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土曜の明日は、5時間講義です。 体力つけなくてはと、今日は一日、家で本を片手にゴロゴロとしていました。何せ、5時間の中30分の昼食で猛ダツシュですから。さあ、明日は「エネルギッシュに燃えるよ~」
2016年09月30日
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友達の義理母がお亡くなりになられた。 昨夜訃報を聞いた私は驚いている。「私は、まだ田舎にいきたくないの・・」と彼女は言う。「俺は、母親の面倒を見に故郷に戻る」と彼は言う。それから、6年間、二人は別居生活をした。その間には、彼女も1~2か月に10日間ほど、峠を超え田舎に行く、行けば親戚縁者が集まり「やっと、嫁さんが来た・・」と、飲めや食べればと宴会場になる。だから、頭痛で寝込むことが多々あり、91歳の義理母は都度、「もう、札幌に帰っていいんだよ~」と促す。恵まれた環境の中で6年間を過ごしたはずだけれども、彼女は彼女で一人で入院生活を送ること3回、しかも、ご主人にも心配かけるからと誰にも知らせず一人で入退院をしていた・・。嫁として・・これでいいのか、これでいいのか、といつも自問自答し、解決策は「考えないこと」しかし、月日の経過するうちにご主人のストレスも最大限、時折、喧嘩もするようになった二人は。・・きっと、、ダメかもしれない・・・でも、同居はできない・・「お義母さんはいい人、悪い人ではないの、でも、やはり私は一緒には・・まだ暮らせないの・・」と言う。古今東西難しい話です。 自分の親とも同居できない世の中になりました。まして、どんなに良い人でも義理となったら…なかなか・・。これは、戦後大家族制から核家族になったことも一要因ではないかとも思われます。私たちは日本古来の風習を捨て、アメリカナイズで自由な生活を手にした分、自分たちの老後に不安を抱えることとなった。これからも続くであろう日本の悲しい現状が。私もその中の一人です。友達のご主人は、長兄時代の最後のお落とし子かもしれません。長男意識が強く、その分、愛情と責任感の深い人だと思われます。勿論、今もって3世代で暮らしている方もたくさんいらっしゃいます。親を大事にする人というのは、「妻である、または夫である人」も大事にしてくれます。今夜はお通夜・・・彼女は義理母の「この世の旅立ち」に嫁として、感謝の心をもって最後のお勤めをすることでしょう。。「お義母さん、願いを聞いてあげられなくて・・ごめんなさい・・本当にありがとう。。」 合掌
2016年09月30日
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どうして、食べてくれないの! と、母を叱責した私は最低かも・・・今日は母の介助の日、昨晩から母のためにと「今日の夕食」を作った私は、朝から余裕余裕。しかも「号外ファイターズセール」の広告を見た私は、2時間なら大丈夫と、講座に使うカラーカードにかこつけて・・と胸弾ませて家をダツシュしたのが10時半。結局、カードの目的は達したものの12時を回ってしまい、昼食を待っている母に電話をした。・・・何も食べたくないし、朝から何も食べていない・・と小さな声で母は言う。その声を聴いた途端に無性に○が立った私は、、「冷蔵庫の中には料理の作り置き一杯入っているでしょう、パンがあるなら食べていてね、、たぶん13時半は過ぎるから」・・と伝えたそれなのに、電話を切った後には・・母への昼食に・・と、店内を駆けずり回る私がいる。あれは食べないし、コレもダメ、牡蠣弁当はどうかしら・・いやいや、きっと食べてくれない、、アレコレ思案して、物産展で母が喜びそうな「てまり寿司」と「イモもち」をやっと購入し、慌ててアクセルを踏み、途中、母に連絡する。「これから行くよ~間に合うよからね~一緒に食べるからね~」・・・。実家に到着後、「ハイハイ」とフタを開けて準備をしていると・・母は「食べたくない」という。「食べなかったら、体力、免疫力も低下して病気になるよ~ 食べたくなくても、食べなさい」というと・・「食べたくない」とまたまた言う。母との何度かのやり取りで、とうとう大きな声が出てしまった私は、実家までに猛スピードで来たことやら、心配かけないで! ・・と・・何様ぶって言い続けてしまった。母は悲しそうな顔をして、下を向く。「食べなかったら・・・死んじゃうよ~」と、優しく言いたいのに、どうして年老いた母を叱責してしまうのだろうか・・。老いていく母に未だ「母親らしさ」を求め、「各勺とした態度を」願っている私は、本当に成長できてはいない・・。それでも、一緒に散歩をして、介助車を押す母は嬉しそうな顔をしてくれる。日一日と老いていく母を叱りつけるなんて、、、とんでもない自分だと最低だと感じた。。あなただって子供のころは、随分手こずらせたではないの・・・?ご飯食べないストライキも起こしたではないの・・・?風呂敷の中に洋服を入れて、物置に隠れ、心配させたではないの・・・?一番困ったときには、いつも助けてくれたでしょう・・・おむつも変えて、おっぱいも飲ませてくれて、手をつないで歩いてもらったでしょう・・愛を一杯、いっぱいもらったでしょう・・・天使の私が悪魔の私にささやく、今夜は母と共に、いったんは断った夕食を摂る予定です。。きっと母は嬉しそうな顔をして、「悪いねぇ・・本当に悪いねぇ」と言うに違いない。。
2016年09月29日
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ラララ~やったね! ファイターズ! 道民はみんなTVにクギづけで応援していました!二刀流の大谷君は昨日はピツチャーで全力で投球してくれました。 緊張後の歓喜の瞬間に、涙があふれてしまいました! 頑張ってくれてありがとう! 最高のチームに乾杯です! 西武との差が11・5も開き、夏から挽回しつつも・・正直、心配は隠しきれなかったのですが、さきほど4年ぶりのリーグ優勝を決めてくれて、本当に本当にうれし限りです。。レイヤードのホームランに続き、大谷投手の圧巻ピッチングで15者の打倒です。大谷君は「すごかった!」というよりは、母心で可哀想で見ていられませんでした。クールな表情でマウンドに立ってはいたものの、9回裏には、緊張したのでしょうか・・プレツシャーで、ボールが出て、私たちもゴックンとつばを飲み、打たれた時は、ああ~と目を塞ぎましたが、レフト西川さんが 捕球し、最高の瞬間でした。今試合は「大谷投手で始まり、大谷投手で決めてくれました」勿論、選手一軍となってはいましたが、9回裏は投手の「責任」みたいなものです。。ドラマチックな試合と、、解説者のガンちゃんがラジオで興奮して話していました。武田勝投手は今期で引退をしますが、明日明後日の試合では頑張ってくれる事でしょう。毎年、どのチームもファン心は一緒ですね。どのチームが勝利を得ても、今期もハラハラドキドキ楽しませてくれたことには間違いありません。私は野球に全然関心がありませんでしたが、地元に日ハムが来てくれたおかげで、今はファンの一人と、そして、野球への知識と感心が人並みになり、感謝感謝しています。毎年夏に、こんなに熱くなれる私にしてくれた、日ハム選手たちに、心から万歳です! 本当にありがとう! 気を抜かないで、心残すことなく次戦いへと挑戦してください。
