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クリスマスの前にお雑煮の話をすれば、何でしょう、鬼でしょうか、サンタでしょうか、とにかく笑われますけど、お雑煮。というのも、我々の仕事は、いまや年末年始進行でして、当然季節は先取り。ということで、周囲ではお雑煮(というか年始)の話で盛り上がったりしているワケです。 スイーツ大好きな私としては、ケーキの話をしたいところですが、しかしお雑煮も様々な文化や地方色が反映されているんですね。驚きました。『日本のお正月~お雑煮をめぐる物語~』や、『全国お雑煮MAP 2005』といったHPを閲覧させていただくと、本当に目からよだれ、いや鱗が落ちる思いです。 今年のお正月はお節料理の話を書きましたが、来る正月は少しお雑煮にこだわって味わってみようかな、なんて、今から思っています。(了)
2006/11/30
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昨日日記でも書きましたが、ポイントで自転車、買いました。もともと自転車は欲しかったのですが、なかなか気に入ったのに出会えず、また急を要するものでもなかったので、なんとなく情報収集するに止まっていました。 そんな中、昨年気になっていたのが、プジョーのコリブリと、ルノーのファービル。前者は乗りやすそうでコンパクトなイメージ、後者はカラーリングとスピーディなスペックで、気になりました。さんざん悩んだ挙げ句に、プジョーのコリブリに決めたところで、なんとタッチの差で売り切れに!!そうなると、次善の策でファービルを買う気にもなれず、上げた拳を振る先もなくなってしまった次第。呆然です。 そこで、開き直って決めました。よし、じゃ、自転車は気に入るのが出てくるまで待って買う。それも、一銭も使わずに買う!!そうと決めたら、一直線、我慢の日々です。 我慢するから、結局ポイントも貯まる(これって、営業努力じゃないよなぁ)。そしてついに、出会ったのです。ルノー シタダンに。 これ、プジョー・コリブリの復刻、というか、ルノーが作ったプジョー・コリブリなわけでして。しかも、カラーリングはルノーらしい若々しさなのに、プジョー・ブルーだったりします。おお!!待っていた甲斐があった。 なんたって、昨年気になっていた二台の自転車のいいトコだけを合体させたようなマシーンじゃないですか。しかも、ポイントですから。ということで、「ポイントで買った大きな初☆買い物」は、このルノー・シタダンでした。これが本当にかわいいヤツなのです。(了)*写真が現物。いやはや、カラーリングもオツです。サイズも使いやすいですしね。【送料無料】ルノー シタダン-18 (RENAULT CITADIN-18)【15%OFF】RENALUT ルノー Faville ファービル
2006/11/29
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先般旅行記でも書きましたが、海外における日本のマンガブームは止まることを知らず!!ついに、フランスにマンガ喫茶までオープンしちゃいました。という話。その名も、Manga Cafe | Paris。そのマンマだなぁ。HP見ましたけど、ちょい懐かし目のマンガやアニメから、最近の作品まで。こういう文化の伝播というのは、実に速いですね。もともと親日のフランスですから、マンガやアニメを通じたネオ・ジャポニスムといった趣きでしょうか。向うもドリンク無料なのでしょうか。(了)
2006/11/29
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見出し:ダンディズムとは虚無的な情熱である。生田耕作『ダンディズム 栄光と悲惨』(中公文庫) モーリス・ルブランのルパン・シリーズはでは、ポスト・ベル・エポック世代の作者が、ベル・エポックを縦横無尽に駆け巡る怪盗を描いて大当たりした。そのルパンなる人物、まさにダンディズムの体現者であるが、大衆娯楽小説というジャンルの縛りもあってか、あるいは作者のダンディズム解釈のゆえか、怪盗に対しては少々カリカチュアライズされたダンディズムをまとわせており、そうすることで、作者はルパンのキャラクターを軽妙洒脱に造形した。 しかるに、この『ダンディズム』なる一冊は、カリカチュアライズされないダンディズムについて、暗黒文学の伝道師が真っ向から分析・解析した重厚な一冊である。俎上に上るあ、元祖ダンディにして、ダンディの祖国イギリス代表、ジョージ・“ボー”・ブランメル。ボー・ブランメルの徹底的に研ぎ師まされた美意識と、それを淡々と切り開いて行く著者の乾いた文体が、不思議と重なり合って行く。 本書を熟読することで、逆に誇張されないダンディズムの何たるかを識り、“ルパンのダンディズム”造形の妙を逆照射してみるのも一興であろう。 ダンディズムとは、畢竟虚無的な愛であり、情熱である。(了)ダンディズム
2006/11/29
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2006年10月24日、携帯電話番号ポータビリティ(MNP)がスタートし、各社一斉に“顧客の綱引き”が始まった。サービス開始からひと月経って、その効果はどうだったのであろう。2006年10月の段階で、NTT DoComoの契約者数は5214万3700、シェアにして55.4%である。MNPスタートダッシュで、auは、4万の契約者を獲得したとのことだ。 ところで、上記のシェアの通りであるからこそ、「だから、私はドコモです。 2人に1人はドコモです。」 なる広告が打たれることになる。しかしこのコピーは、タイミング的には少々不適切な気がしてならない。毎シーズン、毎シーズン、各通信会社および各メーカーは、あの小さな端末に「簡便さと夢」という、新たなサービスを注ぎ込んでいる。この一種の進化幻想にまつわるオブセッションは、ユーザーの欲望を煽ると同時に、実は、“ユーザーの物足りなさ”の指標ともなっているのではないだろうか。「2人に1人が使っている」というコピーはつまり、それだけ潜在的に不満足なユーザーを抱えている、ということを自ら暴露していることにほかならない。爆弾を露出しているのである。 NTT DoComoが一人勝ちし、神棚で鎮座していられた時代には、王者としての伝家の宝刀的宣伝効果があったであろう。しかし、サービスとニーズが複雑化し、多様化した今、まさにこのタイミングにおいて、各社がしのぎを削り、王者が苦戦を強いられている時代には、かえって逆効果の広告ではなかったろうか。 逆に、数字を巧みに見せたり隠したりしながら、CSナンバー1を前面に打ち出したauは、広告の側面からは一歩先んじたと言えるかも知れない。この広告合戦が、年末にかけてどのような数字になって現れるか、目が離せない。(了)
2006/11/29
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なんだか気色悪いタイトルになってますけど。初めて、アフィリエイトのポイントで大きな買い物をしました。もともとCDや本などは、結構ポイントでカバーしてきたのですが、二年間のブログ生活が積もり積もって、いつの間にか貯まっていたポイント(小額のものは期間限定ポイントで消化するのがイイですね)。 もともとアフィリエイト優先のブログではなく、データベースおよび情報発信的扱いのブログなので、あまりポイントなど貯まることもなかろうか、と思っていたのですが、日々気になるコトをそこはかとなく書きつくれば、案外PR効果があるものなのですね。まぁ、ある程度限界はありますけど。マーケティングリサーチ的な使い方も実感。 ということで、このままブログのトーンを変える予定はまったくありませんが、こうしてポイントで買い物をすると、なかなか楽しいものですね。何を買ったかは、次の日記で!!(了)
