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仕事で一家でアメリカに住む実兄と、これまた仕事でローマに住む弟からメールが来て、「GW中、姉を少し骨休みさせてやってはどうか?」と。離れてる奴は好き勝手言いやがってと思ったが、結局、私も大差はない。同居してる人ほど、大変なわけじゃなし、実の親子といえども、姉の苦労は並大抵ではなかろうな、と思い、昨夜、仕事で帰宅午前1時だったカースケを朝からたたき起こし。幼稚園のある日は、どうしたって、絶対に7時より早く起きない娘は6時半前からおきてたので、「姉ちゃんとこ行こうか?」って訊くと「行く、ジュウちゃんに会いに行く」と元気なので、娘と二人で旦那をたたき起こして、いざ実家へ。実家に着けば、娘は、リスに挨拶し、庭に出ては、犬と転がって回り、それに旦那まで一緒になって転がって回って、実家の庭の芝生もあれじゃたまらないだろうなってぐらい。姉に、兄と弟から、こうしたメールが届いたことを話した。姉「休みやれって言うなら、姉ちゃん宛の小遣いと、陽菜ちゃん宛てのバイト料も振り込めって。姉ちゃん失業中だよって」私「兄ちゃんに連絡しようか」姉「(笑)冗談だよ、兄貴のことだからすぐ本気にするから。第一、兄貴から小遣いもらわないといけないほど、経済的に困窮してないわ。ま、あいつら言うことだけは言ってくるんだな・・・ハハハ」私「兄ちゃん、いつまで転勤してあるくんだろ?」姉「定年まで(笑)子供が中学ぐらいになれば少しは考えるかもよ、自分だって転校を繰り返すのはイヤだったって言っておきながら、親父さんと似たようなことやってるんだから」私「姉ちゃんは、もう、前の仕事みたいな仕事しないの?」姉「そうねぇ。声掛けてくれる人もいるんだけど・・・・どうだろうね」私「もう、いいじゃない、前々から言おうと思ってたけどさ、もうしばらく働かなくてもいいじゃない。姉ちゃん、ずっと働いてきたんだもの。もう、出張だ、転勤だって仕事するのはやめようよ。また倒れたらどうするの。」姉「働かなきゃ、一人だもん。自分の食い扶持稼がないとね、全然働かないわけ行かないでしょ」姉は、中学の時からアルバイトを始め(新聞配達&牛乳配達)高校の時も、放課後にスーパーの商品だしのバイトに行き、それでいて大学も現役で合格して、大学時代もバイトと学業の両立をこなし、大学卒業後は、商社に総合職として就職して、昨年の春、倒れるまで、ずっと働き続けてた。そんな姉を、父方の祖父は、「あれは軍鶏じゃ、18人いる孫の中で唯一、軍鶏じゃ、他の男の孫もあの子には絶対に勝てん」と言ったらしいし、母方の祖母は、祖母で「あの子は、私以上の職業婦人となった。日本にもあぁいう女性が出てきたのであれば、私達の運動も間違いではなかった」と、言ってたらしい。父方の実家は、山林地主で、父方の祖父は戦前、侠客のような仕事をしていたらしい。母方の祖母は、戦前は、軍人の妻だったが、結婚以前から、婦人解放運動などを行ってた人で、戦後もずっと働き続けてた人。そういうDNAを姉は一人で受け継いだのではないか、と、思うときが時々ある、なぜなら、親戚中、兄弟中、見渡しても、姉のような「強い人間」はいない。働かなきゃ、という、姉に、私「姉ちゃん、結婚はもうしないの?」姉「結婚、結婚ねぇ、しない!!!私ね、若い頃、旦那いらないから子供だけ欲しかったの。でもね、はたと考えた、私は、旦那いらないって思って子供産んでも、その子供はパパと一緒に暮らしたいと思うかもしれない、その子供の希望を母親の都合で奪うことは、子供に対して許されることではないと判断したから、子供も持つまい、と決めたの。でもいいよ、姪も甥も可愛いから」私「どうして旦那いらないなの?」姉「家庭というものを作れる自信が無かったんでしょうね、仕事と家庭を両立できる自信が無かったのだろうね、私が大学卒業して就職した頃、約20年前、男女共同参画とか、雇用機会均等法とかが改正施行されて間もない頃だったけど、それでも女性が働くのは厳しい世の中だった。必死だったのね、同期の男性社員に負けたくない。また同期の女性社員にも負けたくない。女のくせに、とか、やっぱりオンナはって言われるのがイヤでね。同期の中で最初に海外研修にも行けたし、頓挫するのがイヤだったの。家庭を持って家族が出来たとき、働いてるから、家のことが出来ない、って言いたくなかったし、かといって、毎晩11時過ぎに帰ってて、朝は7時前から会社に出て、それで家の事も仕事も出来る自信なかったから・・・」姉「結局ね、私って人間は強がって生きてきたんだなって思うの。仕事しなきゃ、勉強もしなきゃ、家の事もきちんとしなきゃ、手を抜いちゃいけないんだ、手を抜けば、お前は敗北者だ、みたいな、強迫観念に自分をさらしてたのかも。だから、自分を強く見せようとして、よろいカブトで固めてたから、素の自分をさらけ出せる場を作れなかったのかもね。」私「違う、姉ちゃんは強がってたんじゃない。本当に強い人なんだよ。責任感あって、責任感が強すぎるくらい強いんだよ、人としても強いんだよ・・・」姉「強くなんか無いよ、寂しがり屋だよ。だから菜っちゃんにも会いたいと思うし、兄貴のところのチビ達にも会いたいと思うし、ゴルフも行くしカラオケも行くんだよ・・・神様はね、よく考えてらっしゃると思うの、私みたいに神経質な人間が母親になったら、子供は大変だよ。成績が上がらない、それ以前に、オムツが外れない、おっぱい卒業しない、言葉が遅いんじゃないか、体重が大きい、身長が小さい、って、大変でしょうな(笑)だから、神様は、私に子供を持たせなかったのだ、とそう思うのよ」私「やっぱり強いよ。だけどさ、仕事はもう少し、もう少し、働かないで療養しようよ、お母さんの看病は私も手伝うけど、仕事するなら、パート勤務で近場でさ、毎日、高速飛ばして行くような仕事しないでいてよ、また倒れたら、もうイヤだもん」姉「それなんだよね、また倒れるんじゃないかって時々ものすごい不安になるの。そういう時は色々考えないようにしてるんだけどね、ま、とにかく、私はいいから、あんたら夫婦、遊び行っておいで、菜っちゃん、預かってやるから。夫婦二人で水入らずでさ。旦那は今日の次はいつ休みなの?」私「GW後半は休み入ったけど・・・・」庭の旦那と娘を見たら、犬の吾朗と娘と旦那の三匹で、川の字になってイビキかいて寝てました。それも、きちんと、父が準備した、日よけのパラソルの下で。番犬がイビキかいて寝てたらねぇ、と、言いながら、庭へいく姉の後姿に向かって言いました。「貴女は決して、強がりではなく、真の強さを持った人なんだって」
2006年04月30日
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本日、実家に来ました、リスの二代目十朗です。まだベビーですが、さっそく、おが屑まみれになっちゃって・・・実家で飼ってたリスの初代十朗が亡くなったのは先月17日早朝。その後、父は3日間、メシも食わず寝込む。姉曰く、柄にもペットロス症候群になりやがって。普段、母の看病する姉も父にはちょっと手厳しい。しかし、腰が悪く、あまり動けない母にとって、リスは最大のペットでした。口には出さないものの、母の寂しげな様子に、姉がペットショップを回って歩いたのですが、ちょうど出産時期じゃあるけど、入荷待ちの状態ばかり。やっと、予約できる店を見つけ、予約し、今日の昼前入荷しましたの連絡を受け、片道2時間半高速ぶっ飛ばし、飼って来ました。通常、高速使っても、3時間半かかるところ、往復5時間で帰ってきたのですから・・・まぁだベビーで、最初ゲージに入れたときは、キョロキョロ見渡してましたけど、3分もしないうちに、おが屑ベッドをかき回し、写真撮るよと言えば目一杯伸びて見せて元気な様子。名前、何にしようかと話してたら、うちの娘が、「じゅうろう、お帰り、菜っちゃんねぇ、待ってたんよ、じゅうちゃんどこ行ったかなって」3歳の娘には、まだ、前の子が亡くなって違うリスが来たということが理解できないのでしょうけど、名前は二代目十朗で決まりました。姉によると、十朗君は、お腹一杯食べて、今夜は早く寝たそうです。しかし、うちの天然小猿娘は、明日はどこ行こうかって寝てくれなかった
2006年04月29日
