2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
全35件 (35件中 1-35件目)
1
今日で今年も半分終わります。娘が3歳児保育の幼稚園に入園したり、姑の病気が発覚したり、義弟夫婦とバトル繰り返したり。実家では母が入院したり、兄がまた海外転勤でロサンゼルス行ったり。明日からは、笑顔で過ごせる下半期で・・・とは思いたいのだけど・・・値上げ、値上げで・・・今日、実家の親から聞いた話、介護保険料の保険料が倍額になるらしいとのこと。何かメリットあるのだろうかって言ってました。ティッシュやトイレットペーパーも値上げと・・・は言ってるけど、買い込むといったところで限度あるし。タバコは、旦那に少し減らしてもらうしかない。本人もそのつもりらしいし。下半期には社会でも明るい笑えるニュースほしいですね。
2006年06月30日
コメント(4)
毎日、朝晩、犬と娘と、姑とで1時間前後歩いてます。私と娘は、犬の散歩が目的なのだけど、姑は糖尿の運動療法。私達が留守の時は、姑が犬の「タラコ」を連れて歩いて回る。犬は正直ですから、ちょっと散歩をサボれば、まず、寝ない、吠える、庭に穴を掘る、色々とやってくれます。雨のひどい時は、姑だけが犬を連れて行ってますが、ちょっとした雨なら娘もレインコート着て、文句言いながら、もう、歩けないよ~って。今日もいつものように夕方、散歩に行ってました。明日からまた雨だからねぇって話をしながら。犬の散歩時間に会う人ってのは、だいたい決まってて、また同じように犬を散歩させてる人も多くて、名前は知らないけど、愛犬家同士で話をすることもシバシバ。今日も、そんな調子で名前は知らないけど、散歩知り合いの人と会いました。話を聞いてたら、糖尿が見つかったので、犬を飼えば絶対に歩くからと思い、貰ってきたのが、ドーベルマン系の雑種。身体は大きいが、日ごろはおとなしいのだとのこと。確かに、身体は大きいし、顔つきも鋭いが、うちの娘の雨では、お腹丸出しゴロンとなってる。娘も、いい子、いい子でヨシヨシしてる。ところが、その飼い主さんが、話の途中で、「あらぁ、可哀想に、あんなに走らせて・・・骨折でもしたらどうするんだろう・・・」すると、うちの姑も「あの人でしょ、この前も大雨の日に、無理やり走らせてたんですよ、ねぇ可哀想」いったい、誰が可哀想なの「誰の事ですか?」って訊いたら、指差す先には、ミニチュアダックスフンド・・・のような・・・いや、あれは、ミニチュアダックスフンド・・確かに娘は娘で「ママ、ココちゃんと一緒のワンちゃんだよね」と言ってる。ココちゃんというのは、近所で飼われてるミニチュアダックスフンドだが。。。なんか違う。そうしてるうちに、その視線の先にいた、ダックス親子がこちらへ来た。ダックス飼い主「いつもこの時間帯にお散歩されてますねぇ」ドーベルマン飼い主「1時間~1時間半は歩くのでこの辺りまで来ますよ」姑「うちも、1時間前後歩いてるので、この辺りまで」ダックス飼い主「うちは、この近所なんです、遠くまで行けないから、でも運動させないといけなくて、だから走らせようと思うけど、なかなか走らなくて。どちらのワンちゃんも犬種での標準体重くらいでしょ・・・」何も言わず、しかし、うなづいてる。ダックス飼い主「うちなんて、ちょっとオーバーしてるから。まるでフランクフルト状態。ハハハ、だって体重が12キロですからね」運動頑張ってくださいって言ってきたものの・・・私も実家時代から長年、犬は飼ってるけど、小型犬って飼ったことないから、どれくらいが適正体重か知らないが、どう見てもあの犬は太りすぎだった。ダックスのテーマの方のブログを幾つか読ませてもらったけど、やはり1桁体重。実家で以前飼ってた、シェパードが確か35~40キロぐらい、コリーでも30キロ前後だったと思うし、現在実家にいる紀州犬の20キロ前後だったと思う。それからしても、やはり今日のダックスは、でかすぎる。あれは飼い主さんがもっと気をつけてやるべきだと思いましたね。犬だって、あんなに太りすぎたら、きっとキツイでしょうし、それも無理に走らせたら余計きついだろうし、だいたい、毎日会う顔ぶれって決まってるけど、毎日、顔を合わせないって事は、毎日、散歩させてないのかも・・・犬だって、健やかに生きる権利はあるのだから。
2006年06月29日
コメント(8)
リンクしてる方々のブログ読んでて、今日は素敵なお母さんを何人も改めて発見して嬉しいんです。本当に、優しいお母さんの真心を感じましたね。お母さんだからこそ思う気持ちで、お母さんだからこそ言える言葉で、お母さんだからこそ叱れるんだなって。本当に素敵なママ達です。とっても、感動して、素晴らしいお母さん達に感謝、感激してるのです。私もこうした強く優しい心を持つ母親になれたらと改めて思いました
2006年06月28日
コメント(4)
![]()
先日、リンクしてる方のブログに遠藤 周作先生の沈黙のことが書いてあり、ふと懐かしくなって、家を探したが、実家に置いてある事を思い出し。今日は28日、姉が出かける日だったので、朝から実家へ行き、本を探し。探してるうちに色々な事を思い出しました。「沈黙」は遠藤 周作先生の著書の中で最初に読んだ本でした。姉に勧められて読んだのが始まり。姉の本を借りてるのもなんとなく気が引けて、自分で新たに買って読み直しました。当時、中学生でしたね。多感な時期でした。その頃の私は、よく遊び、よく食べ、よくゲームし、親から「あんたみたいに勉強しない子見たこと無い、入る高校も無い」と何度となく言われたものでした。読むものと言えば漫画、よく漫画本だけは集めてました。私の部屋の本棚は漫画本がズラリと並んでましたから。そんなホッケラカンとしてた私に、姉が渡した本が、「沈黙」だったのです。なぜ、「沈黙」を渡したのかは不明でしたが、本を読んで思い悩み、考える、ということは初めてで、姉から借りて一度読み、二度読み、そして自分で購入し、何度も読み返しても、自分のなかで何か、こうモヤモヤとしたものが何なのか、自分はどう受け止めてよいのか、何とも表現しがたいものが存在したものでした。姉に、このモヤモヤ感は何なのだろう?と尋ねると、姉は「幾つも本を読んだり、詩を読んだり、文章に慣れ親しんでくると、少しずつ判ってくるかもね」って言ったんです。あとで思ったのは、あれは、あまりにも勉強しない私への姉の作戦だったのではとも思えるのですが・・・でも、それから、本を読むようになりましたね。遠藤 周作先生はじめ、志賀 直哉、武者小路 実篤、夏目 漱石、狂ったように読んでました。特に感銘受けたのは、夏目 漱石の「草枕」智に働けば窮屈だ・情に棹させば流される・意地を通せば窮屈だ・・・この始まりの文章は、今、実生活でもそのものだなって思います。まだ私が小学生の頃、当時中学生だった姉が映画を見て帰ってきて、「生きてることは素晴らしい」と言ってたのを聞いてへぇ???って思ってました。あの時、姉は、「復活の日」の映画を見てきてました。当時小学生だった私には、ピンと来ないものあって、帰省していた大学生の兄と中学生の姉がその映画の話で盛り上がってる時、何が面白いんかいなぁぐらいだったのです。その同じ夏休み、今度は姉が本を読みながら涙を流してた。泣いてたというより涙を流してたと今となっては思うのです。姉は、中原 中也の「汚れちまった悲しみに」を読みながら、涙を流していたのです。同じ日に、帰省中の兄が、ゲーテの「ファウスト」を読みながら、涙を流してた。この兄と姉を見て、当時小学生だった私は、映画を見て感動したと話し、本を読み涙を流す、うちの兄ちゃんと姉ちゃんはどうしたものだろう・・・その程度に思ってました。でも、姉が私に、「沈黙」を読むように勧め、それから読書好きになって、色んな本を読むようになって、あの日、姉や兄が流した涙の意味もわかるようになったし、また自分が読んだ時、涙が自然と流れ出る思いもしましたし。いつか、ずっと先のこと、娘がそうした本を手に取るような年頃になった時、あの日姉が私に手渡した時のように「目に活字を見せたら」そういって娘に渡せたらな、そう思います。親から言われずに、本、読んでくれる子になったらいいのだけど・・・まぁだ、絵本ばかりで・・・その絵本も、お気に入り専門で、読んだら読みっぱなし。
2006年06月28日
コメント(4)
娘を幼稚園へ送って帰ってきたのを待ってたように姉から電話。「じゃが芋とトマトが収穫できたから、取りに来て」「OKサンキュ」と喜びいさんで取りに行った。こんなにぃ・・・ってぐらい。姉曰く、「じゃが芋は一つの苗からこんなに小芋がつくとは思わなかったしさ、トマトもこんな鈴なりになるとは思わなかったのよ」私「ネエチャン、商社時代、食料品の輸入とか担当じゃなかったの?」姉「肉はね・・・多少やったけど、野菜はねぇ・・・他の奴に押し付けたもんなぁ・・・あはは」姉は時に予想もしないことをやってくれる・・・その野菜を抱えて帰ってきたら、玄関前にドーンと箱が置いてある。中を見ると、山のような、じゃが芋と玉ねぎメモが一枚入ってて、「陽菜子さんへ、畑のじゃが芋と玉ねぎを掘りました。今年は、例年以上に多く収穫できました。菜っちゃんやカースケと食べてください。 舅より」舅め、またすこぅし、淋しくなってきたな・・・一言、お礼は言っておかねばと思い、声を掛けたが、1階は留守。あとからいいか、と、実家から持ってきた野菜と舅が置いてた箱と2度に分けて2階へ。あぁエレベーターがあれば・・・って思ったけど、そんなでかい家でもなし。娘を迎えに行く時間のなったので、迎えに行って帰ってきたら、舅のお兄さん夫婦が見えてた。義伯父夫婦は、「この前から色々済まなかったね・・・畑で取れたものだけど、食べてなぁ」と渡されたものは・・・大量のトマトと玉ねぎとじゃが芋。丁重にお礼を申し上げて、野菜を抱えて2階へ。後から舅に一応お礼をと思い、改めて降りて行ったら、姑が、「義兄さんのところから、じゃが芋やら玉ねぎやら来ただろうけど、うちもたくさん収穫できたのに貰ったの、だから、足りなくなったら取りに来て」舅は舅で「まだ畑に、じゃが芋も玉ねぎもあるんだよ、わざわざ買わなくていいからね」ありがたいのはありがたいけど・・・風通しよくして保存して・・・しかし、何作ろう、当面はこの野菜たちを中心にメニューを考えねば・・・
