をしてきます。一人の友達が来るときもあれば、多い日は8人来る日も。時には、息子が帰ってくるよりも早く遊びに来る子もいたりします。(家が学校に近い子は、帰宅後すぐに自転車で来るため、息子よりもに早くなるのです) 我が家に慣れてきた友達はいろいろな面を見せてくれるようになり、なかなか面白いものです。「お邪魔しま~す。今日のおやつは何?」と玄関に入るなり聞いてくる子もいたり(笑)。「今日は○○と△△が喧嘩してたよ~」などいろいろな情報もゲットしたりしています。 家に来ると、皆、まず取りかかるのが学校の宿題。宿題を持参してこたつの上に広げてやっています。算数の宿題は教え合ったり、時折違うクラスの子が来ると、「え~、もうこんなところ宿題になってるの~?」なんて言いながらやっています。だいたいそれが10~15分。(どのクラスも音読とプリントやドリルなど2種類の宿題が出ているので、音読は各自の家でうやるようにしています)その後はおやつを食べながらちょっとおしゃべり。そしてゲームタイムが20分。(みんなそれぞれ、DSなどゲーム機を持ってくるのです)その後に天気が良ければ外で遊び(近くの公園に行ったり、家の前で縄跳びをやったり)、雨の日は家の中でボードゲームやトランプなどをしています。最近はそのパターンも定着してきたようで、私が「ゲールは止めて他の遊びにしなよ」と声をかけなくても「おい、そろそろ外で遊ぶぞ」と自分たちで声をかけ行動するようになりました。 宿題については“一人で家庭学習の習慣をつける”と考えれば、みんなでやるということには疑問をもつかもしれません。確かにそうとも言えます。でも、今は私は、家庭学習の習慣は学校の宿題以外で各家庭が工夫してつければいいものと思っています。私の周りは「宿題をやらせるのも大変なのよ~」というお母さんが結構多いのが事実。遊んだり、習い事などで疲れてしまい、宿題が後回しになるとなかなかやる気が起きなくて・・というのが多いパターン。または、やっぱり宿題の内容がドリルのようなもので面白くないというのもあると思います。 それが、友達と一緒ならば、“宿題をやったから遊ぶ”というのをみんなですることができるし、教え合うこともできます。漢字ドリルでもその漢字を使った言葉遊びなどをして盛り上がることもあります。「ここ、しっかりと跳ねないといかんだぞ~」とある子の書いた字を見て誰かが言えば、「あっ、そうだった」と直したり、他の子がそれを見て、「あっ、俺もそれやってない」と自分の字を見て書き直したりもしています。かけ算の宿題が終わった後に、互いに「3×5は?」などと問題を出し合ったり、公文で習っている子はかけ算の筆算を解いて周りから「すげ~」と賞賛されたり。そんな時、子ども達は学び合っているのだなあと思います。 時々、そんな子ども達の中に混じって「これは何と読むか分かる?」と言いながら宿題に関連がありながらも、まだ習っていない字などを私がクイズにして出題したりします。子ども達は結構、競って答えたりして盛り上がり、「もっと問題出して」と言ってきたりします。そういうことを通して、少しでも“宿題は嫌なもの”ととらえるのでなく“宿題も楽しい時間”ととらえられるような環境に近づけばいいなと思います。
2007年02月07日
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毎週日曜日、1ヶ月だけの短期スケート教室があるので、我が子たちは2月のレッスンに参加することにしました。 少し氷に慣れておこうと、先週末に子ども達を連れてスケートに行ったときは、壁チョロや私や主人と手をつないでばかりで、手を離すと酔っぱらいのようだった子ども達。でも、さすがはプロの先生方。今日のレッスンで初挑戦の子どもたちみんなが(だいたい10人くらいの子ども達に一人の先生がついて教えてくれます)それなりに形になっているいて感激しました。やっぱり歩き方や、転んだときの立ち方、足の動かし方など基本的なことをしっかりと教えてくれる教室はいいですね。 昨年、スキーに行った時は、子ども達に教えるのもなかなか大変だったので、(だいたい自分もそれほど上手くもない上、10年ぶりくらいということもあったし)今度スキーに行く時はスキー教室に入れよう!と今日の様子を見ていて思いました。
2007年02月04日
