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この1年を一言で表すならば、「出会い」の1年。幼い頃からずっと、僕は「経営者」という立場に、憧れたことはなかった。仲間4人で、共同経営者という形をとっていたのも、自分らしいと思っていた。いずれ会社が成長していくにつれて、4人の誰か1人を頭として塾を運営していくことも、もちろん予想はしていたが、その一人が自分になることなんて、考えもしなかった。しかし、運命、人生と言えばいいのか、本当にうまくできている。僕に必要なものを教えてくれる。「運命」は僕に「経営者」になれと言った。本当の意味で、経営者の立場に自分を置かなければ、本当にお前の欲しいものは見えてこない。「経営者」として真剣に自分と向き合わなければ、お前の理想とする教育者にはなれないと言った。この1年、「経営者」としての自分と向き合い、もがき、苦悩することは、「教育者」としての自分の軸をより明確に、より強く、より太くすることに繋がった。このブログを今年5月に始めたのも、自分と向き合う手段の1つだった。そしてこのブログという世界は、僕に、数々のすばらしい「出会い」を与えてくれた。逃げるのではなく、自分と向き合うということは、未熟さゆえにそれまでは見えなかった、世の中、社会、人生というものを見ることなのかもしれない。それは、本当の自分を通してでなければ、自分という人間を直視しなければ、見ることのできないものなのかもしれない。「出会い」というものは、逃げることなく、立ち向かっていくものに与えられるものなのかもしれない。 出会ってから9年が経とうとするもちざくら。お互い助け合いながら進んできたこの1年。さくら塾は9月にめでたく開校し、つばさ塾の開校まであと3ヵ月になった。彼と共に働いてきた時間の中で、最も充実していた1年だった。お互いの人生を心から尊重し合えなければ、この充実はなかっただろう。彼に出会えて、心の底から幸せに思う。たぶん、今頃、この記事を読みながら、照れくさそうに頭をかいていることでしょう。(笑)彼は照れ屋なんです。(笑) 2007年という年は、僕にとって「出会い」の1年でした。そしてその「出会い」は、決してお金などでは買うことのできない、これからの僕のかけがえのない財産になるだろう。僕の出会った全ての人たちに、心の底から感謝します。ありがとうございました。また、これからどうぞもよろしくお願い申し上げます。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.30
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ピンポーン はぁ~い! 宅急便で~す! は~い、今、行きま~す! 実家(広島)から小包が届いた。ムフッ!実家からということは・・・ 広島特産、生がきで~す!がっきーだけに、生がきで~す!皆さん、かきの食べ放題って知ってます?何年も前ですが、その当時、一人1500円~2000円ほどだったと思うのですが・・・、かきの食べ放題。でっかいストーブを囲むように座り、ストーブでカラごと焼くのです。しかも、作業用のスコップでガガァーと掬い取り、そのままストーブにドーン!その店の記録保持者は女性で、確か、60個以上でした!!今日の夕飯が楽しみ!!続きまして・・・・・・ かまぼことちくわでございます。以前、記事にも書きましたが、うちの母親は山口県萩出身。僕が小学生の頃から毎年、このかまぼことちくわを食べているのですが、他のかまぼことちくわが食べれません。かまぼこはわさび醤油で食べると最高です。ちくわは、まるかじりOK!きゅうりを入れるのもまたOK!マヨ醤油で食べるのも、これまたOKでございます。夕飯まで、待ちきれーーーーーーーん!
2007.12.29
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今から述べさせていただくことは、僕が生徒に英語を教えるのであればどうしていくことが最善の方法なのか?それは塾講師である限り、追求していくことでありますが、今の段階での到達点を記録するための記事です。 今まで模索し続けてきた英語教科書の扱い方。この地域の中学校の定期テストの英語は、やはり教科書の内容が出題の中心になる。学校で使われている英語教材(ワーク)も、教科書準拠になっているので、英語教材から出題されても、やはり中心は教科書になる。塾として定期テストにおいて結果を残すためには教科書の対策は必須である。しかし、この対策のやり方次第では、後にやってくる高校受験の、弊害になる可能性も出てくる。特に、志望校判定の材料とされる実力テストや入試問題の中、長文問題で、顕著に表れてくる。英文を理解しているから得点できるのではなく、何度も目にし、覚えた英文だから得点できる。この状態に偏ることが、非常に危険な状態だと僕は考えている。以前、このシリーズで取り上げた、得点と実力のギャップを生む可能性があるということ。その可能性を一掃するために、模索し続けてきた。教科書の本文を、実力テストや入試問題の長文のように、初めて目にする英文として、生徒が学習することはできないか?そう、考え続けてきた。そのために、5文型で英文を捉えることの徹底と文法を徹底することに力を注いできた。もちろん、英語を理解するためには、生徒自身が毎日使う日本語が理解できていなければならない。だから、「言葉」に重点を置いて、全ての授業を組み立ててきた。生徒が自発的に学んでいく方法をサポートし、それを継続させる精神力身につけることにも力を注いできた。 その成果は中2生、中3生の状態を見るより、まだ英語を習い始めて1年も経っていない中1生の状態を先に見る方が、より自分の教務に対して厳しい評価ができるだろうと考えた。 現在進行形の説明と演習問題をこなし、まだ1度も目にしたことないLesson7の英文プリント3枚。5文型と文法を使った思考力だけでどれだけできるか、そのために、必要な単語の知識は、生徒が和訳する前に与えた。さぁ、今まで努力してきた成果はどうだろうか? やったぁー! 全員が、ほぼ正確に訳している。ぐるっと教室を回りながら、生徒それぞれに、一言、二言、僕が言葉を発するだけで、どんどん訳し、どんどんその訳の正確性とレベルが上がっていく。ただ、文型を捉えるのに、まだ少し時間がかかることが気になる。文型を捉えてから和訳へは、スムーズに進んでいる。このときが最も楽しそうに鉛筆を動かしているように見える。総合的に、中1生の状態は僕の予想よりも上だった。 中2生にも同じように、まだ目にしていない単元の教科書本文プリント3枚を配った。さすが中2生。 中1生の倍のスピード。5文型に拘った授業を、1年多く受けただけのことはあるようだ。文型を捉えるスピードと正確性が中1生よりも数段高い。和訳していく日本語の表現もより豊かになっている。もう少しこれが定着すれば、次のステップに進むことができそうだ。自分の語彙力の範囲外、つまり、知らない単語が出てくる文章を、前後から推測して訳していくこと。中2生の状態も、僕の予想を超えていた。 中1生、中2生の状態を見て、やはり中学生の時期は「できる」ということよりも、「わかる」ということに拘った授業、できる問題のレベルを高くするだけではない、目にする英文の理解を深くする授業が必要だと、改めて痛感する。そしてその理解力の深さ、思考力の高さが高校へ進学してからの勉強に繋がり、大学受験へと繋がっていくと信じている。それをより明確にしていくためには、僕自身が積極的に、大学受験を目指す高校生に指導されている先生方のお話を聞かせていただく必要がある。絶対にある。さぁ、頑張るぞぉ~! 追記:先生方、ご連絡させていただいた際には、どうぞよろしくお願いいたしま~す。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.27