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多い日でした。まず、娘を幼稚園へ送り届け、その足で銀行へ。月末の28日、それでなくても今月は30日までで1日少ないのに、月末が連休と来てるから、3日少ない分、余計に人が多い。ATM前もズラァと並ぶ人、人、人。それでも、銀行を済ませて、値上げ前の「第三の酒」の売り出し最終日なので、買い物へ。これまた多いにも関わらずレジが一台しか開いてない。ここの店長は臨機応変という考えは持ってない様子。土日はヒマな時でもレジは何台も開いてるが、平日は絶対に1台しか開いてない。その後、ガソリンスタンドへ。来月からまたガソリン値上げというし、連休前に入れておこうと思い、地元で一番安いセルフの店舗へ行ったが、これまた順番待ち状態。なんとか、ガソリンの給油を終え、黄砂でなり損ないの黄な粉餅状態になっている私のデミオ。洗車しようと思ったら、まぁどちらさんの車も、なり損ないの黄な粉餅状態で順番待ち。やっと済ませて帰ってきた時は、疲れた・・・明日からの連休、旦那が明日、帰ってこないと旦那の勤務は不明、しかし、電話では、休みも取れたよ~って、しかし、問題は娘。この小猿は、お出かけスポットをなぜかよく知っている、誰が教えてくれたんだぁ
2006年04月28日
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タイトルどおりです。旦那宛に一通の葉書が届いてました。旦那宛なので、旦那の机の上に置いてました。夕方、旦那帰宅後その葉書を見て旦那「ママ、これ誰からの葉書?」私「私が知るはず無いでしょ、パパ宛のなんだから・・・」旦那「だって・・・」なんと、その葉書、宛名はラベル印刷されたものが貼られてますが、裏は真っ白なにやら、宛名下部分に、番号が記載されてますが、何の番号か不明いったい、どこの誰が何の用事で送ってきたのか、探しようも調べようもありません。
2006年04月27日
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今日の夕方のことである。夕食の準備をしようと思い、食材を冷蔵庫や野菜庫から出し始めた。今夜のメニューの一つ、カボチャのはさみ揚げをしようと思うが、昼間買ったカボチャが無い。野菜庫にも無い、冷蔵庫にも無い、ゆっくり考えてみた。カボチャは、農家の人が直接出荷する、直販所で、買ってきた。小さなエビスカボチャで、30円でいいよって言われて買ってきた。買ってきて他のスーパーで買い物した牛乳などを冷蔵庫にいれ、カボチャは野菜庫にもいれず。そう、いれず、夕方使うからと、台所のテーブルの上において、娘のお迎えに行った。それから・・・?そう言えば娘が、このカボチャ小さいねぇと言ってたが・・・・試しに訊いてみた「菜っちゃん、カボチャ知らないかな?」「カボチャ?カボチャぐらい知ってるよ、カボチャ大好きよ、あのね、シンデレラはカボチャの馬車に乗って行くんだよ」そうだねぇ・・・カボチャの馬車ね・・・まさか、姑が・・・持っていくはずないしな・・・どこ行ったかな?仕方ない、カボチャのはさみ揚げ中止、玉ねぎの肉詰めにしたれって急遽変更。それでまぁ夕飯も済んで、今日は旦那も少し早く帰ってて、娘は旦那とお風呂入って幸せ一杯になって、早く寝てくれた。そこへ、旦那が持ってきたものは「菜っちゃんのオモチャ箱の入ってたけど・・・」探してたカボチャ。なんと、シンデレラの人形がカボチャの上に座ってたと。そう確かに彼女は、カボチャの馬車に。。。って言ってた・・・そして思い出した。幼稚園から帰るなり、「ママ、このカボチャ、オモチャなの?」って。それくらい小さいカボチャだったのです。
2006年04月27日
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昼間、娘が幼稚園から帰ってきて言ったこと。娘「ママ、GWは有田の陶器市に行きたい」私「陶器市?菜っちゃん、陶器市が何か知ってるの?」娘「知ってるよ、お友達のリンちゃんのオバアチャンの家もお店もあるんだって。リンちゃんも行くって言ってたよ」私「そう・・・でも、菜っちゃんの遊ぶようなところは無いよ」娘「うぅん、遊ぶのじゃなくて、お茶碗買うの。菜っちゃん、もう赤ちゃんじゃないからね大きなお茶碗でご飯食べるのよ」お前さん、この前ダイエットするって言ったのはどうなったの・・・私「そうねぇ・・・でも、ミッフィーちゃんとか、キティちゃんとか、スヌーピーのお茶碗はない・・・かもよ」娘「うぅ・・・ん、でも行こうよ。もう赤ちゃんじゃないから、牛乳も飲まないし」私「牛乳は赤ちゃんじゃなくても飲むのよ、グングンはもうやめたけど、牛乳は飲んでいいよ」(娘が長いことお世話になったグングン)娘「うぅん、牛乳じゃなくて豆乳飲むカップ買うの、ネエチャンが持ってるみたいなカップ」実家の姉は健康のために、自分で豆乳を作って毎日飲んでる、その時のカップ・・・あれってスヌーピー柄だったよなあ・・・私「あれもさぁ、スヌーピーの絵でしょ・・・有田にあるかな?」なんで突然、陶器市なんだよなぁ・・・もしかすると、私と旦那の話を聞いていたのかもしれない・・・先日、娘が寝静まってから、GW中実家が一日預かってくれるというので、旦那と二人で陶器市に小皿等を買いに行こうかと話していたのです。と、いうのも、結婚のとき、買い揃えた品々が結構割れたりして、在庫僅少の状態。しかし、娘を連れて行くとなると、うちのチビ、扱いだけは半端じゃないから壊されでもしたら大変、と、なると、買い物どころじゃない。よその子みたいにおとなしくしてるということが無い。うちのは子豚が急遽、小猿に変身しますから。しかし、幼稚園の2歳児預かり保育の時は、まだ顔つきも赤ちゃん、赤ちゃんしてたけど、3歳児保育に改めて入園してから、顔つきも赤ちゃん気が抜けた(これは実家の姉の弁)そして、ほぼ、完全にトイレが出来るようになったし、夜も自分でママ、トイレと起きるようになったし、まず幼稚園ではオモラシすることなくなったし、第一、喋ることが、こまっしゃくれに磨きがかかってきた。親もその分、年取ってるのでしょうけどね。
2006年04月27日
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我が家は二世帯住宅。台所、風呂、トイレ、洗面所、全て別々。今まで、水道・ガス・電話は別々だったが、電気のみ一緒でした。しかし、先日、工事をしてもらい別々にしました。と、言うのも、階下が義両親宅がオール電化にするため。今までどおり、電気代半々やられたんじゃたまらないから。しかし、このオール電化、姑が入院中に舅が勝手に決めたこと。15年もすれば、ローンの金利分も取り戻すと説明されたらしい。が、姑はあと15年生きるとは限らないのに・・・・と。その後も、このオール電化に関しては、舅・姑間での話し合いどころか、話すと喧嘩になっていた様子。それでも、今朝から工事が始まった。姑は朝から我が家でご飯を食べ、食べながらも「どう考えても納得行かない、営業担当がその後近寄りもしないことが第一気に入らない」と文句タラタラ・・・これ、本当に、営業担当がこないらしい。姑が退院後、詳しく説明しろって呼びつけて、「今後、電気代が上がったら果たして15年で確実に取り戻せるのか?原油価格が高騰してるじゃないか、電気代が上がらない保障がどこにあるのか?機械の寿命はどれくらいか?15年間で故障やリフォームの必要はないのか?」と質問したら、それ以来、来なくなったらしい。他の工事担当者みたいな人だけが来て工事打ち合わせなどを舅としていったらしい。なんとも頼りない、営業である。姑が文句言いながら食事してたら、娘曰く「オババちゃん、ママの作るご飯美味しくないの?」そうそう気に入らないなら下で食えするとババの奴「そんな事無いよ。ママがね、オババちゃんの体のこと考えてくれてね、ウサギさんよりお馬さんよりたくさんのお野菜食べてるのよ」イヤミな言い方しやがって。食事終わってからもブツブツ云いながら弁当を持って階下に降りて行ったが、5分もしないうちに始まった。姑「私は納得したわけじゃないよ」舅「オール電化は地球に優しいんだ」姑「それ以前に私の財布には優しくないんだよ、鍋だって使えない鍋もあるって話じゃないの」舅「そんなもん、使える鍋で料理すりゃいいだろうが」そんな調子で喧嘩しあってるところへ、プロパンガス屋さんが、プロパンガスの回収に来られた。