2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全9件 (9件中 1-9件目)
1

左から阿部敏人(渡波躰道協会)鈴木啓司(元河南町躰道協会)鈴木大興(元河南町躰道協会)私。 二人の鈴木さんは小学生時代には共に戦った先輩です。1番左の阿部は、そろそろ現役復活しそうな勢いです。通称ジェット。
2005年02月28日
コメント(0)

昨年の八月に『渡波みなと祭り』で行われた演武。撮影者、さやかのお父さん。 改善しなければいけない点は多すぎる。まず、蹴りの狙い位置が高すぎる。 手が、いかにも「恐れをなしている」かのように地面へ伸びている。「びびってます」と言っているのと同じである。 ということは躰道の理論を無視したものになっていて、とても実技とは言い難い。 それでもこのバク宙蹴りに挑戦しようと思ったのは己錬館の館長に刺激されてのこと。手本に近づき、追い越すためには、まず真似てみようと思ったからだ。思ったら、すぐに行動。行動しなければ思っていないのと同じだからだ。思っているだけではだれも気づかない。しかし、失敗しようが成功しようとも行動におこせば思いは通じるというもの。 ということでバク宙蹴りをするに至ったのでござる。 演武のための練習では20回トライして成功した回数は実に一回。なかなか当たらない。そのまま不安を抱きつつ望んだ本番。 一発命中!! 自分のことばかりを載せていますが、そのほかにも、子供達の展開競技、同じく基本技(試割)、少女の団体法形、一般実戦など、祭りのオープニングを飾るにふさわしい演武でした。 びびり屋なくせに、最後は自達(我)自賛。
2005年02月27日
コメント(2)
どんな刃も通さない盾。どんなに硬い盾をも通す矛。 おかしいじゃないか。 戦わないために武道を習得する。 戦っているじゃないか。 命を粗末にするな。自分の身をていして誰かを守る。 矛盾しているじゃないか。 大小を判断するのは人によって違いがある。ラーメン一杯でも大人と子供、相撲取りと借金取りでは多い少ないの感覚が違う。 武道をしているものと、そうでないものでも違う。ただ強さを求め、地位が欲しい人と、そうでない人では矛盾へのこだわりが違う。 少しくらいの矛盾、かなり矛盾している、とではどう違う?人によって違う。「つじつま」や「法律」で人の感覚を統一することは難しい。
2005年02月26日
コメント(0)

開始直後Mの猛攻(卍蹴り二度連動から三連めの捻体半月当て)を飛燕でさばいている。 このとき、私の突きが決まり、技ありを先取し優位に立つものの、この直後すぐに技ありを取り返される。 そして、 この半月当てで私はMに技ありを取られて負けた。よって、チームも負けた。 彼(M)は十年間のブランクがあった。しかも、このときは神奈川県で仕事をしていたこともあり、月に一、二回しか練習をしていなかった。にもかかわらず、勝利をもぎ取った。 私も高校卒業後、四年間のブランクがあった。地元に戻ってきてから今年で五年。出会いが出会いを呼び、今は彼と道場で共に稽古に励んでいる。 私は、思い込みが激しい。しかし、いや故に、自我自賛にすぎないのだが、「この大会はこうなれば面白い」などと常に考えている。 「こいつと、こいつがやれば(戦えば)おもしろい」と、どうすれば盛り上がるかを考える。ただ、自分本意なので、他人の考えは同じとは思わないが、そこは思い込みの激しさが勝ってしまう。 だからといって、私の思い通り進むかといえばそうではない。実際に大会を動かすのは私ではないのだから。ただ、思い込んでいると、そのことを考えていると、タイミングは向こうからやってくる。 上の画像は本来ありえない。 Mと私は同じ道場であり、個人戦で互いに勝ちあがらなければ対戦することはなかったのである。団体戦は道場VS道場で行われるものだから勝っても負けても、そうはなりえない。 ところが、対する仙台チームは一人欠場で、四人しかいない。私の渡波チームは五人いる。普通なら、うちのチームは、はじめから一勝をもらっている状態で試合開始となる。それが決勝戦であるから、心のゆとりができ、まさに精神的にも優位に立つことになる。 決戦前に、その話を聞いたときにはついニヤリとしてしまった。それは勝ちに近づいたことに対してではない。結果は負けになったが、なんと言っても最後の『おおとり』である団体実戦決勝を盛り上げるチャンスだったのだ。 すぐに大会事務局に話を持ちかける。渡波道場から敵に塩を贈る形になるが、Mを相手チームに加えていただけないかと伝えた。 そして、結果はごらんの通りだ。 ここで審判(主審)をつとめたのは志摩八段範士である。この大会、最後のホイッスルはMの業(技)に対してだった。 自宅でビデオを見ると、歓声がもの凄いことになっていて、心が充実してきた。 ただ、自分の中での最高の戦いが負けた試合であることが、ちょっと悔しい。それでも、考え方を変えれば彼を相手によく戦った!自分!!と自我自賛できるのである。 今年の彼はこのときの十倍は実力をつけているので、五月の宮城大会ではMが大会の中心になることは間違いない。全国大会、個人戦の切符は二枚だけしかない。とにかく決勝戦へ昇らなければ全国制覇の夢はかなわない。しかし、今は目標である彼を倒すことのみに集中して稽古したい。 来月の三月六日には、雄勝町にて、B&G少年少女躰道大会が行われます。十五歳以下の躰士が出場する大会なので、私は審判(見習い?)として参加します。見習いとはいえ、絶対に公平なジャッジをします。たとえ、上の審判員と審議になろうとも、正否を判断した意見はハッキリと明確に発言し、だからといって感情でものを言わないよう心がけたいと思います。
2005年02月25日
コメント(0)