2006年06月27日
コメント(10)
今日、福岡で兄弟喧嘩をして怒られた中学生が放火するという事件がありました。先日の奈良の高校生の事件の記憶もまだ新しいというのに。悲しい事件が続きます。こんな事件に連鎖反応は起こして欲しくはありません。私が中学・高校の頃は、構内暴力と言うものが問題になっていました。少し上の姉の世代は、受験に悩み自殺、ということが多かったようです。もう少し上の兄の頃は、ずいぶん下火にはなってましたが、学生運動の時代でした。一番難しい年代なのかもしれません。奈良の事件などは、それまでに積もり積もったことに、引き金を引いてしまったのかもしれませんが、そのエネルギーを別な方向に向けれなかったのかな?・・・追い詰められてしまったのだろうか?悲しいなと思うのです。ただ、今回の事件を見ていて改めて感じたのは、子は親の所有物ではない。私が、大学の時でした。父が成人式の振袖を買ってくれるというので、幾つか下見をしたうえで、良からぬ算段をしました。成人式には姉の振袖を着て、私の振袖分のお金を車を購入する頭金にもらおう・・・と。まず姉から振袖は貸さないと断れらました。父からは、振袖の金は振袖の金と言われ、挙句に、アホな計画は、父から、母・兄・姉と伝わり、三人から怒られました。車に乗るなら自分で、車の購入資金・車両管理に掛かる費用等、自分で調達できないようなら車には乗るな。免許取得までは、親に資金を出してもらうが、それ以後は自分で責任持て、持てないなら乗るな、と。サンザンに怒られたものでした。その時は、親父さんが、余計な事を言うから・・・と思ったのですが、あとで思ったのは、両親・兄・姉は、社会に出る前の私に、成人・大人としての自覚を持て、ということを言いたかったのだと。夕方、シトシト雨が降っていたら、娘が、「ママ、クーラーつけて」と言ったのです。今は、どこの家にもクーラーがあって、扇風機もあって、扇風機なんて本当に安くなりました。先日、大手スーパーで1000円で売ってました。私が幼少の頃、子供部屋に扇風機なんてナマイキと言われ、窓開けて暑いなぁと言いつつ、兄が大学に入って下宿生活になった時、兄が扇風機を買ってもらったのを見て、「あぁニイチャンばっかし・・・」と思ったり、姉の部屋にウィンドファンが設置された時、姉の部屋に宿題持って行ってやってたことを思い出しました。思春期から青年期にかけての年頃はとても難しいのかもしれません。まだ娘も小さくて、何年も先のことですが、この子の頃の時代背景はどうなってるのかな、そんな事を雨の夜に少し思ったのです。
2006年06月26日
コメント(10)
私の住む地域は、昨夜から強い雨。昨日の昼間はまぁまぁのお天気だったのですが。夜遅くなってから、雷鳴ったり、雨脚強くなったりで。お昼頃からはかなり降ってるなぁと思ってたら、実家のある隣市では、土砂崩れでJRがストップしたっていうし。それでも、今日、旦那は夕方16時頃には帰宅予定でした。良かったなぁ、こんな日に早い帰宅でって思ってたら・・・携帯が鳴ったので見たら、旦那から。あら、早い帰るコールねと思って出ると「あのね、JRが部分部分で運休したり、徐行運転してるんだって、それで○○バスとうちのバス会社とに、代行輸送の依頼が入ったらしいんだ。だから今夜、何時までその代行に付き合わないといけないか、わからないから、帰り遅くなると思う」「そう・・仕方ないね・・・気をつけてね」JRさんよ、あんたのところもバス持ってるじゃん、なんでヨソのバス会社使うんだよ・・・でも、こんな時はお互い様だからなぁ、JRの電車の運転手さんの家族も同じ思いだろうな。乗車してるお客様もお客様の家族も家に帰り着くまでは、心配な事は一緒だよなぁ、そんなこと考えながら、トンカツ揚げてたら、見事、焦がしました。旦那は、交代してくれる運転手さんがいて、19時過ぎには帰宅、しかし、焦げたトンカツ見て、一言「ママ、揚げ物する時、他の事、考えたりしたら危ないよ」全く、人の気も知らないで・・・フンでも娘が横から「ママねぇ、パパがお帰り遅くなるって淋しいお顔してたんだよ」別に淋しくはないけど・・・ちょっと心配だったのさ
2006年06月25日
コメント(13)
昨日、舅が言ったこと、がなんとなく気になって、今日、朝から母に聞いてみた私「あのぅ、お母さん、失礼な事聞くけど、入院費、幾らかかった?」母「なぁに、あんたが出してくれるってね(笑)」私「いやね、ICUとか入ったからものすごい金額来たかなって、ちょっと気になって・・・」母「(笑いながら)そりゃあ陽菜ちゃんに出して手伝ってもらわんとねぇ。ハハハ・・・あのね、いくらシワガレたババの私でもね、自分のケツぐらい自分で拭くぐらいのものは持ってます。あのね、それくらいの金は持ってるし、一応、生命保険ってものも掛けてるから。」私「ごめんね、ICUとか入ったら、ものすごいかかるって聞いてたから・・・」母「また、あんたのところのジィサンが妙な事言ったんでしょ。あのクソジジィ、余計なことばっかり吹き込んでくれるんだから・・・」その後、母を入浴させ、兄嫁にちょっと食事の準備を手伝い、今夜は旦那が帰ってくるので、我が家へと帰ってきました・・・ら・・・舅のお兄さん(義伯父さんですね)が来てました。挨拶もそこそこに、少し眠たげな娘を部屋へ連れて行き、娘はコトンと寝てしまったので、急ぎ、夕食の支度をしていると、姑が「陽菜子さん、忙しい時悪いけど・・」と上がってきました。なんだよ、今頃って思ってたら、義伯父さんも一緒。舅が一番後ろから着いてきて。義伯父さんは、上がってくるなり、「陽菜子さん、忙しいだろうからすぐ失礼するよ、用件だけ。申し訳ない、先日はトースケの嫁のアキコがインチキ商法で掃除機を押し売りに来たらしいね。たくさん申し訳ないことあって。それから、実家のお母さんが大変だったらしいね、それはね、うちの孫が菜っちゃんと同じ幼稚園の年長にいるだろう、それから聞いて、びっくりして、お見舞いも行かなくて不義理してしまって。それで慌てて、来たら、このバカ弟がアホな事言うものだから、やかましく言ったんだ。それから、トモコ(姑)さんから聞いたけど、トンでもない失礼な事を言ったそうで。本当に申し訳ない。それに、トモコさんの通院にいつも付き添ってくれてるそうで、ありがとう、このバカ弟が行っても、話しにならないだろうから、ガソリン代だけは最低出すようにやかましく言っておいたから。本当に申し分けなかった」本当に自分の言うこと言うだけ言って、そして、お見舞いって置いて、帰っちゃった。姑からはお見舞いもらったけど、舅からはもらってなくて、その舅のお兄さんからお見舞いもらうってのも、なんか変なのって思ったけど・・・ま、明日、実家へと持っていくとするか・・・姉に電話して言ったら、帰るついでに、バカ弟も一緒に連れて帰ってくれたら良かったのにねぇ。しかし、トモコさんの通院は今後は弟に行かせるからねって言ってくれれば、もっと良かったのにねぇって。本当です。
2006年06月24日
コメント(10)
実家の母が今日退院しました。最初の予定より、早い退院でしたし、日ごろの生活管理が効を成したとお医者様もおっしゃってました。反面、姉の疲労の度合いが激しいので、一時帰国中の兄嫁と私が、できる限り、協力するつもりではいますが兄嫁も私も子供が小さいので、どうしても姉のようには出来ないのも事実、でも、できるだけ手伝うからねって姉にも言ったのです。早速、畑のトマトとキュウリを収穫するよう指示が出ましたが・・・しかし、今日の母の退院もあり、今日は母の誕生日でもありましたので、実家へ泊りがけで来ています。一応、階下にも声かけて、姑がいると思って声かけたら、出てきたのは舅。私「母が退院しますし、今夜はそのまま泊まってきます」舅「大したことなかったのだね、良かったね、ところで、病院代はやっぱり長男さんの兄貴さんが払うんだろ」大したことない十分たいしたことあったんだよ。なんで、兄貴が病院代?私「病院代って母のですか?」舅「そうだよ、お母さんの病院代、あんたとこの兄さん、大きな会社に勤めてるんだからさぁ」私「そりゃ兄貴の勤めてる会社は大きいですよ、でも、それと母の病院代と何の関係が?母の医療費は母が自分で出しますよ」舅「へぇ・・・自分でねぇ、ほー」なんで、母の治療費を兄貴が払うの?あれってもしかして、将来、自分が入院した時のために、長男が出せって今から催促?冗談じゃない
2006年06月23日
コメント(15)
いつも仕事から帰ってくると、それが何時の帰宅であろうと、ご飯食べながら延々と話をするうちの旦那。ご飯準備してくれたら、あとは寝てていいよって言うけど、延々と喋りだす。いつも、結局、付き合うハメになるのだが・・・今夜は違った。帰宅23時、速攻で風呂・ご飯、今日はビールも飲まず、23:30には、ベッドへ。「ママ、お休みぃ、明日3時50分に起きるからね、ママ寝てていいからね」言うなり寝てしまった。寝とけるはず無い。旦那の枕元には、ブルーのTシャツ。そして、娘の枕元にも。娘までたたき起こしてTV見るつもり?明日の乗務が午後からだからいいようなものの、私もサッカー観戦並みに待遇してほしいわ。
2006年06月22日
コメント(8)
