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私が免許を取って,はじめて乗った車が父のトラッドサニー(B12)であった(写真は日産のホームページから拝借)。完全なビジネスグレード(1300DX)で,エアコンはついているものの,ラジオはAMのみ。もちろん,ノンパワステで手動ウインドウ。当時のこのクラスでは,ノンパワステ,手動ウインドウはちらほら見かけたものである。内装はベージュを基調とした直線的なデザインで,シートの一部はビニールレザー。居住性は悪くないが,リアシートのシートバックが寝過ぎていて,やや落ち着きが悪かった記憶がある。基本的に街乗り用と考えた方がいいのかもしれないが,マニュアルミッションは4速で,高速域ではエンジン音が耳についた(タコメーターがないので,回転数は不明)。車両重量が1000kgを切っていたとはいえ,E13Sエンジンは非力で,4名乗車の高速道路上り坂では,アクセルを床まで踏んでも85キロが精一杯だった。確か最高出力が67PS,最大トルクが10.0kg/mだったと思う。免許を取ったばかりの大学生であったが,ステレオくらいは買いたいと思い,夏休みに配送のバイトをしてお金を貯めて,アゼストのカセットステレオを取り付けた。さらに,DXグレードでは,スピーカーも一つしかなかったので,両ドアにアゼストのスピーカーを取り付けた。コアキシャルスピーカーだったこともあり,恐らく純正よりも音質は良かったはずである。オイル交換やプラグ交換もこの車で覚えた。高級なオイルとオイル添加剤を使うと,エンジンがスムースに回るようになったことは発見であった。正直言って,運転が下手な時期だったので,擦ったりぶつけたりした。自宅駐車場の出入りで,バンパーを外れかけさせたり,ドアを擦ったり。父には申し訳ないことをしたと思っている。さらに,奥多摩へドライブ中に,センターラインをオーバーしてきた対向車に右のリアドア付近に突っ込まれるという事故を経験した。幸いなことに人身事故にはならず,過失割合も0:100(当方無過失)ということで決着した。父の車だったので,自由に使えるわけではなかったが,大学のサークル合宿(長野)やゼミ合宿(山梨)に乗っていった。あまり人に自慢できる車ではなかったが,それでも車を運転できるのが嬉しくて仕方なかったという記憶が残っている。
2022.04.22
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私がはじめて所有した車は親戚からほぼ無料で譲ってもらった。昭和58年式でスタッドレスタイヤ装着済みのシビック25M。俗に言う「ワンダーシビック」である。主立った装備はエアコンくらいで,ハンドルはノンパワステ,窓は手動,ステレオはなく(ラジオのみ),装備は極めてシンプル。全長は3.8メーターほどだったが,前席はセンターコンソールが足下までなかったため(運転席と助手席が足下でつながっていた)視覚的にも広く感じられ,後席も前後にスライドさせることができ,居住性は前後席とも十分だった。エンジンは1500CC,SOHCキャブレター仕様のEW。ホンダのサービスマンが「故障が少なくて燃費がいいエンジンですよ」と言っていたとおり,よく回って燃費がよい(記録が残っていないが)エンジンだった。シフトレバーは昔ながらの長いスティックで,メリハリに欠けるというか,ぐにゃぐにゃのシフトフィールだったのが時代を感じさせていた。外板はチープで,メンテナンスが十分でなかったのは確かなようだったが,リアゲートの角には錆が発生し,赤いボディの色あせも目立った。譲り受けた当時はラジオしかついていなかったので,カーステレオ(カセットデッキ)とフォグランプ,ハイマウントストップランプは自分で装着。壊れていたエアコン(ブロアレジスター)はホンダディーラーで修理してもらった。さらに,車好きのご近所さんからはスーリーのルーフキャリアをいただいたので,スキー用のアタッチメントも装着したが,高速道路ではやや安定感を欠き,振動,騒音も大きかったものの,ルーフキャリアを外すと解消したので,車の問題ではないだろう。大学を出てすぐの編集プロダクションに勤務していた時期の愛車で,プライベートだけでなく仕事でもよく走り回った。訳あって,友人に譲り渡したあとに戻ってきたという経歴を持つ車だったが,私の転職が落ち着いたこともあり,13年目の車検前に,サニーハッチバックにバトンタッチしたのだった。
