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僕は生徒の思考力を向上させるために、いつもイメージを大切にしています。授業で、生徒にイメージをもたせるために、図や絵によって説明することが多くなりました。もちろん、必要最低限の言葉は説明しますが。ですから、教科を問わず、図や絵によって説明できるように、日々努力しています。ですが、英文法だけは、なかなか思うように図や絵にできないでいました。しかし、今日、中2の授業で、ちょっと、ひらめきました。これは、少し行けそうです。名づけて、「イメージ英語」!でも、もう当たり前にやってる先生いるんだろうなぁ?いや、でも僕にとってはかなりの進歩!頑張るぞ~~~~!
2007.08.31
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前回、記事にした小5がやってきた。 「 うわっ、雨上がりは、何だか臭いね。」「 あっ、臭いって形容詞だよねぇ。」「 うん、そうそう、絶対、形容詞!」 そう、そう、そうやって、言葉って、自分の生活の中から、感じとり、使い、学び、身につけていくのが、1番だねすごいぞ~、小5諸君! 感動~~~~~!
2007.08.30
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昨日の小学5年生の授業。 うちの塾の小学生の国語の授業の中心は、「文章力(表現力)の養成」です。この8月の目標は、自由提出である「読書感想文」を学校へ提出することでした。ほとんどの生徒が目標を達成することができました。その提出が終わった昨日、こんな授業をしてみました。 「 今年の夏は暑いねぇ。気温40度越したところもあったねぇ。 暑いみたいに、○○いという言葉を、形容詞といいます。 例えば、暑いの反対は?」「寒い~~~~!」「 そうだねぇ。物事の様子や状態を表す言葉です。 では、今日はこの紙の真ん中に、形容詞と書いて、 こんな風にその言葉を書いていってみよう。 コツ1 普段の生活の中から考えること。 自分の生活にないことは、頭から出しにくいから。 コツ2 自分の書いた言葉から次を連想すること。 暑いの反対は寒い。 漢字を変えて厚い。 厚いの反対は薄い。こんな風にね。 コツ3 焦らず、リラックスして、楽しむこと。 君達は今年で11歳になります。 今までにたくさんの日本語が頭の中に入っています。 今からすることは、それらを意識して頭から出すことです。 しっかり頭の中にあるのだから、焦る必要はありません。 どれだけ出せるかの、ゲームです。さぁ、楽しもう!」そう、いわゆる、マインドマップです。あるテーマを中心に、放射線状に事柄を繋げて、広げていくこのマインドマップの可能性に、とても期待しています。多面的な可能性を持っていると思います。ですから、僕がこれを使う目的もたくさんあります。その中の一つが、「意識して出すことに慣れること」。これは僕の考えですが、頭の中にあるものを、出そうとすることによって、意見というものが生まれるのだと思うのです。意見は、一度自分の中に入れたものを、自分なりに出すこと。頭に入れるだけで、出そうとしなければ、意見は生まれない。子どもと毎日接していて感じることは、出す機会が少なくて、出すことに臆病になっているということ。出すことに臆病になっているから、自分に自信がもてないということ。白紙を与えられ、その真ん中にテーマが与えられる。あとは、ひたすら自分の頭の中から出すだけのマインドマップは、子ども自身の意見を生むものだと思うのです。「僕は○○だと思う」という意見をさらに育てれば、それは、「僕は○○したい、○○を成し遂げたい」という意志になっていくと思うのです。それは、言い換えると、個人の目標であり、やる気です。大人でも、目標を持ち、やる気のある人は、美しい。見ていると、元気が出てくる。そんな人の周りには人が集まり、たとえくじけそうになっても、たくさんの人が、助け、応援してくれるでしょう。僕は、このマインドマップには、このような可能性を感じています。 小5が挑戦した形容詞のマインドマップ。授業終了時間ギリギリまで、全員、時間を忘れて入り込んでいました。そしてある男の子が教室を出るとき、「 先生、絶対、今度はもっと書いてみせる! 白紙を僕の字で埋め尽くしてやる!」これって、もう意志ですよね^^
2007.08.29
