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光-----------, 目も眩むような熱。 生-----------, がんじがらめに僕を縛る鎖、絶望、奇しくも希望に彩られた“はず”のもの。 闇-----------, 僕を包み込む唯一つ、優しいモノ。 手-----------, 僕のからだを犯すモノ。 死------------, 僕にだけは与えられない唯一にして最高の“コウフク”。 “ソレ”を夢見る僕を考えただけで“イかせる”モノ。 欲しい欲しくない殺したい夢みたい死にたい 愛おしみたい生キタクナイ放って置いて触ら ないで気色悪い嘘を吐かないで嘘ツキ死んで 傍にいて寄らないで踏ミ込マレタクナイ嫌っ て知らない知リタクナイ逃げなきゃ殺さなきゃ 逃ゲナキャ殺サナキャ逃ゲナキャ・・・・イヤ 愛シテ欲シイ
2006年06月24日
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「紫生【シオ】。君も覚えておけ。今までは会うことも無かったが、これから何度も顔を合わせることになるぞ、“彼”と。」「・・・・・・どういう、ことです。」聡明な意志が伺える彼女、紫生に惨砂【サザ】は面白くもなさげに口の片端を吊り上げた。「“彼”は新しい小鳥遊【タカナシ】だ。」「なっ・・・・・・・・・!?」「いや、“彼女”と言ったほうが良いか?無性体、という人種も呼び方に困るな。上もないし、下も付いて無いから、どちらとも言えない。・・・・・神人にそれも失礼か。ん?外道だったか?」惨砂の身も蓋も無い言い分には耳も貸さず、紫生は惨砂に詰め寄った。「小鳥遊、ですって?“彼”が?何を考えているの。」「蒐家の長男の若君が“彼”に傾倒していることは有名だから知っているだろう?」「ええ。今日見て分かりましたわ。“彼”になら、無理も無い。」紫生があまりにもきっぱりと断定するのを見て、宗主が数週間前から“彼”に施している教育と“彼”の努力は絶大なほどに報われているらしい、ということが分かり、惨砂は苦笑する。「それの後始末さ。」「宗主が自分の物にしてしまえば、いくら若君でも手出しはできない、と?」「ご名答。宗主の物に手を出せば、それがいくら息子であろうとも死罪だ。手を出した次の日にはそこらの川か海に浮いているだろうよ。ばれない限りは大目に見られただろうが、若君は遣り過ぎたんだよ。“朱樺の御子を強姦して、犯し殺し掛けた”なんて実のある噂が蒐家内だけじゃなくよりによって“朱樺”の地まで届くほどには。」「・・・・・なんてことを・・・・。」息を呑む彼女を安心させるように惨砂は続ける。「今は“彼”の身体の状態は良好だ。精神の方はまだ今日が一日目だから分からないが、ね。だからこれからの“彼”に関する検査は精神療法も兼ねている。十分気をつけて遣ってくれ。」「ええ・・・・・。それはもちろん。」はっきりと頷いた紫生はそれでも数瞬の後、キツイ口調で意見を返してきた。「まさか今の“彼”の状態で小鳥遊の役目を?」「だろうな。」そのまま青くなる紫生の様子を見、内心で“彼”は寝所にも一回呼ばれている、と付け加える。蒐家-----------------------。黒曜国からの帰化人の血筋だ、と言うこと以外はその実態を知る者は政治の中枢にもいない。莫大な財力と皓国の政財界、裏社会に絶大な影響力を持つ。そのトップ、・・・・・・・宗主には高額で買い取った男女7,8人の取り巻きがいる。取り巻き、と言うよりは贅を尽くしたペットか。だが、彼らの影響力はそこら辺の貴族などよりよほど強い。彼らは国が一個買えるような高い金を掛けて一流の教育を施される。