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「殺す気かっ!!落ちたらどうするんだ!?」 「二階から目薬を差してあげるよ。」 「・・・・・・・・。」 「あれ?なんで泣くのさ。」 二階から目薬。 意味・・・・・・・・・ 思うようにいかずもどかしい様子、 または、 回りくどくて効果がないこと。 直訳。 つまりは、助けずに、放置。
2006年04月29日
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雪が降っている夜の夜気のせいで冷たい畳の上に身をゆだねる。そのまま頬を畳にこすり付ける様にかぶりを振れば、その冷たさが熱の籠もった頬に沁みた。少し、熱があるのかもしれない。今日は、とても、疲れた。仕事で忙しく一日中走り回っている、いつもよりも、何倍も。今日は町に出ていたせいで、仕事は帰って来てからの夜の間しかしていないというのに。この事実は、ただ単に身体的にきた疲労なのではなく、精神的なものだと告げている。一年ぶりの有家清綱【ありえ きよつな】との再会のせいかもしれない。そう思いながら、氷翠王【シャナオウ】は辛い過去を思い出したように眉間を寄せる。そうして、どうにもならない、と苦い息をついた。あのとき、有家は多くを語らなかったが、もしかしたら、氷翠王が『今、ここで去りたい』と思っていることに気づいたのかもしれない。『そんな見え透いた嘘で一体なにを隠そうというんですか。』『こうでもしなければあなたは本心を明かせませんか。無理矢理吐かせてやらなければあなたには駄目ですか。』そうだ。氷翠王は肯定する。そうだ、有家。やりきれない。(やりきれないんだ。)割り切ろうとしても割り切れない感情が。ずっと氷翠王の中に棲みついて、軋みの慟哭を上げている。怖くてならない、もう。額に当てていた手を絶える様に下ろし、両眼を隠す。身も凍るような雪山の中の帰り道で、互いに身を寄せるように庇い合う彼らを拾って助けあげたのには、本の一筋の他意も思惑もない。ただ、過去のあのころの気持ちが甦っただけだ。放って置けなかった。彼らの求めていたものが、ひどく自然に、痛いほど判っただけだ。彼らは、求めれば癒されることもあるということを知らないほど幼かったのだ。本の数刻前に見た瞳を思い出す。『子供、か・・・・・・・?』山雪に埋もれる様にしてそこに在るのは、確かに未発達の少年だ。だが、少年のその瞳は手負いの獣のように激しく危うげながらも物騒な光を宿らせている。(そうか・・・・・・・。)そうか、とただそれだけを心の内で氷翠王【シャナオウ】は悟る。少年のその様子は群れを守ろうと牙を剥く若い狼を連想させたのだ。少年の剣呑な瞳に内に見たものはただ、敵意だけではなく、守るべきものを自覚しそれ故に健気とも言えるべき殺気だ。こちらから見えぬように少年が背後に庇う少女の存在が、語らずとも雄弁に少年の感情の矛先を知らせる。だがそれは無視し、氷翠王は少年たちにざっと視線を滑らせた。この場でしなければならないのは見ず知らずの他人の人間関係に口を出すことではない。やはり、と思ったが少年の身体には無数の凍傷があった。おそらく患部はひどい低体温になっているだろう。この距離からざっと見ただけなので確かなことは言えないが、壊疽が生じかけているようだった。このまま此処に放っておけば患部から切断しなければならないだろう。少女のほうは更に酷い。体力の違いだろうが、木に崩折れるように凭れ掛かっている少女は指一本動かせないようだ。生理的な涙が伝う頬も青白く、無残な凍傷に焼かれている。このままでは凍死してしまうのは火を見るより明らかだ。『おいおい・・・・・・・大丈夫か?』隣に立つ獅吼【シコウ】から心配とは程遠い声が発せられるのを聞く。色悪なその声音は少年の神経に障ったようだった。少年の瞳がキリキリと吊り上る。それを面白げに見ながら獅吼はこちらに目配せをする。どうする、とその眼が問うのを氷翠王は頼む、とだけ低く短く切って捨てた。『あんたは頼む、なんて言うことはないぜ。先生。一言、やれ、と言えば俺は動くからな。』むこうには聞こえないように低く言い、一瞬だけ獅吼は柔らかくまるで包み込むように愛おしむようにその眼を細める。『・・・・・・ああ。』それに氷翠王は微かに笑んで返した。そうして獅吼は視線を少年たちに戻し、誰にともなく呟く。『・・・・・それにしたって何だってこんなとこにガキが・・・・・・。・・・・・・あいつらしくもねぇな。』その言葉に氷翠王も内心同意する。