2016年09月29日
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あ~ 思う存分に時間を送れるのは、幸せ! 今日も秋晴れ、27度まで気温が上がるというので、朝から布団干しと、昨日に引き続き洗濯フェチの私は、ベランダでご機嫌三昧です。何かいいわぁ・・ お洗濯物がヒラヒラ~ユラユラ~、鯉のぼり状態。それに、お布団だって・・今時布団干ししているお宅は見かけませんが、我が家はベットの上に敷き布団を敷きます。 要は、マットの固さが合わずに、堅布団を敷き寝ます。 お布団だって、、お日様に当てる「ふわりんこん」で気持よ~く寝られる。ベランダは私の憩いのスペース、手稲山も、夜空の星も、お月見だってできる・・ここは、私のストレス解消の場所! 家事も手早く終え、病院で薬もいただき、講座の振り込みも、郵便局で荷物の郵送済み、おまけにドンキで消耗品も買い、時計を見ると12時半です。おなかもグーッグーッ、、「一人ガスト」でもしようかしら・・? 本日のランチは何かしら・・? それとも、「一人ラーメン」だってしたいなぁ・・琴似の焙り味噌ラーメンも食べたいなぁ・・と思いつつも、結局は我が家の車庫に到着しました。。なんだか、損したような得したような・・こんんな晴天の日は、グズグズお家に引きこもっていないで、午後からも私は「カラー勉強のひとつ」と言いながら、外に飛び出し・・秋空の下、西へ東へ赴くまま行ってきまーす。
2016年09月27日
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今日も青空、空気もさわやか、洗濯フェチの私は朝からベランダで干しながら、遠くに見える手稲山を眺める。原始時代の人々は、多神教で、太陽崇拝、山の神様、大木の神様、川の神様、かまどの神様など、何処にでも神様がいらっしゃった。私も、ついつい「手稲山」に向かって、「おはようございます! 今日もお願いいたします」と、小さく声かけをする。。青空なのに、手稲山がかすかに霞んで見える・・・あら~・・白内障になったのかしら・・? 夕べ、眠い目をこすりながら、真夜中午前2時に今夜の夕食を作った私は、気分も最高! 母のところに夕食を持参する日だけれど、バタバタすることもない私は、心に余裕がもてる。人間、余裕が大切ね~ 余裕を作るには、それなりに工夫と自己犠牲が大切。自己犠牲の後には、「時間」という「余裕」が持てるのですから、今日はルンルン気分で、一日が始まりました。これから、本屋に立ち寄り、母とお散歩をしてきます!
2016年09月26日
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陽が落ちるのが、めっきり早くなった近頃は、なんだか無性に寂しさを感じる。北海道は夏が短すぎで、悲しい。 6月は、まだ長袖の時期、7月に入り、手足を思いっきり出せる!!と、色とりどりの洋服を衣装箱から取り出し、鏡に向かってルンルンしたのもつかの間、8月に入りお盆だのとアレコレしているうちに、夕方からは涼しくなり、薄手のカーディガンを要した。デパートにはブーツやら、コーディガンやら、暗い色ばかりがウィンドぅに飾られるようになり・・コオロギの声を聴き、台風が4回も通過して、とうとう夜にはストーを点火したのが9月の半ば、あらっ! 私って、、、季節外れの半そでばかり。。ということで、慌てて今朝から衣装替えで、タップリ時間をかけてしまいました。いつものことながら、古着を捨てようと、大きなビニール袋を用意するのに、ここでも、まだ着れるかなぁ・・と一人ファッションショーが始まり、鏡の中の私は、いつまでも昔のままの自分に浸り、当時のファッションから抜け出せない。。流行にはついていけない、、娘がプレゼントしてくれた「おしゃれが上達する大人服」という本をめくってみても、なんだかイマイチ・・~迷わない、悩まない、年を重ねてこそ、もっと楽しむ!!大人カジュアルのルールですって~「お母さんは色だけで勝負しようとしてもダメ!」・・と恐怖の娘の声が聞こえる・・・フーンだ! お母さんは昔の若いころは、駅前通りでは「ファッションセンスNO1の女性」とまで言われ、ブイブイしながら歩いていたんだもん・・・秋になると、侘しくなるものね~暗い色の服ばかりをクローゼットに入れ替えた私は、ため息ばかりが出てしまう・・
2016年09月25日
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毎朝、我が家の給餌台に「おねだり小スズメ」がやってきます。カーテンの開かないうちから、並んで「ピーッピーッ」とかわいく待ってくれます。これは、給餌台にパンの耳をおいているのを、覗いて見ているところです。
2016年09月25日
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うわ~、すごい! 18センチのホールケーキ、そのまんま! 新リニューアルした札幌地下街の「エスタ店」で、「お土産を買ってきたよ~」と家人がケーキの箱を差し出してくれた。そう、今日は家人が職場の研修会で私が講座初日日、ここ2週間以上私たちはそれぞれ机とPCに向かいっぱなし。ゆったりと話す時間も無いほど、バタバタとしていて、私は私で実家の母の生活介助などですれ違いの日々。。今朝は家人は8時前に家を出て、私は1時間後に車でダツシュ! 帰宅は、それぞれが13時を過ぎて、一足早く来宅した私が、素麺を茹で食卓に並べたころに夫が帰宅した。手から渡されたケーキは大きく、久々ぶりのホール ケーキ。今日は「エスタ」が大盛況で、並んで買ったという「ISIYA」製菓の「キャラメル・・・ケーキ」です。表面はクルミとアーモンドが混ざったキャラメルでコーテイングされ、ホワイトチョコのドーム、切るとシフォンケーキの真ん中がくり抜かれ、キャラメルクリームがトロ~リビッシリです、ケーキ皿に取り分けるだけで、クリームが・・・・それはそれは美味しかったです! 素麺も食べ、18センチケーキも半分をペロリと食べた私たちは、食べ疲れしてしまい・・グーッグーッと寝てしまいました。
2016年09月24日