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8月20日、午前5時、帰省を満喫し、実家を出発しました。翌日から夏期講習後半が始まります。 できるだけ早く帰り、次の日に備えたい。そう思い、はりきって運転。なかなか順調。 岡山県突入!サービスエリアでお土産購入!(買いすぎてしまった・・・)兵庫県突入! すいすい進んでいきます。 気持ちいいーー!大阪吹田ジャンクション突入! まぁ、ここはいつでも混みますね。でも名神に入ってしばらくすれば・・・。あ、あ、あれぇ? 少し混んでいます。 いつもならスイスイなのに・・・。高速道路ラジオに周波数を合わせてみます・・・。 ガーン!彦根インター付近のトンネルで、大型トラックの横転事故が発生!彦根~米原間 通行止め。通行止めかぁ。 そりゃ混むわなぁ・・・。ただいま、警察による現場検証が終わりました。これから回収作業に入ります。まぁ、2時間もすれば、1車線ぐらいは解除されるやろぉ。事故の影響で、いつもより少しゆっくり運転で、それから1時間。再びラジオを聴いてみました。彦根インター付近の大型トラック横転事故。ただ今復旧作業に取り組んでおりますが、復旧のめどがついておりません。エーーーーッ! どんな事故なんだぁーーー!高速を降りて、下道で行った方がいいのか?そんなことを考えながら、30分、すると、八日市インターが見えてきました。降りるべきか、行くべきか?まぁ、もう少し行ってみよう、スイスイ進んでいるし! ガビーン!3キロほど進んでみると、大渋滞!!しかも全く動いていない!ラジオ、ラジオ、ラジオーーーー!今日、午前5時15分、彦根インター付近で、大型トラックが・・・事故発生から、6時間以上経っとるやないけぇーー!なぜ、発生時間をもっと早くに放送してくれないんだぁーー!でも、自分が一番甘かった、トホホホホ、グスン。ガソリンメーターはあと1メモリ。全く動かない渋滞は、ガソリンを消費するだけ。エンジンを切るか? いや、この炎天下、エンジン切ったら、家族が干上がってしまう。ガソリンスタンドがある多賀サービスエリアまであと9キロ。普通のスピードなら80キロくらいは走れるけど、この渋滞では・・・。それから1時間が経過し、進んだのは、たったの1キロ。む、む、無理です、多賀SAまで行くの。仕方なく、その手前のSAに入りました。そこは、トイレと、自販機が1つあるだけの、普段はあまり人が使わないようなSAです。が、僕と同じ状況に陥ったと思われる車が、続々と入ってきます。あっという間に駐車場はいっぱいになりました。ガソリンを消費しないために、みんな、車を降りています。僕らも車を降り、影になってるスペースを探し、そこで、事故処理が終わるのを待つことにしました。いつ終わるかわからない事故処理。 そして、ここには自販機が1つ。今のうちに飲み物を買っておくことにしました。僕と奥さんはまだ大丈夫ですが、2歳の娘と6ヶ月の息子にとっては、命にかかわります。その判断は正解でした。 僕が購入してから10分後、全て売り切れ!恐い、恐すぎる高速道路渋滞!僕らが確保したスペースの隣りには、60歳くらいの夫婦が犬を連れていました。とても人の良いおじさんとおばさんで、話していると、事故、渋滞、自分の判断ミスにイライラしていた僕はどこかに行ってしまいました。「こういう時は、あせらず待つしかないよっ」って笑顔で言うんですもん。やはり、いろいろ経験されてきた方の言うことは、余裕があります。SAに入って90分くらい経ったころでしょうか、トラック運転手のおにいちゃんが、「 解除、通行止め、解除されたぞ~!」大喜びで叫んでいます。するとそれを聞いた人は、自分の車に次々と乗り込みます。30分ぐらい様子を見ていると、どうやら渋滞で動かなかった車が、流れ始めたようです。チャンス! 僕たちも出発することにしました。30キロぐらいですが、流れています。ただこのスピードでは、やはりガソリン補給が必要です。多賀SAにGO!やっぱり、予想通りでした、ガソリンスタンド大渋滞!給油するのに1時間以上! もう、この時点で、クタクタです。 しかし、力を振り絞り、家族のために、「頑張るお父さん」フルパワー!自宅に着いたのは、午後4時。出発して、11時間もかかってしまいました。広島帰省、最後の最後で、大変、貴重な大渋滞を経験いたしました。疲れたぁ~~~~。
2007.08.28
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Fおじさんが、わざわざ遠いところから来て、僕の背中を押してくれたのは、僕のためであるのと同時に、その僕を息子としてもつ親父のためだと思うのです。親父は、こういうとき、自分の気持ちを表現するのが苦手です。その親父をFおじさんは、心の底から、手伝いたいのだと思うのです。以前、こんな話を聞きました。Fおじさんの長男K(僕の1つ上)が、中学生の頃、ひどくグレた時期がありました。親父はF家にふらっと行って、Kに、こう言ったそうです。「 K! ここに座れ! お前が少し悪ぶってることが、 ダメだと思ってるんじゃない。 男の子は少し元気がある方がええし、 ワシ(俺)も高校時代、血の気が多いところがあった。 でも筋だけは通しとった! お前がとる行動で、両親が悩んで、苦しんで、 泣いとるのをお前は知っとるじゃろ? それは筋が通らんじゃろうがぁ? このバカタレがぁー!」それからKは変わったそうです。今ではKはこう言います。「 おじちゃん(親父)の言うこと聴かんかったら、絶対、損をする!」 僕は、知らないうちに、すばらしい愛情と教育を受けていました。子育ては、親が頑張るだけでは、どうにもならないこともあるほど大変であるということ。だから、人に支えられて、親も子育てをしているということ。幼いときから、親父、おふくろ、Fおじさん、Sちゃんに聞かされていたこと。「 人のことを考えんさい。 