2006/11/28
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見出し:大容量の“パリ妖怪事典”。鹿島茂著『60戯画 世紀末パリ人物図鑑』(中公文庫) 「19世紀末のパリ」という交差点で、交差しあった60人の著名人(作家、画家、女優)などを、鮮やかな図版と簡潔な文章で紹介した小気味よい一冊。 もともと著者が、偶然にパリの古書店で出会った図版集から生れた奇跡の一冊である。さしずめ、これに対抗できるのは『山藤章二の顔事典』くらいのものであろうが、このパリの辛口紳士録(風刺がであるから仕方がない)の面々を見ていると、どこか水木しげるの妖怪百科事典のようでもある。しかり、妖怪でなければ、歴史に残ること能わず、である。 60メガでなく、60ギガ。結構な容量である。(了)60戯画
2006/11/28
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見出し:Gakken mook『プジョーブック(2006)』(学習研究社 ) モーターマガジン・ムック『Peugeot(2)』(モーターマガジン社) 丸ごと一冊プジョー!!プジョー・ファンにはたまらない情報が満載。プジョー社の歴史から、過去の名車紹介、新車紹介、コンセプトからスペックまで、これでもかとばかりに掲載。写真も多数扱われており、否が応でも浸ってしまう。プジョーは「ひとたびファンになると、他の車に目移りできない」といわれるのがよく分かる。(了)プジョーブック(2006)Peugeot(2)
2006/11/27
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『リバティーン』、ようやく観ました。劇場で見逃したので、「待ってました、DVD化!!」ってなもんです。 いやはや、「ウェルカム・バック、ジョニー」とでも言いたくなる、ダークにして癖のある作品。ジョニーがジョニーたる所以とは、このような個性的な脚本での演技でこそ。ポップなジョニーも好きですが、『デッドマン』、『『ドンファン』、もう一歩譲って『シザーハンズ』あたりの、周縁者の暗黒面を演じた作品が、やっぱりピカイチです。ジョニー自身のパーソナリティをよりよく知るには、やはりこの手の小品を網羅するのが近道かも。ところで、原作『ロチェスター卿の猿』、復刊されないのでしょうかね。デッドマンドンファンシザーハンズリバティーン
2006/11/27
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そうそう、とうとう愛車買いました。プジョー306 styleというモデル。もちろん、中古ですが、私、中古車好きなんですよ。なんか、妙にペカペカしてなくて。 もともと車を買うなら、国産車ならマーチ(これは過去に実現、ただしニュー・マーチじゃないですけど)、外車ならプジョー、という夢を持っていたので、ようやくかないました。 最初は207XTのブルーにしようと思っていたのですが、実際に見てみると、色がやや若すぎ、かつ若干狭い感じもありました。それに、あえて外車の中古にこだわったのも、最近の国産車の丸っこい感じ、もしくは妙にエッジーなデザインが好きでなかったから。その点、プジョー306 styleは、適度にクラシカル。色も深い紺で、落ち着いた趣き、長く乗れそうです。 たまたまキャンペーン中だったので、カーナビにETC、ノベルティのiPod nanoまでつけてもらってしまいまして、ホクホクなのです。 基本街乗りなのですが、そこそこ広いし、“猫足”と呼ばれるスムースな走りで、ちょっとしたお出かけも楽しめそうな予感。でも、実際私、あんまり運転好きじゃないんですけどね。(了)*おー、ブルーライオンが光っておる!!
2006/11/27
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隠してもしょうがないですけれど、なっちゃいました。3●歳。20代から30代になった瞬間って、あんまり実感がないというか、変化を感じなかったのですが、30代に入ってからは、なんだか時間の経過が加速しているような気がします。 30代と言えば、男は第一次働き盛り。のはずなので、余計にそう考えるのかもしれませんが、そんなに言うほど働いてもいないような気もするしなぁ。 唐突ですが、私は秋が好きなんです。なんたって、夏はTシャツにデニムがあれば、あとはそんなに服装にお金をかけない性質なので、秋になると、俄然目がキラキラしますね。といって、別にお洒落さんなワケでは全然ないのですが、それでも、秋冬は結構気になるものがショウウインドウに並びますので、楽しいものです。 この週末も、珍しく原宿や表参道なぞ散策しまして、誕生日モードに乗ったつもりで、LANVIN en Bleuのダウンジャケットなんぞ、買ってしまいました。長年愛用したダウンも相当くたびれているので、今年はモンクレールのRODIN ロダンでも買おうかしらと思いましたが、ちょっとカジュアル過ぎて仕事で着づらいのと、ベタかなぁ、もう少し経ってからにしようかなぁ、などと思いとどまり、止めた次第。 かように、秋冬はついつい物欲がもたげてきて、イカン、イカンと首を横に振るも、振った首の目線で気になるモノを探してしまうのでありました。因果だなぁ。(了)MONCLER モンクレール RODIN ロダン 黒(999) アウトレット
2006/11/27
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いまさら、という気もしますがGoogleブログ検索、結構便利なんですよ。ブログ検索そのものは楽天サービスでもかなり活用していますが、Googleのブログ検索もなかなか使いよく、これまで同サービスを検索の基本としてきたユーザーにとってはありがたく強い味方。 最近はネット上も、サービス合戦が熾烈で、どんどんと錯綜していくばかりですが、ユーザー目線に立つことを忘れて欲しくないですね。(了)
2006/11/26
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ジョルジュ・バタイユ 著、生田耕作訳『眼球譚』(河出書房新社) もしも、ジョルジュ・バタイユを別の本から知っていなかったら、このオーシュ卿なる変名で書かれた一冊のフェチ小説は、読んだ後すぐに、聖水で清めずにはいられなかっただろう。それほどまでに、えぐい(訳者の言葉を借りれば)倒錯的性愛(愛ではなく、セックスである)に塗れた、ポルノまがいの?神小説である。 しかし、バタイユは、何も神(=西欧の正義や貞操)を辱めるためにこのような小説を書いたのではなく、文字通り、そこには鬱積したバタイユ自身の歪んだセックス観が、さも物欲しげに、あまりに乱暴に、そしてあまりに純粋(そう、少年の青さである)に吐露されているのである。訳者・生田耕作もさぞや嬉々としてこの暗黒文学に身を委ねたことであろう。 のみならず、意味的な比喩や象徴を多用し、眼球、玉子、生命の神秘を巧みに交錯させ、置き換えることで、後のバタイユのエロティシズムの思想の萌芽を見いだせる。 女性器、肛門、精液・・・バタイユの変態的美意識の舌が、味蕾のザラ付きが、私の眼球を舐める!!(了)眼球譚
