2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全11件 (11件中 1-11件目)
1
前回のイギリスが初の海外旅行で、今回のアメリカ躰道30周年記念大会への参加が二度目の海外となります。私は向こうにいっているので東北大会への参加はできません。黒豹をはじめ強力な後輩たち。それを支えてくれる最高の先輩たちがいるので心配事はありません。山形は暑いので普段道場を支えてくださっている父兄の皆様は選手ともども水分補給など体調管理維持をおこなってください。 あと学院の二人には話さなかったけど、行ってきます。大会がんばってね。 八月三日に帰ってくるので、さかな大会にはでますよ。
2005年07月26日
コメント(1)
岡本太郎のことをクイズ方式で紹介されていた。パントマイムで有名な中村ゆうじが再現VTRの太郎役をおこなっていた。 岡本太郎というとニュースキャスターかなんかかな?と最近の若い者は思うはずだ。けれども違って芸術家だ。人に認められる芸術家だ。 自分の絵や考えは素晴らしい、と思っていたとしても周囲が認めなければ実際のところ芸術家ではない。 なんらかの指導者もそうだと私は考える。自分は頑張る。頑張っている。けれども周りの反応はいま一つ。結果、苛立ちがつのる。だからといって認められようとか、納得を得ようと思っていてもさらに空回りをするだけと思う。 その人の世界。空気。それらを魅せてくれない人の脳が行き着くところはどこらへんなのだろう。目標が無い人が先にたって何をするというのだろう。 岡本いわく「創作意欲がわいてきた」という台詞には『次のもの』『新しいもの』『目の付け所が違う(ある意味では虚)』などが織り交ぜてある脳細胞の活性化が蓋を突き上げて溢れてきたものではなかろうか。 大事な赤子を守ろうと必死になって、嵐が通り過ぎホッと赤子の姿に目を落とすと窒息死し、人形に変わった柔らかい肉に重みが温度を落としたのと反比例して増してくる。
2005年07月25日
コメント(0)
忙しゅうて、ほんま、ようやく開いた画面にアサヒのドライを四本(360ml)飲んだ頭で書いては、まともなことを書けるとは思ってもいませぬというところがホンマのところですが、それにしても、細木さんが予言した、ダメになる芸能人が寿命を延ばしてがんばっておりますな。 金菌禁筋欽禽緊巾僅今檎……。
2005年07月24日
コメント(0)
勝負はグーかパーかチョキのことで、言いがかりをつけようと思えばいくらでもできる。ただ、逆に自分が勝った場合に相手の人間にそのようなことをされると、もう大変である。 いざという時、そういうことが「欲」、「本能」などによって行動として表れる。 生きていて、『ここが勝負時』ということが死ぬまでのうちに何度かあるとすると、どんなときだろう。ハンマー投げの室伏がオリンピックで投げるときか?彼が投げた後に残った選手の結果をみているときか? 本日、高校野球宮城県大会準決勝がフルキャストスタジアムで行われた。地元にある石巻工業が勝って明日の決勝戦に駒を進めた。私が卒業した学校ではないが、躰道関係者に等校の卒業生は非常に多い。なにより、この石工のエースである左腕の親が私と仕事仲間で、よくお世話になっている。黒豹君のお店へもお力をいただいたこともある。 明日はいよいよ昨年ダルビッシュが卒業した東北高校と一戦を交える。プレーをする側も勝負なら、その親も親戚もその親の知り合いにとっても勝負なのである。 勝ち負けだけにこだわるな、と、よく子供たちに言い聞かせているが、いざ勝負となると勝たせたい。そのわりに勝負に臨む(のぞむ)姿勢だけに満足する私でもある。
2005年07月22日
コメント(0)
六時まで大学へ到着の予定が大幅に遅れて、着いたのが40分後だった。 そんな遅刻を笑顔で迎えていただいたこと躰道の真意を感じ感謝と共に嬉しくさえ思った。ただし、どんな理由があっても遅刻はよくないことである。 ところでなぜ私が学院大へ行ったかというと裏口入学の話をしにいったのではなく、躰道部の監督補として挨拶にうかがった。 志摩範士と私とで挨拶にうかがったのだった。 部員は二名?ということですが、サッカーでたとえるとマラドーナとジーコが所属するクラブがなんらかの理由でその二名しかいない。となっても実に魅力あふれるチームにみえる。何十人の選手がいるチームよりもこの二人が蹴るボールのほうに引き寄せられるファンは多い。と、断言できる。 躰道部員の二人と話して、思ったことは二つ。第一印象は「まーこんなかんじかな」 もう一つは、目標を持てる人間だな。ということ。人というのは得意分野や不得意であっても興味があることについての話というのは楽しく、次から次へと話が止まることはない。とどまること知らない。 漫画を描くことはできないけど、読むのは好きだ。ということは人の話を聞ける、人の考えを肯定している、ということになると思う。