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JR三鷹駅前のビルの5階に「太宰治展示室」がいつの間にかできていた。小さな施設ながら展示品は太宰の娘さんが三鷹市に寄贈した遺品で構成されているそうで、それは思った以上に充実していて、太宰家を模した室内をゆっくり進むうちに驚きやら興奮やらがじわじわと高まった。同時に、高校生の頃読んだはずの「人間失格」がどのような話だったかほとんど思い出せない自分に、やばい…と思っていた。三鷹での太宰の足跡を小一時間辿った後、余韻に浸りたくてJR国立駅近くの古書店で太宰の本を探し、数冊見つけた中から「斜陽」を買った。「人間失格」はきっとまだ持っているはず、と思いながら家に戻ると、あの子はこれをいつ読んだのだろう、子ども部屋の本棚に、古くて薄いその文庫本は収まっていた。少し赤茶けた頁をめくっていくと、語り手(太宰本人を思わせる)を悩ませ続ける幾多の苦しみは、彼以外の誰かが彼に与えたものではなく、言うならば自作自演。自分で想像した不幸や苦しみに自ら縛り付けられているように思えた。と言うか、そうとしか思えなかった。「女性たちからこんなにもモテるあなたが、一体何を不満に思っているのでしょう」という妬みにも似た疑問はもとより、お節介にも「マインドフルネス瞑想でもいかがですか」とお勧めしてみたくもなり、「心配事の8割は実現しないそうですよ」と話しかけてみたくもなった。だけど、おそらく高校時代の僕は、彼の余りにも過敏な悩みに共感し、その姿を格好良いと思い、愁いを帯びた仕草や物言いに憧れも感じていたと思う。齢を重ねて僕は変わってしまったのだろうか。それとも時代の空気が変わったのだろうか。どちらも正解、という気がするけど、言えることは、高校時代と比べると、今の僕は小説を読まなくなった。直接的に知識を得るためだったり、心の救いを得るためだったり、本に実利を求めることが多くなった。そんな僕が「太宰治展示室」のお陰で、再び太宰作品に接することができた。彼の巧みで変幻自在な文体や日本語そのものの奥深さを、今回たっぷり感じながら時を過ごすことができた。「斜陽」も早く読み始めたい(もしかすると、読み返したい、かもしれない)。太宰の世界との再会に、とても感謝している。
March 30, 2021
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いつの日か軽井沢でゴルフがしたーい、との願いを胸に、昨日、地元のゴルフ場に行ってきた。今年初めてのゴルフ。ゴルフ好きの親戚に誘ってもらいました。50代男性の親戚さんは、特別「うまい!」と唸るようなゴルファーではなかった。でも、グリーンに近づいてからが速い。アプローチをピタッとピンそばに寄せて、ワンパットでボールを沈めてしまう。ティーショットは前後左右、わりと広範囲にボールが飛んで行ってしまうのに、結果はパーとかボギーで収める、というホールが続いて、たまにドライバーがいいところに飛んで有頂天になっている自分とは、スコア的に雲泥の差となりました。明らかになった課題はアイアン。練習場ではかなり上達した気になっていたけど、マットの上でしか通用しない実力だった。やわらかい芝の上では芝にエッジが刺さったり、ダフリを怖がってエッジでボールを叩いたり、散々でした。何とかしなければ…練習方法を工夫しよう。軽井沢を目指して。
March 28, 2021
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先日観た映画「新解釈 三國志」の余韻、その2。 家にある本で、三国志の時代を探してみたら、「孫子の兵法」の中にいくつか見つけた。 例えば曹操(映画では小栗旬)について、こんなことが書いてありました。 ・曹操は自ら孫子を研究して注釈書まで残し、彼の用兵も、孫子の兵法にかなっていたと評されている。 ・群雄割拠の争覇戦に勝ち抜いて魏王朝の基をきずいた曹操。軍事的才能だけでなく、領内に屯田を興して食糧の増産を図り、成果を収めていた。十分な軍糧の確保が曹操の勢力拡大に貢献したもう一つの原因である。(あらかじめ勝利する態勢を整えてから戦う者が勝利を収める) ・西暦198年、曹操は南陽郡に割拠していた長繍の討伐に乗り出し、穣城を包囲したが激しい抵抗に遭う。引き上げを決意するも撤退は困難を極めた。曹操は軍をまとめて山中の小道に逃げ込み、伏兵を置いて敵を誘い込んだ。全軍を挙げて攻め寄せてきた敵は返り討ちに遭って敗走し、曹操は無事都に帰還することができた。(兵士を死地に置けば、死力を尽くさせることができる) ・「赤壁の戦い」(西暦208年)。常勝の曹操が大敗北を喫した。北中国に覇権を確立した曹操は、南征の軍を興して江東に割拠する孫権(映画では岡田健史)に戦いを挑んだ。長江を下る曹操の大艦隊は兵力24~25万。迎え撃つ孫権の兵は合流した劉備(映画では大泉洋)の軍と合わせても5万。しかし孫権軍の黄蓋(映画では矢本悠馬)は敵艦隊の船の扱いが不慣れな様子を見て、焼き討ちの計を孫権に進言。周瑜(映画では賀来賢人)が焼き討ちの準備を進める間、黄蓋は曹操に降伏を申し入れる書状を送った。劉備の軍師・諸葛孔明(映画ではムロツヨシ)は追い風を天に祈った。翌朝、追い風に乗った黄蓋の艦隊が曹操軍に近づき、火を放ち、曹操軍は敗走した。 …なるほど。また少しだけ歴史に詳しくなれたかもしれない(笑)
March 13, 2021
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三國志、という言葉は子供の頃から知っている。でもそれが何なのかは今まで知らずに来た。今にしてみると後悔しかないのだけれど、騙したもの勝ちみたいな醜い争いの繰り返し、それが人間の歴史のように思っていて、だから子供の頃は歴史にぜんぜん興味が持てなくて、その結果、僕は今でも日本史にも世界史にもとことん弱い。今回、新型コロナで足が遠のいていた映画館に久しぶりに行ってみたくなった。そして上映期間があと2日で終わる大泉洋さん主演の「新解釈・三國志」を選んだ。(関心の中心は大泉洋さんでした、ということです。)シネコンに着いてからチケットを買って、100席くらいの小さめのシアターに腰をおろした。おそらく感染症対策のため、いつもより換気の風を感じた。座席もひとつ飛ばしで座るようになっていた。20人くらいが席に着いたところで上映が始まった。幸い全編を通じ、西田敏行さんがところどころでミニ授業をしてくれたので、歴史的背景には何とか付いていけた。魏軍の小栗旬、呉軍の賀来賢人、そして蜀軍の大泉洋、その周囲にムロツヨシ、渡辺直美、橋本環奈、広瀬すず等々が「おっ」と思うようなタイミングで登場して、ストーリーとは関係なく、笑える映画だった。そう、『ストーリーとは関係なく』楽しめる映画ではあったのだけど、それでもやっぱり、少しは歴史のことを知っておきたないと思い、帰宅後子どもの参考書を拝借した。それによると、三国志の時代は、西暦200年くらいの頃で、その頃の日本は弥生時代か古墳時代だったらしい。・西暦57年:倭の奴国(わのなのくに)の王が後漢(ごかん)に使いを送る・西暦239年:卑弥呼、魏に使いを送る・西暦313年:ローマ帝国がキリスト教を公認・西暦375年:ゲルマン人の大移動開始・西暦391年:倭軍が朝鮮半島に出兵なるほど…※出典:中学 歴史年代/まとめ上手(受験研究社)
March 7, 2021
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