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さて、今回の沖縄旅行が、天候に恵まれない雨降り旅行だったことは先に書きましたけど、何もかもが湿っぽい旅だったわけでもなく、それなりの収穫もあったのです。 今回、悪天候の沖縄を訪れて感じたこと。それは、沖縄がいかに緑豊かな土地か、ということです。沖縄をはじめて訪れ、以来住み込むに到るまで、何度となく彼の地に赴いていますが、そのたびに目がいくのは、あるいは心に沁みるのは、海の青さ、そして空の青さ。しかし今回、はじめて、沖縄の青さではなく緑に癒されました。 高速道路や58号線をゆく道すがら、薄曇りの空の下、あるいは濃密な霧の向こうに、春を、あるいは初夏を待ちわびてみずみずしさをたたえる熱帯特有の植物の群生林が、なぜだかとても印象的で、久しぶりに訪れた沖縄が、“別の沖縄”に目を向けさせてくれたような気がします。 海や空にあの常夏の青さがないのなら、沖縄は、その鬱蒼とした、神秘なまでに野趣溢れる豊かな緑でもてなしてくれるのです。(了)*写真は、今回沖縄で見つけた“強烈”なお土産。行く先は・・・仕事仲間に決定です。沖縄移住経験者の管理人オススメ。沖縄食材はココからどうぞ!!
2006/02/27
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しばらく日記更新していませんでしたが、先述の通り、沖縄、行ってきました。とにかく着いた日からずっと悪天候で、八重山の桜も散り、青い海も空も顔を見せてくれず、残念な旅でした。しかし、長いこと不義理していた恩人や友人にも再会でき、また束の間熱帯気候の熱気(気温は15度前後なのですが、やっぱり湿度が高い)に潤されて、束の間リフレッシュできました。 かつて住んだ沖縄は、相変わらずのようであり、激変の途上でもあるような気がして、それはまた沖縄を後にしてからの自分自身の遍歴と重なって、感慨深い旅となりました。(了)*不在中コメントをいただいた皆様、明日以降改めてお返事いたします。沖縄移住経験者の管理人オススメ。沖縄食材はココからどうぞ!!
2006/02/26
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およそ2年ぶりくらいになるのでしょうか。久しぶりに沖縄へ“帰り”ます。沖縄は、研究室時代に訪れて以来、たびたび足を運び、ついには一年間居住したわけですが、何より、臨床心理学やカウンセリングの世界への目を啓かれた土地であり、また未知の文化や“人の幸”に心躍らせ癒された土地でもあります。転居ばかりの私にとって、ブラジル、長崎に次いで故郷と呼べる数少ない場所、いわば“魂の故郷”なのです。 沖縄には、父や兄と慕う恩人が、すでに手ぐすねひいて待っているようです。たまには仕事を頭から追い出して、旅に就くのもまた愉し、ですね。(了)ザ・ブセナテラス
2006/02/21
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前も同じよ~なイタいタイトルの日記、書きましたけど・・・。今回は内容違い。ズバリ言いますが、iPod nanoを母の誕生祝いにいたしました。弟らと共同で買ったわけですが。 まぁスペックの低いパソコンでiPodってのも拷問に近いだろうと、誕生日その日からは延ばし延ばしになっていたのですが、昨年末に実家がパソコンの買い換えをしたり、通信環境の改善を検討していたので、弟と時々価格の動向をチェックしていました。人気機種ですし、まぁここらがタイミングかね、ということでいよいよ購入→プレゼントへと至ったわけです。 しかし、まぁ第二世代、第三世代をいまだにガンガン使っている私、そしてminiで味を覚えた弟の横で、母がnano使っていたら、ちょっとジェラシーですね。 なんnanoさ?ってね。あ、しつこいか。(了)*ちなみにココで購入。送料込みなので、結局は一番安いのかな(除中古)。ブラックはあと5個ですよ。1個買っちゃったしね。 ↓【送料込・数量限定】Apple iPod nano 4GB(Black)(MA107J/A)
2006/02/20
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見出し:服飾関係者必読。あまりに頑固な、そしてあまりに硬骨な。川淵 勉 (著)『紳士礼装の「かたち」と「こころ」』(繊研新聞社) 「知は力なり」と言ったのは、かのフランスシ・ベーコンと聞くが、本書から「無知は恥なり」と私は教えられた気がする。そう、“知らないこと”ほど礼を失する行為はない。 本書は、今ではなかなか学び教えられる機会が少なくなった紳士礼装についての指南書である。ファッション雑誌や“略儀”にされ過ぎたマナー本では知ることの出来ない、まさに“かたち”と“こころ”を、頑固一徹に、しかし洒脱に解説していく。 すべての礼装には「はじめに時間ありき」と教え、TPOに合わせた装いの上位条件にTimeがあることを改めて認識させてくれる。そして、我々が一般に認識する“礼装の場”や“フォーマルな場”が、いかに非礼の博覧会と化しているかを知らされて耳から火の出る思いである。 服飾業界で数々の大役を歴任し、黄綬褒章、勲六等瑞宝章を賜る硬骨漢は、「何でもあり」「堅苦しいことは抜き」な世の中をじっと見据えながら、一テーラーとして、様式や形式の美しさと大切さを、言葉少なに、しかし一つ一つに重みを持たせて、主に時代の服飾文化を担う者へ、愛情と熱意をもって自らの“知の宝”を分け与えた一冊である。そう、最後まで一テーラーとしての語り口を損なわないのがまた素晴らしい。 しかし最後に、服飾の世界に長年身を置き、それを通じてもの申しておきながら、“結局服装は器で、その中身である人間にマナーや品位がなければ礼装も何もない”と言ってのけるこの執着しない美意識、まさに著者のダンディズムの真骨頂にほかならない。(了)紳士礼装の「かたち」と「こころ」
2006/02/19