ここは仮にも“禁足地”で、氷翠王の仲間である皓【コウ】国一とさえ呼ばれた神生【カミオ】家の当主が結界を張っているのだ。“禁足地”に棲む者以外を入れないために、氷翠王たち以外は結界に阻まれて此処へは辿り着けない。まあ、少年たちもこれ以上は“禁足地”に辿り着く道を見つけられなかったようだが。それにしても、この山の結界と連動して此処ら一帯を千里眼のように把握できる陰陽師である神生の“彼”が少年たちの存在を黙認しているのか。気づいていない、ということは、ない。少し強化された結界の気の様子を見てもそれは分かる。いっそ害は無いからと放っておいたのかとも考えたが、有り得ない。子供であろうとも、相手に悪意がなかろうとも“彼”は一切の容赦をしない人間だ。子供に優しい“彼”など、氷翠王も獅吼もいくら妄想力を駆使しても想像すらできない。しかも少年たちは二人とも、“守人”であった。いつもの“彼”なら即効で排除しているだろう。そう考えを巡らせながらも、視界の端で少年が素早く動くのが眼に入った。それが攻撃のためだと分かったが、獅吼に声をかけるのは避けた。獅吼ならば相手が絶対の戦闘力を誇る守人であろうとも、問題は無い。むしろ、相手の方が可哀想な位だろう。『おいおい。』案の定、どっしりとした余裕と落ち着き、多大な愉悦が滲み出る獅吼の声が聞こえた。更に獅吼に襲い掛かる少年は、男に任せ、氷翠王は少女へと意識を向けた。獅吼と少年の攻防を避けて回り込むようにして、少女へと近づく。まだ気力だけで立っていることが分かるとはいえ、それさえできずにぐったりと木に凭れている少女の容態の方が気にかかったからだ。手を伸ばせば触れるほどの距離に来ても、少女は氷翠王に気がつかない。眼が、ほとんど見えていない。それを見て、氷翠王は眼を細めた。と、その少女の瞳の色ががふいに激しく揺れるのが分かる。その肩が強張るように微かに震える。その震えも、だんだん弱まっていく。一瞬少女の瞳に現れたのは、自分の無力さと慙愧に打ちのめされた人間だけが浮かべるやりきれなさととただただ純粋な恐怖だった。その感情すらも、生命力が段々と消えていく様に弱まっていくのを氷翠王は感じて、氷翠王は瞳の高さを合わすように少女の前に膝をつき、その小さな肩にそっと触れた。少女にこれ以上の自己否定を起こさせたくはなかったから。『--------っ?!』少女の瞳が驚きに見張られる。強い混乱が少女を襲ったのが分かったから、それ以上は触れずに静かな声だけを向けた。『大丈夫か?』言葉は何でもよかった。ただ少女の思考を拾い上げるものならば。少女の意識がこちらにちゃんと向けられるのが分かる。もう少しだった。『大丈夫か?』同じ言葉を十分な時間を置いて柔らかく繰り返す。ほんの少しでも心を開いて預けてくれなければ、助けることもできない。だから繰り返した。触れることが許されるように。少女の身体にこれ以上の雪が降りかからないように、氷翠王は自分の身体をずらして庇う。本当は降り積もった雪を落としてやりたかったが、それはまだ駄目だ。氷翠王は根気強く待った。少女はそれが伝わったかのように一瞬身体の力をほどいて、此方に寄りかかりそうになったが、その瞬間その行動はおびえる様に自制された。その少女の姿に、過去の自分の姿が重なる。一人苦しむ中で、拾い上げてぬくもりをくれる存在を求め、けれどそれは甘えだと知り、手に入りかけたものを自分の臆病さ故で巻き込んではならないと自省し・・・・・・・・・・。そして、孤独を孤独と感じなくなるまで、寒い想いに凍え続ける。(させては、いけない。)だから、少女がより深い自戒へと心を投げ出す前に、氷翠王は呼び止めた。『もう、大丈夫だ。』少女の意識の深い部分を揺らすであろう言葉でもって。そして安心したように崩れ落ちる少女を静かに抱きとめた。
2006年04月06日
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眩暈がする。ようやく書類を一通り片付け終わり、一人になれた。今日はもう、これでいいだろう。放って置いても、明日の仕事は明日の朝、否応なしに向こうからやって来てくれる。熱の籠もった紅い瞳にじん、と痛みを感じ、氷翠王【シャナオウ】は冷たい手を押し当てる。そうすると、微かに瞳の熱は逃げたようだが、逆に氷翠王は身体の他の部位に籠もる熱に無理矢理思考を引き摺りこまれた。あの男が掴んだ二の腕が、肩が背が指が熱い。あの男が触れた部分から、余すことなく毒を注ぎ込まれた心地がする。神経細胞の一端一端まであの男に犯された気がする。無茶苦茶な男だ。手段を選ばず、容赦がなく、躊躇いもなく。