人に感謝しんさい。 人間、一人では、絶対に生きていけんのんじゃけぇ。」僕は、親だけでなく、その親を支え続けてくれた、たくさんの人たちの愛情によって、育てられました。 僕の塾経営、塾講師としての「軸」は、ここにあります。生徒が将来、自分の欲しいものは自分で手に入れられる、そんな人間に成長するために愛情を注ぎ、我が子を必死で育てる親御さんを支えていく。生徒本人がやらなければ、意味のないことがあります。あかの他人の僕では、どうにもならないことがあります。親御さんでなければ、意味のないことがあります。そういう場合、生徒も、親御さんも、もがき、苦しみ、悩むでしょう。光が差し込むところにたどり着くまで、本当に、大変でしょう。ならば、僕がすべきことは、生徒本人が自分の責任においてやらねばならぬこと、親御さんが親としてやらねばならぬことを、諦めないように、成し遂げられるように、塾経営者として、支えることだと思うのです。この広島帰省9日間の体験を考えることで、僕の「塾経営の軸」がはっきりと見えました。あとは、その軸を元に、形にしていけばいい。「つばさ塾」開校まで、あと6ヶ月!頑張るぞ~~~~~~! おわり
2007.08.26
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帰省6日目。 それまで実家にはたくさんの人が来てくれました。姉、義兄、甥(6ヶ月)、妹、義弟、甥(9歳)、僕が大学卒業後、2年間、コンビニで働いていたときからの親友T、そのTがいつからか連れて来るようになった、Tの高校以来の親友I、他にも、僕が子どもの頃から、温かく見守っていてくれた、近所のおじさん、おばさん、お兄ちゃん、お姉ちゃん。そしてこの日、親父の高校以来の親友、Fおじさんとその家族が来てくれました。Fおじさんの奥さん、Sちゃんは、(幼いときにすり込まれ、「Sちゃん」以外では呼べない・・・)おふくろが親父と知り合う前、ある化粧品会社に勤めていたときの同僚です。FおじさんとSちゃんは、親父とおふくろの結婚式で、お互い友人として出席し、それがきっかけで結ばれたのです。両親が留守で、僕たち子どもしかいないときでも、ふらっと突然やって来て(車で2時間ほど離れてます)、Fおじさんはビールを飲みながら、僕たちはSちゃんの作ってくれたご飯を食べながら、よく、両親が帰ってくるのを待ったものです。以前の記事(これとこれとこれとこれとこれ)でも書きましたが、5年前、現在仲間と共同経営しているこの塾を起業したことで、奥さんのご両親に、「娘さんと結婚させてください!」という、あのメチャクチャ緊張する「あいさつ」に行くタイミングに非常に悩んでいました。収入が全くない今、「あいさつ」に行くなんて無責任だよなぁ。でも、付き合って5年も経ってるのに、「娘さんと結婚したい」という意思を示さないのも不誠実だよなぁ。するとFおじさんが実家に来て、久しぶりに飲もうというのです。いつものように、Fおじさん、親父、僕、3人で飲み始めました。「 つばさ! 今日はお前のために飲みに来た。 話がある! ここに座れ!」僕はFおじさんと親父の前に正座しました。「 お前、Kちゃん(奥さん)と結婚したいんじゃろ?」「 はい。」「 じゃぁ、ご両親の所へあいさつに行ってこい。」「 うん、それは分かっとるんじゃけど、まだ経済的に・・・」「 いや、行ってこい! お前がKちゃんと結婚したいんなら、 あいさつに行くのが筋じゃろうがぁ? Kちゃんのお父さんにぶん殴られてもええじゃないかぁ。 Kちゃんのために殴られるんじゃろ? 立派なことじゃろうがぁ。 お前が筋を通したら、親父とワシ(俺)がなんとかしちゃるけん。」僕は「あいさつ」に行く決心をしました。「あいさつ」を終えて1ヶ月後、両家両親の顔合わせが名古屋で開かれたのですが、僕の家からは、親父、おふくろ、Fおじさん、Sちゃんが出席したのです。すると奥さんのお父さん、「 つばさ、お前はいいなぁ。いくら親の親友でも、 両家顔合わせにまで出席するなんて、聞いたことがない。 お前には、親が4人もいる。大切にしろ! 俺とお母さん合わせると、これからは、親6人だなぁ。 ハッハッハッハッハァー」本当にそうです。 僕には親が6人もいる。このことを考えると、見えてきた、はっきりと見えてきました、僕の「軸」が。つづく・・・。
2007.08.26
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帰省4日目。 「 お父さ~ん、プール、プール~~~~! 」娘が僕の背中におぶさり、暴れます。子供用の、あの、庭で水を入れる、ビニールのプールでございます。暑さと、毎日続く宴会による、疲れた体に、鞭を打ちながら、庭にプールを広げ、水を入れます。実家の水は、井戸水と水道水の両方があります。井戸水を入れました。 井戸水の水温は、季節による温度差が少ない。だから、夏は水道水より、かなり冷たいです。その井戸水をはったプールに娘をいれると、「 キャァー 冷た~~~い!」大はしゃぎでございます。「 お父さ~~~~ん!」「 何~~~~~~?」バッシャァーお風呂用の桶で、頭から・・・ ベチャベチャでございます。よ~し! こうなったらぁ~・・・ もう、一緒に入っちゃいましたぁ~そのおかげで、10年以上そんなことのなかった僕が、日焼けししちゃいました! 子どものことをかわいいと思うとき、また、子どものために、自然ととってしまう自分の行動に気づくとき、自分の親の気持ちを考えます。自分もこうやって育てられたんだなって。それを考えると、生徒を想う親御さんの気持ちを考えます。 今まで、なんとなくしか意識できなかった僕の「軸」、その1部分1部分が、だんだんと見えてくる、何気ない帰省中の生活は、僕にとって、そんな体験の連続だったような気がします。つづく・・・。