入院してる母の見舞いに娘が幼稚園終わってから連れて行きました。今日からは少し、院内を車椅子で散歩してもOKと許可がでたので、娘も一緒に病院の中庭へ。病院の中庭は、ちょっとした歩行訓練なども出来るようになっているので、そこで歩行訓練されてる入院患者さんもいらっしゃいました。久しぶりに外の空気に触れた母は、「早く家に帰る、退院したい」としきりにぼやく。姉の話では、明日の検査の結果次第とのことでしたが、本人は、退屈でしかたないと。そんな時、娘がチョロチョロと走っていくので、慌てて追いかけようとしたら、歩行訓練してる中年のちょっとコワモテの男性のところへ行って、「足、痛いの?菜っちゃんのカットバンあげる、これ痛いとこに貼ってね、痛いの痛いの飛んでけって言ったら、治るよ」と、自分のリュックからカットバンを出して渡してる。「もうしわけありません、お邪魔して」って言ったら、その方、「いやあ、いい特効薬もらったよ、嬢ちゃんありがとうな、菜っちゃんってお名前か、菜っちゃんのおばあちゃんもな、早く治るよ」って笑って言ってくださった。そして、そろそろ部屋に戻ろうかとしてたら、娘は大きな声で、「みぃんな、早く、元気になってねぇ、バイバイ」当の娘はご満悦の表情。生傷たえない娘にとって、足が痛いというのは、カットバンで治る怪我。3歳の娘のストレートな気持ちだったのでしょう
2006年06月21日
コメント(14)
先日の母の入院の日の、舅の一言以来、舅とはろくに口も聞いてないし、また聞きたくもない。向こうは、何か話しかけたそうだが、こちらが相手しないし、したくもない。まだ話す気分になれないのが正直なところ。そんな舅が、本当に久しぶりに二階の我が家へ上がってきた。舅「陽菜子さん、ちょっと来てもらえないかな・・・」私「何か御用ですか?」舅「アキコさんが来てるんだよ、仕事始めたらしいんだよ」アキコ・・・久々に聞く、実に嫌な名前、あの、金欠大王義弟トースケの嫁のアキコ、へぇ、アキコが仕事ねぇ。何の仕事始めたんだ?知らん顔してようかとも思ったけど、上にまでアキコに上がってこられるとイヤなので、顔だけだすかと思い降りて行った。すると、アキコは、お前さん、いまから就職活動か?みたいな紺のリクルートスーツ着て、あれは、どう見てもリクルートスーツだなぁ、いかにも塗りました、みたいな化粧して。私の顔見るなり義弟嫁「あら、お義姉さん、お久しぶりです。あのですね、私、今度お勤め始めたんです。それで、今回、ご案内に来たんです」私「何の案内?新しい家賃の踏み倒し方法でも?」義弟嫁「もう、お義姉さん、いやだぁ。あのですね、今日は、エアコンのクリーニング1000円でして差し上げます。1階済ませてから2階もしましょうね」私「断る、いらない。」舅「陽菜子さん、そう言わずさぁ、せっかくアキコさんがサービスでしてくれるって言ってるのだから」私「あのね、お義父さん、お義父さんがお義母さんの留守中にどこのどなた様を家に上げようと勝手ですし、私が口出すことでもないですけどね、何かあってから、処理に困ってうちを当てにされると迷惑なんです。アキコさん、あんた家賃も何ヶ月も滞納しておいて、何を売りつけに来たの。何の商売始めたの」義弟嫁「お義姉さん、そんな言い方ひどいです。私だってお家賃を払おうと思うから、仕事始めたんで・・・」私「あのね。エアコンの掃除しようが、シロアリ駆除しようが、あんたの仕事かしれないけどね、2階のうちの家に少しでも湿気が上がってきたり、虫の1匹でも飛んできたら、承知しないからね」これだけ言い捨てて私は2階へ。1回1000円のエアコンクリーニングは実は数日前にも実家へセールスが来たと父が話してたばかり。父はそういう時、身内にそのセールスと同業が身内にいると言って断るのがいつものやり方。しかし、その時は、ちょうど姉が帰宅したときで、玄関でセールスと鉢合わせ。そのセールスのニイチャン、姉からコテンパンにやり込められて逃げ帰ったという話を聞いたばかりだったし、我が家のエアコンは、先月、ダスキンに頼んで、中まで掃除してもらってた。そんな1000円どころのものじゃなかった。もしかして、スプレー、シュッだけ?まさかね・・・1階のことは放っておいた。姑が今日は午前中だけの勤務で帰宅することも知ってたが、舅やアキコにはそんな事教えない。誰が教えるかって、まぁ意地悪な無関心な兄嫁12時をちょっとすぎた頃、姑の車の音が聞こえてきた。さぁ高みの見物ギャラリーは黙って見学、と。玄関を開ける音と同時に、二階どころか近所中に響くほどの姑の叫び声「(怒り口調で)アキコさん、家賃払いに来たの」それから15分ぐらい、隣近所からクレームが出るのじゃないかって程の姑の叫び声。「どのツラ下げてきたか」「何ヶ月家賃貯めてるんだ」「ゴミだしで何度文句言われたと思ってるのか」「親が病気してるってのに見舞いにも来ないで」・・・約15分経過した頃、姑が「陽菜子さん、陽菜子さん、ちょっと降りてきてぇ。」しゃぁない、これ以上叫ばれても近所迷惑だし、降りて行くか行った、案の定、そこに置いてあった商品は、掃除機らしきもの。大方検討は着いてたが、そ知らぬ顔で、内心、バァカメ~と思いつつ私「どうしたんですかぁ」舅「アキコさん、帰ってくれんか、そしてなトースケにも連絡するから、あの家、出て行ってくれ、あんたらに貸す家はない」義弟嫁「(口、尖らせて)そんな事言われたって、どこ行けばいいんですか」舅「どこでも行ってくれ、もう俺は知らん」姑「陽菜子さん、聞いて。あのね、このバカジィがね、この女を家に上げたんだって。エアコンを1000円で掃除してくれるって、でねしてくれたらしいのよ、掃除済んだら、元々、床掃除業者です、1畳1万円で掃除するんだって。今日は、サービスも兼ねて台所の床を掃除してくれたらしいんよ、その時つかった掃除機が38万だってさ、即金なら38万、即金じゃなかったらリースで月々3000円、ボーナス時25,000円加算、それで7年払ったら、この掃除機、うちの物になるんだって。84回払いだってさ。38万の商品に60万も払うんだって。でね、このトースケ君のお嫁さんがおっしゃるには、二階と共同で買えばだって。どうする、陽菜子さん」私「いらないって。断ります。お義母さん、契約をする、しない、は、お義母さんもしくはお義父さんがお決めになることですから、私は何も言いません。但し、私は、最初にお義父さんに言ってます。何かあってもうちを当てにしないでください、一言、助言させていただきますと、リース契約が何かご存知なのでしょうね?」言うだけ言ってさっさと二階へ。その後も10分ぐらいかな、怒号の嵐でした。本当に、アホとバカ狸とキツネの騙しあいみたいなもの。夕方帰宅した旦那に話したら、「どうしようもねぇバカだな」私「誰が?」旦那「親父もアキコさんも、ついでにトースケも。あのアキコさんが営業できるとは思えない。長くしないでやめるだろうな」また当分は、トースケ&アキコは近寄らないだろうと思うけど、この次来る時は、何の嵐を持ってくることやら。
2006年06月20日
コメント(20)
今日は、姑の糖尿での通院日。A1Cがどこまで下がってくれてるか?空腹時血糖は自宅測定では、最近やっと150前後。どうなってくれてることか、と、心配な私。姑も、以前からすると真剣に病気に向き合い始めた。2ヶ月前は、空腹時血糖280、A1C11.9なんて驚くべき数値だったから、こちらとしても冷や汗もの。今日の通院は一緒に来てくれと以前から言われてたので、娘を幼稚園へ送ったあと、病院へ。辛うじて結果は、空腹時血糖151 A1C 10.8まだまだ高いが、確実に下がってるので、この調子で・・とのこと。姑は、調子に乗って「嫁がレシピ作ってくれるので、それを我慢して食べてます」一言多いんだよ。我慢だってしかし、その後、母の病室へお見舞いへと行った姑。そこで、母から衝撃の話を聞いて、愕然。現在、母がいる四人部屋、母以外の三人は皆さん、透析患者さん。うち、一人は神経障害も起こしてる。母がICUに入ってたとき、母の両隣、斜め前、のベッドの人、三人が糖尿病の合併症による壊疽で足を切断し、その三人とも、24時間続行の透析をされてた。その話を聞いた姑。真っ青になって座り込んで、挙句にうちの母と姉に言ったこと。「お願いですから、私から陽菜ちゃん取り上げないでください、この人がいなくなって、糖尿がひどくなったら、怖いです」私が、姑を病気にしたのでもなければ、私が治療してるのでもないのだけど・・・あんまり、真っ青な顔だったので、看護師さんが心配して、向こうで少し休みましょうねって、処置室に姑を連れて行きました。看護師さん曰く「脅しじゃなくて、真実を真剣に受け止めることが一番、効き目あるかもよ~」って。姑が休んでる間、母に、「別居したいのにぃ・・」って言ったら、姉が意味深な顔で「逃げるのはいつでも出来る。慌てないことよ。」って。少し休んで落ち着いた姑は、帰り道、妙におとなしくなってました。しかし、帰ってくると、門扉付近にいた舅と鉢合わせ。舅の顔見るなり、「陽菜子さん、畑にね、キャベツとピーマン出来てるの。あとで収穫して持っていくからね。そのまましてて、勝手に取られると困るからねえ」舅は何か言いたそうな顔してましたが、何も言わず?言えず?スゴスゴと家の中へ。まだ舅と言葉を交わす気にはなれない私なのです
2006年06月19日
コメント(16)
旦那と二人、TVの前に座る娘。誰が、そのシャツ買ってやってたんだ娘「前のワールドカップは日本だったの?」旦那「そうだよ、あの時はママと二人で見たなぁ」娘「どうして菜っちゃんと見なかったの?」旦那「だってまだ菜っちゃん、ママのお腹の中だったもん」娘「ふ~ん、でもきっとお腹の中で見てたんだよ」旦那「そうだよね。見てたんだよねぇ」娘「ずぅっとワールドカップはパパと二人で見ようねぇ」旦那「(もうデレデレになって)そうだね、そうだね、ずっとずっとねぇ」私(こっちでPC打ちながら、TVも眺めながら)菜っちゃん、そろそろ寝ないと明日、幼稚園でしょ」娘「でもワールドカップは今夜だも~ん」私「また起きれないでしょ」娘「寝坊なんかしないも~ん。起きれるも~ん」起きろよ、絶対に。旦那も旦那。今日は帰るなりさっさと風呂入って、ビールも飲まず、ご飯食べると思ったら、これだもんな。しかし、なかなか、ゴールに入らないものですね、日本頑張れ