(判らない。)もう、触れないで欲しい。全て捨てるから、その毒のような言葉を手を俺に向けないでくれ。「・・・・・・・しゃっちゃん?」夜の篝火に煌めく庭園を臨む濡れ縁で、そっと温かで穏やかな、少し線の細い声に優しく思考を呼び戻される。「・・・・・・・・・・・。・・・・・・千波【チハ】?」思わず、縋るような声になったのかもしれない。千波が少し瞳を見開いた。それでも千波は気にした風はなく、そっと優しく氷翠王の手を引き、気遣う言葉をかけてくれる。「夜食、できてるよ、しゃっちゃん。美味しくできたんだ。・・・・・きっと朝から何も食べてないでしょう?胃に優しいもの作ったからいきなり食べても大丈夫だよ。さっき足塚さんが仕事、終わったみたいだって言ってたから呼びに来たんだ。」だから、行こう?と千波に手を引かれる。そっと引く手に抗う気もおきず、そのまま引かれるままに足が自然に踏み出す。「しゃっちゃんの部屋に運ぶから、先に行ってて。部下さんに呼ばれても仕事に行ったりしないでちゃんと、待っててね?約束して?」千波は氷翠王のことをワーカーホリックと思っているらしい。頭の中で記憶の襞をめくる。ワーカーホリック、仕事中毒、職業である仕事に生活の多くを犠牲として打ち込んでいる状態を指す言葉・・・・・・・・。なるほど、千波は正しい。自分でも自覚のある言葉には、反論することなど頭に浮かばない。黙って千波の言葉に肯くと、柔らかく微笑みながらも、「いつもこうならいいのに。」という言葉が向けられた。精神衛生上気がつかない振りをしながら、千波の柔らかい声に酔うように心地よく眠気が押し寄せてくる。その氷翠王の様子に苦笑しながらも、千波はしょうがないなあ、と言いつつ氷翠王の部屋まで手を引いて促す。連れて行ってくれるようだ。たぶんきっと、これは甘えている。その態度のことを含めて、千波は『いつもこうならいいのに。』と言ったのだが氷翠王は気づいていない。いつもならそんなことはないはずの氷翠王の様子に、千波は少し首を傾げる。どうしたのだろう。何かあったのだろうか?「・・・・・・ん・・・・・・眠い。」半ば寝ているようにまどろむ声が氷翠王の唇から無造作に紡がれる。それを耳にし、千波は少し慌てた。「・・・・ちょっ、ちょっとだけ待って。部屋に着いたら眠ってもいいから。その間に夜食、準備して来るから。」氷翠王はいつも仕事時間が長く、それは夜遅くまで続く。睡眠時間は、たぶん二、三時間なのではないだろうか。その状態を補うように、氷翠王は寝つきがいい、とても。何処ででも眠れるし、眠りにつくまでの時間も格段に短い。何でそれを知っているのかというと、何処ででも寝るからだ、この人は。少し仮眠をさせてくれ、と言ったかと思うと、氷翠王は訓練場でも、教会でも濡れ縁でも広場でも、何処ででも誰の前でも眠る。そして告げたとおりに、少しの時間が経つとそのまま何もないように仕事をしだす。氷翠王は自分がどんなに人気があるか判っていない、といつも思う。“禁足地”の七分の一しか女性がいない中で、この人はすこぶる人気が高い。大体、“禁足地”に来る前から凄かったが。裏では“天然の魔性”とか呼ばれるぐらいには。誰が言い出したかは言わないが。ひとえに氷翠王が今まで何事もなかったのは、この地のトップに立つ人間だということと、氷翠王の処世術が巧みだからに過ぎない。誰かこの人に自覚を与えてはくれないだろうか。他のことには鋭敏にすぎるのに、恋愛感情に近いものには無頓着どころか無知に近い。否。本当は判っているのだろう。感受性の鋭すぎるこの人がそれだけ気づかないなんて有り得ない。そんなものは何も無いふりをしているのだ、いっそ頑なに。だから氷翠王のこのポーズは受け入れないという意思表示と、誰も一線を越えるな、という拒絶なのだ。そうでなければ理解できないのだろう。“愛”という、特に恋愛感情に関しては。未だご両親のことが根を張っているのだ。それも当然だろう。“あのような事”があれば。あんなものを見てしまえば、そんなものは嘘だ、まやかしだと、在りはしないと思うのが普通だ。まして、今の年ならまだしも、氷翠王はまだ幼かった。今だとしてもまだ十九だから受け入れられないだろうが。それでも、心の準備はできたかもしれない。だがそれは氷翠王には与えられなかったのだ。そしてその傷は深く氷翠王の心を今も苦しめている。十三年経っても消えやしない身体の傷痕に、他人が触れると吐くほどの拒絶を起こす氷翠王の生身の傷のように。「・・・・・・どうか、したのか?」眠気のために半分寄りかかる様にして歩きながらも、氷翠王は千波の変化に気がついたらしい。