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初心=初めに習った気持ちとある。 道場に入ると正面もわからない。先生の名前もわからない。知っているのは親の顔だけだ。ろくなもんじゃーない。 どんなに立派な親でも子供は気がかりで、もうどうしようもない。 ところが指導者は、ことに躰道の指導者は彼、彼女の将来、孫の代、永久に社会還元が循環していくことを考えてモノを申すのだ。親の顔を「ろくなもんじゃない」と書く私のほうがろくでなしだ。 道場に入ったら正面、もしくは先生をみていなくてはならない。 家に帰ってから「あーでもない、こーでもない」と持論を引っ張り出すタイプにその傾向が強いとみている。それはなぜか?私の考えはこうだ。指導者の話を子供が聞いて一発で理解し完璧に行動することは至難の業であるからだ。ただ聞いて話の意味を理解するだけなら親は理解できる。その理解したことを練習後家に帰ってきてから説くのだ。 その行動は悪くない、と私は考える。しかし、それはその親が周囲全体のことを考え道場のこと、躰道界のみならず社会還元、創造進化の意味を理解したことが前提である。自分の子が叱られれば「うちの子は悪くない、悪くない」学校のPTAと同じではよろしくない。 指導者の真意を信じずして道場へ足を踏み入れようとすること自体が間違いだ。指導者は武道を志すかぎりどんな先祖をもっていようとも道着に袖を通したもののことは信じぬくからだ。 子供と指導者の信頼関係が成り立っていたとする。親子はもちろん信頼関係にある。ただ、親の考えと指導者の考えが違えば子供が板ばさみになって「痛い痛い」と双方に互いの片腕を引っ張られ泣くだけだ。私ならまっさきに手を離す。 手を離す理由は、子供が痛がっているからではなく育てていくのは親だからだ。 子供が成長していっても、昔の我が子にしか見ていない親は飛べない白鳥のよう。大空をはばたく我が子をみてさえ、その成長は手中の中と思っている。 礼を一度したら初心にかえる。習い始めたころ、誰にお世話になって、あーした、こーしてもらったを忘れてしまってはならぬと思う。 親がそれをわすれれば、絶対に子供も後を継ぐ。力が弱まっていくと権力に走る。武道の教えはそうじゃぁない。技に走れだと思う。こういう考えはひとそれぞれだ、だから特定の人に対してこの文章を書いたのではなく自分はこれから、こういう考えを大事にして生きていくということを書いただけのこと。 人に同情させることを言うな。というのも一つで、すぐ人に同情しかわいそうと考えることを間違いとまでいわないが無責任とはいう。 本当にかわいそうと思ったら、そこに行くことをすでに選択し救助なり助言なりをしている。そして、そこには最後の最後まで責任を持つということをしている。「これだけやってあげれば大丈夫だろう」「こういっとけば悪く思われないだろう」偽善とは一つの鏡であって、髪型やネクタイのゆがみを見る前に心のゆがみを見直す必要がある。 ひとにどう思われるかより、人をどう思いやるかが重要である。
2006年01月31日
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もし、あっても極めて厚みが少ないと思われる。 【大隈いちろう大百科】(犬買って~、買って、買って)など。
2006年01月31日
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系統で並べると、 【根津甚八】 NHK朝の連続ドラマ小説「ほんまもん」その他多数。 【水谷豊】 テレビ朝日 ドラマ「湘南女子寮」 【相川翔】 彼の出演したものはみたことがない この三人に私は共通する何かを感じる。
2006年01月30日
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「ヒッピロパラピロパラッ……シュウッ」というリズムにのったものが番組内で流れていた記憶がある。
2006年01月30日
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社員旅行はラスベガス──。年に二度のボーナスと新年度には昇給。 ──を辞めた。 母親はなんて思ったろう。三年間、事務員として勤めた会社を退職した。転職すると決めたからだ。 なんで沖縄で漫才師になろうと思ったのだろう。今、そのときの衝動を思い出せない。船の上──一人でタイタニックのお決まりのシーンをしていたとき強い突風が吹いて慌ててデッキに転がり込んだ。自分は生きている。と、そう思うように、仙台でのあの不自由のない暮らしよりも、この沖縄での私のほうが生きていると実感できる。体が海よりも船の上を選んだように私は沖縄に転がり込んでいた。 『ポン』というのがこっちでの名前だ。本名ではないけれど、親方がそう呼ぶから返事をしたり振り向いたりしている。 親方とは陶芸の先生のことだ。 漫才をするのになぜ沖縄に来たのだろう。