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ジャポニウム 今日もまた気になる言葉についでである。つ今年は日本人ノーベル賞受賞者(Nobel Laureate)が二人も輩出して喜ばしい限りであったが、 今日のWeb Newsでは理研で発見された原子番号113の新元素が認められ、理研に命名権が与えられると報じている。そしてその名前がジャポニウム(Japonium, 元素記号 Jp)となる可能性が高いと報じている。嬉しい話である。亜鉛(Zn、原子番号30)とビスマスBi,83)を合体させてジャポニウム(Jp, 原子番号113)が生じ(30+83=113)、その寿命は0.34ミリ秒だそうだ。国・地域の名前がつく元素としてはゲルマニウム(Ge), ユーロピウム(Eu)、フランシウム(Fr)、 アメリシウム(Am)、バークリウム(Bk)、カルフォリウム(Cf)、スカンジウム(Sc)、ガリウム(Ga)、ホルミウム(Ho)などがあり、それぞれドイツ(German), ヨーロッパ(Europe)、フランス(France)、アメリカ(Amrica)、バークレー(Berkeley)、カルフォルニア(Calfornia)、スカンジナビア(Scandinavia), ガリヤ(Gallia フランスのラテン名)、ホルミア(Holmia、 ストックホルムのラテン名)に由来する。 日本に関連する起源の元素名は明治以降日本人科学者の願望であったがやっと実現しそうである。実は明治40年(1908)小川正孝は新しい元素を発見したとしてニッポニウムと命名したがこれには不純物が混じっており間違いだったことが分った。その時提唱された元素記号Npは現在ネプツニウムの記号となっている。小川が発見したとされた物質は不純物を含むレニウム(Re)だったとされている。レニウムは明治40年にはまだ発見ていなかったので当時欧州並みの分析装置があれば小川の発見は新元素の発見と分かり、その時点で今のレニウムがニッポニウムとなっていたことも考えられるが、今回100年以上の年月を経て日本由来の元素が生まれることになる。 そのレニウム(Rhenium)はライン川(ラテン名 Rhenus)に由来する命名である。川の名前といえば今のアルゼンチンは最初スペイン語で「銀の川」を意味するリオ・デ・ラプラタであったが、昔の宗主国のスペイン語を嫌ってラテン語で銀を意味する語に接尾語をつけてArgentinaとなった。昔の探検家が銀の装飾品を身につけた原住民が多かったことから上流に銀があると思い、この川を「銀の川」と呼んだのが起こりだそうだ。さしずめアルゼンチンは《銀河国》ということになる。したがってこの国名は元素名が国の名前になった唯一の例であろう。 多分明日の新聞でも大きく報道されることはないと思われるがこれは大きなそして喜ばしい快挙である。(12月26日記) 27日の朝日新聞朝刊ではさすがに2面の1/5位を割いて控えめな記事と化学の周期律表が掲載されている。(12月27日記) Web Newsの報道は正確には国際純正応用化学連合と国際物理学連合が認証して正式になるが前者が承認したという記事で、その場合後者が否決するということはまずないというものである。まずぬか喜びになることはないと信じられる。
2015.12.28
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COP21について2回にわたり記してきたがその中で昨日今日と気になる言葉があった。再生エネルギー新聞紙上では「再生エネルギー」の見出しが躍動する日が多い。素直に英訳するとRegenerated energyだろうか、???である。太陽光、水力、風力、波力、地熱、バイオマスから電力を作ることは自然が提供するエネルギーの形態を電気エネルギーに変換することである。したがって自然エネルギーと言ったほうが適切である。Webで調べてみるとやはり英文ではNatural EnergyとかRenewable Energyとなっている。そして日本語では再生可能エネルギーが正しい用語であることを知ったがこれもおかしな言葉である。再生産可能エネルギー、せめて再生産エネルギーとすべきである。