曖昧に微笑みながらも、千波は話題を逸らした。(だって、しゃっちゃんは“分かる”、から・・・・・・・。)千波が口を開けば、氷翠王は誤魔化されてはくれないから。口には出して言わないだろうが、それは氷翠王が千波を気遣ってくれる故だろう。そんなことは千波は氷翠王にさせたくなかった。(気遣う言葉など言わせるな。)そう、千波は心に誓う。だから千波はいつもに近い笑みを浮かべた。「部屋、着いたよ。・・・・・・しゃっちゃん。」その千波のまなざしに、氷翠王は首を少し傾けながらも澄み切った瞳を向ける。それに反射的に千波は思う。(この瞳は危険だ。)と。(逸らせば、敗ける。)さっき誓ったばかりの心に背くことは、ならない。逸らしたい、と思いつつ、千波は真っ向から氷翠王の視線を受ける。長いように思えたが、それは本の一瞬であっただろう。氷翠王は凭れていた肩を千波から離して一人で立った。そしてその冷えた指を自室の襖に掛けながら、氷翠王は振り向かずに静かに告げた。ありがとう、と。そのすっ、と一本筋の通ったきれいな背が室内に消えるのを見つめながら千波は思う。氷翠王が襖を閉じずに室内へと姿を消したのは、千波を拒んでいるように見えないように気遣ったためだと、千波には分かった。その襖を部屋の外から閉めながら、千波は哀しくなりつつも、思った。ああ、だからこの人には敵わない、と。恐らく、この“禁足地”の誰もが氷翠王に思っていることを。そして一つの誓いすらを遵守することのできない不甲斐なさを千波は思う。だが、その想いを切り捨てるように踵を返した。氷翠王の健康管理だけは自分に一任されている。これ以上の負担を氷翠王に与えることはあってはならない。自分は自分に出来ることをするだけだ。だから、もと来た廊下を引き返す。自分が今夜、氷翠王にできる唯一のことを為すために。
2006年04月06日
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たん、と軽い音をさせながら露天風呂から屋敷の離れへと渡る、ひやりと冷たい廊下を氷翠王【シャナオウ】は足早に歩く。この、早いが慌ただしくはなく、無駄のない足音は氷翠王が仕事の体勢に入っている、という合図に近い。いわば、戦闘態勢とでもいうものか。この“禁足地”を一人でまとめ上げている氷翠王には実際休みなどないに近かった。それは夜でも変わらない。広い離れをまるまる自分の部屋としているのへ辿り着き、中でもいつも仕事をしている書斎へと足を向ける。その書斎の扉をくぐりながら、中で待たせてあった部下へと声を向けた。「留守中、異常はなかったか。」「はっ。朱樺【シュカ】家も蒐【シュウ】家にも大きな動きはありません。結界の方も何も問題ありません。」「よし。後で例の補給の件で話がある、と探索班の足塚を呼んでくれ。それから朝に頼んでおいたものはどうなってる。各部隊の予算に関する書類はそれぞれ出させたか?」部下の一人を走らせ、残った方へと現状確認のための言を向け指示を与える。一通りの慣れた手順を復唱をするようにたどり、差し出された書類に目と頭だけをフルに動かしながら、用の済んだ部下に指示を与え下がらせる。机上には、半日いなかっただけとは思えないぐらいの書類が束で置かれているのが目に入った。此処へ来て三年経った今でも問題は山積みらしい。次の書類へと手を掛けると、それを遮るように静かに、けれど明確な意思を持ってノックが響いた。けれど一度どっぷりと入り込むように集中した頭は切り替わらず、相手が判らないまま殺気がないことだけを確認して、書類確認の手を止めないままに無意識に氷翠王は促した。「入っていい。」そのことを知っているように、氷翠王の集中を逸らさないように細心の注意と気遣いを払ってその人物は扉を開けて部屋に入った。「足塚か?」それでも入ってきた相手に促しを求めれば。「いいえ、違いますよ。」相手がゆるく苦笑するのが判った。静かな誠実なまなざしを向けられているのを感じて、氷翠王は初めて戸惑いを瞳に浮かべた。殺気さえ籠もるようなひたむきな声に、魂の脆い部分が揺れるのを感じる。一瞬、息が止まった。否、心臓が掴み取られる感触に凍える。弾かれたように顔を上げた。「・・・・・・・なん、で。・・・・なんでお前がここにいるんだ。」その氷翠王の様子は“いつも”のものではない。自制と厳しい自己犠牲に自らの本来の姿を歪めた、誰もが敬愛の念を向ける慈悲深い“理想”と“カリスマ”の姿ではなく。年相応の。否。今のこの時代に牙を剥くような、まるで憎悪さえ宿しているように鮮血の赤より紅い瞳がふつふつと滾るように燃えている。