二階の玄関の呼び鈴鳴らされるので、下ですよ、こっちの玄関ですけど・・・って言ったら、「喧嘩が激しくて何度押しても出てもらえない」とのこと。実はこのプロパン屋さん、舅の一番上のお兄さんの奥さんの実家、だから、舅には義理のお姉さんの実家なのだ。要するに遠縁の縁戚関係。「まさか親戚から裏切られるとは思わなかった」とこちらも文句言いながらプロパンを回収していかれた。こういうのも、姑が結局は親戚関係から槍玉に挙げられる原因となるのだが、舅にそんな気遣いがろうはずもない。姑は、ブツブツ言いながら、パートへと出て行った。私も、娘を幼稚園へ連れて行き、その帰り道、姑から携帯に電話。何事?と思い出てみれば、「陽菜子さん、あのねぇ、ジジィからお茶代もらってないから、工事関係者にお茶なんて出す必要ないからね、ジジィが出したければジジィが自分ですればいいんだから。お茶一杯だってタダじゃないんだからね」言われなくたって出す気なんぞ更々無い。何のために階下の工事に私がお茶出す必要あるか、と思ってる、何せ鬼嫁ですから。夕方、パートから帰宅した姑は、憮然として工事の人達をにらみ付けてる。そして工事の人達に聞こえるように、舅に向かって「23時以降の電気代が安いって言っても、あんたが昼間、テレビ見て、煮炊きして、23時以降に使う電気なんぞ、便所の電気ぐらいじゃろうが、15年で取り戻さんかったらあんた訴えてやるぅ」姑は、今夜、階下の風呂に入れないとのことで、近くの温泉センターへと。なぜか、気前よく、「陽菜子さん、今夜、カースケが泊まりの仕事なら菜っちゃんも一緒にお風呂行きましょう。ご飯もね、ヘルシーメニュー出してくれる居酒屋が近くに出来てるのよ、そこで食べれば私も400キロカロリーぐらいの食事できるでしょ、私、おごっちゃう」「お義父さんは?」って訊いたら、「ジジィは知らない」さっさと珍しくタクシー呼んで、明日は、ヤリでも降ってくるんじゃないか・・・とちょっと心配
2006年04月26日
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昼間、庭に笊を並べて椎茸とワカメを干していた。姉が、300円分の椎茸と200円分のワカメ買ったら、ヤマとあってさ、と。彼女は、商社マンだったせいか、恐ろしいような買い物の仕方をするのだが、その分我が家の援助物資となってくるので大助かりなのだ。しかし、本当にすごい量だったので、我が家に来た分は半分だが、それでもすごかったので、庭に笊を並べて干していた。そこへ、通りかかった近所の奥さん。その奥さんのところにもお姑さんがいて、ここの戦いは我が家くらいのものではない、カラスが鳴かぬ日があっても、ここの嫁姑バトルの怒鳴り声が聞こえないはない、と、言うくらい頑張ってる奥さんなのだ。しかもここの姑、うちの姑と同じパート先でしかも仲良しと来てる。奥さん「陽菜さん、バアサンにご飯作ってやってるんだって?」私「作ってやってるって云うか、管理して食わせないと血糖のコントロールが出来てなくて、どうしようもないのよ、寝込みでもされたら私にかかってくるからねぇ」奥さん「パート先で嫁から食べ物を制限されてるって言いふらしてるらしいよ、してやったところで、そんなものだよ。ある程度で少し放り出しなさいよ。そうしないと、陽菜さんが大変だよ」私「ありがとうね、とにかくもう少し頑張ってみるわ、それでダメなら、アメリカの娘のところに追いやるわ」そんな会話をして、笊一杯に、椎茸とワカメを干してしまって、家の中へ入ろうとしたところへ、パートから帰ってきた姑の声。どうやら、近所の人と玄関先で鉢合わせした様子。とっさに、玄関内に入ったら、早速聞こえてきた、近所の人「姑さん、あなた最近糖尿がわかって色々大変なんだってねぇ、食事も好きなもの食べられないんだってね」姑「そうなのよ、嫁がね、あれ食べるな、これ食べるなって鬼のような嫁だから、うるさいのよ、アッハハハ」近所の人「笑い事じゃないわよ、糖尿って合併症が怖いんでしょ」姑「(笑いながら)私は合併症より、うちの鬼嫁が怖いわ。弁当だって野菜中心、私はウサギじゃないってのよね、今日も、ほら、あんなに椎茸やらワカメやら干してまた私に食べさせるつもりなのよ。本当に鬼嫁だからね、アッハハハ」近所の人「鬼嫁、鬼嫁って、笑いながら言うものじゃないでしょ」姑「(まだ笑いながら)だって鬼嫁よ。私を怒りつけるのよ、その結果、ウサギみたいな食事なの」その後も話は続いてたみたいだけど、知らん顔して1階の玄関のチェーンを掛けて2階の玄関もチェーンを掛けて、知らん顔して上がっちゃった。5分程して、下から、陽菜子さん、いるぅ、いたら開けて、と叫ぶ姑の声。「あらぁ、お義母さん、お早いお帰りだったんですね。今日は、お義父さんもお出かけだったし、私も庭に出たり、裏の倉庫行ったりしてたらから、物騒だと思ってチェーンかけてたんですよ~」ざまぁみろ、クソババァ
2006年04月25日
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私のことじゃないのですけどね、リンクしてる方の中で、ちょっと嬉しいことがあって。お元気そうだったな、おめでたいことだな、それだけなんですけどね。なんかちょっと嬉しかったのです。(@^^@)だから、ささやかな幸せ・・・
2006年04月25日
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以前書いたが、近所で車のドアの開け閉めが喧しい家が1軒あった。その家の旦那さんは、何年も前から奥さん以外の女性のところで暮らしてるという噂が定説のようになっていた。しかし、その家の車の音がここ半月ほど静かになっていた。私も、ここのところ、姑に振り回され、近所の喧しいババァ(だと思う)のことなんぞ忘れかけてた。ただ、ここ1~2週間ほど、ちょっと雰囲気の違う方々が、少し、専門的な職業のような方々が、その家の周囲をウロウロされてるのは見てた。ただし、その方々、若いお兄様方だが、近所の住人には、すごく愛想がいい。一人暮らしのおばあさんや、おじいさんが、買い物袋下げて歩いていたりすると、さぁっと走ってきて、「お荷物お持ちしましょうねぇ。」なんて言ったり、子供達が朝から通学する頃には、横断歩道に立って、黄色い旗など振ったりしている。ところが、今日の昼間、娘を幼稚園へ送り届けて近所のママ達と買い物から一緒に帰ってきたら、すごいモノ見ちゃった。そのお兄さん達が、大きなトラック乗りつけて、その喧しかった家の荷物を運び出してるのだ。まるで、ナニワ金融道だねってそのママ友と話しながら眺めてた。他の近所の人も、出てきてみんな唖然として眺めてた。うちの舅も一緒になってみてる始末。わずか30分くらいの間に、荷物積み込んで、最後に、気の良さそうな、好々爺って感じの男性が、「ここ2週間ほど、色々お騒がせして済みませんでした。どうも失礼いたします。」って、その男性は、でっかいベンツに乗って、その後ろに大型トラックが着いて立ち去った。舅に何事ですのって訊いたら、「なんかよく知らないけど、旦那さんは愛人から捨てられて、借金も背負わされてて、先月半ば頃、やけに夜中に車の出入りが極端に激しくなった頃、どうやら夜逃げしていたらしい、家もk剤道具も借金のカタで取られたとか、売り払ったとか・・・そんな風な話だよ」って。私は、そこの家の人、今まで数えるほどしか顔を見たことが無い、近所でも暗い家で有名だったけど、今度住む人は、明るい人来るといいねって近所のママ達ともはなしたものです
2006年04月24日
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いま、娘がトイレに起きてきて言った一言。「ママ、明日からダイエットするよ」なぜ、突然、ダイエットなの?確かに、今日の昼間、君は1キロ増えて15キロになってたけどさちなみに3歳1ヶ月と20日ほどです。身長は95センチです。プールに連れて行くと、よその子より横幅でかい子豚です。
2006年04月23日