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『鏡の法則』 野口嘉則 昨年、ベストセラーになった本。30分くらいで読んでしまえる本ですが、大切なことに気づかされる奥深い本です。“許す”ことがもたらすもの。人が生きていく上では“許せない”思う行動や言葉に時として出会います。それが肉親や夫婦など近い人、職場などで毎日顔を合わせる人であればなかなか忘れられなかったりするもの。でも、それを心から許し、感謝することで物事は大きく変わっていく。物語となっているので通すので主人公の気持ちと重なり合わせたりすることもできる本です。『「親力」診断テスト』 親野智可等 テスト形式で親力を診断しながら、子育てについて深められる本。 例えば、こんな問題。“我が子が毎日お風呂のお手伝いをがんばってくれています。それはとてもいいのですが、後片付けがなかなかできません。なんとか、後片付けもしっかりとできるようにさせたいと思います。どれがよいでしょう”1「○○がいつもお風呂をきれいに洗ってくれるおかげで、毎日気持ちのいいお風呂に入れるよ。ありがとう。洗った後の片付けもしっかりお願いね。」2「お風呂を洗った後の片付けを、しっかりお願いね。○○がいつもお風呂をきれいに洗ってくれるおかげで、毎日気持ちのいいお風呂に入れるよ。ありがとう」3「お風呂洗いの後の片付けもしっかりとできるといいね。○○ならできるよ」4「お風呂洗いの後の片付けもしっかりできるといいね。道具が整頓されていると、すっきりして気持ちがいいからね」あなたなら、どれを選びますか?一番いいのは1番。その理由も分かりやすく書かれています。診断テストではほとんど正解だったものの、それは分かっていても行動できているかとなると?がつく私。行動にいかに移していけるかが課題です・・。『イルカとライオン』 川手鷹彦 書名から動物のことについて書かれた本のように思われますが、自閉症・ADHD・不登校などの事例について書かれた教育・心理書です。著者は演出家で言語テラポイト。 日本のみならず、外国でもさまざまな問題を抱える子ども達と接し地球全体の時代の問題を提起しています。各国で出会った子ども達の例をあげていますが、各国で共通すること、反対にその国独自が抱える要因でもたらされるものなどがわかり、広い目でとらえることができます。 印象的だったことの一つは日本のある小児ヒステリーの女の子の言葉。“授業中にときどき突然怒りがこみ上げてくることがあります。教室の中の誰かや幾人かが授業の進み方に対して不満を持っていたり、何か注意されて腹をたてているのがわかって、その気持ちが移ってしまうからです。もう一人そういう男の子がいます。その子は多動児と言われています。私のようにただ怒るのだけでなく、周りの怒りを身体で表現しているのです”他の子よりも敏感な体質であるから、全て引き受けてしまうそうです。その部分を読んではっとしました。教師は多動児だからそれに応じた対応を、とは試みますが、敏感な内面のケアまで深くは考えていないこと、そして、彼女のいわんとすることが何となく分かるからです。誰しもそういう敏感は部分は持ち合わせていて、少しのことで大きく雰囲気が変わったり、エネルギーが変わるという感覚のを教壇に立っていたときに体感しました。普通のこともたちよりも敏感な子にとっては、それを小さい体で一手に引き受けるとなることがどれだけ圧迫させられるかを考えると本当に心が痛みます。 “教師は正しい心と行いを信じて行為する。しかし、それは、子どもたちや若者たちの内面が一定の状態にあるときにのみ通用する。子どもの心が病んでいるとき、通常の善悪の判断や行動の倫理感は通用しない。あるがままを直視させれば、心が崩れてしまいかねない子どもたちがいる。” 現代ではそういう子どもが増えています。それは時代に対する警告であると以前耳にしました。そうであるならば、学校にもカウンセラーの方々が少しずつ入ってきていますが、今後そういう専門的であり、一人一人としっかりと向き合える人がたくさん現場に入っていけることを願います。教師一人で全てを背負うのには限界があると思いますから。 『テストだけでは測れない!―人を伸ばす「評価」とは』 吉田新一郎「評価」というのは学習の後にするもの、また教える立場にある人間がするもの、という一般的な認識をくつがえす画期的な方法が幾つも紹介されています。評価というものは学ぶ意欲を高める、今あることをよりよくすることが目的。それには学習の過程で取り入れたり、子ども同士で評価するなど「学びのための評価」が書かれています。 テスト形式の評価の光と影。