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母をつれて散歩に出る。 母は介助用の押し車でソロソロと歩き、近隣さんのお庭を横目で見ながら・・「もう、秋・・早いものだね~」と言う。私は、車道側を歩きながら、車の確認をし、母に声かけをする。杖だけでは歩行できなくなった母は、手押し車が頼り、近頃はハンドルに自分の全体重をかけて歩くので、腕と手が疲れると言い、途中で休む。今は20メートル歩くのがやっとやっとで、3年前の母には到底、想像もできない現状なので、母自身は勿論、私たちのほうが面食らっている。老いるとは「悲しいことだ」と有名な臨床心理学者さんがおっしゃっていました。健康の問題もなく一人で生活できるという「健康寿命」が女性75歳で男性が72歳とのことらしいですが、我が家の父は90歳で他界し、母はもうすぐ91歳を迎える。そうなると、子供の私たちは、両親のDNAを受け継いでいたのなら・・まあまあ焦ることもないかなぁ、、と浅はかにも考えてしまう。散歩も終わり家に入ると、今度は孫娘の贈ってくれた「塗り絵」を二人で1時間も塗り遊ぶ。近年の母は緑色が好きになり、洋服も色鉛筆も緑色ばかりをを手に取る・・「36色があるので、他の色も使ってみましょうよ」というと、母は「そうだね・・」と言いながらも、緑色を。。緑色・・・人間関係、安らぎ、ため息、ストレス、自分の居場所、再出発、若返り、神経過敏、やきもち、人生転換期などなど。。。いつものことながら、母と夕食を済ませ、私は自宅に戻る。夫は、PC講師の要請を受け、自宅で猛勉強なので、今回は一人夕食をしてもらった。優しい家人は、母を気遣ってくれ、母の手を引いて移動をさせてくれたり、食事時も母に話しかけてくれる。母もまた、気遣う。。私は私で母と夫を気遣う。。 三人でいると気遣い合戦のようで、互いに疲れる時もある。「どうも、ご馳走様でした、○○ちゃんに(夫の名前)一人夕食をさせて申し訳なかったと宜しく伝えてくださいね!」と実家の玄関で母が頭を下げた。私は、、、今日は母にだけ気遣いすればよかったので、、楽でした。。笑い
2016年09月23日
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いよいよ、今週土曜からスタートします。人生80年の時代となり、様々な人達が、色々な場所であなたを必要としております! 9月24日スタート!! ★色で~燃ゆる秋★ ~秋季カラーセラピスト~ カラーセラピーとは占いではありません。 カラーセラピーとは色の心理的、生理的効果を使って心身の バランスをとることを目的とします。 選んだ色はその人を映し出し、内面と向き合うキッカケ作りや 心の中のモヤモヤを言葉にするだけで、自分に気づき、時に 問題を解くカギをみつけ、自分の方向性も見えてきたりもします。 ♥セラピストは「内面と向き合う 手助けをする人」のことです。☆受講しながら、きっと・・・自分の心も沈静化されていくのを・・・・・・感じられるでしょう。☆終了後はセンセーション・ジャパンよりカラーセラピスト資格認定をされます。☆さらにセッションに続く、ハンドリフレも取り入れます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 期間 9月24日簡講!土曜6回~(応相談時期)10時~12時 場所 サンプラザ 札幌 ・・・・連絡先186- 011-765-6413 受講料 ただいま 最大特別割引中!! 詳細は電話にて・・・・ レッツ!スタディ 札幌
2016年09月22日
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今日は晴天です、お陰で台風16号の影響もなく、朝から真っ青な空で、気温も高く、早めのお洗濯とお布団干しをしました。。おまけにお勉強も終わり、のほほ~んとお出かけしています。大通り公園は「食の祭典」が続いており、大勢の人が来ております。私は、まったりとベンチに腰掛け、人間ウォッチングなど。。。人も鳩もカラスも、こんな日は日光浴が一番ですね。ほっこり、ほっこり、心も体もゆったり、、
2016年09月21日
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今日はお彼岸の入り、朝からお赤飯を炊き、半分を「おはぎ」にして、ただいま、実家に届けたばかりです。父のお墓参りとのことで、私は勉強なので時間もなく、せめてもの・・父の好物だった「おはぎ」を作りました。それで、昨夜の「敬老の日」の疲れもあり、、一人ガストに立ち寄りボッケリしています。可愛い旗がなんとも、、ラララ~の気分です。
2016年09月20日
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真夜中のグチなんて、、読み飛ばしてくださいまし。エエ゛ー、朝からおなかを壊しているって・・・ 今日は敬老の日です。 土曜の文化塾後に母のプレゼントを物色しにデパートめぐりをし、昨日は昨日でまたまた○○オンにまで出かけ、あれこれと探してみたものの、90歳の母にはどれもこれもが必要のない物ばかり。ということで、母をつれて食事に行こうと(毎年のことですが)昨夜からアレコレ考え、母にもリクエストを聴いていたのですが、朝になり「トイレに走り回っている」との言葉で。。。すっかり予定も狂い、今に至っています。敬老の日は特別に何かをするためとは、限らないのですが、やはり20年以上もつづけているセレモニーを今さら、欠くわけにはいきませんし、来年も迎えられる母の年齢ではありません。楽しみにしていた母が一番自分を情けなく感じているのでしょうが、さてさて、どこにご招待していいものか、雨降りの中・・考えてみます。という訳で・・ずいぶん悩んだ結果、夕方、母に「和食か洋食」を提案したところ、明日は兄夫婦とお墓参りに行くという・そのあとはハンバーグなど食べる予定だというので、「お寿司に決定」!!ところが、車中で母の心は「お寿司」から「中華」に変更し、お店に行くもビルの跡地が売りに出されていたので、仕方なく、味の民芸の「おうどんや」さんに決まった。イスに座りメニュー見ながら、私は何も食べるものがないと母が言い出し、、「オモチの入った鍋焼きうどん」だけ頼んだ。私たちは長崎ちゃんぽんと小鉢丼、カツ重丼にうどんつき。本当にそれだけでいいのぉ~ 小丼などはいかが・・・? 母の返事はいつも「これでよい」お膳枷が運ばれてきて、ぺこぺこのおなかは食べる気満々、なのに、母が「うどんが長すぎて切れ間がないので、ハサミが欲しい」でした。 半分以上はうどんを家人にあげ、エビ天・オモチちと長ネギ、うどんを2本食べていたようでした。 