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去年の県大会は最高だった。これ以上はない、というように思っていた。けれども、その気持ちは今年が去年を上回っていた。 大会から一日が過ぎて、本日の稽古は反省会だった。いいたいことは浜ほどあった(浜っ子なので)。けれどもいえなかった。よすぎて言葉にならない、というのはこういうことなんだ、と、そう感じた。 参加した渡波のメンバー(少年少女)の半分が初めての県大会で、勝負の厳しさを思い知らされる結果となった。ただ、ここで一ついいたいことは、入賞した仲間たちも去年は同じように厳しさを味わったのだ。崇君でさえ例外ではなかった。過去の成績をみればわかると思う。 ただ、今回の大会がなぜ去年よりもサイコーだったか。最高とは読んで字のごとくだから、という当然のことだからではなく、なんとも形容のできない目に見えないものを照らされたからであった。それは誰に?というと、誰でもなく雰囲気だ。一人ひとりの雰囲気が最高だった。一昨年、阪神タイガースがリーグ優勝をつかんだときの、ある試合でヒーローインタビューで舞台にあがったのは首位打者にもなった今岡選手だった。そのときいったのは「この最高の雰囲気の中で~」という言葉だった。その言葉には一つ不思議に思うことがある。そのことを言う前に、さて最高の雰囲気とはなんなのだ、と考えるとファンと選手が一体になって優勝するまで新婚気分を貫いて、同時に仲間が勝負の相手だったことだと思う。 不思議に思った一つと言うのは「じゃー、それじゃー対戦した相手のチームは同じ球場でプレーしているというのに、こっちは最高ではないのかよ」ということになる。どの球団の選手も監督、コーチ、そして、もちろんファンも真剣に野球をしていたことは事実と断言できる。しかし、だ。けれども、そのときたしかに思った。阪神と他チームは違う。今年のロッテを見ていただければ意味がわかるかもしれない。 生き物と言うのは思っていても動かなければ、思っていても違ったことをしていては何の仕事、遊びをしていても楽しくはない。不本意、妥協、後悔というものが次々に重なってくるだけだ。 何を言いたいかというと、脳と首から下が一体になっていない。見た目は普通の人間だけれども、不安や悩みなどの精神的苦痛といえるものを持っているときそうなってくる。ということで、さっきの阪神の話に戻ると首脳陣と選手が一つに通いあっている、あっていた。今年のロッテも同じだ。ということを言いたかったのだ。総合三位ではあったものの、渡波躰道協会も阪神、ロッテと同じように指導者、父兄と選手が濃密な凝縮した個体になれたのだと思う。 ちっちゃなダイヤモンドを百個プレゼントされる。その総重量は実に五キログラム。 重さは六百グラムで一キロもないが一つの大きなダイヤモンドをプレゼントされる。 小さなガラス玉を一見してダイヤに思える形にしたものを子供にプレゼントされる。 一瞬、高価なものに目を奪われがちだが、本当に大事なものは『心』で、今大会を通して思い知らされた。しらされた…。いや、それがやつらの素直な気持ちで、私はそれを見ただけなのかもしれないが。 最後に、私は思う。不純物のはいっていない水や氷、空気がいい野菜を育てるように、私たち成人をこえてきたものが無垢にならなければならないと。
2005年06月28日
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電気屋さんはいつもお世話になっている人です。この工事もサービスでした。いいすぺー。 コンセントがあるのとないのでは全然ちがう。やはりプロにたのんでしっかりとしたものを作ると充実感が違う。 棺桶状にいれられた水槽。 正面からみるとけっこうな大きさ。 この三点セット(水槽120x45x45、上部フィルター、シングルライト)で二万円しないのは安い買い物だった。送料が四千円したが、それでも安い安い。恋も仕事もはやいはやい*小俣雅子著メディアファクトリーから。
2005年06月27日
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去年の県大会は最高だった。これ以上はない、というように思っていた。けれども、その気持ちは今年が去年を上回っていた。 大会から一日が過ぎて、本日の稽古は反省会だった。いいたいことは浜ほどあった(浜っ子なので)。けれどもいえなかった。よすぎて言葉にならない、というのはこういうことなんだ、と、そう感じた。 参加した渡波のメンバー(少年少女)の半分が初めての県大会で、勝負の厳しさを思い知らされる結果となった。ただ、ここで一ついいたいことは、入賞した仲間たちも去年は同じように厳しさを味わったのだ。崇君でさえ例外ではなかった。過去の成績をみればわかると思う。 ただ、今回の大会がなぜ去年よりもサイコーだったか。最高とは読んで字のごとくだから、という当然のことだからではなく、なんとも形容のできない目に見えないものを照らされたからであった。それは誰に?というと、誰でもなく雰囲気だ。一人ひとりの雰囲気が最高だった。