2006年06月18日
コメント(4)
今日は実家に来て泊まってます。実弟が帰国したので、久々に会っておこうと思い、旦那も今夜は泊まりで留守だし、実家へと。母の夜間付き添いから、姉も解放されたし、実家へ帰ってた兄嫁も戻ってきて、夕方には兄貴も帰国しました。兄貴と弟は、一応、母の見舞いということで帰国したのです。かなり経過は良くなっての帰国でしたが、気持ちが大事で。姉に言わせれば、「心配なのはわかるけど、頻繁にメール送ってこられても、そうそう返信できないんだって」それだけ心配してたということでしょう。そんな状態で、夕食の時間。兄のところには、子供が二人。上が女の子(スウちゃん7歳)で下が男の子(アァ君4歳)娘「アァ君は、スウちゃんの弟なの?」私「そうだよ」娘「ヨシ兄ちゃん(私の実弟)はママの弟?」私「そうですよ、ママの弟だよ」娘「ふ~ん、ねぇママ、うちのパパにも確か、弟いたよね?」私「う~ん、いるよ・・・・トースケ兄ちゃんがそうだよ」娘「(しばらく無言)・・・・・・あの人キライ。だけどね、トースケちゃんは好き」義弟が結婚し独立して実家を出る前は、娘は義弟のことを、トースケちゃんと呼び、義弟もけっこう、可愛がってました。しかし、結婚後の新居のこと、結婚式の費用のことなどお金が絡むことでもめるようになってから、次第に、義弟の顔つき、言動に変化が見られるようになった頃から、娘は、なぜか、トースケちゃんと呼ぶのをやめてしまい、ヨソの人、みたいに、トースケお兄ちゃんと呼ぶようになって、この頃では、あの人、という言い方。今夜は、何故か、フッと思い出したようです。
2006年06月17日
コメント(10)
毎朝、幼稚園の門を入って、お庭を通って、靴を履き替えるまで、ママの存在を確認してた娘。最初の頃は、ママも一緒、とお部屋まで行かないといけなかったのが、先月ぐらいから、お靴を履き替えたら、ママ、バイバイその後はお部屋に走って行ってました。それが、今朝は、門扉のところで、「ママここでいいよ、一人で行けるの、バイバイ」言うなり、スタコラサッサ。振り向きもせず、他の子に「オハヨー」って声かけて、靴箱へ。木陰に隠れて見てたけど、靴を履き替えると、一目散にお部屋へ。他のママが、「そんなところで何やってるの?」って言うから、門扉のところで追い返されたの・・・って言ったら、「そうよ、次第に手を離れていくのよ~」ちょっと嬉しいけど、ちょっと淋しい気もしました。この前まで、すぐ、マミャ~って泣いてたのが、ママ、バイバイだもんなぁって。
2006年06月16日
コメント(10)
入院中の母、昨日の誤投薬のせいか、思いのほか早く、一般病棟への移動が決定。本日、午後から一般病棟へ移動。一般病棟となると、チビ連も見舞いに行けるので、午後から、わが子と帰国中の、甥、姪、連れて、まるで遠足の引率のように連れて行った。結局、誤投薬のナース本人は、母の前にも姉の前にも姿を現さなかったらしい。姉と母には、看護師長、総看護師長、担当主治医、院長まで、謝罪に来たらしい。姉曰く、お偉いさんに頭下げてもらいたいのじゃなくて、間違って渡した本人に一言でよかったのだけどねぇ・・と。母は母で、本人が出てこないのは、本人に反省の気持ちが無いから、そんな人に口先だけ何言われても・・・で終わり。話がそれたけど、娘を車に乗せて、途中、実家にいる姪と甥を車に放り込んで・・・本当に放り込んでだったのです・・・一路、病院へ。病院だったので、姪も甥も、オババちゃまに会えるのと喜んで・・・小猿三匹連れて歩くのはシンドイ。病室では、おとなしくするんだよ、と言い聞かせてた・・・しかし、確かに、椅子持ってきて、おとなしく座った、三人並んで。三人で矢継ぎ早に、「オババちゃま、海水浴に一緒に行こうよ」「オババちゃま、動物園に一緒に行こうよ」「バァバ(これはうちの子)もうすぐお誕生日でしょ、お誕生会しないといけないから早く退院しなきゃ」その調子で、三人で喋る、喋る。四人部屋の他の患者さんに、姉と二人で「すみません、すぐ連れ出します、お騒がせして・・・」幸い、他の三人の方が、「いい、いい、可愛いもんじゃないの、孫もこれくらいの頃が一番いいよ」と言ってくださる方ばかりだったので、助かった。小猿三匹が、最近の状況報告を母へ行っていたら、父が何か持ってきた。すると、甥と姪は、急に黙って、そして姪がポツリ「オジジちゃま、向こうのオバアチャンのところへは行かないよ」父が、「そうじゃないの、ちょっと、オババちゃまに用事があってきたんだよ」そして母へ「ねぇお母さん、何か化粧品頼んだの?いつも買うお店からね、さっき宅急便で届いたんだよ。それがね、住所も電話番号も宛名もきちんとお母さんのだろ、でも化粧品はこの前、木曜日の売り出しで買ってたよね?」母「そんな宅急便で送ってもらうようなもの注文もしてないし?」なんだろうねって言いながら開封すると、<先日はご来店ありがとうございます。先日、ご注文の化粧水と乳液、入荷しましたので、お届けいたします。>ってメモと商品が入ってる。知らない発送元なら、詐欺まがいってこともあるが、配送業者は一般の人が利用するような業者ではなく、法人契約が殆どの業者だし、発送元は日ごろ母が化粧品を購入する店。しかも、配送先の住所、氏名、電話番号も間違いなく母のもの。気味悪いから業者さんに連絡して返そうということになり、返送したのですけど。いったい、どういうミスが起きちゃったのかな?きっとどこかの誰かが、注文した商品がちっとも届かないってクレームになってるんじゃないかな?でも、対面販売の化粧品店なのにねぇって話したのです。________________________________________________________________________________________姪と甥が、車に乗って出かけるのを渋ったり、父を見て、向こうのオバアチャンのところへは行かないと言ってるのは、父が、兄嫁の実家へ二人を連れて行こう、向こうの兄嫁のお母さんも孫の顔も見たかろう、会いたかろうと思って、父が連れて行くつもりになってたのですが、当のチビちゃん二人は、「向こうのオバアチャン、嫌い、文句ばっかし言ってるの」「すぐママに文句言う」姪は「向こうのオバアチャン、アァ君ばかりひいきするから嫌い」甥は甥で「向こうのオバアチャン、アァを赤ちゃん扱いするから嫌い」などというのです。子供なりの精一杯の言い分なんだと思います。父としては、母親とも少し離れてるので淋しいのではとも思ったようですが、兄嫁も土曜日には戻るという話ですし、うちの娘とも仲良く遊んだりしてるんで、ま、いいかなって。分からない事も多いけど、少し、気楽に過ごしてみるかなと思ってます
2006年06月15日
コメント(2)
母が、今日から移動したHCU、ハイケア室。昨日までのICUと違い、ナースの数は半分。患者数は殆ど同じ。それだけに、ナース一人当たりで担当する患者の数が多いのは判りますよ。その分、忙しいのもわかる。だけど、患者の家族が、声掛けても返事しない。知らん顔してパソコン入力したり、何か書いてたり。そりゃ仕事してるのはわかりますよ、遊んでないことぐらい。でも、咄嗟に返事もしないのは、ちょっと考え物。こっちは、飲み薬が昨日と違ってて、薬が変わるなんて事は一言も聞いてないから、それを確認したかったのだけど、たったそれだけのことを確認するためにハイケア室待機のナースに声掛けても無視され続けだから、仕方ない、ナースセンターまで行って確認⇒結果、薬を間違ってた。夕方、姉には看護師長が一言、謝罪に来たそうだけど。間違って渡したナースに謝罪に来て欲しいと姉も言ったらしいが、本人は本日は帰ったからって話だったらしいけど、あれじゃ何のためにハイケア室なんかに入ってる意味がない。看護師長の言い分では、食事の時間帯で、食事介助に着いてて手が回らなかったと言ったらしいけど、食事介助なんかしてなかった。食事介助なんて、全然着いてくれないから、みんな患者の家族が来てるのですからね。今日ばかりはちょっと病院に対して不信感というものを初めて持ちましたね
2006年06月14日
コメント(12)
先日の母の入院から、メールいただいたり、たくさんのコメントいただいたりありがとうございます。おかげさまで、明日、ICUを出て、HCU(ハイケア室)に移ります。一般病棟とまでは、まだ行きませんが、ICUと比較してみれば、緩和された病室ですし、第一、ICU家族待合室にいなくてもOKというのが何より。母は今日のお昼から、食事も開始され、水分も一日500ccの制限もありますが、本人は比較的元気で、もう退院したい、サッカーも見れない、などと、軽口叩き始めました。そんな母が、心配してるのは姉のこと。昼間私が行ったときに姉が洗濯しに母の所を離れた時、母がぽつりと「ネエチャン、ここ数日で白髪が出てるの・・・老眼の私でもはっきり見えるよ、また痩せた。きちんと食べてるのかな?寝てないと思う・・・倒れないといいけど・・・」そうなんです。姉は一気に痩せて、やつれてという感じで、自分の食事の管理が悪かったのじゃないかって、気にしてるんです。ただ、主治医の先生の話では、日ごろの食事や生活管理がきちんとされてたからこそ、今回も透析は回避できたし、回復も早い、のだとおっしゃってました。姉がそれで、少し、気楽になってくれればいいなと思ったものです。しかし、一番姉への心強い言葉はやっぱり親である母お昼から食事が出ました。絶食のあとですから、お粥とそれに伴う消化の良さそうなオカズ。一口食べて、「ネエチャンの作ってくれるお粥はもっと美味しい、オカズももっと薄味で美味しい」傍で聞いてた看護師さんが、「長女さんの作るご飯は美味しいの?」って訊かれたら、母「そうなのよ、私がね、色々制限しなきゃいけないからって、器を色々と使ったりね、量は少ないけど種類を豊富にして、楽しみながら食べるようにしてくれるの。野菜もね、花形やら星型やらって目で楽しみながら食べさせてくれるのよ」と。看護師さんが、「長女さん、いい娘さんだね」って言われたら、母は「そう、あの子には心から感謝してる。だからあの子のためにも元気になるの」そういう母の言葉は、ぬくもり、を感じるものでした。親って幾つになっても親なんだなって思ったものでした。その反面、親と子って考えることも多いと思ってもいるのです。