テストに代表される評価は堅苦しく、不安、辛いというマイナスイメージがつきまとうもの。「学びのための評価」は楽しく、わくわくして前向きで生産的。生徒(児童)にとっても教師にとっても共に意味のあること。評価が後付けされるものでなく、学ぶことと一体になっているとも言えます。 評価については、絶対評価が教育に取り入れられるようになった時に研究史、会議でいろいろと話し合った記憶がありますが、これも本当に難しいこと。ただ、学習の後と位置づけるのでなく(それが通知票というだけでなく、1時間の学習の後の評価であっても)学習の中で常に位置づけていくようにする、子ども同士で評価するなど広げて考えていくと面白いなと思いました。今月の読んだ本の冊数は、以前日記に書いた『ヒバクシャになったイラク帰還兵』(佐藤真紀)と『木を植える男ーポール・コールマン』(菊池木及実)と合わせて10冊でした。
2007年02月02日
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今年もなるべくいろいろなジャンル、そしてたくさんの本を読んでいきたいと思います。 『まほう色の瞳』 エンリケ・バリオス 著者の「アミ」 シリーズに心打たれて、この本も2年ほど前に読んだのですが、お正月に本棚を見渡して「もう一度、今読んでおかなくては」となんとなく感じて手に取った本。当時は読んでいながらもさらっと通り過ぎてしまった部分が、今回は「あっそうか」とストンと心に落ちてくる部分が多々ありました。それは、子育てなどを通しても学んだ部分が多かったり、ゆっくりといろいろなことを考える時間がこの2年間に多かったからかもしれません。 地球全体の意識を上げていこう。大切なのは“愛”であること。言葉にすれば薄っぺらに聞こえるかもしれませんが、この本はしみじみと感じ取らせてくれます。この本を読む前に「アミ」シリーズを読んでからの方が分かりやすいと思います。『ぼく、ドラえもんでした』 大山のぶ代 『ドラえもん』の声優を務めて26年。その間のエピソードがいろいろと書かれています。大山さんがいかにドラえもんに愛情を込めているか、そして、見てくれる人々、ドラえもんに作りに関わっている人々、原作の藤本さんのどれだけ感謝しているかが本全体を通してよく伝わってきて、よんでいてほろりとさせられました。 大山さんは中学の時、声でからかわれいじめられたそうです。だんだん学校でも家庭でも無口になっていく大山さんに、その様子に気がつかれたお母様が、話を聞いた後に大山さんに言った言葉「目でも、手でも足でもそこが弱いと思って、弱いからといってかばってばかりいたら、ますます弱くなっちゃうのよ。弱いと思ったら、そこをドンドン使いなさい。声が悪いからって黙ってばかりいたら、しまいに声も出なくなっちゃうわよ。あなたらしくもない。明日からドンドン声を出すように、なにか声を出すようなクラブへ入りなさい。そこで、声をたくさん出していくらでも人様が聞き取りやすい声の出し方、お話の仕方を覚えなさい」その言葉が響いた大山さんは、早速放送研究部に入り、そこから声を出すこと、演技することの楽しさを感じ取っていたそうです。初めのうちは「おまえの声は、放送で学校中に聞かす声じゃない。みっともないから明日からするな」などと同級生から言われたそうですが、めげずに続けているうちにふと気がつくと心ない言葉を言う人もいなくなっていたそうです。それが『ドラえもん』の原点だったのです。こういう言葉をかけられるお母様、そしてお母様の言葉を胸に立ち向かっていく大山さんの強さを感じました。『恋愛寫眞』 市川拓司 6月に公開された映画『ただ、君を愛してる』の原作本。元々は、映画『恋愛寫眞』(堤幸彦監督・2003年)の監督との共作として、著者が書き下ろした「もうひとつの恋愛寫眞」という物語。 カメラマン志望の大学生・誠人は、背も小さく姿形が少女のような静流と出会います。彼女はとても不思議な女の子。良い友達になった2人だけど、静流には友達以上の感情があり、一方誠人には憧れの女性みゆきが。静流は雅人に思いを伝えるけれど、みゆきを思う雅人には届かない。そしてある日、静流は忽然と消えてしまう。その理由は・・。 静流が自分の思いが、後になって写真を通して伝えられる、そして写真だからこそ、誠人の心を更に大きく揺さぶるという所がとても切なくも素敵でした。 市川さん本を読んだのは3冊目ですが、文章は淡々としていてとても透明感があるようにいます。