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子ども達の夏休みのお手伝い。週の初めに手伝いすることを自分達で決めて、計画表に書き、それをこなすという流れになっているので、それが軌道にのってからは私も楽になったし、本当に助かっています。 一日一回の手伝いをするということは私が決めたこと。しかし、内容を自分で決めるというのは自分の責任でやることができるし、意欲的にも取り組むことが出来ていいかなと思ったのですが、普段の様子を見ていると“やらされている”という感が強いよなあ~と思うこともしばしばありました。 お盆に私の実家へ行った時のこと。子ども達は、「おばあちゃん、何か手伝うことない~?」とついてまわっています。おばあちゃんが洗濯物を干していると「手伝うよ~」と言いまがらてきぱきと動いているし、朝も「おばあちゃんのお手伝いをしたいから早く起きる」と言って、6時に起きていろいろと手伝いをしていました。 そんな中、子ども達二人が茶碗洗いの手伝いをして折に二人の会話が聞こえてきました。兄「僕達って、おばあちゃんの家に来ると何だかた~くさんお手伝いしたくなるんだよね~」妹「ね~♪おばあちゃんはやさしいからね~。」兄「そうそう。お母さんよりやさしいしね~。それに時々しか来ないから、こういう時しかお手伝いできないし、おばあちゃん喜んでくれるもんね~」 「お母さんは昔おばあちゃんに怒られたこととかあったのかなあ」「お母さんとおばあちゃんって喧嘩するのかなあ」などなどのいろいろな会話が続いた後に、妹「お兄ちゃん、子どもは、家の手伝いをしないといけないんだよね」兄「そうだよ。家の手伝いと、遊ぶことと、勉強することが子どもの仕事なんだよ」 と言っていました。子ども達にとって家の手伝いは“やるべき仕事の一つ”で、おばあちゃんの手伝いは“おばあちゃんを喜ばせるため”そういう意識の違いがあるのだなあ。 母は子ども達が今よりもっと小さかった時で子どもに手伝ってもらうと余計に自分の仕事が増えてしまうような場面などでも「本当に助かったよ~ありがとうね」と嬉しそうに言い続けていました。それは、子ども達が楽しませてくれて嬉しいという気持ちが伝わってきました。子ども達が手伝う中で面白いことを私にも嬉しそうに話してくれたことからもそれは分かります。今でもその態度は変わりません。 対して、私は最近「ありがとう、助かったよ」という言葉は子ども達にかけるけれど、“手伝うのが当たり前”という意識が大きいのだよなあと思わされました。ただ家族の一員として当たり前だと思わず、“自分が家族の役に立ちたい”“自分が人のために出来ることをやりたい”そういう基本となる思いが大切だということを子ども達の態度や会話から改めて気づかされたような気がします。
2007年08月25日
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両親とも覚悟はしていたようですが、前に日の癌宣告を受け、当然ショックを受けていました。もちろん私もその思いは同じですが、本人の辛さは計り知れないことでしょう。母は母で、この半年仕事が理由とはいえ、離れて暮らしている間のことだったので、近くにいればもう少し早く知っていたかもしれない、もっと早く病院へ連れて行っていれば・・という思いもあり、それだけに余計に辛かったことと思います。 それでも、両親とも孫と遊び、いつもの通り冗談を言いながら普段通りでした。子ども達もいつもと変わらず楽しそうに両親と遊んでいました。笑いが溢れていたことは救いだったと思います。 しかし、まず、私がしっかりしなくてはという思いで、外科の先生の話を聞きに行きました。 外科の先生の話はものの2~3分程度。「内科でも話を聞いたと思いますが、(コンピューター画面を見ながら)癌が胃の下の方にできています。この大きく膨らんでいるのが癌ですこれは長い間かかって進行していったと思います。癌の治療には、手術、抗ガン剤治療、放射線治療の3つが大きくありますが、○○さんの場合は手術が一番いいと思います。手術するならば、最短でこの日です。何か質問はありますか?」それくらいの説明でした。 両親は「はあ~」と言ったきり黙っていたので、私がいろいろなことを切り出しました。・何故、3つの治療法の中で手術が一番良いのか・手術では胃をどれくらい切除するのか・手術時間、及び入院期間はどれくらいか・手術後の治療はどのようなものになるか・胃を切除したあとは今ませの生活と異なるのはどのようなことか・癌の進行はステージでいうとどの程度進んでいるのか 父の癌はかなり進んでいて、すでに3期、胃は3分の2を切除ということです。