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これまたヘンなものを家の中で発見しました(しかし、一体この家は宝の山なのだろうか?)。そう、遡ること9年前。当時一気にユーザーが増大し始めたPHSのチラシです。あの頃はまだ携帯電話なんて“高値”の花でしたからね。 我が家では、まずは弟がこういうのに敏感で、「これがないとサークルのヤツに連絡つかない」とか「仲間はみんな持っている」なんて言って口説き落として、まんまと家庭内に持ち込んだわけですが、今度はその便利さの味を覚えた弟が「兄ちゃん、君も持ってないと君に連絡がつかないよ」と甘い声でねだるもので、こういう拘束的なサービスに否定的だった当時も、ついつい弟可愛さにしぶしぶ契約したわけです。 そのときに通信会社(当時NTTPersonal)からもらったサービス内容のチラシだったのでしょう。ちなみに、弟が使っていたのが画像にある「312S」のグレー。私が同じモデルのブラックでした。シルバーとブラックのツートンカラーで、これに赤いストラップなぞして、モバイル・マーケットが今より小さかった時代にしては洒落た使い方だった・・・かどうか。 このモデル、とても使いやすく、筐体サイドについたPLAYシャトル(ジョグダイアルの前身?)が、電話帳などの即時呼び出しなどを実現していました。 しかし驚くのは、当時のメール機能は、まさにポケベルに毛が生えたようなもの(“ポ毛ベル”ですな)で、カタカナオンリー、50文字平均。それが、この機種が対応していた新サービス『きゃらメール』では、なんと「最大70文字のメッセージを一度にキャッチ!」ってなコピーがつけられて、最大のウリになっているのです。いやぁ、隔世の感あり。 メッセージの読み出しは一件5円(今のパケット1件のような感覚か)。驚きは、待ち受け時間が550時間。写真切れてますけど、左のモデルなんか800時間ですよ!!通話時間だって、「約8時間」・・・って、単位は時間かよ!! この時、PHSを申し込む最大の特典は、なんとPHS番号と名前の入ったオリジナルスタンプがもれなく当たる!!スタンプ押して、PHS仲間を増やそう~、ってな勢いだったわけですが、これはご愛嬌。 後日談ですが、私がPHSを持ち始めてほどなくして、弟は別会社のPHSへと即乗り換えたのでありました。その反動で、携帯電話は私が先に加入。その後は、強迫観念のように、携帯使い倒し&活用マニアになってしまって、弟を驚かせている次第。思えば、このPHSこそが、その後の私の携帯とのつき合い方を決定した“禁断の果実”だったのかも知れません。 さて思いがけず、今度はボックスファイルから飛び出したPHSのチラシ一枚に、おののき、突っ込みまくった週末の夜長でした。(了)
2006/02/18
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今日は一日散策三昧だったのですが、都内某所、某グッズ店のディスプレイで限定7本!スターウォーズ・デス・スターウォッチなるものを発見。なんでも30秒に1回、文字盤にデス・スターが現れる、っていうんですから、これは気が抜けない。緊張の連続です。いつ狙われるかワカラン。。。 でも結構ニクいなぁ、と思うのは、長針と短針が、ルークとベイダーのライト・セーバーになっているところでしょうか。 この時計、世界限定5000本だそうですが、今まで見たことなかったなぁ。(了)*現時点で残り2本になってた・・・。 ↓限定7本!スターウォーズ・デススターウォッチ
2006/02/18
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表参道ヒルズ、そろそろ足を運ばねば、と思いつつも、六本木ヒルズの時のようなモチベーション(六本木ヒルズの時は、ヒルズ内の仕事をしていたため、オープン前から出入りしていましたし、プレ・オープンにも足を運んだのです)が得られず、なんだか「もうちょっとしてから・・・」的ムードが漂っております。 もともと表参道は、私にとって実に馴染みの深いエリアで、遠い昔には同潤会アパートで部活の展覧会を企画したこともあったりして、何とも甘酸っぱくも思い出ある土地柄です。 表参道ヒルズの開発は「東京新名所」として、東京を代表する由緒あるエリアの満を持しての再開発ということで、ことさら慎重に進められた感があります。 都市開発というのは、一歩間違えば文化そのものを激変/破壊しかねない行為なのですが、特に懐古趣味的愛好者の多い表参道であってみれば、表参道ヒルズの内外装のスキームに、古き佳き表参道のテイストが比喩的に、あるいは解釈的に盛り込まれていたとことも、もちろん不思議なことではありません。 しかしながら、人の生活する(“住む”に限らず、“憩い”、“遊び”、“消費する”など含む)「暮らしの空間」ということで考えた場合、「機能的な空間」が即「快適な暮らしの空間」になるかどうかは別問題です。 往々にして、特に日本の場合、長期的な視野での都市づくりがなされてこなかった経緯で、場当たり的な開発が重なり合うようにして拡張してきた結果、機能性も快適性も、どちらも得られないいびつな都市が次々に誕生したわけです。同時に、たくさんの都市や街の文化が破壊され、変形されました。一連の“東京新名所づくり”として展開されて来た昨今の都市再開発は、そうした過去の不具合の微調整的役割もあったわけで、今回“真打ち”表参道ヒルズが、どこまで「機能性」と、都市景観も含めた「暮らしの快適さ」を両立しているものか注目したいところです。(了)『同潤会に学べ』
2006/02/17
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東京が特別寒かった過日、大学時代の悪友であり畏友でありいまなお親友である男と、久しぶりに夕食でも食べようということになり、向かったのが神田須田町。この男、近しい業界にいることもあるし、学生時代から互いにモノ作りについて意見交換し合う仲でもあったので、ずっとメールや電話でやりとりをしていたが、実際に会ったのは実に1年半ぶり。さて、「冬だし寒いしあんこう鍋でもつまもう」ということになり、まず訪ねたのが『いせ源』さん。天保元年創業の老舗だ。 互いに勤務時間が不規則なこともあり、予約なしで店まで向かうと、なんとこの日は外まで並ぶ行列。とてもじゃないが、さらに待てる気温じゃない。で、二、三軒先の、とりすきやきの老舗『ぼたん』さんへ向かう。 ここは無事入店できたが、思い起こせばこのお店、3、4年前にも同じ友人と、同じような時期に足を運んだ記憶が・・・。 ともあれ、『ぼたん』さんである。創業明治30年、風情のある木造建築(“都選定歴史的建造物”のプレートが玄関に!!)に伝統あるもてなし。寒い夜だからこそ、待ち合いの練炭が暖かい。二階の座敷では、早くも一杯引っ掛けて出来上がったお客で溢れている。 無論、このお店にはメニューはない。一品ものはあるが、座敷に招かれたら、何はなくともとりすきやきである。小さな鉄鍋の中で、甘いダシに鶏の煮える香りが芳ばしい。ガスは使わず、備長炭でしっかり、じっくり火を通す。具材は、鶏の他には豆腐、しらたき、ネギだけというのも潔い。 煙をはさんで相対した友人とのひと時も実に愉快で、「やっぱりこの時期は『ぼたん』のとりすきやきに限るな」というところで意見が合意に達して、それぞれ東京の夜に消えたのであった。(了)*さらに『ぼたん』さんの情報はコチラ。 ↓『じゃらん』『東京神田ガイド』