これが隠すことない氷翠王の本性だと、相対する男は知っていた。「有家、清綱・・・・・・・っ。」有家清綱【ありえ きよつな】、と。名を呼ばれて初めて男は微笑した。「あなたの傍以外、俺の居場所なんてありませんよ。」有家が微笑みながら告げる言葉は真率で、けれどそれ故の慈悲はない。穏やかな声はともすれば、残酷なほどまったくの逃げ場を残さない。見かけほどに、禁欲的でも優しくもないのだ。けれど、その最期の最期にいつも残される本心からの優しさを知っている。この男が自分に与えるのはいつも、惨くとも血のかよう“真実”だということも。この男がこのような声を向けるのは自分にだけだ。「どうやって入って来た。」「結界を維持しているいるのは、神生【カミオ】の当主ではないんでしょう。あれぐらいなら気づかせずに此処に入り込めます。」何ともないように言うが、皓国にはこの結界を破れる者はいるだろうが術者たちに気づかせず何の拒否反応も起こさせずに外部から入り込める人間などいない。怖い男だ。「なにをしに来た。」「どうしてこの地に“守人”を入れたりしたんですか。」「・・・・・ずいぶん情報が早いな。まさかそれを聞くためだけに隣国からわざわざ来たのか。」「この地は神がかりで監視されている。このことは考えずともあなたなら知っているでしょう。皓【コウ】国の三神の守護する者を入れればどうなるかぐらいあなたは知っているはずだ。」「俺は前面には出ない。そう言っただろう。あくまで橋渡しに留まる、と。」氷翠王の主語が、“私”から“俺”に代わったことに有家は何も思わなかった。今回の転生が特異だっただけで、自分たちにはこの方が自然だったからだ。そして氷翠王は一方的に禁じるように、その口調に怖いくらいの強さを表し、断じた。「主体はお前たち黒曜【コクヨウ】国と皓国だ。」一方的に話を打ち切ろうとする氷翠王に、有家の瞳が一瞬だけ強く眇められる。「向こうはそうはとらない。」「身体に宿っていても、俺は神の力は使えない。使えることといえば、周りどころか自分の身体にまで毒素を振り撒くこの眼と気だけだ。こんな者は、脅威とは呼ばないだろう。」「元虎【もととら】様。」「話は終わりだ。お前は村の者に気づかれない内に戻れ。」言い放ち、突き放すように氷翠王はきびすを返す。会話を切って部屋を出て行こうとした氷翠王の二の腕を有家は引っ掴み、力尽くで振り返らせた。「!・・・・なにをっ。」それ以上の抵抗をさせずに後ろから抱き込み。「あなたを見ていると時折妙に癇に障る。」驚いてもがく元虎の耳元に容赦なく囁く。「そんな見え透いた嘘で一体なにを隠そうと言うんですか。」「こうでもしなければあなたは本心を明かせませんか。無理矢理吐かせてやらないとあなたには駄目ですか。」押し退けようと抗う手は杭を打たれたように比類ない強さで封じられる。「あなたは見え透いている。」それを皮切りに、灼熱が元虎の瞳にぶわっ、と燃え立つ。その火傷では済まない熱に、有家は焼かれる。凄鋭な光を漲らせて元虎は自分を見下ろす男を揺ぎ無く見据えた。「それは、お前だろう。虚栄を捨て切れず、受け入れてくれと相手に希(こいねが)うことすらできない。みっともないほど泣いて縋ることもできないくせに何が“唯一”なんだ。一緒に血にまみれる事もできないくせに、“無償”なんて、笑わせる。いっそ欲しい、と欲しくて欲しくて堪らないとわめいたらどうなんだ。」「だからあなたはいけない。己の内を犯されることが何より怖いくせに、挑発することばかり言う。あなたの言葉はどこまでも正しい。けれどそれ故に取り返しのつかないこともある。あなたは卑怯だ。」「卑怯?お前が弱すぎるだけだろう。」「あなたほどではない。」捕らえていた腕を離す。触れもしないまま上から覆いかぶさる。「今夜のあなたは野蛮すぎる。 ・・・・“元虎”で在ることに疲れましたか。それとも“氷翠王”に?」「馬鹿な、ことを。」「抗ったって駄目ですよ。あなたはただ俺に従属していればいい。」「そんなことを俺はしない。」「あなたは従うということがどれだけ屈辱で、どんなにか・・・・・・・楽だということを知らない。誰かに縋ればあなたは孤独から抜け出せますよ。」髪を梳く手は優しいフリをしてひどく野蛮でむごい。「・・・・・触る、な、・・・・・離せッ。」「あなたは、俺が庇護してあげる。腕の中に囲って、何にも見させてはあげない。・・・・・・誰も、あなたを傷つけることはない。」「俺は、そんなものはいらない・・・・・・。」「嘘をつかないで。」「こんなのは、お前らしくない。」「そうかもしれない。」元虎は苦く、唇を噛んだ。