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米国に対して「交渉してますよ」というポーズを取っているだけで、実際の合意などとてもできまいと思っていたので、「慰安婦」外相会談の妥結には驚いた。 おそらく今後も日本大使館前の慰安婦像は移設されないだろうし、韓国の次期政権はまた慰安婦問題を蒸し返すだろう。そのくらいのことは安倍首相も外務省も織り込み済のはずだ。 「軍の関与の下に」云々のあいまいな言い方も悔しい。 個々の老女らの名誉と尊厳を傷つけたのも日本国ではなく、彼女らを反日運動の材料として全世界のさらし者にした運動家らやメディアのほうだ。 しかし冷静に考えれば、今回の妥結で得たものは大きい。苦渋の内容を考えれば安倍外交の「勝利」とまでは言えないが、堂々の及第点だ。■「金額で決裂」だけは、まずい ■ 韓国側が20億円を要求してきたときは、金額で決裂したらまずいなと思った。なにしろ相手は「ウェノム(倭奴)どもは銭カネ惜しさで韓国側の誠意を踏みにじりました」と、またまた全世界に触れて回る人たちだ。 決裂するとすれば、銭カネ以外の本質的なところでなければならない。となれば当然「文書化するかどうか」が争点になるべきだ。 ところが韓国は、日韓基本条約の有効性についてすら半世紀後にイチャモンをつけてくる、とんでもない国だ。 今回の外相会談の妥結内容を文書化することにこだわったところで、どれほどの意味があるのか。交渉にたずさわる外交官たちに、そんな空虚な思いが去来したとしても不思議でない。 むしろ外相会談の直後に、宗主国の米国から「合意の遵守」を求めるコメントを出させたほうが千倍有効だろう。外交の方法は、相手の成熟度合を見て変えなければならないこともある。 今回の展開はそういうことだ。■ 諸外国も「飛び火」は勘弁してくれと ■ はっきり言って、韓国人らがどう騒ごうが、もうどうでもいい。 朴槿恵(ぼく・きんけい)の次の大統領、たぶんあの連合国組織のナスビのような事務総長が、「性奴隷」問題を触れて回ろうとも諸外国がこう言い返してくれればいいわけである。「最終的で不可逆的な解決があったのでしょ」「性奴隷でなく“日本軍慰安婦被害者”なのでしょ」 軍隊による女性狩りがあったのなら、言い逃れできない犯罪行為だ。 しかし多方面の研究で今や明らかになっている。「慰安婦」問題とは詰まるところ、「軍人の風俗業利用のための便宜供与や業者監督等の諸施策」だった。 たしかに小・中学生に向かって全容は語れない。確かなことは21世紀の今日もなお、このレベルで語るなら真っ白けの大国は皆無だろうということだ。 まして米国のように奴隷制度のあった国は、本当の意味で「性奴隷」がいた。 白人の主人のために性の奴隷として無償奉仕させられた有色の女性たち。白人と黒人の結婚が禁止されていたにもかかわらず米国に存在する多数の混血者たちこそ、性奴隷の歴史を象徴する「歩く銅像」だ。 小学校の優等生のような朴槿恵が無邪気に騒ぎ立てた慰安婦問題は、諸外国にとって、飛び火されては困る論点なのである。■ もっとだいじなことがある ■ だから中国と北朝鮮を除く諸外国は「最終的で不可逆的な解決」を歓迎するだろう。 その構図を破綻させるためには、日本の大臣級が失言することが必要だ。だから朝日新聞や共同通信は新しい大臣が就任するたびに、慰安婦について失言をさせるべく、挑発的な質問をするだろう。 そんなものは「想定問答集」どおりに打っちゃればよいのだ。 日本には、憲法改正という、もっともっとだいじなことがある。安部内閣が目指す大きな目標を、わたしは強く支持する。◆◆ 後記 ◆ ◆ いくつかのブログを拝見しましたが、以下のものに注目しました:「え? 安倍さんが韓国に譲歩? 敗北? んなわけないでしょ(笑)」http://ameblo.jp/tokyo-kouhatsu-bando/entry-12111421307.html このかたの予想は、韓国側による蒸し返しは極めて困難だろうというもの。 わたしの予想は、それでもやっぱり蒸し返して、本性をさらしてしまうだろうというものです。「【従軍慰安婦】韓国政府と挺対協とハルモニ」http://ameblo.jp/free-and-obligation/entry-12111159991.html いまや慰安婦問題は純粋に韓国の国内問題へと変質した、というもの。 観点は正しいですね。でも慰安婦の前の「従軍」は余分だな。* 「慰安婦」を a sex slave と呼ばないことを韓国政府も公式に認めたわけですから、文春新書『英語学習の極意』152~155頁に書いたとおり、旺文社『オーレックス和英辞典』は「従軍慰安婦問題」の訳語を早急に改めてもらいたいです。 「安倍外交は堂々の及第点だ」は、12月29日に無料配信したコラムです。 登録読者数は約 6,000名。あなたもメルマガ「国際派時事コラム」の読者になりませんか。 ↓ こちらでアドレス登録ができます。http://www.mag2.com/m/0000063858.html
