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井戸の底には水が溜まっていた。膝の下までだった。見上げると空が遠くに見えた。見える。というよりも見えた、という過去のものになってしまっている。 潮の満ち引きによって水嵩が増えることを知った。 井戸の中で数時間、十数時間を過ごして見るものと考えの目標になるものは、狭い視野から大きく、遠くのものが自然の中にあるということだ。 町の中で生きてきて、一番自然を感じる場所は、井戸の中と墓のなかではなかろうか。 これだけ、ものを、他人の考えを愛しても屈折する光を浴びたような鏡の世界に入り込むと、パニックになり自分の存在しか見えなくなるときもあろう。一つのものを志すということは互いに告別式の写真を胸に持つと同じ型に鏡を持っている。形、大きさは異なりをみせていても真実を映し出す事に変わりは無い。井戸の中に落ちてみてもそうだ。空を見るのに疲れるとふっとうなだれたくなる。自然に自分の顔を見ることになる。 水は下にあり、太陽光を直視できなくなった人間に水はやさしく存在してくれる。 ときには現実を厳しく映し出してくれる。 井戸の中に落ちてまで、他人の考えを全うする意気込みは誰がもっていようか。 天井、井戸、実は天井は墓で、井戸は扉を開く始まりである。
2005年09月30日
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己錬館はくるたびにメンバーが増えていて、初対面のかたも少なくない。どこかの現役大学生のかたもいれば、大学を卒業し続けていくと決めたかた、昔やっていてまたやろうと決断されたかた、そういった躰道人間が中野館長のところに集まっている。 躰道に疑問をもつ人も少なくはない。絶対にいる。その一人が私であったから、こうまで断言できる。これは本当の意味で躰道をしらないから、躰道の本質を知らないから、もしくは中途半端に知っているが重要な部分に足を踏み入れていないからという理由もあろう。 知るためには、知っている人の話をガッツリとガッツをだして聞く、と言うことが大事だと思う。どの人間に聞くかというのも大事だが、聞き手の態度がさらに重要だ。「なんで、こんな凄い人が躰道にここまで情熱を燃やしているのか」そんな疑問をもって、その「なぜ」をまずはじめに解消していった。これが私の中での躰道の湯にどっぷりつかった理由だ。効能も大事だが、「湯につかっている」といったような気分、雰囲気を味わうのも見逃せない重大要素だ。 ここ、己錬館では躰道を新しい見方で体験できる場だと思う。新しいというと、ただたんに指導陣の歳だけではなく様々な体験(スポーツ格闘技)、を通し、躰道に骨をうずめてからも数多くある日本中の道場に出向き、その知識をそろえ、そして組み替え、組み合わせしてきた中野館長らしさが、私にとって新しい。はじめて躰道に関る人にとって、ここでやっていればどこにいっても対応できるな、と感じさせる道場である。 純粋に躰道を楽しめる。と、来るたびに思う。 稽古の内容は基本が主で、徐々に加速をつけて運足からの技。転技、運足を組み合わせての技。といった具合に進められ法形でまとめる。といった内容である。黒帯と白帯が同じ練習をしていて、だからといって遜色があるか、ない!といってしまっては嘘になるが、手本が多い分流れにのってリズムで難技もやってのけてしまうようだった。ただ、そこにも、館長の優しさ、人の受けようによっては厳しさで、「サンドバックに当てる」という目標をたてたら、しっかり当てるまで何度でもくり返させていた。そこに妥協なき教育方針を感じ、自分の道場へ戻ってからもすぐに真似てみた。やはり子供たちの集中力、執着力がまるでちがった。 稽古後には館長の自宅で乾杯をした。ここで、今まであまり話さなかった監督ことジャパンとなかよしになれたのは嬉しかった。私は次の予定もあり長居はできなかったが、メンバーのみんなで思いを綴った色紙を用意してくれていた。正直、館長ほどの人間がなぜ私のようなものにここまでしてくれるのかが分からないが、躰道を愛し、生涯現役でやっていく者どうし何かがつながっているのだろう。 館長、みんな、本当にありがとう。