温泉卵も「食べたくないのであげるよ」~といわれ。家人が食べた。食後は、母はウインナコーヒーを珍しく飲み干した。私たちは「2色」アイスクリームをたべましたが、母の視線がずっとアイスだったので、、私のアイスと母のコーヒを交換してあげたらよかったと後悔しました。今日の中心は90歳の母ですもの・・・なんでもしてあげたいし、母も甘えすぎて失礼な言葉を時々、投げかける…こんな時は気にしない・・気に留めない・・ 無視する、話を聞こえないふりする・しかし、その上うえ母は、食事後にドライブで50年前にすんていた北大通称大学村まで行きたいという。家人は頑張って夜道を飛ばしてくれた、あそこがハーさんの家、ここが北さんの家、あっあっあちらがムツコの家でお向かいは「中尾様」・・・・随分、やり手のおばさまだったわ~ただひたすらアッシー君まがいの夫は、嫌な顔一つせずに最後まのでおつきああしてくれ、実家の中の防災対策してくれました。母にとっては、たぶん50パーセントの満足感だったと思いますが、私たちは母の揺れる思いに100%はお付き合いしました。これだって、来年は・・・と思い、できる時に、できることをしましょう! 敬老の日にグチなんて、、浅はかな私で、ちょっとだけ元気のよすぎる母に振り回されました。。。
2016年09月19日
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寂しげでもあり、ハンサムボーイのピアノの詩人ショパンのお話しです。昨日の清塚信也氏の講演での続きです。。。恋というものは時に人を「詩人にしたり、作曲家」にもします。 大作曲家たちも様々な恋をし、口に出せなかった感情を音楽に託して、素晴らしい曲を後世に残してくださいました。ショパンは、とてもハンサムでしたが虚弱体質で、肺結核に侵されていたとのことです。そのようなショパンは、その生涯で3つの恋をしたとされていますが、悲恋に終わりました。幼馴染の貴族の娘であるマリア・ヴォジンスカとは婚約までしたのですが、肺結核だったことを理由にマリアの親から猛烈な反対をされ、結果的に結ばれることはありませんでした。そのマリアとの別れに胸を秘めて「別れのワルツ」を作曲したそうです。その後、ショパンは体調を崩したものの、ジョルジュ・サンドという女流作家(子持ちだったそうな)との恋は10年にもおよび、同棲までしたのですが、ジョルジュがすべての面で彼を支えたそうです。二人が島まで逃げた時に嵐に遭遇し、ジョルジュが食料品を買いに出かけ、夜になっても帰ってこないジョルジュに不安感を覚えたショパンは、雨音を聴きながら、気も狂うばかりの勢いで「雨だれ」を作曲したそうですが、それはそれは狂気に満ちた形相で・・・ 結局は、二人は10年もの長い歳月にも拘らず、ジョルジュは去っていき、その後ショパンは症状が悪化して、39歳の若さで生涯を閉じたとのことです。ショパン亡き後は、10年の間、経済的にも精神的にも尽くしたジョルジュは、たちまち、「ショパンを殺した女」と言われ、「ジョルジュにさえ逢わなければ、、ショパンはもっと長生きできた」とまで言われたそうです。清塚信也氏の語りはとても楽しく、最後の彼のピアノ演奏は、弾き込まれてしまい、会場の私たちは大拍手の中・・全員が心の中で「ブラボー!!」と叫んでいたと思われます。クラッシックの弱い私は、秋にめがけ豊かな曲と生活をしそうです。清塚信也さん、本当にありがとうございました。12月の札幌演奏会を楽しみにしております。
2016年09月18日
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目からウロコとは、このことです! ピアニストで俳優の「清塚信也」さん、今日はあなたに開眼され、今後の私のクラッシックへの興味があふれるようです。 本日、HBC文化塾でピアニストで俳優の「清塚信也」氏をお迎えし「ショパンはポップスだ」というテーマの講演を聞き、とても感動しました。あの堅ぐるしいクラッシック・・・のルーツをピアノを交えながら、とても楽しく判り易く、何といっても、笑いながら・・最後は震えがくるようなピアノ演奏にすっかり聴き入ってしまいました。クラッシックが苦手な私は、コンサートに誘われては、、「どうもイマイチ・・」と首を横に振っていたのですが、、★記憶によりますと・・(聴き間違えていたらごめんなさい )クラッシックの始まりは、宗教から始まったとのことです。バッハの時代は教会の権威が強い時代で、音楽は教会のためにあり、パイプオルガンで弾く演奏はミサの前にあり、信者は教会へ行けばピアノを聴けるという・・想い・・いわば音楽を考えるときには、常にその裏側にある時代背景・・バッハ時代は教会の力があったと言うことらしいです。。。フムフムそして、バッハのあとのモーツアルトは「貴族社会」でクラッシックが主流となったため、煌びやかな生活の貴族たちのために曲を作っていたそうですが、その後戦争による不景気で貴族がクラッシックから離れ。。。「フィガロの結婚」ですら大きな収入もなく、貴族中心の音楽だったため、庶民たちは彼の独創性と深遠化する曲には中々理解を示さずに、ということで彼は大きな収入もなかったようです。35歳で600曲以上も曲を残し生涯の幕を閉じたと言います。フムフムベートーベンは大酒飲みの父親から幼少期よりDVを受け、また早くに母親を亡くし、貧乏で苦労の中、音楽学校に入り才能を開花させたと言われます。難聴は・・・彼の死後、毛髪より「鉛が」検出され、お酒好きなベートーベンは鉛が入っている安いお酒さえも飲んでいたようで・・それが後遺症として・・と言われているらしいです。有名な「運命」のダーダーダーダーンは、彼が難聴になりピアニストではなく、作曲家として再起するために自分自身が「運命の扉」をノックする音を表現しているという説もあるようです。フムフム本当に、有名なピアニストたちにも、それぞれの時代背景があり、その中で一生懸命に曲を作り続けたという苦労の人生があったと知ることができ、クラッシックの苦手な私は、様々な情景を思いめぐらしながら開眼されました。音楽はただ聴くだけではなく、背景と作曲家の人生を重ねることで、もっと身近なジャンルになるのではないかと思われました。清塚信也氏、本日の講演も演奏も120点です! 最高でした!明日は、ショパンで終わります。
2016年09月17日