2007.08.23
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帰省2日目。 その日、親父は休日でした。 38度を越える猛暑。 こんな日を逃してはいけません。僕、親父、娘3人で、実家から歩いて1分の川へ行きました。僕にとっては、とても思い出深い川。子どもの頃、親父に連れられてよく行きました。泳いだり、犬を洗ったり、釣りをしたり、虫を捕ったり。しかし、この川も、僕が高校生になる頃には、工場廃水や家庭排水で汚れ、泳げなくなりました。あんなにいた魚や虫、蛍の姿が見られなくなりました。その後、僕は大学進学で広島を離れたので、川の状態がどうなったのか知りませんでした。あれから十数年が過ぎました・・・ 戻ってきました! 子どもの頃、よく川で見たトンボです。魚もたくさんいました。僕が広島を離れてから、親父を含めるこの地区の方々が自治会活動の中で、昔のきれいな川に戻すための運動を積極的に続けた結果だそうです。しかも親父は数年間、自治会長を務めていたそうです。そしてこの日、この川に、孫娘を連れて行きました。 僕を子どもの頃に連れて行ってくれた親父みたいです。いや、それよりうれしそうですね。ん? 何をしてるんだ? 去年はまだ1歳だったのでわからなかったけど、今ではいろんなことがわかるようになった娘。親父に魚の捕り方を教えてもらってるみたいです。そして今でもはっきり目に焼きつき、頭から離れない光景が・・・ この親父の背中です。 親父はとても不器用な性格です。何か伝えたいことがあるのだけど、それをうまく口で表現するのが苦手な人です。でも、今まで、彼のことがわからなくなったり、不安に感じることなんて1度もありませんでした。彼は、口でうまく表現できる人を上回るほど、背中で語れる人なんです。彼が、この川に孫娘を連れてきて、幸せを感じるまでに、どれだけのものをこの背中にしょって、どれだけのことを乗り越えてきたんだろう?そう考えずにはいられず、いろんな想いがこみ上げてきます。普通、「この人は今まで苦労してきたんだな」って感じるとき、「かわいそうに、つらかったね」と思うことが多いです。しかし、彼の背中から、にじみ出て、語りかけてくるものは、背中を見る僕の気持ちを、全てを包み込み、癒してしまいます。 僕はこんな背中の人間になりたい! 僕の心の「軸」に、強く、優しく語りかけてくるそんな親父の背中でした。つづく・・・。
2007.08.22
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8月11日深夜、仕事を終え、家族4人で、僕の故郷広島へ、車で向かいました。帰省ラッシュの渋滞は2箇所ほどありましたが、通常のプラス2時間、8時間で実家に到着することができました。お盆の帰省ラッシュにしては、プラス2時間はいい方です。両親は仕事で留守。 すぐに居間で大の字に寝転がりました。時計を見上げると、午前8時30分。すぐさま口に流し込んだもの。ビール~~~~!おまえら、ぶちうまぁーーーーー!( 君たち、とてもおいしいーーーー!)仕事を終えて、毎日飲む ずっと我慢しての運転。我慢した後のビールは最高なんじゃけぇーーん!自分に言い聞かせながら運転していました。一気に、飲んで、食べて、あっという間に食事終了。その後、知らないうちに寝てしまいました。 「 キャァー アー キャハハハァー 」どれぐらい眠ったのか覚えていませんが、庭から娘のかわいらしい声(親バカ!?)が聞こえてきます。外に出てみると・・・ 奥さんに連れられて、娘がシャボン玉をして遊んでいます。なかなかうまくできなくて、必死に頑張っているようです。ちなみに後方の犬は、「ムク」といいます。さあ、次はどうかなぁ? おぉぉぉぉぉ、スポポポポポ~~ン!大成功! お見事!! このうれしそうな顔!!それまでの疲れとか、これから予想できる大変なこととか、全てが吹っ飛びました。そう、全てを癒してしまうこの笑顔が、僕の「軸」を再確認させ、より強固なものにするきっかけになったのです。つづく・・・。
2007.08.22