2005年09月30日
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ある意味、連動連体の躰道組曲を行っている私は自分の通う道場から戻り、これをこの日記を登録するころには始まっている「あいのり」の続きを待っている。 本日の稽古は子供たちが皆やる気が充満していて道場の隙間から熱気やなにかと一緒になって「気」が溢れていた。 正直言って体はきつかった。今日は軽く、っと思っていたけれど「よその道場ではガンガンやるくせに自分の道場では手を抜いてしまっては、これかよその稽古になんて行く資格はないな」と自らを戒め最後まで(関東稽古の余韻が後押しいてくれたから?)稽古に集中できたのは当たり前のことだが、できたことは今になって考えて、嬉しい成長と思った。「あ、あいのり始まった」宮城県はこの時間にやっています。今日は嵐が動きますぞ! で、話はもどって、あっヒデがっ!本当にもどって。 着いたのは新宿駅。土曜の朝五時前だった。その日の予定は六本木ヒルズ森ビルで公開されていた『ダヴィンチ展』を観ること。考えることが最高師範の脳と似た部分があるはず……と言う具合に。なぜ、その考えに至って、期待までしていたか。それはダヴィンチの考えの核が思想の核が≪水≫だった。躰道創始者の我らが最高師範が五技の中で最初に発案したものが≪運≫だという。そこから始まったというから興味は合流する形でみてしまうのもいたしかたござらんというもの。もう一つは、万物は万物に共通する。異次元空間を愛する二人、宇宙の構造、宇宙から自分らをみたダヴィンチ。人間天文の最高師範。 躰道をするものが趣味としてではなく躰道と人間に興味を持つ、そのことを念頭に置いて六本木に足を向けてみるのもよきにはからい、と思う。 ダヴィンチ展ネタ最後の言葉。「水が青く見えるのは奥底に闇があるから」という一行を読んで躰道を感じ、それだけではなく明かりの無い部屋で自分の中の何かがはじけて飛んで何かの先が見えた気がした。あくまで自論だが、上の「」の文章はどれほど透明の水であっても底に砂があれば影ができる。細かい粒子といえる白い砂であっても透明がより太陽の光線という力を無駄なく遮ることなく伝える。結果として重なり合った砂の隙間には届く光もあれば向き、角度によって影ができる。不純物のない影が。 陰と陽もあるが、私が思ったのは「鏡」だ。ガラスに顔が映るのにも同じような理由(わけ)があるのではないかと考えた。それと同じくして「心」だ。心にも明暗というものがあって塩の満ち引きと同じく浮き沈みもある。心を開いて見せるときもあるし見せることができない、見せたくない、そういったものがある。水が青く見えるのは奥底に闇があるから。自分の心の闇とはいったい。 心、明鏡にして諸行の実相を写し。 心開ければ周囲の相応こそが自分の姿になり、こちらが閉じればそのまま写るということにも窺える「躰道五条訓」の一つ。 このダヴィンチ展のあと、一時から早稲田大学の稽古が鷺ノ宮駅から少し歩いた中学の屋内運動場にて行われた。実戦の稽古でスタミナのほとんどを吐き出したが、コーチのsさんの根性がすごく、自ら部員よりも動いてある意味山手線実戦だった。 その後、つまり稽古後に、えーと場所は忘れた。『俺んち』ではない!どこだっけ?で飲んで食った。和歌山からもゲストが来ていて、MキンガーZさんと部員とでかなり盛り上がって話をすることができた。内容をあまりいうと問題もあるかもしれないので深くは言わない。ただ、さっきダヴィンチ展の話の最後に記した言葉の「闇」、心の闇と考え、言うと私の躰道の中での闇が一つあって、そのことをリアルに暴露できたのは闇が実は時のもので期がくれば、つまり時期が来れば開閉式のドームのように光が射すことを知った。自分の中で三忍と決め付けました。それが上の写真です。 MキンガーZさん、お土産ありがとうございました。先生たちにつたえておきました。コーチにはしっかりした挨拶をできないままでその日を終えてしまいました。でも、うれしい忙しさだったらしいのでよかったです。次回はしっかり挨拶をします。 今年また全日本が楽しみになってきました。 今日も遅くなりそうなので、日曜の己錬館、正統館での刺激については後日ということで、よろすぐです。
