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古河総合公園の花桃はその八割が濃い紅色の「矢口」と言う品種である。花もちがよく、ひな祭りに飾るのはこの種の桃だそうだ。淡いピンク色ーいわゆる桃色ーの花は「寿星桃」え庭木や鉢植えに多用される。純白の花は「寒白」、若葉と共に咲いているのがいい。一本の木に紅白の花が咲くのは「源平」、もちろん源氏の赤旗、平氏の白旗になぞらえての命名。赤ちゃんがぐちゃぐちゃに線を引いた様な木が有り、「ブランコの木」の表示がある。実はエノキやユリノキに太い藤蔓が巻きつき、この公園が開園した昭和50年頃にはすでに垂れ下がった蔓は子供たちがブランコとして使っていたのだそうだ。三月と言うのにこの日は初夏の陽気、池端に寝そべってゆっくり時間を過ごしていると花の枝に透けて見える空が何とも青く美しい。桃の木の横に場違いな辛夷(コブシ)の白い花が咲いている。コブシは普通桜の前ぶれ役であるが多分桃より後から来て先に行ってしまうのだろう。実を収穫する畑の桃にはいろんな種類があることは果物屋の店頭で知っていたが花桃にもいろんな種類があることを知った。花桃にも実はなるが小さくてあまり甘くも無く、食べることは無い。そうなると実を成らせることは火の勢いをそぐことになるので花桃の手入れは無数になった果実を落とすことだそうだ。たまたま同席した地元のおば(あ)さん曰く、「そこは私たちシルバー隊の出番です」
2015.03.30
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は近しい同年の人が急逝し慌ただしい一週間であった、思い起こすと私もあと何回春を迎えることが出来るか疑わしい限りである。そう思ってマンションの下の川沿いの桜並木を見ると2日前に咲き始めたと思っていたらここ2日ばかりの狂ったような陽気で今日はもう満開の様子。そう思うと故人の分も重ねて春を目に留めておきたいと思い、まずは桃の花を見ておこうと利根川を越えて古河の花桃を見入ってきた。古河総合公園は室町時代に古河御所とも呼ばれた古河公方の館跡を公園にしたもので日本一の花桃林を持つ公園と言われている。江戸時代初期の大老で古河藩主・土井利勝が藩内で薪が不足していることを聞き、江戸で桃の種を拾い集めて古河に送り領民の屋敷や藩邸に撒き成長の盛んな桃の枝を薪にしたとの逸話に素ずいて公園に大量の花桃を植えて有名になったものである。桃の花は本来桃畑の花を見るのが主流で、私も一昨年甲州の梅畑を見に行ったことが有るが、実を取るためほとんどの花はむしられてしまうため花量は少ない。古河桃園には5種類の花桃が植栽されているが一番多いのは濃いピンク色の「矢口」と言う品種である。池越しに広場の方を見ると大きな熱気球が上がっている、そう言えば古河のもう一つの呼び物は毎年の様に開かれる熱気球大会である。何年か前東武線で日光へ行った時このあたりを通過する時青空に浮かぶ無数の熱気球を車窓から見てカラフルなデザインとのどかな動きに感動したことを思い出す。
2015.03.30
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昨日は早めの彼岸墓参に行ってきた。ここ2,3日私の胸には重い錘が垂れ下がっている。一つは近しい人の重篤な病状であり、もう一つはあのチュニスの惨事である。前者には奇跡的回復を祈り、後者には心からのお見舞いを捧げたい。2008年に同じ旅行社、同じ船会社を使って同じコースを巡ったことが有る身とて他人事とも思えずますます心痛む出来事である。昔の写真を探し出してチュニスを回想してみよう。チュニジアの首都チュニスは青い海、白壁の街、地中海藍の窓とアフリカの街と言うよりは地中海のコロニアル風の佇まいに満ちた魅力ある街である。その歴史は古く、郊外にはギリシャ・ローマ時代を通じて栄えたフェニキア人の都市国家カルタゴの遺蹟がある。あの象の軍団を率いてローマ征服を試みたハンニバル将軍の国で、ここの遺跡はまさしく悠久のロマンを駆り立ててくれる。そしてこの街の観光スポットとしてどの観光コースでも必ず訪れるのが国立Bardo Museumである。ここは古代・中世のモザイク美術品の蒐集で世界一とも言われている。トルコなどによく見られるタイル画ではなく天然大理石を使った壁面・床面のモザイック画が有名で、イスラム寺院にはない人物画や鳥獣画などが美しい。アラベスク模様の部屋に並べられたローマ時代の大理石像、確かこの広間は2回のテラスから見るように設計されており図形なども遠近法でデザインされているとの解説を聞いた気がする。(間違いでなければ良いが)こんなことを思い出しながらまさしく今回この場所で起きたチュニスの惨事を追悼することにする。(合掌)
2015.03.20