2006年06月13日
コメント(6)
昨日、舅と大バトルをやって、当面あいつの存在を視野にいれるまい。姿見るだけで、腹がたつ、と思い、姿形も見かけないように心がけることしました。昨夜は疲れ果てて食事の支度どころでもなく、店屋物。それでも今朝は、きちんと準備しようと早起きしました。旦那の出勤時間が早かったので、旦那に早めに食事をさせ、娘のお弁当を作ってる時に思い出した。実家の母が入院し、姉が付き添ってる⇒親父さん一人だな・・・⇒父一人なら、あるもので食っておけ、で良いけど、実家には、今、兄嫁が子供二人連れて帰国してた。そして、その兄嫁は、お母さん看病に自分の実家へ親父さんが帰した・・・と、いう事は、実家には、ろくに料理も出来ないジイサマと7歳と4歳の孫二人。そうだった。私は、昨夜、実家にいる姪と甥の分の食事を持って行ってやるようにと姉から頼まれていた。まさか、小さな子供にジイサンの好きな「ヒジキの煮物」や「豆の煮物」やらでご飯食べさせるのは可哀想だから、菜豚子と同じものでいいから、食事作ってやって、と頼まれていたのだった。エライこっちゃ、と思い、慌てて実家へ電話すると、暢気な声のジイサマ。実父「なんか昨日は大変だったらしいね」私「何よ・・・何を知ってるの?」実父「いやね、昨夜、おたくのお義母さんからお見舞いの電話もらってね、その時、色々聞いた。失礼だけどね、お義母さんにも言ったんだよ、おたくのジイサンな、一時期、上司と部下の間柄だった時期もあるから満更、知らないこともないけど、彼はね、昔から一方的な考えを後先、考えずに述べる、上司にも楯突いて、自分の非に気づかない男だった。放っておくことだよ。今に淋しくなって、この次はアジサイじゃなくてひまわりの鉢植えぐらいネエチャンに持たせてくれるかもしれん、ガハハ」私「あのね、お父さん、笑い事じゃないの、チビちゃんたちのご飯どうした、すぅちゃんとマァ君のご飯どうした?」実父「ネエチャンからね、陽菜に頼んだけど、陽菜も疲れてるだろうから18時頃までに持ってこなかったら、たぶん忘れてるだろうからその時は店屋物取れって言われてたからね。来ないなって思ってさ。でも、あんな小さいにの寿司取っても食べるかどうか判らないから、近所のスパゲティ屋さんに連れて行ってね、スパゲティとハンバーグとそれぞれ食べさせた。朝は、近所のパン屋さんに電話してさ、孫二人寝てて誰もいないから、身動き取れないから、サンドイッチと食パン配達してもらって、朝はサンドイッチとコーヒー牛乳で食べさせた。」良かったぁ・・・飢え死にさせてなかったのねぇ・・・完全に忘れてました。ごめんなさい。でも、お昼ご飯は持って行きましたよ。夕食は?夕食は。。。我が家が今夜は託児所となってます。従兄弟3人で並んでご飯食べて、一緒にお風呂入って、3人仲良く並んで寝てます。兄嫁のお母さんの耳の手術も無事終了。行ってよかったとのこと。病院に通うにも、車が無いと大変なところだし、喧嘩しぃしぃ文句言いながらも、実の親子でなんとかやってるとのこと。こっちが少し、落ち着いたら、父がチビ二人連れて、お見舞い兼ねて行くらしい。何事もなく平穏にいってくれるといいけど・・・
2006年06月12日
コメント(12)
今日、母の入院に伴い、ICUの家族待合室なるもので、待っていた時思ったこと。皆さん、それぞれに色々な思いで待機されてる。通常の外来待合室などとは、全く違う重い雰囲気の待合室。ICUで面会できるのは、直接の家族、それも2~3人まで、となってるにも関わらず、患者の配偶者の兄弟やら、親戚やらワンサカ来て、心配なのはわかるけど。心配してるという割には、今日はどこで洗濯石鹸が売り出しだの、どこのランチが美味しいの、どこそこのホストクラブが・・・ホストクラブの話になった時は、思わず、顔を見直した。他の家族も待機してる人いるのだから、少しは考えてほしいと思いましたね。
2006年06月11日
コメント(10)
本日、二つ目と言うか、実家の兄嫁のその後、一応、ご報告。実家の母が緊急入院しまして、救急車とは別便で父と兄嫁も病院へ行きました。しかし、その車中で、父が言ったそうです。「お嫁さんに意見するのは、年寄りの一番悪いことと思ってる、若夫婦には若夫婦の家庭がある、その一家の家族がある。しかし、フミちゃん(兄嫁)がフミちゃんのお母さんの娘という事実は、フミちゃんが新しい家庭を持っても変わらない事実。うちのバアサンが、こうして具合悪くなったということを、嫁してる陽菜子にも連絡するように、フミちゃんのお母さんも思うところあって、フミちゃんに連絡したのだろうから、頼むからお母さんのところへ行ってあげなさい。子供たちは、あとで様子見て連れて行ってもいいし、そこは、フミちゃんが決定していいけど、今日中に、お母さんのところへ行きなさい」って言ったそうです。でも、兄嫁は、こんな時に・・・て言ったらしい、父は、こんな時だから、フミちゃんのお母さんも一人で不安だろうから、弟さん達が来ないことは明白でしょ、少し遅れてきたから、もう弟たちは来てたと思ってたぁ、ぐらいに言って帰っておいで、って父が言ったそうです。それで、兄嫁、「こんな時、ごめんねぇ」って言いつつ、子供二人は父に預けて、行きました。兄貴の子供二人、「あんな田舎、行かねぇよ」って。様子見て、母の容態を見て、父が連れて行くとは言ってましたが。
2006年06月11日
コメント(0)
辞書で、「ひとでなし」という言葉を引いてみました。「人で無し」⇒人としての道に反する行いをする者。人情や恩義をわきまえない者。あの舅に恩義なぞありませんし、恩義に思うような事はただの一度もありません。でも、人間ですからね、「情」ってものが、普通の人ならあるのでしょうが、あいつは普通の人じゃない。漱石の「草枕」の冒頭の部分にあるように、人の世は住みにくい、しかし作ったのは隣近所のただの人、越す国はなくあれば人でなしの国、ってありますが、私は今日というほど、我が家の一階には「人でなし」の住む国があるんだ、と思いました。姑に欝の症状が出始めた頃から、何かと漱石の「草枕」の冒頭部分が頭の中を回ってました。情に棹差せば流されて・・・病気と共に闘っていかなければならない姑の姿がやはり闘病中の母と重なるんです。病の種類は違えど、病に対して不安な心境でいる姑を見てると、情にほだされもするけど・・・憎まれ口叩くから、コンチキショーとも思いもしてます。姉に言わせれば、それが、「人間」「人」なんだよ、「人」は一人じゃないから支えあって立ってるから、「人」という字であり、その「人」と「人」との間に生きるから「人間」であるんだよって。それもそうだな、そう思いつつ過ごしてました。そんな折兄貴の嫁さんの件もあって。色々悩んでました、親子って・・・そんな折、昨夜というか正確には今朝方ですね、姉から電話があって、実家の母が胸が苦しいというので、今から救急車で病院へ連れて行く、病院にも連絡し、受け入れOKとのこと。昨夜は旦那は泊まりで留守だったけど、とにかく心配だったので、寝てる娘を毛布で包んで、そのままジュニアシートに座らせて、階下の姑に声掛けて、病院へ行くから、と。姑は、菜豚子は?って言うので、起きた時に私を探すといけないから、寝たままジュニアシートに縛り付けましたからって言って、自分の車で病院へ走った。幸い、母は利尿剤を打って、点滴打って、現在もICUには入ってるけど、運ばれた時のがウソみたいに落ち着いて、明日か明後日には一般病棟に移れるだろう、とのこと。姉の話では、母は、夢見が悪くて、眼が覚めて冷たいお茶を台所で一杯飲んでトイレに行こうとしたら、なんとも言えないくらい胸が苦しくなって、咄嗟に近くにあった梅干のツボの蓋を思いっきり投げた、その物音で姉が驚いて降りてきて、見たら、母が顔面蒼白になってたので、即、病院と救急車へ連絡したとのこと。母よりも、姉のほうが心配なぐらい落ち込んでて、食事も水分も塩分も管理して、生活のサイクルも身体に負担が掛からないようにしてきたのに、どうしてこんな事になったのか、自分の手落ちだと自責する姉が痛々しいほどで、看護師さんやドクターも、患者さん本人よりオネエサンの方が心配、ドクターもオネエサンの主治医にも一言、報告しておきますね、状態の悪化が懸念されますからねぇっておっしゃる始末。それでも、母の容態も落ち着いたし、伴い、姉も少し元気になったので、今夜は旦那も帰ってくるし、明日は娘の幼稚園もあるし、とにかく、夜中に飛び出してきたままの状態ではあるし、少し元気な姉が付き添うというので、明朝、娘を送り出してからまた病院に顔出すね、と言って帰ってきた。帰ってきて、一応、下にも声かけた。「お騒がせしまして・・・」と。姑は、「落ち着いたの、良かったね、緊急透析とかにはならなかったの、良かったね、疲れたろう、オネエサンが付き添うのはいいけど、オネエサン自身がダウンせんようにせんとね」と、言ってくれた。これで、情に流されそうになったその時、オニジジ舅が「不摂生してんじゃないの。だいたいね、病気なんてする奴は、気が甘いの。病は気からって言うでしょ、糖尿なんてものはね、運動すりゃ治るんだよ、運動すりゃ、腎臓なんてものはね、塩分と水分控えりゃ落ち着くんでしょ、薬飲んで、病院行ってそういう生活してるから、どっぷり病人になるんだよ、薬なんてね、長く飲むもんじゃないでしょ」娘は、目の前にいたけど、普段、娘がいる前では大きな声上げたりしないんです。でも、今日と今日ばかりは、絶対、我慢ならなかった。「何も知らないくせに勝手な事言わないでくださいよ」語尾のほうは、涙声で叫んでた。