語学、経済学、帝王学から果ては調香学まで、幅広い知識や経験、作法を学ばせ、それだけではなく男や女の視線を集めるためのありとあらゆる動作や姿勢、仕草・・・・・・・話術、歩き方、宝石や服の着こなし、性技、酒の飲み方や視線の流し方まで毎日念入りに。性技は高級娼婦や男娼まで雇って学ばせる。健康状態も厳しく管理され、発育不良や少しでも体重をオーバーすれば、他に高値で売り飛ばされる。それを待たずとも宗主に飽きられればそれで御仕舞いだが。厳しい教育を受けてきた彼らは総じて、有能で何より人を惹きつけるに長けているので宗主は面倒にならないように売り飛ばす時には彼らを薬漬けにして売春宿に売るか、殺すか、どちらにしろ五体満足で蒐家からは出ることができない。それ故に彼らはしのぎを削って伸し上がる。彼らの仕事場は主に宗主の寝所か夜会だ。一夜会に連れて行けば、彼らには堕とせない者はいない。御高くとまったマダムも御堅い淑女も高慢な紳士気取りも高貴な伯爵も軍人も皆彼らに夢中になる。蒐家の財閥上、政治上の仇敵もそれ本人か、妻や夫、義兄・・・・・・などは企業秘密の書類を喜んで持ち出し、持参する。彼らの蒐家での総称が“小鳥遊”【タカナシ】だ。意味は、鷹がいなければ小鳥は遊べる。故に小鳥が遊ぶ、と書いて、鷹無し、と呼ぶ。鷹は蒐家の宗主、小鳥は彼ら。彼らの境遇を皮肉と哀れみで表した呼び名だった。“彼”が来た翌日にこの名を付けた宗主はその境遇を皮肉って付けた名であったろうが、まさかその九年後に“彼”が実際に自分の【小鳥遊】になるとは考えても見なかっただろう。
2006年06月19日
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「よし。身体機能異常なし。発育も良好だ。」朝の清々しい風が窓から入り込む音を聞きながら、その澄んだ音に混じる医者の声を確認し、伸びやかな素足と上半身を惜しげもなく晒していた若すぎる人物は、眩いばかりの純白のシーツの上に無駄の一切ない動きで体を起こす。そしてその強すぎるばかりの綺麗な眼差しをその人物は促す様に医者に向けた。その眼差しを受け、医者の助手は呆気にとられた様にその人物をぼんやりと見つめていたが、医者本人の方はさすがにそんな様子は見せず、プロフェッショナルな冷静な面をその人物に向けた。「もう行っても構わないぞ。後は一ヶ月に一度検査をするから覚えておいてくれ。」その医者の言葉が済むと、その人物は脱ぎ捨てていた衣服を羽織り簡単に整えると、「ありがとうございました。」若々しい澄んだ声と軽い、けれど姿勢の綺麗な会釈を残し、隙のない身のこなしで部屋を出て行った。微かに残るドアの開閉の音の余韻が完全に消えると、医者の助手を務める十分に若い女性は、感極まった様にゆっくりと吐息を漏らした。「どうした?」医者の男はそれを見て、内心またか、と苦笑した。その言葉に、十分に思慮と分別のある筈の女性は微かに頬を染めた。「あら・・・・・いいえ。お若いのにずいぶんと雰囲気のある方ですのね。今まで貴方に付いて高貴な身分の方々をたくさん診てきたけれど、患者さんにときめいたのなんて、これが初めてですわ。妙に色気が御有りというか・・・・。」彼女が礼儀と敬意を持って言う“お若い”と言うよりあの人物はまだほんの子供だったが、彼女らしい妙に律儀な言い様に医者は今度ははっきりと面に出して苦笑する。稀なる“貴”の血を継ぐ蒐【シュウ】家専属の医者であり、蒐家の敷地内に現代の財力の粋を尽くして作られた研究所兼医療所である此処に来て診療を受けられるのは蒐家の血を継ぐ稀なる者か、よほど身分が高く蒐家に所縁の深い者だけだ。それだけに、彼女もまたあの人物のことを同じ様な身分の者と思ったのだろう。