一昨年、阪神タイガースがリーグ優勝をつかんだときの、ある試合でヒーローインタビューで舞台にあがったのは首位打者にもなった今岡選手だった。そのときいったのは「この最高の雰囲気の中で~」という言葉だった。その言葉には一つ不思議に思うことがある。そのことを言う前に、さて最高の雰囲気とはなんなのだ、と考えるとファンと選手が一体になって優勝するまで新婚気分を貫いて、同時に仲間が勝負の相手だったことだと思う。 不思議に思った一つと言うのは「じゃー、それじゃー対戦した相手のチームは同じ球場でプレーしているというのに、こっちは最高ではないのかよ」ということになる。どの球団の選手も監督、コーチ、そして、もちろんファンも真剣に野球をしていたことは事実と断言できる。しかし、だ。けれども、そのときたしかに思った。阪神と他チームは違う。今年のロッテを見ていただければ意味がわかるかもしれない。 生き物と言うのは思っていても動かなければ、思っていても違ったことをしていては何の仕事、遊びをしていても楽しくはない。不本意、妥協、後悔というものが次々に重なってくるだけだ。 何を言いたいかというと、脳と首から下が一体になっていない。見た目は普通の人間だけれども、不安や悩みなどの精神的苦痛といえるものを持っているときそうなってくる。ということで、さっきの阪神の話に戻ると首脳陣と選手が一つに通いあっている、あっていた。今年のロッテも同じだ。ということを言いたかったのだ。総合三位ではあったものの、渡波躰道協会も阪神、ロッテと同じように指導者、父兄と選手が濃密な凝縮した個体になれたのだと思う。 ちっちゃなダイヤモンドを百個プレゼントされる。その総重量は実に五キログラム。 重さは六百グラムで一キロもないが一つの大きなダイヤモンドをプレゼントされる。 小さなガラス玉を一見してダイヤに思える形にしたものを子供にプレゼントされる。 一瞬、高価なものに目を奪われがちだが、本当に大事なものは『心』で、今大会を通して思い知らされた。しらされた…。いや、それがやつらの素直な気持ちで、私はそれを見ただけなのかもしれないが。 最後に、私は思う。不純物のはいっていない水や氷、空気がいい野菜を育てるように、私たち成人をこえてきたものが無垢にならなければならないと。
2005年06月26日
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超強力なメンバーがそろった宮城県大会、関東のほうでも城北大会が開催されるとのこと。もう、どこの地域でも全国大会にむけてしのぎを削りあっている。 ここで勝たないと(決勝戦に駒を進めなければ)全日本を制覇できない。まずはお国の大将になって初めて天下を狙えるのだ。 四時半に目覚めた。前日にビァを1.5リットルも飲んだのがきいたかな。よーし、いって勝ってくっぺ。
2005年06月26日
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場所は仙台市長町にある宮城県武道館です。 http://www.mspf.jp/shisetsu/budokan.htm こちらをご覧ください。 当日の観覧は無料です。 私は、個人実戦と個人法形、団体実戦の三種目に出場する予定です。さこさん、暇なら観にこいや~!^_^
2005年06月25日
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乾燥シラスを与えている今日このごろ。 すぐに沈んでしまうために、ほとんどのシラスが底に待ち構えるレッテル(レットテールキャット)に食べられてしまう。そこで、浮上性が強いクリル(乾燥エビ)の肉と殻の隙間に差し込んでアロワナが摂取しやすいように工夫している。個体のサイズが中途半端なためにメダカをうまくゲットできないのが、このアロワナの現状。 それにひきかえレッテルはというと、半熟ヒーローのエッグモンスターの技である『バクバク食う』、そのもので、めちゃめちゃ食う。今朝、刺身(なめたカレイ)をチロルチョコほど食べ、昼にクリル(水中で強くつまみ、水をしみこませて沈殿しやすくして)を与えた。朝昼と、シラスはかかさない。そして、さきほど魚肉ソーセージを少し。ただ、あまりに大きいサイズの餌は食べない。アロワナ同様に個体のサイズに合う餌しか胃に収まらないのだろう。 自宅のわきにある作業場にて撮影。 午前中に『墨つけ』、『きざみ』、を行う。墨つけとは材木に線を引いて切る場所を書いていく作業。きざみは、墨どおりにノコギリやノミを使って「あとは組むだけ」という状態にすること。 自家用ダンプに材料を積み込んで、瓦屋根をよじ登りながら二階にある私の部屋の前のベランダにその材料を運ぶ。もう一人いればバケツリレー方式で行え、楽だったのに一人での作業だったから大変に疲れた。しかも、いざ組むとなったらあまりに大きく設計してしまったために困難を極めた。けれでも夕方までに大方の形は見えてきた。 すでに完成しているが、ネットで注文した水槽が近日中に届く予定なので、水を張って、魚を泳がせてから撮影し公開したいと思っている。
2005年06月23日