エネルギーは上に記したようにその形態は変えられるがその都度一部のロスを伴い決して元には戻らない。「再生」 = 「再生産」ではない。COP一般に日本人は4文字単語が好きで何でも4文字にしてしまう。かって「アメリカがアフガンを攻撃した」などと報じた、しかしアフガン(Afghan)はアフガニスタン人であってアフガニスタン(Afghanistan)ではない。アメリカはアフガニスタン人全体を敵視して攻撃したのではなく、アフガニスタンにいるゲリラを攻撃したのである。とにかく機械的に最初の4文字に略するのは変である。だいたい略語はそうすることによって人に快感をもたらすものでなければならない。マタハラは最悪である、どうして妊婦差別でいけないのだろうか。 英語の略字は一連の単語の頭のアルファベットを並べるので比較的理解しやすい。例えばUNESCOはUnited Nations Educational, Science and Cultural Organizationなので直裁的である。しかしCOPは気候変動とどう関係するのか、これはConference ofPartiesの頭文字らしいが、何のことやら不可解である。これは「気候変動に関する国際連合枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change, ーUNFCCC) を支持する国・地域(Part)の会議(COP)ということらしい。
2015.12.27
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今月12日まで開かれていたCOP21の初頭には180余りの国地域の首脳が集まった。21回目を数えるCOPの歴史を振り返って見ても最大の盛り上がり方である。気候は世界中の大問題であり、水位上昇で消失する国が出るとなればそれは小松左京の「日本沈没」を思わせる大問題である。近年の気候の激変は深刻な被害を引き起こしているが、それが100%温暖化ガスの成せる技かどうかは少々疑問符が付く。46億年の地球の歴史を考えると100年は余りにも短い時間である。もっと短い10年単位の気候変化から地球の未来を論じて良いものだろうか。多くの変化の傾向はグラフで表すと直線的に変化するのではなく、その直線上を波打ちながら変化し、長いスパンで見ると平均化されて直線的になる。上で述べたのは一般論であるが、人間が自然のバランスを崩し始めたのはそんなに古い話ではない。従って産業革命以後の短い期間の気候変化をそれ以前の地球の気候履歴と比較するのは必ずしも正しくないであろう。 さりとて人間の消費するエネルギー量は爆発的に増大している。化石燃料の量には限りがある、従ってこのままではいずれ人類は滅びる。いや、人類とて生物の一種である限り成長期、最盛期、衰退期がある。そんなことは自明のことでマンモスが現代の地球環境に耐えないであろうことは皆承知している。将来の地球環境が人類に相応しくなるなることも明らかである。考えるに人間は文明を発展させそれを推進力にして繁栄してきたが、エネルギー大量消費の方法開発であり、それは取りも直さず人類の世紀を短縮する努力でもあった。文明は個人の寿命は長引かせたが人類の世紀を確実に短めたと言える。明らかに人類という生物の繁栄期は峠を越したと言えるだろう。そこで我々に課せられた義務はその人類の世紀を一刻でも長らえさせる努力をすること以外にはない。悲観的に過ぎる議論かも知れないがそれは十分にやり甲斐のある仕事であり、生きてゆく目的には十分である。 COPは毎年開かれ今年で21回目を迎えたが遅々たる歩みを続けて1996年のCOP3での「京都議定書」を前進させて、今回のCOP21で「パリ協定」に漕ぎつけた。「京都議定書」では主として先進国だけがCO2削減の努力の努力義務を担っていたが、「パリ協定」では途上国を含む全ての国をこの枠組みに取り入れたことの意義は大きい。前者では先進国に属し当時最大放出国のアメリカが脱離してしまったし、中国、インドといった途上国(?)側も反発していた。今回のCOP21では全ての国が同意したのであるから国際規模の同意案件としては前例を見ないものであろう。もちろん「健康増進」「人権拡大」と言いたような事項なら全世界一致の決議も可能だろうが今回は複雑な条件下での決議である。 