2006/02/16
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そう遠くないついこの間、世界中を席巻した話題のミステリ小説、『ダ・ヴィンチコード』が映画になります。公開を5月に控え、いったん沈静化に向かったブームも再燃の予感です。同書の文庫化も実に巧みなタイミングです。 コード=暗号なのですけど、まぁ高度にIT化された日常を生きる我々は、すでに“解読されてはならない暗号”にがんじがらめになっているわけです。 クレジットカード、キャッシュカード、PCの諸サービスに携帯電話。昨年4月の個人情報保護法全面施行の煽りもあって、今や誰もが溢れ返るほどの個人の情報を有し、おまけにその自主管理に追われている有様。 私も、あまりにパスワードや暗証番号が増えていくので、必要のないものは解約して身軽になり、必要なものは定期的に設定を変更するなどして、このたびフリーソフトで一括管理することにしました。 しかし本来は第三者に対して解読されないようにと設定するコード、暗号、暗証番号にパスワード。でも、それが本人でも分からなくなってしまう世の中ですから、これじゃ科学万能主義のダ・ヴィンチもお手上げですね。(了)ダ・ヴィンチ・コード・デコーデッド【予約】 ダ・ヴィンチ・コード 上中下巻セット
2006/02/15
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今年も早くも2月半ば、愛に溢れたヴァレンタイン・デーの夕べ、皆様いかがお過ごしでしょうか? 今さらながら、手帳です。2月なのに、手帳です。実は、12年間愛用した手帳が、さすがに傷んでしまい、今年は新しい手帳を買いまして、中身を移したりなんかしてまして、気がつけば春はもうそこまで・・・。 物持ちがいいのはいいことですが、さすがに毎日使うモノを12年間、というのはかなりの剛の者ですよね。何でそんなに愛用して来たか。これ、実は敬愛してる叔母から、二十歳の祝いにもらったモノなんですよ。当時は、大抵父が仕事でもらってきたものや、購買で買った手帳を使っていましたが、とにかくあの頃からメモ魔だった私。いつも手帳が切り貼りなどで膨れ上がっていまして、「まともな手帳、使おうかな」なんて思った矢先、折よく叔母から贈られたモノだったのです。 “バブルの申し子”を自認する叔母は、華やかな業界でバリバリと働く女性の先駆けの一人でもあったわけで、金遣いの荒い人ではないですけど、いいモノを知ってる人。とくに、小物に強い!!そういうわけで、そんな叔母からもらった手帳は、何度も脂を注したり、保革したりなんかして、ずっと使い続けていました。ネイビーだった表紙も、今ではすっかり褪色し、緑がかってヨレヨレ。 この12年間は、個人的には、文字通り駆け抜けた期間だったわけですが、それを共にした逸品との別れに、一抹の寂しさを憶えたり憶えなかったり。 湿っぽくするつもりはなかったんですけど・・・。とにかく手帳には「お疲れさま」とねぎらいの言葉をかけ、しばらくは引き出しで“殿堂入り”してもらうつもりでいます。(了)
2006/02/14
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最近ちょっと煮詰まってるのかなぁ、なんて思います。この時間。時々常軌を逸した寒~い、けれど心地よくシュールな何かを叫びたくなる“魔の時間”。 年末から気になっていたこのTシャツを貼って、今日はさっさと眠ろう・・・。(了)言葉はいらない・・・。ただ、「もす」とだけ・・・。
2006/02/13
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最近携帯電話も、各社『おサイフケータイ』(Felica)対応になりまして、ますます便利、ますます個人情報自己責任。結構なことでございます。 ともあれ、電子マネーの流通が本格化し、今後ますます定着すると、なるべく手ぶらでいたい向きには、なかなかどうして案外住みやすい世の中になるかも知れませんね。 私は昔から小銭入れを持たない主義(というより、いつもコインケースだけ紛失するのです)なので、いつも小銭はポケットにジャラっ、と。帰宅したら、まっさきに小銭専用貯金箱にジャラっと。 そこで考えました。小銭対応の入金機を作り、携帯電話をかざして本人確認。あとは受け皿に小銭を流せば全部携帯にチャージ!!あぁ、便利。って、私の都合ですけど・・・。でも、そんなサービスあったらいいなぁ、なんて思います。とにかく身軽でいたいだけなのです。『おサイフケータイ』から『小銭入れケータイ』へ。未来はそこまで来ている・・・か!?(了)Felica対応、ソニーエリクソン社 au携帯電話 WIN W41S(機種変更13ヶ月~24ヶ月目/ACアダプタ付)
2006/02/13
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先日静岡に取材に行きましたが、その取材先はこれまでになく商売っ気のない酒店さん。それもそのはず、ディスカウントショップの登場やネット通販の大波に呑み込まれ、それに抗うことも、乗ることもできなかった地域密着にして常連一本の頑固なお店。 そういう事情もあってか、お店のご主人はどこか浮世離れして超然とした隠者の趣き。「うちには何にも魅力も特徴もないよ」とのたまうが、8代続いた名門の酒店を継いだその日から現在に至るまでのン十年間、一日として仕事を休んだことも、お店を空けたこともないとか。 今も昔も、お酒1本から注文を受け、自転車にまたがって、慣れ親しんだこの町を配達に行くというのです。 年中無休と銘打ったサービスは今や珍しくもないですが、ひとり、店主そのものが年中無休を続けて来たことのほかに、何の魅力やメリットを付加する必要がありましょうか。それ以上のブランド力なんて存在しませんよね。 店主の酒屋人生を共に歩み、支えて来た“名車”は今も健在、現役だそうです。(了)*写真は、店主の愛車にして名車。いまなお現役!!