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カンニング武山と、渡る世間は鬼ばかりにでてくる幸楽の店主の違いについて。 「~じゃないか!」 と 「~は、ありゃあしないじゃないか」
2005年06月21日
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場所は仙台市長町にある宮城県武道館です。 http://www.mspf.jp/shisetsu/budokan.htm こちらをご覧ください。 当日の観覧は無料です。
2005年06月20日
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アロワナ、レットテールキャット等の肉食魚にシラスの干した物を与えたところバクバクと食うのですが、ちょこっと塩味がきいているみたいなんです。でも、よく食うんです。大丈夫すかね?その他にテトラクリル、メダカ(生餌)も与えている。 どなたか答えをお願いします。
2005年06月18日
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ビッツが復活しました。あとちょっとで全損の扱いになるところだった青い塊がようやく戻ってきてくれました。これでまた思うようにブイブイといけます。(事故前の写真)
2005年06月18日
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7777アクセになりそう。 特に意味なし。
2005年06月16日
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オックスフォード大学のウォルフソンカレッジがROMULUS MAGAZINEという雑誌を発行しています。アインシュタインの相対理論発表100年を記念して今年のテーマは「時間と空間」で物理学、芸術など多方面から記事が載っていますが、この中で躰道からもRobert NorrisとRoberto Delicata (英躰協)がTIME AND SPACE IN TAIDOという記事を発表しました。なかなか評判がいいようです。ROMULUS MAGAZINEはオンラインでも見られますので、ぜひご覧ください。http://www-old.wolf.ox.ac.uk/romulus/Romulus 2005をクリックしてください。躰道の記事は10ページから12ページに掲載されています。ラース
2005年06月16日
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自宅わきにある作業場で明日の準備をしていると。跳ねるものが目に入った。一瞬、たまにみるカマドウマかと思って無視していたが、サイズの小ささに「もしかして」という気持ちになり、顔を近づけてみた。なんと、この時期にコオロギではないか。いや、この時期だからこそ成虫になりきらない大きさだったのだ。すぐに軍手で包み、二階に持って上がった。 水槽に放り込むとアロワナの反応は早かった。しかし、三度ほど食いにいって失敗。まだサイズが小さい固体で、無理かなと思ったが、小休止のあとに大口をあけたアロワナはコオロギをゲットした。 そのあとにテトラクリルをシャーペンの消しゴムほどの大きさにしたものを二個たいらげた。 動きがアグレッシブでインポッシブルだ。なにかのミッションをコンプリートしそうな雰囲気だ。とにかくよく食う! ズッコケファミリアの家族のプレコ。何かの本で読んだが、規格外の大きさになるとガラスやアクリル水槽まで削って胃の中に納めてしまうらしい。
2005年06月16日
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2005年06月14日
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2005年06月14日
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私の名前は阿部美保です。O型のおとめ座です。学校ではミッポと呼ばれています。「次のあるあるー」「クジラさんの部屋を掃除した。(背景がその汚い部屋)」 好きな授業は算数と動物クエス(クイズらしい) ではクイズです。 動物園に遠足にいきました。インド象がいました。担任の先生がありえないくらい素晴らしいことをいいました。さて、何でしょう? 答え)親の象が子供の象のオシッコを飲みました。 この答えの意味は、オシッコ=臭い=縄張りを意味する。だから小象が他の動物におそわれないように存在の手がかりとなる尿を飲んでいたのだ。感動。なるへそ。
2005年06月10日
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オスカーが死んだ。だからピラニアを60水槽に移そうとしたら、二匹いたはずのピラニアが一匹しかいない。コリドラスも同じ。食われたのだろうか?餌はふんだんに与えていたのに。 黒豹君いかがだろう?
