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世の中には結婚に向いていない男というものがいるらしい。一般的に,結婚してもギャンブルがやめられなかったり,浮気や風俗に通ったり,家庭を顧みずにお酒を飲んだり,趣味に時間とお金を使いすぎたり,そういう人だと言われている。私自身,元々ギャンブルや風俗遊びはしないし,お酒を飲んだり,帰りが遅くなるときは,必ずメールなり電話を入れていた。車もマニュアル車からオートマ車に買い換えた。年収も,まあ,平均より少し上くらいだったし(数百万円だが),ここだけ見ると,それほど悪い旦那ではなかったように思う。しかし,私は結婚に向いていないということに最近気付いたのである。結婚していた当時,私は妻に経済的にも社会的にも不自由な生活をさせたくないと思っていた。たまには美味しいものを食べたいし,旅行にも行きたかった。子どもは,ちょっと置いておいて,それなりの収入を得ないといけないと思っていたし,妻の調子(メンタルにしろフィジカルにしろご機嫌にしろ)が悪い時はこちらもつらかった。さらに,お互いの両親が歳を取ってくると,そちらの方も気になってくる。姉弟がいたとはいえ,私は長男だし,妻は一人娘のようなものだったし,4人(ダブル両親)の葬儀を出すのは私なんだろうなあ,とぼんやり考えていた。そうなると,「妻と双方両親の生活は私の双肩にかかっている」と思ってしまうのが悪いところだった。収入を得るためには,仕事を辞めるわけにはいかない。仕事でミスをしたり,健康を害すれば,降格や解雇になるかもしれない。これがとんでもない重圧というかプレッシャーだった。さらに,人間だから,無視の居所が悪いこともある。時には妻のご機嫌を取ったりしなければいけないこともある。仕事で関係者のご機嫌を伺い,家に帰っては妻のご機嫌を伺う。だんだん私は疲弊していった。家庭を持つことがこんなにプレッシャーになることだとは想像もしていなかった。心療内科の薬も少しずつ増えていった。妻は子どもが欲しいと言ったが,私にも無理な話だった。子どもの責任まで背負っていたら倒れてしまう。まして,妻はメンタルの病気持ちだった。申し訳ない話だが,一家の大黒柱になるだけの器量というか能力がなかったのである。離婚しか選択肢がなかった。離婚して,両親を看取り,結婚をあきらめた私は,20年以上働いた仕事を辞めて,現在の仕事に移った。仕事をしている以上,ノーストレスというわけにはいかないが,前職に比べれば,気を楽に働かせてもらっている。給料はワーキングプアレベルだが,結婚をあきらめていなければ,薬漬けになりながらも,年収を維持することに躍起になっていただろう。家族がいないことを寂しく思うときもないではないが,二人で過ごしたいときにそばにいてくれて,一人になりたいときは一人にしてくれるような都合のいい人などいるわけがない。少し寂しいと思ったら,知り合いと飲みに行くし(コロナ禍で自粛しているが),そういう気分の時はグラビアでも動画でも眺めればよいのだ。今は,自分一人の生活にだけ責任を持てば良いから,背中の荷物は軽い。経済的には苦しいが,心療内科の薬は半分以下に減った。私は結婚には向いていないのである。一つ問題があるとすれば,人生のクロージングである。日本で安楽死が認められると助かるのだが,この世を去るときは,誰かの手を煩わせなければならないようである。姉や甥,姪に迷惑をかけずに,静かに旅立ちたいものだが,さてどうなりますか・・・。
2022.02.18
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まだインターネットが普及する前のお話。当時お付き合いしていた女性(後に妻となる)と旅行の計画を立てた。大学を出てすぐの頃,旅行雑誌の編集に携わっていたので,プランニングは私の担当だった。今でこそ,楽天トラベルやじゃらんでホテルの予約をするのが当たり前になっているが,その昔は,旅行会社から紙のパンフレットをもらってきて,窓口で予約していたのである。アラサー以下の方には想像もできないかもしれないが・・・。ゴールデンウィークだったか夏休みだったか,某リゾートホテルの予約を申し込んだ。もちろん,彼女とツインルームである。