2006/11/25
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見出し:世紀末パリをパノラマ的に“活写”する。鹿島茂著『パリ・世紀末パノラマ館 エッフェル塔からチョコレートまで』(中央公論新社) 19世紀マニアを自認する(?)著者の、歯切れのいい文章が心地よい。19世紀末に大転換を迎えた街・パリを、まさにパノラマで観るかの如く、読者は、様々な事項について簡潔で切れのいい文章で次々と追いかけていくことになる。テーマの選び方にも、著者の洒脱なセンスがうかがわれ、ゆえに、単なる“名所・名物由来本”に終わっていない。世紀末パリの街角や路地裏の空気やひそひそ話まで聞こえてくるかのような、少しく猥雑で三面記事的なテーマもあって、文字通り“活写”の妙を教えられる。 ページをめくるのが楽しく、また惜しいと思わせる一冊である。(了)パリ・世紀末パノラマ館
2006/11/24
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見出し:中世の武具を知る図版集。「知」のビジュアル百科(20)『中世ヨーロッパ騎士事典』(あすなろ書房) 惜しげもない豊富な写真が、この本の魅力であろう(然り、ビジュアル百科である)。大判なのも嬉しい。取り上げられているトピック、たとえば、武具や甲冑、紋章などについて、ふんだんにビジュアルが掲載されており、読む者の想像力を刺激してやまない。残念なのは、あまりに本そのもの作りがテーマ一本に寄り過ぎているため、補足情報(とりわけ、歴史的事実とのリンク)が不足している点、そして、なんとも評価のしづらいモデルの起用が点睛を欠く結果となっているのが惜しい。(了)「知」のビジュアル百科(20)
2006/11/24
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ブログ上でお付き合いのある□■万屋本舗■□さんが出演されるアカペラステージに、場の雰囲気にそぐわないオトコがふらりと入場。仕事の合間を縫って、24日午後1時からの会を、ワンステージとちょっと堪能。 メンバー紹介がなかったので、どの方がどの方か分からずも、久しぶりに生の声で綴られた唄心に耳を奪われる。“さくら”では、メンバーの息もぴったり合い、人数以上の量感。ラストの“タッチ”では、アップでのカンの良さに、思わず場内もヒートアップ。アップがいい、ということは、リズムとテンポがきちんとしている証拠。ミニー・りパートンの“lovin' you”は個人的にも大好きな一曲。冒頭のソロパートをあえてほんの少し厚くすると、その後の展開とのつながりがさらにスムーズになる(ハズ)。アノ手の曲はぜひとも生で聴きたかった一曲にて、満足。 もっとたくさんのレパートリーを聴いてみたい。20分という時間が、短く感じられた。教室を出る際、その場にはHNでのアンケートが残されていたとかいないとか。(了)
2006/11/24
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私、実はあまりテレビ見ないのに、『CNC』だけは見るんですよ。ま、人間のニュースより、報道的だし、信頼性がありそうですからね。人道主義が削減されるだけで、随分と違うものです(とはいえ、人間が作ってる番組ですけど)。人間をおちょくるチンパンジーという諧謔精神、そしてそのチンパンジーが実は、過剰に人間に操作されているという倒錯がまたなんともオツであります。 さて昨夜、同番組で『おむつ猫と暮らすしあわせ』という話題が取り上げられていました。ここ数年、“猫派”に転向してきた私としては、テレビの向こう側の下半身不随の猫、ちびのいじらしさに、思わず心がほぐれました。 死を安易に捉える傾向は、動物であれ人間であれ同じこと。人間の「命」が長くなって、「寿命」が奪われた気がするのは私だけでしょうか。生命をモノとして捉える医療のあり方は、むしろかえって医の現場では、最近は批判にさらされる傾向にあり喜ばしいことですが、それでもまだまだ医の倫理、医の本来的意味の点では、世の中認識が古いのかもしれません。 ちびの頑張り、そして飼い主さんの愛情も素敵でしたが、一番は、やっぱりちびの寝顔。あんなにすこやかな寝顔。やっぱり幸せでないと出来ないはず。それだけ、ちびは今幸せなんでしょうね。(了)
2006/11/24
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『マーヴィン・ゲイ/ワッツ・ゴーイング・オン~ライフ&デス・オブ・マーヴィン・ゲイ』は、ちょっとトホホな内容でした(マーヴィンを師と仰ぐ私ですらそう思ったほど)。商品のリヴューを再アップしますと、「マーヴィン・ゲイ関連の情報は一通りチェックしてきた。もちろん、映像関連も、ブートレグまで網羅してきたつもりだが、この作品には、それでも知らなかった貴重な映像が満載である。ただ、半ストーリー仕立てになっている本編は、マーヴィンの理解に先入観を与えかねない作りであること、インタビューに応じる面々が他の関連作品と代わり映えがしない(マーヴィンの実弟フランキーの奥さんが登場したのは驚いた)ことはやや気になる。 また、残念なのは、ライブ映像シーンが既出のもので、しかもあまり絶好調でない時期のものなのが残念だ。マーヴィン・マニアなら押さえたいところだが、そうでない人には魅力に欠けるかもしれない。」で、星三つ。そうなんです。なんか、物足りなかったんです。ところが、同じシリーズ第二段としてリリースされた『テンプテーションズ/ゲット・レディ-ディフィニティヴ・パフォーマンス 1965-1972 』、いいじゃないですか!!もともと、センシティヴィティやアーティスティックな面はマーヴィンを師匠に、スタイリッシュな部分はテンプテーションズを師匠としてきた私(勝手にすみません)だけに、マーヴィンを押さえたらやっぱりテンプス押さえないとダメでしょう。で、何がいいかといえば、こちらは映像が素晴らしい。資料的価値も高いし、とにかくあの5人が動きまくる!! みんな若くて、細くて、キビキビしてて、もう無茶苦茶に格好いいのです。もともとテンプス、それもオリジナルメンバー時期のテンプスの映像資料は、国内はもとより、国外でも数が少なく(暫定メンバーでのライブ映像や、特番、再現ドラマなどはあります。昔は探し回って入手しましたが、今は比較的入手しやすいようです)、ここまで集まっているのは、この作品がはじめてではないでしょうか。 エディ・ケンドリクスのハイテナー、いいなぁ(かわいい顔してヘビースモーカーだったエディ、途中で若干歯が黄ばんでたりするも、私のような数寄者にはたまりません。そのあと、またた歯が白くなってて、思わず「ザクトライオン、使ったのか?」とツッコミましたけど)。スタイルもクールだなぁ。メルヴィン・フランクリンの低音、国宝級だなぁ。今更ながら、ポール・ウィリアムズの声、いいなぁ。デイヴィッド・ラフィンがいなければ、テンプスは成立しないけれど、デイヴィッドさえあんなオトコじゃなければ、間違いなく“テンプスの声”になれただろうに。自殺しなくて済んだだろうなぁ。 そのデイヴィッド・ラフィンこそが、嫌なヤツだけど、ニクいアイツなのです。もう天才。グッチ裕三さんもテンプス好きで有名ですが、「デイヴィッド・ラフィンは天才だ!!」って絶賛してました、とある番組で。 私は、目立ちたがり屋で、カリスマがあって、マーヴィン先生の心の恋人、タミー・テレルに暴力ふるって(疑惑か?)