間違いではない、だが、あの人物の場合は著しく他と事情が異なる。ついでに、彼女がもう一つ勘違いしている事を指摘した。「“彼”は男ではないぞ?」惨砂【サザ】の言葉に彼の助手である美女は目を丸くした。「は・・・・・、けれど彼と言ったではありませんか。それに、あの子の上半身は・・・。」「ああ。言ったな。“彼”は男でもないが女性でもないのでね。」惨砂が男と女性、と丁寧に区別をつけた事から彼のこれまでのスタンスが如実に表れていたが、今それを指摘する余裕が彼女にはない。その事に惨砂は面白げに眉を上げたが、彼女はそれすらも気づかない。「!・・・・無性体、ですか・・・?では、あの子が・・・・・・。」「そう。神の子だ。」「あの子が・・・・、朱樺【シュカ】の・・・。」(“神生【カミオ】が誇る外道”、とも呼ばれているがな。)どちらにしろ、その呼び名はあの子の今置かれている窮地を救いはしないが、と惨砂は胸中で毒づく。むしろどちらもが、あの子を地獄に追いやるであろう。今置かれている状況も、あの子にとって良いとは口が裂けても言えない。「しかし、それはおかしくはありませんか?あの子が“そう”なら、彼は蒐家にとって生かさず殺さず、の人質のはず。重症で死にそうだ、というならまだしも、見るからに健康体の、それも検査のためだけに彼にこのような高額をつぎ込むなど、これまでの蒐家の彼における仕打ちを考えれば、こんな裏を表にひっくり返したような待遇はおかしいわ・・・・・・。」それは彼女の言う通りだった。長い間続く朱樺家は宗主であった男とその父の死で滅びかけ、その両名の死後朱樺家と盟友であった蒐家は朱樺家を裏切り、当時まだ五歳であったその宗主の子を奪い、今までの九年間人質としての生活をこの蒐家の敷地で送らせていた。この間の朱樺家と家臣の状態は悲惨で、宗主とその父が亡くなった今、唯一の跡継ぎである幼い当主すら蒐家に奪われ、なまじ勇猛と唄われる朱樺家の武将だったばかりに、ほぼ毎日のように蒐家の戦に借り出された。敬愛し忠を尽くした御当主の形見である時期宗主を人質に取られているため刃向うこともできず、その時期宗主の御子が成人し再び自分達の領地に帰参することだけを夢見て、日々多くの家臣が戦で死に、土地に残されたのは若い男を除く、老人や女、子供で田畑を耕すことすら覚束なかった。その朱樺家代々の土地すらも大半を蒐家に奪い取られていた。それだけではなく、かつて朱樺家の臣下であった蒐家の者の朱樺家への侮りは凄まじく、蒐家の武将など戦帰りに夜中、朱樺家の参謀であった重鎮の屋敷に土足で大挙して踏み込み、女を物色する有様だった。挙句の果てに朱樺家古参の重鎮の実の娘にまで手を出す有様だ。唾を吐きかけられるのも稀ではなかったと聞く。その重鎮の屋敷までこうなのだから、他の朱樺の者の元は想像に難くない。普通なら『勇猛果敢でありかつ、獰猛』と謳われる、もしくは嫉妬と羨望、嘲りを込めて『猪武者』と囃される朱樺衆の武将たちのこと、反撃に血の惨劇が待っていても可笑しくはなかったが、朱樺の武将達は有り得ない程沈着に冷静さと大人しさを引っかぶっていた。否、内心は腸が煮えくり返る思いであっただろう。だが、それを朱樺の武将は表に出しはしなかった。皆が半ば畏怖を持って謳う言葉の通り沸点があまり高くなく凄まじい反撃をすぐさま討つと知られていた朱樺の武将にしては不気味な程大人しかった。何の報復もせず、朱樺の者は蒐の者の仕打ちに従順で一言も逆らいはしなかった。武将の矜持を何より大事にする朱樺の者にしてはそれは有り得もしないほどの許容だった。惨砂の聞く所によれば、宗主の御子が人質に取られたその日に朱樺の者全員に戒厳令が走ったらしい。曰く、『己を犬と思え。』、と。『常に腰を低く這い蹲り、面を地に伏せよ。