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東京の西部に住む人は北へ向かうには上野まで行き、南へ向かうときは東京駅まで出て東北線や東海道線に乗り換えなければならなかった。今は小田原ー宇都宮直通運転の湘南新宿ラインが有って便利にになった。2月も過ぎ去ろうとしており春の気配も感じられる様になったので24日から一泊で春を探しに熱海に出掛けた。池袋から普通快速で乗り換えなしで直接小田原に出て東海道線に乗り継いで熱海へ。宴会旅行が廃れ、寂れていたいた熱海であるが近年街にも改革機運が見え大分盛り返して若い人が多く訪れるようになっている。私達の今回の訪問目的は熱海桜の見物である。駅前からバスで海岸線に出、糸川沿いの桜並木を目指した。バス停前には公園を挟んでマリーナがあり、左を向くとお宮の松などが有る海岸通りには浜と公園の間にレンガの遊歩道が延々と伸びており近年ジャカランタンが植栽され初夏には紫色の花が咲くそうである。右を向いても山に向かって海岸線に遊歩道が繋がっている。バス停前に開花したばかりの桜の木が有った。熱海桜かと思ったが傍らの標識には「大寒桜」とあり、発見された場所から「安行桜」と呼ばれる事もあると言う。私は知らなかったが植え木の街川口市安行で生まれた桜でソメイヨシノより早咲き。見たところ一重でも無く八重でもなく好もしい花形である。機会が有れば見に行きたいものである。この後糸川沿いの熱海桜を楽しんだが川沿いには色々なオブジェが有る。下の歌碑が目に入った、かってこの近くの双柿舎(そうししゃ)に住んでいた坪内逍遥の歌で「ちかき山に ゆきはふ(降)れれと(ど)) 常春日 あたみのさとに ゆけ(湯気)たちわたる」 せうえう。旧仮名遣いで「せうえう」は「しょうよう」と読む、蝶々を「てふてふ」と書いた時代のもので私も小学3年生まではこれで育った。若者にはちと難しいだろう。糸川から駅へ向かう途中に観音堂のような建物が有ったがよく見るとこれは昔からの羊羹屋で道路向かいの店舗には最中の皮の版木が飾られている。
2015.02.27
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今回の旅は高層階のホテルルームから横浜のシ―フロントを眺めるが目的なので11時のチェックアウトまで粘ったが、さりとて我が家までは2時間とかからないので直ぐ帰途に着くには早すぎる、そこで目と鼻の先の桜木町駅から100円バス「赤いくつ号」で港湾地区を巡り時間をつぶした。日本大通りを中心として明治時代のレンガ造りが多く見られる。再開発されたものも多いが歴史価値にちなんでその面影を残しており結構レトロな感じがする。下の建物などその典型で旧建築の前部を再現し後面は新しいビルに建て替えられている。現在第二合同庁舎として使われている旧生糸検査所は中央部のファサード屋上部の塔屋など実に堂々としているがこれはオリジナル建築だろうか。明治の建造物をそのままでICの入り組んだ現代オフィスに作り替えるのも大変なことだろう。横浜開港記念館は威厳のある緑青の塔屋を林立させ横浜地区でも最も威厳に満ちたお城様式建造物である。横浜には度々来ているがまだ大桟橋には足を踏み入れていなかった。バスは主街道から桟橋入口までは入って行ったので下車して探索することにした。クルーズ船は入港していないので待合室や税関などは締まっているがその脇を通ってさらに進むと地上に出る。Google Earthで見ると下の写真で、全体は板敷きとなっておりこんもりした丘の部分は芝生になっている。全体としてクジラの背中をイメージした設計とか。こんもりした丘の下は出入国関係の港湾施設と突端部は大桟橋ホールという催事場である。盛り上がったホールの上は今は枯れ芝生であるがそう言われてみればクジラの頭部に見えなくもない。この日は暖かい日で桟橋の突端でも風はほとんどなく遠足の子供たちが楽しそうのお弁当を広げていた。ここは海中に飛び出しているため港湾地区を俯瞰するにはもってこいの場所で正面には税関の青い塔が見え、そのほかにも合同庁舎や開港記念館の塔屋が一度に目に入る。 倉庫街商業地区もも目前に迫り、愛らしいシーバスが頻繁に往来している。倉庫街の上には前夜泊まったランドマークタワー、そしてみなとみらい地区の右端には船の帆を広げたデザインのインターコンチネンタルホテルが美しい。桜木町駅に戻りふと足元を見るとベイブリッジをあしらったマンホールがあった。横浜市はマンホールのデザインにも凝っているようである。やはりしゃれた街並みである。
2015.02.12