最近の統計を見てみよう。 国別CO2産出量: 1位中国(27.8%)、2位アメリカ(15.6%)、3位インド(6.0%)、4位ロシヤ(5.4%)、5位日本(3.7%)。 一人当りのCO2産出量(トン/人)1ー10位(中東諸国)、11位アメリカ(16.2)、21位日本(9.7)、41位中国(6.6)、100位インド(1.5)。グローバル議論、国別議論、人別議論のどの立場を重視するかによって、アメリカ、中国、インドの立場は全く乖離してしまう。 因みに「議定書」とは外交交渉や国際会議の公式報告書で代表が署名する。「協定」とは文書による国際間の合意文書に署名したもの。もう一つ上の「条約」は国家及び国際機構を拘束する国際的文書で国の議決機関の批准を経て成立し、多分違反した場合は制裁を受ける事になるのであろう。 はっきり言って実現不可能なことが約束されているところから見てもCOP21の「パリ協定」は違反した場合でも制裁はないだろう。それでも上に論じた事情を考えると大変な難産ではあったがよくまとまったものだと感心する。単語がshallかshouldで世界の頭脳が長時間もめたそうである。その違いが実感として感じられない愚才の身にすれば会議とは多大なエネルギーを浪費して僅かな成果を生む仕掛けに思えてならない。そのエネルギーは何に変わったのであろうか、難しい言葉で言えばエントロピーロスと言うことかも知れない。 邪(長)論が過ぎたようである。まだ書き尽くさないが今日はこの辺にしておこう。
2015.12.26
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6CO2 + 6H2O → C6H12O6 + 6O2 (1) C6H12O6 + 6O2 → 6CO2 + 6H2O (2) エネルギーは物質界の通貨なので化学変化が起こるとそれには必ずエネルギーの収支が伴う。ここでは分子はそれぞれ容量の決まったエネルギー(水)の入れ物(バケツ)と考えてもよい。矢印の左側のバケツの容量と右側のバケツの容量が違うと化学変化の結果エネルギー(水)が分子(バケツ)から溢れたり空きができたりする。上の化学式(1)は植物による光合成の反応式で、 矢印の上にはhν すなわち太陽光のエネルギーを加えなければならない。 つまりこの反応は吸熱(エネルギー)反応で、物質が姿を変えることによって太陽エネルギーを取り込んだことになる。一方式(2)は発熱反応であり、(1)式で太陽からもらったエネルギーを熱として吐き出す。したがって人間が山や野の植物だけを燃料として生きてゆけば地球上で二酸化炭素(CO2)の量は増えない。ところが化石燃料を使うと事情が違ってくる。石炭や石油と言った化石燃料も元をただせば太陽エネルギーを吸収して出来た植物やそれを食した動物の残骸なのだ。それは何十億年もかけて地球が蓄えてきたものであり、現在進行形では無い。そして現在は化石燃料を燃やすだけなので二酸化炭素を出しつずける結果となる。先ごろ話題のCOPでは温暖化ガスの排出量削減が討議されるが、これはひとえに化石燃料を他の何に代替するかの議論に尽きる。この際代替えエネルギーは今現在地球に降り注いでいる太陽エネルギーをおいて他には無い。(1) 太陽光発電で直接取り入れる (2) 太陽熱で出来た雲から雨を降らせてもらって水力発電する(3) 太陽熱で出来る気圧変化を利用して風力発電する(4) 回りくどいが太陽光発電で出来た電力で水を電気分解して水素を製造する等が考えられる。 (1)~(4)は全てお天道様に頼り切った話でご機嫌を損ねると人類はたちまち窮地に陥る。火力発電からの電力で水素など作ろうものならそれは二酸化炭素の増産そのものである。マスコミは電気自動車や水素自動車を救世主のように報じるが、それは的外れで火力発電で作る電気や水素は確実に直接化石燃料を燃やすより多くのCO2を放出することになる。一歩下がって天然ガス中の水素を取り出して車を走らせるとしよう、確かに都市部のCO2は減るであろう、しかしその分電力や水素の生産地点ではCO2は増加する。天然ガスから水素を分離したメタンを捨てると仮定しよう、メタンはCO2とともに温暖化ガスの一方の主役である。 先人たちが永久機関を得ようと長くて無為な努力を重ねた結果、永久機関は作れないという熱力学の法則を確立した。