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今日、朝早く7時前に姉から電話。珍しいことで、何かあったかと思いきや、「魚、買いに行くけど一緒に行く?」とのこと。聞けば、隣町の漁協の直販所で魚祭りがあるという。そういうの大好きな私は、寝ぼけ眼の娘をたたき起こし、姑の弁当を詰め⇒ただの温野菜と煮豆(砂糖不使用)それに玄米ご飯の弁当を渡し、娘を車に放り込み、一路実家へ。寝ぼけてる娘は、お魚を植えに行くの?と意味不明な発言。しかし、実家に到着し、父のエスティマに乗り換えたら、お出かけモードに切り替わり、元気な事。朝もろくに食べてないでしょ、と、姉がお弁当を作ってくれていたら、娘はそれも想定内?娘「朝早く起こされたから、ネエちゃんが美味しいお弁当作ってくれると思ってたのよ」私「ママもオニギリ作って持ってきたのよ」娘「それはママ食べなさい、菜っちゃんはネエチャンの美味しいお弁当食べるから」娘は兎角、姉のファンなのだ。直販所には、10時からの販売開始15分くらい前に到着したが、もうお客はチラホラ。娘を両親に預け、娘は生簀が水族館と同じ。オサカナさんよ、と喜んでる。魚には、値段もついてない状態。しかし、天然モノの鯛の前には、もう人だかり。そこへ姉と二人割り込んで、50センチほどの鯛を見つけ、「これ幾ら?」「1300円、でも販売は10時からだよ」姉がすかさず、2本キープ。私「姉ちゃん10時からでしょ・・・」姉「あのね、1本こうやって尻尾持っといて、そうしない無くなるから。」姉は何度か来たことがあるらしい、買い方のコツもつかんでる様子。見まわすと、他の人もそうやって尻尾をつかんでる。そこへ、60前後のご婦人、おおよそ魚を買いに来たという様子ではなく、今から、どこかパーティ会場へでも・・と言わんばかりの格好。要するに場違いな格好なのである。そのご婦人「そのおつかみになってるお魚、何かしら」私「鯛ですよ、真鯛」そのご婦人「あら、マダイ?マダイなら養殖モノでしょ」店の人「天然モノですよ、養殖モノは外のテントで売ってるよ」そのご婦人「あらあ、マダイにも天然モノがあるの、どちら産かしら」この頃すでに、周囲で失笑する声、クスクス笑の声がチラホラしてる近くにいた鯛をつかんでる別のご婦人「奥さんみたいな人が買う鯛は戸籍謄本つけて泳いでるんやろ、うちらスーパーで買うから戸籍謄本つけてない鯛しか買わないからねぇ」みんなドッと大笑いの声。その妙なご婦人「私、自分でお魚なんて買わないから存じませんのよ」周囲にいた人「この町は海の際まで山が来てるからな、魚も食ったことないのが山から下りてきたかぁ」「いいや、山の向こうから来たんじゃないか」そうこうしてるうちに、10時になって、鯛、カワハギ、いとより、いか、いさき、アサリ、これだけ買って2500円!!!って驚いてたら、姉が、こっちこっち、と言うので、行くと、鯵、袋に詰め放題100円、姉の詰め方のすごいこと、呆れて眺めてたら「あのね、陽菜ちゃん、こうやって、きちんと縦にいれていくの、そうすれば入るんだから」と、詰めに詰めて、小さな袋に25センチ前後の鯵が22匹入ってた。両親と娘はと思って、探したら、ちゃっかり、バーベキューの材料が500円で売ってあったのを買って、早々にバーベキューを始めてた。娘に「あんた、さっきお弁当食べたのじゃなかったの?」娘「ママ、バーベーキューは別バラ」別バラ・・・どこでそんな言葉覚えてくるんじゃい???しかし、ママもしっかり食べてしまった。食べながら話してたら、母が言い出した「妙な場違いな格好した奥さんがね、伊勢海老見て、あらこのロブスターお幾らかしら?って言ってんの、いい年して、この近海ではイセエビが獲れるのに、どうしてロブスターよねぇ、妙に気取ってたけど、あの言葉のイントネーションはこの近くの人だよ。無理に方言を隠そうとするからあんな変な言葉使いになるんだよねぇ」ただ単にやっぱ気取ってたのか、と姉とも話した。魚だけで、2600円も使ってしまったが、3枚におろされたり、塩されたり、で冷凍室やパーシャル室には、お魚一杯の状態、鯵は今夜一晩、塩して、明日、昆布巻きと南蛮漬けとなってまた保存食となります。当分、買い物行かなくていいわ
2006年04月22日
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昼間、幼稚園から帰るなり娘が行った事。「ママ、今年のGWはどこに連れて行ってくれるの?バァバ(実家)の家に連れて行って、お出かけしたなんて言わないでね」3歳児のくせに、偉そうな事言いやがって・・・お前さんみたいな、騒々しいの連れててどこに行けってか・・・なんて事言い出すかねぇ・・・もうってんで、ママは必死こいて探したよ。あんたが行けそうなところ。だけどさぁ、君のパパは、貸し切りバスの運転手だから、GWなんて一番忙しい時期なんだもんなぁ・・・仕方ないから遅く帰ってきた旦那に話したら、「なんとか連休取れるように交渉してみる、取れたらキャンプでも行こう」簡単に行ってくれるけど、あのワルガキ娘連れてキャンプってね...平成二桁生まれの考えにはついていけネェ・・・私的には、姉が1日預かってくれるって言うんで、1日だけでもゆっくり羽を伸ばそうと思ってたのだが・・・甘かった
2006年04月22日
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自慢じゃないが、私は、機械オンチです。どちらかと言うと、アナログ的人間です。携帯も、メールが使えて、娘のちょっとした仕草を旦那と実家に送れればいいさって程度。PCも、家計簿付けて、ワードとエクセルが使えればいいさって調子。その程度だから、旦那の携帯や旦那のノートPCを覗いてみようという気持ちも起こらないし、見たこともないのだが・・・旦那も詳しいほうじゃないから、私のマシンに手を出すという気は更々ないらしい。そんな夫婦だから、お互いの携帯のメモリーに誰の名前が入ってるか、また履歴に誰の名前があるか全く知らない。ところが、今夜、旦那が仕事から帰ってきて話した話。旦那は、貸切バスの運転手、だから携帯のメモリには、バスガイドさんの名前もあれば、添乗員さんの名前もある、また、地方のホテル名もあれば、よその土地の美味しいお店などもある。それは他の運転手さんも同じらしいのだが、会社の中で一人だけ、絶対にメモリーにそうした仕事関係者をメモリに入れない運転手さんがいるらしい。なぜか?奥さんが帰宅するたび、旦那の携帯のメモリをチェックするらしい、そして一度は鍋の中に放り込まれ、一度は、バキッと折られたらしい。ガイドさんの名前と電話番号が入ってたのを、奥さんが、どこのオンナじゃぁと怒り狂ってのことだったそうな。そして、数日前は、地方のホテル名をいれていたら、どこのどんなホテルかぁ、でろくに旦那さんの話も聞かず、携帯を風呂に放り込んだ、と。で、うちの旦那曰く「○○さん、また、携帯使えなくなってくれてるから、仕事の連絡が付け難くて、あの人とキャラバンで走るときは大変だよ」貸し切りバスだから、何台口というようなとき、信号や渋滞で1台だけ少し離れてしまう時、迂回路などを通って行く事があるそうなんです。そんな時は、メールを送って連絡しあうそうなんだけど、バスガイドさんが同乗してない時なんて連絡付けられないそうなんです。その運転手さんの奥さんは物凄い焼もち焼きらしいけど、そこまで行くと、単に旦那を使用してないだけじゃないのかって思うんですけどね。うちの旦那の携帯なんて、娘の顔写真ベタベタ貼りまくってる・・・こんなの誰に作ってもらったの?自分でこんなシール作ったのって訊いたら、「まさかでしょ、陽菜の姉さんに頼んだら、即、作ってくれた(^^)パパは菜っちゃんが一番」浮気にははるか遠い亭主です。
2006年04月21日