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またまた、アノ歌がラジオから流れました。アノ歌とは、誰もがひいてしまう「怖い歌」です。 以前にもブログに書き込みましたが、・うらみ~ま~す~ 恨み~ま~す~ あんたのこと 死ぬまで 恨み~ま~す ・・??? いきなり、聞こえて来たら、笑ってしまう方は、そういらっしゃらないかと思います。心理学的に言えば「執着心」が災っているのですが、この執着心だって、一般的には、長くは続かないもので、新しい次なるモノに出会うと、たいていは影が薄くなり、「なんであの時にあんな感情になったものか・・」と振り返ると恥ずかしくなることもあります。ただ、死ぬまで~恨みま~す~・・・かなり重症の失恋なのでしょうから、精いっぱい恨みを吐き出すのもいいことでしょう・・・不満を十分に吐き出していないと、この思い残しの気持「未完の仕事といいますが」邪魔をして、中々執着を手放しにくくもなります。仏教的には、誰もが持つ人の煩悩の中での一番の「やるせなさ」であり、「不幸」に陥るものらしいです。一つ一つのモノに、執着しない心が幸せを呼ぶと言われています。 棄てる方法は、1・・・相手に直接ぶつける、、縋りつかない、見下す、2・・・第三者に聞いてもらう・・ただし相手を見定めること3・・・恨みつらみを、紙に書き蹴って破って破って投げ放題 4・・・誰もいないところで、恨みの気持ちを叫ぶ、とにかく泣く 5・・・想い出の品の処分、燃やす 傷心の心に浸った後は・・こんな相手を好きになった見る目のない自分に目覚め、闘争心を掻き立て、前に突き進む 死ぬまで恨み心を引きずると、その間は決して自分は幸せになれないし、心身の病気にもなる、おまけにおブスになってしまう、悪いことばかりの人生になるかもしれないので、中島みゆき氏の「うらみ・ます」でも歌いながら、とくに最後のフレーズの「死ぬまで~~」の部分は声を伸ばし~、強調して歌ってみてください。略ふられたての女くらい だましやすいものはないんだってねあんた誰と賭けていたの あたしの心はいくらだったのうらみ~ます~ うらみ~ま~す あんたのこと 死ぬまで うらみ~ま~すそのうちに、相手がいかに人間的にアホだったのか・・そして、気づかなかった自分もアホだったと阿波踊り状態に悟りを開けると、いいですね~歌を聴きながら、ふか~く考えてしまったのは、秋が近づいているせいでしょうか・・。
2016年09月16日
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大雨も上がり、空にはくっきりと「中秋の名月が」見えました。昨夜は「お月見」で、月が見えたのは、沖縄と北海道とTVで放映され、慌てて2階のベランダに駆け上がり、ホックリと眺めました。よくよ~く見ても・・・お月様の中で゛ウサギがオモチをついているには姿には見えません。絵心がないのでしょうか・・・ ああ~これで、楽しかった夏も終わり、本格的な秋の準備に入ります。なんだか、センチな気分になりました。皆さんは、お団子だけでも食べましたか? 私は2個たべましたよ
2016年09月16日
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「あらっ、雨が」・・母と夕食を共にしているといきなり、小雨が降り出した。窓を閉めましょう・・と、部屋中を走り回る間もなく、ザーッザーッと大雨に。今日は中秋の名月、実家に行く前に、お団子やさんで、お月見団子を買った、するとご挨拶にとススキ1本をもらい、実家の玄関に庭花と一緒に飾った。・・名月や 池をめぐりて夜もすがら・・・中秋の名月を眺めながら池の周りを歩いていたら、いつの間にか夜が明けた。。「早く帰ったら・・」と母が言う。「うん、そうするね」ということで、、お団子の早食いのように口にパクパク入れて、大雨の中をアクセル、ワイパー全開して、帰宅しました。お月見とはほぼ遠い今の札幌です。それにしても、雨の夜は対向車のライトが眩しすぎて、ヒヤ~としました。
2016年09月15日
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東京の娘から、実家の母に少し早い「敬老の日」のプレゼントが贈られてきました。「塗り絵」と「36色の色鉛筆」とお手紙カードです。夕べは我が家で母と夕食の日、なので夕食を作りながら母と「塗り絵を」しました。ドイツ製の36色の色鉛筆に母は驚き、私も驚き、「100均で、よかったのに・・・」と私は思いましたが。。。塗り絵は「上級者用」な感じもしたのですが、インコが3羽桜の木に止まっているページで、母は桜の花2ひらとインコ一羽、私はインコ二羽をお手本を見ながら塗りました。色を決めるのは難しく、イメージでと書いてありましたが、どうしても色合いにこだわりすぎて、、塗り絵って慣れるまでは・・難しいなぁと思いました。色に慣れるまでは、きっと頭の中で色合わせするのでしょう、、一日15分でよいとのことで、15分で完成させるのではなく、15分だけでも部分的に塗る作業が脳を鍛えてストレス解消らしいのです。娘孫の想いがこもった36色の色鉛筆を手にした母は、どんな色を使ってくれるのでしょうか。。とても楽しみです。
2016年09月14日
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秋の収穫祭に行ってきました! 主催は道内一の外壁F会社さんです。2年連続のご招待で、アツアツ焼き鳥と焼きそば、「あまーい綿あめ」も作り放題だったので、他のお客さんの子供たちとも楽しく遊んできました。特別会員なので、カボチャは2玉で300円、トウキビは1本50円、ジャガイモは150円、ブルーベリージャムは手作りで、これはお土産なのでタダでした! カボチャのミルク煮でも作り、母のところに届ける予定です。
2016年09月13日
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「コオロギ」だと勘違いしていた私たちは、実はコロちゃんがコオロギ科だけれども「カンタン」という名前の虫だったと言うことが・・・後でわかった。そのコロちゃんが、4日前の大雨の前日にルルルルルル♪といつも通りのきれいな鳴き声で、キュウリの葉に止まり、随分と鳴いてくれた。そう、コロちゃんは3週間ほど我が家の庭で、移動しながらオヨメさんを待っていてくれた。その間に、台風が2回ほど通過し、「どうしたらよいものか・・」とコロちゃんを案じていた私たち。しかし、大雨の去った次の日に、コロちゃんはお隣の庭にお引越ししたようで、ルルルルルと小さな声で鳴いていたのを聞き、「良かったね」と二人して喜んだ。のも、つかの間で・・・また雨が・・その日以来・・・コロちゃんの鳴き声がしなくなった。町内で唯一、鳴いていたのはコロちゃんだけ・・きっと・・コロちゃんはオヨメさんを探し当て、使命を果たしたのだと思います。 ありがとうコロちゃん、 何十年も虫の声には心を傾けなかった私ですが、こんな小さな命にも力いっぱいの人生があるのだとコロちゃんから教わりました。我が家のコロちゃんの、キレイな趣のある鳴き声は日本一だったと思います!