読んだ後に悲しいと言うよりも切なくなるのはその透明感からかなと思います。 『じゃあね』 中島啓江 オペラ歌手の中島啓江さんのエッセイ。平成8年に亡くなられたお母様との思い出を中心に書かれた本で、お母様との仲の良さ、互いの深い愛情、そしてお二人の優しさがとても伝わってきました。そして、母の愛という意味では共通するリリーフランキーさんの書かれた「東京タワー」を思い出しました。(ドラマの方もいいですね) “私は母から、何にでも感動する心をもらいました。これは私にとって宝物です”と中島さんは言います。親が子に与えられる大きなものはいつも目に見えない物。現代ではその大切さが忘れられているような気がします。目に見えない思いがいかに大切かが心に響きました。『1日5分で運がよくなる魔法の授業』 竹田和平 (聞き手 吉川万由里) 竹田製菓会長の竹田和平さんの話を吉川万由里さんが聞いてまとめた本です。「ありがとう」という言葉がもつ力などについて書かれています。 和平さんは「ありがとう」という言葉の魔法がどれだけ効くのか、自身が経営する「お菓子の城(愛知県犬山市にあるテーマパーク)」で働くアルバイトの方たちに“1ヶ月で30万回「ありがとうを言う」こと”を実践して検証させてもらったそうです。この実験に協力してくれた全員に和平さんは4万8000円すつ先に手渡していたそう。(30万回ありがとうと言うのにかかる時間を時給800円で計算するとこの値段になるとか) やってみたところ、みんなの表情、全体の雰囲気がガラッとよくなった。他にも良い効果が生まれたそうです。 「ありがとう」という言葉もそうですが、運が良くなる心がけやお金に対しての思いなど素敵なヒントがたくさん書かれていました。たくさんの方が同じようなことを言っておられますが、私はすぐに忘れてしまうので、折に触れてこのような本に接していきたいなと思います。
2007年02月02日
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クリスマスのプレゼントとしてサンタさんからもらった、ドラえもんの日本旅行ゲーム+2。あれから、毎日のように子ども達とやっていたのだけど、さすがに最近は飽きてきたようで、最近の我が家のブームはチェスとオセロ。チェスは息子と、オセロは娘とやっています。 チェスをやるのは15年ぶりくらいですが、久しぶりにやると奥が深くてなか面白いもの。初めは、ルールを覚えるのに精一杯だった息子もメキメキと腕をあげています。今までは私の全勝ですが、息子が勝つ日が近いかも。いやいや、まだ負けるわけにはいきません。 トランプでもオセロでも、息子が保育園児だった頃は、3回に1回くらいは息子に勝たせていました。いつも負けてばかりでは楽しくないだろうから、という思い、結構落ち込みやすいタイプの息子に対していろいろなことに自信をつけて欲しいという思いなどがあったからです。負けるにしても接戦で負けるようにして、“次はお母さんに勝つぞ”という気持ちで取り組んでほしいというのもありました。 でも、最近はわざと負けることはしません。見抜かれているのもあるし、以前よりもいろいろなことに自信をもてるようになったと思えるからです。最近は、こてんぱんにやっつけることもあるし、接戦で勝つようにすることもあります。手を抜かなくても、いつの日か接戦で負けるようになる、更にはこてんぱんにやっつけられる日がそのうち来るかなあ。 保育園児の娘とのオセロは、息子にしていたように3回に1回くらいは負けるようにしています。「○○、すごいね~。いつの間にかお母さん負けてたよ~」などと言うと「イエ~イ」とにこにこ顔の娘。そのにこにこ顔を見ると、こちらも幸せな気分になります。 そんな様子を横で見ていた息子は後からこそっと、「お母さん、わざと負けてたよね」 でも、後に息子と娘が対戦していると、明らかに手を抜いている息子の姿が。そして、結果娘が勝つと、「○○は、強いね~。僕、負けるとは思わなかったよ~」と同じ調子で言っています。 勝った娘は「やったー。お父さん、聞いて~。今日はお母さんにもお兄ちゃんにも勝ったんだよ~すごいでしょ~」と満面の得意顔で飛び跳ねています。私と息子は目を合わせ小さくピースサインを出していたのでした。↑家にあるのもこのタイプ。いろいろなゲームができてオススメです。
2007年02月01日
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