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川端通 七条京阪にて京阪本線の地下化と琵琶湖疎水の暗渠化によって生じた土地を利用してできたのが川端通です。北は白河通と合流し、南は塩小路通から先、師団街道へとつながっています。京阪本線 七条駅 入口京阪の七条駅は、川端通と七条通の交差点の真下にあり、交差点の四隅に入口の階段があります。七条大橋鴨川
2014年04月29日
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良い天気だったので、枚方市にある「渚 水みらいセンター」に行ってきました。4年ほど前に行って、ここのブログでも紹介したことがあります。詳細はこちらです。 → <ここをクリック>パンジーフジフジの花はいつ見てもきれいですね。清楚な藤色が好きです。サツキの花も咲いていましたが、まだこれからといったところでした。前回は6月初めでショウブの花がきれいだったのですが、まだこの時期では早いようです。渚 水みらいセンター枚方市渚内野4丁目京阪本線・牧野駅から南西へ徒歩11分
2014年04月27日
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京阪・旧3000系今年3 月12日(水)にグランドオープンしたくずはモールの南館「ヒカリノモール」1階に「SANZEN-HIROBA」が誕生しました。ここには旧3000系のテレビカー(3505号車)が据え置かれています。懐かしの「テレビカー」の文字ジオラマ運転シミュレータ、ジオラマ、写真やポスター展示もあり、軽く鉄分補給するにはちょうどよいところです。シミュレータとジオラマ内の車両運転は有料でした。近くには「ポポンデッタ」という名の鉄道模型店があり、模型やグッズのほか、店内にはジオラマがあって持ち込み車両を動かすこともできるようです(有料)。
2014年04月19日
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智積院(ちしゃくいん)京都市東山区東大路通七条下る京阪本線七条駅より東へ徒歩10分智積院は真言宗智山派の総本山です。訪れたのは2月末で、広々とした境内には、梅の花が咲いていました(季節外れですみません)。金堂明治15年(1882年)に金堂は焼失しました。現在の金堂は、弘法大師空海の生誕1200年を記念して昭和50年(1975年)に建立されたものです。正式名称を五百佛山(いおぶさん)根来寺(ねごろじ)智積院というそうです。根来寺も五百佛山も、和歌山に由来する名前で、もともと智積院は根来寺の塔頭の一つだったそうです。歴史を紐解くと、、、、室町時代末期、和歌山の根来は真言宗の宗教都市で、寺領72万石、根来衆とよばれる僧兵1万人を超える軍事力を持っていました。しかし豊臣秀吉と対立し、天正13年(1585年)には秀吉の軍勢によって、根来山内の堂や塔頭の多くが焼失してしまったそうです(秀吉の「根来攻め」)。智積院の開基 玄宥僧正その時、根来寺・智積院の住職であった玄宥(げんゆう)僧正は、京都に逃れます。慶長6年(1601年)には、徳川家康によって東山の豊国神社境内の建物と土地が与えられ、智積院の再興が成ります。元和元年(1615年)に豊臣氏が滅ぶと、秀吉の子・鶴松(数え3歳で夭折)の菩提を弔うために建立された祥雲寺(しょううんじ)を拝領し、さらに境内が大きくなりました。一方、和歌山の一乗山・根来寺は、その後、江戸時代に紀州徳川家の手によって一部が再興されました。新義真言宗総本山として、現在に至っています。
2014年04月12日
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3月のとある肌寒い日に、淡路島まで行ってきました。とはいっても、神戸淡路鳴門自動車道を通って、明石海峡大橋を渡って、淡路サービスエリアで少し時間を過ごしただけなんですけどね。明石海峡大橋(パールブリッジ)手前の港は岩屋港です。かつては明石との間を行来するフェリーが出入りしていました。現在も「淡路ジェノバライン」が乗客と自転車を運んでいます。観覧車(下り線側)この淡路サービスエリアは、上下線にそれぞれサービスエリアがあり、さらに上り線サービスエリアに隣接して「淡路ハイウエイオアシス」という施設もあります。車で上り側と下り側を行来できます。この日は、明石海峡大橋を眺め、海を見ながらコーヒーを飲み、観覧車で景色をめでて、お土産を買ってそのままUターンで帰路に着きました。ちなみに、淡路島のお土産だけでなく、上り線側のサービスエリアでは四国のお土産が、下り線側では大阪や神戸のお土産が揃えられています。我が家のお気に入りは、淡路島特産の玉ねぎのスープです。お湯を入れて美味しくいただきました。
2014年04月06日
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