あまりにも悔しかったし、歯がゆかったし、絶対に許せなかった。でも私が叫ぶと同時くらいに、姑の平手打ちが飛んでました。姑も涙ボロボロこぼしながら、「この人でなし」って。何も言う気もせず、娘抱いて二階に駆け上がりました。娘は、判ってか、判らずか、「ママ、泣かないでね、ヨシヨシしてあげるから泣かないのよ」ってヨシヨシってするんです。旦那が帰宅したのは、それからすぐでした。旦那には、状況をメールで連絡してましたので、母が入院したことは知ってました。「お母さん、どんな状態?」と言いながら家の中に入ってきた旦那は私の顔見て、最悪の事態を咄嗟に思ったと言ってました。そりゃ思うでしょうね、母親が入院して、娘抱いて泣いてるんですから。私より先に、娘が「あのね、おじいちゃんが、ママをイジメタノ。そしたら、ママ泣いちゃったの。だから、おばあちゃんは、おじいちゃんを懲らしめたの」素晴らしい報告、さすがわが娘。すかさず、旦那が「あのクソ親父がぁ」と叫んで、一階へ飛んで降りました。あのクソジジィとは思ったけど、娘にご飯も食べさせないといけないし、もうあの「人でなし」には、情なんて持つものか、姑はともかく、舅には真綿で首絞めるようなことしてやるんだ、と思いつつも、ちょっと親子喧嘩の様子も・・・と気になりつつ・・・で、一階へ降りて覗いてみたら、破れてボロボロになった電話帳、ボロボロになった新聞、折れた箒、取っ手の壊れたフライパンが散乱してて、仁王立ちしてる姑とむくれて座り込んでる舅、その傍に呆れ顔で立ってる旦那。「パパ・・・」と少し離れたところから、声かけたら、「ママ、今日は大変だったろ、今からご飯作るの大変だろうから、店屋物取ろう、お袋も一緒に上でメシ食おうや、親父は勝手に食え」旦那が、怒鳴りつけてやろうと思って行ったとき、すでに障子が1枚壊れ、電話帳、新聞、箒が壊れ、フライパンで姑が舅を殴りかかろうとしてたので、おふくろ、それはやばい、と言った瞬間、フライパンは投げ放たれて、本棚に激突し壊れたとのこと。親父には、勝手な意見を押し付けるな、述べるなって釘はさしておいたけど、あぁいうバカだから何言うか判らないけど、できるだけ聞き流してくれ、但し、どんな小さな事でもいいから親父のイヤミ、皮肉、憎まれ口は自分に教えてほしい、というのが旦那の言い分。姑は姑で、陽菜子さん、ごめんね、本当にごめんね、お母さんにもごめんね、と何度も繰り返してました。書いたら少し、すっきりした。
2006年06月11日
コメント(4)
実兄のお嫁さんが子供二人を連れて帰国したと実姉から連絡があったのは今日の朝。それで、今から迎えに行って来るから、夕方までには帰るけど、何かあったら電話するからねって。迎えってどこまで迎えに行くのよ?成田?関空?どこ行くのよ、一方的に喋って電話切っちゃって、その後はドライブモードで携帯繋がらない。仕方ないから、実家に電話したら、昨日、成田に到着、都内で一泊して、今朝、こっち方面行きの飛行機に乗ったのだって事だった。兄嫁の急な帰国ってなんだろう?兄貴と喧嘩?まさかね?なんだろう?って思いつつ、姉の連絡を待ってたら、昼過ぎ電話があって、とにかく今から帰る。この小姑が余計な小姑根性出して、パートから帰ってきたばかりの姑に、「実家の兄嫁が子供連れて帰国したそうなんです。時差ボケもあるでしょうから、菜豚子、幼稚園終わったら、連れて会いに行ってきます。子供同士遊べば子供は結構、元気になるから」って適当な理由つけて・・・夜は帰りますからって言って。娘の幼稚園終わってから行きました。ちょうど、兄嫁一行も到着したところで、子供たちは、元気なもの、「キャァ久しぶりねぇ」なんて言いながら、遊び始めました。実家の母は、母で、笑いながら、「またこの小姑が参上して・・・でもね、あんたもフミちゃん(兄貴のお嫁さん)の話を聞いてやってよ」兄嫁のフミちゃんの話は次のようなものでした。 フミちゃんのお母さんが、今度、耳の手術をするらしいのです。中耳炎から少し耳の聴力が悪くなって、高齢化によるものもあるそうですが、外来で出来る簡単な手術ではあるそうですが、その手術をすれば、少しは聴力が回復すると言われたらしいのです。 フミちゃんのお母さんは普段は一人暮らしで、その手術が決まった先月末の時点でアメリカ在住のフミちゃんに電話で知らせたそうです。フミちゃんはその時、すぐ、夫である兄貴に話したら、兄貴はお母さんも一人で心細かろうから、出来るだけ早く一時帰国しなさい、子供たちはその間、自分が面倒見てるから、至急、ベビーシッターも探すし、と、言ったので、フミちゃんは、実家のお母さんに電話して、一時帰国をすると連絡したところ。 フミちゃんのお母さん曰く、「何しに帰ってくるの。あんたが帰ってくるから、息子夫婦が寄り付かないんでしょ」フミちゃんのお母さんのこの手の発言は今に始まったことじゃないので、フミちゃんも、またいつもの事と思いつつ「でも、自分が行かなくても弟たちは来ないでしょ」と言い返したら、「小姑がチラつくから息子が来ないんだよ」と言い捨てられた。 フミちゃんは、ブチ切れて、誰がしるかぁって思って、兄貴(フミちゃんの夫ね)に、「もう帰国しないから、文句言われてまですることないもん」って言ったら、兄貴が「でも孫の顔見れば、違うだろうから、二人連れて帰っておいでよ、向こうのお母さんも久しく孫の顔をナマで見てないから、転勤前にうちの実家には顔出したけど、結局、向こうは行かなかったから、子供連れて行っておいで」って兄貴が言って、兄貴はその時点でさっさと帰国の手続きを取ってくれた。 で、フミちゃん、再度実家に電話して、孫二人連れて帰国するからって言ったところ、フミちゃんのお母さん曰く「あんたね、言葉ってのは正しく使いなさいよ、孫二人、孫二人って言うけどね、孫は一人でしょあんた、女の子を孫って言うのやめなさいよ、婚家じゃそう言うかもしれないけど、うちはね、男以外は孫じゃないの」これでいよいよフミちゃん、ぶち切れて「もうしらねぇ。せっかく、帰国の手続き取ってもらったけど、そっちには帰らないから」って。 兄貴からは、フミちゃんのお母さんが手術することになったから、フミちゃんと子供たちを一旦帰国させたけど、今回はそっちには寄れないかもしれないっては連絡は入ってたけど、当の嫁さんは、国内線の飛行機の行き先変更しちゃって子供たちはと言うと、上の姪のほうは、「あっちのオバアチャンの家イヤなのよね。オバアチャンって、ひいきするんだよ」って7歳の子が言うし。下の甥のほうは甥で「ネエチャン(私の実家の姉)と菜っちゃんに会いたかったんだよ~」てな調子。 兄嫁に、「弟さんたち、お母さんの手術当日には行くの?」って訊いたら、「行かないのじゃないの?だって、今だ喧嘩続行中らしいよ、長男夫婦なのに同居しない、長男の嫁なのに、うちの流儀に従わない、二男夫婦は嫁の実家に同居したのが気にいらないって人だから」カァ最悪じゃなぁ・・・ハハハ母と姉が笑いながら私を見る・・・私「長男夫婦だから同居だとかさ、家の流儀だとかさ、悪いけど、フミちゃんの実家は、うちより凄まじいかなぁ・・・・」兄嫁「あれはね、うちの母が自分がされたことをそのまま息子の嫁に押し付けてるだけ、あんな電車も廃止された、バスも朝晩1本ずつしかないようなド田舎に一緒に暮らせって方が無理なのよ、挙句に女の子は孫じゃないとかさ、跡取りだとか、そういう事で固まってるんだから」母「あのね、陽菜子にも姉ちゃんにもフミちゃんにも聞いてほしいのね、私は、父親を戦争で亡くして母一人、子一人だった、だから戦後、母親は働いた、子供食べさせるため、自分が生活していくため、母自身の老後のため、だから母は経済的には安定した老後は見込めたけど、仏様はね、こればかりはね、永代供養って手もあるけど私が生きてる間は私の親だから私が見ていこうと思ったのね、幸い、お父さんもこれも何かのご縁だから、人は木の叉から生まれたのじゃないし、そういって私の実家のご先祖様に一緒に手を合わせてくれる。 ところが、私は二男の嫁だけど、二男だろうが三男だろうが嫁の実家の仏壇を家に入れるなんぞって言ってきたのが、私の姑、私の連れ合いの母親、この姑さんは実家は神徒だったのだけど、この姑のその上の大姑ってのが、実家の宗教を婚家に持ち込むなってお墓参りも行かせないような人だったらしい。それはもうすごい嫁いびりだったらしい、で、姑は自分がされたことを、息子の嫁たちにも同じようにやったけど、時代は戦後、日本の変革期だからそうそう受け入れられない、でも結構、我慢し、悔しい思いもしたものだった、ただ救いはそんな根性ワルの舅・姑でも、孫はとにかく可愛がってくれたことだけ。 ただそうした中で私が思ったのは、絶対に自分の息子のお嫁さんに意地悪言うまい、それでも気づかぬうちに嫌な事言ってたらごめんね、お嫁さんが実家の宗教を信心するのにも何も言うまい。長男の嫁だから同居しろ、とか、先々介護しろとか、跡取りだとか言うまい、家族というよりも家庭を大事にさせよう、結婚して一つの家庭を持ったならその家庭を大事にさせようって思った。 だから私は兄ちゃんに同居してもらおうなんて思ってもいないし、ただね、次第に身体弱くなって不安になってね、陽菜子が近くにいるけど・・・姉ちゃんでも近くに転勤してもらえればなぁと思ったのが、一昨年のこと、だからってネエチャンを縛り付けるつもりはないのだけど、こういう形になってはいるけど。 陽菜子もそうだけど、フミちゃんも、平成を生きるママ達が将来、長男だから同居、長女だから・・・って考えを持たないでいてもらえば、それが私には最高の親孝行であり、姑孝行なの」母はそれだけ言い終えるて、その後、兄嫁に「フミちゃん、行けとも行くなとも言わない、フミちゃんだけ行こうと思うならチビ二人は預かっておくし、二人連れて行くならそれでもいいし、ゆっくり考えて、だけど、手術すること決まった時、フミちゃんだけにお母さんが電話してきたって事も忘れないで」 兄嫁は一晩考えてみる、だけど、子供二人連れて行くと、明らかに差別されるので、って言ってました。お菓子一つでも、姪には絶対にやらないらしい。甥にだけらしい。兄嫁自身も、おばあさんからそうされて育ったらしいんです。だから、兄貴と結婚することになって、そんな事、いまどきあるものかって兄貴から言われて、驚いたって言ってましたから。私も結婚して、随分あきれたけど、明日、朝から何らかの連絡が入るでしょ。今夜はサッカーも見たいし・・・忙しい