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皆様、昨日、午後4時頃、広島帰省を満喫し、戻って参りました。通常6時間ほどで、行き来できる距離なのです。しかし、昨日は・・・。午前5時に出発したのに・・・。11時間も掛かってしまいました。この件に関しては、別の記事で書かせていただきますね。 帰省中の9日間、更新することも、皆様の記事を拝見させていただくこともできませんでした。大変、申し訳ありませんでした。しかし、この9日間で、僕はとても大切なことを実感し、再確認することができました。それは、これからの僕の塾経営の「軸」になるものです。いや、今までも「軸」だったと思います。ただ、僕自身が意識していなければ、それは、もろいものになると思うのです。意識していなければ、「軸」は、いずれ、「軸」でなくなるのかもしれません。 僕は、この9日間で、僕の塾経営の「軸」をより強靭なものにすることができました。これから、何回かに渡って、この広島帰省9日間について綴っていこうと思います。皆様、これこらも、どうぞよろしくお願いいたします。それでは、今回はこの辺で・・・。
2007.08.21
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それでは、皆様、今から、行ってまいりま~す。お土産として、広島ネタなどをと思っております。それでは、また今度・・・。
2007.08.11
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前回、報告させてもらったように、今晩、広島へ発つ予定です。それまで、準備と、授業で忙しく、更新はできないと思っていたのですが、ただいま、少し時間ができましたので、更新してみました。 僕が塾講師修行させてもらった会社で、僕よりも1年ほど早く入社したK先生という人がいました。その先生は、文系講師の責任者で、僕と同い年。この会社の文系教務を、どのように発展させるか。彼はそれを社長から任されていました。僕はその補佐役として、彼と共に、毎晩、遅くまで話し合ったり、教材の研究に打ち込んだり、そうやって当時の文系教務の形を2人で作り上げました。K先生と共に働く時間は、僕が最も長かったと思います。上司であるにもかかわらず、その間、1度も先輩風を吹かすことはありませんでした。いつも、「同い年の仲間」として扱っていただき、彼と働く時間は、とても心地よいものでした。昨日、そんなK先生が会社を辞めたという知らせが、僕の耳に入ってきました。その知らせを聞いて直ぐに、彼の携帯に連絡をし、今日、この校舎に来てくれることになりました。5年ぶりの再会です。実は、僕らが今の塾を立ち上げようとしていたとき、僕らは、彼を誘いました。 彼の答えはNOでした。僕ともちざくらは、その当時独身でしたが、K先生は、奥さんとの家庭をもってました。その上、結婚式のとき、社長に仲人をしてもらったということも、彼が悩んだ大きな原因だったと思います。そんな彼との過去もあり、彼が心配であったのと、久しぶりに再会できる喜びと、半々でした。積もり積もったお互いの5年間の話。あっという間に4時間が過ぎていった。そんな彼との会話は、僕に、とても大切なことを教えてくれました。つづく・・・。って、続きは何日後になるかわからないのに、「続きもの」を書いてしまいました。すいません。(そんなに期待されてないって? )
2007.08.11
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今日、8月11日、夜に行う中1の授業で、夏期講習前半が終了。僕はそのまま、家族を車に乗せて、広島に帰省します。毎年、3月と、8月に帰省するのですが、今年の3月は、長男が生まれそうだったので、帰省できませんでした。なので、1年ぶりの広島帰省。帰省中の1週間、いつものように、更新できそうもありません。もし可能でも、文章が、広島弁になってる可能性、大です。記事にしたいことは、たくさんありますので、戻りましたら、ガンガン更新するつもりですので。それでは、失礼します。
2007.08.10
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以前、記事に登場した、カチカチくん。今日、30問の単語テストを行いました。もちろん、事前に(3日前の授業)予告しております。彼の結果は・・・。 24問正解! 正解率80%!ヤッターーーー!! え? そんなの満点採れて当然じゃん!そう、お思いの方はおられるでしょう。しかし、先月までは、10問中、1問しか正解していなかったのです。しかも、彼がテストを行っている最中、「 お? これは勉強してきたなぁ? うん、うん、勉強してきたのがよくわかるぞぉ。」と話かけると、 はい、昨日、1時間以上、勉強しました! スゲェーーーーーー!「はい」の後に、「いつ」と「どれくらい」を付け加え、述語もちゃんと付けてるじゃないかぁーーーーーー!カチカチ・・・、もとい、君はすばらすぅぃーーーーい!もう、君はカチカチなんかじゃぬぁーーーーーーーーーーい!もし誰か君のことを「カチカチ」なんて呼んだら、俺が、ぶっとばぁーーーーーーーーーすっ! 体が震えました。その後も彼は、僕の質問に対して、「はい!」と答えるときも、少し、間が空くのです。それは、その間に、質問をよ~く考えているのです。先生、今度から、記事のタイトル変えちゃうね!「感動・成長くん物語」!! もう、連日続く、夏期講習の疲れなんて、ぶっ飛んじゃいました!!