部員と話すうちに漫画「ジョジョ」の話になり、そのなかで片方の表情が一変した。緊張か、遠慮かしていた彼の顔が非常に良くなった。大学にはいっているということは一つの目標に進んでいることと思うが、将来、こうなりたい。というのと、こういう人間になりたいということは違うと思う。 はじめから天才はいないかもしれないが、いるかもしれない。けれども、さらには上がいて、そのまた上がいて、ところが下だと思っていたヤツが全然自分より上で、上とか下とかばかり意識していたら周りに人が誰もいなくなって自分より上もいなけりゃ下もいなくなった。そのときになって思ったって遅い。上下関係なくその人がいてこそ自分がある。人に目標にされてこそ、本当の目標に気づく。 だっからジョジョはなんなんだ、というとこうだ。ジョジョは漫画だ。創造だ。躰道は創造進化の武道である。「創造進化」は「マスカットという葡萄」ということと同じで、進化の種類だ。漫画は形になるが、躰道でもなんでも武道は蒸発した水と同じでその瞬間を見て終わりだ。いや、終わりじゃない。蒸発した一部が雲となり、というようにサイクルし永遠に動き続ける。躰道の動きも心もそれと全く一緒で、記憶や気持ちが伝わって、そのまた後輩にとサイクルし続け、自然なよい影響がみることができれば社会還元となる。 だから、ほんの数分ジョジョの話をしてスティールボールランが始まって……という会話のなかから最終的には躰道家がかかげる目標の一つ社会還元につながっていくというのである。 無理なこじつけにあたたかいお考えを。
2005年07月15日
コメント(7)
ウッチャンナンチャンの番組で『闘う渡辺徹』の異名もついて、そのころ新日本プロレスで人気をあげた闘魂三銃士の一人だった。武藤敬司、蝶野、橋本は常に正義のヒーローを貫いていた。 小学、中学とプロレス狂の私は、武藤の空中殺法に憧れ、橋本のミドルキックに憧れ、蝶野のショルダーアタックを真似た。 そんな当時の三銃士が今は各団体の経営者になって志でつながっていた。レスラーとしてだけではなくバラエティーでも映画でも個性を発揮した橋本の死はプロレスファンだけの悲しみではないと思う。 常に全体、プロレス界、人間界を見て考えていた一人だと思うからこそ、私にとっても本当に大きなことだ。日々人が死んで、その報道を耳にし、目にし、と過ごしているが自分のことを知らない他人の橋本が亡くなってこれほどの衝撃を受けるのは何か理由がある。 橋本にとって、そのファンにとっても死してなお考えさせてくれる人間は少なからずいると思うが、これからテレビで特番を組んで放送されるだろう画面をみて橋本真也というレスラーは大きな憎しみ、喜びと同じように心の中から消えないことだろう。 プロレスラーになりたいと思っていたあのころに目指した男を社会人になった私が今なおレスラーとして見ていた。あのころ、でも、どんなときでも私にとっての目標だった人間が死んだのだから衝撃をうけるのも我ながら無理は無い。 それでも橋本の性能のなにかを私は受け継いでいると確信し、四十九日が過ぎて格闘家、武道家が密集する天国のどこかで躰道創始者である初代の最高師範と各大会を見て歩いていくことだろうと思う。彼には彼の未来がそこにはある。
2005年07月12日
コメント(5)
駄菓子の『だ』と無限の『む』を併せて『むだ』になる。あくまで言葉だけのことで、小麦粉にイースト菌を加えるのとは意味が違う。 今、目の前の水槽でピラニアナッテリーが餌を散らかしながら、新しい餌、次の餌に手を出して、底に沈んだ細かい餌には目もくれない。そのためにコリドラスを混泳させているのだから私の中では問題が無い。無問題というやつだ。 タイトルに挙げた『無駄と無限は紙一重』という一行は何だという本題に入ると、「答えはただの思いつきみたいなもの」こんな感じである。 思いつきでも、いちおうは、あれこれ考えてみたことがあるので書くと、「自分は無駄でもそれを見ていた人が無限になればよろしい」だ。 エジソンの発明。ライト兄弟の夢。構想を聞いただけのその時代を生きる現実主義者は、その「発明」「夢」を『無限』と、とったろうか、それとも『無駄』となじっただろうか、その辺はわからないが、おそらく後者である『無駄』が多くであろうと私はい・ぢ・わ・る・に解釈する。罵(ののし)られ、後ろ指さされした彼ら、または、彼らを支持した仲間たちはどれだけ気にしたろうか。気にしていたのだろうか?夢よりも他人の目が気になったろうか?何度の失敗をくり返したのだろう。想像もつかない。説明書をみながら組み立てるプラモデルやパソコンとは違って設計図を作るところから創めた彼らの脳、視神経等の五感、六感、全百二十四巻好評発売中!!はどれだけ他を意識したろうか。これまでの発明家にエジソンと言えばだまってしまう。空港各社にライト兄弟といってもシックリこないかもしれないが研究部会等ではどだろうか。 お椀に漆(うるし)を塗る。お椀の形をした木にだ。汁が入った。それをふーふーしながらすする。いったん熱い味噌汁をよそってから、わざわざ冷ます。それを日々くり返す。それをだれも無駄と思わないで過ごしていく。 ライト兄弟、エジソンはそういうふうに失敗や、他人が勝手に思う無駄を味噌汁を何気なく冷ます、いわゆる習慣になっていたのではないのだろうかと思う。だから本人たちは何事にもとらわれない心を持ち周囲がどんなふうに思っていても自分の中には無限の夢が広がっていたのだと思う。 ただ、寝て見る夢と起きてみる夢はサイズが違う。寝て見る夢は「無駄」だ。「夢だ」となる。 起きてみる夢は「夢現」「無限」となる。 読んで字の如く。 これが私の思いつきなりけり。