Dec 29, 2015
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東宝映画「杉原千畝(すぎはら・ちうね)」が上映中だ。 予告篇が繰り返し言う。杉原は国家・政府に「背いた」外交官だと。だから観に行く気にならない。 靖國神社社務所が発行している月刊『靖國』の平成20年12月号に、上杉千年(うえすぎ・ちとし)さんが「ユダヤ難民を助けた日本人」と題して、杉原千畝が何を行ったのか、納得のいく形でまとめておられた。 そもそも、ほんとうに杉原千畝のビザが日本国に背いて発行したものなら、日本国政府はユダヤ人難民に向かって冷徹に「残念ながら、そのビザは違法なもので、無効です」と言えばいいようなものだ。 上杉千年さんの一文ではじめて腑に落ちるものがあった。 わたしは当時それをブログに紹介したが、あらためてぜひ読んでいただきたく、以下転載します。■ なぜ杉原千畝は日本人ゼロのリトアニアにいたのか ■ 杉原千畝がユダヤ人難民にビザを出すとき、具体的に外務省からどういう難題を突きつけられたのか、わたしは勉強不足でよく知らなかった。 ミュージカル「SEMPO」で杉原千畝はユダヤ人難民へのビザ発給を始めるとき「違法なビザを出すつもりはない」とはっきり言う。 外務省側の裁量で受入れ人数に制限があるのを無視したが、とにかく形式だけは満たした、ということのように思われた。 上杉千年さんの講演録を読むと、興味深い事実がいろいろ分かった。いずれも常識に照らし合わせて腑に落ちるのである。≪杉原千畝はリトアニアにただ一人で行っているのです、領事代理として。奥さんがついて行ってアシスタントをやっているわけです。一人で行って何をやっているか。領事というのは日本人の保護、貿易、そういうことをやる仕事です。ところがリトアニアというのは日本人はただ一人もいない。結局、陸軍の要請で外務省が派遣したものだと思うのです。あそこは第一次大戦以降独立国ですから、ソビエト、ポーランド、その辺の動向の情報をとるということで行っている。それで日本人が行っても情報がとれませんからユダヤ人を使うわけです。何人かのユダヤ人を使って情報収集している。そこでユダヤとの関係が必然的にできてくるわけです。≫■訓令は何と言い、本庁はどう指示したか■ う~ん、なるほど! ミュージカル「SEMPO」では、リトアニアはカウナスの街角で出会ったユダヤ少年のソリー・ガノールとの会話がユダヤ人との接点の始まりとなっているが、まぁ 現実はもっとドロドロしていたろう。 ヒトラーが昭和9年8月19日に総統となりユダヤ人の国外追放を始める。(これまた上杉さんの注記で知ったが、ユダヤ人虐殺が始まったのは昭和16年以降であり、それまでは「国外追放政策」だった。)≪難民として出てきますから、それに対してどう対処するか。昭和10年にユダヤ人問題に関する帝国の方針が決まる。帝国政府は、白系ロシア人(【泉注】ロシア革命後、ソヴィエト政権を受け入れずロシア国外に脱出・亡命した旧ロシア帝国国民)に対するのと同じように扱うことに決めたわけです。どういうことが決まったかというと、日本の勢力圏を通る通過ビザについては250円、日本滞在を目的とする者は1,500円見当の見せ金を示せと。それと通過ビザについては受け入れるところのビザが要る。そういうことが、昭和10年3月12日 『独逸(ドイツ)避難民ニ関スル件』という訓令として決まったわけです。≫ ああ、そういうことだったのか。 たしかに、東京の街がホームレスと化したユダヤ人難民であふれたら大変だから、ちゃんと生活資力を持った者だけを受け入れるようにという訓令が出されたのは理解できる。 そして、杉原千畝の眼前に集結したユダヤ人難民がこの条件を満足できぬことも。■ たとえて言えば、こういうこと ■≪杉原千畝が「ビザを発行していいか」と伺ったのに対して、本省からの訓令は「ビザを発行してはいけない」とは一言も言っていない。「ビザ発行条件にしたがって発行しろ」と。