2005年09月26日
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疲労はあっても心の疲労はまるでない。 今日の稽古までちょいと寝ることにしよう。 二泊三日になってしまった関東出稽古の旅は道場のみんなに伝えて、はじめて終わりになる。いま、よっちゃんラーメンで博多ラーメンにライスと餃子のついたA定食を平らげてきて、汗の臭いがただよう道着をランドリーの乾燥機につっこんできた。
2005年09月26日
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本日、十一時過ぎの高速バスに乗り込むのは私こと空飛ぶ鯨です。出発は仙台で、到着時刻は……(知らん)到着する場所は眠らない町新宿です。殺し屋イチと垣原が格闘していたらデジカメの動画をまわします。 で、着くと土曜日になっていてその日の午後一時から早稲田大学躰道部の稽古に参加させていただく予定……、ですが、その前の午前中にとる行動とはいったい何?早押しです。 ミケランジェロではなく、レオナルド・ダ・ヴィンチの筆跡ノートの展示会へ行くがクイズの答えです。 オレたちゃ忍者タートルズ、ティーンエイジの忍者タートルズ……ラファエロはクールでドジ、レオナルドはリーダー、ドナテロはメカに強い、ミケランジェロは祭り好きー¥(金かよ)。オーレたちゃ忍者トートルズ……。 で、翌日、12時から己錬館にて稽古。そのあとT田ラジオさんと合流。おそらく飯、ていうよりも麺を食う。「キミ、どうする?飯にする?時間はあと45分あるけど」 or「キミ、どうする?麺にする?時間はあと45分あるけど」 どおする?どおする?ど・お・す・る?君ならどーするー!闘うんだ、フフフフンフン(分からないのでハミング)電子戦隊ぃー、デンジマーン。……、……、denjiman,denji,denjiman,denji,denji,denji,denjiman,denji. 正統館で稽古。 新幹線はうんと速いー。(渡波小学校のオリエンテーション的な踊り?ミュージカル?)でんでんむしのデン子さんー(渡波小学校、給食時に流れる昼の放送の曲) 日本列島どっこいしょ!(これも同じく昼の放送) ノリノリの管理人。 ・早稲田大との稽古(土曜昼過ぎ) ・己錬館、船橋市での稽古(日曜昼から) ・中野区にある、正統館にて今回の関東出稽古のファイナル。(日曜夕暮れ少々たってから)
2005年09月23日
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なーんか、私、女性と撮った写真ばかりを載せて満足しています。事実だからしかたがない。嫉妬している人もすくなくはなーくもなーい。(パフィー) どんないい試合をしたと満足しても記憶から消えていくのは、そう遅くはない。 それはなぜか、次の大会がその自分の思い出をのりこえるから。勝ったから、優勝したから、よい大会でこれ以上の大会はない。いや、そんなことはない。褒められて、賞賛されて、それでうれしい。たしかにうれしい。勝利者には寄ってくる。 ただ、今回の結果をもってして、先輩、各道場の仲間、先生方。逆に私に声をかけてくださいました。そしてその言葉のなかに同情はありませんでした。そのことがなによりも嬉しく、そして暖かかった。 私は人の陰口も言う、嘘もつく。けれども、正直に嘘をついているし、陰口をいっている。矛盾しているようだが、陰口をいうときは嘘にならないように自分の不利も受けていうことにしている。嘘をつくときは、嘘に該当するものにむかっていうようにしている。このことを自分流に『正直』とよんでいる。 この心がけが正しいかどうかはわからない。 足が地につかない状態の日々を過ごしときにはしっかり立っているときもある。ただ、そのときはやっぱりみんなの手があってそこにいるのだと思う。 志摩先生がいつも口にする「感謝の心」がある。