2016年09月12日
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大笑い! しては、さすが~ と感心し、本当に、と呟いては、頷いてしまいました。9月6日は、「クロの日」と言うらしいです、「歩くメラニン色素!」 と言う標語で自分を名乗っていたのは・・なんと・・松崎しげる氏です。この方はデビュー当時から色黒だったのですが、今は、どうしたものかと・・心配になるほどです。きっと皮膚科の名医さんがいらつしゃるのでしょう。。。しかし、歩くメラニン色素! 素晴らしい標語です。 これにも感動しました。
2016年09月11日
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カープファンの皆さま、 待ちに待った四半世紀の25年ぶりの優勝おめでとうございます! 今、さっきTVで見ながら、嬉し、もらい泣きをしてしまいました。先日、番組で貧乏カープと言われた時代は、資金繰り走り回ったという放送をして、感動しました。真っ赤なユニホームは「勝利の証」、、ヤッタルデー!という意気込み、仲間との信頼関係、闘争心、まさに赤色の「カラーシンボル」そのものです。これからは、私の地域の「日本ハム」と対戦となることと思います? が(まだ、決定ではありません)カープファンのように、全力で応援していきたいと思います! 本当に、感激 しました ありがとう! そして、 フレーフレー日ハム! カープファンのように、心からの感動を得たいものです。台風被害が大きい北海道に、どうか明るい希望を!!
2016年09月10日
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曇りのち雨・・の土曜・・ こんな日は美味しいもので、おなかを満たしてあげませんか 今日の我が家のランチは、「パンの耳」で「なーんちゃってピザ」を作りました。チャレンジ精神旺盛なところに、食欲の秋です、おまけにパンの耳が冷凍庫にドッサリ入ってお肉を押しやっています。 こんな時には、勿論、ランチもパンの耳で、外のピッピッちゃんだけのモノではありません。1・・・千切りジャガイモ、玉ねぎの薄スライス、ウィンナーをフライパンで炒めます。 塩、コショウで味をつけ器に取り出す。2・・・フライパンにオリーブオイル(サラダ油でも構いません)を入れ、二つに切り、玉子に浸したパンの耳をフライパンの全体に敷き、弱火で焼きます。3・・・好みですが・・カリッとなったのなら↓、1を乗せて、チーズをのせ、フタをして少し焼きます。 また、パンの両面を少し焼いても美味しいかと思います。4・・・チーズが溶けたのなら、皿に入れ、ケチャップなどでいただきます。ボリュームがありすぎて、おなか一杯になると思います! しあわせ★玉子はパンのつなぎに使ってください。
2016年09月10日
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「どうもご馳走様でした! 」と深々と頭を下げ、母は家人に支えられながら、、雨の中、私の家を出た。 今月から家人の勤務時間が変更し 実家に行って夕食をすることは中々・・なので、逆に母をお迎えに行き、我が家で夕食をすることにした。一人孤食は寂しすぎ、口に運ぶ回数も減り、今夏で母の体重は減った。母の生活介助の日は中々の体力を要する、昼食を共にするために昼前には実家に行き、14時ごろに一端帰宅。 慌てて、夕食づくりをし、母を迎えに再度車でゴーッ! 実家の戸締り確認、電気をつけ、父の仏壇に手を合わせてから、母の手を引き車に乗せること、30分要する。こうして、我が家に来た母は、嬉しそうにTVを見て、私に話しかけ、時にはうたた寝もする。18時過ぎには家人も帰宅し、18時半には母と夕食開始。 母と家人はビールで必ず乾杯し・・「ちゃんと食べるのよ~」アレモコレモと私が勧める中、母は頑張って食べてくれる。取り立てて新しい会話はないけれども、母中心の時間が過ぎ、やがて21時になり、母を実家に送るために家人が母の手をひき、私が車庫に行く。 必ず、母は「ご馳走様でした!」と大きな声で何度も何度も言う。実家に到着すると、家人が防犯のために部屋の見回り、私は父の仏壇に手をあわせ「おやすみなさい」と閉め、明朝食を簡単に用意し、母が寂しがらないようにと、TVをかける。そうこうして30分経過、、母がまた「どうもお世話になりました。美味しかったよ~、ありがとうございました。」と家人にお礼を言う。いつもの繰り返し、、もうすぐ91歳になる母に、深々と頭を下げらし、私たちはいったい、これで良いのだろうかと心が痛む。 当たり前の事を少しだけしているだけで、母の本当の満足にも満たない。老いることは難しいなぁ・・生前、父も娘や婿たちに「ありがとうな、すまないね」と言っていた。昨夜は雨。。「雨が激しくなるから、泊まってね」と話しかけても、母は「帰る」という。 我が家が一番という。昨夜は、道東の親類より「花咲き蟹」が送られてきたので、それを珍しそうに食べてくれた。勿論、とても美味しかったので、少しはおなかも心も満たされてくれたと、思います。
2016年09月09日
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棄てイモで こんなに美味しく!市場には出回らないほど小さな棄て芋で作る美味しい小芋の甘辛煮です。今回は、我が家の庭になった小芋で作りました。肉じゃがに飽きたら、オヤツにも酒のお共にも、おかずにもなる、こんな甘辛煮はいかがでしょうか?★猫の額ほどの庭に、義理兄から分けていただいたタネ芋を埋め、今年は花も咲かずに心配でしたが、小さな芋が30個が採れました・・ 本当は小芋は、親指ぐらいのが欲しいのですが、市場にも出回っておらず、これは棄てイモ処分になるとのことらしいです。我が家の小芋は結構大きいものです。。。 1・・よく洗った小芋を好きな固さに茹で、フライパンで油焼きをします。 焼き色がつくと取り出します。 2・・油切りし、フライパンで醤油・みりん・砂糖(多め)・水で煮詰める。甘いほど美味しいです! 我が家は大葉を散らします。これは、TVのケンミンショーでご紹介されていた料理です。 3年前ほどでしょうか・・。
2016年09月08日
