2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全2件 (2件中 1-2件目)
1
未だ身体の節々が痛む。診療所の白い清潔なシーツの上で荒い息を貪りながら軽く身をよじる。「・・・・・・・っ。」肩に軽い重力がかかるだけでも負担だった。内臓破裂に左足骨折、局部裂傷、両大腿部の側面からくるぶしにかけては刃物で切り裂かれた上、身体中傷がない所など一つもない。浴衣を羽織っているだけでも激痛が走るため、裸身のまま猫のように毛布に包まっている有様だった。それでも命があるだけ幸いなのか不幸なのか・・・・・と氷翠王【シャナオウ】は胸中で自分に問いかける。痛みが邪魔して眠りにつけない頭を無理に横に動かすと、寝台の横のテーブルの上には飲み物と鎮痛剤、それからとってつけたような胡散臭い作り笑いまで用意されていた。「よお、お早うさん。水、飲むか?」褐色の肌に無精ひげ、どことなくダルそうなゆるい目つきに薄くアルコールの匂いまでさせている医者とは思えない男・・・・・・・・惨砂【サザ】が枕元に座っていた。「・・・・・・いらない、吐きそうだ。」咽喉の奥を蛇が蛇行しているような感触がずっと消えない。口中は胃液と血の味がしている。その氷翠王の様子を見、惨砂はあからさまにため息を床に放り捨て、軽く身を乗り出し、言った。「鎮静剤打つか。」テーブルの上に置かれているアンプルと注射器を手にとり用意をしながら言うヤブ医者に、氷翠王は低く呻った。「・・・・・鎮静剤じゃなくて“鎮痛剤”だろう。」「おお!そうだったな、おぃちゃんうっかりしてたよ。」大げさに驚いてみせる三十代の男に氷翠王は一瞬殺意を覚えた。「んじゃあ、ちょっと痛みますからねー。」「・・・・・・・うるせぇ。」小さい子供ではあるまいし、大体注射を痛がるぐらいなら自分はもう、とうの昔に激痛にショック死を起こしている。「ちょっと言ってみただけじゃないか。この前まであんなに愛らしかったのに・・・・・・。」「・・・・・・・黙れ。」注射を打ちながらも、おいちゃん寂しいなどとのたまう惨砂にさも不快だと目を細め男を意識の外側に締め出すために瞼を閉ざす。そうすると、心地よい闇が氷翠王の身体を支配した。が、それも長くは続かなかった。病室の扉がどこか投げやりな激しいノックにかすかに揺れる。惨砂は内心首を傾げた。蒐【シュウ】家の邸内にあり、蒐家の者専用のこの診療所にはめったに急患はやってこない。だとすれば惨砂の助手をしてくれている者たちの誰かかと思ったが、早朝のこんな時間にあんな礼儀を欠いた無粋な戸の叩き方をする者は助手の中にはいない。「どうぞ。」だるさを隠そうともしない惨砂の声に戸外の者は一瞬苛立ったようにもう一度戸を叩き、丁寧とは言い難い動作で扉を押し開け室内に入って来た。「これはこれは・・・・・・女中頭殿ではありませんか。」「このような時分に申し訳ございません。ご容赦くださいませ。」投げやりな声、言葉とは裏腹な口の片端を上げただけの下品な愛想笑い・・・・・。惨砂は今度ははっきりと首を傾げた。常の彼女はこんなに不快な女性だっただろうか?否。彼女は女中頭を務めるだけあって気立てがよく、些細なことにも気が回り控えめで言葉の端々に気遣いと聡明さがあり、声には優しさを兼ねそろえていたような気がする。このような人を小ばかにしたような物言いは決してしはしなかった。では、前会った時と何が違うのか。彼女をこのような態度に至らしめた“モノ”はなんなのか。決まっている。それに気づき、惨砂は苦々しくため息を吐いた。氷翠王の存在がその場にあるかないかだ。彼女は部屋に入って来た時から、苛立たしげに氷翠王の存在だけを意識している。思えば部屋に入り頭の言葉も氷翠王に向けていたのだろう。「宗主からの御達しでございますわ。二週間後あなた様のお披露目を行いますので。それまでに準備をお整えなさいませ。確かにお伝えしましたからね。」