この「」のなかの文字は言葉ではなく、行動だ。態度、表情だ。無垢な物でなくてはならない。作った感謝などは言葉だけになってしまう。 ある物語に「井戸に落ちる子供」の話がある。自分がいる、すぐそばで見知らぬ幼子が遊んでいて井戸へ落ちそうになった。その時、とっさにその幼子へかけよるのが大方だろう。反射神経。 そう、感謝とは反射だ。 相手が受け取った、ありがたみに反射した自分の顔。 反射神経となると、それらが行動に移ったときだ。 えらそうな自論で申し訳が無いと思うが、このような文がでるのは、先生、先輩、本のなかの気持ちを組み合わせたものだとおもう。よって、間違いないと断言する。
2005年09月17日
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2005年09月15日
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昼のつづき。 このページは楽天のものなんだが、画像登録の操作がうまくできず、写真を載せることができないのは残念。ひじょうーに!! Mキングさんの画像は無料で掲載してよろしいのでしょうか?飛び前さん、みてますかね? ということで、社会人大会を振り返ってみます。 私の成績は個人法形一回戦負け。個人実戦一回戦負け。団体実戦一回戦負け(私は反則負け)。 前代未聞の成績でしょう。幼いときから一回戦負けは慣れていますが、前代未聞といったのは、例えば法形競技、誤順でした。競馬でいうと、右回りのレースなのに左にまわってしまった。携帯電話は機械なのにお尻をふいてトイレに流してしまった。このような間違いを自動車学校の卒検で決められたコースを走ることのようなルールを無視する形で演技を行ってしまった。 このときの言い訳をすると、序盤左右に技をだす際に『捻体半月当て』と言う技を行うのだが、この技は犬が体を伏せる状態から天井を見上げ同時に体を半身に開いてオス犬が小便をするみたいにして踵(かかと)を相手に当てて打撃をくらわすのだが、このとき構え(足を準備体操の軽い伸脚のように開いた状態)から技に移るときに一旦伏せねばならない。伏せてから、技をだすのではない。句読点をとったように早く、伏せてから技をだす。けれども私が狙ったのは伏せたと同時、もしくは周囲に伏せを感じさせずに技を繰り出す。だったのだ。それを意識するあまり、その前の動作を省いてしまった。皿の上に食事がのる前に代金を支払い店内から消えていってしまったのだった。 実戦競技においては他人に迷惑を与えてしまった。顔面攻撃が禁止されている躰道で、こともあろうか一日に二度もその反則をしてしまった。サッカーでいえば、次の試合もでれない、といったペナルティーを宣告されても意見のできないことである。 そのあと、各先生がたに励まされ、そして指導をいただいたことに大変感謝いたしております。私の先生の志摩先生が審判長を務めた大会であったにもかかわらず、このような内容であったことは先生に対し失礼なことをしてしまったと、反省をしております。ただ、その志摩先生は本日の昼に書いたとおり、「ここにいる全選手が勝利者である」とたたえてくださいました。先生の真意までは見えないものの、先生自身も昔を思い出したに違いない、そして今がある。と思ったに違いない、そう確信しました。 人の話を思い出すときとは映像で覚えた他人の記憶を行った自分の結果に照らし合わせたときに、不思議なフラッシュバックとなり蘇るのだと思う。私は先生の話を一生忘れませんから、これからも何度と無く、未経験のフラッシュバックを感じることになるでしょう。 三菱のデリカで出発した我々一行は、高テンションのまま関東に入り、温泉ランド?健康ランド?のなかで翌朝を向かえ、ファミレスで食事をすることに。 時間をみて数分でつく会場へと出陣。このときの運転手は小学一年から共に汗を流した「のり」だった。のりはうちの副理事長の弟で、同級生だ。高校生大会では同じチームで団法を二連覇している。小学のときも全日本の団法で二位までなっている。