2007.08.07
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毎年、中学校で、夏休みの課題とされる作文。各学年、3から4つのテーマから、一つを選択し、登校日に提出する。今年は、こんな感じ。(400字詰原稿用紙)中1読書感想文(4.5~5枚)世界連邦 作文(4枚)JICAエッセイコンテスト(3枚) 中2読書感想文(4.5~5枚)世界連邦作文(4枚)人権・同和問題に関する作文(3枚)かけがえのない地球を大切に作文(3枚) 中3読書感想文(4.5~5枚)全国人権作文コンテスト(5枚)国際理解・国際協力作文(4枚)世界連邦作文(4枚) そして毎年、生徒が口にする言葉。「 先生、どうやって書けばいいのぉ? どれが一番、簡単に書けるのぉ?」簡単に書けるものなど、一つも、なーーーーーーーーーい!これは、作文の指導をしていて、つくづく思うこと。作文の基本は、まず、自分が体験した事実を詳しく思い出し、そして、ただ書くのではなく、描く(表現する)こと。これができるようになると、文章量で困ることは、まずなくなる。しかし、これだけでは、ただ単に、事実を書いただけ。次のステップが、かなり頭が鍛えられるところ。ある体験をすれば、必ず起こること。それは、体験前の自分と比べると、体験後の自分は、必ず変化しているということ。自分の何が、どういう風に変化したのか。それを、とことん考えてもらいます。僕は、作文指導の中で、そこに一番、力を注いでいます。それは、なぜか?今回の中学生の作文課題に置き換えると、よく分かります。このようなテーマが与えられて、書けないのはなぜか?まず、テーマ自体、知識として、頭の中になかったら、書けるわけがありません。では、そのテーマについて、本やネットを使って、調べる。調べたものを書いただけでは、作文ではなく、ただ単に、資料。作文にするためには、調べたことを、深く考え、そのテーマに対する自分の意見を持たなければなりません。そう、体験、読書、調査、どれをとっても、そのことだけで終わっていては、作文は書けない。それから、深く自分で考え、自分の意見というものが、生まれなければ。料理と同じではないでしょうか。畑からとってきた野菜を、そのままお皿に載せるだけでは、人はそれを食べようとは思わない。水で洗い、切り、煮たり、焼いたり、美しく盛り付けたり、料理すれば、人はそれを食べたいと思う。 いろんなことを、自分の中で料理して、自分の意見をもち、作文にする。これは、ただ単に、国語という教科を越えた、人間形成、人間育成に繋がると、僕は信じています。 2年半前より、模索してきたことですが、作文指導が、5教科の集団授業の中の一つという形式では、どうしても、不十分でした。来月、9月より、作文指導を独立させ、作文コースとして、始動させる予定です。このコースによって、さまざまなことを深く考え、そのことから、自分の意見をもてる、また、その意見が成長していく、そんな子どもを増やしていきたいと思う。
2007.08.07
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今日、8月6日は、広島に原爆が落とされた日。広島出身の僕は、幼い頃から、平和教育を受けてきた。当然のことであるが、他県と比べて、広島県は、この教育に力を入れている。原爆を落とされた地域の人間が、平和の希求、戦争の悲劇を訴えなくて、どうして平和な世の中が実現しようか?小学生の頃から、遠足や社会見学などで、何度も訪れた、平和公園、原爆ドーム、原爆資料館。何度足を運んでも、必ず流れ落ちる涙。 僕の祖父、稲次郎さんは、僕が生まれて1ヶ月後に亡くなった。だから、祖父については、父親から、毎日のように聞かされた。その話の中の一つ。 稲次郎さんは、石職人。 墓石を作る職人だった。広島県の西、山口県に隣接する、大竹市に彼は住んでいた。そこで、1945年3月、僕の父親が誕生した。長男誕生によって、より一層、仕事に精を出す稲次郎さん。8月6日、彼は広島市で仕事をする予定になっていた。が、前日に突然、キャンセルの連絡。 仕方なく、大竹市で、仕事をすることにした。昼間は、暑さで仕事がはかどらないということで、夏は、朝早くから働いていたらしい。その日も早くから働いていたので、小屋の影で少し休憩をしていた。すると、ドーンッという凄まじい音と共に、小屋は揺れ、瓦が降ってきた。 落ちてきた瓦で、彼は額を少し切った。手ぬぐいで頭を押さえながら、彼が目にしたもの。そう、あの、きのこ雲である。もし、彼が予定通り、広島市で仕事をしていたなら、彼の命は、その時に、絶たれていたかもしれない。まだ、生まれて5ヶ月しか経っていなかった、僕の父親は、稲次郎さんなしでは、戦後、焼け野原になったその場所で、生き抜くことができなかったかもしれない。 毎年、この時期には、必ず聞かされた、この話。僕も、毎年、夏期講習中のこの日、生徒たちに、必ずこの話をする。もちろん、今日も・・・。