矢継ぎ早に告げられる早くも人を馬鹿にしたような薄っぺらい、女の声・・・・・・。見ると、氷翠王は反応すらしなかった。ただ、熱に膿んだまなざしを彼女の姿を通り越して扉の外を眺めているだけだ。まるで籠の中の鷲が大空を夢見るように、渇望するように。女はその氷翠王の姿が自分を見下しているように思ったのか、手指を握り締め、戦慄かせた。その女の目にははっきりとした侮蔑と嫌悪もしくは行き過ぎた憎悪が浮かんでいた。(おいおい・・・・・・、むしろ憎悪を滾らせるべきはあんたの方じゃねぇだろうが。)惨砂は口中でその言葉を転がす。被害者は氷翠王の方だろう。だが蒐家の者の氷翠王に対する態度は一貫してすべからく彼女と同等のモノだった。朱樺【シュカ】家から人質としてこの蒐家にやってきた氷翠王の立場はこれほどまでに悪い。だが自分は医者だ。患者がどのような立場でも関係がない。「ちょっと待ちなさい。二週間って言うけどね。この子は重症患者だ。一昨日まで意識不明だった、ね。それに下半身の方は傷がことさら酷い。あと一ヶ月経ったとしても歩けるかも分からない、ってぐらいだ。無理だね。」甘い、と明記するほど男っぽい低い声にふざけた気怠い口調でも惨砂の最後の言葉の語調は驚くほど強かった。その有無を言わさぬ惨砂の言葉に、女中頭は驚きを露わにする。ふと横を見ると、氷翠王も軽く目を見開き此方を見ていた。(・・・・・悲しいぐらい信用ないねぇ。)そのことを再度確認し、惨砂は内心苦笑した。「・・・・・・そうは仰られても、遠い任地からわざわざいらっしゃられる幹部の方々もいるのです。宗主も今更取りやめにはなさらないでしょう。・・・・・・・それにこうなられたのもあなた様の不注意、御諦めなさいませ。御披露目にはただその場にさえ居てくだされば立てなくとも、身を崩して座っていたとしてもよろしゅうございます。では、確かにお伝えいたしました。失礼いたします。」まるで言い逃げるように口早にいって冷笑すら残していった女が去った後は、薄っぺらい言葉と声の残り香だけが残った。それが病室に篭もっているように感じて、惨砂は立ち上がって窓を開けた。「・・・・・・・・・・・・。」氷翠王は一言もしゃべらない。当たり前だろう。(お披露目・・・・・、ねぇ・・・・・モノは言い様だな。“晒し者”、の間違いじゃねぇのか。)蒐家の宗主、その後継者たちや壮壮たる幹部たちを尻目にメインである朱樺家の御子は一人で歩けもしない状態なのだ。お披露目、が聞いて呆れる。しかも氷翠王の身体には無惨にも陵辱された時の傷が未だ残っているだろう。いい笑いものだ。再び氷翠王の横顔を見据える。その顔は思ったより冷静で落ち着いていた。そしてその唇から凛とした声が飛ぶ。「惨砂、頼みがある。」はっきりと此方を正面から見据えるその瞳には何者にも汚されぬ強い光が宿っていた。
2006年11月25日
コメント(0)
腐屍の匂いから目覚めると、世界は色褪せていた。「・・・・・・が、はぁ、あ、う・・・・・・・・ふぅぅっ・・・。」身体は陥没し。臓物を直に弄(まさぐ)られる感覚。麻痺している自分の唇は笑みの形に歪み。端からは血の泡がこぽこぽと漏れ出す。極上の麻薬を使われた身体に、頭はとろとろと溶けたように機能しない。目の前に圧し掛かかっている男が突き上げてくる度、自分はレバーのような血の塊を吐いていた。水が滑るような交接音が室内に響き。柔らかい春の朝日が自分と男のおぞましい性交を映し出している。獣と化した男が腰を引き、再び中に入ってくる度、局部の襞が裂けて生温かい血が飛んだ。「は・・・・・ァ、ぐっ、・・・・あああアッ。」口内に逆流する血の味が、濃い。内臓が破れたのかもしれなかった。それでも男は手加減を加えることなくぬめる性器を狂ったように叩きつけてくる。鎖の手枷でがんじがらめの手首をのばし、繋がれている柱に縋るように爪を立てる。自分の整った爪はすでに剥がれかけていた。男が自分が捕らえられているこの牢獄に来た昨日の夜から、もう四半刻経っている。