その彼、のりは躰道からしばらく離れていたが、今回の大会で我々が車で東京へ向かうことを聞いたらしく、運転手をかってでてくれたのだった。 帰りに選手の怪我があっては運転も大変だろう、寝かせてやりたい、そういった優しさがあってのことだった。もちろん、躰道への熱が冷めることがなかったのがその最も大きな理由だと信じているが。 さかな大会のビデオをみながら、私の成長を喜んでくれて、こっちのほうが嬉しくなった。彼の兄、私の先輩の浩君は現在の私の兄のような存在で、たぶん、浩先輩も私を弟と思っているにちがいない。そう考えると、「のり」の存在も血のつながりを感じてならない。 血、とは皿に一滴だけ載った無機物のように見えるが、皿を作るには良い土を探さねばならない。そして、火の力をかりて、出来上がる。出来上がったとしても、人の目にふれなければ、存在を感じられることはない。だったら、なぜ存在したのだろう。 それは、産み出す者がいたからだ。何枚も焼いているうちに作り手は自分の型をあみだす。すると、どうだろう。同じような仲間が皿がどんどん生産されていく。躰道も皿と同じで、その型の中で比べあいながら次の存在を待っているのである。 チョンとついた「、」、これは、では、いったいなんなのだ、となったとき私が考えるとこうだと思う。『失敗』もしくは『後戻り』だ。そのような一見して不要と思える言葉でも、他人の優しさを見たり引き出したりするには大変重宝しなければならないことなのだ。 どれほどの芸術家でも、完璧なものはなく、だからこそ、価値観というものがある。武芸という言葉に完璧はない。ただ、100パーセントはなくても、101パーセントや、2000パーセントがあるのが躰道であると思う。血から皿になるときは頭の上の点をとったときで、逆に皿から血になるときは丸い皿に何かが付着したときだ。受精の形とおなじである。最終的には死という同じものどんな人間も動物も共通して経験するが、誕生もまた同じである。結局は例外はなく、万物が同時進行しているのが自然である。それを欲といったり交渉といったり、型をそれぞれの言葉で作っているのである。血ができる瞬間とは、皿に何か点がついた瞬間なのである。(自論) 「80パーセント完成した」といった初代の言葉に真意を察するに、残りの20パーセントをみていては100パーセントを超えることは絶対にできないとなる。 本日、最後に。私だけでしょうか、写真の目が潤んでいたような……動いていたような。
2005年09月14日
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「オラは馬鹿でけつかっから」 上の「」は私の先生である、末永先生の言葉だ。方言丸出しの文の意味は「私は馬鹿でどうしようもないから」ということで、私がまだ小学生のころ、私たちにむかってよく言っていた言葉だ。ただ、そのあとに言葉は続いて、「オラは馬鹿でけつかっから、何も解からねーげど、志摩先生が、こういっているんだから間違いない」と、こういって私たちに指導をくださっていた。 今、思い出して、キーボードを叩きながら涙が止まらない。人が、一人を信じ、それを伝えたい。その人の言葉、姿勢、生きざま、想いを伝えたい。その気持ちを、気持ちだけを私は受けてきた。 末永先生はもう還暦を超え、それでもなお歳が何歳も下の志摩先生を尊敬し信じ、ついていっている。志摩先生を超えるなどと言う考えはあるかないかわからない、唯一ついえることは先生は先生のことを好きだという事実だ。 躰道を好きなのか、志摩先生を好きなのか。どちらだろう。 自分は馬鹿でどうしようもない、だけど、自分の信じる者のいうことは何事よりも大事だ。と、そういった末永先生は自分の立場や、苦労を二の次において中継プレーのように私たちにつくしてくれたのだと思う。最近、末永先生は道場に顔をだしてくれて指導を一緒になってしている。 閉会式に志摩先生の言葉をきいて、末永先生を思い出した。とたんに涙が止まらなくなった。今でこそ志摩先生と一緒に各地をまわったりするようになったが、当時は末永先生のイメージが私の中の志摩先生だったのだ。私の内容は最低であったが、このような大事なことを思い出したことは大変に重大なことであり、どんな勝利や栄光よりも、先生たちへの感謝を思えたことはあらためて自分を好きになる材料であった。 私が顔面を攻撃してしまって、被害をうけた選手のかたには大変申し訳なく思います。それが、一番ですが、そのあとの自分のこれからを進む上で志摩先生のあの言葉「全てが、全ての選手が勝利者だ」は私が当時小さいころ、末永先生が志摩先生へ思っていたことがわかるキッカケになった気がする。 曖昧だが、「気」は大事である。昼休みが終わるので、また後で書きます。