私も挑戦しました。20回はかるい!と豪語しましたが、いいとこ7、8かいでしょう。 この時期に緑が綺麗。町には桜だったし、こっち(宮城)よりかは温かいし。本日、北海道旅行から帰ってきた先輩に「どうでした?」と聞くと、「痛かった」の一言でした。凍てつくということでしょう。 列車の窓から見上げる。一瞬、頭がパッとなる。イギリスに来てから初めての晴れだった。最終日に。 こぼれた黒点をアップにしてみると飛行機の形をした乗り物だった。 ヒースロウ空港に到着。来るときも、もちろんここを利用した。天井が意外と低い。ゴリアテはなかった。 暗黒、再来。 ということで、成田空港に無事着きました。「天空の城ラピュタ」でドーラ一家と仲間になって旅立つパズー。 ゴリアテが最新式のデジタルな乗り物だったら、釜ジイのような機関長が整備しながら飛燕するドーラの船はアナログである。 今旅で私が撮影のために持ったのはSONYのデジタルビデオカメラ。ヒューゴはキャノン製デジカメ。 記録はそれでいい。 けれども、出会いはアナログだ。昨今では懐かしい言葉になってしまったが、感動的な出会いというものは常に過去になる。思い出になってしまう。 デジタルな記録を見て、何かを思い出し、胸の辺りからもやもやと膨らんだ霧のようなものが水滴に変わり目の縁から流れる時だって、アナログなのだ。アナログの意味を履き違えているかもしれない。でも、デジタル画像、映像を見たことによって涙が出るのではない。それはただ、きっかけにすぎない。 胸から出たもやもやの正体は思い出で、桜の花びらみたいなものだ。 春になれば、日本で当たり前に見れる桜。桜といえば、酒を飲む口実だったり観光のものになるが。私の場合は思い出となったイギリスの桜。 次に桜を見たときは必ずイギリスを思い出すことでしょう。そして、偶然といえば偶然、必然といえば必然なのでしょうけれども、四月には青森で『さくら祭り大会』があります。 斉藤先生、ヒューゴ、そして、私たち石巻のメンバーの五人が再会をはたし、揃うと一輪の桜になることでしょう。 胸のもやもやを作るのは脳の仕事で、素直でプラスな感情が人を動かすことで感動というものができると私は信じています。 感情、牛が肉屋に出発するとき涙を流すと言われています。 私はこの旅でビーフステーキを二枚食べました。とてもおいしかったです。顔は思わずほころびます。 私は牛の悲しみを食べて喜びました。したがって、悲しみという感情を食べて、喜びという感情を周囲に表します。 しかし、牛には同情しません。悲しみと、喜びは正反対で、「同情する」なんていったら嘘つきになります。 人ひとりのために、他を無視し、犠牲にしていくことを自覚し、感情を表さなければなりません。その『ひとり』というのが、私なのか、あなたなのかはわかりません。 けれども、自分が感情を超えたときに、どういう感情表現をしているか形容できなかった場合にのみ、あなたのために私は私を無視するでしょう。 暗い話になりました。旅の間、私の顔に笑顔以外のものはありませんでした。しかし、人間には裏と表、陽と陰があるように人前で感情を表しているようで、本当の姿はこうだ。ということも少なくありません。 ハンニバル・レクター博士ではないが、ことの本質を見抜くことが一番大切だと思います。 その一つ、私が注意していることが言動と表情の不一致。それと、声質の明暗。もっとも解りやすい、目じりから浮き出る卑しさ。 この三つは、それこそ裏と表、陰と陽である。全てがマイナスであっても本人がそれに気づいていれば、ひっくり返すだけで修正することができる。 卑しいのは癒しに変わる。見つめられるだけで心がそうなってしまう。でも、実は見る側で、そのどちらかが決まるだけで、目そのものに変わりはない。 本質はどこにでもあるが、それを知るか、知らないかでミネラルウォーターがマグマにも変わってしまう。 ただ、私の場合は自分がそのとき、どのような精神状態かで人を見る目が変わっていることも少なくない。 ということは、えらそうに文字を並べていながら己の弱い脳は自分の感情に負けてしまっているのである。 だがしかし、躰道は単に力が強いもの、単にスピードが速いものが勝つわけではない。最高のタイミングというものも大事と思う。出会いも同じで、タイミングが重要だと考える。 いくら、気持ちをこめて大きな何万円もするケーキを誰かのために持っていたとしても、必ずしもケーキを食べれる状態にあるわけではない。 気持ちは無駄にはならないが。どんなに稽古に励んでも大会の日に遅刻しているようではどうにもならない。稽古は無駄にならないが、一緒にやってきたものの気持ちが悲しいものになってしまう。個人戦でも仲間がいるかぎり団体戦なのであるから。 タイミングを知るだけではなく、同時に動くことが必要と思う。 変な話になってしまったけれども、これからも躰道活動を紹介していきます。国内だったり市内だったり町内だったり、脳内だったりしますが。 最後まで読んでくれたかたにはお礼を言いたいと思います。「ありがとうございました」
2005年02月24日
コメント(0)