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忘れもしない、僕が塾業界に足を踏み入れて2年目の3月、翌月には中3になり、受験生となる、ある女の子、Mさんの三者面談。Mさん、お父さん、僕、3人での三者面談。お父さんの顔は初めから険しい顔でした。 先生、今のうちの娘の学力で、絶対に受かる高校を教えてください。 今の時点では、何も申し上げることはできません。今から娘さんがどれ程成長されるかにもよります。実際、うちの塾のデータでは、平均すれば、5教科合計が100点ほど上がっております。また、受験に「絶対」はあり得ませんので・・・。ご家庭では、Mさんの進路についてどのようなお話をされているのでしょうか?ご希望の高校、また、その先の将来の夢など、どうでしょうか? 将来の職業とか、夢とか、そんなはっきりしないものはどうでもいいんです。私は、今のこの子の学力で、受かる高校が知りたいのです。それだけ教えていただければ結構です! 僕はこの言葉に、カチンときてしまいました。 今現在の学力で入れる高校を選ぶのであれば、受験勉強の意味がないじゃないですか!受験は今から1年後です。志望校に合格した生徒でも、受験の1年前に合格できる学力を既に備えていた生徒なんていません。来年度の中3で学習する範囲もたくさんありますし、入試においても非常に重要な分野です。その学習範囲も、今の段階では誰も学習していないのですから。将来の職業や夢などはどうでもいいと仰るのに、まだ学習していない範囲も予想して、受かるか受からないかを推測しろと仰るのは、矛盾しませんか? もう、結構です!! それ以来、このMさんの3者面談を僕が担当することはありませんでした。お父さんのご希望で、僕以外の先生をということでした。 今でも、僕が伝えようとしたことが間違っていたとは思いません。でも、全く伝えられなかった。そしてお父さんが何故そのように仰ったのか、理解することができなかった。それは、僕の考えが浅く、発言に至る「視野」が狭かったから。「お父さんは何故そんなことを仰るんだろう?」という疑問に、「それはおかしいよ。」という、僕の主観だけで発言してしまった。お父さんと話し合う中で、その答えを共に考え、その解決策を共に探し、お互い分かり合おうとしなければならなかった。「え? 何でこんなことを言うんだ?」そう思っても、そこには父親の娘を思う愛情があるということを一瞬でも忘れてはならなかった。 若く、考えも浅く、視野の狭かったあの頃の僕。今の僕は、あの頃とは違う。しかし、あの苦い三者面談を、僕は忘れてはならない。絶対に忘れてはならない。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.27
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授業を含める、塾内で生徒と接するときに僕が意識していること。それは、生徒が先を予測する余地を与えること。先を思考することを奪わないこと。 前回の英語の授業の内容でも、僕が質問して、それを生徒が考える、そういう形式をとっているのもそのためです。このことを大人目線で捉えてしまうと、そんなこと質問しなくても分かってるよね?そんなこと当たり前に考えてるよね?になってしまう。 こうなると、それは生徒が先を考えるチャンスを奪ってしまうということ。 問題演習中でも、もちろん、このことは徹底しています。例えば、英語の演習中、こんな生徒がいた場合。 先生、この問題、分かりません。 じゃぁ、どこまで分かって、どこが分からないの?自分のどこが足りないから、この問題が分からないの? こう質問し返します。すると、生徒は、ノート、単語表などを使って調べ始めます。そして僕が言ったことを注意して、質問し直すのではなく、その先まで行ってしまいます。調べることによって、問題を解いてしまいます。もちろん、単語表(入試に最低限必要な単語)を事前に配布しているのは、自分のどこが足りないかを、自分ではっきり把握させるためです。そして不足していたのが、単語の知識だったとすると、単語表で補った単語を、マーカーで色をつけることによって、記録してもらってます。家庭で単語を勉強するときは、その色がついた部分を勉強すればいいわけです。演習中も、その後の家庭学習も、自分で何をすればいいのか、生徒本人に考える余地を与えるよう心がけています。 授業以外でも、注意しています。授業前、こんな生徒がいるとき。 先生、社会の教科書を忘れました。 うん、そうか。 それで? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ それで、どうしたんだ?何故先生にそのことを言いにきたの? 忘れたから・・・・・・・・・・・・・・・・・ うん、忘れたのは分かったよ。じゃぁ、何故、忘れたのを俺に言いにきたの? すいません、忘れたのでコピーしてください。 よっしゃ! わかった。 コピーしてやる。先生が教科書持ってこいと言うのは、コピーするのが嫌だからだと思うか? 違うと思います。 うん、じゃぁ、何でだ? 人に迷惑をかけることだから。 うん、確かにそれもあるけど、それが最大の理由じゃないな。迷惑をかける人が違うぞ。教科書を持ってこなかったら、誰が一番迷惑するんだ?誰が一番損をするんだ? 僕です。 そうだ! それが分かったら、次から絶対に忘れるな! はい! 子どもに対して、意地悪をしているのではなく、とにかく、子どもに対しては、分かって当たり前という考えをもたないように努めています。たとえ時間を要しても、分からなければ、一緒に考える時間をもつように努めています。大人が分かりきっていることを、子どもに言うのは簡単です。しかし、それを分かってもらおうと思えば、それを考える時間ときっかけが必要なんです。子どもに考える時間とチャンスを与え、共に考え、分かり合う。ご家庭でも、このことは大切なことではないでしょうか?おわり この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.26
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やっと、泣き止んだようです。少し覗いてみます。空が見える窓の方へ向かって、正座しています。何かぶつぶつ言っているようです。よしっ! 話してみるか! さくちゃん、お父さんの前に座りなさい。お父さんの目を見なさい。 素直に僕の前に座り、じっと僕の目を見つめています。 さくちゃん、どうしてお父さん、お母さんは怒ったんだろう?さくちゃんがいい子してるのに、お父さんとお母さんは怒ったりするか?さくちゃんは、いい子だった? 悪い子だった? 悪い子・・・・・・ さくちゃんのどこが悪い子だった?サンタさんに何て言わなあかんかった? ありがとう・・・・・ 何で言わなあかん? さくちゃんの為にプレゼントくれたから・・・・ それなのにさくちゃんはどうした? 言わなかった・・・・・テビリ(テレビ)見た・・・・・ そうやなぁ。 だからお父さんとお母さんは怒ったんだぞ。「ありがとう」って言えなかったら、さくちゃんに誰もプレゼントしてくれなくなるよ?なぁ? 今からお父さんとさんと一緒に、サンタさんに「ありがとう」言おうか? うん! はい、じゃぁ、ベランダ行こう! 「ありがとう」が言えてから、娘はいい子してプレゼントの「ねんど」で遊んでいます。わがままを一切言わずに、楽しそうに遊んでいます。 両親からクリスマスプレゼントをもらったことは、僕は1度しかありません。 朝起きて、枕元に置いてあったプレゼント。今でもはっきりと覚えてます。 ボードゲームでした。 別にそういうゲームにはまり、欲しいと思ったことも、欲しいと親に言ったことも1度もありませんでした。でも、本当に嬉しかった。その頃は分からなかったけど、今思うと、両親は、僕が何が欲しいか、何をもらったら喜ぶか、さぞ悩んだことでしょう?悩んだあげくの、ボードゲームだったのです。また、クリスマスプレゼントが1度きりだった理由、僕は大学を卒業してから知りました。このときからしばらくして、父親は高校卒業以来働き続けたタクシー会社を退社しました。体を壊したためです。それから再就職したところまでは知っていました。しかし、去年定年を向えるまでお世話になった会社にたどり着くまでにもう一社、僕の知らない会社での勤務を経験していたのです。僕はこの話を姉から聞かされました。もう、涙が止まりませんでした。僕は大学に行きたいと、小学6年生のころから言っていました。そんな僕を、なんとか大学に行かせようと、父親は、転職を繰り返しながら、必死で働いてくれたのです。そんな父親を母親は支え続けてきたのです。しかも、両親と姉は、そんな僕に余計な心配をかけまいと、僕が大学を卒業するまで、そのことを言わなかった。拭っても拭っても、涙で目はかすみ、姉の顔がよく見えませんでした。たとえ、1度しかクリスマスプレゼントをもらえなくても、不思議と両親に対して不満の感情は生まれなかった。それは、クリスマスプレゼントの何百倍もの愛情を毎日両親から注いでもらってたからだと今、つくづく思います。 今日、娘が「ありがとう」を言えるために、彼女と格闘したのは、クリスマスプレゼントを与えたかったからではなく、感謝という人間にとって最も大切な感情を、僕の一生をかけてプレゼントしたいと思っているから。この気持ちを、娘が出会う多くの人たちにプレゼントできるような人間になって欲しいと、心のそこから願っているから。いつかこの記事を娘が読んでくれる日を胸に。そのときは娘が感謝の気持ちをおくる人たちがきっとたくさんいることだろう。その未来の人たちに、娘の父親として、クリスマスというこの日に、感謝の気持ちをこめて。
