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例の施設の指導ボランティアは延期に次ぐ延期で今月は結局1回しか実施できずに終わってしまいました。各担当者毎の業務の都合で時間が合わないようです。メンバーには当方の当初想定した以上のやる気が見えたのに少し残念な気がします。でも、これが一般的な”習い事”の実情なのでしょう。だから、自分もそれを前提として関わっていきます。短いとは言えない時間を経てようやくこのように考えられるような余裕を持てるようになりました。歳をとることの良さというものを感じます。
2006.01.30
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旧暦だと今日が新年の元日だそうです。新暦の1月1日に、「迎春」だの、「新春」だのという文字を見てもまるでぴんと来ませんが、この時期になると寒さはまだ続いているものの日差しが春めき始めてきていて「春」という感じがします。年中行事も各地域によって旧暦で行われたり、新暦で行われたりしているようですが、季節に関わる行事は旧暦に統一するというのもひとつの案ではないかと思います。 月を基準にしている旧正月
2006.01.29
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我々は練習する時に教わった通り、正しい姿勢や動作に近付こうと努力しながら行います。これは当然のことですね。さて、訓練法の中にはその注意事項を守らないと身体に悪影響を及ぼすものがあります。そうです。先日の記事をお読みになられた方なら、これからすることがすぐにお分かりのことでしょう。あえてその注意事項を守らずに行ってみます。姿勢、動作、回数、方向、呼吸その他さまざまな条件を変えて行い、”要領を守らなければ○○になる。”の○○が、どういう条件で現れるのか試してみます。これにより、自分なりにその許容範囲がつかめてきます。ただ、危険を伴うものもありますので、全てについてこれを行うのは適当ではありませんが。今回も酔っ払いの戯言ですので聞き流してください。
2006.01.28
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号令をかけながら学ぶ形式のところでは不可能ですが、個別指導の場合に使える学習法をひとつ。我々は学ぶにあたって、より正しい姿勢や動作を会得しようとします。これは基本であり、特に初心者はこれを崩してはいけません。しかし、ある程度慣れてくると、気になることがふと出てくるはずです。この姿勢・動作の許容範囲はどれくらいなのだろう、と。でも、そういうことを教える指導者は当然のことながらなかなかいません。そこで、その姿勢・動作を次のような対話をしながら見ていただきます。「こんな感じでよろしいでしょうか。」「いいよ。」「では、こんな感じはどうでしょうか。」「あー、駄目、駄目。」「すみません。では、もう一度見てただけませんか。」「う^ん。さっきよりいいね。」正否判定のあるデータをより多く得ることにより、許される誤差の範囲が見えてきます。ただし、この方法は場合によっては失礼に当たることや、その方の性格によっては機嫌を損ねる恐れがありますので、十分に対人関係を築いた上でなければできないでしょう。そして、さらに修練が深まり、動作や姿勢が自らの身に定着し始めるとこのようなせこい裏技など無用になります。酔っ払いの戯言ですので聞き流してください。
2006.01.27
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最近、周囲で腰痛が流行っています。痛そうですね。かく言う自分もかつては腰痛持ちだったので、その痛みはよくわかります。今日、職場で除雪中に腰を痛めた人がいました。この時期、降雪地域の住民なら珍しくないささいな出来事でしょう。痛がって壁伝いに歩いているご本人さんの周りでは、病院へ行け、整体へ行け、あれがよい、これがよいと話に花を咲かせていました。その賑わいを遠くに聞きながら、自分の仕事を処理していたのですが、しばらくしてその騒ぎがひけてから、本人に相談をもちかけられました。別に意地悪しているのではありません。自分は開業しているわけでなく、しかも、近所には同じ流儀の整体院が開業されている。こんな状況ですから、己の分際をわきまえているつもりなのです。さて、この人の腰痛は結構年季が入っていて過去に何度か診察や施術を受けた経験があるほどでしたが、痛みが起きてからの時間がそれほど経っていなかったことと、それほど重症でなかったことが幸いして20分弱の簡単な施術で傷みを概ね消失させることができました。良かったです。実は、前の職場でも一度だけ要請を受けて行ったことがあったのですが、その時は、痛みが起きてからかなりの日数が経過していて、しかも、しゃがんだ姿勢から動くことが出来ないというほどひどい症状で、とても、手に負える状態ではなく、大至急、病院へかかるように助言するのみだったという苦い経験があり、内心、少なからず不安がありました。でも、効果があったようで、こちらとしても本当に嬉しく思いました。余談ですが、普段は自分の練習生しか施術の対象としていません。今まで、肩こり、腰痛、膝痛の解消に役立てることができましたが、痛いだの何だの言っても彼ら彼女らは仮にも拳を振るう人たちですから、こちらも安心感があるんですよ。