2006/02/12
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見出し:享楽の斜塔は崩落するか?自己愛のレンズで人類の歴史を覗く。岡田尊司(著)『自己愛型社会』(平凡社新書) 自己愛性人格障害の“条件”は、相当に細かく具体的で、かつ広範である。だから、熟考して、自己愛性人格障害が本当に病理であるなら、この世にこれに罹患しなかった者など一人として存在しないのではないだろうか。 歴史というものは思いのほか非ロマンティックだ。それらはきわめて論理的な繰り返しの連続であり、おまけに、後代の何者かによって、ご丁寧な分析と理由付け、そして解説がなされているからである。 さておき本書の最大の面白さは、その生真面目にして悲壮感漂う終末論的展開ではもちろんなく、「自己愛の観点から歴史を見直す」という点である。いかなるレンズで歴史を覗いても、そこに自己愛のみが存在することは分かりきったことである(そう、そのオブライジこそが自己愛性人格障害のレンジの広さというミソなのだから)とは言え、これが大変興味深く、実に見事に我々人類の辿ってきた歴史のダイナミズムを合点のいくよう説明してくれて、喉のつかえがとれる爽快感も味わえる。この説得力は、むしろ精神科医というよりも歴史学者のそれだ。 一方で、歴史の転回と自己愛の結び付けは鮮やかながら、その解釈にはいささか紋切り型なものが散見され、その広範な知識でもって我田に水を引くような筆者の強引さも目につく。 私は、自己愛性人格障害という病理の定義や存在の有無の確定については待ったをかけたい立場であるし、ゆえになおさら、筆者の論調にサヴォナローラ的熱狂を感じ取って、いささか慄然とせざるを得ない点もある。そして何より、もし自己愛が人類の歴史を作ったのなら、今日の社会を形作るのも自己愛であり、それこそ筆者の考えるように、自己愛こそが世界を崩壊させるのであろうが、これはもはや人知で止めるべきものではなく、否応なく実現するということである。禁欲の修道僧の辻説法も、歴史の論理的な振り子-そう、歴史の力学である-に抗すること能わず、ではないであろうか。(了)
2006/02/10
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先日都内某所でタクシーに乗った時のこと。この運転手さん、乗ってから降りるまで眠りっぱなし。で、「ちょっと!!」と声をかけようと思いましたけど、ヘンに肝が据わってしまい、じっくり観察することにしました。 まぁ、よほど疲れているのでしょうか、信号で止まるごとに、助手席の方まで体を傾けて眠る眠る。二回もよだれ拭いてましたらね。で、信号待ちで隣につけた別のタクシーの運転手さんが、窓越しにこちらの運転手さんの熟睡ぶりをみて、二度振り返って目を丸くしてましたから。 結局無事目的地にはたどり着いたのですが、異様な経験をしました。で、分かったこと。居眠り運転は厳禁です。乗っていて分かりましたけど、やっぱり反応が鈍いですね。信号が青に変わってもなかなか発進しない。前方で信号が黄色になっていても、なかなかスピードを落とさない。路線変更に時間がかかる。うん、教習所の学課もなかなか正しいこと言ってます。 一つ、この運転手さんがすごいなと思ったのは、居眠りをお客様である私に気付かれてから車間距離を大きく取るようになったこと。さすがにプロです。ってそんなところに感心してる場合じゃないか。(了)
2006/02/09
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『葉隠』じゃないですけど、大げさなタイトルです。武士道かどうか分かりません(一応武士の血は引いてますが)けど、少なくとも大和魂と富士山。合うのかも・・・。 静岡での取材の帰り、ちょうど日が沈む直前、新幹線の窓から見えた富士山の清冽な姿。山に特に興味があるわけでも、富士山に特別な思い入れがあるわけでもない私でさえ、やっぱり「きれいだなぁ」と素直に感じました。 心なしか今年は雪化粧が薄いようですねぇ・・・。(了)
2006/02/08
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明日は静岡県へ取材です。いったん佐賀県に決まりかけて土壇場で静岡。うーん、静岡はすでに足を踏み入れた土地。白地図、塗りつぶしかなわず無念です。 しかし、この「出張取材で、日本全国、国盗り物語!!」のスタート地点、まさに最初の取材先が静岡県は焼津市であったことを考えてみれば、なかなかに感慨深いものがあります。 明日の天気はどうなんでしょう?晴れていれば、2006年初の富士山が拝める・・・かも。(了)静岡県、菊川町 森本酒造の銘酒『花童』特別純米酒 1800ml【火入】
2006/02/07
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今日はちょっと“働く環境”について。私の場合は、フリーであることもそうですが、職業柄基本的にはパソコン、いや究極的にはペンと紙があればどこでも仕事ができるのですが、逆にそういう“使い勝手のよさ”につけこまれて(?)、出先出先にデスクがあったりします。なんか、ありがたいことにメールアカウントまで用意してくださる制作会社やデザイン事務所などもあって、ホント助かるのです(が、それだけ足を運んでください、という暗黙のプレッシャーだったりもします)。 今日は、その中でも一番よく利用している“秘密基地その1”を紹介。ここは、交通の便がかなりよく、スタッフが敏腕ぞろいなことからベース基地にしている制作会社なのですが、これがまた文字通り“隠れ家”的な佇まいでして。 築ン十年。天井やけに高く、ホコリっぽい室内。階段、廊下は薄暗く、配管丸出し。エアコンの効きも悪く、アンチ・ウォームビズ驀進中的勢い。