相方すらみつけられない。ネタを考えてくれるはずの──が。 何もないところに、当てにならない誰かを求めて東北からこの南の島まできたのは度胸か、それともバカ?地元ではトップクラスの高校を卒業したのだけれど。 とにかく──と、お笑いを見るのが(み・る・の・が)好きな私は何かしようと考えた。 一人で頑張ってる人ってけっこういるな。テレビで女芸人が一人で会場を沸かせているのを見た。だが、感心したからといってネタが浮かんでくるものではない。那覇市に借りた16畳の空間でレンタルビデオを見ても一人無邪気に笑うだけだ。はたから見れば『寂しく』なのかもしれない。 300万円ある。という余裕が切羽詰った行動をとらせないのか。 半年で貯金が10分のいち1になった。30万円。夢を見てるのかと思った。バイトしなきゃ。とは思わなかった。ネタを一つでも作らなきゃと思ってしまっていた。 日課の散歩──。遠くまで来ていた。そう気付いたとき、後ろから声がした。「なんだ!」 この家の主らしい。いきなり怒鳴られた。 無言でペコリと頭を下げた。が相手はチッと舌打ちをして白いのが混じった髭面を動かしてきた。「この作業場に何のようだよ」通りかかった先の、誰もいない家をのぞきこんでいれば言われても当たり前の言葉だ。「すみません。つい……」「つい?つい、なんだ!人の家を覗いて、物色しようとしたのか?」「いえ……」何も言い返せなかった。物色するつもりなどないけど、言い訳はしたくなかった。徐々に目線をまっすぐ見れなくなってしまっていく。「まあ、いい。入りな」!?って、入っていいのかよ。 何かの『あれ』がハマッた感じがした。 フィーリング。 入りたい。し、入るつもりになった。けれども嘘をついた。なぜか、とっさに嘘をついて入った。男の後姿は白髪交じりの長い髪に濃紺のダボダボの上下。それに向かって言った。「アルバイト……、雇ってもらおうと思って」真っ赤な嘘だが、男は鈍そうだから。「へー」こっちを振り向き、後頭部の髪を撫でながら私のつま先から脳天までをじっくり見てから「ここが何屋だか分かってたのかい」言ってきた。 嘘がばれたのではなく、その男の顔は意外と感心したような顔だった。それが逆に私の良心を痛めた。「すみません。嘘です。ここが何屋さんかも分からないし、アルバイト……と言ったのも、ただのでまかせです」「なんだよ。ねーちゃん。訳が分からないよ、なんだかあれだな、いまどきの漫才師みたいだな」 どんな比喩やねん。とツッこむ前に大粒の涙を垂らしながら立っていられなくなっていた。 しゃがみこんだ私に「おい、おい。どうした」と言って、男のほうも泣きそうな顔になった。「とにかく入れよ。お茶でも出すから。とっておきのハブ酒があるんだ」私はもっと泣いた。声を出してもっと泣いた。ハブ酒はお茶じゃないよー。えーん。心の中で嬉し泣きだった。単に女の涙を見てうろたえただけなのだろうが。 声を出して泣かれたから男は慌てて私の手を引いて戸を閉めた。中には誰もいない。皿が沢山ある。魔よけのシーサーも。粘土が板の上に──。生まれて初めて轆轤(ろくろ)を目にした。「元々といえば、俺が戸を半分開けっ放しで出て行ったのが悪かったんだな」手を合掌させて「このとおりだ」「ぷっ」私は思わずふきだした。 ほっ。とした男の表情。「実は私……」正直にきりだした。「漫才師を目指しているんです」女優並みの切り替えし。のつもり。「え、あ?」「だから、さっき言われたのが嬉しくて」──漫才師みたいだ──。「で、センスのいい相方候補をみつけ……同時に二つ嬉しかったんです」 男は顔をしかめている。腕を組みなおす。そして思い出したように。あっ、と組みなおしたばかりの──をほどいて、ポンとたたく。「これこれ、このウコン茶」戸棚の上段に手を伸ばして。 って、ウコン茶かよ。やっぱりいい。とってもいい。「漫才師になるのが夢なんです」今度は嘘ではないつもり。だから……、「相方になっていただけませんか?」 また眉間にしわを寄せている。「漫才の?俺が?」「はい。おねがいします」もう勢いだ。 ジロジロと私の顔を見てから「もう泣かねえよな」といってから「俺は陶芸家だよ。俺にも夢がある」あっ、だったら。と、また思い出したように言ってきた。そして、それを聞いて、また泣いた。「俺の相方やらねえか?後継者がいねぇ……」「すまん、すまん。嘘、嘘……」また泣いた私に謝ってくる。手を振ってちがう、ちがう。と、震える声で返した。「違います。うれしくて」やっぱり嬉し泣きだった。 フィーリング。 転職に次ぐ転職。しかし、漫才師は履歴に残るのだろうか? たぶん、親方が認めた?から大丈夫だと思う。 よそで、バイトしながら三年──。あ、四年だ。私の皿を買いにくる人が何人かいる。一個、400円──。値切られてもしゃーない。けど、同じ地元からこっちに来た友人が焼くタコヤキも400円。 うーん。親方くらいの『いい味』をだせたらなぁ。 この皿でタコヤキを食べるとタレがいらない。みたいな。 最近、悟った。漫才師のセンス、まるでない。今のもかなりやばい。 さーて仕事。仕事。親方と配達にいく。400円の同じ皿が40枚。たまにはシーサーが焼きたいな。「おい!ポン吉!!早くしろぃ!」 親方のは焼き物よりも人としてのセンスで売れているようだ。と、そんな気がする。私は、そのセンスがないため陶芸のセンスで売っていこう。 なんだか、初めてこの作業場に来たときと感覚が逆になっている気がする。