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はぁ、えらい事が起きていたのだった。事の発端は、17日の夜、ネットが繋がらない。16日の日曜日は確かに繋がっていた。17日の朝まで確かに繋がっていた。ところが、17日、繋がらなくなった。17日は実兄の子供が子供だけ泊まりに来ていたので、チビたちの世話で忙しかったので、もうイイヤ、と思って寝た。18日は、実兄の嫁が帰国したので、実家に娘と旦那と泊まりで出かけたので、PCの事は全く忘れていた。19日の夜、また繋がらない。その時、昼間電話しておくべきだった、と思い出したのです。。。姉から、プロバイダも電話会社も24時間対応してくれるはずだよ、と言われたが、夜の23時過ぎに電話するのも、当直の人がいるかもしれないけど、気の毒と思い、仕方ない、と思って19日も諦めた。それで、今日は忘れずに電話、と思い、プロバイダに電話、電話会社のほうですね・・・と言われ電話したところが、おかしいですね、すぐ行きます。本当に早いお越しだった。調べてもらって判ったこと。ケーブルが切れてた。モデムからPCへ繋がるケーブルが切れてたのだ。犯人は・・・旦那なのです。先日、奴は、手が滑ってカッターナイフをすっ飛ばし、床に突き立てたことがあった、その時、ケーブルのすぐ横に落ちたのだ。「菜豚子がいない時だからいいようなものの・・・」とカースケを怒っていたが、その時に切ってるのである。NTTの人から、ここが切れてますね・・・と見せられた部分は、本当にほんの少しの切断だったが。。。。。恥ずかしいやら、なんやらで、担当の人がいい人で、「もし分からない事あったら即電話ください、24時間対応してます」と、おっしゃってくださったが、ケーブル切れてたぐらいで、夜中に電話しなくて良かった。
2006年04月20日
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このところ、階下から出るゴミの量が一段と増えてた。何故か⇒犯人は姑のカップ麺の空容器。気にはなってたが、私がゴミ出し場に持っていくじゃなし、人の家のゴミをとやかくいうものでもなしと思い、知らん顔をしていたが・・・旦那とも話し、少々強硬手段に出ることにした。そこでまず、娘は、実家の両親に預けて・・・やっぱ、嫁姑喧嘩とか、親子喧嘩は見せられないので何も知らない娘は、ちょうど一時帰国予定の兄の子供達と会えることが嬉しくてたまらない。お泊りしてきていいの?というので、ちょうど来週は幼稚園がイースター休暇と改装でお休みになるので、お泊りしてきていいよ、と実家に預けた。その後、舅と旦那で、1階の家宅捜査開始。姑は何も知らず、来週から復帰する予定のパート先へ挨拶へ出かけて留守。人のいない間に、部屋の中をかき回すなど、本当はやりたくないのだが、正面切って話のわかる状態ではないので、思い切って姑の部屋調べたら、洋服箪笥の中、衣装ケースの中、出てくる、出てくる、お菓子、カップ麺、缶詰、缶コーヒー・・・呆れるの通り越して情けなくなった。1時間ほどして、姑は帰ってきた。帰ってきて積み上げられた品々を見て、絶句し、その後で私、旦那、舅の三人をなじり、罵倒し、泣き喚き、言うことが無くなったのか、その場に座り込んだ。座り込んで、少しの沈黙の後、「好きなもの食べて、心筋梗塞でポックリ逝くんだからいいじゃない。食事の制限して長生きするなら早く逝ったがどれだけ幸せか・・・(泣)」泣かせるだけ黙って泣かせました。泣こうが叫ぼうが知るかと思って泣かせて泣き止んだところで言ってやった。「心筋梗塞ってポックリ逝きませんよ、それに心筋梗塞になるとは限りません、脳梗塞かもしれないし、腎不全かもしれないし、もしかすると神経障害で壊死して、足切断かもしれないし、網膜症で失明かもしれないし、とにかくね、ぽっくりは逝かないんですよ、これ以上の制限の中で、生きていくんですよ、とにかく、当分は私が渡すレシピのみ食べてもらいますからね。」「鬼嫁・・・あんた、それが姑にいう言葉か・・・」「あぁ鬼ですよ、鬼にもならなきゃあんたが言うこと聞かないだろうが!!!鬼にだって蛇にだってなってやりますよ、私はね自分の家庭を守りたいんですよ。あんたが、合併症で不自由な事になった時、私達一家への負担は大きくなるのは目に見えてるんですよ、私やらカースケだけならまだしも、菜豚子にまで及ぶ危険があるんですよ、そうならないためにもね、鬼だろうが蛇だろうがなってみせますよ。」「この鬼・・・大卒のインテリはだからイヤだって言ったんだ、女を大学にやるような家の娘もらうとろくな事無いって言ったんだ。口は立つし、姑に向かって指図する気か、あんたは」「あぁそうだよ、指図するよ。言いたかないけど、うちの親も言ったんだよ、あの姑じゃ苦労するって。だけどね、これだけは言っておく、あんたが入院してる間、あんたのもう一人の息子の嫁は何かしてくれたか?嫁どころか、息子もなんて言って来た?結局、あんたのこと、心配してやる人間は誰なのかそこのところ考えてみろ、私が鬼嫁ならあんたはクソアホ姑だ」自分でも驚くくらい、このときの私は醒めてた。醒めてたというより、冷たい人間になってた気持ちがしてた。姑は、また泣いてた。泣きじゃくってた。その姑に旦那も舅も一言も声をかけようともしない。ただ黙って泣かせてた。旦那が、帰ろうか、というので2階に引き上げた。2階に帰ってから、旦那が「ごめんね、俺がもっとはっきり言えばいいのに、陽菜子一人悪者にしたみたいに言わせてごめんね、たださ、言い訳するんじゃないけど、俺も親父もあぁポンポンと言えないんだよね。」「私が言うと喧嘩になるんだよね、その点、姉ちゃんだと理詰めでくるから喧嘩にならないで、相手を黙らせてしまうんだよね、どうなるかな?」「少し放っておこう、下から何か言ってくるまで放っておこう、それよか昼飯食おう」「そうだね、疲れたね、お昼は姉ちゃんお手製の明太鰯もらったからそれでも焼くわ」で、もって、鰯焼いてたら、下から姑が来た山のようなカップ麺とお菓子と缶コーヒーと缶詰と自分の茶碗と箸を抱えて。姑「陽菜子さん、カースケ、ごめんなさい。本当にごめんなさい。また言い訳するけど、本当にお腹空いて、お腹空いて、それなのに、ジイサンと来たら、自分だけコロッケ食べたり、お菓子食べたりするんだもの。食べちゃいけないと思っても、お腹空いて空いて、ラーメン食べるとなんだかお腹一杯になった気がして、ゆっくり寝れるの。でも、もう食べないから、見捨てないでね」旦那「おふくろ、その時ばっかりだもん、ノド元過ぎれば何とかでさ・・・」姑「今もね、陽菜子さんのお母さんに電話して聞いたら、お母さん、最初は妊娠中から始まったのだってね、一時期小康状態になって、また血糖値が上がりだして、それからずっとだってね。30年来のお友達ってね。気長にじっくり付き合わなきゃって怒られた、励まされた、菜豚子の花嫁姿見るまでは元気しておかなきゃって・・・それにね、私が目光らせてないと、あのアホトースケ夫婦が何をしでかすか判らないでしょっても言われた・・・」母の糖尿の件は、過去に何度も話して聞かせてるのだが・・・姑はやはり日本語を理解しきれない人なのかも旦那「少しは言うこと聞くもんだ。今度やったら、本当に今度はアメリカで引き取ってもらうからな!!!」姑「あぁもヤメテ。あの鬼娘のところなんぞ行ったら、あたしゃ死んでしまう。本当に死んでしまう。あの子はね、我が娘ながら、誰に似たのか言い出したら聞かないし、自分の言い分ばっかし言うし、ヤメテやめて、やめてちょうだい」誰に似たって・・・あんたに似たんだよ姑「ところで、陽菜子さん、悪いけどお昼食べさせて、ジィサンと食べてると腹たってくるの、なんでもいいから、それとね、このカップ麺たち、悪いけど買い取ってくれない、この前売出しで、69円の時に買ったの。安くでいいから。もし良ければ私の食費代わりにとって貰ってもいいんだけど・・・」姑は、昼も夕方も結局、我が家で食べて行った。昼は、120gのご飯とキャベツの千切り、夜は120gのご飯と魚のスープ蒸し。それに筍の素焼き山椒のせ。敵は当分、我が家に食事に来るつもりらしい・・・鬼嫁にでもなってやるさ・・・この際
2006年04月15日
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先日の姑の深夜のラーメン事件のことを姉に話した。どうしようもねぇなぁと言いながら、姉はあることを教えてくれた。キャベツの千切りにまつわる話。姉がまだ、大学生だった頃、晩御飯にトンカツを作ったらしい。そこで、トンカツといえば、キャベツの千切りってな調子で、キャベツを切り出した。最初は、3枚ほど向いて切ったらしいのだが、千切りキャベツを冷凍したらどうなるか?そこで、全部切って取りあえず水にさらして、晩御飯を食べ始めた。その時、姉はその日の講義の内容のノートを再確認しながらご飯を食べてたらしい。姉らしくない行儀の悪い食べ方だが、何故か、その日はそういう食べ方をしていたらしい、ノートを見ながら、本を確認して読みながら、キャベツを食べる、そこで起きた現象は、ドレッシングのかかってない部分のキャベツを食べだした時、ドレッシングが掛かって無い分、味気がなくて、キャベツをただひたすら噛み続ける。すると次第にキャベツ自体の甘みが出てくる、そうなると、トンカツやご飯よりキャベツが美味しくなって、水にさらしてたキャベツまで食べてしまったらしいのだが。よく噛むことで満腹感も得られるし、ドレッシングなどをかけないので、余分な調味料からの塩分や糖分を取らずに済むとのこと。しかし、あのババァにキャベツの千切り食えって言ったら、今度はマヨネーズをどっさりかけるんじゃないか・・・クソババァ、キャベツでも丸かじりしてろ