でも、なかなかに居心地が良いのです。また、カメラマンさんやデザイナーさんなど、そっち方面の方々には「格好いい」「雰囲気がある」「レトロでモダンだ」となぜか評判がよく、もって“たまり場”になっているワケであります。 で、私の机。本、資料、書類。壁には映画のチラシや自作のイラスト、ハガキ。食玩などのフィギュアが整然と並び、作業はもっぱら、自前で置いてあるPowerBook G3。 ただしこの稼業、いつ何があるか知れぬゆえ、必要とあれば5分でその場からフェイドアウトできることも重要です。そこが居心地がよくなりすぎたり、こだわりや未練ができると、何かとしがらみに縛られますので、最低限のものはすぐに移動できるようにも配慮しています。 とはいえ、自宅のデスクがもっとおとなしい分、こちらでは存分に暴れてますね。好きなものに囲まれ、好きな時に、好きな方法で高いパフォーマンスを出す。これ、まさに遊撃戦。ゲリラの基本でして、だからして“神出鬼没な睡眠好きライター”にとってこのデスクは“秘密基地”なのです。(了)
2006/02/07
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長きにわたってお送りしてきました、東京下町は月島のもんじゃ屋さんめぐり、“もんじゃ慕情”。一人暮らし時代の食べ歩きメモが引っ越しの段ボールから偶然に発見されたのをきっかけに、ノスタルジックな想いと、メモのデータベース化(そう、データベース化の話は当時から周囲に催促されていたのでした)をしたいという気持ちから、この連載はスタートしましたが、それもとうとう終了となりました。 振り返ってみて、とにかく飽きもせずによく通ったものだ、という達成感。なにしろ、もんじゃ屋さん通いが過ぎて、当時着ていた服はみな、もんじゃの匂いがこもってましたから。特にダウンジャケットとか。 そうした達成感とは別に感じたこと、それは、これだけ単純な料理を、どこのお店もよく工夫して、まさに“何でもアリ”なバラエティでもって、サービスしているというそのクリエティビティの高さ。チャレンジ精神とも言えるでしょうか。 一般には、“古き佳き下町”と呼ばれるエリアで、昔ながらの人情や伝統を守りつつ、すでにあるものを使って新しい勝負に打って出る。こうした営為に、まさしく人間の持つエネルギー、たくまさしさを感じてやみません。事実、私が引っ越した直後、界隈は“もんじゃストリート”と呼ばれ、地域の再開発と戦ったり折り合いをつけたりしながら、一時華やかなスポットになったものです(地元の方は“もんじゃストリート”という呼び方を好んでいませんでしたが)。さらにその後は、一年間も私の睡眠を妨げた工事が終了し、大江戸線が開通。便利なエリアとなりました。そのエネルギッシュな保守と変貌の様は、“月島ルネッサンス”と呼んで差し支えないでしょう。 さて、その後も何度か懐かしくなって、あるいは友人知人に「マエストロ、いつもの“もんじゃ焼きの腕前”見せてくれよ」とおだてられて、月島のもんじゃ屋さんを訪れたものですが、何故でしょう。特別な感情が何も生まれないのですね。完全に、外から流行りのメニューを食べに来た人の気持ち。 たとえ一年間とはいえ、その場所で暮らし、その場所を象徴する食文化を追い続けているうちに、いつの間にか“もんじゃ焼き”という食べ物を、彼らと同じ目線で愉しみ、味わっていたのかもしれません。だからこそ、評価にも辛口になった。顔なじみのお店もできた。ちょっと一品、でも気安くのれんをくぐれた。 勝ちどきを離れ、月島を離れて“余所者”となった今、当時鉄板のごとく熱していた自分の内の何かはすっかり冷えきってしまい、それは同時に私が新しい居場所を見出したことでもあり、そのかわり当時の居場所を失ったことでもあるのかも知れません。 何かの終焉には喪失感が伴うもの。あのとき、もんじゃ焼きの煙と匂いと熱気の中に、確かに私はいました。今は、そのすべてを失ったのです。振り返るという行為は、何を得たかを知ると同時に、失った何かに目を啓くことでもあるのですね。(了)*長い間おつき合い下さった読者の皆様、ありがとうございました。*一連の店舗評価は、私の独断と偏見によるものです。また、この評価は98年時のもので、現在の評価と同じではありません。“月島の現在”は、どうぞ読者の皆様の舌で確かめてみて下さい。
2006/02/06
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★1998年2月11日…『ひさご』★メンバー…両親、弟と4人で。★コメント・この日が勝ちどき生活最後の一日となり、もって“最後のもんじゃ慕情”となる。まさに引っ越し前夜のことである。・わずか一年で膨大になった蔵書数々など、あまりに引っ越しに手間がかかるので、家族が皆手伝いに来てくれた。・この日は昼に“もんじゃ納め”をし、夜は『寿苑』という、これまた結構な焼き肉屋さんで締めた。・スタミナもんじゃ、明太子もんじゃ、豚天、切りイカ天を食べる。・翌朝は、急にこの土地を離れ難くなって、朝から荷物を送り出すと、窓からの景色や通りのあちらこちら、馴染みになった散歩コースなどの写真を、弟と二人で写真を撮りまくった。実にいい時期が終わろうとしていた。弟も、この春から銀行マンである。★評価二度目以降の来店なので評価はなし。月島もんじゃ焼き
2006/02/06
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★1998年12月23日…『ひさご』★メンバー…弟と2人で。★コメント・チーズもんじゃ、桜えびもんじゃ、焼きそばを食べる。★評価二度目以降の来店なので評価はなし。月島もんじゃ焼き
2006/02/06