これは彼が、何かを耐える時、受けた傷を癒そうとする時のしぐさだと、有家は知っている。「あなたを、愛している。」この言葉だけがたぶん、自分たちの間で一欠片の嘘もない言葉だ。傷つけたくはない。そう考える端で、二度と立ち上がれないほどに彼が傷つけばいいと思っている。守りたい。そう想う端で、彼の苦しみや悲しみより自分の独占欲の方が痛いと想う。彼の誇り高い、きらきらと強い光が宿る瞳を見て、彼の大切なものをぶち壊してやりたいと想う。彼を縛り付けるためなら、自分を殺すこともできる。こんな本心を、元虎は知っているだろうか。俺のことだけを見て、俺のことだけを考えて欲しいと想っている。俺が愛しているだけ愛し返して欲しい、と。彼は知っているだろう。だから彼は受け入れない。自己愛まみれの不全愛など彼は欲しがっていない。けれど欲しくて堪らない。そう、怖くてならない。
2006年04月04日
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「ね、楽しい?」 「さあ?」 「ね、なんで来てくれたの。」 「君の“ねえどうして”っていう報復措置が面倒くさかったから だよ。」 「じゃあどうして付き合ってくれるの。」 「僕たち、付き合ってるの?知らなかったよ。」 「ねえ、どうして一緒にいるの。」 「君が付きまとうからじゃなかったの?」 「でも、嫌いならあなたも側に寄らせないでしょ。」 「何を云って欲しいの?」 「私のことなんだと思ってるの。」 「ストレス。」 「でも来てくれたじゃない。」 「エンドレス、だね。」 「ふざけないで。」 「ご冗談を。」 「・・・・・・なんで?」 「少しは自分で考えたらどうなんだい。」 「私のこと、好き?」 「吐き気がする。」 さも自分は被害者だと自己陶酔に浸り、 そのくせ原因だけははっきりとせずに雰囲気だけを醸し出し。 都合が悪くなると逃げ出す君に、 一体なにを云えばいいんだい? 愛、なんて言葉は。 このさき一生、君だけには使わない。
2006年04月04日
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やはり、山の夜は底冷えする。濡れた髪がかかり、じん、と冷えるこめかみを意識しながら、氷翠王【シャナオウ】は伏せていた血の赤より強い深紅の瞳を上げた。山奥だから、夜気の底や時折吹く風に木々の香りがして気持ちがいい。夜気は痛いほど冷たいが、入っている露天風呂の湯は熱くて、身体はぽかぽかして寝てしまいそうなほど心地いい。此処の湯はやわらかく、湯あたりをすることがないから、この時期だと入るといつまでも雪見をしてしまう。そのうちふやけてしまうかもしれない。空気が澄んでいるお陰で、圧倒される程の夜空を仰ぐ。数千億の星、その火の様な輝き、満天の。「きれいだ。」少年の様な笑みを瞳に浮かべて氷翠王は無意識に言葉を漏らす。本当は違う。涙が出そうになる。怖いほど満天の星空に。(苦痛の涙も空虚の精神も、私には怖くない。)偽りと欺瞞と偽善と真実の区別が、自分の心になくても。たとえ明日、滅びるとしても。この時代に足掻いて足掻いて、一滴の己の精神が泣き叫びながら持てる力の全てを振り絞って、己の心に刻み込んだ“想い”はきっと残るだろうから。それが最期の最期に残った真実ならば。この夜空は最初に誓った日の夜空に似て、自分に全てを思い出させる。私が存在する限り、その誓いを忘れたりしない。静かな、けれど獰猛な程の強い意志の宿る瞳を隠す様に氷翠王は目を伏る。人が近づく気配がした。来る。「あ・・・・・・・、あなた様?」心底驚いた様な声がかけられ、氷翠王はその方向に目をやる。長い黒髪が美しい女性だった。「も、申し訳ありませぬ。」美しいプライドにいつも輝いている声が今は動揺に掠れている。露天風呂で、とは言え、同じ女性だが。何故それほど驚く、と思いつつ、早々に出て行こうとする彼女を氷翠王は呼び止める。「雪花【セッカ】。来い。風邪を引く。」氷翠王の提案に雪花は少し目を見張り、それから首を横に振った。「妾は・・・・、あなた様の臣下です故・・・・・・・。あなた様を少しでも軽んじるような真似はできませぬ・・・・・・。」その理由も多少はあるだろうが、途中で言葉を捜す様な雪花の態度に、それが嘘だと判る。視線を向けると、それに気づいたのか雪花は一瞬身体を強張らせる。その雪花の手が自身の足を隠そうとしている仕草をしたのを、氷翠王は見逃さなかった。だから氷翠王は視線をさり気なく逸らし、どこか大人びた表情を浮かべる。「そうだな。馴れ合いになればお前はきっと、苦しくなる。」