2006年01月29日
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小学五年生の息子は、これといって成績が良いわけではない。スポーツ万能でもなければ、他人より秀でた特技を持っているわけでもない。母親として、このことは大問題だ。 南米に『ある能力者』がいるという話を聞いて、ぜひとも逢ってみたくなった。ある能力とは、人間の持っている『器(うつわ)』を知ることができるというものであった。 一人の親として、やきもきしていたときに、朗報が。というより奇跡に近い。神のおつげとでもいうべき必然。ある能力者といわれる女性が日本に来ている。ということだった。 細かい情報を手に入れ、さっそくその女性が滞在中のホテルへと息子をつれて向かうことになった。 ロビーに入った瞬間から、空気が違った。息子はゲームボーイの画面に夢中であった。 フロントの男性に「ある能力者に会いに来たのだ」と伝えると、男の怖気づいた目線が私の後ろに向けられている。黒服の大柄な黒人の男が三人後ろに立っていたのだった。 気付いた瞬間、私は取り乱していた。なぜかカウンターの呼び鈴を連射してしまっていた。ハッと我に返り、息子の心配をし、また後ろを向いた。そこには毛のない黒い頭が三つがあった。息子のゲームボーイに興味を示しているらしい。 なんとなく、気持ちが和らいだ。視線を上げた息子がニッコリと三人に微笑んだからだ。私は不思議と懐かしい気持ちになっていた。 三人に見つめられて緊張でもしたのか、液晶にゲームオーバーの文字が流れてくる。目の前の黒服三人が一同に立ち上がる。真ん中の男がカタコトで「ウエヘ、マイリマス」といった。フロントに振り返ると、さっきよりも細身に見えてしまう男が無言でうなずいた。 二十階につくうちに、息子がゲームを再開しようとすると、「ガマン」と狭い空間でも圧迫感のない声で黒服に制されていた。 黒服三人がエレベーターに残ったまま、私たちは廊下に降りた。「ありがと」息子が言った。三人は陽気に歯をむき出し、扉が閉まるまで手を振ってくれていた。 目的の部屋が何号室かも何も告げられないのに、私と息子はドアにノックをしていた。 入ると野菜の匂いがした。 女性が二人いた。外人だろうか、日本人だろうか、区別がつかなかった。ただ、ふたりが双子だということはわかった。 突然、ゴゴンと頭に衝撃が走った。 気付いたときは、私はロビーの喫茶で、レモンティーをすすっていた。黒服の一人がゲームボーイに夢中になっていた。息子が熱心に手ほどきをしている。 おかしな事が起こっていることはわかるが、そのことを考えようというふうにならない。レモンティーがぬるくなっているけど、味が落ちていないことだけは感じた。一気に飲みほした。白いティーカップで全ての視界が消えた。あまりの美味しさに、そこに引っ付いたレモンからしたたり落ちる残りの数滴を待ち構えてしまっていた。私の視界にはカップの中しか見えていない。なのに、頭の中にある記憶というのもおかしいほど鮮明なものが見えてきた。 さっきの双子だ。二人とも車椅子に座っている。膝から下がない。ビー玉のような目が四つこちらを向いている。「──なんだって」急に息子が話しかけてきた。「え?」もう、黒服はいなかった。頭の中の双子も消えていた。息子の声がよく、聞き取れなかった。「だから、弁償だって」 今度ははっきり聞こえた。ウエイトレスが申し分けそうな顔をして立っていた。その視線を追って、はじめてテーブルの上で割れたティーカップに気付いた。そして、レモンの輪切りだけが手に握られていた。 どうやら、器(うつわ)そのものよりも、それに何がのっているかが気になっていたらしい。大事にしまっておけば割れる恐れはない。しかし、それでは役目が何であるかがわからない。では、本来の役目とは何か。作り手は願いを込めるが、使い手(客)は欲求にすぎない。では、間に挟まれた器そのものは何なのだ。 まだ、ただの粘土で、馬糞と並べると区別がつかない。 でも、いい雰囲気の土であるかどうかは、なんとなく分かるもの。一度、自分をしっかり焼いてみてからでないと。同じ粘土なのだから、それからでないと。
2006年01月29日