、ジャンキーで、おまけに早々にテンプスを抜けてしまう“わがままデイヴィッド”が、大嫌いで、大好きです。単純に、格好いいから。もう、鳥肌立ってしまうんです。その声、その動きだけで。指先立てただけで、うわーって。あんな針みたいな体して、どこからあのエネルギーが出てくるのか??? 歌は正直、ポール・ウィリアムズの方が上手いですよ。はるかに。声はユニークだけど、かすれていて、スムースでもない。音程も時々やばい。特に乗ってるときなんか、高いキーではがなってますよ。でも、聞き手を圧倒し、説得し魅了する何か、そう、悪魔的な何かがあるのです。 デイヴィッドは、「自分こそがテンプスであり、自分のいないテンプスはありえない」と公言し、グループ名も“デイヴィッド・ラフィン&ザ・テンプテーションズ”に改名しろ、とフロントに迫ったそうですが、その鼻持ちならない高慢さと、音楽への青臭いまでの情熱、そして周囲を虜にしてやまないカリスマは、やはり天才の名に恥じない、神様から我々へのギフトと呼べるかもしれません。 テンプスを観ていると、つくづく、彼らはCDでは本当の魅力が伝わらないなぁ、と思います。名曲“My Girl”ひとつとっても、あの5人のアクションとダンスがあって始めて、彼らの美とスタイルが立体化するのだと痛感しました。このDVDこそ、買いですよ!! あ、そうそう、肝心のリーダー、オーティス・ウィリアムズが、インタビューで自身を「スーパー・グルー(超強力接着剤)」と評していたのは、まさにその通りで、他のメンバーに比べてあまり目立たないリーダーは、しかしながら結成から現在まで、幾度もメンバーチェンジを繰り返してきたテンプスの最後の生き残り(事実、オリジナルメンバーの他の4人は皆他界しています)であり、かつリーダーであります。人の出入りが激しい名門グループを結束させてきた苦労人。看板の守護神。人にはそれぞれ役割があるものですね。見かけによらずいいヤツ、デニス・エドワーズや、“今はぽっちゃり、昔はキュート”なデイモン・ハリス、“器用なユーティリティ”リチャード・ストリートら、テンプスを出入りしたメンバーたちもちょこっと出演。(了)テンプテーションズ/ゲット・レディ-ディフィニティヴ・パフォーマンス 1965-1972 マーヴィン・ゲイ/ワッツ・ゴーイング・オン~ライフ&デス・オブ・マーヴィン・ゲイ
2006/11/22
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人間国宝 三代 徳田八十吉展@千葉三越、私も行きました。過去の日記にもありますように、今年の春に取材をさせていただき、そのお人柄と作風、世界観に触れて、大変大きな刺激を受けました。取材当日、陶歴、そしてそのこの世のものとも思われぬ色の秘密については、これまで当ブログで紹介してまいりました。(ついでに、道楽してしまった話もありましたね)。 あらためて千葉まで足を運び、作品との再会を果たしまして、やはり、あの目にしっとりと夜露のごとく焼きついて(露なのに!!)離れないブルーが、どうにも心を掻き立ててやみません。 当日、なんと徳田先生ご自身も会場にいらして、久しぶりにご挨拶をすることがかないました。若干お疲れのようでしたが、展覧会の盛況ぶりに嬉しそうでした。(了)徳田八十吉 碧明燿彩5.5号花瓶
2006/11/22
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一時、ボウリング、ハマってましたね。もっぱら弟と、弟の友人で、弟分のようにかわいがっている男と、三人で。時々、さらに仲間を増やして大々的にやっていましたが、基本は“本気ボウリング”なので。 といっても、カジュアルな“本気ボウリング”なので、シューズとかプロテクターまではちょっと野暮かな、なんて思いまして、そこまでは至らず。ただ、楽しみながらもヒリヒリ転がしたいので、真剣にやってましたよ。弟とは週に4、5回行ってた時期もありましたし、一日に12ゲームとか、平気でやってましたから。 まぁ、それでも我流ですから上手くなるには限度があるのですが、二人ともアベレージ180は切らないです。最高も、250前後。小さな大会も出たことあります。 当時、この三人を中心に、変な大会を催しておりました。なぜか、マンガのしょっぱいキャラクターを冠した“肉メン杯”と呼ばれていました。その日優勝したヒトが盾を持ち帰るのですが、なぜか嬉しくない。 盾は、美術部出身の私が、コラージュとレタリングで作りまして、結構立派なものでした。その盾、行方不明になっていましたが、どうも最後の大会で勝った弟の部屋にあったようで、大掃除の末、ひどくボロボロになった“肉メン杯”の盾が発掘されました。今見ると、馬鹿げてるなぁ、と思いつつ、「SINCE1998」とある以上、10年も時が経ったのか、としみじみした気持ちにもなるものです。 最近は三人ともなかなかボウリング絡みで集まることも難しくなってきていますが、開催したいですね、久しぶりに。“肉メン杯”。(了)
2006/11/22
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いつもはのどかな紋別。しかし、この町はオホーツク海を埋め尽くす、ロマンチックでドラマチックな流氷で有名。シーズンにあたる1月下旬から3月下旬にかけては、神秘的とすら表現できる、自然の贈り物を一目見ようと、寒さ厳しいこの紋別に、多くの観光客が詰めかけるとか。その流氷を陸から眺めるだけではなく、実際に流氷の中に分け行って、オホーツク・流氷クルージングを楽しませてくれるのが、流氷砕氷船“ガリンコ号2”!!スゴいネーミング…速そうな、強そうな、でもちょっと胡散臭い(笑)。 流氷のつくり出す、まぶしいほどの白さに映える真っ赤なボディに備えた巨大なドリルで、文字どおりガリガリと流氷を砕きながら、流氷原を突き進む様は相当な迫力でしょうね。 氷を砕く振動は、この“ガリンコ号2”に乗った人だけが体感できる自然のリズム。“ガリンコ号2”に乗って、束の間、流氷の平原へ、冒険の旅に乗り出してみたいものです。(了)
2006/11/20
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まさに、秘密の里といった感のある飛騨古川の街。周関を山並みと緑に閉まれ、周囲の喧騒とは無縁であるかのように、ゆったりとした時間の中で、人々は生活しています。伝統を尊び、気風を愛し、文化を守って来た人々にとって、この飛騨古川こそ桃源郷そのものです。飛騨古川桃源郷温泉は、古川町北西部に広がる果樹園の一角にあり、四季を通じて、桃やりんごの、花や果実の甘い香りに包まれる自然の恵みに溢れた贅沢な温泉です。和洋2種の浴室があり、またバイブラ湯、歩行湯、うたせ湯、サウナ、露天風呂の5種の浴槽を備えたぬく森の湯・すぱーふるで、桃の香りに包まれて、この世の桃源郷に癒されてみませんか。(了)お問い合わせ:ぬく森の湯・すぱーふる TEL:0577-73-3111岐阜県吉城郡古川町アクセス:JR高山線飛騨古川駅より車で約15分(定期バス約20分)効 能:筋肉痛、冷え性、神経痛、関節痛など
2006/11/20