雪花が目を此方に向ける。氷翠王は視線を向けないままに、微笑した。「私はそれを壊してはいけない。」「・・・・・・・あ、わ、妾は・・・・・・。」「分かってる。大丈夫だ。お前を不安にさせたりしない。」今度は雪花に視線を合わせ、氷翠王は瞳にも微笑を佩いた。「私が出る。」立ち上がり、そのまま去りかけてふと立ち止まる。「ゆっくり休め。風邪を引くなよ。」朗らかに笑んで、今度こそ本当に去ろうとした氷翠王を驚いた様に見つめて、氷翠王の腕を雪花は慌てて引きとめた。「あなた様は・・・・、あなた様は妾が気味悪くはない、のか・・・・?妾は見苦しいこの姿をあなた様の御目に入れたく・・・・なく・・・・・・。」雪花は自分の言っていることが判らなくなり、苦しく目を伏せた。自分のこの醜悪な足の傷を見られるのが厭で、足を傷つけた理由をこの方に知られておぞましい、と嫌悪されるのが何よりも怖くて。誰に何を思われようとも心が動くことはなかったが、自分はこの方に疎まれては生きてはいけない・・・・・・・・・。だから失礼を承知で氷翠王を避けようとしたのだ。けれど、氷翠王の言葉に一瞬息をするのも忘れた。『そうだな。馴れ合いになればお前はきっと苦しくなる。』『分かってる。大丈夫だ。お前を不安にさせたりしない。』この言葉は雪花の表層を掻い潜り、更に深くを知った上でしか出てこない言葉だ。人に触れ合う事を恐れ、自分の事を他人に知られる事に怯え、そしてそれでも触れてくる人間におぞましささえ覚えながら憎んできた雪花の心を。悟られた気がした。臆病でおぞましい自分を。それでも氷翠王が雪花に向けた言葉は、雪花を傷つけはしなかった。他の者の様に。氷翠王の言葉は温かく皮膚に溶け込んで、身体の内に沁みる。雪花を心から思いやる言葉だったからだ。その言葉の中に、雪花に避けられ拒まれた事に対する負の感情は欠片もない。こんな事は初めてだった。いや、氷翠王に助けられて拾われてからこの方にはそんな仕打ちを受けた事はなかったが。けれど思いもよらなかったのだ。己が主を軽んじるような態度を取っておいてまでも咎めず、それどころかこんな言葉を向けられるとは。雪花は“禁足地”である此処に来てからまだ日が浅く、氷翠王と会うことは少ない。それでも村に来た最初、まだ怪我のせいで一人で歩けもしなかった頃、一人心細い思いをしていた事を知っている様に毎日見舞いに来てくれた。起き上がって歩けるようになった時も、村に馴染みやすいようにと色々手を打ってくれた事も知っていた。何よりあの地獄から助け出してくれた氷翠王のことを、雪花は誰より何より慕わしく思っていたし、この方のためなら何でもできた。命さえ惜しくはない。だが、何故。何故、このような奇跡のような言葉をくれるのだろうか。しかも、雪花自身気づいてもいなかった様な、心の内奥を汲んでくれる様な言葉を。ここまで気づいていて、何故気味悪く思わないのだろう。たぶん、この足の傷の理由を知ってはいないからだろうか。知っていれば、この様な言葉はくれないだろう。きっと、他の者と同じ様に嫌悪するだろう。自分でさえ、ゾッと思うのだから。だから、試してみたくなった。半ば以上、露悪的な感情に支配された様な気になったように自分を騙す。本当は、この温かい人から、この優しすぎて苦しい場所から逃げたいためのことだと、本当は自分でも分かっていた。(・・・・妾は臆病じゃ。)臆病すぎて、畜生にも劣る。「・・・・・・妾は、・・・・・・あなた様。」震える声と自虐の笑みで微笑みかけても、氷翠王はただ此方を静かに見据えるだけだった。「この足の傷は、妾が家が襲われた時につけられたものではなく、妾が妾の手でやったこと・・・・・・・・・。」謳い上げる様に告げると氷翠王の目が微かに細められる。それを見、ああやはり、と思う。己の家の家臣であった者に裏切られ、屋敷に火をかけられ一族郎党を皆殺しにされた中で、長女であった自分だけ殺されずそのまま捕らえられ幽閉された。両親と、仲の良い兄弟たち、よく仕えてくれた家臣たちを焼いた火と、人の肉の焼ける匂い、中途半端に爛れた人の生臭い血肉、口の端でたがの外れた欲望と醜悪な本能の含み笑いを佩く男どもと、陵辱される女たちの悲鳴、交じる体液の香りと精液の匂い。それらが頭の中に蔓延るまま、連れてこられた部屋でその惨劇から一日も終わらぬまま、我らが家を裏切り皆を殺した男に陵辱された。半狂乱になり、その男の持っていた刀で男を何度も何度も突き刺したことを覚えている。乱れる息のまま気がついた時、自分が一番に気になったのは男の死体ではなく、もみ合った時についたであろう脚の傷から流れる血に目が釘付けになった。