激怒と憎悪を彼奴等(きゃつら)に曝すことはない。蒐家の者共は我らに如何なることをも要求するであろう。だが怒らず、逆らうな。憎き蒐家に足を舐めろと言われれば、足と言わずナニでもしゃぶってやれ。何も考えるな。今日から我らは犬だ。畜生でなければならぬ。我慢ならぬと思う時は“己は犬だ。畜生だ。”と言い聞かせろ。そして“人でありながら獣の精神である目の前の奴等よりは何よりマシだ”と思え。我らが今は亡き君といまだ幼き宗主、御子の御為ぞ。皆、今は忍ぶ時ぞ。・・・・・御子が御成人なさるその時こそ・・・・・・。』、と。そして今、それから九年も経つが未だ蒐家に無礼打ちされた朱樺家の者もいなければ、朱樺の地を逃げ出した者もいなかった。そしてその鬱憤を晴らしているのか、捨て駒のように連日続けて戦に投入される朱樺家の働きぶりは修羅か羅刹、鬼神の如く凄まじかった。あの戦闘兵器である“守人”と比べても遜色なく、憎悪でも振り撒いているかの如く血溜まりの中を走り、共に戦っていた蒐家の武将の死体すら踏み躙り、己の武器が折れれば敵の得物を奪い取り・・・・・・・。なまじそれだけに、美しい人形然とした守人は畏怖を感じさせるが、朱樺の武将の戦いぶりはそれより失禁するほど恐ろしかったと見た者は言った。現に敵に回った者は戦から引き上げれば二度と戦場に立てぬほど精神をやられていたし、敵方の死体の数は戦を始める前の兵の数の六分の五以上ほどにも上った時もあった。反して蒐家と朱樺家の陣営はほとんど被害は少なく、死人は大半が蒐家の者だった。もしかしたら、戦のどさくさに紛れて朱樺の武将が背後から蒐家の者に切りかかったり、盾にしていたりするかもしれない。朱樺の武将の戦いぶりは、蒐家の者が『これが普段、あの子猫のように大人しい朱樺衆か?』とのたまうほどであった。惨砂も戦に従軍していた医者であるからその様子は良く知っている。また、あの戒厳令の話を聞いた時は朱樺家のあまりの忠義に声も出なかった程だ。これほどに忠義に厚い臣下を持つことがどれほど奇跡のようなことか、いやよほど亡くなった宗主が素晴らしかったのか。その宗主の御子が、今、ほんの少し前までこの診察室に居た“彼”である。名は、氷翠王【シャナオウ】・・・・。だが、この場所ではその名が呼ばれる事は滅多に無い。蒐家の宗主が“王”の付いたその名を蛇蝎の如く嫌ったからである。他の者が“彼”のその名を呼ぶのさへ嫌った。そして侮蔑を込めて、蒐家の宗主は氷翠王に他の呼び名を与えたのだ。恙【ツツガ】、もしくは小鳥遊【タカナシ】、と。恙の意味は、禍つ事。古の話の中で『事に触れて、我が身に恙ある心地する』と出ているのを揶揄したもの。鬼念が宿り毒気を振り撒くようになった“彼”の朱金の色に変わった瞳のことを悪意を込めて言い換えたのだろう。小鳥遊は・・・・・・・・・。そこまで思い返し、惨砂は助手である彼女に目を向けた。ここ数週間で蒐家における“彼”の立場はかなりの変化を遂げたのである。
2006年06月19日
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静謐な空気の中に、侵略者のような降雪の音を聞く。微熱に火照った身体に張り付く薄い絹の、ただ素肌に羽織っているだけの白い布は防寒の役目を果たさない。故に氷翠王【シャナオウ】の身体を凍る夜気から守るのは広い寝台の沈んでしまいそうなほどに柔らかなクッションと身体を覆う羽毛の布団だけ。・・・・・・・・・だが。いきなり隣に入って来た熱に、羽毛の布団に包まるようにして眠っていた氷翠王は泡沫から引き起こされそうになって、おさな子のように少しだけむずがるように頬をクッションに擦り付けた。嫌だ、というように。