2007.08.06
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僕の父親は、母親と共に広島で暮らしている。「親父を表す言葉を挙げなさい」と言われると、「義理・人情・広島魂」と答える。筋の通らないことは大嫌いな人です。とても鮮明に覚えている親父とのエピソード。僕が高校3年の春。 最後のインターハイ出場のチャンス。その地区予選に向けて、剣道に打ち込んでいるときだった。無造作に置いてあった僕の財布を親父は見つけ、僕に渡そうとしたとき、「 何だ? この軽い財布は? お前、200円しか入っとらんじゃないかぁ。 おまえ、これじゃぁ後輩にジュースも買ってやれんじゃろうがぁ。 先輩なんじゃけぇ、後輩の面倒みるお金ぐらい、 財布に入れとらんにゃぁいけんじゃろうがぁ。 後輩に払わせたらいけんじゃろうがぁ。 わしが入れとっちゃるわぁ。 」そう言うと、親父は僕の財布の中に、5000円札を入れてくれた。かっこえぇ~! ぶち、かっこえぇ~~~!そんなことを、ふと思い出した、次の日。奥さんの実家に久しぶりにお邪魔した。いつも、たらふく飲み食いさせてもらっているので、ビール1ケースをお土産に持って行った。車を停め、ビールを持ち、玄関に向かおうとすると、「 お~う、いらっしゃ~い! 待っとったぞ~。」お父さんが玄関から出てきた。「 おい、何だこれ? 俺にか?」「 はい、いつも飲ませてもらってばかりなんで。」「 ばかたれ~。 そんなもん・・・・・。」そう言ったかと思うと、僕から車のキーを取り、ブーーンッ! 車に乗って、走り去ってしまった。それから10分ほど経って、お父さんは戻ってきた。「 ガソリン入れてきたぞ~。 ばかたれがぁ~。 よしっ! 今から、飲むぞ!」僕の方をたたきながら、家に入っていきました。そのときのお父さんの顔は、あのとき、僕の財布に5000円札を入れてくれた親父と同じ顔でした。二人とも、かっこえぇーーーーーーーー! 広島弁連発で、すんません。
2007.08.04
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そして臨んだ三者面談。「 お母さん、ご家庭の方では、どうですか? Aさんの勉強に対する取り組みは? 」「 全然です。 漫画ばかり読んでます。 勉強するように言うんですが、言うこと聞かないんでぇ。 喧嘩になるので、今はうるさく言わないのですが、 心配で、心配で。」お母さんの顔は疲れきっていました。そう、お母さんは、我が子を産んだその日から、誰よりも長く、我が子を見ているのです。心配し過ぎるのが当たり前です。お母さんのその心配を、なぜ分からないんだろう?心配は愛情なのに!ん? お母さんの心配=愛情?これだ! お母さんの子に注ぐ愛情が、心配になってること。それが、Aさんに届いてないんだ!「 お母さん、今、仮に、Aさんの成績が、 プラス50点だと安心しますか?」「 いいえ、心配です。」「 それは、たとえ、結果が出ても、それを裏付ける努力を お母さんの目で確認できないからですよね。 お母さん、協力してください。 彼女がご家庭で、受験勉強し、問題演習をするときは、 お母さんが採点してみてはどうでしょうか? Aさんはお母さんのこと大好きですよ。 『お母さんが勉強しろってうるさい!』 なんて聞いたことがありません。 Aさんはやるべき家庭学習をする。 その成果をお母さんが採点して直接見る。 そうすれば、努力する娘の姿も、 その成果も見ることができます。 どうでしょうか?」「 実は先生、この子の姉の受験のときは、そうしていたんです。 それで、うまくいったんです。 ただ、この子はお姉ちゃんとは性格が違うんでぇ。 本当は、先生がおっしゃるようにしたいんですよ。」すると突然Aさんが話し始めた。「 知ってる。 お姉ちゃんのときは、 お母さん楽しそうに手伝ってたのにぃ。 私にはちっとも・・・。」お母さん、それを聞いた瞬間、止まりました。「 え? そんなこと思ってたの? お母さん、あんたが頑張るんなら、いつでも手伝うよ。 ずっと、そうしたかったんだよぉ~。」お母さん、涙を浮かべてました。「 お母さん、Aさん。 これで全て解決ですね。 さぁ、頑張りましょうかぁ、 お母さんとAさんの2人3脚。 もちろん、塾では僕がガンガンしごきますけどねぇ。」「 今後、娘の成績が悪いと、 採点している私が悪いって先生にばれちゃいますね。 先生、私も頑張ります。 これからもよろしくお願いします。」疲れ果てたお母さんの顔に、元気が戻りました。もちろん、Aさんの顔は言うまでもないでしょう。お母さんは、娘への愛情をどう行動に移せばいいか迷っていた。娘は、少なくとも、お姉ちゃんのときと、同じぐらいのお母さんの愛情が欲しかった。すれ違いだったんです。僕たちがいろいろ悩んで試した行動は、彼女を動かすことができなかった。でも、お母さんの愛情は彼女を動かした。お母さんの愛情には、かなわない!かなわないけど、とっても、とっても、うれしいね。負けず嫌いな僕だけど、ほんとに、心がホクホクする。彼女はその後、3時間の家庭学習をするようになった。