一気に燃え上がった激情のままに、男を貫いた刀でその傷を何度も突き刺して切り開いた。この男と同じ血が流れているのが許せなかった。このむごく苦しい感情が自分の身を焼くのが許せなかった。皆が死に、自分一人が生きているのが許せなかった。こんなに苦しい感情がどうして自分に降りかかるのかが許せなかった。感情があること自体許せなかった。皆のこと以上に、感情が自分を苦しめるのが許せなかった。なんて自分勝手でおぞましい感情か。後に思い出した時は涙が出て、止まらなかった。けれどその時は、そんな言葉なぞ頭にも浮かばず、ただ自分の足を刺して刺して刺し貫いて、そばに落ちていたからくりの機械の部品をその傷から体内に押し込んだ。何度も、何度も。突き入れた部品は、治療の後で知ったことだが、五十にも及んだらしい。たぶん、その時は感情のない物になりたかったのだと思う。人形かからくりか機械に。狂っているどころではない。自分の中にそんな感情があること事態、おぞましくておぞましくて、・・・・・・・・怖かった。死にたかった。あの時に殺されたかったのだ。そうしたなら、知らないまま死ねた。こんな、自分に対する生理的嫌悪など覚えずに。ここまで一気に話し、雪花は目を背けた。(・・・・・・・これで。)これで終わりだ。何もかも。この話しで最愛のこの方は自分を見捨てるだろう。こんな者を助けるのではなかったと後悔すらするかもしれない。そうして待った言葉は、予想通りのものだった。「馬鹿だな・・・・・・・。」氷翠王は切り捨てるように呟く。その口調も想像通りのものだ。痛く苦しいものが雪花の中に生まれる。同時に歓喜した。この方に見捨てられれば妾は生きていけない。ようやく死ねるのだ、自分は。「お前は馬鹿だ。自分が先に逝った者を裏切ったと思って辛かったんだろう。なのにそれを解決する手段がどうしてまた、人を裏切ることなんだ。自分の真実から目を背けて。苦しかったんだろう。解放されたかったんだろう。本当はただ、先に逝った者たちに許されたいと思ったんだろう。そうして、生きたい、と思ったんだろう?」氷翠王の瞳が強さを増し、厳しくきりきりと細められた。「・・・・・・・・・・・。」逆に雪花の瞳は有り得ないものを見るように見張られる。「死ぬなど、許さない。」断固とした口調に、雪花は身体が震えた。「お前が自分の足を傷つけたのは、先に逝った者たちを忘れて自分の心の保身をはかったためじゃない。そうしなければ生きていけないと祈ったんだろう。ここで死ねば先に逝った者たちに何もしてやれないと思ったんだろう。」「・・・・・・・・どうして・・・・・・?」どうして分かるのだ、この人は。さっき話を聞かせた時そんなことは自分は言わなかった。自分の感情がなくなればいい、と思った。けれど同時にこうしなければ生きていけないと、殺された皆に何かをしてやらねばとも思った。けれど、忘れてしまいたいと思ったことも事実で、時間が経てば経つほど皆のためにという思いはあのときの自分を正当化するためだけではなかったのか、自分の心を思っただけではないのかと思うようになり、その全てが嘘のようで自分が信じられなかったのだ。涙が出そうだった。言って欲しい。もう少しで掴める所まで来ている。“真実”が。「・・・・・・・・お前はずっと生きたかったんだ。立ち上がって。前を見据えて。先に逝った者たちのために、何をしてやれるか探したかった。だから理由が欲しかった。生きる理由が。」雪花は目を見開き、その細い肩を震わせた。それを静かに見下ろしながら、氷翠王は口を開いた。「でもお前は優しすぎる。」「・・・・・・・あなた、様・・・・・・。」何処までも真摯なまなざしが雪花を射る。「優しすぎて、背負いきるには苦しすぎたんだ。」雪花の肩の震えが大きくなる。ふ、と憑き物が落ちたような瞳を雪花は滲ませて、その頬に幾筋もの雫が滴った。その一言で、全てが許された気がしたのだ。「・・・・・・・・かた、・・・・・・・かたじけ、のう、御座います・・・・・・。」その冷えた頬に美しい黒髪が掛かるのを梳いてやりながら、氷翠王はどこまでも真摯に、静かに言葉を紡ぐ。「今からだって遅くない。」それに何度も雪花が肯くのを見、氷翠王は幼児にするように頭を撫でてやる。「大丈夫だ。何があっても力になる。皆も居る。怖いものなんて何もない。」温かい心からの言葉が雪花の身体を包む。舞い落ちる冷たい雪も、今は何よりも優しく感じられた。
2006年04月01日
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