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パソコンデスク用のイスを買った。これまで一般的なオフィスチェアを使っていたのだが,坐骨神経痛をなんとか軽減できないかと,バランスチェアに変えてみることにしたのだ。楽天スーパーセールを利用して,約10000円也。早く使ってみたいので,自宅に届いたら,すぐに組み立てに取りかかる。説明書をざっと読み,付属のアレンキー(六角レンチ)を使って進めていったが,途中でボルトが足りないことに気が付いた。もう一度説明書を読んでみると,ヒューマンエラーが発覚。ボルトを間違えて別のところに使っていたのだ。仕方ないので,取り外して正しいものに付け替える。こういうとき,工具が安物だと手に負担がかかって指がつりそうになる。組み立てる前に説明書を熟読しなかった私が悪いのであるが,ボルトが入っていたブリスターパッケージにも問題がある。写真の通り,右上が予備パーツなのだが,ボルトAからDまでの場所がなんの規則性もなく配置してある。こういうものはAからDまで規則性を持って(例えば上から下とか)並べるのがセオリーで,こういった配置はミスを誘発しやすいのである。また,ボルトCはM6×36(ボルト穴の直径が6mmで長さ36mm)でボルトDはM6×40という一見して判別できないものを使っている。これもミスを誘発する要因になる。ここはシンプルに,ボルトCとボルトDをM6×40に統一してしまうか,ボルトDをM10に変更すれば間違いは少なくなる。今回はイスの組み立てだったが,ヒューマンエラーが発生する原因は,作業者の行動だけでなく,周りの環境に問題があることも多い。現場猫のように「ヨシ!」と言いながらミスが発生しているときは,周辺の環境に問題がないか,よくよく分析することである。もっとも,仕事の現場では,そんなことに時間を割いている暇がなかったり,他人から揶揄されたりすることもあるのだが,「ハインリッヒの法則」のとおり,1つのアクシデントの裏に,29のインシデントがあり,300のイレギュラーがあるのだ。地道にイレギュラーを潰していく。地味だが重要な仕事である。
2022.08.19
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安倍晋三元総理が銃撃されるという衝撃的な事件が発生して,約1ヶ月が経った。海外ならともかく,日本でこのような惨劇が起こるとは想像もできなかった。警護体制の不備が指摘されているようだが,飛び道具を使われるというのは想定外の事態だったのだろう。謹んでご冥福をお祈りする。事件が解き明かされていくうちに,某新興宗教と被疑者との関わりが報道され始め,宗教団体にも批判の目が集まっているようである。宗教被害に詳しいコメンテーターとしてマスコミに登場する弁護士と仕事をご一緒したことがあるが,とにかく仕事熱心な方々だった。仕事熱心さゆえ,事務を担当する方は随分と苦労させられたが,大げさに言えば,命をかけて弁護士業務を行っているのだから,事務方が不満を言ってはいけないのかもしれない。私も新興宗教の勧誘を受けた経験がある。今から四半世紀も前,高校の卒業アルバムを伝手に電話がかかってきた。個人情報ダダ漏れの時代である。聞けば,同じ高校の先輩という女性であった。もしかしたら女性とお友達になれるかもしれないというスケベ心もあり,ファミレスで会うことになった。ファミレスに現れたのは,クールビューティーな感じのきれいな女性であった。スケベ心が少し大きくなる。最初は差し障りのない世間話をしていたのだが,途中から話がおかしくなってきた。なんでも,近いうちに世界が滅亡し,その宗教に入っているものだけが生き残るのだという。今でもそうなのだが,私はあまり生きていくことに執着がなく,自分が死んでも,周りの人が幸せに暮らせるのなら,それでいいと思っていた。なので「みんな死んじゃって,私だけ生き残ったら罪悪感で苦しむから,一緒に死んだ方がいいと思います」と言うと,彼女は言葉に詰まり,「私にはうまく説明できないけど,集まりに来てくれればちゃんと説明してくれると思います」と,集まりに来るように勧誘してきた。こりゃ駄目だ。被害妄想の統合失調症だ。私のスケベ心は急速にしぼんでいく。手を変え品を変え説得されたが,相手方が一人だったのが幸いで,名刺を置いて帰ってきた。当時の勤務先が,弁護士とつながりがあるのが明らかな名称だったためか,それ以上のコンタクトはなかった。新興宗教は心が弱っているところにつけ込んでくる。病気,人間関係,生活苦,仕事のストレス等々。宗教を全面的に否定するつもりはないが,多額の献金をしても,高価な仏具や装飾品を購入しても,お念仏を唱えても,病気は治らないし,人間関係も改善しないし,生活苦も解消しない。仕事のストレスも軽減しないことが「圧倒的」に多い。ただ,「圧倒的」であっても「絶対」ではないのが宗教の厄介なところである。自分は幸せになったつもりでいて,周りを壊滅的に不幸にしているケースでも,本人は救われていると思っているのだから。信教の自由というデリケートな問題なのだが,くれぐれも親族,友人といった周りの人を巻き込まないように,そして後になって心変わりしても後悔がないような範囲で行ってほしい。一度行った献金は戻ってこないし,失われた人間関係を回復することは至難なのである。
2022.08.10
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