学びの泉 ~五目スパゲティ定食~

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shchan_3 @ 私も考えてみました くまたろうさん >>なぜかといえば・…
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くまたろう@ Re:受験勉強を終えて(02/25) >なぜかといえば・・・・ この後をお…
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Mr. Hot Cake @ Re:賛同します(02/24) アトリエトトロさん ありがとうござい…
2010.10.23
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カテゴリ: カテゴリ未分類
昨日(今朝)帰宅後にTVをつけて、晩酌がてら見るとはなしにTV朝日の「 朝まで生テレビ
を見ていた。それぞれが “俺様の言うことを聞け” 的に喚き散らすわ、 人の発言は遮る わ、
であるのは相変わらずだが、話題は例の 大阪地検特捜部がらみ


「法の正義」の問題もあるが、 私が常々疑問に思っていたのは 被疑者段階に於ける日本の
報道機関による実名報道姿勢 である。

無罪の推定 」という言葉がある。一般には「被疑者はもちろん、被告人段階でも、有罪
判決が確定するまでは、無罪として処遇されなければならない」と受け取られている。

だがしかし、マスコミ機関は通常、警察が容疑者を逮捕した段階でその実名を報道し、
世の大半の人は “警察が逮捕したのだから、あいつがやったんだろう。とんでもないやつ
だ!”
と、ほぼ確信に近いものを抱くだろう。

被疑者段階でも、そうした決めつけに基づき、被疑者や、あろうことかその家族・近親者
に対してまで、正義を気取り社会的制裁を加えようとする人達が多い。報道機関が図に乗
って家族や近所の人々にまでインタビューを求めてそれを映像に乗せているのを目にした
りすると、これはもう 西部劇における群衆のあさましいリンチ にしか見えない。

もしもそれが誤認逮捕であったり正真正銘潔白であったなら、正義を気取った人々はどう




刑事訴訟法上の「無罪の推定」を厳格に言えば 、それは“法廷で被告人が有罪であると
主張し、その証拠を提出するのは検察官の役割であり、被告人が無罪の立証責任を負う
ものではない”ということである。

また 無罪判決というのは 、“被告人が犯罪事実を犯した本人ではない”ということは

うことを裁判官が十分な確証を得られるだけの証拠を提出できなかった”ということ
しか意味しない。

刑事「裁判」とはそのようなものだ。


だがそれだけ十分な公判の積み重ねを以て初めて有罪判決・無罪判決が下され、且つ
三審制のもとで判決が確定し、刑事制裁が開始されるかどうかが決まるのに、我々は
そういう根拠・確証の無いままにマスコミ報道の尻馬に乗っかり、軽挙妄動的な「社会的
制裁」に走りやすい。

マスコミは 法的制裁 のほかに 社会的制裁 を煽ろうとする機関なのか?


とまぁ、これが 一方の極論 だろう。



その対極として 、“裁判が確定するまでは実名報道をするな”とか“犯罪者に対しては
法的制裁では済まずに、それ以外に社会的制裁まではしてはいけない。それは犯罪者の
更生を妨げるものである”という論が成り立つだろう。

だいぶ前に スウェーデンの報道オンブズマン制度 について調べていた時、偶然にこの
ページを発見した。

東北大学法社会学研究会 のHP内の一ページである。


。。。。。。。。。。。。。。。。。(一部抜粋引用)。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



  I はじめに
    スウェーデンでは、犯罪報道において一般市民で逮捕された人の実名や写真の
   報道はしないのが定着している。どうしてだろうか。
                ・
                ・
                ・
  II スウェーデンの匿名報道
  (1) 社会通念
    スウェーデンの記者やデスクは被疑者の実名などを書きたいとは思っていない。
   また、法律上の刑罰を受けたのに、実名報道によりさらに一般の非難を受けるの
   はよくないとも考えている。
                ・
                ・
                ・


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




我々は前者の雰囲気の中にどっぷり漬かってきて、たとえ一瞬それに疑問を感じたとして
も、では後者のようにしたらどうなるのかは経験が無いために精緻な立論ができない。

そんなとき、後者の立場に立ったモデルを調べてみれば、最終的にどちらの見解を支持
するか、あるいはそこからまた別の考え方を持つかは別にして、少なくとも ムードに
流された行動
はとらなくなるだろう。



この件に限らず、制度的なこと或いは慣習的なことで“おかしいな!?”と感じることが
あったら、 その反対モデル を探し、検討してみればいろいろな問題点が浮き上がって見
えてくると思う。


“このままではいかん!”とか“どうなってしまうのか!”などと嘆いているだけでは
事態は少しも良い方向に向かわない。








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Last updated  2010.10.23 17:46:41


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