身体の周囲には自分が嘔吐した胃液が飛び散っている。だがもうその心配もしなくてもよい。血しか吐くものは残っていないからだ。否。自分でも分かる。このままだと、自分はもう永くない。「・・・・・お前は、酷い奴や。少しは俺に情けをかけてくれ・・・・・なあ、氷翠王【シャナオウ】ッ。」熱に浮かされたように口走る男の言い分は、全く変わっていない。始めから気狂いのように同じ言葉を繰り返している。男の加虐の手が一層酷くなることを知っていながら、氷翠王は今まで一度も言葉を発していない唇を戦慄(わなな)かせた。罅割れた唇の端を持ち上げ、歪んだ笑みを形作る。男はその狂気走った氷翠王の笑みに、その気迫に、一瞬だけ動きを止めた。その動作を見計らい、氷翠王は口を開く。満身創痍の自分の身体は声を出すことすら命がけだった。「・・・・・・最初っから・・・・・、捨て置ける程度の男に、俺は惚れない。」その一言に、男は全身をおこりの様に震わせ。慟哭するように男は目を剥く。それを見ながら氷翠王はゆっくりと目を閉じる。本当は。こうやって何度も何度も氷翠王が男の心をこなごなに砕いても、無我夢中の狂態で、身体ごと感情をぶつけて掻き抱いてくるこの男が嫌いではない。この程度の男だ、と蔑んだことは一度もない。このように半死半生の目に合わされても嫌悪も憎悪も沸かない。憐憫も、氷翠王の頭に過ぎりもしない。ただ。傷つけられても傷つけられても諦め切れない男の激しさに。憧憬めいた感情が一瞬、沸くだけだ。それを口にしたりはしない。と、並々ならぬ気が室内に揺らぐのを感じた。目を開くと、目の前には打ちのめされた男の憎悪と怒り、慟哭がある。一瞬のショックから立ち直った男はそれでもその激情に持っていた匕首を引き抜き、振り上げる。その動作を冴え切った眼で見据えながら、氷翠王は身じろぎ一つしなかった。刃物の冷たさが氷翠王に洗礼を浴びせようとその身体に沈み込む刹那------------------。唐突に重い鉄扉が外の廊下からノックされた。「失礼。少しよろしいか・・・・・・?」低く堅い声が外から掛けられる。声の主はこちらの返事も待たずに鉄扉を押し開けた。室内のこもった匂いが逃げ、部屋に新鮮な冷たい空気が雪崩れ込んでくる。その心地よさに、氷翠王の視覚と聴覚が鮮明になった。覆い被さっている男の肩越しに扉が見える。氷翠王にとっては命の恩人であろう闖入者の姿も見えた。闖入者は三人。体格のいい短髪の男性は鉄扉を押し開けたままの姿で驚愕に固まっている。人の良さそうなその瞳はこれ以上は無理なほどに見開かれている。その男性の後ろには身なりの良い少女が二人・・・・・・。片方は朝陽に煌びやかな金髪の守人・・・・・・・・となるともう片方の少女はその守人の主であろう。この蒐【シュウ】家の屋敷内で守人を連れ従えられるのは唯一人。蒐家宗主の長女、葵【アオイ】君に他ならない。何よりも誇り高く毅然と在らなければならないはずの彼女は今は蒼白に震えていた。その薔薇色の唇から悲痛な(信じられないとでも言うような)叫びが、迸った。「御兄様・・・・・・・・・・ッ!!」葵の瞳には嫌悪の色が見えその声も同等の嫌悪に震えている。すっとのびた柳眉は顰められ、見たくもないと伏せられた瞳には影がかかりみっともなく小刻みに震えている。儚げなその風情は今にも倒れそうなほどに見えた。もちろん葵に『御兄様』と呼ばれたのは氷翠王ではない。氷翠王を陵辱している男のことだ。だが、葵の嫌悪が向けられているのはその『御兄様』にではない。自分に向けられていることを葵のその仕草から、声から、瞳の動きから、氷翠王は察した。幽閉され、麻薬で薬漬けにされ、手枷と足枷を喰わされ、陵辱され内臓破裂にまで陥っている氷翠王に、である。「・・・・・・咎炎【ギエン】様。貴殿は今謹慎中の身の筈。この御室は氷翠王殿の居室であられる。この場所に御身が来られることは宗主殿から禁じられているのではござらんか。」