2006年04月15日
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今日は、実家の母の診察日。先日の姑のこともあったし、娘の家庭訪問もあるので、今回は診察に同行せず、姉だけ付き添った。姑と母は同じ病院の内分泌内科、但し、ドクターは違う。姑の主治医は、何だか話してて疲れる人。しかし、母の主治医は話してて、安心感を持たせてくれる人。不安を取り除いてくれるというか、本当に信頼できるという感じの先生。そんな先生に診てもらっってる母の検査結果が一時期と比べて良くなった腎臓が悪いのだが、人工透析開始の目安となるクレアチニン値の値の改善があるのです。2/17 7.1 3/3 6.0 3/17 5.8 3/31 5.7 4/14 5.4カリウムは腎臓悪い割には、値が落ち着いてて2/17 4.2 3/3 3.6 3/17 3.5 3/31 3.4 4/14 3.5結果、透析は当面回避、全身状況のいいうちに早めに透析用のシャントだけでも作っておこうか、という話もでていたが、それ当面先送り。現状のまま、投薬と食事療法を続行ということになった。姉に、何か食事療法とか変更したの?って尋ねたところ、変えたことと言えば、水を買ってきてたミネラルウォーターから湧き水を山から汲んできて使うようにしたこと、あとは、なたまめ茶を飲ませるようにしたこと、但し、このなた豆茶はカリウムが多いので、カリウム値を確認しながら飲ませないといけないとのことだった。母の場合は、カリウム制限が無いから飲ませてもいいだろうと主治医のOKをもらってから飲ませたとのこと。 無農薬手作り 丹波なた豆茶(まるごと丹波なた豆100%)このなた豆茶は、私も旦那の花粉症対策で購入し飲んだが、確かに今年は旦那の花粉症が毎年のようにひどくなかった。あと、姉は、とにかく、茹でる、水にさらす、野菜はとにかく茹でる、もしくは水にさらす、お魚も必ず水にさらす、それを徹底したらしい。姉の頑張りのおかげと母も話してた。私も姉に感謝。しかし・・・ふと思った、姑のほうが先に人工透析開始なんて事になるのじゃ・・・
2006年04月14日
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今日は娘の幼稚園の家庭訪問。我が家の住む土地は田舎なので、園児一人、一人の家が結構離れてる。そのせいか、予定の時間より先生は1時間近く遅れてのご訪問。しかしまぁ娘の喜び方「ママ、先生にお菓子ださなきゃ」「ママ、先生にコーヒーいれよ、菜っちゃんも飲むから牛乳たくさんいれてね」「ママ、先生にお座布団出さなきゃ」普段からよく喋る子だけど、先生の家庭訪問がよほど嬉しかった様子。その状況を見た担任の先生「菜っちゃんはおうちでもよくおしゃべりしますね、お母さんが赤ちゃんの時から気掛けて話しかけられましたか?」「別段・・・ただ誰に似てこんな口のたつ子になったのか・・・私も主人も、それに階下の義両親もそうそう口の立つほうじゃないですので・・・・」しかし、そこで黙ってる娘じゃない娘「あのね、菜っちゃんはママに似て気が強いんだって、下のオバアチャン(姑のこと)が言ってたのよ(笑)」クソババァ、娘に余計な事を吹き込みやがって・・・その後、娘の幼稚園での生活態度を聞いたが、家と全く差のない子だった。きっと私と一緒で、隠し事できない性格なんだろうな、ジッと心に秘めて・・・なんてのは出来ないのだろうな
2006年04月14日
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今夜は風が強い、とにかくすごい風の音。どこかのポリバケツが飛び跳ねながら転がっていくのが窓から見えました。娘に付き合って今日は21時頃から寝たのはいいけど、午前0時過ぎた頃から目がさめて眠れない。困ったなぁと思いきや、階下で何か音がするそろりそろりと降りて行って、覗いてみると、食ってたぁ姑がカップ麺を真っ暗なリビングで一人で隠れるようにして食べてた意地悪な嫁である私は姑を気遣う?嫁である私は、思いっきり静かに階下に下りて、「あぁら、お義母さんいらしたのですか、何か物音がするから泥棒じゃないかと思って降りてきましたの」と、バァっと電気のスイッチを入れてやったのです。どうりで血糖値が高いはずだよ・・・
2006年04月13日
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今日、姑の退院後、初の診察日。何故か、主治医が、変わってる?別にドクターの移動があったのでもない。あんまりにも言うこと聞かない患者だから・・・かもしれない。それはともかく、姑の検査結果の悪いこと食べてない、食べられない、で毎日にのように舅と喧嘩しまくってた割に・・・空腹時血糖280 A1c 11.9%どうすんだよ、こんな状態で・・・思わずため息でました。姑は、食べてないと熱弁ふるってたが、体重も退院時からすると増えてるし。お嫁さんが食事作ってあげることできませんか?ってドクターから言われたけど、無理です。絶対に無理。うちは、子供が小さいから子供向け中心の食事になります。冷たく言い放ったら、姑も、建物は一緒だけど、台所も別々で・・と。やっぱ、こいつ隠れて食ってる、私に食事管理に乗り出されると、やばいんだ。何のために安くもない金出して教育入院したのか・・・ストレスが原因で血糖値が上がったなんて言わせないから・・・
2006年04月13日
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昨日の娘の幼稚園入園式でのこと。ヤマのような保護者は、みんな我が子や孫の姿をビデオやカメラに。大方のパパやママは、顔見知り。ただし、オバアチャン、伯母ちゃんとなると知らない人も。オバアチャンと言ってもやけに若い、バアサマも中にはいて・・・そこは、ママもムチャクチャ若い。昨年、運動会の時に年齢を聞いたら、「まだ10代なんで」って笑い飛ばされて、他のママと思わず、「着てるものも顔も肌も若いもんね、でも、しっかりしたママだよ・・・」って話した記憶があった我が家の場合、娘が姉のことを、ネエチャン、と呼ぶので、最初知らない人は?って思われる様子だが、あぁ、ママのお姉さんですねぇと納得される。その姉、昨日は、ご他聞にもれず、ビデオとカメラ持参で駆けつけた。首から、ビデオとカメラと携帯と下げて、姉ちゃん、苦しゅうないかって程。入園式も無事終わり、先生の説明があるので、保護者各1名の他は子供達と別室へ。そこで、姉にとって劇的な再会2件。1件は、パパもママも姉の同級生だった。パパのほうは大学の時の同級生で学部も一緒だったと、ママのほうは、中学・高校と同級生だったとのこと。結婚式は招待状貰ったけど、仕事で行けなかったから、その二人が夫婦だったとは知らなかった、と。そして、もう1件の再会、これは前述の同級生夫婦のママも驚いたらしいが、なんと、例のヤケに若いバアサマ。この方、姉とは中学の時の同級生。よって、前述の夫婦のママとも中学時代、同級生だったらしい。ちなみに、姉は今年の1月、大台に乗った年齢、と、言っても、半世紀生きてるのではありません、その10年手前の大台の年齢。一人は孫、一人は子供、一人は姪の入園式で再会かよ・・・これってなんか妙な感じだよなぁって旦那に言ったら、「俺、義姉さんより、1年上なんだよね、と、いうことは、俺より若い人がもう孫がいるわけ・・・」と一人妙に落ち込んでたが、姉はというと、「あそこの家、親代々、あの調子なんだよね、大変だろうなぁ。あたしゃ一人が一番、姪とは数日置いて会うから楽しいばかりなんだよな。育児しないでいいし可愛いもんなぁ」でもね、姉ちゃん、うちの娘、「菜っちゃん、大きくなったら、姉ちゃんみたいなお仕事するの」って言い出してるんだよ。どうする?