その動作に、引っ掛けてあっただけの白い絹の浴衣がうつぶせの首と肩を滑り、素肌を露わにする。それに気づき、深夜の侵略者は細い息をつき、剥き出しになったなめらかな肌に浴衣を掛け直す。「・・・・・・・・・あ・・・・?」その微かな動作にも氷翠王は眠りの中でも気づいたのか、むずがるようにうつ伏せのまま自分の頬の下のクッションを縋るように握りしめ、いやいやと首を振る。「・・・・・嫌、・・・・・・だ・・・。」何が嫌なのか、それが眠りを妨げられることへの不満なら微笑ましい、と言えないこともないが、それにしては氷翠王の苦しげな表情がそれを裏切る。先ほどまで、冷気の乱れ零れる寝台の部屋の空気に震えていたはずの氷翠王の身体は薄っすらと汗をかいている。微熱が一気に熱を上げたかのように。いつになく無防備な氷翠王の気は、いつも本人が意識してセーブしているのに今はそれすらもなく、垂れ流しになっている。毒のような、その芯から横溢する気の輝きはまるで、ぶわっと灼熱が燃え立つように見える。いつもは静謐で穏やかな氷翠王の様子からは見て取れないほど、その気は見る者に一秒だって息をさせないほど残虐なほど燃え立つ。表情も、いつもとは違っている。厳しい表情ではなく、普通に眠っているようなのに、何故かその菩薩のように慈愛に満ちたいつもの様子ではなく、絶対零度の人のように。そう表現するのが的確なように思えた。どんなになっても、誰もが堪えられずに死んでしまっても、この人だけは絶対零度になっても生き残る、最後の人のように思えた。乱れる黒髪に、滾る金のオーラ、不屈の意志を表す唇は静かに引き結ばれている。 何をも縛ることなどない、できない人に見えた。 誇り高いこの人はそれだけで死を選ぶであろうと思えた。 血反吐を吐き、途方もない孤独にその身を震わせながらも、一人立ち続ける人であるように見えた。眠る氷翠王の姿は、まさしく勝者であるように見えた。いつもの氷翠王からは想像できない残酷ながらも美しい気。この姿が、深夜の侵略者には不穏に映った。 「氷翠【シャナ】・・・・・・・?」侵略者はそっと眠る氷翠王に声を吹きかける。甘やかな少女の声が寝台にゆっくりと妖しく、けれど美しく響いた。氷翠王に覆いかぶさるようにのぞきこむ少女の容貌は声と同じほど、妖しく、美しい。年相応とはかけ離れた老成した怖い意志を宿す瞳は、夜の暗闇のなかでも綺麗に分かるほど瞬く。10歳の少女は、・・・・・・・・・・紅丹【ボタン】はゆっくりと微笑んだ。それでも目覚めない氷翠王に、愛らしく、小首を傾げながら。少女の白銀の髪は月光を綺羅綺羅と撥ね返し、血の青い筋が透けそうなほど白い肌もそれと同じ風情を感じさせる。相反するようにそっと紅に濡れた口唇が、はんなりと美しい。思わずこちらがゾッとするような感情を宿す瞳は、目が覚めるような湖面の碧。とても十歳には見えない。その少女の貌は神の悪戯のように恐ろしいほど整い、肌や瞳、髪の色と相まって人形のような冷たさと無機質さ、小奇麗さを見る者に与える。その少女の唇が見る者に一種の怖さを感じさせるように涼やかに笑みを孕んだ。「・・・・・・ごめんね?ずっと、全部聞いてたわ。・・・・・・・どうしてあんな男にあんなことを?・・・・・まあ、どうでもいいわ。邪魔になったら、殺すから。」歳相応の愛らしい少女の声には不似合いなほど物騒な色が滲んでいる。その声には本気しか含まれていない。真性の殺気を紅丹はその瞳に浮かべる。何を確認しなくとも判る。本気だ。しかも愉しい事に、紅丹にかかればこの手のことは実現不可能なことではない。紅丹は、【守人】だ。守人は貴族の護衛と言うべき者達のことで、立ち始めた頃には剣を握らされ、暗殺業、正当な武術を全てたたき込まれる。