2006.01.26
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最近は各々の会員の減少に伴い、盟友団体との線引きが曖昧となり一体化しています。もとより地元には当方主宰団体のメンバーはいませんから、空き箱に色々なものを放り込んだ状態で、不思議な感じの稽古の場になっています。そこには必ずしも自分とは志を一致させるような方々ばかりではありませんが、黙々と個々人の練習に打ち込む姿はとても心地よいものです。そんな中、今日は一組の親子が見学に来ました。母親は若い頃に剣道をやっていたほか、ジャッキーチェンのファンでもあったそうで、結構、話が分かる人でした。聞くと、本当は別に習わせたいものがあるそうですが、子供を受け入れているところがほとんどないとのことで、また、兄妹揃って体育が苦手なので、一般のスポーツや武道は少々難しいので、ここへ来たとのこと。特に、個人指導してくれるのが魅力だとか…。前段の運動音痴はさておき、個別指導を望む初心者なんてまさに通ではありませんか!久々に良い気分になり、太極拳と少林系の套路を少しずつ表演しました。その後、低圧腿をやってもらい、また、ちょうど、この日から五歩拳を始める方がいたので、一緒に最初の部分の動作を学習してもらいました。兄のほうはいわゆる”薀蓄君”で、実技より理論を捏ね回すのが大好きなタイプで、あまり乗り気ではないようでしたが、妹のほうは五分五分と言ったところのように見受けられました。さて、どうなることやら。
2006.01.20
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若者は仕事や学業のために地方から都会へと出て行き、再び戻ることはありません。この現象は自分が主宰していた会においても顕著で、当時の年齢構成が十代から三十代であったことも手伝って、毎春ことに一人、二人とこの地を後にしました。そして、新たに入る者よりも出て行く者のほうが多かったために、ついに一昨年の春に地元には練習生が一人もいなくなりました。離れていても練習を続けている者、続けていない者、時々、連絡をくれる者、音信不通となった者、身近にいる時はどうしようもない奴だと思っていた者が、ご利益があるからと言って有名な神社の御守をわざわざ送ってくれたり、逆に、頼りにしていた者の連絡が途絶したり、と、様々です。それぞれの前途を喜び、祝う一方で、去っていく彼ら・彼女らを送り出す時の寂しさはとても辛いものでした。それでも、今こうして振り返ってみると、その時点では大いに悩みはしたものの、自らの会を起こしたことは、自分自身の成長のためになったと確信することができました。同じ師に学ぶ者同志で団体を結成し、師匠と会員の間、会員相互の間をとりもち、練習場所や宴会場、食事会の手配、運営費の捻出に夜遅くまで奔走してこともありましたが、結局、師がいなくなって間もなく、内部で主導権争いが起きて、その集団から離脱、志を同じくする後輩たちとともに会を発足したものの、それも数年後に、その彼らが蜂起して空中分解してしまいました。そして、自らの一存で全てを決する、なんて言うと独裁的な感じがしますが、そういうスタイルの団体を設立し、志の同じ者は受け入れるが、異なる者はお断りする、といった厳しい方針でメンバーの選定をし、結果として、先に述べたような揉め事は一度も起きなくなりました。いや、正確に言うと、志を異にした時点で辞めていただくことになるため、常時、快適な人的環境で活動・稽古ができたのです。このような形態は無償指導だからこそできたことであり、これが収入源の方にはとても真似のできないことであろうと思います。さて、その一方で、希望者は誰でも受け入れるスタイルの団体も別に起こしました。しかし、会員数が増えるのに従って、派閥が出来たり、勝手に独立して教えるようになったり、挙句の果てには団体そのものを乗っ取ろうとしたり、で、終いには嫌気がさして5年ほど前に打ち切ってしまいました。自分にとっての武術との関わりは稽古以上に対人関係でのいざこざに振り回されてきたような気がします。それゆえに、こんなものに関わって限りある人生の貴重な時間を無駄にしてしまったのではないかと悔やむことが少なくありませんでした。しかし、今は違います。自ら心血を注いで育てた練習生との交流が、暖かく、力強い記憶となり、細々ながらも武術に関わってきたことを全面的に肯定しています。もしかすると、自分は彼ら・彼女らに育てられて初めて指導する者として覚醒したのかもしれません。
2006.01.19