2006年04月12日
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昨日、娘の幼稚園の入園式。娘は、2歳児からの預かり保育に通ってたけど、改めて3歳から入園式。その入園式前から、預かり保育の子は行ってたけど。だから入園式といっても、初めて顔を合わせる子供は2人だけ、あとは2歳児教室から一緒の面々。だから親のほうもほとんど顔見知りなのだけど、まぁ保護者の多いこと。園児一人に親二人、祖父母にうちもそうだけど、園児の伯母やら伯父やらで。保護者だけでヤマのようにいる始末。私「私達のころはお母さんだけだったなぁ」旦那「うちは、おふくろ来なかった・・・ばあちゃんだった」私「お義母さん、仕事休めなかったの?」旦那「いいや、自分が行けば役員押し付けられると困るからって来なかった」あの姑ならそれくらいやるかもなぁ・・・とシミジミ思ってたら、旦那のダメ押し「おふくろは、子供は3人もいたけど誰一人、一回も入学式行かなかったな。役員押し付けられるのイヤだって言ってさ」そういう問題で子供の大事な入学式に出ない、その程度のババァなんだ。
2006年04月12日
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昨日、姉と話したときのこと。能天気な私とは違い、神経質で掃除好き、ほんまA型やなっていうくらいのA型人間の姉。その姉と昨日話したときの姉の言ってたことです。昨年の今頃、姉は、もうすでに体調の不調を自分自身で感じてた。しかし、当時の彼女は、仕事を休むことイコール罪のように感じてたらしく、また、一歩でも遅れを取るイコール敗北と考えていて、遅れること、休むことは姉の中では絶対にタブーだった。そんな姉は自分の寿命はもう長くないと感じてたとのこと。去年の今頃思ってたのは、たぶん、次の正月は迎えられないだろうと思ってたと。それほどまでに具合悪くても、病院へも行かず、ただひたすら仕事にのみ打ち込んでいたらしい。そんな姉が倒れたのは昨年の4月の20日過ぎ。会社から帰宅するなり玄関で倒れて、そのまま救急車で病院へ。当初、休んでる暇は無いと叫んでた姉は、もうダメなら今手がけてるプロジェクトだけでも成功させたいと思いで一杯だったらしい。それが、張り詰めていた糸がプツリと切れたその時、病室の窓から見えるツツジの花を見て何年も花見に行ってない。それどころか、毎年、花は季節が来るたびに咲いていたのに、花が咲いたことも気づかず過ごしてた自分がいることに気づいたのだ、と姉は語っていた。毎年、桜は咲いてたのよね・・・と姉の一言そんな姉に、私が言えることは、「ゆっくり生きようよ、季節を感じながら・・」明日の朝になれば、また我が娘がおきだして、さぁ4月になったことだし、ネエチャンのところに行こうか、と言い出すに決まってる。我が家の娘は、姉が大好き
2006年04月09日
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姑は退院してきたが、その後出来る限り距離を置くようにしている。と、言うのも、舅と姑、この二人の夫婦喧嘩が絶え間ないから。姑は糖尿で入院し、食事療法や薬物療法、運動療法、で必死に頑張り始めてる。最初は、かなり言うこと聞かなかったが、ドクターからお叱り受けて合併症の怖さをシミジミ思い知らされ、食事もかなりコントロールするようになったし、散歩にも自分から出かけるようになった・・・のだが、問題は舅。その食べられないでいる姑の目の前で、お菓子は食べる、ジュースは飲む、自分だけ別メニュー作って食べる。姑だって面白いはずはない。結果、階下から聞こえる喧嘩の声。挙句に、姑が入院中に1階のみオール電化にするという話を舅が勝手に決めてしまってた。当初、2階もという話も出てたようだが、私ら夫婦としてはここを出来るだけ早く速やかに出て行き別居したいので、2階は断ったら、その時、1つの家だから2階が出来ないなら1階も出来ないというような話しだったと思うのだが違ったらしい。そこで、1階だけオール電化にするらしいのだが。。。姑はどうにも納得がいかない、と。舅の言い分としては、15年でローンの利子やその他諸々の経費分も取り戻すし、第一、光熱費が一本化され、電気代もはるかに安くなると言うのだが。姑は15年先まで、この家で生きてるとは限らない、自分の親もそのまた親も70前後で逝ってるから、15年先まで生きてるとは到底思えないし、生きてても15年も立てば、自分で煮炊きしてるとは思えない、その分の金持っておいて、老人保健施設に行ったがマシと。しかし、舅は人生100年の時代。陽菜子さんのおばあさんだって100歳まで生きてる。15年で取り戻すのだから、絶対に損はしない。話は平行線。そんな調子で毎日、毎日、食事で喧嘩し、オール電化で喧嘩し、ニギヤカな事。しかし、その喧嘩の愚痴を私に持ち込まれてもねぇ。姑が来ないときは舅が来て、陽菜子さん、ちょっと聞いてくれんかね、と始まる。私だって、そんなヒマな身の上じゃなし、3歳の孫の前でいい年してジジィとババァが喧嘩するってものあんまり教育上、いい物ではないと思うんですよね。明日の晩、旦那にガツンと言ってもらうかな
2006年04月08日
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今日、祖母のところへお見舞いに行ってきました。お見舞いといったところで、施設に入所してる祖母へ、桜餅もって行っただけのことなのですが。姉が行く予定だったのが、急用で行けなくなったので、娘連れて、姉お手製の桜餅持って行ったのです。100歳になるバアサマ、私のことは判らずとも、ひ孫の娘のことはよくわかる。祖母「菜っちゃん、よく来たね。バスで来たの?」娘「うぅん、ママの車」祖母「そうねぇ、ママの運転上手かな?下手でしょ」あんた、何言うてんの・・・娘「うぅん、そうだな、ネエチャンは上手けど、ママは下手かなぁ・・・」祖母「桜餅はネエチャンが作ってくれたの?」娘「そうよ、ネエチャン今日ね、御用があるんだって、だから持って行ってあげてって」祖母「そうねぇ、菜っちゃんのママはこんなの作れないものね、ところで菜っちゃんのママは?」おいおい、目の前にいるじゃないの、またわからなくなったか???娘「ママの名前は陽菜子よ、パパはカースケ」祖母「そうね、ヒィババは孫はいないけど、ひ孫は菜っちゃんがいてるからな」私は、じゃあ、なんなんだよ、と、ちょっとブスっとしてたら看護師さんが「よくお孫さんの事を話して聞かせてくださるんですよ、娘さんが一人でその娘さんのところに四人の孫がいて、長男孫と二女孫が結婚してて、長女孫は去年病気してって話されるんですよ」ほう・・・バアサマ、判ってるのね・・・看護師さん「良かったね、ひ孫ちゃん来てくれたね。ちょうど、お外の桜も満開だし、一緒にお花見も出来てよかったね」祖母「あのね、うちのひ孫、菜の花の咲き出す頃に生まれたから菜っちゃんっていうの」看護師さん「そう、いい名前だね、来年も菜っちゃんと一緒にお花見しなきゃね」祖母「うん、この子の花嫁姿見るまでは元気でいんとね」その後、祖母は、「えぇナースやろ、このババに来年も花見せんとなって優しいな、私は100歳やで、なんや欲出てきたな。ほんま生きたるわ、菜っちゃんの花嫁姿見るまではな、頑張ったるわ」いい看護師さんだな、何気ない一言だけど、痴呆のある祖母だけど、そうした言葉をかけてもらえるだけで、祖母も私も嬉しかったしかし、その後で祖母はポツリ「すんまへん、おたくさん、どちらさんです?」
2006年04月08日