今のところ他の臓器に転移は見られないので手術という話でした。 癌の進行については本人の前で聞くのもどうかと思いましたが、病院を変えたときにも説明はあるだろうし、そこでセカンドオピニオンの要素として比較するにも聞いておいた方がよいという思い、そして他の部位に転移は見られないと先生から聞いた後だったので、もし深くまで進行していても、切除することで細胞自体がなくなるのだから、安心感を与える言葉を父に与えることができると判断して聞きました。 病状について話を聞いた後、自宅近くの病院で手術などを受けたいので、紹介状を書いて欲しいことを伝えました。それに気を悪くしたのかどうか分かりませんが、「なら、どうして今日の話を聞きに来たの?それなら、昨日内科の先生に言ってもらえればよかったのに」と言われ、紹介状は内科医からしかでないから私にはすぐには書けないし、この病院では通常、1~2週間かかると言われました。「紹介状を待っている間にも病気は進行してしまうし、母も仕事をしているから、私が、子ども達が夏休みの間で動けるうちに動きたい。他の病院ならばその日のうちに出してくれるところにある」ということを言うと、土・日を挟むので4日後ならば出せるという話になりました。 今回のことで、病気についてはお医者さん任せでなく、自分たちで調べてどんどん質問すること(何を聞いたらよいか分からない状態では困るということ)、自分たちがしたいと思う意志をしっかり伝えることが必要だと実感しました。 とにかく、両親の心のケアをすること、病気についてしっかり調べ知っておくこと、それが私に今できることなので、しっかりしていこうと思っています。
2007年08月21日
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お盆には毎年私の実家に行きます。子ども達もおじいちゃん、おばあちゃんが大好きで、夏休みに入った時から「おばあちゃんの家にはいついくの?」と聞き、プレゼントを作ったり、手紙を書いたり、遊ぶ予定表やお手伝い予定表などを作ったりと楽しみにしていました。 その子ども達を横目で見ながら、心配なことがありました。2週間ほど前の母からの電話で、父の調子がよくないこと、それに伴って病院でさまざまな検査をしていることを聞いていたからです。その検査の最終結果がお盆にでると言うことでした。 “背中が痛い、胃が重い”そういう症状を聞いて思い浮かぶのは胃潰瘍か癌。もし癌だった場合、症状ができいるのだから、早期ではあり得ない、覚悟が必要だと思いました。母との電話では「大丈夫だよ、胃潰瘍でも胃カメラを飲まないと分からないから検査をしているだけだから」などと言いましたが、日本人の3人に1人は癌になる時代。いろいろと覚悟をしていました。 私たちが実家に行く予定の日がちょうど検査結果の出る日。私も結果を知りたいと思い病院で待ち合わせをしていましたが、予約の時間よりも随分と早く話を聞くことができたようで、私が行ったときには検査結果を聞いた後でした。 両親の顔つきを見て、一目で結果が良くないことが分かりました。近くの喫茶店で詳しい話を聞くことにしました。医師からのひとこと目が「胃カメラでの検査の結果、進行癌だということが分かりました」という言葉だったそうです。そこから詳しい説明はあまりなかったのか、両親があまり覚えていないだけなのかは分かりませんが、言われたのは「手術という方法で考えています。緊急に行うべきだと思います」という内容くらいだったと言います。手術ということで、次の日に外科の先生から話を聞くということでした。 その夜は弟も呼び、家族会議。 父は仕事の関係で半年ほど前から県内ですが単身赴任をしています。その中での出来事だったので職場の近くの大きな病院で診てもらっていますが、実家からその病院まで高速道路を使っても1時間半はかかります。実家は名古屋の近くなので幸いなことに癌治療で有名な病院もいくつかあります。癌となれば、手術がうまくいっても再発、転移などの考えられる長く付き合わなくてはならない病気。お盆は休みでしたが、母も普段はフルタイムで働いていて、仕事が終わって病院に行くにはやはり少しでも近い方が安心だという気持ちがあります。 病気は本人ももちろん辛いことですが、家族の負担、特に家は私も弟も家を出ているので、母の負担が大きくなります。本人の気持ちと周りの気持ち、今の病院であればいつ頃手術をしてもらえるのか、また病院の評判などは?など調べながら話し合いました。 そして、病院を変えるのであれば動くのは早いほうがいいだろうということ、変わるのならこの病院と決め、次の日、外科の先生の話を伺いに行きました。