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芦ノ牧温泉と並んで会津を代表する東山温泉は、今から約1300年前に、失明してまでも唐から日本に渡ってきた高酢行基により発見されたと伝えられています。会津若松市内から、車でわずか10分のロケーションに、5500人の収容能力を誇る、大規模で、歴史と自然に彩られた別世界が存在するというのは驚きでも豊富な湯量、50~60度の温度、サラツとした泉質は、竹久夢二や与謝野晶子ら文人墨客のひいきを集めました。 奥羽三楽郷に数えられる湯の街はまた、民謡「会津磐梯山」に合わせて踊る「東山温泉盆踊り」、神輿も出る華やかな「お湯かけまつり」、「東山温泉村まつり」、といった情緒あふれる風物詩笑訪れる人々を楽しませてくれます。(了)お問い合わせ:東山温泉旅館協同組合・東山観光協会TEL:0242-27-7051福島県会津若松市東山町湯本アクセス:自動車…東京一会津若≠餌.C.一東山温泉/3時間30分列 車…東京価幹線卜郡山(快速卜会津若松/2時間30分浅草十鬼怒川一一会津若披く会津鬼怒川線)/礪絹粗扮効 能:リウマチ、侵性皮膚疾患、動脈硬化、高血圧症、通風など宿泊施設:23軒
2006/11/20
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新しくてヘンなカテゴリ、追加のお知らせです。一つは『虚評』。これは、書評のパラレルワールド的扱いで、内容はご一読の上、ご理解ください。ときどき、気が向いたらアップしていきます。 もう一つは、『バベルの湯けむり』。こちらは、全国の温泉に関する情報を抽出してまとめたものをアップしていきます。どちらかと言えば、データベース的であり、かつ『旅行/散歩(国内)』の各論&体温なしバージョン、という位置づけでしょうか。 新しく当図書館のラインナップに加わったカテゴリ、どうぞよろしくご愛読ください。(了)
2006/11/20
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今、空前の邦画人気を迎えているという。もちろん、ホイチョイの時代ありとはいえ、カルチャー/サブカルチャー的な意味において映画史に足跡を残す、というにとどまらず、産業として成立している、つまりは大きな興行収入を生み出している、という点からは、終戦直後以来の邦画ブームと呼べるかもしれない。一般的には、『踊る大捜査線』劇場版が、このブームの端緒と見做されている。 思うに、邦画がヒットする時代とは、内省の時代であるように思われる。つまり、意識や関心が外に向かない閉じた時代には、邦画がヒットするように思われる。この閉じた時代、というのは、すなわち国際社会(換言すれば、他者、ないし外)に対して無関心、あるいは引け目を感じている時代のことである。勢いはあってもすねた、いじけた、ひねくれた時代のことである。逆に“外国かぶれ”が頂点に達したのがバブルの時代というのも皮肉な話ではある。 現代、特にポスト9・11においては、グローバリズムおよび他者理解の在り方が新たな問いかけをされている時代である。しかるに、一人、閉じた世界で邦画ブームに浮かれているのも、いささか不安ではあるが杞憂と言えなくもない(グローバリズムを考えるために洋画を観よ、と述べているのではない。そう受け取るのは、恣意的な曲解である)。 一体、昨今の邦画ブームをどう捉えるのが正しい見方なのであろうか。(了)
2006/11/20
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最近は自動車ネタも少し増えてますが、今日は「私を乗せたクルマたち」と題しまして、我が家で活躍したクルマを一挙に振り返ってみます。ま、最初の頃のクルマには、実は乗ってません。だって、まだ生まれていなかったから(タイトルに偽りあり、ですね)。パブリカ(若き日の父が3万円で購入、最後は左にしかハンドルが切れず、常に左回りのルートで目的地に向かっていた) ↓ブルーバード3S(色はベージュ。結婚前の父が大切にしていて、当時つき合っていた母とクルマの扱いでもめたとか) ↓フォルクスワーゲンのビートル(ブラジルでの父の愛車) ↓カリーナ(色はブルー。多分、ここで私登場) ↓シボレーのオパーラ(ブラジルでの愛車。確か色はベージュっぽかったような気も…。大きいクルマだったような記憶が) ↓ギャランシグマ(帰国後一台目。サンルーフが珍しかったと同時に、サンルーフの安全性が問われた時代でもありました) ↓ギャランラムダ(サンルーフは無かったけれど、いいクルマだったような。でもあまり記憶なし。色はホワイト) ↓シャリオ(なんか、そこそこ広かったような…。その後のオデッセイのインパクトで、イマイチ印象薄) ↓オデッセイ(CMの方が記憶にあるなぁ。アダムス・ファミリー。でも、広くて、快適な車でした) ↓オデッセイ(味をしめて、さらに後継車に乗り換え。カーナビがついたのは、この車からだったような…) ↓エスティマ(久しぶりに、トヨタ車に。いいクルマですが、ドアの機構がちょっと危ない気が)とまぁ、ちょっと振り返っても、一家に歴史あり、車に歴史あり。ネーミング一つとっても、世相も見えますしね。
2006/11/19
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嵐山貫太郎著『ペンションしんこ』(虚文堂書店) なんとも不可思議な戯曲である。人里離れた山村に、第二の人生の開拓を求めてペンションを開いた信子。東京に残してきた夫と娘のことが気にかかりはするが、閉塞的な日常から逃れるように信子は執拗に孤独を求める。 “おしんこのおいしいペンション”なる触れ込みでHPやチラシで宣伝をするや、はやひと秋目から利用客が殺到する。しかし、そのいずれも、長期滞在を希望するのである。一泊の予定で来たものの、結局毎晩、翌日の延泊を申し込んで行く。いつしかそこは、帰れない客で溢れる“孤独のたまり場”となっていく。そして困ったことに、その利用客たちは、各々が自己中心主義の塊で、寂びたペンションは人間関係の衝突の舞台と化す。 信子は、結局第二の人生を求めようとして、第二の居場所を得た形になった。場の生み出す関係性の中で、信子は『ペンションしんこ』に、不協和音の生み出すグロテスクな、しかし生命力溢れる身もフタもないシンコペーションを見いだしてゆく。(了)
2006/11/18
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変貌をとげる街品川物流博物館は、蒲洒な街並みの一角にあります。レンガ色の上品でいて厳かな佇まいの外観は、一見博物館風でもないかも。。。しかし、ココは物流の歴史を一覧できる国内唯一の物流博物館として、価値の高い資料を多数所蔵しています。 いったん、中に足を踏み入れれば、子供から大人まで楽しめる展示満載。数々の資料や映像、参加型のイベントなど飽きさせません。また、物流の様子を一望できる模型ジオラマは圧巻の迫力です。ぜひ足を運んでください。随時企画や特別展示も行っています。 個人的には、写真で追う物流の歴史、のようなコーナーがお気に入りでした。(了)〒108-0074 東京都港区高輪4-7-5TEL:03(3280)1616 FAX:03(3280)4385開館時間:午前10時~午後5時(入館は4時30分まで)休館日:毎週月曜日(ただし月曜日が祝日、振替休日の場合はその翌日)毎月第4火曜日、祝日の翌日年末年始(12月28日~1月4日)アクセス:品川駅(JR・京浜急行)下車・・・徒歩7分
2006/11/17