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今日、旦那の妹がアメリカへ帰国の途に着いた。すったもんだやったが、結局、姑は連れて行かない、当面は病院の治療を大人しくうけさせる、ということになって、また、子供達の夏休みには帰国すると言って帰って行った。そこで、空港まで見送りがてら、車で送って行った。娘は、車でお出かけが嬉しくてたまらない。帰りが私と娘のみになるので、ということで、実家の姉も一緒に来てくれた。娘はいよいよ有頂天。いざ、空港に到着。義妹「何かあったらすぐ電話して。電話でもやかましく言うから」私「ありがとうね、当分は下は下でさせておく。」義姉「それもいいかも・・・菜っちゃん、また夏になったら来るからね」娘「うん、また遊ぼうね、ごきげんよう」義妹、姉、私の三人で、まぁごきげんよう、だって、どこで覚えたの?って笑ってたら、その次に娘の口から出た言葉は思いっきり大きな声で「今度来る時はブラジャー連れてきてね」周囲の人の一斉の視線、青くなる大人3人を尻目に娘は、ブラジャーと遊ぶのよ、と鼻歌交じり。娘の言うブラジャーは、義妹の息子達、だから娘には従兄弟なのだが、ハーフなため、英語と日本語の混じった会話が成り立ってる、お兄ちゃんよ、と、教えたのだが、本人はブラザーと言ったつもりでブラジャーと言ってる。いつまで言い続けるの。。。
2006年04月06日
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ちょっと旅行してきました。写真、掲載しようと思ったけど、どの写真見ても、いちご大福のような、我が娘の顔写真のない写真は一枚とて無い。どの写真見ても、当然のごとく写ってるのである。実家の親との写真、姉の写真、お付き合いのいいお嬢だこと。あ、一枚だけある。旦那と私、二人のツーショット。これは、あきまへんな・・・今回の旅行、実家の兄が、日ごろの姉の苦労に感謝し・・・費用は兄貴がという話だったのだが、うちの亭主が嫁の私に内緒で臍食ってやがって。。。字が違う、旦那は雷様じゃないんだから、へそくってて、兄貴から送ってきた分はGWへ持ち越し、今回は、旦那出しということで行って来ました。で、旅行中、私はブログの更新を携帯でやってみようかなと思ってたけど、だいたい、Iモードすら器用に使いこなせない私がそんな事で切る道理が無い。と言ってまさか旅行用に・・とノートpcを購入する・・・なんてのは無理。ところが、旦那のPCはノートタイプ、仕事でも使うから日ごろから持ち歩いてる、そして、我が姉御、持ってきてたのよね、ノートPCを。で、姉は、チョコチョコと自分のブログの更新を・・なぞと始める。で、いつの間にか、うちの旦那も今のうちにブログを更新しようと始める。私は、ジィーっと二人を眺めてたところ、姉が、「使っていいよ」って言うけど、今まで実家に行った時は、姉の部屋にあるデスクタイプのPCの横には、陽菜子が接続する時の方法、というものが、書いて貼ってあるから、接続だって出来るのであって、ノートPCをポンと渡されたところで、\(^o^)/わかるはずが無い。姉に、「繋いで・・・」と、頼んだら、姉は、「身内であってもIDとかパスワードは教えるものじゃないの。だから今から言うとおりにしな」で、なんとか繋げて、ブログ更新しようかなって思ったけど、姉のように早く打てるじゃなし。旦那や実家の親からブログ更新を横から覗きこまれるのも・・・と思ってたら姉曰く「覗き見防止ぐらいしてるから大丈夫、それにね、あんたのブログを見るようなことはしない。そこそこの家のやり方、考え方があるだろうけど、住所も自分自身も非公開にして、ガァって書き込んでる内容の時ってあるでしょ、だから、我が家では、私は兄貴のブログをどれだかしらないし、兄貴も私のブログをしらないし、あんたのブログもしらないし、知るつもりも無い、だから、気にせず書いていいよ、お宅の旦那、当分、時間かかるみたいだし・・・」姉の視線の先にいた旦那は、部屋の窓際の椅子に腰掛け、指一本でキーボードを叩いていた。そういえば、旦那のブログってどれかしらないなぁ・・・そこで、旦那に、「私、カースケのブログ知らないよう」って言ったら、旦那曰く「知っちゃって、陽菜子の愚痴こぼし場所無くなっちゃ困るだろ(笑)よく言ってるじゃん、ブログは私のストレス発散場って、だから、俺は見ない見ないバァでいようって思ってる。だから亭主の悪口書いてもいいよ、俺ももしかすると嫁さんの悪口書いてるかもしれないしさ(笑)」家族だからこそ、互いに気を使うべきこと、って大事なことかもねって話したのです。押し付けることなく思いやること、そういう気持ちって大事だね、そうした気持ちの中に、家庭、といいうものが出来てくるんだろうねって話したのです。ブログにはカースケが見たらぶっ飛ぶようなことも書いてあるかもよって言ったら、旦那は、「陽菜子のブログ読んで、うちの親父達、世の中にはケチなジジィもいるもんだねぇ、この陽菜子さんって人の舅さん、意地悪だねって笑ってるかもしれねぇよ」って。それは言えてるかもしれないってちょっと思ってしまったのですけど、奥さんのブログを読める旦那さんてある意味、勇気のある人かもって思う反面、私はこのまま、読まないでいいよって思ってるんです。ただね、時々思うのは、もしかすると、私は姉のブログも姉とは気づかずに読んでのかもなぁって。
2006年04月05日
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明日から、実家の両親、姉と我が家庭3人と計6人でお出かけ。階下の連中は知らない。うちの旦那もねぇ、自分の親を旅行に連れだそうとは言わない。だってね、宿泊先「いくらか、はぁ高いなぁ」高速料金「いくら、はぁ高い」入場料「ほぅ、そんな高いのどなた様がお行きになるんじゃ」何か美味しいもの食べようか「日替わりランチは無いのか」ってな調子だから、絶対に誘わない。義両親はとにかく、ドケチなくせに金は貯まってないんだよな?でもね、旦那が、行くなら私の実家もって誘ってくれて、必ず、姉も誘ってくれるというのは、ちょっと嬉しいです。娘も姉は大好きだし。ちょっと楽しんできます
2006年04月03日
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うちの旦那は貸切バスの運転手。そのため、結構、宿泊での仕事も多く、どうかすると1週間近く帰宅しないこともある。時々、階下の義両親が、「今夜、カースケ帰るね?」なんて訊くことがあるのだが。。。それを聞いてたんだろうなぁ。娘の一言、「ママ、今日、カースケ帰ってくるの?」おいおい、君にはパパだろうが、カースケって呼びつけたら、パパ泣くぞって思ったけど、思わず笑いが出ちゃった。
2006年04月03日
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階下の舅・姑夫婦と旦那の妹、この3人で、お喧嘩中。いつまででもやっててくれって。2日ぐらいずっとやり合ってるんですけど。特に、今夜23時頃は、かなりヒートアップしてきた様子で。うちの旦那が一度、止めに行ったけど、口出すなって言われてさっさと引き上げてきた。事の発端は、義妹が、姑にしばらく断食道場のようなところへ行って、徹底的に身体を小食にならして来いって言ったのが始まりらしい。姑曰く、入院中の食事で、随分、小食になった、しかし、家に帰ってくれば、味付けも濃くなるし、自然と食べる量も増えてくる。言わば親と娘で堂々巡り。今夜頃から、義妹が、アメリカにつれて帰る、そうしないと義姉さんに迷惑かかるって言い出したらしい。どうぞ、どうぞ、連れてって、と思ったけど、舅も姑も海外移住なんて出来るかぁって。もうすでに2時間以上喧嘩しあってるけど、近所迷惑にならない程度でやっててくれ
2006年04月02日
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