2007.08.03
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今日は、ある年の中3の女の子Aさんの話。彼女は、中2の初めに塾にやって来た。得意教科は社会、苦手教科は数学だった。文系担当だった僕は、理系担当のもちざくらから、よく聞かされた。「 数学は逃げてる。考えようとせず、答えを待ってる。 あれでは、ダメだ。」彼女は文系タイプなので、文系の教科を誉めた後に、「 数学も頑張りな。 社会がこれだけできるなら、絶対なんとかなるよ。」僕は、フォローに徹した。 そう、これが僕ともちざくらのコンビプレー。それまで、なんとかそれでやってこれた。しかし、やっぱり彼女にもやって来た。 中2の中だるみ!社会は相変わらず好成績だったが、徐々に難しくなる英語から、逃げ始めた。やばい! 英語から逃げるということは、数学は逃げまくりに違いない。案の定、もちざくらに聞くと、逃げ方がさらに、ひどくなっているということだった。そして、徐々に彼女の5教科合計の成績は下がりながら、中3の春を迎えることとなった。受験生としての自分の立場を意識して、改善に向かってくれ!2人でそう願った。しかし、その願いは叶わなかった。 最悪な状態・・・。この地区の社会は、1・2年の時に、地理・歴史を学習し、3年になると、公民を学習する。歴史が好きな生徒は、中3になり、公民に変わると拒否反応を示す。彼女だけじゃなく、こういう生徒は結構いる。歴史の事件や事柄は、イメージしやすいようだ。それに対して、公民の憲法や国の仕組みを表す言葉は、イメージしにくいらしく、興味が湧かないらしい。彼女もその一人。 そして彼女が口にする言葉は・・・。「 はぁ~・・・。 あぁ~あぁ。 公民、全然おもしろくないなぁ。 公民なんかなければいいのにぃ~。 地理・歴史だけだったら、やる気出るのになぁ~。 あぁ~あぁ~。」やばい、やば過ぎる! もう、俺でもフォローの仕様がない。成績が下がっているのは、自分の責任だと、全くわかっていない。苦手教科どころか、勉強、受験生としての立場、全ての現実から逃げようとしている!今まで、いろんなことを彼女に言い聞かせてきた。誉める、叱る、勇気付ける、現実を教える。様々なことを試した。どうすればいいんだ? どうすれば彼女を救えるんだ?彼女が口にする発言は、マイナスの言葉ばかり。マイナスな言葉を口にすると、マイナスの現実をもたらす。当然、彼女の3年1学期の成績は、更に悪化しました。三者面談、1学期終了の三者面談しかない!!この三者面談に全てを懸けよう!!もう、僕の中では、1月に入り、入試対策を必死に行うあの時期の心境と、全く変わりませんでした。つづく・・・。
2007.08.03
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昨日、小5の授業で、頭の体操ということで、こんなことをしてみた。いつもとは逆の、式 → 文章問題1 45-12=33 この式と答えを使う文章問題を作りなさい。 ただし、普段の生活で、現実的に有り得ること。思ったより、集中し、頭をボリボリかきながら、考えている。どんな問題を考え出すのか、教室をぐるぐる回りながら、見て回る。 男の子は12歳。 そのお父さんは45歳。 2人はいくつ歳が離れていますか?お? いいねぇ。 お父さんが33歳の時の子。うん、現実的に有り得る。 いいぞ~! 45gの岩から、12g切り取ると、何g残りますか。ん??? 岩を切るのか? しかも、g単位で正確に?どんな道具を使うんだ?思わず、笑ってしまいました。 問題2 160+200=360 たかしくんの体重は160kg、さとるくんの体重は200kgです。2人の体重の合計はいくらですか?そ、そ、そんなに重いのか? 2人は力士?特殊すぎるぞぉ! 問題3 90÷45=2今日は、僕の誕生日パーティー。お? ちょっと物語風な書き出し。いいねぇ。 重さ90gの大きなバースデイケーキを、45人で分けると、1人何gになりますか? 重さが90gの大きなケーキって、どれだけスカスカなんじゃーー!?しかも、1人2gって! 45人も人がいるパーティだろ?人がたくさんいるだけに、侘しすぎるぞぉーーーーー! とても楽しく、盛り上がった授業になりました。式を使って、文章問題を自分で作るためには、使う単位と現実世界をよく考えなければならない。これ、少し続けてみよう。
2007.08.01
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