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見出し:クリエイターには読ませたくない、胸躍るアイディアの結晶たち。マイケル・ダリアン 、リズ・ファルリー著『クリエイターの名刺コレクション(2)』(ピエ・ブックス) この類いの本を読むことは、仕事上であるなしに関わらず、とても胸躍り、贅沢な気分になることができる。名刺がモノを言う時代などとうに過ぎ去ったとは、嘯きなしに心底思うが、名刺がまたもう一つの、社会と言うフィールドやコミュニティにおける“顔”であることには変わりない。 だからこそ、最近は名刺が面白い。名刺を渡し、頂くことの多い日常の中で、出来の優劣をつけるのではなく、単純にそこから断ち現れてくるメッセージや工夫を想像して楽しい。また、ベンチャー企業や若い会社、あるいは外資系企業などは、洒脱なあしらいの名刺も多く、参考になる。 本書は、まさに名刺のオンパレード。切手が芸術であるように、名刺もまた芸術であると思う。なぜならば、“限られたスペース”という縛りを持ち、その中でイメージや情報など、さまざまな要素を視覚的に伝えるツールであるからだ。すべて、限界の中で展開するものこそ美しいと私は思う。 クリエイターという言葉は、自身を含めても、心情的/信条的に好きでない言葉である(きわめてコピー的であって、内容が空疎であるからだ)が、こうしたタイトルを選ばねばならない時代を恨むべきかもしれない。(了)クリエイターの名刺コレクション(2)
2006/11/16
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juliaさんや non_0228さんほか多数の常連さんや訪問者の方から、ここ数日の書評のアップ具合を見て、「よくもそんなに大量に…」というご意見が多数寄せられました。誤解を解いておかないと。 私、実に遅読の徒です。もう、行きつ戻りつ。あるいは、気になった箇所の関連文献を方手で読みつつ、別の資料探したり。あるいは、線を引いたり、ページの角を折ったり(ページの角の折り方にはこだわりとルールがありまして、四隅のどこをお折るか、どの程度折るか、折った先が文中のどのあたりを指しているか、などが分かるようにしています)。こんな私ですから、とてもじゃなけいれど、一日に何冊もの本を読むのは不可能。 ここ数日のアップのカラクリは、PCは外付のHDなどのデータ整理をしていて、過去にメモしていたまとまった量の短い書評や感想のデータが出てきたこと。これをデータベース化しておこうと思い立ち、コツコツとアップしていたのです。カテゴリ整理も改めたことですし、よく見たらブログのタイトルに反して、意外に「書評」が少なかったりもしました(汗)。 大量アップした書評ですが、勿論、ここ1、2年の間に読んだものから、もっと昔のものまであります。しかし残念ながら、この間読んできた本の5パーセントもカバーできていない(辛)。こうしてデータがあれば別ですが、読み終えた本を、書評のためだけにもう一度ピックアップして行くのは相当な苦労が予測されるので、ちょっとできそうにないです。遅読とはいえ、月に数万円分は書籍や画集、資料を読みますから…。これじゃホントに『バベルの図書館』になってしまう(わきゃない、か)。 もともと、速読には興味が無いし、情報収集のためだけの読書、読み終えたという読了感を得るためだけの読書はしない性質なので、今後はまた普通に、ボチボチと書評がアップされていくものと思われます。 というわけで、謎の“速読紳士”の真の姿のご報告でした。(了)
2006/11/16
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皮革製品でも、木製製品でも、金属製品でも、何でもかんでも、自分で直すのが好きなワタシ。模様替えだって、狭い場所の壁面処理なら、結構簡単にできます。壁面処理の場合に大事なのは、素材やプリントの精密さ。あるいは、粘着性(壁や貼る場所との親和性)。 今回は、とある事務所で、かなり傷んで汚れが目立っていた壁の穴塞ぎの板に、雰囲気のある鏡を吊るしましたので、そのバックの板を、あえてカー用品からチョイスしたカッティングシート(私、カッティングシート好きで、銀座伊東屋は危険な場所です)で覆ってみました。 思いのほかうまくいきました。難点を言えば、若干、色が濃かったかなぁ(これは私の判断ミス)。カー用品でも、いろいろな使い道が出来ますね。(了)木目調車装用カッティングシート45×90cm
2006/11/16
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2006年11月15日 19時24分、『バベルの図書館-或る物書きの狂恋夢』が100000アクセスを突破した。開設から二年、ようやく悲願の大台である。事務局からの「アクセス数のお知らせ」を受けて、この日、快筆紳士は自宅の机上で緊急記者会見を開き、「読者の存在があってここまで来られた。はじめて長続きしたので、これからも頑張って継続したい」と涙ながらに抱負を語った。 2005年3月4日の開設から622日目にしての達成。日記記入率は68パーセント。なお、50000アクセス目は2006年5月2日、30000アクセス目は2005年12月25日、10000アクセス目は2005年7月20日であった。(挙動通信社)
2006/11/15
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佐渡、行ってきました。4mの波ですら欠航する、片道運賃新幹線並みのジェットフォイルに乗って、新潟市から一時間で両津港へ。新潟は訪問前日はあられが降ったりしたそうで、海あり山ありの風光明媚な土地柄故に、また離島であるがゆえに、天候の変化は激しいそうです。 しかし、佐渡と言えば、金山とたらい舟、そして寒そうなイメージしかなさそうですが、なかなかどうして、こちらは夏は海水浴、冬はウインタースポーツ。釣りは年中楽しめるし、当然海産物は最高の鮮度。いいトコロじゃないですか。って私、実際プライベートでも過去に二回旅してます。古い武家屋敷やら能の文化(世阿弥が島流しにあったところですからね)も大切に受け継がれ、自然と芸能の宝庫でした。鬼太鼓も有名。いやぁ、見所満載、とかいいつつやっぱりおけさのポーズ、しっかり押さえちゃうんですけどね(人形ですが)。 ここの難点は、離島-本島間の移動手段のダイアがすぐに乱れること。これにはいつも懲りるなぁ。(了)
2006/11/14
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見出し:毀誉褒貶の一族。その功罪とは?森田 義之著『メディチ家』(講談社) メディチ家こそが、ルネッサンスを牽引し、同時にカトリシズムを堕落させ、宗教改革に火を着けたのだ。毀誉褒貶。商家から政治家になり、貴族になり、やがて教皇を輩出する一族にまで登りつめる。その一族のドラマティックかつダイナミックな歴史は、読む者を捉える。その評価は読者に委ねられているにしても。しかし、メディチ家のパトロン活動を知るにつけても、現代の資本主義社会においては、純粋芸術は生まれ得ないことを痛感するのである。ルネッサンスの“再生”は、夢のまた夢。(了)メディチ家
2006/11/14
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見出し:重厚なる、“或る一族”の系譜。ハーラン リーボ著、 河原 一久、 鈴木 勉訳『ザ・ゴッドファーザー』(ソニーマガジンズ) すごい映画だ。そのことは、同作品に関する様々な論評や、後日談、逸話も証明している。何より、いまだに、その「黒い一族の伝説」が、まったく色あせることなく、現実世界の出来事であったかのように語られ、印象的な登場人物の喜怒哀楽が鮮烈に思い起こされる事実が、何にも勝る証拠である。その巨編誕生の裏側や、内部にいた人間が、今こそ、否、今だからこそ語る「伝説」をめぐる数々。再び映画を観たくなる、そういう本である。(了)ザ・ゴッドファーザー