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私が二十歳のときに有馬記念で買ったのは福島県の白河ウインズで、ボーナスを手にした直後ともあり13万円分の馬券を購入していた。前々売りの金曜日のことと思う。 結果は一着にグラスワンダー。みごとな復活劇である。トウカイテイオーが魅せたドラマほどではないがさすがは怪物君。二着にはメジロブライトで、配当が馬連で4?00という中穴だった。 その日は日曜出勤で、重機の運転をしながらラジオで実況を聞いていた。二十点ほど購入してい私だったがグラスワンダーを買った記憶がまるでなかった。そのときの現場の所長が2歳時ころのグラスワンダーとボールドエンペラーを大絶賛していて、もちろん、このとき所長が本命に置いたのはグラスワンダーだった。対抗にはメジロブライト。ゴールを駆け抜けた瞬間、私の重機の無線がなった。「おい!つぼ(当時のあだ名)競馬っていうのはな──こうやって取るんだよ」と。 悔しくて、くやしくて。で、馬券をながめた。すると、なぜかあるではないか。2-10 3000円 二十歳だから買ってみたのだった。グラスワンダーを度外視していたから、まるで気づかなかった。 しかし、そんなものは奇跡でもなんでもない。私の脳が欲を超えたときだった。ニューヨークでテロがあった年の有馬記念。 世間での本命はもちろんテイエムオペラオー。 が、私はそれを買わない。マンハッタンカフェを本命に挙げた。で、対抗馬として名将怒涛ことメイショウドトウ。押さえでテイエムオペラオー。それを各一万円。 もう一つの本命があった。それはアメリカンボス。アメリカで起きたテロのことがキーワードではないか、と考えた私はアメリカンボスから流す。ユナイテドステイツつながりでダイワテキサス、そして、もちろんマンハッタンカフェだ。ただこちらは各千円だけ。 ダービーでスペシャルウィークのボールドエンペラーをゲットしたときも頭がこんがらがったが、このときはその10倍はまともじゃぁなかった。 一着、4番マンハッタンカフェ。二着、1番アメリカンボス。配当48??0円。四十八万いくらかが手に入った瞬間だった。 お歳暮を持ってきたおじさんに「ニューヨークのマンハッタンの事故にアメリカのボスがからむのは必至だから買ったほうがいいですよ」と生意気にも助言した私。それに対しおじさんは「あんちゃんは頭がいいからな」と、競馬は理屈じゃないとでも言いたげなセリフである。私の目の前で『のみ屋』(違法)に電話するおじさんは、武(トゥーザビクトリー)とオペラとドトウのボックスをその場で注文した。 結果、やっぱり私は頭がいいのである。 そして、天皇賞。 これは取れない。ガチガチの本命がサイレンススズカであった。 前代未聞の快速馬が騎乗する武豊を乗せて、とばすとばす。 が、そこであったのはトラブル。関口ヒロシの名言「トラベルチャンス!」ではない。骨折というアクシデントだ。一人旅でよその馬と接触した可能性はゼロだ。 私が絶望の中、見守った天皇賞・秋はオフサイドトラップが制した。今、考えてみるとサッカーブームの常識としてルールを守ること。もしくはルールを知って、見ることである。パスが出る前に最終ラインを超えてはホイッスルが鳴る。競馬はシュートされたボールと同じで待ったはきかない。ゴールに突き刺さるか、キーパーにキャッチされるかである。もしくはキック力に耐えることができずにパンクする。 サイレンススズカは、オフサイドのホイッスルを無視し、なおかつ自分のキック力でボールをないものにしてしまった。サッカーにおいてボールがないとは競走馬の足がないのと一緒である。 オフサイドトラップ。年長者が知っているそのタイミング。恐るべし。仕掛けられるほうにしてみれば法の裏側をつかれたような感じにすらなってしまう。
2006年01月29日
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寒波。この言葉は最近の若いものの甘えだろうか。それとも温暖化、おんだんか、いわれている先入観をくつがえされた非環境保全の環境だろうか。 どっちにせよ、地球は回って時間は怠けたりはせずに寝返りを打ち続ける。ごろごろごろごろ、まるでダンゴ虫のよう。 自然にはかなわない、かなわない言いながら逆らい続け、予想し、圧倒される。ところがむこうにしてみると無抵抗ではつまらない。いや、あっちは冬将軍だからいばれればいいのか。 稲刈りまではあと何ヶ月のかかる。できないかもしれない。まだ、東北の田には稲はないからだ。実がつくまでは雨風にまけないように突っ張っていきなければならない。それは人間も同じだ。ところが収穫時になって、つまり人間で言えば次の世代へのバトンタッチができない無精稲はツーンと立ったままでとりのこされる。冬将軍から季節をぬいたものと、そっくりだ。 食われてから初めて喜ばれる米と同じで、ひとの功績も身を引いてから賞賛される。
2006年01月27日
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イチローのサインボールをみせてもらった。 それをおもいっきりぶんなげた。
2006年01月27日