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今年の冬は例年より寒いので、今晩はさらに一枚多く着込み、凍った道を施設へむかいました。星空が綺麗な夜でした…、とは真っ赤な嘘で、空を見上げる余裕はありません。年末年始をはさんだため、前回の稽古日から一ヶ月も過ぎてしまいましたので、おそらく、すっかり忘れてしまっているんだろう、と、半ばあきらめの気持ちでした。到着すると担当者のほかには誰もいません。曰く、「まだ誰も着ていません。○○さんはさっき帰ってしまいました。××さんは仕事の都合で…。」自分にとって人数はなんら問題ではないので、定刻を5分ほど過ぎたところで開始しました。人数はその後、ポツリポツリと集まり、30分後には3名、1時間後には4名になりました。さて、心配を少しだけ裏切り、前回の内容はある程度覚えているようでした。聞くところによると、最近は行っていないものの、先月の第一回目以降しばらくの間、毎日、練習していたそうです。これまでに、もっと若い年代の方でも、一週間で綺麗さっぱり忘れてくる人が大変多かったのに比べるとよい心がけだと思います。稽古の中身は前回に引き続きポンリージーアンと単推手を行いました。おそらく、しばらくの間はこればかりやることになりそうです。終了時刻近くなって、突然、蹴りの話題になりました。ある程度(足が上がるだけの)柔軟性がないと難しいですよ、と、止めたのですが、ダイエット効果云々から、結局、ゆっくりの登脚、武術基本功で御馴染みの[足易]腿を2つほど紹介することになりました。これまた意外でした。かつて自分が教えた人の中に、60代の方で初心者から始めて、その後、普通に20代の人と一緒に[足易]腿を練習されていた人はいましたが、その方だけが特別で通常はこういうハードそうなのは敬遠するものだろう、と勝手な思い込みを持っていました。反省です。今月は先週が祝日だったために変則になり、次回は次週なのですが、ちょっと楽しみになりました。
2006.01.16
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今日は朝から粉雪が軽く吹雪いていました。近所の店に買い物に行った帰り、歩道に面して立っている自動販売機群の前で立ち止まり、FIRE を購入。ゴトンと音がして取り出し口の右側に間が落ちてきました。それをおもむろに取り出してから、次いで、生茶を購入しました。280ml入りのペットボトルのせいか、今度は音が鈍い。取り出し口の左側に手を入れて取り出そうとすると、なぜか午後の○○もそこにあるのです!大変複雑な心境になりましたが、自分の買った物だけ取って帰ってきました。販売機の故障で2個落ちたのか、誰かが置いていったのか分からないですから。こういう場合は、どうするのが最も良いものなんでしょうか。
2006.01.14
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久々の現代劇で新鮮な感じがしました。一般的な感想とは異なる視点から述べますと、武術を会得していることを隠し、普通に生活している達人達の姿に感動しました。かくありたいものです。アクションや特撮について云々するのは置いておきますが、かなり通好みの拳種が登場しますね!
2006.01.09
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今年のNHK大河ドラマ第一回見ました。大河はもう十数年毎年見ています。歴史には興味があるからというと、ちょっと聞こえがよいのですが、実は、各々の歴史上の出来事については道産子のせいかあまり身近なことに感じることができません。実は、合戦シーンに魅力を感じるからかもしれません。ドラマと分かっていても、だんだん吸い込まれて、血が沸き、肉が躍るんです。単純な理由でした…。
2006.01.08
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確か昨夏公開だったと思うのですが、早々と近所のレンタルショップに並んでいました。賛否両論あったようですが、自分としては「否」に一票です。単に、前後の話の辻褄合わせをしているように感じるのですが、いかがなものでしょうか?
2006.01.08
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思わずタイトルにつられてレンタルしてしまいました。借りてびっくり。『南少林』の続編みたいな話でした。ストーリーはもうありきたりの話で、特に、どうこうというほどのものでもありません。どうしても気になる方はお近くのレンタルショップへGO!それにしても、さすがに同じようなアクションを見ていると飽きてしまいますな…。
2006.01.07
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謹んで新年のお慶びを申し上げます。昨年は大変お世話になりました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2006.01.01
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