2006年06月09日
コメント(19)
入梅宣言がとうとう今日あったけど、梅雨前に済ませるつもりで、とうとう完了してなかったことの一つに、台所の大掃除。シンクなんてものは、毎日、チョコチョコと磨けば曇ることないだろうがって思うのだけど、それをやらないから、曇りも出てくるんで・・・で、結局、時々大掃除になるのですけどね。今日は、徹底的にやるぞ、と、思い、まず、シンク下の棚の中を全部出す。少し歪んだ鍋、1年以上使ってない鍋、これらを処分。年に数回しか使わない鍋、これらを奥へ、とそうやって鍋類、密封容器類、と片付けていくと・・密封容器の入れ物だけ、フタだけ、鍋のフタなし、反対に鍋のフタだけ、というのがいくつか出てきたどうすれば、こういう事になるのか?そして、もう一つよく分からない事、ティファールの鍋セットのハンドルが何故か2本あるまさか・・・階下のと思い、下に行って確認したが、きちんとあって、まさか、実家のを持ってきた?と思い、姉に電話したら、「なんで鍋のハンドルだけ持っていくのよ、あるよ、きちんと。見つけきれなくて、ハンドルだけ買ったのじゃないの?」いやぁ・・・そういう覚えはないのだけど・・・あまり考えずにおこう・・・このセットは、友人の結婚式の引き出物でもらったものだったし、もしかしたら、最初から2本入ってたのかもって思うことにしました。深く考えない。しかし、45L袋一杯になるほど、色んなものを取ってたマイ キッチンでした。
2006年06月08日
コメント(10)
昨夜のこと。旦那の昨日の帰宅時間は午前1時過ぎ。飲んできたとか遊んできたではなく、昼出発アジサイを見て夕食後、ホタル見学ツアーなる日帰りツアーだったため、帰りが遅かったのです。帰るまで起きててくれたら、あとはすぐ寝ていいよ、一人で食べて片付けて風呂入って寝るから、っていつも言ってはくれるけど・・・・色々話し始めるから、結局、付き合う始末。あっさりしたものでいいよって言いながら、お素麺食べて、冷奴食べて、お茶漬けは2杯も食べれば、あっさりの意味も無いと思うのだが・・・そんな調子で、食べて、お風呂入って、旦那君が寝たのは、もう3時近く。旦那は今日は、午後からの出勤で、今夜は泊まりの仕事だから、朝遅くていいけど、娘の幼稚園あるから、私が朝起きる時間は一緒、と思ってたら、なかなか眠れない。そんな時、旦那が寝言言い出した寝言というか、完全、寝とぼけ状態、少し起き上がった状態で「この行程なら中国道がいいですかね、それとも山陽道を行って、途中のジャンクションで・・・ムニャムニャ」バタンと寝てしまう。すると、今度は娘が、「二つお泊りして、アジサイ見に行くのよ」びっくりして、顔を覗き込むと、ぐっすり睡眠中。親娘してどこへお出かけしてたのか?ママも遊び行きたいよ~
2006年06月07日
コメント(14)
リンクしてる人のブログの内容に嬉しい内容だと、一人でPCの前で喜び、笑える内容だと、一人で大笑いし、愚痴こぼしだと、そうだよなぁと共感したり、大変だよなと思ったり考える内容だと、ウゥンと考え込み、悲しい内容だと、涙ぐんでしまい・・・まぁ色々なんですけどね。ただ時々心配なのは、リンクしてる人が、まめに更新してた人が、数日空いたりすると、ちょっと心配、特に闘病中の人が更新してなかったりすると、具合悪くなったりしたのじゃなかろうかって気になったりするんですよね。それでも、足跡があったら、あぁ良かった、元気だったんだって思うんです。実際、今も、足跡あってちょっとホッとしたのです。
2006年06月06日
コメント(14)
この頃の娘のお風呂の時のこだわり。先日、実家に泊まったときの入浴剤、ラベンダーの香り、がいいと言うので、我が家もそれに。すると、今度は、「バァバは、ラベンダーのボディシャンプーで洗ってくれたの。菜っちゃんもそれで洗いたいのだけど」ナマイキばっかり言ってくれるんだから。
2006年06月05日
コメント(2)
私の住む町には、年に一回、町内大清掃なるものがあります。梅雨前のこの時期に、路肩の草刈やら、溝掃除、急斜面などの危険地域のチェックも行うというものなんですが、これ、毎年、6月の第一日曜と決まってる。別に強制ではないのだけど、やはり、皆さん、自分の家の周囲の道路脇などの草取りやらされてます。我が家も、舅が妙に朝から元気に、出てました。私も、珍しく日曜が休みになった旦那と共に、娘連れて出てました。うちの前の家のご夫婦は、お二人とも仕事上、日曜の休みは難しい人たち、ご主人は家電販売店、奥さんは大型スーパーなので、どうしても日曜は出れないからと、前日までに家の周辺の掃除をされてます。それはそれでいいと思うんですよ。無理に仕事休んでまで出来ないと思いますから。しかし、1軒、絶対出てこない家がある。50代くらいの夫婦と高校生ぐらいの娘と、二十歳過ぎくらいの娘といるらしい・・・いるらしい、というのは、高校生の娘というのは、制服着て朝から学校に行ってる姿を時々見かけるが、もう一人、娘がいるのか、その高校生の娘なのかは不明だが、時々、夜中に派手な化粧をして大声で歌いながら帰ってくる女性の姿が何度か目撃されているらしい。両親は、自営業で、宝石や着物の訪問販売をやってるらしい。私が結婚してここに来る3ヶ月ほど前に引っ越してきたというから、約5年ぐらい前に引っ越してきたらしいが、今だ、1度も、大清掃に出て来たのを見たことない。昨年も、その前の年も、班長さんと町内役員さんが、30分でもいいから出てほしいと言ったところ、うちはお客さん次第の商売だから、出られない、の、一点張り。で、こうやって、前日までに、行ってる人もいるのだ、草が生い茂ってるとやぶ蚊も発生し、あまり衛生的にもよくない、と、話したら、返ってきた言葉は「私達は蚊に刺されない」とのこと。大清掃終わって、他の近所のママ達とも話したけど、高校生もなった娘が出てきて、ちょっと草刈したって、いいだろうにねって。その家の周囲だけ、異常に草が生い茂ってます。
2006年06月04日
コメント(2)
我が家の裏の畑に植えてある里芋の葉っぱがかなり伸びてきた。私「ほら、菜っちゃん、あれね、里芋の葉っぱだよ、大きくなったね」娘「サトイモってお砂糖のイモ?」秋になったら、何が出てくるか、見せてあげるよ
2006年06月04日
コメント(6)
先日来、少し引きこもり気味の舅。それでも、舅のお兄さんのところへ、田植えや牛の世話の手伝いには出かけてる様子。朝早く、わざと聞こえるように、「さぁ今日も、いっちょ兄ちゃんのところで○○やってくるかぁ」と叫んで出て行きます。それに対して、娘は必ず、顔出して、「オジイチャン、行ってらっしゃい」と声掛けてます。それはそれでヨシと思ってます。子供がすることですから。でも、私は無視してる・・・冷たい嫁と言われようと、話したくない。それでも今日は昼前には帰って来てた様子。駐車場に車いれてる音がしてたので、あぁ早く帰ってきたのかぁって思ってました。今日はお昼には、姉が来る予定になってたので、私の車を奥の駐車場へ移動し、手前の駐車場を空けて2階へ。それで、姉が来ることが階下に舅にもわかったのか、舅はお昼12時頃、庭先に出てホウキを持ってウロウロし始めた。この舅のホウキ持ってウロウロは掃除する気など毛頭なく、誰かが来るのを待っている時の常套手段。舅のウロウロは2階の台所の小窓からよく見えるのです。また始めたなと思ってたら、姉が来ました。姉が、門扉を開けて入ってくると舅は、いかにも、奇遇のような顔で舅「あら、おねえさん、お久しぶりで」などと、随分、お愛想のいいこと。姉は姉で、そ知らぬ顔で「あらぁお義父さん、今日はもうお帰りだったのですね、ちょうど良かった。お昼用にと思って、パン焼いてきたんです。ライ麦パンですから、お義母さんも召し上がれますから、どうぞ」って。姉よ、さすが、貴方は営業職だよ。しれぇっと、喧嘩夫婦に会話させるようなモノもって来るんだもんなぁ別居しようかなって思ってるんだけどねぇって話しながら・・・来週、弁護士さんと話してからでも遅くはないだろうし、早急に答えを出すこともないだろう・・・って話をしていたら・・・舅が、チャイム鳴らしてから上がってきて、ノックしてから、ドアを開けたいつもは、ドカドカと上がってきて、ガバっとドアを開けるのだけど。そして、手には、大きな紫陽花の鉢。「裏庭に置いて咲いてた紫陽花なんだけどね、花が終わったら、植え替えしようと思ってたんだけど、良かったらお姉さん、持って行って。いつも色々お世話になって、今日はまた美味しいものもらって、花が終わったら、この付近から切るんだよ、一見、丸坊主になるけど、その方が来年、また大きな花咲くから・・・それからね、これ新じゃが、兄貴のところの畑で今朝掘ったものだから。陽菜子さんのところのは後でまた持ってくるから」やけにニコニコして、取っ掛かりが出来たのかいなぁ・・・姉に言わせれば、独り立ちできてない、甘えん坊の末っ子ちゃんなのだ、と。兄弟5人の末っ子で、小さい時はオジイチャンもオバアチャンもいて、姉や兄がいて、若く結婚して、奥さんがいて、子供が常に誰か同居してて、結局は淋しがりやのジジィなんだろうなって姉は言って帰りました。姉が帰るときも、舅は、すれぇっといつの間にか駐車場まで出てきて、「ご両親にもよろしく、気をつけてお帰りねぇ」なんて言って。旦那にも、今日は早かったんだねぇ、なんて、珍しく声かけたりして、よく判らない舅です。でも、結局は、甘えん坊のさみしがり屋のワガママじじなのかな?