二日間ここで寝ました。なんでも、オクスフォード大学の宿舎だそうで、生徒の姿も何人か目にしました。私の部屋だけ異常に広かったです。(十二畳間ほどの部屋にベットがポツンとあったから、そう感じたのかも) この宿に着いたときには夕日も消えていたので気がつかなったが、翌朝、石造りの街に原色の広場を見つけた。綺麗なものは意外に身近にあるもんだ。人付き合いと一緒かな。そこにには、さわやかな風はなくとも、霧に反響する音楽が……。 高い鳴き声も霧にハモられ、さえずる野鳥。 見つかるでしょうか? 葉桜になることが霧の町と言われる所以(ゆえん)なのでしょうか。霧が花びら……か。漫画ワンピースで私がもっとも愛するキャラクター『ヒルルク』を思い出す。人に嫌われてもいいから常に心は美しくいたい。 スーパーで私と斉藤先生は『寿司』を選んだ。 車内後ろ半分がオープンの二階建てバスは思いのほか寒く、全員屋根がある前方へ移動する。 本当にヒューゴにはお世話になりました。旅行後に、メールでコミュニケーションをとりました。「今度、また行こうね」と言ってくれました。迷惑ばかりかけていた意識を私は持っていましたが、そのような言葉をかけてくれるヒューゴ六段教士には親しみを込めて「ヒューゴ」と呼ばせてもらいます。「来年また海外に行くときまでは、英語をしっかり話せるようにしておきますから」来年?!?! そこに、何と!!!!!!!!!!!!!!!!!! 稲妻が貫通した観覧車、乗客は無事でしょうか。 さて、その正体は…… ガラス越しにデジタルビデオカメラで撮影していたため、背後で車か何かのライトが写っただけのようでした。 ロビンマスクの必殺技!「タワーブリッジ!」 ラーメンマンの必殺技!「キャメルクラッチ」 一等地にある、箸を使わせる麺類専門店『大碗麺』にて、キッコーマンのしょうゆ(ソイソース)。水は有料。スマイルもなかなか見えなかったので、おそらく──。 暗黒。 うちのT.M浦が言いそう。「かっけー」 だって、範士の笑顔があまりにも……。 噴水。 本日、観光の最後に訪れたのがここ、バッキンガム宮殿。微動だにしないその姿は、漫画『キャプテン翼』で日向小次郎のタイガーショットを放たれ、「なんかつキーパー森崎君、一歩も動けなーいぃ」と解説されているシーンを思い出すほどにピクリともしない。 ただ、交代のときはカーテンで隠して忍者や手品のようにすり替わるのではなく、堂々と交代要員が歩いてくるそうです。そのときがバッキンガム宮殿の瞬間人口密集率が頂点に達するときだそうです。 *『キャプテン翼』をご存知ないかたは無視してください。
2005年02月23日
コメント(0)