2007年08月21日
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2カ所の工場見学に行ってきました。 午前中は岡崎市の八丁味噌の見学。江戸時代初期から創業している工場で、三河武士の兵糧として愛用され、明治時代には宮内省御用達として納品されていたという老舗のところです。明治時代に使われていた倉は、今は資料館とされていて、案内のお姉さんが当時の味噌の作り方、様子などを説明してくれました。味噌の作り方はシンプルですが、力と熟練した技が必要だったことがよく分かりました。 中でも170年前の大きな味噌樽は圧巻。直径が約180センチ、高さが2メートル近くあります。スギの木で作られていて、100年は味噌樽として使うことができるそうです。現在でも同じ作りの味噌樽を使っていて、工場内には巨大な味噌樽がたくさんありました。味噌樽に積み上げられた石にも驚かされます。無造作に積み上げられているようでも、熟練した職人さんがお城の石の組み合わせ方と同じ方法で、崩れないようし尽くされているそう。 その他にもさまざまなところで、職人の素晴らしさ、日本人の智恵を感じられ感動しました。 午後からは東海市(名古屋のすぐ南)にあるコカコーラ工場へ。一転してこちらは、近代的な機械の数々。凄いスピードでペットボトルに液体が注ぎ込まれ、ベルトを流れていき、蓋がされ、ラベルが貼られ、段ボール箱へ箱詰め。消毒から箱詰めまですべてが機械の手であっという間の出来事。早いときには時速30キロくらいで製品が流れていき、1分間に600本ものジュース類がペットボトルに流し込まれると言います。見ていて目が回りそうでした。 一番驚いたのは、初めに工場に送ってこられる空ペットボトルは、普通の約8分の1の大きさの状態のものだということ。固く試験管のような形をしたもので、それを熱と空気で膨らませることによって本来のペットボトルの大きさになるそうです。大きさが小さいので、運ぶトラックも8分の1の台数で済みます。 環境に対する配慮なども含め、こちらもさまざまな工夫を知ることができました。 工場見学をすると、普段では目に見えないところを知ることができて、世界が広がります。夏休みということもあり、見学に来ていたのは子どもが大半。自由研究として来ている子も多かったようでメモを取って真剣に聞いていました。さまざまな工夫や伝統、企業努力を知ることが出来たり、新たな疑問や調べたいことが出てきたりと子どもにとって収穫も多いと思います。親としても無料で涼しい中楽しむことが出来、更にはお土産付きなので、家計も助かり一石二鳥です(笑)
2007年08月10日
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息子の数人の友達家族(兄弟とお母さん)と海に行ってきました。大人5人、子ども9人の総勢15人。2台の車で行き、とてもにぎやかでした。 海は海水浴場ではなく、地元の人が遊ぶようなところで、ヤドカリや小魚がたくさん。ナマコのような不思議の生き物もいて子ども達は大騒ぎ。男の子達は観察にいそしんでいました。 大人は子どもの様子を見ながら、アサリ採り。結構大きなアサリをたくさん採ることができました。明日の朝、いただくのが楽しみです。 家族だけで行くと、どうしても大人と遊ぶことになりますが、子どもが大勢だと、子ども達だけでいろいろな遊びを考たり、工夫をしたりすることができます。集団の中での我が子の様子を見ることができるのも新たな発見があるもの。夏休みに家族ぐるみで遊びに出掛けるのは今年が初めてでしたが、親も子もとても楽しむことができたので、また来年も行こうという話になりました。 とっても楽しかったのはいいけれど、日焼けがもの凄く、手足は真っ赤。お風呂に入ると、ひりひりとして湯船につかることが出来ませんでした。太陽の力って本当に凄い・・。
2007年08月09日