いち早く立ち直ったのであろう短髪の男性が、氷翠王を手に掛けている男・・・・・・咎炎に静かに、けれど威圧的に声をかける。そうしながらも、男性の目は明らかに危険な状態である氷翠王のほうにちらちらと向けられ、その心配げな善意の色を瞳から氷翠王は感じた。氷翠王の唇からは未だ血の泡が溢れ出していた。これで二度目だ。咎炎に犯し殺されかけたのは。“蒐家の長男が朱樺【シュカ】の御子を強姦して、犯し殺し掛けた”などという実のある噂が響き渡り蒐家内だけではなくよりによって“朱樺”の地まで届いてからは。長男・・・・・つまり、咎炎である。長男が相手にしたのがただの村娘などなら問題はなかった。蒐家は何の問題もなく、その件を揉み消しただろう。だが、そうはできなかった。その相手はよりによって、九年間もの間、人質として捕らえていた朱樺【シュカ】家の幼い宗主の御子・・・・・氷翠王だった。九年前、朱樺から奪いそのまま今の年の春まで北の地で監禁されていた女でも男でもない“彼”である。“彼”を此処に置いているのは大義名分とは言え、九年前の朱樺家との確約の書には“今は幼年の宗主しか持たぬ朱樺家を他家から守るため”とある。条件を拒めば朱樺の地を我らが攻めるという暗なる脅しと共に・・・・・・・・、それを拒める力を宗主とその御母堂を亡くした朱樺家は持っていなかったのだ。そうして朋友の契りを結んでいた朱樺家を、今度は蒐家の国であるという血族の契りを結んだのだ。そうして半ば以上一方的に結んだ契約だが、唯一つ朱樺家が提示してきた条件がある。曰く、“亡父の御形見、現宗主の絶対の無事を約すること”。つまり、氷翠王だ。そうして氷翠王が成人するまでの間の朱樺の地を有する権利を蒐家は得たのである。その確約を破った咎炎は蒐家宗主の屋敷に軟禁され、もう数週間で蒐家の他の領地へ総監として送られるはずだった。だが、昨夜。咎炎は屋敷を抜け出し、氷翠王が捕らえられている牢獄へと来たのだ。そして今に至っている。「おまんらには関係ないわあ・・・・はよ出て行かんかい。」気怠く語尾を延ばした咎炎の声にはあからさまな無関心とギラつく狂気が孕んでいた。その証拠に咎炎は自らの肉親がいる背後を振り返りもしない。ただ、氷翠王だけを一心に見据えている。咎炎の意識と感情は全て氷翠王に向かっていた。「御兄様っ、離れてください。」嫌悪にまみれた必死な葵の声にも関わらず、側に近寄っても来ない妹の声に咎炎は反応を返しもしない。「御にい・・・・・・・。」それでもめげずに諌めようとする葵の声に、咎炎は刹那肩を震わせた。そのまま咎炎は氷翠王に向けていた匕首を振り向きざまに、葵の口目掛けて力を込めて投げつける。その狙いに一寸の狂いもない投擲に、葵が貫かれるかと思った刹那。今まで黙っていた守人の少女が飛んできた匕首を叩き落した。だが、咎炎の投擲の威力は凄まじかったらしく結構な距離の位置で少女が叩き落したにも関わらず、匕首は葵の唇をかすかに傷つけ血で濡らした。「何するんだよっ!!!」咎炎のあまりの行動に、少女は自分の分も忘れて吠えた。「邪魔やゆうたやろうがッ、じゃかあしいわぁっッ!」ギラギラとした眼を氷翠王に向けたまま、咎炎は怒号を上げる。獰猛な気迫を隠しもしない咎炎に気おされ、室内は沈静し、弾け掛けていた火種はくすぶる。そして咎炎は再び意識と五感の全てを氷翠王に向け。正気の失せた男の眼が向けられるのを、氷翠王は血にまみれ床につかせていた頬を持ち上げ、おとこの視線を正面から受け止めた。が、ただそれだけだった。「・・・・・お前とおると、気ぃ狂うわ・・・。」本音をこぼし、咎炎は唇の片端を歪めて笑った。自嘲と自重の笑みをこぼし、諦観に冷め切ったその表情を最後に咎炎は身を起こして氷翠王から離れた。身体が離れても、男の激しい熱と体液が未だ身体に残っていることを氷翠王は自覚した。そうして何も言わずに部屋を出て行く男の背を見つめ、見送って。氷翠王は気を失った。
2006年11月04日
コメント(1)
全2件 (2件中 1-2件目)
1