また、その血故に神懸かった力と容姿を持つ守人は、その度が過ぎた強さと美しさのため、堕天した神の御使いと呼ぶ者すらいるが、一騎当千を地でいき、死すことを恐れず、腕が千切れ、受けた傷から内臓が飛び出ようとも何事もなかったかのように単身戦い続ける彼らはまさにそう評するにふさわしいものであっただろう。六歳から九歳ほどで戦場に出される守人達は子供であろうともその強さは比類ない。その守人である紅丹が言うのだ。洒落にもならない。それでもいったん殺気を消し、思い出したように言葉をその紅い唇に乗せる。「雪花【セッカ】と話をしたわ。・・・・・・雪花、とても驚いてた。何で氷翠が雪花の心がそんなに分かるのか。」その声にゆっくりと氷翠王が伏せていた瞳を開ける。それはかなりの突然だったが、何時から起きていたのか、それすらも知っていたように紅丹は氷翠王をのぞき込み、泣きたくなるほど柔らかい声で聞いた。赤子をあやすように。「ね?ずっと、“知ってた”から?・・・・・ずっと、自分が昔に思ってたことだから?だから、知ってた?・・・・・・・・ずっと、痛かった?」紅丹の言葉に氷翠王はよく見ていても分からないほど微かに首を横に振った。否定。紅丹が何を言っているのかは直ぐに分かったが、それ故に容易に頷くことはできない。氷翠王の十三年にもわたる人質生活の時のことを言っているのだ。雪花を襲った境遇と、氷翠王を取り巻いた環境は奇しくも似ている、と言えたものだったから。その言葉を肯定することはできない。なぜならそれは自覚を促すほどに正しい。そしてそれは簡単に自分の首を絞めることになる。そして決定的。そうした自分は求められていない。そのことを氷翠王は誰より知っていた。この思いも口に出すことは叶わない。このことを自分から認めて口に出すことはできない。許されてはいない。紅丹は氷翠王の研磨された宝石のような瞳を見つめた。何も返さぬ氷翠王の頭を小さな胸に抱き、紅丹は呟く。「ね?殺しちゃってもいい?氷翠を泣かした奴等。」「紅丹・・・・・・・・。」微かに目を見張る氷翠王の言葉を遮り、紅丹は続ける。「氷翠はいいのよ。私は氷翠の味方だから。氷翠が何をしたって全部許す。狗王【クオウ】みたいに説教なんてしてらんないわ。」未だ十歳の紅丹が朱樺【シュカ】家が続いて以来の忠臣である血筋の稀なる忠義の参謀のことを事も無げに切って捨てる。「氷翠が今、そいつらのことを許してるなら、それでいいのよ。私は何も言わないわ。氷翠がそう思ってるならそれが一番大事だから。後のことなんか、私は知らない。」何処までも優しい慈母のように紅丹が声を子守唄のように紡ぐ。けれどその言葉に宿る意志はマグマのように熱く苛烈で激しく、一片の嘘偽りもなかった。「ねぇ、氷翠・・・・・・・・辛い?」その問いに氷翠王は首を横に振る。辛い、とは思わなかった。もう過去の事だ。悪夢は追って来ても、未練も後悔も憎悪も追ってはこない。人として見られているかも怪しかった人質時代は、苦しかったが恨みは後を引かなかった。一番大事な“唯一”がこの胸を焼くから、蒐【シュウ】家の仕打ちなど何の意味も為さなかった。朱樺の地が無事ならば、どんなに苦しくても他は何もいらなかった。それを素直に言葉に乗せる。「いや・・・・・・、辛くない。」(何も。)今抱えている生まれてから十九年間の血反吐を吐く様な苦しみも努力も、怒涛の様な祈りも苦痛と悲痛の涙も、突き上げる様な渇望と硬質のダイヤモンドの様なプライドも、氷翠王の身体中を駆け巡る氷翠王自身の魂の激烈な光の渦と悪流もそれらを全て抱えいても、氷翠王は心からそう言える。この手に残っているものが、自分の誇りだ。あとはどうでもいい。この誇りだけ在れば、この身は生きている。(これだけあれば、俺は生きていける。)何も、いらない。欲しくはない。安らぎなんて、俺は欲しくない。