2006/11/14
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見出し:意匠的価値の高い、“芸術的普及版”。アンドレア アルチャーティ著、 伊藤 博明訳『エンブレム集』(ありな書房) テーマ自体が非常に専門度が高く、なかなかエンブレムについて触れるチャンスはないが、同時にそれへと導くガイドになる文献も見あたらない。これは、日本では仕方のないことであろう。この本は、実際、エンブレムとは何かという点について語ると同時に、エンブレムという表現様式の意匠的なすばらしさも伝える、希少性と良心の二面から見て価値の高い文献である。(了)エンブレム集
2006/11/14
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見出し:「人間ダンテ」を冷静にほどく好著。野上 素一著『ダンテ』(清水書院) 詩人ダンテの名声に、今更問いかけをする勇気ある者など、そうはいまい。事実、「神曲」はルネッサンスを導いた、思想と魂の結晶であったし、その時代性や地域性を軽々と超越する影響力は今もってはかり得ない。しかし、詩人というその冠を取り去った一人の人間ダンテについて、感傷的にならずに語られた本、なおかつ入門者でも手に出来る文献は少ない。本書は、ダンテの違う顔を紹介してくれる。(了)ダンテ
2006/11/14
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見出し:政治を野次るのはメディアの本分。名越 健郎著『ジョージ・ブッシュの華麗なユーウツ―超大国アメリカどこへいく?』(新潮社) 太郎の父、岡本一平は、近代日本の新聞における風刺画の父でもある。これに特化するものでもないが、しかし、民衆の側にあって政治の不始末を野次ってやるのは、もともとメディアの本分。本書は、勿論野次だけではなく、きちんとしたジャーナリズムを提供した本であるが、一読痛快。音を立てて崩れ落ちる大国至上主義神話のレクイエムを、優雅に、愉快に堪能できる。(了)
2006/11/14
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見出し:カトリシズムを俯瞰する意欲作。谷 泰 著『カトリックの文化誌』(日本放送出版協会) 普遍。その意味を持ちながら、カトリシズムとは、一体、確かに普遍に限りなく近くその思想の子らを持ちながら実は、普遍と呼べるほどには理解されていない。カトリックの世界観を俯瞰し、なおかつ独自の視点を持ち込んだ論旨の展開は、入門者にも親切である。しかし、カトリシズムに親しんだと語る著者の、カトリック・アレルギーが、はからずも見え隠れするのは、いかがなものかとも思う。(了)カトリックの文化誌
2006/11/14
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見出し:日本の教会建築を一望する。亀田 博和著『教会のある風景』(MBC21) 日本に住んでいると、教会という建物は、非常に異質な建造物であるかのように感じる。まず、海外では大抵どの町にも複数の教会があるのに対して、日本では教会のある町を探すのが難儀である。しかし、日本にも美しい教会があるのだ。本書は、日本の教会を一望できる。コメントも充実、所在地などの情報もあるので、現実的な使い方も可能である。異国情緒。その言葉は、平成の現代にも生きていると、本書を読んで痛感した。(了)教会のある風景
2006/11/14
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見出し:スリリングなミケランジェロ考。田中 英道著『ミケランジェロ』 講談社 当たった。久しぶりに、緊張感の中で読了できる本に出会った。内容としては、結構固い方であろう。また、図版も、文庫版という限界から、二色刷で、決して見易いものではない。しかし。とにかく読む者を引き込むスリリングな論旨展開が秀逸で、まさに筋の一本通ったミケランジェロ考の傑作である。このような研究者がいる限り、日本の西洋美術研究はまだまだ進歩する可能性が十分残されていると言えよう。(了)ミケランジェロ
2006/11/14
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見出し:イエズス会の創始者が編み出した、瞑想トレーニングプログラム。イグナチオ デ・ロヨラ著、 門脇 佳吉翻訳『霊操』(岩波書店) 日本にキリスト教をもたらしたイエズス会の創始者である、聖イグナチウス(イグナチオ・デ・ロヨラ)が、神との対峙にあたって行う黙想の仕方を、今風に言うならば、「一週間瞑想トレーニング」のプログラムのようなスタイルで綴った、宗教的・精神的鍛錬における実用書である。本書だけ読むと、なにやら違和感を感じるかも知れない。あわせて、「ある巡礼者の物語」なる、イグナチウスの自叙伝も読まれると良いだろう。(了)霊操
2006/11/14
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見出し:『霊操』を読む前に。イグナチオ デ・ロヨラ著、 門脇 佳吉翻訳『ある巡礼者の物語』(岩波書店) 聖イグナチオの、いわば瞑想の為の教科書である『霊操』を理解するには、まず彼の生涯における瞑想に対峙するまでのプロセスを知っておく方が良いだろう。本書は、あまりにたんたんとその生涯が語られるため、伝記的面白みに欠けるかも知れない。しかし、その泰然自若とした語り口こそ、彼の神との対面の感激がより際だつのかも知れない。(了)ある巡礼者の物語
2006/11/14
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見出し:孤立化する現代社会に体温を与える鍵か、はたまた・・・???楽天株式会社、藍玉著『楽天市場公認 楽天アフィリエイト&楽天広場 徹底ガイド』(インプレス) すでに国内でも膨大な数のユーザー擁するブログ。個人でHPを作るといっても、慣れない人には難しいし、いざ取りかかっても結構な手間がかかる。しかし、会費無料、必要な素材も揃っており、特別な設定も不要。日記気分で内容を書くだけで、更新されていく手軽も人気の秘訣。今や、ブログはネット社会の新スタンダードになりつつある。さらには、この手軽に作れる自分のページを通じて、ネットショップを開くことも出来る。そうしたアフィリエイトを展開しているブログはたくさんあるが、この本には、楽天市場、楽天広場を通じたブログ作りや、アフィリエイトの仕方の初歩を解説している、初心者にも分かりやすい内容だ。ネット上級者にはもの足りないだろう。 孤立化が懸念されるIT時代、そこにコミュニティ的な体温を付与する切り札となるのか、はたまたさらなるディスコミュニケーションを促進するのか、結局はユーザー一人一人の意識にかかっているのかも知れない。(了)楽天アフィリエイト&楽天広場徹底ガイド
2006/11/13