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★1998年11月20日…『ふくちゃん』★メンバー…学生時代の親友と、弟と3人で。★コメント・「19日ぶりに早く仕事が終わった」という親友が、急遽“兄弟もんじゃ”に闖入。しかしこれが意外に違和感もなく盛り上がる。・路地奥にある雰囲気のあるお店。・スタッフは無愛想だ。・ふくちゃんもんじゃ、めんたいもんじゃ、餃子天、焼うどん、じゃがバターを食べる。★評価人情…2味……4値段…4量……4月島もんじゃ焼き
2006/02/06
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★1998年10月23日…『たんぽぽ』★メンバー…部活の先輩Sさんと2人で。★コメント・突然大学の部活の先輩Sさんに呼び出され、実現した再会。・2回目であることをうっかり忘れて入ってしまったお店。・しかし前回とはうって変わって、サービスアップ。・ソース煎餅をもんじゃにまぜて食べると美味しいと教えてくれた。・もちもんじゃ、ベビースターもんじゃ、きむち天を食べる。・最後はお約束の『タンプルタン』(ケーキ屋さん)で締める。★評価二度目以降の来店なので評価はなし。月島もんじゃ焼き
2006/02/05
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★1998年10月12日…『哲ちゃん』★メンバー…祖父母と従兄弟と4人で。★コメント・当時受験生だった従兄弟が塾が休みということで、この日は月島に遊びに来たので、祖父母と4人で勝ちどき界隈を散策・案内し、路地奥の月島観音を見せた後もんじゃ屋さんへ。・新しいお店だから換気が良い。・祖父母が懐かしがってラムネを飲んだ。・「はじめてもんじゃを食べたので、友人に自慢する」と従兄弟。・もちもんじゃ、明太子もんじゃ、もんじゃを食べる。★評価人情…3味……4値段…4量……5月島もんじゃ焼き
2006/02/05
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昨晩から急に冷え込んでいます。あまりの寒さに、出不精がさらに出不精になりそうなワケですが、今夜はシチューなぞ作ってみました。ル・クルーゼ の鍋は、シチューなどでとても威力を発揮します。 ちょいと工夫でもしてみようかと思い、今回はエシレの無塩バターをやや多めに野菜を炒め、オレガノ少々、軽く溶いたチキンブイヨン1かけら、ブラックペッパーを加えて、よく炒めました。そこに水を加え、最近お気に入りのグリコの『ZEPPIN』シチューのルウを加え煮込みました。またパルメザンチーズを少々加えました。下味がやや強いはずなので、ルウは気持ち少なめに。最後は牛乳を入れて出来上がり。 とにかく、野菜や具を煮込む段階で、慌てないようにし、じっくりじっくり、長い時間をかけて灰汁をとりながらトロ火で煮込みましたが、この鍋は本当にいい塩梅で煮れるので重宝します。 さて、せめて寒い日くらいシチューで暖まってみますか。(了)*写真は牛乳を足す前、すなわちルウ入れ直後。なんかイマイチおいしそうに見えないのは何故?*いつも重宝しています。なんか、何かと使い勝手がよいモデルなんですよね、コレ。 ↓ル・クルーゼ ココットロンド 18cm ブルー*今日の決め手はコレ、コレ。エシレのバター、いいですよぉ。 ↓フランス産最高級発酵バターエシレバター100g無塩X5個3月4日発送
2006/02/04
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昨日は節分でしたね。我が家では昔から、とにかく何があろうとこうした季節の風習は守ってきたものです。一人暮らしになろうと、沖縄に移住しようと、とにかく節分は豆まき。 で、昨晩も豆まきをしました。パラパラ~っ、と。「福はぁ内ぃ~、福はぁ内ぃ~」。ベランダの下では、つぶての音が・・・。 豆まきというと、必ず思い出すこと。それは、小学生の頃のこと。私の父は、とにかく声がデカイ。しかも、周りの目を気にしない、超マイペース&天然さん。小学生の節分のとき、帰宅した父が「よしよし、さっそく豆まきだ」と言って、私たち兄弟をベランダに連れ出し、やにわに「鬼はぁーーーーーっ、外ーーーーーーっ!!」「福はぁーーーーーっ、内ぃーーーーっ!!」。天をも突かんばかりの大声で、力士の塩まきかと見まごうほどの勢いで豆まき!!「あちゃーーっ」、と私たち。 翌日、学校の友達に、「昨日さ、団地にすごい大きな声で豆まきしてる声、響いてたよね」「うん、俺も聞こえた」「あたしも」・・・。横で、何食わぬ顔で、関係ないようなそぶりをしていたのは言う間でもありませんが、その声の主が我がオヤジ殿であることもまた疑いえぬ事実。豆まきして、一寸法師のごとく小さくならないといけないなんて!! 昔の人は、翌日の道路の豆が汚いとか、声が騒音だとか、そういうことを気にせず、風物詩的行事に、真剣に、ワクワク感をもって取り組んだのでしょうね。今はなかなか難しいですが。 小声で、ヒソヒソと、数粒をちょろっとまくのが関の山。都会に住む現代人こそ究極の野暮かもしれません。 ところで、「俺は性善説でな、鬼なんかいないんだから、“福は内”だけ言えばいいのだよ」と教えたのも父で、今では私も「福は内」しかいいません。実際、世間は鬼ばかりなのですけど・・・。(了)*写真は、今年の節分用の豆についてきたお面です。しかしなんでニャロメなんだ???裏の注意書きが秀逸。「おめんを顔につけますと視野が狭くなり、思わぬ事故の危険がありますので頭かおでこ(額)につけてお遊び下さい」。注意書きも読まずにかぶってみて、「前が見えん」と言った私が愚かなのか・・・。鬼にまで気を遣わなくてはいけない製造者の説明責任。そして然り、近現代人は確かに、社会や文脈の関係性から要請される様々な“お面”をつけることで、視野が狭くなっている!!慧眼なり!!