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昨日は雨、憂鬱になりそうな日は、気分転換にお菓子作りが最高ですね。パンの耳で、今度はアーモンドかりんとうを作ってみました。 何といっても、材料はパンの耳・黒糖(多めのほうが美味しいです)・アーモンド(ピーナツでもOK)です。作り方は超カンタンです。1・・・パンの耳をオリーブオイルで、ほどほど、かりかりに焼きます。オリーブオイルは使わなくても構いません。2・・・今回は薄く削った黒糖に水を10CC~ほど入れて、レンジでチンしてみました。★注意! 水が多いと分離してしまい、出来上がりがカリカリになりません・・。 なので、初心者はフライパンに直接、薄く削った黒糖をいれて、ヘラで全体を手早く混ぜ合わせ・・黒糖が固まってしまったのなら、オリーブオイルを少々垂らしながら溶かします。3・・・フライパンに2の黒糖を廻しいれて、手早く全体に絡ませ、次に切ったアーモンドも入れて、ざっくり混ぜ合わせます。 ★注意! 焦げやすいので、手早くヘラなどで、混ぜるように。。 また、黒糖は薄く削るように。。★黒糖とアーモンドを最初から混ぜ合わせたもののほうが、絡めやすいかとも思われます。
2016年09月07日
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ああ~、フロイトさんに夢分析をしていただきたい心境です。過去「4年前の自分のブログ」を何気に・・・見てしまいました。・・・・・・・・・・・・・・2012年9月実は、付き合って2年、ボクらは結婚する・・・夫は潔く頭を下げた・・・こんな朝方の夢に、スッカリ気分がダウンしている。今日は晴天、しかも暑い日、これから、家人の慰労のために温泉に行きます。 実は、私は仕事と実家の往復が重なり、昨日から体調がすぐれない、人は体調が優れなさ過ぎるときは、お風呂に入ることも疲れる。はっきり言うと、温泉の体調どころではない。しかし、夕べから家人は私に気使いしてくれ、今朝は7時からコーヒーを入れてくれ、グラタンの朝食作り、茶碗洗い、ふき掃除、洗濯の手伝い、今は庭木の手入れをして、私の「準備OK!」を待っている!私は私で、ソロソロとお泊り準備。いつもの倍の時間を要する。・・・・行けないかも・・・と夕べ告げると、悲しい顔をして、寝てしまった。朝方、いやな夢を見た私・・・ボクの願いを聞いてくれる女性がいるんだ、隠していてごめん、知り合って4年、付き合って2年・・・と家人が告白している夢だった。オマケに私より5歳年下だというではないのか・・・・随分オバンだなぁ夢の中に現れた彼女は、・・・私たち結婚します~それならそうと早く言ってほしいな、私は体調がすぐれないから、バトンタッチしてくれな~い?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2016年09月06日
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・・うらみ~ま~す~ 恨み~ま~す~ あんたのこと 死ぬまで 恨み~ま~す ・・??? 昨日のお話です。。。カーラジオの番組で・・夫がかき氷を無断で食べたので、子連れで家出をした」という視聴者からのハガキを・・面白おかしくトークしているのを聴き、「食べものの恨みは死ぬほど怖いな~」とゲラゲラ笑っていたところ、突然、曲の紹介で流れた「なんだか最も恐ろしい歌」を聞いてしまい、かなり凹んだ私でした。それは、中島みゆき氏の「うらみ・ます」で、ご本人が泣きながら歌っているのですが、最後のフレーズの「死ぬまで~~」と声を伸ばし~、それはもう現実的過ぎて怖かったのです。この歌をきいて、ビビらない方はいらっしゃらないのではないかと・・谷川俊太郎氏が講談で話していたそうです。本当にこれほど「怖い歌」が世の中にあるのでしょうが・・・歌詞もさることながら、歌い方がもっと怖いのです。 さすが、中島氏ならではの表現力だと感じました。。取敢えず、歌詞の一部分を書いてみますと・・ 「うらみ・ます」中島みゆきうらみ~ま~す うらみ~ま~す あたしやさしくなんかないもの うらみ~ます いいやつだと おもわれなくてもいいもの ・ ~略~ ふられたての女くらい だましやすいものはないんだってねあんた誰と賭けていたの あたしの心はいくらだったのうらみ~ます~ うらみ~ま~す あんたのこと 死ぬまで うらみ~ま~すラジオでは、かき氷を旦那様に食べられて、子連れて゛家出した妻からの投稿で「謝るまでは、許さない」というかわいい、内容でした。 しかし、歌に圧倒されてしまい・・・かき氷を食べた旦那様! かき氷をたくさん買ってきて、、早く奥様に・・「ごめんなチャイチャイ」してください、食べものの恨みも怖いものかもしれません。
2016年09月06日
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うっそー! 本当なのでしょうか・・? 信じられない・・・ コロコロコロなのにルルルルだったのです。 我が家の庭で鳴いていたコオロギのコロちゃんが・・実は「カンタン」というコオロギ科の虫ですが、コオロギとは全く容姿が別物でした。。。恥!! あまりにも鳴き続けて、オヨメさんを呼んでは羽をジーッジーッさせていたので、 今夜限りの命かと、毎晩毎晩、美しすぎる音色のコロちゃんを家人ともに心配していたのですが、探しても見当たらず、どうしたものかと、、茶色のコオロギばかりを探していた私たちは・・・ついに発見! したのです。コオロギではなく、「カンタン」という種類で、体長が1.5センチほどの小さ過ぎて細い虫でした。色は 淡い黄緑色の、姿も大きさも・・はかなげな印象の虫です。。。鳴き声は「ルルルルルル」と単調ですが、秋の虫の女王と言われるほどに、何とも美しい鳴き声と、なんとも言えない趣きがあり、この虫が一番好きという人も多いそうです。珍重されるわりにはよくいる虫ですが、都会では騒音にかき消されて声に気付きにくいらしいです。秋の夜、クズやヨモギなどの葉に止まり、透明なはねを立てて鳴きます。これとよく似たヒロバネカンタンという虫もいます。どうぞ、ルルルルルルというキレイな鳴き声が聞こえたら、カンタンという名前の虫だと思ってください。今夜も、、コロちゃんはキュウリの葉に止まって、小さな体の何百倍もの声て゛鳴いています しかも、夕べまではコロコロコロで今夜からルルルルルに聞こえている私たちは、いったいどうしたものでしょうか・・。
2016年09月05日
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届きました~ PCより注文した「おためしコース」の産直野菜です。17品もはいり・・・格安です。「レシピと材料」も一緒というのも・・入っています。食材は手にしてみなければ、と、言う考え方も吹っ飛んで、こんなに新鮮で、お手頃の量で、今回は「おためしコース」なので格安ですが、次回注文からは店頭で買うよりも割高になるかもしれませんが・・。使い方次第ですが、多忙な方には、良いかなぁと思います。今夜も、母と夕食ですので、頑張って作ってみようと思います!