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見出し:消費されないスピリチュアリティについて考える。近藤 裕著『スピリチュアル・ケアの生き方』(地湧社) 30年以上にわたって臨床心理の最前線で活躍し、講演や執筆活動を通じて熱いメッセージを送り続ける教育学博士/サイコセラピストである氏の入魂の一冊である。一読、これは“青年の本”である。何、勿論氏は“生涯現役”“一生青春”をモットーに掲げてはいるが、それとはまったく違う次元で、まさに青春の途上に本当にいる者が著したかのような、青い情熱とひたむきな若さが感じられる。 氏は同書の中で、「戦後教育は。知育と体育には力を入れたが、徳育を怠った」と書いている。そうして、昨今何かとニュースや話題に上り、憂慮される“心の問題”の源泉を、スピリチュアリティに求め、その本質への旅を進めてゆく。平易な文章で、心に響くよう述べられる氏のメッセージは、老いも若きも、そして心の病の顕在していない読者にも、熱い塊となって心に響いてくる。この“青春の書”からほとばしる魂の滴を、ぜひ掬い取っていただきたい。(了)スピリチュアル・ケアの生き方
2006/11/13
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見出し:選ばれし12人の円卓の騎士たち。あなたは一体誰タイプ?ウォルター・バーグ 著、水井 久美 訳『キング・アーサーと円卓の騎士占い』(扶桑社文庫) 映画公開からしばらく時間は経つが、古今アーサー王ブームはいつも衰えない。もともと日本人にはなじみの薄いアーサー王の伝説が、これほどまでに取り上げられることは不思議でもあるが、この加熱ぶりは、関連書籍の大量発行からも伺える。いわく『ハリー・ポッター』も『ロード・オブ・ザ・リング』も、そのルーツはアーサー王伝説だというのだ。あながち間違いではないが、こうした安直な“結びつけ”には、商業主義がちらついて好きになれない。 私も、こうした関心とは別に、アーサー王伝説にまつわる書籍は数多読んだが、正直言って、隠喩や含み、傍流や飛躍が多く、結局さほどの関心は育めないでいた。 そこで、『キング・アーサーと円卓の騎士占い』である。これ、とても単純。要はアーサー王の円卓の騎士達をタイプ化し、自分が誰にあたるか、生年月日で割り出して楽しむのである(一覧チャートがあるので、手間もいらない)。アーサー王伝説モチーフならではの、ニヤリとする仕掛けもあり(守護神の設定など)、案外楽しめる。こういう形でアーサー王伝説に親しむのも、アリ。そう思わせる占い本だ。それが当たっていようがいまいが、いいではないか。そう嘯く私も、案外迷信深かったりするのだが・・・。(了)キング・アーサーと円卓の騎士占い
2006/11/13
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見出し:日本史上唯一ルネッサンスを体験した“羨望の4人組”の悲喜劇。若桑 みどり著『クアトロ・ラガッツィ―天正少年使節と世界帝国』(集英社) 1543年、種子島にポルトガル人が漂着し鉄砲を伝えたのは、日本史の教科書でもお馴染みである。長大な日本史の中で、赤線を引いて試験に臨み、それで通り過ぎてしまったご仁も多いかと思われる。 が、実はこの一件には、日本国際史上きわめて重要な意味がある。外来船の漂着を機に、時の戦国大名の中に、世界に目を開く者がいた。大友宗麟、大村純忠、有馬晴信ら九州の大名が、その端緒だが、彼らが、初めて国(大名)の代表として海外に派遣した使節、そして日本国の外交官として初めてヨーロッパの地を踏んだのが、ローティーンの4人組、天正少年使節団であった。彼らはまた、近代日本の国際観を先取りし、実際に見聞したたオリジネーターでもあった。4人の足取りを追いながら、壮大な偉業に同行しよう。中世日本の世界観、思想、文化も垣間見える力作をじっくりと堪能したい。(了)クアトロ・ラガッツィ
2006/11/13
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見出し:飽くまで、家族学に当てはめた“或る映画”の解釈。小松 祐夫『「ゴッドファーザー」による家族学』(新風舎) タイトルは、仰々しくも『「ゴッドファーザー」による家族学』とあるが、実際は逆で、家族学に映画『ゴッド・ファーザー』を嵌め込み、著者自身のフィールドにおいて、著者自身のフレームで“解釈”した読み物に他ならない。思わず頷けるシーケンスも散見するが、同時に「いまさら」と思う永年のファンもあることだろう。 質、量ともにボリュームに欠け、もう少し深く掘り下げた同じテーマの本を読みたかった。(了)「ゴッドファーザー」による家族学
2006/11/13
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見出し:物の流れ、を視る。日通総合研究所編『新版 輸送の知識』『物流用語辞典』(本経済新聞社) 物流の歴史とは、言うまでもなく古い。物が移動する。そこに付加価値がつく。物が必要とされる。物が溢れているところから無いところへと移動する。物が動く。スペースが空く。別の活用が可能になる。物が動く。物が動く。物が動く。物流の手段が発達する。 これらの連続の中で、まずは狭い日本の中を、次いでグローバリスム化した世界を、そしてIT化した地球上の各個人をつなぐ物流の歩みと意味を知ることは、まさに温故知新の営みである。 もっとも古くて、やがて、いつかは新しい。それこそが物流であれば、人間の不易の社会的営みと、物流が促した経済的繁栄と効率に聡くなることすなわち、人間の様々な根源的欲求や社会行動について知識を深めることになる。従来の物流が見えると、次世代型の物流(それは、もはや物ではなく、無形の知的財産などの情報も含まれるであろう)が見えてくる。『新版 輸送の知識 』『物流用語辞典』は、併せて読んでおきたい。(了)輸送の知識18版物流用語辞典4版
2006/11/13
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本当は666回目の記事に書きたかったんですよね。でもウッカリ666回目、過ぎてました。カテゴリ整理の告知の連続投稿をしていたらいつの間にか…。666と言えば、呪われた悪魔の数字。ダミアンですよ、ダミアン。そう、『オーメン』ですよ。先般リメイクされましたが、オリジナル版公開時は、『エクソシスト』なんかと同じような衝撃で迎えられたようですね。子供が怖い!!そういう映画のハシリです。悪魔払い系映画は、宗教的なメタファーや意味付けもあって、ホラーが苦手な私でも結構見ます。『コンスタンティン』しかり、『スティグマータ』しかり。最近流行の海外ドラマ『スーパー・ナチュラル』も気になってますが、まだ見ていません。兄弟モノ、ということで、兄弟愛の強い私にとってはぜひ見たい番組なのですが。 さてオーメンというと、ポルトガル語では「男」の意味で、フランス語のオム、イタリア語のウオモ(レオンじゃないよ)、ラテン語のホモ(ホモ・サピエンスですね)、英語のヒューマン、と同じ意味あるいは語源です。ユーモアとか、ユマニスムなんてのも同じ語源ですね。 あのオーメン、このオーメンがどうつながるのかは分かりませんが、私、オーメンというと、どうしても幼少時ブラジルで見ていた“オーメン・アラーニャ”つまり、スパイダーマンのTVアニメを思い出してしまうのです。(了)20世紀フォックスホームエンターテイメン オーメン666SUPERNATURAL スーパー・ナチュラル ファースト・シーズン Vol.1
2006/11/13
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