2006/02/04
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一体このブログ、どうしちゃったんだ?とお考えの読者諸氏も少なくなかろうかと思われる週末の深夜、皆様いかがお過ごしでしょうか? もはや『バベルの図書館』ならぬ“『バベルの鉄板』状態”で、あわやブログ名改名か?との噂も囁かれる中、“もんじゃ慕情”と題されたこの食べ歩きメモのアップも、めでたく終盤へと差し掛かっています。 “もんじゃ慕情”開始の折に記したように、このメモは完全版ではないのです。一年間という限られた日数で、およそ60回(二度以上訪れたお店も含む)ほどもんじゃ屋さんに足を運んでいるのですが、そのすべてのメモが残っているわけではありません。 お気づきの読者もおられるかと思いますが、事実すでに、メモとメモの間が随分空いている月もあります。これは何も、暑い夏に、熱くけむたいもんじゃがイヤで怠慢していたのではなく、実際にメモの一部が散逸しているのです。これは後半、つまり研究論文の執筆が忙しくなる時期にはさらに顕著で、メモ帳を繰ってみると、このブログでアップしていないメモは残りわずかになってしまいました。 ひょんなことから再発見したメモに過剰な懐かしさを覚え、ブログ上でデータベース化しておきたいという思いから書き始めた“もんじゃ慕情”も、もうじきネタ切れ、いや失礼、お別れです。 さぁ、このまま一気に最後まで、めげずにアップするぞ~。今しばらくお付き合いください。(了)
2006/02/03
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★1998年9月25日…『みっちゃき』★メンバー…特別な友人と。★コメント・新しくできたお店。なぜか、パーシー・スレッジやシュープリームスなど、オールディーズの曲がかかっている。・店名『みっちゃき』は、どうも店主の名前“みつあき”から来ているらしい。・北海道もんじゃ、もち明太もんじゃ、チーズもんじゃ、あんこ巻きを食べる。・遅くまでゆっくりサービスしてくれた。★評価人情…4味……4値段…4量……3月島もんじゃ焼き
2006/02/03
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★1998年9月10日…『はざま 2号店』★メンバー…弟と弟の部活の先輩ら3人で。★コメント・なぜかこのメンツ。・ゲストご希望の『錦』が満席で『はざま 2号店』へ。・もちもんじゃ、切りイカもんじゃ、えび天、あんこ巻きを食べる。・弟が鉄板でヤケドした。★評価人情…5味……3値段…3量……4月島もんじゃ焼き
2006/02/03
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★1998年7月23日…『ひさご』★メンバー…大学時代の部活の先輩と2人で。★コメント・先輩Oさんとは1年ぶりの再会。その時間を埋めるのは、やっぱり部活時代の話で、結局「今誰と連絡取ってる?」「あの人どうした?」「懐かしいね」という話題でオチがつく。・Oさんはもんじゃ初挑戦ながら、かなり器用に焼いてみせた。・さくらえびもんじゃ、もちもんじゃを食べる。・オチはまた別にあった。もんじゃを突いている間にOさんの車に駐車違反の“アクセサリー”をつけられており、その後はどうなったか、しかるべき罰金を払ったそうである。★評価二度目以降の来店なので評価はなし。月島もんじゃ焼き
2006/02/03
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★1998年7月14日…『バンビ』★メンバー…弟ほか友人と3人で。★コメント・この日は、月島西仲町商店街(所謂もんじゃストリート)の市(祭り)の最終日(三日目)で、すごい人通りである。・弟とその親友の就職祝いということで、ボウリング、花火、もんじゃのフルコースとなった。・祭りでは金魚すくい、宝釣り、数合わせなど懐かしい遊びに熱中する。私の昔からの得意は射的だが、この日も5発で2つのインチキZIPPOを獲得。弟も1つ入手。友人は水鉄砲と万年竹を買っていた。★評価二度目以降の来店なので評価はなし。追)万年竹はその後、なぜか当時の私の部屋に預けられ、とんでもない背丈まで成長し、あとで置き場に困った。また、件のインチキZIPPOのうち一つは、なぜか舌の出ていないペコちゃんの絵が着いており、MilkyというロゴはMillyとなっていた。このインチキZIPPOは、あまりに貴重なので、いまだにコレクションケースに収められてリビングに飾られている(実話)。月島もんじゃ焼き
2006/02/03
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★1998年7月10日…『ひさご』★メンバー…弟と2人で。★コメント・なんだかんだ言って結局、遅くまでオープンしていて足場のよい『ひさご』は、特に兄弟水入らずでもんじゃ焼きをつつく際の“行きつけ”になってしまった。★評価二度目以降の来店なので評価はなし。月島もんじゃ焼き
2006/02/02