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最高師範の写真が正面にあった。我々にしてみると正面自体が最高師範でもある。安土桃山時代に豊臣秀吉が隠れキリシタンをあぶりだすために『踏み絵』を実施した。この時代にもしもそのようなことを政府がするのであれば躰士は足を切り落として写真を血で染めようともなされぬであろう。 範士等大会開会式で並んだ位置から最高師範の写真を見たのは少し斜めの位置だった。以前S範士から聞いた話「最高師範の目というのは相手を動かせなくする力を持っている」があった。今回はそのことを痛感するに至った。その角度から最高師範の視線を感じた。私は自分だけを見ているのかと自意識過剰に浸ったが、そうではなかった。今回出場の皆様方はすでに感じていることだったかもしれませんが、写真のなかの初代宗家は角度を選ばずに全体を見ている、ということを。演武を行ったときは整列した位置から九十度ほど西へ移動したのだが、やはりこっちに眼光を向けた初代宗家がいた。開会式であの目をみたときは心が萎縮してしまったが、自分の角度へも視界を広げているのだということに気づくと心にゆとりができた。私は心の伸縮が激しく、動揺し、脳の細胞までラップに巻いた状態になることがしばしばある。 今日、整列で最高師範の目に萎縮した心は良いほうに傾いた。どのような心持ちで演武に望むべきか。失敗を恐れるあまり動作まで萎縮していては法形にならない。そのような気持ちが大きく動いた演武だったと思う。何も考えなかったのかもしれない。普段の稽古で基本技を行う勢いだったかもしれない。それはわからない。事実として記憶にあることは礼ををしてえ字をかまえるまでは「間違えないように」とかそういう消極的な考えを持っていたこと。実技を進めていくうえで少しずつではあるが捻体の法形を楽しんでいた気もある。記憶がない試合だった。今回は意識的にビデオカメラは持ってこなかった。そのときのリアリティーが損なわれる気がしたから、というのが理由だった。ただ、途中でやはり撮りたくなってデジカメをむけたらバッテリー切れだった。逆にラッキーだったかもしれない。 私は練士の部で第三位という結果だった。とても光栄に思える結果で明日からは一つの経過となってゆき、一つの夢にもなると思う。 私(わたくし)、天空の鯨の目には一つの道が見えます。それは、夢を食らう『獏』がより大きい夢を求めて道を歩いている後姿です。けして停まらない貪欲な獏は素直にその臭いを嗅ぎわける。 夢というのは面白いもので、己の夢よりも、誰かの意思を夢として継いだことのほうが深くて漠然として様々な解釈があって楽しいものだ。 いい夢は見るのじゃなく、体験し、それを伝えることができてはじめて獏の食道を通るのと思う。 獏、麦、漠、縛、爆、莫、暴、駁、博、曝、幕、全部バクですが、このどれの漢字も次の瞬間には全く違う世界になる二面性がある。博打も時と場合によっては人生とも読める。博打を無難とも読める。それは別な意味で読めたときだ。先を読んで一見博打にみえることでもそれは周囲の常識であり、本人にとっては卵を茹でたらいつまでも雛は孵らないと同じ法則の決まりごとを辿っているだけだ。ということもある。
2006年01月22日
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ライブドア=【活力門】 シンエモンさんは一休さんを頼りにしていたけど、ホリエモンさんはどうするのだろう。半年もたたないうちに【再生門】とか、新しい名前になってでてきそうな予感もする。
2006年01月20日
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五本づつ基本の技を繰り返し鍛錬した。ただ何回も同じ動きを繰り返すのではなく、今日は回数を時代に置き換えて考え鍛錬してみた。 普段の稽古なら五本の技のあいだに注意点を述べてみたりするのだが、今日はこのように言ってみた。「卍蹴りを一本目打つときは0歳~五歳までの感覚で何も考えずに蹴ってみろ」これは産まれてすぐから人真似をできるようになるころの時代。 「二本目はそれから10歳までのつもりで」これは個人差がはっきりみえてきて同時に集団行動を意識しはじめるころだ。 「三本目は、そこから15歳までの思春期を想像した蹴りをくりだしてみろ」このころが一番消極的になりがちか、打ち込む何かがあれば集中力が増す年代。同時に酒、煙草、異性、万引き等を覚え始める年代で親や教師の考えに反発する年代。 「四本目は十六から二十歳までのイメージで」これまでの三回の反復はガムシャラで基導線をまるで無視したものだった。着眼、軸足、蹴りの目標はバラバラで勢いや表現だけが先行していた。表現というより周囲をみないで自分の世界だけしか見えていないということでもあるかもしれない。それで、四本目は二十歳になり新たな決意、つまり何らかの道筋の前に立った自分、線にそって目標を意識して技をくりだしてみろという意味で学生に指示した。線の美しさは現れてきたものの上半身にぎこちなさが悲しいことに比例して増えている。 「五本目は将来の目標にむかい、『思いきって』技をくりだしてみろ」と言った。そうしたら線の先に向かった素晴らしい力が体軸の変化とともに見ることができた 三本目は産まれてから思春期、反抗期までの集大成。五本目はそこに理性や、ゆとりに加え子供心をまじえて、二十歳をすぎ、これからを考える意味のなかからスケールや器といったものを取り除いた考えができればよいと思った。想像進化し、なにが社会還元になるかを考えると、こちらを立てればあちらが立たぬ、を意識し何もできなくなる。常にどちらかを選択するか、自分が全然別のものを考えだし周囲に選択ではなく、自分の考えをきっかけや踏み台にして分野を広めていく人間が増えていけばパソコンから逸脱した世界がみえるかも。 歴史は繰り返されるが当てはまるなら、いつが区切りで繰り替えされるのだろうか。