2005年06月10日
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メダカは餌として。コリドラスは掃除屋さんとして。ただ、レッテルが成長して口が大きくなるとどうなるかわからないが、食べ残しが気になる私の勝手で購入。ホーマックで198円かな。赤コリドラスと青コリドラス。 ピラニアの水槽にも二匹入れた。たいして攻撃されずに動き回っている。肉食の個体が大きくなれば食べ残しがなくなって水質悪化の心配が減るのだが、ここしばらくはコリ君にがんばっていただこう。本当に勝手な私。
2005年06月08日
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このような大技を実戦、展開でもだしてみたい。 カメラをかまえる私が見えますか? 何かを捕らえようとするときは必ず『構える』もの。写真、格闘技、動物の捕食。ブドウをつまむ瞬間。
2005年06月07日
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以前は野鳥、軍鶏(しゃも)などを飼うことを趣味としていたトゥーリオはそれこそ畑違い(あるとすれば鶏糞)のブドウに手を出した。今年で四年目。一昨年は100個ほどの収穫があった。以外に甘い。そして大粒。マジに驚き。ただ、去年はその半分程度ですっぱかった。不作にあたるのでしょう。 今年はいかほどか。とんでもない大きさのブドウ棚はアーチをとおり越してアートです。
2005年06月07日
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水曜スペシャルを見ていたのは幼いころ。あのころは、大蛇、タランチュラ、そしてこのピラニアが探検隊(あるある?)の天敵だった。オスカーシンドラー(競走馬?)もとい、タイガーオスカー(ノーマル)と相性がよくなく水槽を移動。 結局、食べきれずに吐き出してしまった。バクテリアの餌になるのでしょう。でも今日で二日目の水槽のある生活。バクテリアの繁殖にはちっと時間がかかりそうである。 レッドテールは飼うのが二度目。とても愛くるしい奴だ。成長が異常なほどに早い。恋も仕事もはやいはやい!(小俣雅子著)たしかメディアファクトリー 食欲旺盛。 メダカもひとのみ。 全部ちっちゃい魚だから二日目にして餌の与えすぎで水槽の水質悪化を……。 ★★★ ★★★ ペット・ペットグッズ - 犬 - 猫 - 熱帯魚・アクアリウム - 昆虫 - 爬虫類・両生類 - その他動物 - その他
2005年06月07日
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2005年06月04日
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2005年06月04日
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県大会のために体がよくなったのではなく、トモ兄の脳から神経、血管を通して分泌された『気』が体内に流れ込み、治癒しているのだ。だから、そういうときの体温は普段よりも一度ほど高くなっているはずである。自殺を考えてその方向にいく人がいる事実があると、ものごとには全て裏と表があるように「思いから生きる」につながる。それがグレードアップすると「~をしたいから治すのだ」になる。 陰と陽。空気の背中がトモ兄には見えてきたかな? 黒豹と二人でいってたよ。治す(例えば手術)と覚悟を決めたとき切開して医者が自分の頭をポリポリ掻くだろう。「どこを治すの」って。 本当に気で治す、治っていっていると信じることだ。ただ、今は治癒の段階なのだということを忘れずに。そして完治したときには他人にたいして本当に優しくできるのだと思う。なんてったって自分に優しくできたのだから。ここでも裏と表。自分に厳しくできるから、他人にも厳しくできる。 兄は人だけではなく、イベント、できごと、トラブルにも感謝できる人間になれるような気がする。気がする。全てのはじまりは『気』からで、気っていうのは以外に不自然なものであって、でもそれが自然と調和していくことによって思いと体外が反応し自分の身体で中和されるのだと思う。 その昔、日本が中国に影響された、それが今日の発展に影響している。と、そう考えると敵に塩を送った形で中国は見ている。だがしかし、最近の中国経済の発展はめまぐるしいものがあり、今度は日本がその大陸をみて指をくわえている。読んで字のごとく『中和』である。 全てのものごとは相手があってこそ進化していく。そこで、相手の進化を予想し、「やつはここまで進化するのだから、じゃあオレはもっともっと……」というように進化していく。自分の頭の中で常識非常識など陰と陽の隙間をしっかりみつけて考えていく。それが自分だけの創造進化なのではなかろうか。そして、いずれはその考えがちっぽけに思えるようになることを、そうさせてくれる人を待っている。