2007.12.25
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今月の19日で3歳の誕生日を迎えた我が娘、さくちゃん。広島から、奥さんの実家から、誕生日、クリスマスプレゼントがそれぞれ届く。僕も、奥さんと相談し、誕生日、クリスマス、それぞれプレゼントを用意しました。12月生まれだからという理由で、誕生日とクリスマスのプレゼントを一緒にされたら、他の月の誕生日の子と比べて、あまりにも可愛そうだから。先週、大学の恩師、J先生が我が家へお越しになり、先生からもプレゼントと手作りケーキ(メチャクチャおいしかった)を頂きました。今月に入って、プレゼントは5つ、ケーキのロウソクの火は3回も消しました。なんと有難く、贅沢なことでしょう?がっきー父ちゃん、羨ましすぎる!! しかぁーーーーーーし、 大切なのはプレゼントをもらえることではなく、 そのことに心から感謝できるかということ!! さくちゃん、やらかしちゃいました!感謝の気持ちがぁーーーー!? まだ3歳ということでそういう気持ちがどういうものなか、それを体験している真っ最中。だから親としては、形式だけでも、「ありがとう」と表現できるようになって欲しい。そして感謝という言葉の深い意味をかみ締めるときが来たら、このことを思い出して欲しいと思っています。今月に入ってからの頂き物の連続で、その気持ちの表現が薄れてくるのも、分からんでもない。でも、ダメなもんはダメなのであります!人から何かを頂いて、「ありがとう」と言えないのは、絶対にダメなのであります! 昨日から、娘は、わがままし放題でありました。気に食わないことがあれば、直ぐに泣き喚く。しかも、したたかにも、確信犯なのであります。それでも、年に1度のクリスマス。僕と奥さんは、娘が眠ってから、枕元にプレゼントをそっと置いておきました。いつもの様に、朝、目覚めます。娘も目を覚ましました。 おぉぉぉぉぉ! さくちゃん、これ何だぁ~~~~? あぁぁぁぁぁぁ!プレゼントだぁ~~~~~! 誰が持ってきてくれたんだぁ~~~~~~? サンタさぁ~~~~~~ん! じゃぁ、サンタさんに何か言わなあかんねぇ~~? スタスタスタスタスタッ!娘はベランダに面する窓のそばの方へ行きます。 空に向かって、サンタさんに、「ありがとう」って言うのかな? ところが、娘はソファーに座り、テレビを見始めました。 さくちゃ~ん、「ありがとう」が言えなかったら、来年、サンタさん来てくれないよぉ~~! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ テレビを見ています。 さくちゃ~ん、「ありがとう」言えないなら、お父さん、サンタさんにプレゼント返してくるよぉ~!だって、サンタさんかわいそうじゃん。昨日の夜は寒かったのに、さくちゃんのためにプレゼント持って来てくれたんだよぉ~~~! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 完璧に無視してます。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ まだ、テレビ見てます ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ はい!お説教GOサイン、発動!! くぉらぁーーーーーーーーー!何テレビ見とるんじゃぁーー!「ありがとう」言えん奴は、こうじゃぁーーーーーー! 娘を抱え、寝室に放り込みました。 一人でそこで泣いとれぇーーい!ピシャリ!ドアを閉めます。(もちろん、そのドアは娘でも開けられますよ。) うわぁーーーーーーーーーん、うわぁーーーーーーーーーん、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーん 泣き喚いております。うっ、この泣き声、本気の泣き声。き、聞くのが辛い・・・・・・・・・・・・自分が泣かしたのだけど、可愛そうでたまらない・・・・・・・・でも、ここで負けたらダメなのであります。我が子が辛い思いをしているときは、親が辛い思いをするのは当然であります。親子一緒に、この「ありがとう」の壁を乗り越えるのであります!!つづく・・・・・・。
2007.12.25
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英語の授業、現在進行形の説明の授業を例に挙げてみます。 はい、英語の文法を学習する前に、大切なことは言葉の意味を理解することです。現在進行形とはどういうことですか? はい、もうこの時点で差が出ているんです。「はい、英語の文法を学習する前に・・・」これを聞いた時点で、成績の良い生徒は、次に僕が口にする、「大切なことは言葉の意味を理解することです」このことを予測しているのです。予測した時点で、手が動き始めるのです。そのノートを見てみると、 現在 進行形今 ? こうなっているんですよね。進行形の意味まではたどり着いてはいませんが、その意味を瞬時に考えたことに、最も意味があると思うのです。 現在は今ってことだよね?じゃぁ、進行形って何だ? 進行するときの形? じゃぁ、進行するときってどんなとき?「進行」以外の言葉で表して。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 動作の途中を表す表現だよね。ポイントは、途中ということです。じゃぁ、日本語では、動作の途中をどう表現するんだろう?じゃぁ、次のA・Bの動詞を、その動作の途中を表す表現にしてみて。A 食べる B 消滅する ここでも差が出てきます。好成績の生徒は、このA・B、2つの表現が違うということをちゃんと予測しているんです。僕が出す問題が何故1問ではなく、2問なのか?それをちゃんと考えているんですよね。僕が問題を出した瞬間に、顔つきが一瞬変わるんです。ニヤッと片方の眉毛を上げ、がっきー、俺を試そうとしとるな? よしっ! いっちょ、やってやるかぁ!そう心の中で言っているように、顔にスイッチが入るんですよね。正解は、A 食べている B 消滅しつつあるですが、僕の授業進行を予測している生徒でも、なかなかBの表現は出てきません。しかし、予測しているということは、予測していない生徒よりも先に思考し始め、思考する時間が長いということなんです。思考する時間の差。塾だけでなく、学校の授業でもこの差は生まれます。勉強しているときだけでなく、普段の生活の中での会話の中でもこの差は生まれます。学校や塾での忘れ物が多い生徒の成績が良かったためしがないのも、性格や生活態度という面だけに問題があるのではなく、先を予測して行動できない思考力にも、かなり問題があるからです。その思考力は授業を聞くときにも影響を与えるものだからその結果、成績が良くならないのだと思うのです。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.24