2005年09月14日
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東京の綾瀬にある『東京武道館』で行われます。時間は朝の九時に開会します。 武道関係者、躰道に興味のあるかた、見に来てください。私、クジラ人間も出場します。 では、プロテクターをもって、道着はもちろん、財布、駐車券、ビデオカメラ……。準備すっぺっと。
2005年09月10日
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ささやかな幸せ、というテーマで書くと、幸せのサイズが小さいことと思う。好きなことをする。好きな人といる。好きなことを考える。好きなものを食べる。どれも一緒だが、例えば花が好きだ、という場合であれば、花を摘むのが好きだったり、山へいって観るのがすきだったりと様々である。 人によって感覚が違うのだから何をするかは、考えるかはわからないけれど、されるほうの立場、存在はどんな思いだろう。一方的かメビウスか、 わざと『、』で終わらせた。
2005年09月09日
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毎日が忙しいというのはありがたいことだが、ゆとりのもてない忙しさは、けっこう堪えるのが大変だ。 自分のことが満足にできないと、当たり前のことであるが他人のことまでに手がまわらないのが正直なところ。 ただ、今日の全日本に出場する選手の強化練習会でうちの副理事長の姿をみて考えを一変させた私が今日、あの道場にいた。先生の顔をみて、自分は結局のところ己のことしか考えていなかったなと反省した。 私は法形競技以外に出場する選手を中心に稽古をみた。私の稽古は進まない。三十分、四十分と時間をかけても、できたのは立ち方、正座、顔面カバー程度だった。やはり、といってしまえば差別にもなるが、メンバーはほぼ完璧に顔面カバー(主に旋技の)で急所を守って体を踏み込めていた。 ただ、選りすぐりのメンバーと練習をして私自身、正直いって充実もしたが、ここで忘れてはならないのは、この全日本への切符をつかませてくれたのは先生や、先輩、父兄のかたたちの力があってこそであって、自分の努力もたしかにあったからだが、やはり身近でお世話をくださったかたがいてこそ今の自分がいると思わなければならない。それは指導者にもいえることで、感謝や恩を忘れて肩書きに溺れてしまっては周囲に誰もいなくなってしまう。ただの躰道愛好家で、愛することができるのは創始者がいて、それを伝えている人、支えている人がいるからだ。ただ、ここでも、自分だけが他人よりも支えとして偉大なのだと勘違いをしてはならない。認めるのは周囲の仕事で、認めれられないことにムカつくのは大事なことではない。 ある先生からメールをちょうだいしたが、勝負じゃない。名誉や、肩書きじゃない。大切なのは、と、あらためて思った。 頑張っているのは自分だけじゃない。 否定ばかりした文章なので最後に、そうじゃぁないことを書く。「怨みと恩義は紙一重、これは事件の大きさで足し算引き算のできることではない」怨みよりも感謝が勝れば、その逆も同じ。そんなことを考えてないで恩義だけは全体に対し抱いていこう。だ。 恩を忘れて今ムカついたことを周囲に洩らすのでは、最終的に一人になってしまう。ムカついても恩義を蘇らせれば恩が恨みへひっくり返ることはない。
2005年09月05日
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