2005年06月04日
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日曜日に行われた審査会。しかし、当日都合のよくない受審者が21名いた。学校の行事である運動会や、部活の試合にあたるからだろうと思う。 そんな中で、渡波道場からも5人の受審者がいた。 そういった会員のために特別審査会という名目で木曜日に女川の体育館で受審させていただくことができた。 審査官は志摩範士で、時間は七時半を数分か過ぎたころ開始された。 終了した時間は九時ギリギリではあったが無事に終了した。 タクミの五条訓で始まって、そのまま一番初めに呼ばれた名前もタクミであった。彼の中段の構えは背中が内側に入っていて少々小さく見える。もう少し胸を張って堂々と……と言いたいところだが、上段を構えさせると、それはもう堂々としていて文句のつけようがないのである。したがって中段を矯正するというやりかたよりも、開身の体や直身の体である上段、下段の鍛錬をしつつ鏡をみるなどして自分で高みを目指していただきたい。 アリサの「貫き手」の線はこの日の中でも上位の正確さだった。そこは褒める場所であるが、今後はそこに威力がほしい。法形の順番を覚えたら、その次は相手を倒すのだという武道性を表現の中にあらわしていただきたい。だからといって、全てに力を入れてギスギスと動けと言うわけではなく、気技一体となる場所や、競技を行う自分の中で、より鮮明に相手の姿を捕らえたときでいいと思う。その辺は自分の考えでよろいしいのであって、私の小さな考えを押し込みたくはない。ただ、相手を倒さないかぎり(何かの目的を達成しないかぎり)自分が休む場ができないのはコートから出ても同じである。 カナは腰を下げよう、下げるんだ、という気持ちがよく表れていた。ただ、今後の審査、大会では、「そういう意識」をもっていては勝つことも昇級することも難しいと思う。だったら、では、どうすればいいの?と思うかもしれない。そのとおり、思って当然。それは、「試合だから、審査だから」という考えが強すぎるからだ。腰の高さというのは、躰道の理論の中での決まりごとを行うことによって自然にちょうどいいようになる。だから、稽古の中で、自分に厳しくし、「腰を下げるのが当たり前」のようにならなければならない。あとは構えの手の位置が線上に対し不正確であった。文句ばかりいっているようだが「腰を下げる」という思いは重要で、色帯のカナに期待するのは上で話した「この次」なのである。 サヤカの場合は目が「できている」というふうに見えた。目ができているというのはどういうことかというと、「その気」になっている。精神的に大きなものをもっているようにみえた。実技的には目立った注意点は少なかったが自分の前髪を首を振ることでなおすのはよくない。なぜよくないか、それは相手への注意よりも自分の前髪のほうに集中力がいっているからだ。だから、この前の練習で私が言ったようにピンで留めるのもいいが、わざとそのままにしておいて、目にかかろうが気にしない集中力を身につけていくのも鍛錬の一つだと思う。その辺は自分の判断でよろしく。 なにかにつけて私たちや親がしゃしゃり出てしまうよりも、信じてやることが大切だと思う。もしも本人が悩み苦しんだときには、そっちから質問をしにくることをきたいしている。だから、私の考えでは実技の指導よりも大事だと思うのは「自分で考える」力をつけてやることだ。そのためには、「その気になる」ということが重要で、自分で思い込まなければならない。どういうふうに思い込むかといえば、簡単で、テレビにでてくるヒーロー、ヒロイン、映画の主演、のように躰道、武道の主人公になる。実際はすでに主人公ではあるのだが、その程度がどの辺なのかが大事なのではないだろうかと思う。陰でコソコソと誰かの悪口をいったり、なにかにつけて「かったるい」を表情にだしたり、友達二人でグルになって誰かをバカにしたり(そういうことをすると本人は意外と気づいている)、と、まぁ、こいうった人間には誰もついてこないし、人が自分をみようとしなければ誰も本人を必要としなくなる。 不器用であれ、どうあれ失敗をしてもいいから、本当にカッコいいものを望んで精進していってほいしものである。『紅いの豚』などの考えも私のなかでは影響をうけているが、みなさんはいかがだろう。見た目ばかりを気にすると逆にカッコわるくなる。本当にカッコいいと言うことは……。 馬の世界を人間が見ると、早い馬はカッコいい。になるのだ。 躰道の世界を、躰道を知らない人が見ると何がカッコいいの?