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何なんでしょう、パソコンまわりって、同じ色味の周辺機器などで揃えたつもりでも、知らずにゴチャゴチャになってしまいます。だからなのか、単に環境を変えたいだけなのか、最近デスク周りが気になって仕方がありません。先日のSONY『マウストーク』に続いて、こんな妙なものを見つけてしまいました。その名も、『行灯スピーカー』。なんでこーゆー組み合わせになるのだ!!と世界の心中(?)で叫びながらも、ついついスペックをみてしまうあたり、サガですね。しかし考えた人、挑戦したなぁ。 一見木目調のこの行灯スピーカー、実は本物の木なんです・・・ってそれスゴくないか???USBポートでパソコンなどにつなぎ、音質も抜群。で、明かりまで着いちゃうんです。行灯とパソコンをつなげる。USBって、ポテンシャル高いなぁ。と別の意味で感動。さておき、iTunesもかなり楽曲が詰まっているので、行灯に照らされながらデータ整理もいいのかな、なんて、ちょっと寂びた気分になってしまう今日この頃です。(了)*ま、これで聴く音楽と言ったら、やっぱり『水戸黄門』とか『必殺仕事人』のサントラとか、そっち行ってしまうんでしょうかね???「ふふふ。そちも悪よのぉ」、「いえいえ、デスクトップ様こそ」なんて(意味不明)。 ↓行灯スピーカー
2006/02/01
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★1998年6月21日…『小町』★メンバー…母の友人の息子さんと2人で。★コメント・ソースが大阪特注のものらしい。・出汁が薄味に仕立ててあるのは、この特注ソースを生かすためであろうか。確かに、このソースは美味だ。・お店は、1階はせまいが2階は広く、地味だが落ち着いた雰囲気である。・強烈なアピールや個性には欠けているような感じもある。・もんじゃ、ねぎもんじゃ、タコもんじゃ、牛タン塩を食べる。★評価人情…3味……3値段…4量……4月島もんじゃ焼き
2006/02/01
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音楽ライターだったり、書評ライターだったり、コピー書きだったりする私ですが、実は美術好きだったりもする私。直接面識もなく、その作品の実物すら観たことがない私が、戯れに、その場で「私だったらこう鑑賞する」と言ってなぐり書きした評論が、まわりまわって画家本人の目に触れ、それが大変気に入っていただいてしまった(もちろん、それまでもたくさんの大家から評論や推薦を頂戴したそうですが、そのどれよりもご自身のビジョンを言い得ている、ということで気に入っていただいたのですが)ようで、彼を中心にして上海で開催された大掛かりな展覧会で、画家の唯一にして公式の評論として披瀝の栄誉(?)に預かった話は過去に書きましたが、この画家先生、その後もちろん実際の作品も拝見させていただき、またご本人の精力的かつ情熱的なご活動に接するにつれ、私の方がすっかりファンになってしまったわけですが、今回図録を刊行するにあたって、ぜひ件の美術評論を採録させて欲しいと急な要請があり、二つ返事で快諾した次第(校正に1時間しかなかったのが悔やまれますが、それもまた“この文章の持つ運命”にて)。この評論は、英語、中国語、日本語で掲載され、春に刊行される模様です。 このことの何が嬉しいか、って?それは二つ。一つは、原稿書きとして書いた文章が、誰か別の人の手で他国の言葉にどう翻訳されるか、というのが非常に興味があります。私は、普段原稿を書く際に、文学でも哲学でもなく、ジャーナリズムでもない、けれどポエティックでレトリカルな文体を好みます。言うなれば、九鬼周造やガストン・バシュラール的な文体。これは、特に、ガストン・バシュラールの文体(というかリズム、表現)や、物事に対する距離感が、非常に自分と近いもののように感じられるからですが、こうした特徴ある文体が、果たして他の国の言葉でどこまで表現されるのか/あるいはされないのかに、非常に興味関心を掻き立てられるのです。 今ひとつの喜びは、何と言っても「文章の一人歩き」のワクワク感。もともと色気もなく、まして公表する目的もなく、ただし純粋かつ一番好きな書き方で、興が乗って書いた文章が、人知れず思わぬところまで広がっていき、どんどん一人歩きしていく様は実に痛快です。 文章には、手放さず抱きかかえて、いつまでもいじっていたい文章と、手離れしてどう変態を遂げていくかを見守ることが楽しい文章と、二つの種類があります。これは、絵画でも歌でも、なんでもそうだと思いますけど。その二つには、優劣もなければ善し悪しもない。ただ違いがあるだけです。 そして、かの美術評論は、どちらかと言えば後者にあたるわけで、酔狂な動機のかわりに一番好きな形で書いた文章が、予想もしないほどに熱愛されて、それがまた私のあずかり知らぬところで、見知らぬ読み手へと伝播していく。 こうしたありがたいお話をいただいても、文章を書くことだけを愛し(だからこそ“狂恋夢”なのですが)、それ以外のことにあまり興味のない私は、ついついこのようなことばかり楽しみにしてしまうのですが、「もっと営業せい!!」と、周囲の心ある友人・知人はアドバイスしてくれます。いやぁ、友人ってありがたい(?)ですね。(了)
2006/02/01
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