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大阪城 天守閣豊臣時代に建てられた大坂城は、慶長20年(1615年)の大坂夏の陣で焼失しました。いまからちょうど400年前です。その後、徳川幕府によって再建されますが、寛文5年(1665年)の落雷で天守閣を失い、以後、長らく天守閣の無い城でした。現在の天守閣は3代目に当たり、昭和6年(1931年)に市民の寄付金によって復興されたものです。大阪城 天守閣(京橋口側)大阪城と黄金色の御座船大阪ビジネスパーク(OBP)を背景に大坂夏の陣から400年になるのを記念して、今年4月から9月末まで、大阪城の内濠に黄金色の御座船が登場しています。大阪城のお堀をめぐって、天守閣を真下から眺められます。
2015年07月21日
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「あさひ坂」の入口 茶わん坂の途中から清水坂(松原通)へと抜ける細い「道」があります。「あさひ坂」と呼ばれているようですが、地図を見ても道としての扱いにはなっていません。見てのとおり、登り口は、坂というより階段ですね。Cafe & Lunch 「あさひ坂」ワークショップ「美器工房」あさひ坂を振り返ってみました茶寮「清坂亭」あさひ坂の階段を上っていくと、「おこしやす 清坂亭」と書かれた門が正面に立っています。他に通路はなさそうなので、思い切って中へ入ってみました。「清坂亭」の入口どうやら、お店の敷地を通り抜けたようです。これでよかったのかな?クラフトショップ「朝日陶庵」「朝日陶庵」の入口清水寺参道(清水坂)にたどり着きました。上の写真は清水坂側から撮ったものです。これ、どうみても「朝日陶庵」さんのお店の入口ですよね。「あさひ坂」は、「京風のショッピングモール」なのかもしれません。清水寺の賑わいとはちょっと異なる、面白い空間でした。また機会があったら、もう少しゆっくりと散策してみたいと思います。
2015年07月20日
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茶わん坂五条坂から清水寺参道(清水坂)へのルートとは別に、ショートカットして清水寺へ向かう「茶わん坂」と呼ばれる道があります。現在も多くの陶芸家や陶器店が集まる「焼き物の町」らしい名前です。近藤悠三記念館通りに面して、近藤悠三記念館があります。近藤悠三氏は、陶磁器染付の分野で人間国宝(重要無形文化財保持者)の認定を受けた方です。近藤氏は明治35年(1902年)にこの地で生まれました。独立して仕事場としたのもこの場所だそうです。茶わん坂お土産物屋が軒を並べ、大勢の観光客で賑わう清水坂とはまた一味違った、趣のある通りです。
2015年07月10日
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乾山記念碑(清水寺境内)清水寺の境内の一画に「乾山記念碑」があります。江戸時代の陶芸家、尾形乾山(けんざん)を顕彰して建てられた碑です。画家の尾形光琳は、六歳年上の兄です。陶芸家、野々村仁清(にんせい)に学び、京焼の発展に貢献しました。乾山が器を作り、兄の光琳が絵付けをした合作も多いそうです。仁清記念碑(清水寺境内)近くには、野々村仁清を顕彰する記念碑もあります。野々村仁清は、色絵京焼を完成させた人と言われています。
2015年07月06日
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清水寺 三重塔清水寺の三重塔は、平安時代初期に創建され、その後、寛永9年(1632年)に再建されたものです。高さ約31メートル、三重塔としては日本最大級だそうです。昭和62年(1987年)に解体修理が完了し、丹塗り(にぬり)と極彩色の文様が復元されました。さらに、「平成の大修理」に合わせて、2013年9月から塗り直しの工事が行われていましたが、今年(2015年)の春に完了しました。平成20年(2008年)から行われている「平成の大改修」は、8つの重要文化財と国宝「本堂」を順次修復していくという大規模なものです。総工期11年ということですから、まだ4,5年はかかりそうです。現在、轟門(とどろきもん)や奥院(おくのいん)などの修復が行われています。一番最後に本堂の修理が予定されていますが、たいへんな工事になりそうですね。工事が始まったら、しばらくは舞台に上がれなくなるのかもしれませんね。
2015年07月05日
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