こんなにわかりやすい話もないと思うのだが,JTBの窓口の女性スタッフとのやりとりがおかしなことになった。JTB「ツインルームお一つですね」私「はい」JTB「男女比は?」私「え,男一人,女一人です」JTB「ご旅行の目的は?」私「は?」口ごもってしまったが,どうやら部屋で何かをするのかではなくて,どういった属性の集団なのかを聞きたいらしい。それでも十分に変なのだが。私「ええと,新婚というわけではなくて・・・,家族ではないし・・・,社員旅行でもないし・・・,グループ?ですかねえ・・・」というわけで,めでたくグループ旅行に落ち着いた。JTBのスタッフはマニュアル通りにやっているのだろうが,なかなか味わい深い対応であった。なお,その後に利用した小田急トラベルは,ツインルームというと「はい,(男)いち,(女)いちですね」とご賢察下さる神対応なのであった。
2022.02.10
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随分前にいすゞジェミニ(JT151)を取り上げたのだが,どういうわけか車の概要にしか触れていなかった。今となっては貴重ないすゞ車の情報であり,JT151ジェミニも稀少車(貴重かどうかはさておき)であるので,もう少し深く書いておきたい(一部,重複するかもしれないが,ご容赦願いたい)。国産車には見られないスタイリッシュかつ斬新なデザインのスポーツハッチバックである。スポーツハッチバックとしての近未来的スタイルは秀逸という評価もある一方で販売実績は振るわなかった。正直言って、一般的にはクーペの方がスタイリングのまとまりはあると思う。クーペ、ハッチバックとも、ヤナセから「PAネロ」としても発売されていた。同時期(正確には先行して)にモデルチェンジしたセダンが国内市場では不評で販売台数が伸びず、いすゞの乗用車からの撤退のきっかけになったとも思われるモデルであるが、ハッチバックはセダン以上に売れなかったらしく、同じ車とすれ違ったことは6年間で3回くらいしかない。外観で特に特徴的なのはドアノブで、ドアの側面に指を入れてノブを操作することによってドアを開ける。国産車にはあまり見られない(欧州車では見かける)形式であり、行きつけのガソリンスタンドで「珍しいねえ。これ外車?」と聞かれて苦笑したこともある。燃費は市街地では10キロを割り込むこともあったが、長距離走行では15キロ前後をマークしたことも少なくない。高速道路を中心とした長距離走行時の燃費はリッター20キロを超えたこともある。これまで、1500ccクラスの車を数台(ノート,サニー、プレセア(AT)、シトロエンAX、サニー、シビック)乗り継いできたが、20キロオーバーの燃費はそうお目にかかれるものではない。直列4気筒SOHCのエンジンはパワフルとは言わないが、必要十分なパワーがあり、ワインディングロードでも高速走行でも軽快な走りを見せた。前述の通り、高速走行では高燃費をマークしたが、100キロで約2400回転(5速)というハイギアードなギア設定(ワイドレシオ)が貢献しているようだ。室内空間については、フロントシートは大人2名乗車に十分な広さがあるが、リアシートはヘッドクリアランスに余裕がなく、大人2人の長距離乗車は厳しい感じである。もっとも、私はリアシートに乗ったことはほとんどないし、クーペモデルはヘッドクリアランスが全くないのであるが。まあ、居住性を考えるならセダンを買うべきで、ハッチバックとしては標準的な室内空間であろう。実は購入の際に、同じ店(練馬区中村橋にあったジェミニオートインコ)にセダンのイルムシャーが同年式、同色、同価格で売られており、どちらにするか相当悩んだ。ただ、走行距離が少なかったこと(6万5千キロと7万5千キロ)と全長がほんの少し短かったこと(車庫が狭く、全長が短いことは重要なポイントだった)、維持費を考えて、ハッチバックにした。ハッチバックを買ったことを後悔してはいないが、結果的にセダンのイルムシャーを手に入れる事実上の最後の機会となったわけで、そのあたりは巡り合わせの悪さを嘆くしかない。ちなみにピアッツァ(2代目)の中古車もあったが、こちらはオートマチックだったので比較対象にはしなかった。この車も今となっては大変貴重(稀少)である。フロントシートはバケットっぽくなっていて、ホールド性はまずまず。