2016年09月05日
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コロちゃん心配病なって1週間、家人からは「大丈夫か・・?」とまで言われるようになり、私も自分がいささか心配になってきた。コオロギはどこでも鳴いている、晩夏を告げる虫の音、今までは気にもならなかった何十年、それが、我が家の食卓テーブルの窓の下でコロコロコロコロと鳴いているのが台風の前夜、何気に耳を傾けると頑張って鳴いているではないでしょうか・・。明日は台風接近、可哀想に・・とコオロギの命をあわれに感じたその夜から気になりだした私。キュウリ・パン・大根、スイカ・メロン、人の食べるものはなんでも食べる・・とPCに書いていたので、小さく切って、鳴き声のする場所にそっと置いた。次の日見ると、食べた後がハッキリ残っている、、これは嬉しい、、コロちゃんのお役に立てて・・。ということで、我が家の庭を移動してはコロコロコロコロと18時半になると必ず鳴く、コロちゃんの時間は正しく18時半ジャスト。夕べは、せっかくお嫁さん探しに移動したはずが、またまた戻って今度は、ナスビの下に。我が家の庭には、オヨメさんは来ないらしいから、そろそろ諦めて隣の庭にでも引っ越したらいいのに・・と思う。 でも、二晩前から涼しすぎる夜を迎え、町内のコオロギの鳴き声が止んで、我が家のコロちゃんだけが、コロコロコロと鳴いている。夕べは、午前3じまで鳴いていた・・・そろそろ寿命が迫ってきたのか、大きな声で求愛をしていた、時々、ジーッジーッと羽を震わせる音が聞こえ、生き絶え絶えのようにも感じた。家人も中々、寝付けなかったようで、私も寝付けなかった。どうか、今夜こそ、オヨメさんがきますように~ 多少、器量が悪くても、コロちゃんのために飛んできてほしいと思います!
2016年09月04日
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コロコロコロコ・・気づくと食卓テーブルの窓からコオロギの鳴き声が、、いつからなのだろうか。。気づいたのは先週のこと、なので台風が来るという前日は、コロコロコロコロと大きな鳴き声で鳴いていた。私は窓から顔を出し「コロちゃん、雨に打たれない場所に避難してね」と気がかりな夜を迎え、雨も止んだその晩、コロコロコロコと小さな鳴き声が移動した。ジッと耳を澄ますと、窓下の繁みから桜の木の下に移動したようだ、、コロちゃんが生きていた!PCで「コオロギの食べ物」を検索して、メロンの皮をそっと桜の木の下に置いた。次の夜はコロコロコロとツツジに移動していたが、心なしか元気がないよう・・またまた昨夜は、移動した花の繁みの中に隠れてコロコロコ、、ジーッジーッと羽を震わせている音が聞こえた・・・だんだん小さな鳴き声が・・・止んだりジーッジーッと鳴き声が続かない。。家人はコンパで不在、なので私は庭のベランダに腰掛け、コロちゃんと話しをしてみた・・・「まだ、オヨメさんが来ないのねぇ。コロちゃんの声は最高だよ」ということで、キュウリとパンを繁みに置いた。和室に戻り、窓を全開にして、和紙のロールスクリーンを半分下げて、テーブルに日本酒とおつまみをもって、座椅子に座り、コロちゃんの鳴き声に浸っていた。コロちゃんはキュウリなど食べていたようで、しばらくは鳴き声がしなかったが、おなか一杯元気になったのか、コロコロコロコロと大きな声で鳴き出した・・・・やったね、コロちゃん!そのうちに何時間も過ぎ、時計を見ると11時半、鳴き出してから5時間経過。。オヨメさんが来てくれないようだ、、頑張って呼んでいるコロちゃんに母心で哀れに感じた。もうこの際だから、なんでもよいのでオヨメさん、飛んできて~ どんなのでもよいから、コロちゃんのオヨメになってあげて~ できれば、この私がコオロギになってコロちゃんのオヨメになってあげてもいいかとさえも感じた。だってコロコロコロコロと声がだんだんか細くなり・・・秋の虫さえも頑張ってくれている、コオロギは1か月半~半月の命らしい。その間に子孫を残し、死んでいく・・・キレイな声で鳴いているコオロギたちはオスでメスを呼んでいるのです! オヨメが来ないコオロギはそのまま疲れ果てて土に帰っていくのです。今夜もコロちゃんは鳴いてくれるのでしょう・・・
2016年09月03日
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台風も去り、今日は洗濯日和、なので朝から洗濯をし、ベランダにヒラヒラ~となびく衣類などを見て、ありがたく感じています。道内は台風豪雨で各地に大きな爪痕を残し、洗濯ものを見つめている今も被災者さんたちは、大変な思いの一分一秒ではないかと思います。道内は八月に六つの台風が上陸、通過、接近で過去に類のない連続四回の台風襲来で、被災地は河川氾濫、橋崩落、孤立の二百人はやっと救助されたものの、川のように流れる我が家には、もはや帰ることはできない。今朝も朝刊の見出しは「雨量限界 濁流が襲う」「崩壊知らず橋通行」「暴風雨 二つの悪条件」「泥水急迫ぼうぜん」 「JR三橋流失」・・ 生活の足である橋が崩落し寸断され、札幌ー釧路ー帯広間の特急はじめ全線開通にひと月以上かかると発表された。そもそも、台風は東北を直撃し、グループホームの方たちを巻き込み、日本海に出たものの、、十勝範囲は台風域には入っておらず…どうしてなのだろうか・・?「十勝管内は中心から外れていたけれども、風向きの関係や雨雲が山に当たり、特に川上流の山間部で雨量が増えた・・」「複数の台風の雨で土地が雨水を含んだまま、今回の大雨で、これ以上、水を吸収できない状態だった」とのことです。これこそ、「まさかの想定外」ですが、自然災害には「想定外」はつうじなく、しかし、やはり「想定外」の台風が残した深い恐ろしい爪痕です。橋崩落では、町職員や業者がライトなどで渡ろうとする車に何度も何度も・・「危険を」知らせたようですが、降りしきる雨と氾濫した川のごう音にかき消され、願いはかなわなかったと・・ガツクリ肩を落とし、避難所では一気に水や土砂が流れ込み、一メートル以上の高さまで水が増し、駐車場はプールのように車がプカプカと浮かび、二階まで走り上るのがやっとだったと・・いうことです。新築した家はひっくり返り倒壊寸前、流される家もあり、ヘリコプターで救助されつつも、どこに戻ればよいのだろうか・・。無事に朝を迎えられた私は、手稲山を見て、、ありがとう・・とつぶやいていた。「想定外の台風十号」を想像するだけでも恐ろしいことです。
2016年09月01日
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