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今回のホテルは横浜のランドマークタワー50-70階に有るロイヤルパークホテル。昨年までは日本一高いビルであった。高さ日本一は昨年大阪のあべのハルカスに譲ったがホテルとしてはやはり日本一の高さと言えるだろう。と言う訳で冥土の土産に宿泊と相成った次第。写真で最上部大きな一つのガラス窓のようなところが20階層に及ぶホテル部分である。四角い構造のビルは4隅に角の様に張り出した部分があり、そこには太い柱が有って丁度相撲の土俵が4本柱で屋根を吊っているような構造になっているのであろう(もっとも現在の大相撲は観客中心で柱を無くしている)。今回はこの角部屋に泊まったため部屋の隅に太い柱が有ったり、鋭角的な三角形のシャワールームが有ったりと面白い経験をした。函館五稜郭や中世ヨーロッパの城のような角を持った建物だけに角部屋は結構ユニークである。その一つがバスタブの上の丸窓、湯船に浸って外を見るには一寸位置はが高いが54階の風呂から見える港の景色は雄大である。ロビーは3階に有って快適であるが、此処の窓際のソファに座って見ると眼下に古びた石の溝が広がっている。外に出てみると階段状の降り口があり、此処は昔の造船所のドックがそのまま保存されているドックヤードガーデンとのことである。なるほどいたるところ石段だらけ石造のプールである。多くのわが国で代表的な船がここから船出した様である。国の重要文化財にも指定されているらしいうがそこは商業施設、ところどころ石壁に穴が開けられドアがある。ドアの向う側はかっての飲み屋街のような店が並んでいる。日本一高い(高さ)ホテルの地下廊下ににビールケースに毛布を巻きつけた待ち椅子が並んだ飲み屋の光景は何だか嬉しくなる。またドックに戻ってみると船首部はドックもその形になっている。この部分は上部がホテルのロビー前池になっていて池の水が船首部分から滝になって流れ落ちている。その上のガラス窓は先ほど腰を下ろしたホテルのロビーとなっている。隣に有るもう一つのドックには今も水が張られて日本丸が係留されている。
2015.02.12
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節分を過ぎ春になったのでいよいよ寒さが厳しくなった。rakuten悪癖の皮肉は別として一番寒い時期である。体も調子が上がらないのでお正月の家族合宿以来余り外出もしておらずブログも書き方を忘れそうである。月も変わったので一泊で横浜に出掛けた。実を言うと我が家から5分の西武線の駅からは西武線・地下鉄副都心線・東横線・横浜地下鉄線をぶっ通しで直通運転されており一時間余りで横浜まで行けるようになっている。恐ろしい時代になったものである。みなとみらい地区には3つの高層ホテルがある。岬の方からインターコンチネンタル、東急、ロイヤルで前二者は泊まったことがあるので今回は一番陸寄りのロイヤルにした。これでみなとみらい地区は卒業とすることにする。このホテルはランドマークタワーの50-70階に有るホテルであるが特別安いプランを見つけての宿泊なので勿論最下層部の52階が吾らの部屋である。残念ながら昼間から雨であったが食後部屋に帰ってみると雨も上がり月とともに夜景が望めるようになっていた。左が時計文字盤の観覧車、中央の暗い部分に突き出たのが大桟橋、手前に糸を引くのが汽車道である。街中では何も行われていないのに横浜球場の照明が煌々と灯っていた。翌日は快晴とまではゆかないまでも54階の部屋からの眺めは特別である。前夜橋桁しか見えなかったベイブリッジもはっきり見え、東京湾を挟んで遠く房総半島の五井地区コンビナートの煙突も望見出来る。山下埠頭にはご存じ、かって日本とアメリカを結ぶ定期船であった氷川丸遠くキリンが群れているところは本牧埠頭であろう。少し手前に目を振ると湾を跨ぐ汽車道と港湾地区の中心、日本大通りがめだつ、そして海沿いが山下公園通り、このあたり毎年横浜女子マラソンで良く目にしたが確か今年からは」無くなったとか残念である。汽車道を延長したところに見えるのはレンガ倉庫、かっての倉庫は今再開発で商業施設となっているところが多い。私が訪れたことがあるのは小樽、函館、などであるがいずれも大変身である。目を直下に向けるとご存じ帆船日本丸が見える、年何度か希望者を募って帆張りを行っているらしい。別の角度では桜木町駅から出てきた黒い点が蟻の行列そっくりに動いてみなとみらい地区へ通じる動く歩道に吸い込まれている。54階から見ると足の動きはほとんど見えずまさしく点であった。
2015.02.12
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