フロントガラスの傾斜が深いので、フロントのアイポイントからフロントガラスまでの距離が長く、視覚的には広さを感じる。そのため、ダッシュボードが広かったのは小物置き場として便利であった。ラゲッジスペースは、タイヤハウスの後ろ側がデッドスペースになってしまい、有効スペースはやや狭い。デッドスペースにカゴでも付ければ小物入れにもなり、使い勝手は良くなる(実際にそうしていた)。装備については、いわゆるフル装備。エアコンは当時のこのクラスとしては高級なオートエアコン。ステレオはいすゞ純正のカセットが付いていたが、購入後に社外品に付け替えた。パワステ、パワーウインドーは特筆すべき点ではないが、なぜかドアミラーヒーターが付いていた。前オーナーは東京都内に住んでいたらしいが、寒冷地仕様だったのだろうか、よくわからない点である。ステアリングは購入の際に中古のモモステアリングをサービスしてくれた。特筆すべきは、ワイパーとライトがクラスタースイッチになっていた点である。慣れるまでは戸惑うかもしれないが、使い始めてみると非常に使い勝手がよい。スイッチ類のオンオフが容易に視認できるので、ライトの消し忘れ(点け忘れ)が少なくなった。かつては、ビッグホーンやピアッツァなどのいすゞ車や日産の一部車種に設定があったと記憶しているが、最近の車ではめったに見られないのが残念のような気もする。フォグランプも標準で付いていたが、ハイワッテージが入っていたのか、すぐに切れてしまった。その後、ゴールドバルブに入れ替えたが、これもすぐに切れてしまい、結局35Wの白色バルブを入れた。あくまで補助灯なのだし、フォグランプが必須になるような霧中走行はめったにしないので、実用上支障はなく、バルブも長持ちするようになった。あと,なぜかエアコンの吹き出し口がハンドルの下にもあった。そこからの風はちょうど股間を直撃するわけで,男性に優しいと言うべきなのだろうか。一部で話題のニシボリックサスペンションについては,私には評価不能である。タイヤを鳴らして峠道を攻めるようなことはしなかったので,善し悪しがわからなかった。普通に走っている限り,問題を感じるような足回りではなかったということである。主な修理箇所は、クラッチオーバーホール、フロントダンパー(油漏れ)、ドライブシャフトブーツ(左右とも)、タイミングベルト(予防的に85000キロで交換),ホース類(ヒーターホース等)といったところ。いずれも長期的に見れば消耗品ともいえるもので、10万キロオーバーまで乗った車なのだから、妥当な範囲と言えよう。このほか,ドアノブが取れてしまうアクシデントもあった。ドアを閉めたら,カランカランと音がして,ドアノブが地面に落ちてしまったのだ。幸い,ビス一本で止める構造だったので,手持ちのビスで固定して解決した。指定エンジンオイルはいすゞ純正スーパーベスコの7.5W-30だったと思うが,売っている店がほとんどないので,(ジェミニオートインコでさえ,他のメーカーのオイルだった),10W-30のBPやクェーカーステート,ホンダウルトラ等を使っていた。小さな事故は2件ほど。1件目はすれ違いざまにドアミラーを当てられて,右側ドアミラーが粉砕された。駐車車両を避けて,センターラインをはみ出した当方に非があるのだが,対向車のドライバーが上手なら十分に離合できたはずである。右のドアミラーがない運転は恐いもので,ジェミニオートインコではなく,最寄りの上北沢のいすゞ世田谷サービスセンターで修理した。廃車する何ヶ月か前には,靴屋の駐車場でぶつけられて,右のフロントフェンダーが少しへこんだ。メジャーな車ではないので,中古パーツが手にはいるわけもなく,車検までそのままだった。最後は車検を通して1ヶ月後に、スロットルが不安定になり、修理に出そうとも思ったが、プライベートで相当忙しい時期であったことと,家の建て替えにともなって車庫の確保が難しくなっていたことから泣く泣く手放した。6年間で約4万キロ,リゾート地や観光地,温泉などいろいろなところに行き,思い出深い車であった。それから約5ヶ月後、新たな愛車として平成10年式ブルーバードSSSを購入するのである。
2022.02.01
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