つまりエネルギーはその形態を変えるたびに損失を伴うのである。従って人間がエネルギーの形をこね回している間、にエネルギーをロスしていることになる。そこで期待されるのが太陽エネルギーをより直接取り入れる(1)ー(4)の方法である。これとてその設備を建築するのにどれほどのCO2を出すことだろう。太陽光パネルを製造するため珪石を溶かし、さらにケイ素を純化するために放出したCO2や水素を製造するために放出したCO2を取り返すためには電気自動車は何キロ走ればいいのか、その根拠を示さずに電気自動車や水素燃料車はCO2を全く出さないと宣伝される。都市部で放出しなくともも工業地帯でより多く排出すれば地球規模ではなんの救いにもならない。 最後にメタンガスについて言及しよう。先に述べたようにメタンは温暖化ガスの主犯格の一つである。メタンガスは天然ガスの主成分でありその発生源として油井から放出されるもの、沼地や水田に生育するメタン菌が生産するもの、反芻動物の消化器から出されるものなどその源は多岐にわたる。酸素が無い2千メートルの深海でも古細菌と呼ばれる特殊な菌がメタンを作っている。牛や羊の胃袋はいくつものパーツに分かれており、最後の方の胃袋は酸欠状態でメタン菌が生育している。おびただしい数の反芻動物のゲップやオナラの成分はそのメタンガスである。 1950年代に「青エンピツ」と言う題の面白い随筆が出版されたが、その中に「おならは燃えるか」と言う項があり、その著者はお風呂でガスを集め炎を近づけたが燃えなかったという記載があった。人の大腸微生物には個人差があり、時として燃える地球温暖化効果ガスを放出する御仁もいるようである。 1992年にリオデジャジャネイロで開催されたCOPの前身の会議で家畜からのメタンを温室効果ガスに算入せよとの議論が行われたという新聞記事の記憶がある。俗に二酸化炭素排出量と言われているが実際にはすべての温室効果ガスを二酸化炭素の効果に換算して議論しているらしい。政治的にはそのほうがインパクトが強いのだろうがなんとなくすっきりしない気がする。それにしても牛のゲップ・オナラと地球温暖化の相関は笑えない話である。
2015.12.22
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今回はここのところ感じている突飛なことをなんの確証もなく綴ってみる。勝手な夢想譚であることは承知しているが失礼を顧みず記すことにする。先週はNobel Weekで物理学賞にカミオカンデの梶田さん、医学生理学賞に北里大学の大村さんの二人が脚光を浴びた日々であった。TV画面や新聞紙上の姿はお二人共謙虚で飾り気がなく素晴らしいの一言に尽きた。特に農家の長男に生まれ定時制高校の理科の教師をしていたという大村さんはノーベル賞受賞者には極めて珍しい経歴の持ち主である。ところがWebで検索してもほとんどの画像は柔和で笑顔の大村さんである。苦労をしたということを微塵にも感じさせない明るい表情をしている。実を言うと私は大村さんとは何度かお会いしたことがあるが、笑顔以外の表情は見たことがない。私は以前早稲田大学所蔵の石川大浪が描いた杉田玄白の肖像画を見たことがある。数少ない笑顔以外の大村さんの写真を見てすぐに杉田玄白さんに似ているなと感じた。 もう一つこれも早稲田大学の所蔵品に杉田玄白のおどけた仕草の自画像がある。自からを《九幸老人》と号して《かりのよにかりの契としりながら ほんじゃと言うにだまされた ここは狐の宿かひな コンコン 文化八のとし 此の今様をうたひ躍りたりとゆめみし姿のうつし絵 明年八十翁 九幸老人》と言う自賛文を添えている。《手舞い 足踏む》は昔大発見などした時の大きな喜びの表現である。軸の中の玄白は正しくこのポーズを取っている。それにしても玄白はあの時代に84才まで生きたこの長命がなければ《蘭学事始》も無かったわけで誠にラッキーだったと言える。珍しくトックリ襟のシャツにブレザー姿の大村さんも何か《手舞足踏》の雰囲気である。 さらのもう一つの挿絵は《蘭学事始》の中表紙に刻まれた玄白像でこれも石川大浪の落款がある。石川大浪は徳川幕府の旗本であり画家でもあった人物。大村さんの写真は10月11日受賞発表翌日のもので、転んで傷ついたと言う顎にバンドエイドが見える。