2005年06月03日
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2005年06月02日
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2005年06月01日
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珍しく、トリアゲ(地名)の踏み切りにつかまりました。三車両か、四車両の列車でしたが、私の目が確かならば車掌か運転士以外はだれも乗っていなかったように見えた。時間は九時五十分ころ。石巻線の下りで、女川に向かっていました。 さびしい。というか、トリビアというか、試運転というか、ようわからんですが、こんなもんなんでしょうな。 こういう路線で何か問題を指摘されて、指摘された側も採算が合わないとふんだら「じゃあ、この路線は運行中止にしましょう。新しい発明がなされ、線路がなくなったころになっても採算がとれない」などといいだしたら、この辺に住み列車を利用している人はこまってしまう。でも、鉄道会社でも莫大な赤字はだせない。それは、列車を利用する人の財布と同じで、二百円の切符を二千円で購入するものはいない。細かい人の考えが詰め寄って、大きいものに責任をかぶせる。しかし、出し目はしたくない。 これってどうなのでしょう。どこまでが、人の責任で、どこまでが組織の責任? 昔かたぎの豆腐屋さんで、月の利益は五万円にもならない。年金のほうがもっともらっている。いや、息子の稼ぎと年金があれば十分にやっていける。なのに、だったら、なぜ。それは、待っている人がいるから。習慣のように食べてくれる人がいるから。やめるにやめられない。 駅員だって同じだと思う。本当の笑顔をもって切符を切る人だっていると思う。いや、でも、もう石巻まで自動改札の波は押し寄せている。 でも、本当の確認は表情をしっかりみないと判断できない。「あっ、この人自殺しそうな顔だ」では後をつけてみることにした。七番ホームに同じような表情の人間が集まってくる。後をつけてきた駅員はふと思う。「集団自殺ではなかろうか」しかし、相談した先輩は鼻息混じりにこう言った。「なーに。かまうことないよ、そんなこと聞いてみろよ。逆に訴えられるぞ。名誉棄損だー!ってさ」 先輩がそこまでいうなら仕方がない。しかし、それでも気になって仕方がない。丸い柱の陰でようすを見守ることにした。先輩が捨てゼリフをいって立ち去る「おまえは超能力者かっつーの」 列車の光がみえてきた。駅員が自殺をするであろうと読んだ無表情の男女は九人いる。その中の一人の男がホームの白線のところにビデオカメラを置いた。ライターを下手に挟めて少し傾けた。その先には線路が映る角度になっている。駅員はドキドキしてきた。やっぱり、自殺?でも、先輩は……。そう頭の中でめぐらせながら携帯を連中に向けていた。ムービー機能に切り替えて撮影ボタンを押した。すぐそこに列車はきている。パァーーー。急ブレーキの音を掻き消すかのようにホームの中でクラクションが鳴り響く。 駅員の震える手に持つ携帯がパッっと紅く染まった。惨劇をとらえた後の背景はリアルだが、撮ったそれを繰り返し観ると安っぽい恐怖ドラマのエンディングのようだった。 と、このようなことがあったとする。誰の責任になるのでしょう。
2005年06月01日
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