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週末はキャンプに出掛けました。昨年は山、一昨年は海の近くのキャンプ場だったので、今年は川沿いのキャンプ場へ。少し山に入りますが、テントから2分くらい歩いた所に川があり、泳ぐことができます。 川の水は冷たくて気持ちがいい。沢ガニや小さな魚を見つけたりしながら水遊び。川の近くのキャンプは思っていたより子どもが楽しむことが出来ました。キャンプ場には温泉が隣接していて、その温泉もまた気持ちがよかったなあ。珍しい昆虫を見たり、鳥の鳴き声を聞くことができたり(そういえば、ウグイスも鳴いていました)して、よい経験になりました。 毎年、夏にキャンプに行くようになったのは、4年前から。最初は娘がまだ2歳の時でした。そのころは、ちょこちょこと歩き回る娘を見ながらテントを張ったり、食事の用意をしたりするのも一苦労。楽しいけれど大変だった思い出があります。しかし、子ども達が小学生になった今では慣れもあるし、随分楽になりました。テントを張るのもたたむのも手伝ってくれるし、息子はバーベキュー用の炭を燃やしたりするのが得意。娘には「野菜を切っておいて」などと言えば切っておいてくれるし。 キャンプ前の準備や帰ってからの後片付けは少し大変ですが、至れり尽くせりの旅行と、自分たちでいろいろと考えたり動いたりするキャンプ、両方を夏は毎年楽しみたいなと思います。 旅行は8月の終わり頃に行く予定。東北旅行を計画していましたが、主人の休みがあまり取れなそうなので今年は近場に行こうと思います。
2007年08月06日
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『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』 武田邦彦 2007・3 ベストセラーになった本。“地球にやさしい”というキャッチコピーで行われている環境活動が、実は環境を悪化させている、また、誤った報道が行われていることによって国民が間違った認識をしてしまっている。そのような事例がいくつか紹介されています。例えば、ペットボトルのリサイクル、ダイオキシンの問題、森林破壊等々。 薄々、感じていたことがデーターとして裏付けられると説得力があるし、全く予想もしていなかった事実もたくさんあり、衝撃を受けました。ただ、やはり大切なのは本書を読んだ後に、どのように考えて行動していくかということ。巷で流されている報道をそのまま信じるのではなく、さまざまな情報と照らし合わせ、多角的な面から物事を捉えなくてはいけないしと本書からも感じました。本書もその情報の一つであると思いました。 『ブッシュ・アメリカの精神分析』 福島章 2003・4 精神医学博士の著者の見解からブッシュ大統領の実情や心理を描いています。著者によると、“ブッシュ大統領は失読症・学習障害・注意欠陥多動性障害などの障害があるのではないか。また、そのために衝動的な行動が出ているのではないか。将来や国家の未来の展望を見据え、広い見識や冷静な判断力をもちて政治を行っているのではなく、感情のままに、また自分やブッシュ一族の欲望のままに政治を行っているのではないか”と言っています。 そのようなブッシュ氏がなぜ、アメリカ国民の熱狂的な支持を受けたのかなどについても書かれています。アメリカ国民の国民性にも触れられていていて、それと合わせて、何故アメリカはイラク戦争を起こしてしまったかの見解をまた一つ知ることができました。 『ベネッセが見た教育と学力』 ベネッセコーポレーション 2003・12 ベネッセで働くさまざまな部門のスタッフが、それぞれの立場から教育現場について書かれています。教育をさまざまなデータから分析したり、保護者からの生の声を基に時代にあったニーズをつかんでサービスとしていく。また、その時代時代を輪切りにした対応でなく、長い目で将来を見据えた教材作りやシステム作りをしていっているというのは、さすが日本で最大の会員数をもつベネッセであるなと思わされました。 この本の対象は主に高、大学の情報について取り上げられていますが、それを通して社会がどのような人を育成したいと思っているのか、求められ人間像はどういう人なのかが見えてきます。子どもが将来身につけていって欲しい力はどのようなことか、社会から必要とされる人になるようにするにはどうしていけばよいか。そのために小さいうちからどのようなことを積み重ねていけばよいかなど、さまざまな情報を照らし合わせながら、今一度、しっかり見据えなくてはと思います。 『やる気 元気 積極脳』 高田明和 2004・10 子どものやる気はどのように引き出せばよいか。精神科医の著者が脳のメカニズムという観点から書いています。明るく積極的、いろいろなことにやる気をもって取り組める子にするのは、小さい頃からの親(特に母親)の子どもに対する関わり方が重要。それは脳の中で起こっている現象からもよく分かるそうです。 著者は次のように言っています。 ~脳の構造や機能を近いすれば、日頃子ども達にどのように接するかで子ども達の脳を変え、ひいては子どもの性格や行動に影響することは理解できると思います~ 全ては親の関わり方次第であるとは思いませんが、やはり環境が及ぼす影響は大きいと思います。ドーパミンやセロトニンの働き、脳内で起こっていることを知るとそれはより納得させられます。この本には子どもに対してだけでなく人としてどう考えて生きていくか、禅の思想に触れながら書かれているところも考えさせられました。今月読んだ本は8冊でした。