どんなに苦しくても、どんなにか孤独でも、その寒さに凍えていようが、今、この時点で氷翠王の手を離れている朱樺の地が、氷翠王の欲しかったもの。自分の手の中になんか無くていい。他の地の干渉を受けず、美しい地をさらす“暴君”。それが氷翠王の知る朱樺の地だった。“アレ”が、あの姿が欲しかったのだ。死んだ古神の力をそこかしこに残し、謹直と閑寂な暮らしを誇る慎ましい土地。けれどその朱樺の地は、幾重もの“理想”を厚塗りし、唇の端でたがの外れた欲望と醜悪な本能の含み笑いを漏らす皓【コウ】国と言う“王者”の中にあっては“暴君”であった。否。皓国は王者ではなく、“楽園”か。どちらにしても、偽りの朽ち掛けた“神”の御意志が何にはばかることなく君臨していることは間違いなかった。“神”とは実存の三神のことではなく、その神の存在の意味を好き勝手に解釈し、膨大な“民”という名の“贄”を手に、欲望と言うカンフル剤を得て肥え太った醜悪な“貴族”【ブタ】のことである。“それ”は自らを『神に守られた国』と驕り高ぶり、謹直と閑寂な暮らしを嘲笑う。その“ブタ”の中に在りながら、朱樺は気ちがいのように色が違った。あの地に他の手垢がつくのは阻止したかった。そうして今は此処に居る。“唯一”が再びその姿を甦らせたのに一体何が辛いことがあるというのだ。しっかりと不屈の瞳を上げ、横たわっている真上から覆いかぶさる紅丹の瞳を見つめ返す。「・・・・・・・・・・・。」その頬に、氷翠王はゆっくりと手を伸ばした。そして触れる。温かな血の通うその肌に。紅丹は氷翠王のことだけを真っ直ぐに・・・・・・、真率に見る。氷翠王にだけだ。紅丹がこの瞳を見せるのは。紅丹のその瞳は、無意識ながらも氷翠王の傍らにしか現実の世界に帰る場所がないという事に、心の奥深くで大きな闇が出来ていることに紅丹はまだ、・・・・・・・・・。気づかない。その色を見て取って、氷翠王は瞳を閉じた。「もう、寝よう。」「一緒に?」すかさず聞いてくる紅丹の身体を抱くように引き寄せ。「一緒に。」その言葉に紅丹は満足げに頷き、ゆっくりと羽毛の寝台に入り抱きついてくる。しばらくするとその十の少女から安心したような寝息が聞こえてくる。それを聞き、氷翠王は閉じていた瞳を開き、紅丹を見遣る。そしてその髪を撫でてやりながらも、少女には聞こえない言葉を唇に乗せる。「・・・・・・・生きていけるのか?」-----------私なしで・・・・・・。その言葉は届く前に降雪の夜に沈んで逝った。此処は。片翼のもがれた鳥の居る所。誰もかもが何かを失い、その重みに飛べぬ者ばかりが居る所。未だ飛べぬ空を夢に見て仰ぎ見る、一時の休息の場所。(地獄ノヨウナ)けれど、まだ終わっていない。全てが。だから今は夢に見よう。閉鎖された空に鳴る、雪啼き空に、啼きながら。憐れな強い、小鳥たちよ。 雪啼き小鳥:完
2006年06月12日
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*“嫌いな理由”の続き 「年がら年じゅう夜だったらいいのにな。」 「どうして?」 「寝放題だろ。」 「なるほど。」 そうだろうね そうすれば君は二度と現実を見なくても済むのだから (逃げたいのならいっそ、泣き喚いて縋ればいいのに。) (それすらもできないのなら、逃げたいと思う資格すらないと、 誰も思わない?) 君が僕なら、 砕けるように叫び続けることを、 選んだだろう (僕は、安らぎなんて、欲しくはない。) 願うのは、 ただ一つ、 ほんの、一つであったのに (だから欲しい。) (彼が欲しい。)
2006年06月08日
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