2022.04.15
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「はい,これ,月末までに出してください」(数ヶ月前の話である。念のため)。管理職から渡された紙は「人事評価シート」だった。いろいろな項目について,5段階で自己評価をするものである。自己肯定感が低い私は,これが大の苦手である。これが嫌で前職を辞めた,というと大げさだが,パート社員なのに,こんなものに付き合わされるとは想定外である。かつて,人事評価といえば,上司が部下を一方的に評価するものと相場が決まっていたが,それでは一面的すぎるし,評価される側の目標設定なども含めて,自己評価なんぞをやるのである。しかし,自己評価というのは全く意味がない代物だと思っている。意味がないだけならいいが,有害でさえある。人事評価の不満というのは,端的に言えば,「実際の評価と自己評価の乖離」で発生するものなのだ。飲み会の席で聞いた愚痴であるが,評価する側だった友人は,低い評価を付けた部下から,「私はこんなに頑張っているのに,なんで・・・」と,泣いて抗議されたことがあるらしい。これは,部下の自己評価が高すぎたために起きた悲劇である。だいたい,自分で自分を客観的に評価することなんて,できるわけがない。例えば,「(評価の期間中に)事故を起こさなかったか」という項目であれば,事故の有無という客観的事実があるから判断しやすい。ところが,「業務が求められる水準に達していたか」という項目だと,途端に難しくなる。どの程度の水準が求められているかは,業務内容や年齢,キャリア,契約,会社の方針によって変わってくるから,自分の仕事ぶりを振り返っても,自分で評価することは難しい。堂々と5を付けるほど(5段階評価の場合)自信過剰ではないし,それでは伸び代がないことを認めていることになるではないか。かといって,仕事上で大問題が発生したこともないし,始末書も書いていない。それに,低い評価を付けてしまって,必要以上に監視されたり,手取り足取り指導をされるのも厄介だ。結局,2か3を付けるのが無難,ということになる(私の場合である)。自己評価の後には,上司が改めて評価を行い,自己評価との認識あわせをするわけだが,これは「自分でつけた評価と現実はこんなに違うんですよ」という,いわば「ダメ出し」でしかない。評価が良くても,悪くてもだ。もちろん,事実でないことを評価基準にされては問題だから,認識あわせというよりも事実確認としての面接は必要である。上司によっては,自己評価に流されるタイプもいる。自己評価が高い部下に低い評価を付けて文句を言われること避けるためなのかと,勘ぐってみたくもなる。自己評価なんて無駄なことをやるから,余計な摩擦が発生するのである。評価は他人に任せておけばいい。その代わりに,上司からの評価だけでなく,部下や同僚からも評価を聞くべきである(いわゆる360度評価)。実際に仕事をしていると,偉い人と現場で意見が対立することがある。そのときに現場の意見を重視する中間管理職(管理職でない,主任・係長クラスも含む)は,上司からの評価はどうしても下がってしまう。しかし,部下から見れば,現場の声を聞いてくれる貴重な存在になるのである。また,上司からの評価だけでは,イエスマンだけが出世していくことになりかねない。上司がヤバいこと,例えば,法律やコンプライアンス違反になりかねない仕事をしようとしたとき,「それはまずいんじゃないですか」と諫言できる部下がいなくなってしまうのである。チェック機能が働かない組織の将来は暗い。評価が低ければ,評価されるところに行けばいいのである。正社員だとそうもいかないところもある(社内で評価制度を改革するために動くべきだろう)が,パート社員は,文句があれば,もっと評価してくれる職場を自分で探せば良いのである。低賃金だが,流動性が高いのが非正規雇用のメリットなのだから。いずれにしても人事評価というのは難しいようだ。私のように,趣味でいろいろな本を読みあさっているくらいがちょうど良いのかもしれないと思ったりしている。
2022.04.04
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