2007年08月02日
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梅雨が明けてから暑い日が続いています。夏休みで子どもが家にいるので、ゆっくりと読書が出来るのは朝早くと子ども達が寝てから。ちょうど涼しい時間帯なのでアイスコーヒーを飲みながら読書を楽しんでいます。 『子どものセンスは夕焼けが作る』 山本美芽 2006・5 以前、音楽の臨時教諭などをしていた著者。著者は一流音楽家や美術教師の方々とのインタビューなどから感じたのは、“どんな分野でも一流になりたければ、基礎、基本を徹底してマスターする必要がある。しかし、基礎・基本ができた後を左右するのは、知識、技術の詰め込みではなく、創意工夫をする力でなないだろうか。では、創意工夫する力の根っこはどこにあるのか。それは鋭い五感であり、磨き抜かれたセンスなのだと思うようになった”ということ。 さまざまなインタビューやエピソードを交えながら、子どもの五感やセンスを磨くための習慣や方法を、著者の子育てと照らし合わせながら紹介されています。 私も子どもが小さな頃は“感性を磨く”ということに興味があったし、そのための配慮などいろいろと気を配っていました。しかし、二人の子どもが小学生になった今では、生活習慣や友達関係、学習のことなど、目の前のことばかりを見てしまいがちです。この本は、私にとって忘れていたことを思い出させ、刺激させてくれました。 『僕はパパを殺すことに決めた ~奈良エリート少年自宅放火事件の真実~』 草薙厚子 2007・5 2006年に奈良県で少年が自宅に火を付け、継母と幼い兄妹を死亡させた事件。本来は少年法で守られ、事件のことについて詳しく知ることはできないのですが、著者が独自で入手した警察の供述調書を元に書かれています。 読んでいて心に湧き上がるのは、とにかくやり切れないという思い。事件に至るまでの少年の幼いころからの生活。供述内容から推し量られる父親の暴力や家庭の様子には、読んでいてが胸に重くのしかかってくるような気持ちになります。 何故、恨んでいたはずの父親が不在の時に火を放ったのか。私は、事件の報道を聞いたときに、父親を生かすことで、父親の今までの人生、少年にしてきたことを後悔させ、苦しませることで復讐を果たしたいと考えていたのではないかと、想像していたのですが、それは全く違いました。少年が殺害したいと思っていたのはあくまでも父親。しかし、それを実行するには少年にとって期限がありました。その期限までの様子、なぜその日でなければならなかったのか、その理由には驚かされます。 父親が何故、少年に暴力を奮ってまで勉強させたかったのかその理由をうかがい知ることも本書からできました。家族のあり方、感情を抑えることができないこと、負の連鎖、幼少期からの積み重ね等々、また、少年が発達障害を持っているのではないかということなど、さまざまなことを考えさせられました。 『ちいさなちいさな王様』 アクセル・ハッケ 1996・10 人差し指くらいの大きさしかない王様。王様の世界では生まれたときには大きくて、仕事でも何でもできる。しかし成長するにつれてだんだん小さくなっていき、しまいには目に見えなくなる。その王様と出会った主人公の僕が王様との会話や行動から考えさせられたり気づかされたりしていきます。 王様の世界では小さくなるにつれてできないことが増えていき、忘れることも多くなっていきます。そして代わりに想像の世界が膨らんでいくのです。想像の世界ではいろいろな夢が膨らんだり、たわいもない疑問や毎日を楽しむ心があったり。王様の言葉に子供の頃の心を思い出したり、考えることの楽しさを感じさせてくれたりもする大人向けの童話のような本です。 『作文が得意な子をつくる本』 宮川俊彦 2001・6 作文を書くのが苦手な子どもはたくさんいます。どうすれば作文を書くのが楽しくなるのか、学校の作文教育の欠点も交えながら書かれています。読んでいて成る程と思ったり、目から鱗が落ちるようなしんせんな驚きがあったり。具体的な取り組みやすそうな方法もたくさん書かれていているので、家庭でも実践できると思います。
2007年08月02日
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