2006年01月19日
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http://pt.afl.rakuten.co.jp/c/01109d90.1bb5ba0b/?url=http%3a%2f%2fwww.rakuten.co.jp%2fcs-1%2f459705%2f569806%2f ★★★通常、本を読んでいて、どのあたりかで読むのを止めたくなるときがある。百冊読んだら九十冊ていどがそうだ。だけど、この【新宿鮫】はちょこちょこ読みしてたけど、面白かった。やめられなかった。 面白くてよその本に手をかけないで読んだ本といえば……【白夜行】東野圭吾【麻雀放浪記】(一~四巻)阿佐田哲也【ダヴィンチ・コード】【天使と悪魔】ダン・ブラウン【図書館の神様】瀬尾まい子【さぶ】山本周五郎【邂逅の森】熊谷達也【インストール】綿谷りさ 世の中にはもっとおもしろい話があるのでしょうが、ここ二年で読んだ中でとにかく停まらないで最後まで読め、失踪してしまったかのように本棚に隠れたのはこの【】の作品かな。漫画を読む勢いで読める。 中でも、【麻雀放浪記】と【新宿鮫】は何か共通した面白みがある。【図書館の神様】を読むと【さぶ】が読みたくなる。そのあとに【邂逅の森】を読むと、なぜこの作品が直木賞と山本周五郎賞をW受賞したかが理解できる。 本をあまり読まないけど読んでみたいという中学生以上の人は、まず【インストール】を読んで、そのあとに【図書館の神様】を読み、つづけて【さぶ】、【邂逅の森】にいってみる。表紙や題目、著者名に威嚇された気になりがちだが、びっくりしたことに読みやすいことがわかる。そうすると【白夜行】というちょっとした見上げる厚さの本にも登れそうなものが結露のような自信が存在していることに気づく。これを読み終わると、本ってこんなに面白いの!?と思って、つい誰かに自慢したくなる。辞書ほどの厚さを示して「こんなに分厚い本を読んだよ」と。 【麻雀放浪記】はマガジンでやってた『ボーヤ哲』の原作だ。麻雀初体験がこの四冊でも十分に楽しい。エロ本から入門して本番と同じだ。 で、このあたりで【ダヴィンチ・コード】に手をだしてみる。パズルやトランプなどゲームの好きな人には特に面白いと思う。【天使と悪魔】は私的にもっと面白かったから、とにかく次のラングドンシリーズが待ち遠しい。 そして【新宿鮫】この本はいつ、どのタイミングで読んでも大丈夫。面白い。 そのあとに漱石の文章、向田邦子を読んで、最近の売れているものを読むと首をひねって古本屋へ行きたくなる。 ■ゲーム市場
2006年01月16日
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リンク先:http://item.rakuten.co.jp/brandshop/2021418/ ■ゲーム市場 リンク先:http://directory.rakuten.co.jp/rms/sd/directory/vc/s1tz207641/ ■ゲーム市場 その当時、『爆笑問題』が十週勝ち抜きをして百万円をつかんだ。 たしか、この番組はオンバトのような方式で審査員が得点をつけていって合計点が一位を十週続けると賞金がでるという番組だったと風化した記憶が指を動かし文字を打っている。 そのときの主なメンバーは『ますだおかだ』『海砂利水魚(現、クリームシチュウ)』『スマイリー菊池(当時はコンビで、ナイトシフト)』『フォークダンスでなるこ坂』だった。なかでも面白いと思ったのは、フォークダンスで、幻の十週を経験し、保留になり次週に持ち越されて十一週目に百万円を手にしたのだった。ますだおかだは、たかアンドとしのような存在だったかな、そのころからかなり面白かった。海砂利も個人的にすきだった。 1、爆笑問題 2、ブラックマヨネーズ 3、笑い飯 4、アンタッチャブル 5、中川家 この五つのコンビのネタが二本ずつの計10本が入ったDVDがあったらかなり売れると思う。でもこれに匹敵するビデオがある。それはネプチューン、TIM、ピーピングトムの合同コントだ。これはかなりおもしろい。『夢で逢えたら』の次の裏の次くらいにおもしろい。(バッハスタジヲ、ツーでございます) ウッチャんナンチャン ダウンタウン いまきた加藤 松本キヨシ(薬屋) マッチ 夢がモリモリ 超兄貴(パチンコ台) ウガンダ カンダタ(中ボス) カンダ君だ!