2006年06月03日
コメント(4)
滅多にない事だけど、今日の玉ねぎは、とてつもなく目にしみたとてもじゃないが、眼を開けてられないほど。涙もボロボロ。すると、台所におままごと道具を並べて遊んでた我が娘。「ママ・・・どうしたの?ママァァ、泣かないでぇ」と半べそ状態。ま、可愛いところあるじゃないのって思ったのもつかの間ピンポンとチャイムが鳴って、姉が来たと判ると「キャァネェチャンいらっしゃぁい」と飛んで行った。その後、ママの所へ戻ってきたのは、30分以上過ぎてからだった。フン、ちょっと心配してくれても、君はネエチャンが持ってくるメロンパンのほうが嬉しかったのね
2006年06月03日
コメント(2)
我が家の固定電話は、年老いた親戚専用回線のようなもので、通常、実家や友人たちは、携帯に掛けてくる。固定電話にかかるのは、親戚かセールス。今日の昼間、家の電話がなる。誰やねん?番号見ると、市外局番が実父の実家の地域の市外局番。何かあったか?と思い、とっさに電話を取ると、なんと全然知らない声そして、第一声電話「お嬢様ですか?」私「失礼ですけど、どちら様?」電話「お父様かお母様は?」私「いません」電話「そうですか、じゃあいいです」何かのセールスだったのかもしれないが、そんなお嬢さんってほど、若い声か?アホやな~♪と思いつつ、気になって着信履歴から、親戚の電話番号を全部調べたけど、該当なしたぶん、何かのセールスさんだったのだろうな
2006年06月02日
コメント(4)
朝から、娘を幼稚園へ送り届けてから、近くのスーパーへ。今日はトイレットペーパーとティッシュペーパーの特売日。他のママ達と、値上げ前に少し買っておかなきゃね、でも買うにも限度あるよね、これから梅雨で紙製品は湿気呼ぶしね・・・と話しながら、いざ、スーパーへ。田舎のスーパーで、レジは2台しかありません。小さなスーパーです。お一人様2組までと書いてあって、そうそう商品数も多くない店で売り出し商品だけを開店と同時に買いに来る人が多いような小さな店。そんな店だから、来るお客様も殆ど、顔見知りの近所の人ばかり。トイレットペーパーを2組、ティッシュペーパーを2組、他のママたちや、他のお客様たちも、ほとんど同じ。でも、その人はすごかった、やはり商品は、2組ずつ購入し、お金を払うと、店の入口前に商品をおき、また店の中へ戻り、また2組ずつ商品を持って、最初にお金払ったレジとは違うもう一台のレジへ。ここで終わるかと思ったら、また、店の入口前に商品をおき、また店の中へ戻りまた、2組ずつ持ってきて、最初のレジへ。呆れて他のママ達と眺めてたら、結局、5回、繰り返して、すごい量のトイレットペーパーとティッシュペーパーを車にポンポンポンと放り込むように入れて帰って行きました。見かけない人ね・・・でも、すごいねぇ、近所の人じゃないからできる事よねって思わず言ったものでした。
2006年06月02日
コメント(2)
今日から姑が仕事に復帰。あやつがいないだけでも、昼間、少しは気楽。でも、今日は旦那が休みだったので、旦那が階下の舅のところへ、交渉に行った。最初に、固定資産税、この家、結婚する時に二世帯住宅で立て直して、固定資産税に関しては、全額、ジジババで持ってくれるって話だったと思うのだけど、いつの間にか、半分徴収に来る。次に、もう少し、ジジィよ、ババァを大事にしろ、と。本気で、熟年離婚されるぞ、と。脅しじゃない、と。糖尿病で食事制限してる人間の目の前で、お菓子買ってきて食ったり、自分だけ惣菜買ってきて食うな、と。また、ババァのうつ病の原因の一つに、主人在宅ストレス症候群、なるものがある。ジジィがリタイヤして、家で三度、三度、メシ食って、その茶碗すら片付けない、そういう生活が、ババァのストレスとなり、病気へと繋がった。次に、光熱費の過剰チェックをやめろ、余計なお世話というかもしれないが、昼間、家でTV見てポットでお湯沸かして、お茶飲んでるのはジジィのほうがはるかに多い。そんなに電気代が気になるなら、いっそ、使うな。一応、これだけ言ってくる、と意気揚々と階下へ降りて行った旦那。10分もしないうちに、親子大喧嘩になってた。上で、黙って聞いていたら、「誰のおかげで大きくなったんだ」とか、「誰の稼ぎで食えたのか」なんて事を舅が叫んでる始末・・・やっぱ、この家、出て行こう・・・ちょっとした情けを持って、このアホ義両親に付き合いたくないや、家探そう、借家だっていいじゃねぇか、庭付き一戸建てじゃなくたって、賃貸マンションだっていいし・・・で、私は私で、ネットで家探しを始めてた。ところが・・・うちの旦那もねぇ、全くもう・・・ジジィと二人で二階へ上がってきやがった。喧嘩の場所をこっちへ持ち込むなっての、それにね、第一、私が、入ったら、丸く収まるものが、ひし形ぐらいでおさまるぞ・・・て。舅の言い分として、固定資産税は、当初、自分の目の黒いうちは払ってやるつもりだったが、年金が思いのほか少ないので、半分払え、それとも、払えないほど生活が困窮してるのか?バァサンに対して、これ以上を何をしてやれというのか、大した稼ぎもないくせにパートに出てちょっとばかり稼ぐからと偉そうな顔をして、そのくせ病気になって、おふくろは、病になっても親父に看病なぞさせなかった。光熱費もオール電化にしたほうが安くなるって言うから、本当は2階も一緒にオール電化にしたかったのを、あんたらが2階は別だとさせなかっただけ、実際、幾ら安くなるか、ローンの金利分まで含めて幾ら得かチェックするために、毎日チェックしてるんだ、それを、ババァがガタガタいうからおかしくなるんだ。ってのが舅の言い分。どう聞いたって、アホとしか言い様がありませんね。って言っちゃった。話しを聞いてて、完全にぶち切れた。そうしたら、舅、ポカーンと口あけて、私と旦那の顔を眺めて、黙って降りて行きました。その後、姑が帰ってきてから、また旦那が降りて行って、色々話して・・・舅に、家のことをやれと言っても、それはもう無理。世間一般の男性たちは、いまや、食材の買い物にも奥さんと一緒に出かけるが、昔から一切、そういうことをやったこともないし、今後もきっとしない、それはもうあの舅の人間性の問題、今日もパート先で、天気のいい日は亭主に布団ぐらい干させなきゃって言われたけど、そういうことを恥と思ってる人だし、小さい時から、家事というものは親がしてくれて、お姉さん3人がしてくれて、結婚してからは嫁がしてくれて、で、生きてきた人間。子供の学費がどれくらいかかるのか、月々の生活費がどれくらい掛かってるのか、持っている借家の家賃収入、維持費がどれくらい掛かってるのか、一切、若い時からノータッチで来たのが舅。舅は、若い頃からパチンコや、競輪・競馬などのギャンブルに手を出すことも無く、家と仕事の往復のみで、趣味と言えば、マラソンと登山のみ。その趣味も最初の定年後に始めたもので、二度目の就職先で同僚から誘われ始めたもの。しかし、年の行ってからの麻疹は重症というもので、この趣味にはとにかく、金を掛ける。自分は目一杯働いて、若い頃は遊びもしなかったので、金は持っていると思ってたらしい・・・が、先般、姑が入院して、自分名義の通帳の残高見て・・・で、まぁ、私と姑で話したことは、姑の食事は制限が必要なので、私がレシピを作って渡す。それを、姑が自分で作る、作るのは、階下にミニキッチンが姑が現在、使ってる部屋にあるので、そこで煮炊きする。病院の送り迎えは、私か旦那で極力行うが、但し、毎月、ガソリン代は払ってもらう。それと、車の使用料という事で、車の税金を年間10%姑から貰う。固定資産税は、悪いけど半分出してくれ、と。将来のこと、見据えて少しでも出費は抑えたいとのこと。但し、今後は、少々の遅れはOKとのこと。尚、この家は、現在、旦那と舅の共同名義だが、年内に外壁のリフォームなどを行うので、その際に、名義の変更も検討⇒現在持ってる借家のことやら、他にも色々あるので今度、弁護士さんを入れて話をすることに。舅はと言ったら、今日は、引きこもりになってたらしい。姑の話では、夕方、ちょっと出てきて、お弁当買ってきて、自分の部屋にまた引きこもってしまったらしい。少し、一人で頭冷やしてほしいものです。別居したい気もするのだけど・・・姑をいま、放り出したらって・・・ジジィ一人だったら、放り捨ててるのだろうけどなぁ・・・実家の父も若い頃は結構、ワンマンだったから・・・ただうちの親父さんは、最初の定年、迎えた頃から随分変わったけど、ジジィは変わらないままだった・・・姑も嫌いなんだけど・・・情にもろいのかな・・・
2006年06月01日
コメント(4)
全35件 (35件中 1-35件目)
1
![]()