城が誇らしげなのは、己の大きさ、雄大さに対してではなく、目の前に存在する優しい紅の美しさにだ。きっと、この城と桜は夫婦なのでしょう。サンナと旦那さん(Tapani Haapanen)が夫婦なように。 本当は風が林の中をつむじを巻いて抜ける瞬間を表すのが『旋技』です。 私独自の考え方はこうです。炎(ほのお)に囲まれた人間が脱出する方法を体現した瞬間です。躰道で『旋』は風を表すものですが、この場合分かりやすくいうとロウソクの火を吹き消すくらい安易に剛火を消します。体をコマのように回転させ、風をおこし、一瞬で火を煙に変えます。 中途半端な風では理科の実験よろしゅう!ってなもんで、炎に酸素を与えて逆効果になってしまいます。 この例えは『剛風』ですが、『鋭風(えいふう)』の旋技もあります。『鋭風』は風を自分の服のように体へ身にまとい、炎の中を抜け出るというもの。上に同じく体をコマのように回転させる。その際、一回の回転を強くするのではなく、連続で回転し、円盤のように回る体は最終的にufo(ユーホー)の域にまで達し、瞬間移動で炎の中を突き抜けます。 これが私なりの『旋技』への到達点です。 下段で向き合った二人は常に対角を求める。基動線上に並んだ、及び並ぶ瞬間というのは、互いの間に橋が架かったときともいえます。 しかし、躰動は三次元の運動空間にあります。だから橋を無視して、飛んで攻撃したり、下の川や海に潜んでいて波やうねりとなって相手を制し、木の橋ならば橋の一部を破壊し投げつけるなど、倒木状に予測不可能な攻撃をします。もっとも恐ろしい攻撃方法は雷となって空から鋭角に光を走らせ攻撃します。 躰道には、このように『旋、運、変、捻、転』の五つの基本があります。『旋(風の動き、コマが回転するような動き』『運(津波の動き、上から下に飛燕して攻撃をする』『変(雲の変幻自在な動き、倒木状に倒れる力を利用して攻撃をする』『捻(渦潮の動き、砂地に生活するアリ地獄をイメージしてもいいと思います』『転(雷の動き、雷は特にそうですが、すべての動きに同じものは二つとありません。一人ひとりの動き全てがオリジナルであります』 写真を送ってくれたサンナ(右側)と永久保三段(左側) そのサンナの旦那さん(Tapani Haapanen)(左側……うそ!嘘です。右側のヒゲがあるほうが旦那さんです)私(左側) 旦那さんは私の友人カンチョーと対戦したことがあるそうです。 Tapani Haapanenにはパブでビールをおごっていただきました。ごちそうさまでした!!!! ハリーポッターのロケ地であるオクスフォード大学の中で…… 世界が誇る、我々の師である、志摩範士の眼下のもとで……
2005年02月22日
コメント(0)