(ハニ丸のリアクション) たまに行くならこんな店で、食う役を担当するのもカンダ君だった? ピッコロ(ねずみ) ピッコロ(大魔王) トコトン大魔王(私が小学校のときにピッコロをパクって自由帳に描いていた) 男同士 男組 奇面組 3ね~んBィ~組ぃー!アサミヤ サキ(進級した) 独占女の60分(オニャンコの過去も知りたいが、一世代上の彼女達の過去も知りたい) これらは意味無く書きました。小学校のころ土曜日は午前授業で、『女の60分』を観るのが楽しみだった。中学二年のころは『ガハハキング』だ。私的には『60分』の「クロコ」と爆笑問題のトークが聞いてみたい。当時の人気だったクロコは今のキリコや松本明子のような感じだったかなぁ。 久保キリコ 『いまどきのこども』『シニカル・ヒステリー・アワー』『女社長』『ロジカル・アレルギー・アワー』 ツネコ キリコ 学君 シーちゃん ののちゃん ツンタ君 四電解 みぎわさん アン吉君 ツネオ キリタ ツグム君 タクミ君 武蔵 みぎわさん しのださん(だれ?) みちこちゃん 一郎くん キコリちゃん(岩手) はんきぃぱんきぃ 花と夢コミックス いまどきのチップス パイナップルとゴリラを足した顔 【一部マニアのマニアだけがわかる内容です】元気にやせる研究所管理栄養士が健康と栄養を考えて創ったダイエット食品を販売していますショップページ
2006年01月15日
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私が会社に勤めていたころ現場が尾花沢市で、ある時期の、ある条件が充たされると五時半前後と決まった時間に花火が打ち上げられる。その花火の意味はプロ野球でホームランがでると花火があがるのと同じだ。尾花沢市出身力士の『琴の若』が勝利したことを花火の光と響きで市民に伝えるのだ。もしかしたら市ではなく町のことかもしれないが、そこまでは確実な情報は得ていない。 これは、地元の特産物がよそでも認められ、街が活気付くのと同じで松井、イチローのように国ぐるみで応援するのと、これまた気持ちは同じだ。 今日の大相撲中継をTVで観ていてとても新鮮だった。彼の笑顔が親方の顔のそれというより新弟子のような希望が表情に写っていたからだ。親方というものは威厳や立場なども重要だろう。だが、それよりももっと相撲にたいしての『まっすぐ』さ、というものが大事だと思う。それは希望という漠然としたものだけではなく、もっと細かい力士ひとり一人への『信頼』が彼の表情によくでていたのではないかと思う。アナウンサーの問いかけに親方は言葉少なめに返していた。あれはテレビやなにかを意識したものではないな、と私は思った。アナウンサーもファンの一人だという感情があったのだと思う。ファンはプロに対して独自の見方あるいは偏見を持っていてかまわないと思う。ファンは心の中でプロに対し、こだわりを持っていていいと思うのだ。それは、プロの人間として愛されているにほかならないからだ。愛されれば、それは伝わるものだ。愛し方が過剰であればそれはどうかと思うが、一ファンとしての気持ちというのは嬉しいものだと、思う。 一つの地域からまるごと応援され二十一年間現役を続けてきて、そしてなお後輩らが『人』に魅力を感じている証だなと思った。尊敬するということとは、無理にするものではないし、される側が尊敬されようと努力するものでもない。 私が尾花沢の旅館から現場へでるまえに一つの仕事があった。それは毎朝必ず降る60cm~80cmの雪を車から落とすことである。私が上司より先に外へ出て雪を…ところが、除雪はもうすでに終わっている。旅館の主人が除雪しておいてくれるのだ。ときには車の雪よけまで手が回らずテニスコートの片方の陣地ほどの面積をミニホイルローダーを使って除雪しているときもある。すると私は自分で雪をどけなければならない。雪がほとんど降らない石巻とくらべるとガチガチの本命馬券とビギナーズラックの万馬券ほどの違いがある。 だからといって道路は雪だらけではない。駐車場の除雪と違い夜中にグレーダーという除雪に適した重機が尾花沢の主人のようにそれに乗って走っているのだ。細い道は町民の手によって除雪される。おそらく予算のある国道、県道あたりはすっかりアスファルトがむきでているのであったはずだ。センターラインから温泉が湧き出て溶かしているのもある。 除雪はみんなのためになされる。では、琴の若が勝ったときのあの花火は誰のためのものだろう。彼の勝利を喜ぶ人がいるから、それはやはりみんなのためだろう。だから、今日の親方はあの笑顔があったのだと思う。相撲と人が本当に好きなのだろうな。 ■ゲーム市場 リンク先:http://directory.rakuten.co.jp/rms/sd/directory/vc/s1tz207641/ ■ゲーム市場
2006年01月14日
