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(2015.5.24追加掲載)清水五条駅 入口清水五条(きよみずごじょう)駅は、島式1面2線のホームを持つ地下駅です。明治43年(1910年)4月15日、京阪本線の開通と同時に、京都側の終着駅として開業しました。当初は「五條駅」でしたが、昭和38年(1963年)に表記が「五条駅」に変更されました。昭和62年(1987年)に地下化されたあと、平成20年(2008年)に現在の「清水五条駅」改称されました。前年11月のニュースリリースによると、「京都観光における訪問客第1位の清水寺の最寄り駅」であることが命名の理由になっています。ちなみに、最寄り駅ではありますが、清水寺まで徒歩で20分以上かかると思います。いちおう、急行停車駅ですが、急行の設定が早朝と深夜しかなく、ほとんどが普通と準急(通勤準急を含む)のみです。準急といっても萱島まで各駅停車ですから、ほぼ普通のみと言ってよいでしょう。川端五条の交差点から東を臨む現在の駅舎は五条大橋の東詰、川端五条の交差点の真下にあります。交差点の周囲5ヶ所に出入口があります。エレベータと上りエスカレータが交差点の北東角に設置されています。これから何回かに分けて、清水五条駅の周辺を巡ってみたいと思います。
2015年03月31日
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春の陽気に誘われて、枚方市の山田池公園に行ってきました。ソメイヨシノはまだでしたが、ヒガンザクラやシダレザクラがきれいに花を咲かせていました。上の写真は、ベニバスモモ(紅葉李)というバラ科サクラ属の高木です。いよいよ春本番です。
2015年03月28日
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龍谷ミュージアム京都市下京区堀川通正面下るJR京都駅より北西へ徒歩約12分本願寺(西本願寺)の東側、堀川通を挟んだ向かい側に、龍谷ミュージアムがあります。仏教に関する博物館です。インドで誕生し、アジアを経由して日本へと伝わった仏教について、仏像や関連資料を示しながら解説していました。学校で習った気もしますけど、ほとんど忘れてしまっています。3月2日から20日まで、特別展の準備で休館中だそうです。ときどき長期に休むようですから、行かれるときは、事前に確認してください。
2015年03月10日
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本願寺 御影堂(国宝)本願寺 阿弥陀堂(国宝)龍谷山 本願寺(西本願寺)京都市下京区堀川通花屋町下ルJR京都駅から北西へ徒歩約15分一般に「西本願寺」と言われ、「お西さん」と呼ばれることもありますが、正式には「本願寺」です。浄土真宗本願寺派の本山で、山号は「龍谷山」です。最寄りのバス停は「西本願寺前」です。近くには東本願寺(真宗本廟)もありますので、通称のほうがいいでしょうね。宗祖・親鸞聖人像が安置されている御影堂(ごえいどう)、本尊・阿弥陀如来像が安置されている阿弥陀堂とも、国宝に指定されています。御影堂のほうが大きいのは、もともと本願寺は親鸞聖人の廟堂として建てられたからだそうです。入口で靴を脱いで上がり、お堂の中に入らせていただきました。天井が高くうす暗いお堂の中で畳に座ってみると、厳かな気持ちになります。渡廊下御影堂と阿弥陀堂を結ぶ渡廊下です。唐門(からもん)(国宝)南側に位置する唐門です。桃山時代の伏見城の遺構と言われています。阿弥陀堂門(重要文化財)堀川通に面した門の一つです。阿弥陀堂の正面に位置します。浄土真宗(真宗)は、宗祖を親鸞とする教えで、室町時代後期には、一向宗、門徒宗とも呼ばれ、山科本願寺(京都)や石山本願寺(大坂)を拠点とし、顕如(けんにょ)の時代には、織田信長に敵対する武装勢力になったことはご存じのとおりです。天正8年(1580年)、和議により本願寺側が武装解除し、顕如は石山を明け渡しました。その後、天正19年(1591年)、豊臣秀吉によって現在の場所に土地を与えられ、本願寺が再興されました。しかしその後、顕如の長男と三男の間で、石山明け渡しの是非を巡って対立します。この対立を利用したのが徳川家康で、長男側は本願寺の東側に寺領を得て、分立することになります。東西に本願寺ができたのは、最大勢力だった浄土真宗の内紛を温存させるという、徳川家康の策略によるものだったようです。
2015年03月01日
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