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何故お笑い芸人はあんなに人を笑わせることができるのか?お笑い、ボケとツッコミの織り成す絶妙な世界。片方がボケれば、片方がツッコむ。その「間」が一瞬でも狂えば、見る人を笑わせることはできない。ボケる方もツッコむ方も、しゃべるものが一瞬でも噛んでしまえば、その「間」は一瞬で狂ってしまう。ツッコむ側は、相方がこの間で、こうボケると、自分は、この間で、こうツッコむ。そうすれば、相方はこうボケてくるはずだから、次は、この間で、こうツッコめば、必ずお客さんは笑うはず。そうやってネタを考え、稽古を積む。お客さんを笑わせるために、パフォーマンスするずっと前から、常に話の流れの先を、先を読まなければ、人を笑わせることはできない。先を読むということは、今現在得ることが可能な情報を可能な限り吸収し、瞬時に頭の中で料理し、その先、つまり未来の流れを予測するということ。そう、この能力が高いか低いかということが、授業の聞き方が上手いか、下手かということだと思うのです。 これは普段の会話の中から垣間見ることができます。9月に開催されたサミットでも痛感したことでした。時間の関係上、限られた方としかお話はできませんでしたが、あの場での会話は忘れることはできません。 最も長くお話させていただいたブラック先生。僕が自塾や教育観など、ちゃんとした説明が必要だと思い話しているとき、返ってくる先生の言葉によって、まどろっこしい説明が必要なくなるんです。僕は何を伝えようとしているのかを常にお考え下さり、2人の会話が円滑に進み、尚且つ、ご自分の意見を的確にお答えになります。そして、常に僕の立場に自分を置いてお話しして下さいます。ブログから、僕がどんな人間なのか、間違いなく予想されサミットでの会話の準備をして下さっていました。もう、脱帽でした。 ほんの5分か10分しかお話しすることができなかった佐々木先生。それぐらいしかお話させていただいてないのに、「お顔を拝見しただけで分かりますよ」と、語らずとも、僕という人間を読んでいただきました。もう、ビックリしました。 心を鷲づかみにされたようでした。 先月、わざわざこちらにご訪問下さったempty先生。バルカントークは先生の真骨頂!じっくりと過ごさせてもらった2日間の中で、教育、音楽、バカ話と、いろんなお話をさせていただきました。先生の会話力の凄さは、まさに「お笑い」に通ずるものがあります。僕がボケると、瞬時に、一捻り、2捻り入れたツッコミが返ってきます。収集した情報を瞬時に頭の中で料理して、すかさず言葉にする。 もう、凄いです!(empty口調) 話している時間を忘れて、ついつい長話になってしまう。先生とお話させていただくと、本当に楽しいんですよね。 毎日、共に働いているもちざくら。彼との会話からも感じます。 とにかく頭の回転が速い。僕が説明に困っているときなど、すぐさま言い換え、理解してくれます。たまに僕がとんでもない天然ボケをかましてしまうときは、ついてこれないときがあるようですが・・・・・・・(笑) お話させていただいて、僕がこのように感じる方はまだまだたくさんおられるのですが、そういった方に共通することは、会話の中、また、それ以前からの情報吸収能力と、その情報から、その先の会話を予測する能力がずば抜けているということ。簡単に表現させていただくと、皆さん、聞き上手であるから話し上手であるということ。 この聞き上手であることは、授業を聞く生徒にとって非常に大切なことだと思います。では、生徒にどうやって聞き上手になってもらうか?それは次回に・・・・・。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.24
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好成績の生徒は、授業の聞き方が上手で、成績の良くない生徒は、授業の聞き方が下手である。 よく言われていることですね。僕もその通りだと思います。でも、これでは両者の違いがはっきりしません。聞き方が上手いか下手か、具体的にどこがどう違うのか? 今、どこのチャンネルに変えても、必ず誰かが番組に顔を出している若手お笑い芸人。今はまさに、若手お笑い芸人ブーム!小学生も中学生も、大人気のお笑い芸人を知らない生徒なんていないぐらい。実際、僕もたまTVで彼らを見ますが、本当に面白いんですよね。このお笑い芸人たちに、授業の聞き方のエッセンスが隠されている。僕はそう思うのです。 僕は大学生の頃、音楽にはまり、バンド活動に明け暮れました。世界的の有名なアーティストのコピーをしたり、作詞・作曲し、オリジナルソングも数々作りました。月に多いときは3回くらいのペースでライブも行いました。卒業してからも、友人の結婚式のために、曲を作り、披露宴で演奏したことも、今まで何度あったでしょう?たぶん、ウェディングソングだけでアルバムが作れるほどです。そうやって音楽を大勢の人の前で演奏していると、あることが分かるんです。演奏によって、目の前にいる大勢の人に涙を流させるより、笑わせる方が数倍難しいということ。涙を流させるツボよりも、笑わせるツボの方が人によって微妙に違い、複雑であるということ。実際、僕は披露宴で、曲を演奏することより、スピーチの方が数倍緊張していまいます。新郎新婦、出席者の皆さんを笑わせ、盛り上げようと思うと本当に緊張します。お笑い芸人たちは、大勢の人を、限られた時間の中で、いとも簡単に笑わせてしまう。皆さんも、笑いすぎて、涙が出てきた経験はおありなんじゃないでしょうか?この「お笑い」に、授業の聞き方のヒントがあると思うのです。つづく・・・。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.24
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初めて授業をする生徒でも、授業中のノートの使い方を見れば、その生徒がどれぐらいの成績をとっているか、ある程度分かります。そこに工夫があるかどうか?ノートを使った後の未来を意識しているかどうか?そこを僕は見ています。 例えば、ある社会の問題、ア~エの5問あり、ノートにその答えを書くとする。 生徒Aのノート アエジプト イフランス ウイタリア エロシア オカナダ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 生徒Bのノート ア エジプトイ フランスウ イタリアエ ロシアオ カナダ この二人の差は、非常に大きいです。もちろん、成績が良いのは生徒Bの方。 Aのような使い方をしている生徒は、応え合わせのことさえも意識していません。まず、問を表す記号ア~オと、自分の解答に間がない。これでは応え合わせをするとき、どこからどこまでが自分の出した解答か分かりづらい。それは、答え合わせに要する時間が無駄にかかることを意味します。1問につき、1秒ロスしたとしたら、100問で100秒のロス。これが1年間続いたら、どれだけの時間を無駄にしてしまうのでしょう?また、こういう生徒は、行を空けずに、詰めて書きます。すると、誤答を赤ペンで訂正するとき、鉛筆で書いた誤答の上から、赤ペンで書くしかなくなってしまいます。それを後で復習しようと思っても、誤答と正解の見分けに時間がかかってしまいます。そういった生徒に、答え合わせの後からの勉強が大切だから、その後、しっかり復習しなさい!と言ったところで、あまり効果はありません。だって、時間がかかってしょうがないから。やはりここでも、答え合わせ、その後の勉強を意識していないのです。 それに対して、生徒Bのようなノートの使い方は、十分、意識されています。問を表す記号ア~オと、自分の解答にはスペースがあり、尚且つ、問題は縦に並べて書いてあります。右横にはたっぷりスペースがあるのです。このスペースがあれば、誤答の訂正が丁寧に正確に行えます。復習するときにも、自分の間違いと正解を同時に確かめることができます。復習の意欲を失わないのです。 こういった細かい工夫の積み重ねは、後に大きな差となるんですよね。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.23
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先週の土曜日から、うちの塾は冬期講習。メインになるのは、もちろん中3受験生。1日、12:00~18:00まで、6時間授業。冬休み明けに行われる実力テスト。年、4~5回行われる実力テストの最後。最終的に志望校を決定するために、最も影響を与える志望校判定テスト。今、そのテストに向けて、全員が実力テスト問題に取り組んでいる。その彼らの背中から感じられるもの。ご両親の愛情。 兄弟、姉妹、おじいちゃん、おばあちゃんの愛情。学校の先生、塾の先生の愛情。そして自分の将来に対する愛情。自分を含める、大切に思ってくれる人たちの愛情を背負って今、必死に問題に向かっている。今まで僕がこのクラスを見てきた中で、最も美しい姿がここにある。最後まで頑張って欲しい!!