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http://esearch.rakuten.co.jp/rms/sd/ekensaku/yk?id=24741 ハンニバル・レクター博士の若きころのえいがだそうで、原作【ビハインド・ザ・マスク】を映画化したものらしい。作者トマス・ハリスはこの映画で脚本もてがけるという。 ハンニバル 羊たちの沈黙 レッド・ドラゴン(二種類ある) 私個人は【羊たちの沈黙】が好きだがFBIのスターリン捜査官とのやりとりが、「あれ」とにている。世界観はまるでちがうが、ラピュタのパズーとドーラ。千と千尋の湯バァバと千尋。ナウシカのオームとナウシカ。ラピュタのムスカと息子(ただのつまらないダジャレ)。 自分と脅威が奇妙な親近感で結ばれる。それはひとつの感動だと思う。選ばれた何かの存在にほかならない。そんな気がする。()のダジャレはそれに属さない。
2006年01月13日
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水と油もしくは水と炎のように、一人と違う誰かの考えが機能はおろか根本的に細胞や分子、原子の段階からして異なっている場合には助け合うことは難しい。 ただし、人間の考えかただけでいくと、例えば水と火の間に鉄板一枚、焼いた土が一塊(ひとかたまり)、つまり土鍋だったりフライパンだったりがありさえすれば火と水の能力は喜びや感動に変われる。 火のような考えの人間。水の如き思想の人。それぞれが、ただぶつかり合えばどちらかが消えるまで存在を固持しあう。大雨による川の氾濫。乾燥による自然発火がおよぼした森林の大火災。これらは正反対の宗教間の争いにも思える。元に戻れば、人と他の誰かの考えの違いと規模が違うだけでナノのレベルに掘り下げてみても変わらない。 石油を使うときは地上にあるのが普通だ。石油、ガソリン等の燃料も含めて、それらは何らかの容器によって存在が守られている。もともとは海や大陸のもっと深くに原油として水の間になにかの隔たりがあった。 正確な油の埋蔵量はよくわからないが、日に日に減っているのはわかる。よく車のタイヤがパンクするとジャッキをつかって車体を持ち上げるがそのときに油圧ジャッキという種類の道具が使われる。水圧ではなくわざわざ油圧を使うのはおそらく、いや、かなりの確立で水よりも我慢強い性質をもっているからだと思う。それは、これまで幾層にもなる地球の重力に耐えてきたからだ。地球は引力や重力の感じていてもさほど気にしない力が働いてきて丸を維持してきた。実は常にジャッキアップした状態の車と過去の地球は同じである。過去というからには今は違って、現在はジャッキからオイルがドンドンドンドン(梶原茂の本気でドンドン【文化放送】)抜けていっている状態。つまり、ジワジワであるにせよ車が直角に沈んでいくことと同じで地下の油や気化したガス状のものが抜けきれば崩壊のそれもあるだろうし、その空洞がつぶれるにはどの辺に亀裂が入り始めるかは予測不能だろうか?地震強度偽造問題の建物は初めから鉄筋が減らされ強度が弱いが、元々強い地球が過剰な献血のように地球から何らかのエネルギーを奪い去って蒸発させているのはものすごくこの星の寿命を縮めていると思う。だからといって私は石油を使うし、勝手な意見で誰かに怒られるかもしれないが言うと、私にとって地球とは、注がれた一杯のお茶のようなものだと思っている。一つの湯のみは土でできており地球が地球であったころから存在していたものであり、それに水を含ませ熱を加え、さらに作り手の心も加える。水には雲が降らせた雨が山の自然なフィルターを通って川を降り実は人間よりも貴重な水をあたりまえのようにすくって科学の力でもって蛇口からひねり出される。茶は土と水と光に育てられ生きてきたのだが、その存在を人間に知られ利用される。だが、子孫を守ってくれもする。お茶を揉む人間国宝もいる。ただ、そんなお茶でも湯飲みをひっくりかえしてしまえばその温もりもため息に変わって終わりだ。地球も自転ではなくして球が球でなくなってしまえばその力はナックルボールのように不規則に回転しひっくりかえる始末になる気がする。 次にマグマに目をつけている人やなんかがいると思うが、原油をぬいた場所に機械を設置し新たな事業を進めていると思う。そのためには人間も防護服が必要だと思う。宇宙服のように大げさなものではダメだと思うからタイツみたいにうすくフィットするもので、行き来するのも宙に浮く形でないとむずかしいだろう。そこで登場するのがUFOとグレイつまり宇宙人だと思う。宇宙人だからと先入観にかられて空を見上げているから存在を確かめられないのであって、世界の油田が喫茶店のアイスコーヒーをストローで飲み干したときのあのゴボッゴボと音をだしたときが宇宙人襲来のときだと思う。そのとき日本人は地下から攻めてきた宇宙人に対し織田信長の存在をみるのだろう。
2006年01月09日
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