ロンドンの地下鉄で撮影したもの。手前から、斉藤八段範士、志摩八段範士、アルバル ヒューゴソン六段教士、永久保三段。 地下鉄にヨーロッパと日本の差はなく、非常に混み合っていた。ロンドンを離れると、各駅ごとに人が下車していった。列車が地下をでて、太陽光が窓から射し込む(ヒューゴいわく地上鉄)ころには、風景ものどかなものだったが、車内も、のどかになっていた。 飛行機内で、撮影者ヒューゴ。志摩先生の陰からのぞくのは私です。 成田──イギリス。飛行機内、ビデオはあるし、食事は美味しい。体の小さな私は満喫していました。帰りの機内ではzzz……になっていました。ただ、からだの大きな志摩先生は通路脇に位置していたため、往来する客室乗務員の通路を確保することに大変気を使っておられました。通路が狭いのか、先生がジャンボなのか。 ラース氏は空港までの出迎え、パーティー、稽古、観光、その中で司会と進行の仕事を我らがアルバル ヒューゴソンと共に今回の交流会を盛り上げてくれました。 ラース氏はじめ、三村氏、オクスフォードの方々、フィンランド躰道協会の皆さんは、私たちをもてなしてくださり、そして、稽古では前向きに意欲的な刺激をいただきました。 ラース氏と共に空港で迎えてくれたエメリーはとってもキュートで、失礼だが、まさかこれほどの気迫を見せてくれるとは。いつのまにか魅せられていました。 『運体蹴り突き』という技です。この画像は、相手に向かって蹴りを出した際、「三節一体」という姿勢のまま相手の間合いに入り込むところです。片方の手で顔面を防御しつつ、対角にある足(膝)を持ち上げて水月等の急所を防御しながら次の極め(きめ)に移行する。 有段者になると、防御しながら攻撃に移るのではなく、攻防一体で相手を制する。(足を持ち上げた瞬間にそのつま先は相手の急所を貫通している) この画像は上の『運体蹴り突き』の、つづきです。 蹴りでバランスを失った、または相手が防御姿勢に入った場合に、蹴り足を相手の足の甲に重力に己の力を上乗せして、そのまま踏みつける。そのことによって動けなくなった相手を拳で打撃を加えるという動作の画像です。 ややこしい説明になりましたが、この技に有する時間は0.5秒にも満たないのです。逆に言えば、わずかな時間でも多種多様な動きをするのが躰道の特徴でもあるわけです。 稽古後にイギリス躰道協会の会員に昇級審査合格の賞状を志摩範士から手渡される。 上に同じく、斉藤範士から授与される。 イギリスの道場は発足して、まだ二年ほどである。しかし、町の半分を占めるオクスフォード大学には全世界から生徒が集い、躰道と出会い、ここに至るのです。斉藤先生から授与されている彼は、親がジャマイカ出身とのことでした。それに関係があるかどうかは知りませんが、前日に行われたパーティーではしきりに「カポエィラ」についてを通訳をしてくださった三村氏を通して質問がありました。私の知識でカポエラは『超老伝』中島らも著を読んで知っていたこともあり、頭を下にして蹴りを放つカポエラと躰道を重ねて考えているのだろうと、すぐに思いました。 躰道とは体軸の変化で攻防する武道です。のちのち書いていきたいと思いますが、言葉にすると『なぞなぞ』のような動きなのです。 画像を交えて、躰道をつたえていきたいと思います。 イギリス行脚については、今しばらく続きます。 現地到着後、すぐのパーティーのもよう。
2005年02月21日
コメント(2)

躰道の交流をはかる、ということでイギリスに行ってきました。日本から旅立ったのは五人でしたが、ハンパじゃないメンバーです。私がご一緒しているのが不思議なくらいの──。 後日、詳しいことを書きたいと思います。
2005年02月20日
コメント(7)
全9件 (9件中 1-9件目)
1


![]()