2007.12.23
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現実に目を向けなければ、先には進めない。現実に目を向けなければ、その先の未来は想像できない。 短いスパンで考えてみれば、中学校の定期テスト前。長いスパンで考えてみれば、受験生の受験勉強。いずれにしても、毎年、たくさんの中学生に接していて自分は本気で取り組んでいると思っていても、自分をまだまだ甘やかしている範囲を超えない生徒、自分ではやらなければならないと頭の中にはあるが、必ず、誘惑に負けてそれができないでいる生徒、こういう生徒はいます。もちろん、精神的な成長度には個人差があるので、そのときそのとき、様々な手段を使って対応しています。ただ、その成長に個人差はあっても、定期テストや受験は、それを考慮に入れて、待ってはくれない。否が応でも、それは確実に自分のもとにやって来て、結果を突きつけてくる。 その日が迫ってくることに、アタフタただ怯えるだけのも。 あぁ~あ、嫌だなぁ。 こんなもの無ければいいのにぃ~。と、ただ愚痴をこぼすだけで、何も行動しないもの。 テストが近付いてきても、そのテストが終わり散々な結果が返ってきても、ずっとそのことから逃げることを繰り返してきたがために、無意識に目を背けることに慣れてしまったもの。 また、そういった生徒が突然、目の色を変えて別人のように勉強に励むようになることも少なくない。 いつも穏やかな父親の、猛烈な喝によって目を覚ましたもの。 大好きなお兄ちゃんの頑張る姿を見ていて目が覚めたもの。 自分より成績の悪かった友人に、成績を追い越されたことによて目が覚めたもの。 親が家族のために、当たり前のように、毎日汗水流して必死に働いていることを感じることによって目が覚めたもの。 そんなきっかけもなく、何も変わらない生徒もいる。そんな生徒に、僕が最終的にとる手段は・・・・現実を一緒に見ること。現実に共に目を向け、自分を取り巻くたくさんの人の愛情に目を向けさせる。それでいいのか? 今のままの自分でいいのか? と、問いかける。 先生、情けない、自分が情けない。 そう言いながら生徒は悔し涙を流します。そのとき、僕は、 やっと見えたんだ。やっと現実が見えたんだ。やっと自分が見えたんだ。 そう感じる。それからです、未来の話を真剣に聞くようになるのは。それからです、自分の将来を意識するようになるのは。 誰だって、今の自分に目を向けたくないときはある。誰だって、今の自分から逃げたいときはある。誰だって、今の自分に盲目になるときがある。その目を覚ますことができるのは、その人を大切に思う人たちの愛情しかないのだと思う。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.23
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これから君たちを受験生として扱っていきます! 毎年、2学期の終わるこの12月に、中学2年生のクラスで僕が伝えることです。今まで自動的に進学してきた中学生にとって卒業後の自分の進路を考えることは決して簡単なことではありません。長い人生の中には、数々の分かれ道があり、高校受験とはその1つの岐路に過ぎませんが、中学生にとっては、初めて人生の岐路に立たされるわけです。自動的に決められた1本の道ではなく、たくさんの道の中から、自分の進む道を選び、前へと進んで行かなければなりません。また、選んだのならば、しかっりと進んでいける力を身につけるためにその努力を積まなければなりません。「自由」とは意味通り、誰もが憧れるものであると同時に、その自由には「責任」もついて回る、厳しい世界。このことについては、以前の記事にも書かせていただきました。自由な世界の中で、自分の道を選んで進むということ。そりゃぁ、初めは誰しも戸惑いますよ。どんな道があるのか?その先には何があるのか?山があるのか、谷があるのか、それとも、宝の山があるのか?ただ1つ、言えることは、自分の力で進んでいかなければ、何も見えてこないということ。もし、誰かが車で運んでくれたとしても、その場所でどう生きていけばいいのか分からない。それじゃぁ、何のために来たのか、意味が無い。 僕の仕事は、君たちをその場所に、手を引っ張って連れて行くことじゃない。途中でくじけそうになった君たちを、励ますのが仕事。ペースダウンした君たちに、喝を入れるのが仕事。ペースが速過ぎて、息切れしたとき、君たちに水を一杯入れてあげるのが仕事。そして、君たちがしっかりと自分の力で進んで行けるように、その足そのものを鍛え上げるのが仕事。 中2生のみんな、さぁ、今から自由な世界へ進んでいくぞ!自分の道を、自分の場所を見つけに行くぞ!自分の足を使って進んでいくぞ! この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.22
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ある年の、ある小学3年生の生徒がいました。やはり、3年生と4年生の差は大きかった。算数でいうと、ある式を線分図にする思考は難しく、みかんが4個、りんごが3個といった風に、実際にみかんやりんごに似せた絵を描かなければ想像しにくいといった感じ。国語では、作文である身近な人物をテーマにするのは難しく、その日の出来事を詳しく思い出しながら書くというのが精一杯であった。授業中も少し落ち着きが無く、何かごそごそと動いているといった様子でした。僕が、いわゆる「9歳の壁」というものをまざまざと見せ付けられる瞬間でした。この壁については、以前の記事でも触れました。今まで手を抜いていたツケであるとか、甘えているとか、そんなマイナスな要素は全く感じられませんでした。実際に毎週、生徒のことを思って、真剣に授業をやってると、分かるんですよね、そういった生徒のかもし出してるもの。それで僕は、作文では、その日に最も鮮明に記憶に残っている近い過去の出来事をテーマにしました。算数は、掛け算のブロックパズルをアドバイスを与えながら、ゆっくりと時間をかけて進めることにしました。僕の出した結論は、「求める」のではなく、「待つ・見守る」といった授業方針をとるということでした。窮屈さを極力取り払い、のびのび学習してもらう、そんな感じでしょうか? それから半年後。算数、国語もずいぶん良くなったのですが、最も驚いたのは、教科的なことではありませんでした。授業中の落ち着きの無さが、全くと言っていいほど無くなったのです。あれ? 最近、少し、大人になったぞ? 授業をする度に感じるようになったんですよね。その学期の3者面談で、その親御さんは・・・・・・・ 学校の先生に、褒められました。「学校では、リーダーシップをとり、みんなに頼りにされる存在になった。」そう、褒められました。 この生徒が成長することに影響を与えたものは生活を取り巻く様々なことでしょう。家族、学校の先生、同級生、習い事の先生、様々な人たちが影響を与えたのだと思います。でも、このとき僕は思ったんです。 あのとき、僕が求めすぎていたら、どうなってたんだろう?自分に自信がもてずに、リーダーシップなんて生まれなかったかもしれない。良かった、「待つ・見守る」ことを選んで、本当に良かった。 大人にしてみれば、出来て当たり前のこと。伝える側が、分かって当たり前だと思っている限り、分からない生徒が存在することすら理解に苦しみ、当然、分からない理由は見つけ出せない。子どもに教えたり、伝えるためには、求めることばかりでなく、待つ・見守るということも忘れてはならない。そう強く感じた出来事でした。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.21
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僕が親に勉強しなさいと言われなくても勉強できたのは剣道を通して作られたプライドがあったから。そのプライドが作られたのは、親を初めとするたくさんの大人から、親の、大人の気持ちを伝えられ、それを感じ、それに応えたいと思ったから。勉強しなさーい!と親が子どもに言うべきか、言うべきでないか?そこが重要なのではなく、勉強しなさーい!の先を伝えているかどうか、そこが大切であると思うのです。 言うのであれば、何故言うのか、その親の気持ちを伝えることが大切だと思うのです。それは、親が子どもの将来を心配しているから。自分で生きていける立派な人間に育って欲しいから。子を思う親の本当の気持ちが伝わらなければ、子どもは反発するだけです。 言わなくても、親が子どもに将来どんな人間になって欲しいのか、親の思いを伝えようとしなければ、何を目指して大人になっていくのか、大人に成長するってどういうことなのか、分からないまま大きくなってしまいます。子どものような大人になってしまいます。勉強しろとは1度も言わなかった親ですが、いつも僕に言っていたことがあります。自分の好きなことをすればいい。でも、自分のしたことには責任をもて!自分で責任を取りなさい!この言葉は、親の気持ちそのものだと思います。将来、自分の好きな仕事、自分の望む人生を歩んで欲しい。そのためには自分に責任をもたなければならない。それが社会というものであり、生きていくということであると。そういう父親と母親の気持ちだったのだと思うのです。 子どもが勉強するかしないかは、家庭や社会の中での、大人とのコミュニケーションにかかっている。子どもに対する大人の思いを、伝えようとするかしないかにかかっている。僕はそう思う。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.19