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ここ数日音声認識機能を使って入力を練習している。ブログglobeの入力画面とワードパットを画面を表示し、ブログglobe 画面を見ながらワードパット上で音声入力するとスムースに文章が入力される。そしてワードパッドWord PAT上で作成した文章をブログブロックの入力画面に貼り張り付けて編集をする。今回のブログプロ5文分はそのようにして作成したものである。とんでもない認識語もあるが参考のために記録しておくことにする。 今年も寒い日が続いたがさすがにこの頃は大分暖かくなった。ベランダの植え込みにも多年草や去年の種ためから生えた花々がひっそりと咲いている。小型の黄色水仙はテータテートData帝都で街町の花屋ではチタチタの名で今盛んに売られている。市販のものは温室で栽培したため大柄であるがわが家のは寒さに耐えた球根から出てきたので高さは10cmもない問題かわいい小子花である。なぜか時期外れのマリーゴールドが 1輪だけ花を咲かせている。隅っこに重ねてあった鉢植えにオオイヌノフグリがOEの方位が花を咲かせていた。もう数年間律義に花を咲かせてくれるピンクのオキザリスは大城置き去りするわ秋の花であるがなぜかまだ一株だけ花を咲かせている。もう一つの早春の雑草である姫踊子〆踊り構想もずいぶん大きくなった。冬の花である黄色カタバミ方波見も一鉢だけまだ咲き残って先のこっている。園芸店で買ってきたサクラソウはいま真っ盛りであるがわが家の鉢植えに消え入りそうに咲いているのは去年の種が発芽して出てきた貧相なものである。赤字は音声入力で書いた文であるが「・・・を修正」と言って再入力すると色々候補が示されるのでその「番号」を言ってOKといえば置き換えてくれる。キーボードを全く使わないとすべてのコマンドを音声で言わなければならず、かなり面倒であるが。キーボードを併用すればかなり有力な入力法ではある。いらいらすることも多いのでやっぱりキーボードが便利な気がするが、私のキーボードは今絶不調で2秒でフリーズし、毎回どれかキーを押してから入力しなければならず、そういう意味では暫く使えそうである。「・・・のキーを押す」など言うコマンドもある。
2015.03.11
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話が前後してしまったがホテルを遅くチェックアウトしてローズガーデンに行った。ホテルからは頻繁に近くのローズガーデンまでシャトルバスが出ている。この時期ローズガーデンといっても、もちろんバラは一輪も咲いていない。しかしそこには日本庭園などもあるので覗いてみることにした。最初の写真は枯山水に浮かぶ大きな船上の日本一大きいと言われる盆栽である。 鳳凰の松 龍の形の松 日本庭園の周りは今ちょうど紅梅白梅、熱海桜と遅れて来た菜の花が咲いている。日本庭園の瓦塀越しに見る紅梅白梅も春霞に浮かんで趣を感じる。初夏ともなるとこの辺は一面バラの花で覆われる、とりわけイングリッシュガーデンのバラ達は豪華絢爛であるが今はその面影はない。道路脇のエリカの花は今が満開と言ってもいい。エリカと言う艶やかな名前であるが、じつはヨーロッパの荒れ地に群生するヒース(へザー)とかハイデと呼ばれる雑木である。ブロンテ3姉妹の小説の舞台では全山この低木で覆われている。さらに下の庭園ではこれまた冬枯れに近いハーブ園がある。噴水などもあり本来賑やかなところであるがこの時期のローズガーデンは寂しい。ローズガーデンは辺り一面バラの花で埋まるだけあって1本1本のバラの木は大木である、子供の頭ほどもある株は根元から剪定されている。そこからは春になると花をつける枝が何本も伸びている。大きな花を咲かせるためにはこのような根本的ケアが必要なのであろう。
2015.03.06
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春を探して湯河原の幕山公園にやってきた。ここは梅畑ではなく見物用の梅林なので木の種類も多く花の色も変化に富んでいる。また火山噴火の際飛んできたと思われる溶岩もところどころ横たわっており、多様な景色を演出している。梅林では所々にメジロが花をついばんでおり春の気配を演出しているが、彼らの動きはすばやくとてもカメラでは捕らえられない。数えきれなくシャッターを切ったが下のものは偶然視野に入った孝行者である。梅の木はその目的によって剪定の方法が違い、花見用の梅は枝を真っすぐ伸ばし開花した花が重ならないようにデザインされている。そこが梅畑の梅の木とは異なっている。また公園となると花の色の配置にも気配りをしているみたいである。下に紅・桃色2色の花びらを示すが実を取る梅の花は雄蕊の数がやたら多く花びらが霞んで見えるが観賞用では蕊は極めて控えめの数で花びらが美しい。また花の裏側も表にに劣らない、むしろ美しい5弁のガクがアクセントを添えている。いずれにしてもうららかな春の日差しを受けて心和らぐ春の一日であった。
2015.03.05