玄白の右頬は擦りむいたのではなく、80年以上も生きた証の歳の皺であろう。 玄白の肖像画はここで紹介した3葉が全てでこれらは昔から繰り返しあらゆる機会に引用されている。最初の2葉は2013年に開かれた早稲田大学図書館の肖像画展《れきしをたずねて》 のパンフレットからの引用である。杉田玄白は小浜藩の藩医であった、その縁で福井県小浜市には《杉田玄白記念公立小浜病院》がある。下の銅像はその病院前に立つ杉田玄白像である。大村さんもまだ銅像はないと思うが特許料で北本市に病院を作り北里メディカルセンターとして北里大学に寄贈している。今も(名誉?)理事長をしていると思われるが、趣味である美術蒐集品の中の多くの絵画が病院を飾っていると聞いている。また併設の大村記念館は美術館としての公開展示をしているようである。大村さんは美術品蒐集家としてだけではなく女子美術大学理事長も努め、さらに韮崎市には大村美術館を寄付し、館長も勤めている。いつも写真を持ち歩く亡き夫人への念にも通じるのだろうか美術館にも女性作家の作品が多いという。下の芸術雑誌の表紙の大村さんは学者というよりはすっかり芸術愛好家の姿をしている。美術誌の表紙を飾るノーベル賞受賞者も例がないと思われるが「50人が語る大村智」とあるのでこの世界での貢献も大きのであろう。 美術館にはカフェや温泉も併設されているそうである。大村さんのこれらの姿勢は 子供の頃に祖母から諭された「人の為になることをしなさい」との言葉を肝に銘じて のことだそうだ。
2015.12.15
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12月5日(土)午後の光が丘公園、多くの樹がほとんその葉を落として広い公園通路には人影が絶えないものの華やいだ雰囲気はなく周りに施設が目に付く。巨大なSLのようなものが目に入った近づいてみるとそれは区立図書館である。その近くに巨大な三角屋根の玄関を持つ建物が目についたので近づいてみるとこれは体育館である。二つの建物の間に彫像らしきものが見えるので近づくと《平和への祈り》と銘された平和記念碑である。練馬区は昭和58年に《非核都市練馬区宣言》を採択し、「世界の恒久平和は人類共通の願い」と「核兵器の廃絶と軍縮」を訴えている。それを形にしたのがこの記念碑である。今は公園となっているこの地は1943年本土決戦に備えて「帝都防衛のため」成増陸軍飛行場が建設さてた。農地は強制収用され農民は作業に動員された。さらに戦後はアメリカ軍属の住宅地Grant Heightsとなり、その跡地が練馬区光が丘として再開発されて出来たものである。そんなことが記されている。この地は日本人立ち入り禁止地区で広大なことからほとんどの人がGrand Heightsと言っていた。正しくはあの南北戦争の南軍グラント将軍に由来する名である。もうひとつのアメリカ軍キャンプ地が今代々木体育館やNHKがる代々木公園一体にあったWashington Heightsである。こちらの名の由来は当然北軍の将軍ワシントン将軍(初代大統領)由来するのであろう。1964年の東京オリンピックまでは山手線が原宿あたりを通過するとき金網に囲まれたアメリカが見え、広い通りと白い家が印象的であった。また私は練馬の地に移ったのは40年近く前であるが、当時まだグラントハイツは返還されていたものの白いペンキのアメリカ住宅が残り、子供たちは(大人も)金網に穴を開けて自由に出入りし、・・・Avenue とか ・・・Streetなどと記された廃墟の町並みを探検したものである。今ここにそんな横文字の印象は全く感じられなくなっている。この広い公園は災害時の避難場所に指定されており、いざという時は広場にテント村が出現することになっている。一角に小さなマンホールが整然と並んでいるので近づいてみると非常用トイレの設置場所であった。ここには排水口が設置されているのだろう。ふと気が付いてみるとピクニックテーブルは板を外すとみな竈になるように作られている。災害時には私もこの場所が避難所として指示されている。
2015.12.10