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勉強しなさーーーーい! この言葉、僕は一度も両親に言われたことがありません。しかし、僕は勉強しました。僕は高校を卒業するまで、塾に通ったことはありませんでした。大学浪人の1年間だけ、某大手塾に通いました。地元はめちゃくちゃ田舎で、塾はあることにはあったのですが、農家のおばちゃんが農業の傍ら子どもに勉強を教えるといった程度の小さな塾でした。その当時、その塾のイメージは、勉強ができない子どもが通う場所、そんなイメージだったので、同級生の殆どは塾には通っていませんでした。だから、中学校の定期テストの勉強は、自宅でするしかなかったのです。中学校の定期テスト前の日曜日に、13時間勉強したこともありました。 勉強しなさい!と1度も言われたことのない僕が、何故、1日13時間も勉強したのか?その当時の僕の主観から言うと、がっきーは剣道は強いけど、勉強はダメだね!と、人に絶対に言われたくなかった!剣道に対するプライドだけで勉強してました。初めは剣道に対するものであったのに、テストを重ねる度に、勉強そのものに対しても、いつしかプライドを持つようになっていました。今思うと、そのプライドが無ければ、勉強していなかったかもしれません。 では、何故そういうプライドを持つことができたのか?その前に、そのプライドは自力で作り上げたものだったのか? 大人として、塾講師として、客観的に考えてみると、そのプライドは、大人とのコミュニケーションの中で与えられたものでした。 小学2年生のときから始めた剣道。週2回、必死に稽古をつけてくれる剣道教室の先生方。そして、練習の見学のときも、試合のときも、すばらしい団結力を見せてくれた保護者団の皆さん。当たり前であるが、みんな大人。先生は、怒ったり、誉めてくれたり、励ましてくれたり、期待をかけてくれたり、剣道のことだけでなく、勉強のこと、高校、大学の話まで僕たちにしてくれました。保護者団の皆さんは、自分の子どもであるかどうかは全く気にせず、練習の差し入れ、試合会場への送迎、昼食、試合の応援や雑務、試合後の宴会、必死にこなしてくれました。僕たちはそんな大人たちの期待に何とか応えようと、毎週の練習、居残り特訓、試合と、剣道に打ち込みました。個人戦で、誰かが、まさかの敗戦をくらっても、その仇をとるために、他の誰かが優勝した。団体戦で、チームの誰かが調子が悪くても、他の誰かが絶好調で、チームは優勝した。そんな僕たちを、世界中の誰よりも、先生、保護者団の皆さんが、讃えてくれた。大声で叫んだり、飛び上がったり、抱き合ったり、涙を流したり、宴会で大騒ぎしたり、心の底から喜んでくれた。今でも僕の母親は言う。あの頃は、大変だとか、しんどいとか感じなかった。ただただ楽しかった。 最高だった。 あの5年間で、愛情溢れる大人たちにどれだけ怒られただろう?どれだけ励まされただろう?どれだけ褒められただろう?どれだけ頭をなでてもらっただろう?どれだけ期待をかけてもらっただろう? そんな大人たちとのコミュニケーションの中で、僕たち同級生はプライドをもつようになった。中学に上がってからは、剣道だけでなく、勉強でも切磋琢磨するようになった。その当時の剣道教室の同級生全員が進学高校に進み、更に全員が大学へ進学した。つづく・・・。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.19
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三者面談2日目。 毎年、この時期の三者面談は、学校(中学校)の三者面談の直後。まだ通知表はもらえないが、1学期に対して上がったかどうかは教えてもらえるらしい。昨日の面談では、内申が上がった生徒もいれば、下がった生徒もいました。内申は中学生にとって、非常に大切なものです。現在、我塾の小・中学生、その親御様、また、これから我塾をとお考えいただいている小・中学生の親御様に是非、お読みいただきたいと思います。特に、小学6年生の親御様、お子様は来年から中学生になります。中学生になる前のこの時期に、是非、お読みいただき、参考にしていただければと思います。 内申とは1教科を1~5の5段階で評価し、9教科の評価を合計したもの。最低は9、最高は45、9~45の数字で表したもの。年間5回実施される定期テストの点だけでなく、授業態度、積極性、宿題提出物なども評価の対象となります。この地域の子どもが通うことのできる公立高校入試での内申の比重は、特色化選抜(2月実施)では、3~7割、一般選抜(3月実施)では、3~5割です。この内申は中1のときから含まれます。もちろん、受験校に必要な内申は、学力検査の行われる入試当日までに準備しなければなりません。言い換えると、合否を判定する材料のうち、特色化選抜では3~7割が、一般選抜では3~5割が、学力検査前に決まっていることになります。内申というものは、高校入試において、そういった重みがあるものです。軽視できないものであります。 学力検査が、受験する生徒の学力を見ようとするのに対して内申は生徒の何を見ようとするものなのか?それは、その生徒が中学校生活をどう取り組んできたかという過去から、これからの高校生活をどう取り組んでくれるかという未来を見ようとするもの。僕はそう考えています。ある程度人間性が構築された大人であれば、結果だけから、その結果を生むまでの過程を想像してもいいと思います。大人になって社会に出れば、結果が求められますから。しかし、中学生は、身体は大人に近付いても、精神面はまだまだ成長の途中であります。まだ人間性が構築されていく途中の段階である中学生を学力という結果だけで見るより、その過程そのものをより見れるものがあった方がいい。それが内申であると僕は思うのです。また、結果の重要性と同様に、その過程の重要性を知ることも、思春期である中学生には欠かせないことだと思うのです。現在、小学6年生とその親御様は、中学生になる前に、内申の重要性を考えて頂きたいと思います。現在、中学生とその親御様は、より内申の重要性を再確認していただき、今から一つでも内申が上がるよう心がけていただきたいと思います。 追記 また、内申が抱える問題も存在するのも事実です。絶対評価の抱える問題。ステップ先生が記事にて述べられているような、思春期である中学生が成長する過程で、道を踏み外してしまった時期はあるが、受験生になって必死に努力し、結果を残した人へのチャンス制度。過程に誤りがあったことを知ったから、過程の重要性を知ったから、受験生になって必死に結果を出そうと努力し、結果を残した。そんな生徒の過程と結果を評価するチャンス制度。僕もそういう生徒に何人も出会ってきました。あったらいいですよね、そんな制度。 ステップ先生、同感です! この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.18
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ご心配をおかけしました。 身体の方は、やっと、ほぼ正常に戻りました。今回の風邪では、頭痛、発熱、胃痛、嘔吐、下痢に苦しみました。特に、胃痛、嘔吐、下痢。昨日の晩、何日ぶりかに、まともな食事をとることができました。そのとき、つくづく感じたことは、美味しいと感じながら食事がとれることのありがたさ。普段は当たり前だと思っていたことは、実は非常に有難いことであるということ。それは、食事だけではありませんでした。 2児の子育てで毎日いっぱいいっぱいにも関わらず、懸命に介抱してくれる奥さん。 お気遣い、励ましのコメントをくださったり、こんな僕のことを記事にしてくださったブロガーの方々。 塾に通う日ではないのに、わざわざ校舎までみかんを届けてくださった保護者の方。 「やばそうやったら直ぐに電話してね。 俺、明日はどうにでも都合つくから!」と、さくら塾の運営でも大変で、ただでさえ休みがとれない身なのに声をかけてくれたもちざくら。 土曜日の夜の中1の授業を振り替えることになり、その連絡の電話をもちざくらがしてくれたとき、その連絡は非常にスムーズに進んだそうです。僕の体調のことを察して、授業振替を快く受け入れてくださった中1とその親御様。 冬期講習初日(土曜日)、いつものように元気でない僕を気遣いただひたすら問題を黙々と問題を解いていった中3。昨日の授業のときは、ほぼいつも通りの調子で授業ができたけど僕は中3に思いっきり吼えました。(苦笑)あれは僕の魂の叫び!でも、生徒がこの塾に来てくれなければ、吼えることすらできない。(あんまり何度もあると胃に穴が開きそうだけど・・・笑)あのときは、自分の体調が悪いということなんて頭の中になかった。どうでもいいと思うような人間になんて、吼えることなんて僕にはできない。そんな昨日の僕の声を、真剣な眼差しで真剣に聞いてくれる中3。 僕という人間は、本当にたくさんの人たちに支えられている。だからこそ、授業を通して生徒と接するとき、生徒はもちろんのこと、その生徒を支え、大切に思っている人たちの気持ちも、しっかりと感じ取らなければならない。その気持ちまで届くような授業、塾経営をしなければならない。「感謝」という言葉を噛み締めた5日間でした。さぁ、頑張るぞぉ!
2007.12.17
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ynママさんへ 先日のもちざくらの記事へのコメントを拝見させていただいて、ynママさんのお気持ちも頂いていたことを知りました。遅くなりまして、申し訳ありません。誠に、ありがとうございます。 うちの嫁、娘、みかん大好きなんです。娘は、ちびまるこちゃんのエンディングソングに合わせて踊るように、おおはしゃぎで食べております。その様子を今度、アップさせていただきますね。 頂いたお気持ちにお応えすべく、お子様のために、精進して参りますのでこれからも、どうぞよろしくお願いいたします。
2007.12.16
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誰さんさん(保護者の方)へ 先ほど、もちざくらの記事を見て、校舎へ電話をかけ、彼と話しました。みかんをいただいたそうで、誠にありがとうございます。熱も下がり、吐き気も治まってきました。明日からどうにか動けそうです。今後、このようなことがないように、頂いたみかんで、ビタミンをしっかりとり、予防に心がけます。 僕は常々、生徒にこんな話をしています。 プレゼントをもらうと何故嬉しいんでしょう?その嬉しさは、プレゼントそのものから来るものでしょうか?僕は違うと思います。その嬉しさは、プレゼントしようというその人の気持ちから来るものだと思うのです。その贈り物を選んだり、作ったりするときに、必ず届ける人のことを考える。例えば、セーターをプレゼントするとき、サイズは?何色が好きだった?これが似合うかなぁ? あれの方が似合うかなぁ?着てくれるかなぁ?と、いろんなことを考えます。そういう思いが伝わるから、嬉しいんだと思うのです。君たちも、気持ちが伝わるプレゼントを贈ることのできる人になって欲しいですね。 今日は、校舎でお会いすることはできませんでしたが、みかんとお気持ち、頂きました。本当にありがたく、嬉しく、感激しております。元気が湧いてきました!何が何でも、早く、治さなければ!!