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熱海でローズガーデンを訪れた後まだお昼前と言うことで帰京するにはまだ早すぎた。そこで熱海から1駅の湯河原に異動した。駅前でポスターを見ると下のような湯河原梅林のポスターがあった。梅祭中はの臨時シャトルバスで公園に着くとポスーのような満開とはいかないがなかなか見事な梅林が幕山の南斜面に広がっている。山腹には大きな岩が切り立っている。なんでもこの平面的な岩が芝居舞台の幕のように見えるところから「幕山の名がついたらしい。これは溶岩が冷える時間にゆっくり固まってできる柱状節理の1種だそうである。普通柱状節理という言うと六角形の玄武岩の柱が重なりあって出来るのが有名である。アイルランドのコーズウエイや日本の東尋坊のあれである。ところがここ幕山公園の柱状節理は六角形ではなく四角形で珍しい存在である。四角形と言うだけでなくその規模が大きいのでなかなか横から見てもそれが四角の柱の集まりだと認識できない。ただ4角柱ということで平らな表面が広く露出しており、ロッククライミングの練習場としてマニアには有名なところだそうだ。この時期梅祭りの期間はロッククライミングは禁止されているのであろう、1人も登っているところを見かけなかった。さてその岩の周りは梅林公園となっていって、多くの梅が咲いていた。残念ながらまだ5分咲きということでポスターのような華やかさはなかったけれど紅梅白梅なかなか見事な春景色であった。何度か東京青梅の梅林に行ったことがあるが近年梅特有のウイルスで全滅してしまった。桜と違うところは紅・白・桜色と変化に富む色調の花を同時に鑑賞できることである。多くの屋台が出て結構多く大きな人出であったがやはり桜の花所とは一寸違って人口密度も適当で心地良い込み具合である。岩の近くに「猪に注意」と言う注意書きの看板が立っている。この見物人の絶えないころにも猪は出るのだろうかと疑っているとその看板のすぐ近くに猪が堀った大きな穴があり、通りかかった人は皆一応に驚いていた。いずれにしてもこの湯河原幕山公園の梅の花はすがすがしい時間をくれた。
2015.03.04
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熱海市街から伊東方向を見ると尾根がせり出した岬が有りその上に熱海城が見える。城と言ってもこれは戦後出来た観光施設である、その下の渚近くには2つの大きなホテルが見える。その一つは熱海港からアップローチするホテル、もう一つは山筋からプローチして17階の最上階がエントランスと言う、近くて遠い関係である。今回はさらに岬の向こう側に有るアカオロイヤルウイングに泊まった。晴れていれば絶景の高台から望む相模湾や伊豆諸島が眺められるはずだが残念ながらこの日は「利休鼠」のどん曇りで目前の初島も霞む天候。ふてくされて昼寝をしていたが夕刻になって靄が取れたのでホテル前の遊歩道を歩いてみた。遊歩道と言っても錦ヶ浦の断崖を歩くレンガ敷きの階段の道である。行ったことはないのにテレビでよく見るイタリアのアマルフィみたいだなどと思いながら歩を進めた。途中何本かの熱海桜が満開であった。さらに小さな岬の突端にはコリント様式彫刻を施したギリシャ神殿のような展望台がある。さらにドーム屋根の下に立派な青石のピクニックTableを設定した東屋は文字通り青石青松で映画のスクリーン風景みたいだ。さらに歩をを進めると怒涛渦巻く磯を眼下にするテラスに出る。考えてみるとここはかって新婚旅行のメッカであり、同時に飛び込み自殺の名所でもあった。新婚旅行の地を終焉の地に選んだ夫婦もいたことだろう。そんな訳で今ここは『心霊スポット』と言うことになっているらしい。遊歩道からバス道路に上り上を見上げると熱海城が見えた。格好だけ見ると立派なお城に見えてくる。
2015.03.03
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今回の熱海旅行は真冬に咲く寒桜を除いて日本で一番早く咲くと言われる熱海桜を 観るためである。 市のホームページによると; 「あたみ桜」は毎年1月上旬~2月に咲くインド原産の寒桜の一種で、 明治4年頃 イタリア人によってレモン・ナツメヤシとともに熱海にもたらされ、 その後先人たちの 努力により増殖が行われました。 市内の多くの場所に植栽され、下田の御用邸(昭和47年)や伊勢神宮(昭和48年)、 東宮御所(昭和51年)に献上されたことにより、広く知られるところとなりました。 新聞によると今日あたり河津桜が満開のようであるが、観光案内所に寄ると熱海桜はそろそろ終焉に近いと告げられた。糸川沿いに来てみると確かにもう殆ど葉っぱに覆われた木もあるが多くはまだ満開に近いものや花とガクが半々、あるいは花とガク、新葉が共存するものなどいろいろあって十分楽しめた。 ソメイヨシノと違ってガクや葉が花のように美しい。メジロも楽しんでいるがかの鳥はどうしてこうも落ち着きが無いのだろうか、どうしてもズームカメラでは捉えられない。枝ばかりでなく幹からの葉や歩道を埋め尽くす花びらなども結構楽しい逍遥の時間をもたらしてくれる。負け惜しみに聞こえるかもしれないけれど下の写真のように花びらと柄・葉を同時に観賞出来たのは幸いであった。桜と言えば日本の固有種と思っている人も多いと思うが朝鮮や中国でも盛んなことを知って意外に思っていたが、今回の熱海桜はインドからイタリア人によって日本に持ち込まれたことを知ってまたまた大きな驚きであった。それも日本が開港して間もない時期にイタリア人が持ち込んだとは驚きである。さらに原産地がインドとはさらに大きな驚きである。
2015.03.01
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