2005年07月10日
コメント(4)

現場一番乗りで、路上駐車しロックする。トコトコ歩いてなにげなく足元をみると、小学生のときに育てたことのある植物が上目遣いでこっちを見ていた。射殺を覚悟した飼い犬のような眼差しでもあったし、「無駄な抵抗はやめなさい!オマエは完全に包囲されている」と拡声器の音量を最大にしてさけんでいるようにも見れる。 いや、下の小さいのをかばって「弟だけは助けてやってくれんかのぅ」とでも……。数枚撮影後他の従業員がきてサッとむしりとられてその叫びはなんだったか、本当の答えは知らないままパソコンに送った画像をみて考えた。植物がどこまで何を意識するのだろうか。
2005年07月09日
コメント(2)

六月五日に50mmほどのサイズだったレッテルがすでに200mmに届く勢いに成長している。アロワナも倍以上は成長している。 さて、練習に行こう。
2005年07月05日
コメント(3)
レットテールの由来どおり、ようやく尾に色がついてきた。 アロワナはメダカを丸呑みにできるようになった。四匹いたコリドラスが二匹しかいない。レッテルのお腹の中にいるのだろう。 ピラニアは片方が極端に大きい。クラスで一番でかいヤツと前ならえで腰に手をあてがうヤツの差はなぜでるのだろう。
2005年07月04日
コメント(2)
カリスマ美容師、カリスマ整体師、カリスマ躰士……、とカリスマの名をほしいままにした人物は大勢いるが、『長島茂雄』に分類される者は彼、本人しかいない。 長島茂雄にカリスマ性は「ない」か?といったら、ある!とファミレスのウェイトレスも答えることだろう。それでも背番号3を見たときに特別に『カリスマ性』という炭酸のような弾みは感じない。 カリスマ性の有る無しで人間を分類していくと、人の価値観によって左右され、結果をだすことは難しい。けれども、一般ピーポーか、長島茂雄かでわけることは可能である。だって長島は長島で、それを普通の目で見られないと誰がしも認めているからだ。 「あいつは最高だ」という表現ではなく「あいつは長島だ」というのがジャイアンツファンでなくしても、それこそ最高の表現だろうと思う。 周囲のものを引き上げる力。たとえば星野仙一だが、テレビのスピーカーから私の耳に響いたときがあった「長島さんが向こうにいるだけで燃えるんだよ。背番号3と勝負をするときが最高なんだ」この言葉は星野が中日の監督時代にマイクを向けられ発した言葉だが、その意味をそのまま鵜呑みにしてしまうと仙一の原動力、つまり心臓は長島であると考えることができる。 私は武道を日々鍛錬するものだが、大会の決勝、優勝を目指すことは目指す。しかし、具体的にどうなんだ、となれば、むろんペーパー上のトーナメントと睨めっこしていては勝つも擦るもできるわけがない。誰を目標において、それ以上の高み、躰道でいうならもちろん最高師範だ。 野球をしたくても相手がいない。9人の仲間があつまらない。そんな状況があっても、長島茂雄、松井秀喜、イチロー、私が好きな野茂、石井らがいるから、あのようになりたいから野球をつづけるんだ。そういう気持ちが大事だと思う。 たとえ仲間はずれにされた。キャッチボールをする相手もいない。そういった状況があったとしても茂雄は裏切らない。テレビ画面の彼はいつも君たちのことを考えている。 本当のプロとはこういうものだと思う。そこにいるだけで人々を浄化させてしまう。なんの「御経」もいらない。野球が好きなら、その気持ちがあるだけで十分だ。それを教えてくれたのは、やはり長島茂雄だと思う。長島采配がどうのこうのと言われて一時は批判をうけたときもなくはなかった。それでもだ。やっぱり長島なんだ。この時代に産まれ長島と出会えたことをほこりに思う。 祝嶺正献が生み出したい願うような躰道の長島を目指したい。そして、子供たちにはそれを大きく超えていただきたい。 本来、長島ジャイアンツは好きではなかったが、久しぶりにみる監督の顔というのは涙がこみあげる。最高師範が亡くなったときにあっけらかんとしていた私に大事なことを考えさせてくれた長島監督に感謝をいたします。 以上
2005年07月03日
コメント(2)
全11件 (11件中 1-11件目)
1