全5件 (5件中 1-5件目)
1

豊国神社京都市東山区大和大路正面茶屋町京阪・七条駅より北東へ徒歩8分豊国神社(とよくにじんじゃ)は、「豊国大明神」つまり豊臣秀吉を祀っています。大阪城、滋賀県長浜など、豊臣秀吉に縁のある土地にも豊国神社があります。豊臣秀吉が死んで、翌年の慶長4年(1599年)に阿弥陀ヶ峰山頂に埋葬され、その麓に廟所が建てられました。⇒廟所はこちら元和元年(1615年)、大阪夏の陣で豊臣秀頼が自害し豊臣宗家は滅亡します。その後、徳川家康の意向で後水尾天皇の勅許により「豊国大明神」の神号は剥奪、神社は廃絶されます。時は過ぎ、慶応4年(1868年)になると、明治天皇によって豊国神社の再興が布告されます。天下を統一しながらも幕府を開かなかったことを「尊皇の功臣である」と評価し、豊臣秀吉の名誉回復を図るわけですね。これはもう、「アンチ徳川」の論理なわけです。明治13年(1880年)、現在の地に社殿が建てられました。この神社の絵馬は秀吉の馬印、「千成瓢箪」にちなんで瓢箪形をしています。馬の絵はありませんが、馬印なので絵馬。納得です。
2014年12月15日
コメント(0)

「電気鉄道事業発祥地」の碑京都市下京区塩小路通東洞院南西角JR京都駅中央口より東へ徒歩1分明治28年(1895年)2月1日、七条停車場(東洞院通り七条下る鉄道踏切南側)から下油掛(伏見下油掛通り)までの約6キロの間で、京都電気鉄道株式会社(のちの京都市電)の伏見線が開業しました。日本で初めて営業を開始した電気鉄道です。このことを記念した石碑が、伏見の京橋にあることは、このブログでもご紹介しました(⇒こちら)が、同じ趣旨の石碑が、もう一方の端の七条停車場付近にも建っています。昭和50年(1975年)、開業80周年を記念して、日本国有鉄道(当時)、京都市交通局、関西電力、阪急、京阪、近鉄、阪神、南海、京福の各鉄道会社、それに鉄道友の会京都支部の連名で、碑が建てられました。伏見線起点は「鉄道踏切南側」です。碑の場所はJR京都駅の北東側にありますが、当時の東海道線の線路は現在より北側にありましたので、この場所が踏切の南側なのでしょうね。
2014年12月14日
コメント(2)

羅城門跡京都市南区唐橋羅城門町近鉄京都線・東寺駅より西へ徒歩11分羅城門(らじょうもん)は、平城京や平安京の中央を南北に貫く通り(朱雀大路)の南端に置かれた大きな門のことです。羅生門(らしょうもん)とも言われます。本来は正門ともいうべきものなのですが、平安京の西側は衰退し、いつしか、羅城門には鬼が棲むなどと言われるほどになってしまったそうです。芥川龍之介の「羅生門」をにも、荒廃した様子が描かれています。いまは公園の中にある石碑がその位置を示すだけになっていますが、かつては両側に東寺と西寺が置かれ、平安京の正面玄関に相応しい立派な門だったのでしょうね。
2014年12月05日
コメント(0)

西寺跡(唐橋西寺公園内)京都市南区唐橋西寺町JR東海道線・西大路駅より東へ徒歩7分近鉄京都線・東寺駅より西へ徒歩20分延暦13年(794年)の平安京遷都後、羅城門を挟んで東寺と並ぶように西寺(さいじ)が建てられました。伽藍の規模は東寺と同じだそうです。この2つの寺を除くと、京の内側に寺を建てられなかったということです。西寺は、火災が相次ぎ平安時代の中頃には衰退し、鎌倉時代には姿を消しました。 現在は、公園内の土塁の上に石碑があることで場所が分かる程度です。土曜日の午後、子どもたちの遊び場になっていました。西寺跡は大正10年(1921年)に国の史跡に指定されました。発掘調査によって遺構が確認され、昭和41年(1966年)には指定範囲が拡大されました。礎石の一部が残っているようです。発掘時に出土したものでしょうか。近くのマンホールには、「西寺跡」と書かれていました。この付近の地名である「唐橋(からはし)」は「韓橋」にも通じるように、中国や朝鮮半島との関係が示唆されます。東寺と西寺の場所には当初、「鴻臚館(こうろかん)」すなわち国使(海外からの訪問使節)を受け入れるための施設がありました。しかし両寺を建立するため、鴻臚館は北寄りに移されたようです。この当時の使節は、ほとんど渤海使(ぼっかいし)だったようです。「渤海」は満州から朝鮮半島北部にあった国です。当初は唐や新羅と対抗するための軍事同盟的な意味合いが使ったようですが、その後は交易が中心だったようです。
2014年12月03日
コメント(2)

東寺の境内で、おもしろいものを見つけました。「伝 小野道風ゆかりの柳」 「歌舞伎 小野道風青龍硯 『柳ヶ池蛙飛の場』の舞台より」 と書かれています。(なお、たしかに「青龍硯」と書かれていますが、他の資料を見ると「青柳硯」が正しいかもしれません。)小野道風(おののみちかぜ/とうふう)は平安時代の貴族で、有名な書道家です。 ある日、小野道風が東寺の柳ヶ池を通りかかったとき、何度も何度も柳に飛びつこうとしている蛙を見かけました。「いくら飛んでも届くわけがない」と思いつつ見ていると、蛙はとうとう、風でしなった柳の葉に、タイミングよく飛びつくことができました。「できそうにないと思えることでも、根気よく続けていれば成功する」という、道徳的なお話のように聞こえますが、さにあらず。歌舞伎では、「できるわけがないと思われている敵の反逆だが、油断してはいけない」と悟ったというストーリーなんだそうです。
2014年12月01日
コメント(2)
全5件 (5件中 1-5件目)
1