2007.12.14
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5日ほど前から、3日間ほど頭痛に襲われた。僕は、年間通して、頭痛は殆ど経験しない。今までの33年間を振り返ってみても、頭痛についてはあまり記憶がない。普段、経験しない痛みは、やっぱり、 痛~~~い! それも3日間は、 長~~~い! やっと慣れない頭痛も治まり、いつものようにと思ったら・・・。 だるい・・・・・。 体がだるい・・・・。 何だか、腰も痛い・・・・。 やっぱり、熱だ・・・・。 背中がぞくぞくする~~~~ 何だか胃が重たく、 ちょっと吐きそう・・・・ うっ! そう言えば、近所の奥さんが同じようなことを言っていた、頭痛の後の、発熱。これに間違いない・・・。 不覚! あっ、そう言えば、突然、嘔吐・下痢を繰り返す子どもが近所で増えているらしい。 気をつけねば! って、もう吐き気が・・・・。 しかし、今年はよく熱を出してしまう僕・・・、 く、 く、 悔し~~~~~~~い! つばさ塾スタートまでに、まず、自分のつばさを鍛えねば!とりあえず、明日からの2日間、休めよう。その後、ビシバシ、鍛えちゃるもんねぇ~~~!
2007.12.12
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未来を意識するには、それなりの準備が必要です。今現在の自分が見えていなければ、未来の自分は描けません。ですから、過去 → 現在 → 未来 という順番で目を向け、未来まで目が向けられるようになったら、その目線をより遠くへ、描く未来をより明確に意識していく。こういう考えのもとに、取り組んでいることは、このシリーズ(やる気1~6)にて述べさせていただいております。その中の小学生作文指導におきましては、親御様からこのようなお声をいただいております。 親御様の声 1 お母さん(小5)夏休みに出される読書感想文。それまでは書き始めるところから手伝ってました。大変でした。一人でやらせると1日かけても終わらないこともありました。でも訓練後は自分一人でできるようになりましたよ。手伝うときもあるけど、ある程度書けているので、アドバイスするのも楽になりました。 2 お母さん(小4)作文の訓練を始めて2ヶ月半。3学期の通知表が返ってきました。国語の項目で◎が3つ増えました。算数でも1つ増えました。物事を考える習慣がついたように思います。 3 お母さん(小5)家ではいろんなことを話してくれます。でもそれを文章で書くということは自信がないというか、嫌いなようでした。作文の訓練を始めてからは家で作文の内容を考え、書いている姿をよく見るようになりました。作文を書くことが好きになったように思います。 子どもの作文を読んでみると、「子どもはこんなことを考えてるんだぁ。」と普段の生活の中ではなかなかわからない発見がありました。子どもの心の中が見えること。親としてとても安心できます。 4 お母さん(小4)学校に提出する作文や日記。それまでは、「...楽しかったです。」とか「...と思います。」など、単純な表現が多かったと思います。今は、その「楽しさ」の度合いや、楽しく感じたときの自分の行動まで表現できるようになりました。感情の表現が豊かになったと思います。算数でも変わりました。文章問題を解くときには、文章からいきなり式を書くのではなく、文章から式への考える過程を図に表すようになりました。 もちろん、「未来を意識させること」は、全ての教科の軸にしております。英語を例に挙げさせていただきますと、このシリーズ(イメージ英語にたどり着くまで1~10)にて、英語について述べさせていただいております。 また、テスト終了時、勉強においての最も近い未来、つまり、次のテストを意識してもらうため、自己分析指導もしています。その内容は、このシリーズ(分析→反省→改善 前編・後編)にて述べさせていただいております。 生徒自身が自分の未来を意識し、思い描き、そのために自分を磨いていく塾!!それが私の目指す塾、つばさ塾であります。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.11
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子どもが大人へと成長し、世の中で生きていくためには、働かなければなりません。社会人として社会に出れば、それまでに身につけた力全てが試されます。当たり前のことではありますが、仕事とは自分で答えを出していくことです。学校のテストのように、先生が答えを用意してはくれません。自分で考え、自分で行動し、それを繰り返しながら、自分で答えを探すしかありません。様々なことと向き合い、自分で答えを出していくしかありません。そのためには、あらゆることを深く考えることのできる思考力と、それを持続させる精神力が必要です。生きていく力とは、思考力と精神力の総合的なもの私はそう考えています。この力は勉強という場においては、実際、どんな力なのか? 誰かに言われたから勉強するのではなく、自ら積極的に行動し、積極的に学ぶ自学の力。私は、この思考力と精神力を合わせもたなければ得ることのできない自学の力の育成を軸に塾を経営しております。自学とは、自ら積極的に学ぶことであるわけですから、いわゆる「やる気」がなければできません。自ら積極的に行動し、学ぶ。その能動的な行動を惹き起こす鍵は、如何に生徒自身が自分の未来を意識できるかということ。私はそう考えております。つばさ塾の授業を含む全てのことは、生徒に未来を意識させるという方向へ向いております。生徒自身が自分の未来を意識し、思い描き、そのために自分を磨いていく塾!!それが私の目指す塾、つばさ塾です。次回は、具体的にどのような取り組みをしているのかご紹介させていただこうと思います。つづく・・・。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.07
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私は塾講師としては今年で9年、塾経営者としては6年が経とうとしています。今まで、たくさんの小・中学生、また、その親御様にお会いすることができました。大変、ありがたいことであります。その中で、胸が痛くなるほど感じてきたことは、お子様の将来を思う親御様の愛情です。私にも、3歳の娘と1歳になる息子がおります。心の底から子どもを愛している親が、心の底から望むことは、子どもが幸せな人生を送ることだと思います。たとえ自分の命が尽きたとしても、望み続けることだと思います。そんな親が子どもにしてあげたいこととは、子どもの生きていく力を養うことだと思うのです。私が塾業界に足を踏み入れて間もない頃、高校受験が最終目標だと思っておりました。その浅かった自分の考えを思い知らされる事が起きました。それは、毎日のように塾に通い、5教科合計150点以上成績を上げて見事に志望校に合格した生徒がいました。しかし、その生徒は、わずか半年で高校を辞めてしまいました。学校の授業にもついていけないし、高校生活も楽しくないという理由でした。点数は入学できるところまで到達はしたけれども、高校の授業についていくことのできる本当の学力と、様々な高校生活で起こり得る出来事を乗り越えていく精神力が育っていなかった。私は自分を責めました。今でも決して忘れることのできない苦い経験であります。高校、大学、専門学校、社会人としても生かすことのできる高校受験にしなければ!そこを見据えた授業をしなければ!そう強く感じました。つづく・・・。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.07
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先週の出来事。 いつものように仕事をしていると、電話が・・・。 はい、つばさ塾でございます。(まだ開校しておりませんが、現在の塾名をここで書くことはできませんので)あのぉ~、小学生の子どもをもつ母親ですが、入塾したいと思っているんですが、どうすればいいんでしょうか? あのぉ、この冬、チラシ蒔かないんですか? 実は・・・・。毎年、冬期講習としてのチラシをこの時期出しています。が、今年は出さないことにしました。中3は去年から定員。 中2は残り1席。小学生は冬期講習中の授業はありません。だから、冬期講習としては、実質、募集対象学年は中1だけ。来春のつばさ塾開校チラシ内容を練りに練り、年明けてからドカンと蒔こうかなと考えております。またこのブログのことも掲載しようと考えています。チラシを出していないにも関わらず、お問い合わせいただけるなんて、本当にビックリしました。また、チラシが出されることをお待ちいただけるなんて、本当にありがたく、感謝すると共に、ご期待に副えるように、つばさ塾を最高の形で開校すべく、準備を進めていこうと、心の底から思います。 お問合わせいただいたお母様へ チラシを出していないにも関わらず、お申し込みいただきまして、誠にありがとうございます。 つばさ塾をお子様、親御様にとってより良い塾にしていくために、より一層精進してまいります。その第一弾といたしまして、このブログに「つばさ塾教育理念」というカテゴリを設けました。チラシだけではお伝えできない私どもの教育に対する考えを記事にて掲載いたします。少しでも、お問合わせいただく親御様のご心配が軽減することができればと思っております。今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.06