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光が丘団地の居住区を過ぎると商業区域になり、この辺りになると銀杏もほとんど落葉している。そして公園区域に入ると銀杏葉はすっかり真冬と同じ格好であったが、それでもまだ所々で紅葉が鑑賞できる。最初に現れるのがバードサンクチュアリーを囲む池、いつもはここに多くの鴨がいて水面を乱し紅葉は綺麗に映らないがこの日は何処かへ遊びに出かけていて比較的綺麗に写っていた。また野鳥観察園の向こう側は芝生広場になっていて、それを囲むように樹林帯が広がっている。週末になるとこの疎林の下でやっと音が出始めた素人トランペッターがプープーやっているがこの日は無人であった。このような広い公園だと落ち葉くらいはそのままにしておけばいいと思うがかき集められた落ち葉の量も半端ではない。 落葉樹林帯も芝生広場の周りは良いが遠くなるに従い暗い位で下には落ち葉が敷き詰められて気持ちのいい森歩きが楽しめる。そして種が飛んできて成長したのであろうか真っ赤に色づいたもみじの木がまじり気分を和ませてくれる。芝生広場の中に所々大きなケヤキの木があるがそれらはもうほとんど冬姿であった。そういえばテレビで《二十四節季の大雪》と告げていたのはつい2日前のことである。
2015.12.10
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今年の晩秋は暖かい日が続いたせいで紅葉はいまいち、近郊の紅葉は期待すべくもない。それでも我が家からバスで数分、徒歩でも20分の光が丘団地・公園のイチョウはどうだろうと昨日期待しないで出かけてみた。例年なら11月末に行っているのでもう遅いとは思ったが昼食に季節の牡蠣が食べられるの言うのでお供をした次第。光が丘団地の「夏の雲公園」から都営地下鉄光が丘駅や商業施設を貫通して光が丘公園に至る約一キロの広い直線遊歩道に沿ってイチョウの大木が並んでいる。光が丘は街そのものは新しく1970年代の開発である。私が学生時代馴染んだ風景の有楽町にあった旧東京都庁舎は、「都木」である銀杏に囲まれていた。今そこは東京フォーラムとなりその地下は東京駅京葉線のホームとなっている。それらの再開発に伴い銀杏の木光が丘に移植されたものである。肝心の紅葉は完全に終わったものあり、息絶え絶えのものありで見物にはもう最終段階である。入口に近いところは両側に高層ビルがあるため日照時間が少なくまだ結構見られるものが多かったが、棟と棟の間の木は日当たりが良いため、もうすっかり落葉したものもあった。団地内の並木が終わる辺りはタイルの広場で、太陽系の惑星軌道が描かれその上に惑星の相対的大きさや特徴が付記されている。太陽に近い水星や金星は地球に比べて随分小さい。3番目の円上の地球は青い美しい色で描かれている。ちょうどこの日はあの[あかつき]が5年前の打ち上げ直後の金星軌道投入に失敗して5年の道草を食った後再投入に成功して金星の軌道に入ったと発表された。午後2時19分最初の映像が届き今日の新聞に掲載されているが正しくこの時間に宇宙空間に影を映して太陽系を撮影しているのがく私である。この宇宙旅行にはもうひとり相棒がいるらしくその影がちゃんと写っている。残念ながらこの写真には下方の説明版しか写っていないが火星の軌道が色タイルで幅広いことの意味はわからない、今度行った時に確認することにする。まさか[あかつき]が向かう小惑星帯ではあるまい。これらの惑星に比べて写真左上の隅に写った木星は巨大で色も美しく、あのゼウスの愛妾達の名をつけた衛星群を持つことで有名である。土星以遠の惑星は軌道が広場に収まらず随分手前の歩道上に石ころのように配されていた。第一の並木を抜けて商業地区をよぎると廃棄物処理場の白い煙突が美しいこの煙突からの排熱は地域暖房や温水プールに利用されている。高層建物地区を過ぎると木々はほとんど落葉して地面を黄色く染め上げている。残念ながら歩道はスリップ事故を防いだり、匂いを気にする人のため毎日かき集められているようである。イタリア庭園を思わせる水路からは公園地区となる。このあたりには建物が無く日照が良いためだろう銀杏並木は完全に落葉している。銀杏に代わってまだ頑張ってくれているのが芝生広場の周りのもみじの紅葉である。
2015.12.10
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