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今日も、1日終わり、寝る前のトイレに行ったとき、ふと目に入るものがあった。 洗面所や便所に置いてある、娘用の台。娘は90センチぐらいの背丈でしょうか?そうですよね。 うがいをしたり、手を洗ったり、トイレに行ったり、自分でしようという意欲があっても、台がなければできない。台がなければ、その意欲はどうなるのでしょうか?90センチの背丈では、精神的に成長し、自分でやろうという意欲があっても、できないことはたくさんあるんだ。90センチの背丈では、大人が見えて当たり前のものが、見えないのが当たり前なんだ。体は大人に近付いていても、きっと中学生もそうなんだ。塾での自分を思い返してみた。生徒が授業内容を演習しているとき、生徒を一人一人見るため、僕は、教室中をぐるぐる回る。何か気づけば、直ぐに声をかけ、個人個人にアドバイスする。ただ、何か生徒の心に訴えかけたいとき、少し違う行動をとっている僕がいた。例えば、自信をなかなかもてない生徒を勇気づけたいとき、僕は生徒の机に手を添えながら、生徒の隣にしゃがんで話している。それは生徒の目線に自分の目線を合わせるため。目線を合わせようとするのは、僕が伝えたいことを、伝えるためであると同時に、生徒の心の目線がどこを向いているのか、何が見えて、何が見えないのか、知りたいから。う~ん、後者の方が強いかもしれない。改めて思う。大人が見えて当たり前のことでも、子どもは見えないことがたくさんある。それを忘れてはならない。それを忘れて子どもを見れば、大人が伝えたいことは子どもには伝わらない。娘用の台を見て、大切なことを再確認できた。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.03
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毎年、年間目標として、中1生クラスの目標は、「いかに内容・過程を充実させるか」である。中学校の定期テストで結果を残すためには、まず、意識を、小学生から中学生へと成長さなければならない。学習内容、テスト範囲、テスト問題、どれをとってもレベルアップする。僕も、「テスト勉強」ということそのものを意識するようになったのは中学生になってから。中学校での定期テストは、「テスト勉強」というものを、計画を立て、実行しなければ、自分の目標とする結果を残すのは容易ではない。 能力だけで、そこそこ結果が残せるのは、中1の1学期まで。2学期からは、努力無しでは難しい。なんとか2学期をもちこたえたとしても、努力無しでは、成績が下がるのは時間の問題である。そのため、学校・塾での授業の聞き方、ノートのとり方、演習・演習後の勉強の仕方、家庭学習の仕方などなど、中1生に対しては、年間を通して、これらの指導に力を注いでいる。その成果が問われる定期テストの後の自己分析。マインドマップを書いていく手が止まらない、止まらない。僕の予想をはるかに超えていた。年間目標を達成するための、4月からの取り組みの成果はマインドマップをどんどん書いていく彼らの手が物語っていた。そして僕が彼らにしてやられることも、彼らの書いたマインドマップの中にあった。 それは、彼らが必死に取り組むマインドマップの視野の範囲を広くすること。マインドマップに書き出す事柄をより深く掘り下げること。 成績の上がらない原因を探るとき、様々な範囲まで視野を広げる必要がある。ある生徒は、家庭学習という範囲の中だけでマインドマップを書いていた。しかし、家庭学習を充実させるものは、家庭学習の中にあるとは限らない。学校・塾の授業の吸収力や習得率を上げることができれば、家庭では別の何か、プラスαがこなせるわけで、それだけ家庭学習も充実することに繋がる。 反省から改善方法までたどり着こうと思えば、浅い分析ではたどり着けない。 深く掘り下げていかなければ。例えば、家庭学習や学校の授業についての反省で、最も目にしたのは、「集中できなかった」という言葉。その改善方法を見てみると、「集中力をつける」となっている。これでは何も変わらない。だから僕はこう質問した。 どうして集中できなかったの? 眠かった気がする・・・。 じゃぁ、何故眠かったの? 寝る時間が遅かった。 そんな時間まで何をしてたの?ゲーム? まんが? メール? テレビ?テスト前でなくても、授業中眠かったら、必ずテスト勉強のとき、それを補わなければならないよな?だったら、ゲーム、まんが、メール、テレビ、どうする? 次の日、眠たくならない程度にすればいいんだ。 そうだな。それだけじゃないが、それが最低限しなければならないことだな。そのためには、自分をコントロールしなければいかん。このことを忘れてしまったら、コントロールしようにもできん。どうする? 何かいい方法はないか? 紙に大きく書いて、机の前に貼っておく! おぉぉぉぉ~、いいんじゃないかぁ~!やってみろ~! なぜ? なぜ? と自問し、それに対して自答することを繰り返し、具体的な行動にいたるまで深く掘り下げていくこと。生徒一人でここまで考えるのは、やはり大変そう。だから、テスト終了時、こういう時間をとり、生徒が書いていくマインドマップに対して、僕が、「なぜ? なぜ?」と問いかけてやれば、自分で改善方法までたどり着くことができる。思考の過程を視覚化するマインドマップがあるからこそ、僕が、「なぜ? なぜ?」と問いかけることができ、生徒はそれを考え、改善方法としての具体的な行動にまでたどり着ける。テスト終了時マインドマップ。 かなり効果があるようです。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.03
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今日、中1の2学期期末テストの結果が出揃った。大人であっても、子どもであっても、自分を向上させようと思えば、自分を知らなければならない。成績を上げたければ、まず自分の状態を知る必要がある。その時期は、中学生にとってはテストを終えた直後だろう。そこで今日は、こんな授業をすることにした。「2学期期末テスト」というテーマで作文を書く。結果そのものではなく、テストに臨む前の自分の分析。自分を省みることは、大人でも難しく、大切なこと。中1にとっては、自分一人だけの自己分析は難しい。かといって、他人の分析に依存し過ぎるのも、将来を見据えた自学の力の妨げになる可能性がある。ということで、今回は、完全自由に書いてもらうのではなく、マインドマップを使って、その作文が生徒にとって深い分析に繋がるよう、少し僕が手を加えてみた。 「悪かったこと」→「良かったこと」→「改善方法」の順に、3つのマインドマップを書いていく。 「悪かったこと」を最初にもってきたのは・・・。小学生から中学生となり、4回目の定期テストを終えた中1生は、勉強やテストに対する意識はかなり成長した。そんな彼らであるならば、もう既に自分の悪かった部分を、良かった部分よりも、多く書き出せるはずだと確信していたから。 2番目に「良かったこと」をもってきたのは・・・。物事には必ず、悪い面、良い面の両面がある。悪い部分が目立つからといって、良い部分が無いわけじゃない。良い部分は継続していくべきである。自己分析において、短所ばかりを探し出し、長所が探し出せなければ、精神にストレスを加えるばかりになる。それが続けば、誰でも自己分析することが嫌になる。そのうちしなくなる。 自分の長所を探し出すことができず、短所ばかりを人に指摘され、自己を分析するのが辛くなって、現実から目を背けることに慣れてしまった子どもを僕は今までにたくさん見てきた。たとえ自分の短所が目立ったとしても、長所を見つけ出し、大切に育てていくことで、自己を分析することを続けて欲しいから。 最後に「改善方法」にたどり着かなければ、自己が改善されたとき、それまでの自分の努力に自信がもてないから。 この3つのマインドマップ、生徒たちが書いていく過程を見ていてマインドマップの新しい可能性を発見することができた。つづく・・・。 この記事が「役に立ったな」とお感じになった方だけで結構でございます。 クリックお願いします。 この結果を参考に、より良い記事が書けたらと思っております。
2007.12.01
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