当たり前ですね。切符を売るのに、切符を売る条件にしたがって駅長は切符を売るわけでしょ。ただで切符をくれる馬鹿はいないわけです。そこで杉原千畝は今でいう公務員、官吏ですから、訓令通りやらなきゃいけないわけです。ところが、ビザの発行条件に合わない人がいっぱいいる。そこで彼はどう考えたかというと「ここでとにかくビザを発行し、条件は日本へ着くまでに満たされればよい」と。だから、特例としてビザを発行している。ウラジオストックに行くまでに、なんだかんだで、ひと月くらいはかかる。その間に、アメリカのユダヤ人協会から金を送ってくれる。少なくとも神戸にユダヤ人がおって、ウラジオストックから敦賀に着き神戸に行くので、神戸に滞在している間にはお金がはいる。そこで帳尻があう。すなわち、東京駅へ行って「切符を売ってくれ」「はい、250円」「カネ、ありません。売ってください。名古屋まで行くとオバサンがおって金払うで」「そうか、名古屋で払ってくれるのならええわ」と言って駅長が切符を渡すようなものです。≫ これは分かりやすい例えだ! 規則を作ったひとも、人情駅長も、どちらも悪人ではないのである。■「命のビザ」後に勲五等をもらった ■ 上杉千年さんは、いきどおる。≪それを、教科書や世の中のマスコミは「ビザを発行してはいけない、と外務省が言った」と。話が全然ちがうでしょ。外務省は、「おカネを払っている者に切符を売れ」 と言っているのですから、当然の言い方でしょ。で、通過ビザですから行き先がいるわけです。さいわい、オランダの大使が南米の孤島みたいなキュラソー島(【泉注】現在もオランダの殖民地)に行くビザを発行してくれた。もう一つの行き先は上海。上海は自由都市で、ビザなしで行けるのです。問題はお金ですよね。見せ金。貧乏人もおれば……難民ですから……先付けということで処理した。杉原千畝は非常に偉い人なんです。≫ 歴史に残る、話の分かる官僚だったわけですね、杉原千畝さんは。≪こうして、ユダヤ人がどんどん来るから、ウラジオストックの領事館は困っちゃった。杉原千畝の発行したビザを持っていますから対応しないわけにはいかないのです。それでみんな船に乗せて敦賀に来て、日本の内地では軍も警察も県庁も何も干渉しなくて、兵庫県のごときは積極的に保護してやった。それで神戸に落ち着いて。アメリカへ行ける正規のビザを持っている者はアメリカに行った。無い者は上海へ。どんどん上海へ行くわけです。≫ 日本人の常識からすれば、当時すべての人々が同情心120%でユダヤ人難民に接したと思うのであります。≪杉原千畝は昭和15年9月に、バルト3国がソビエト領になるから出ていけといわれました。それでベルリンへ9月1日に行くわけです。杉原千畝は事実上、訓令違反をやったのですが、ベルリン駐在大使から一言も文句がない。文句がないということは本省から文句言ってきていないということですね。その後、チェコ・プラハの市毛孝三総領事の後任として栄転していくわけです。そしてどんどん栄転していって、昭和18年に三等書記官になるのですね。昭和19年になったら勲五等をもらうんです。訓令違反をして処罰された者が昇進したり勲章をもらえる道理がないのです。すなわち、ユダヤ人を助けるということについては、帝国政府および陸海軍は積極的に認めておったからなんです。≫■ 昭和22年の失職の理由 ■≪杉原千畝は昭和22年4月に本国に帰り、岡崎外務次官から呼び出しをうけ、「あなたはやめてくれ」ということで6月7日に馘(くび)になる。それをマスコミなどは「ユダヤ人を助けた、訓令違反をやったから馘にした」というのです。昭和15年のことを昭和22年、しかも戦争終わってから馘にしますか、そんな理由で! 常識で考えればわかるでしょう。敗戦によって、外交官の身分の者は半分ぐらい馘になる。外務省、要らないんですから。ロシア課というのがあるでしょうけど、本国におったのが椅子を占めているから、杉原さんは失業ですよ。だから 「ご苦労さまでした」 といって割増の退職金が出たというんですね。要するに単なるリストラであったと思うわけ。≫ 上杉千年さんの文章を読んでいて、すがすがしく感じられるのは、いちいち常識に照らし合わせて納得できるからだ。 歴史とは、幾千万の「フツウ」から成り立つ偉大な営みなのだ。■ 樋口季一郎中将のこと ■ 上杉さんの語りで、あとひとつ心を引き寄せられたのが、わたしの尊敬する樋口季一郎中将にまつわるエピソードだ。 樋口季一郎中将は、昭和13年に少将としてハルピン特務機関長であったときユダヤ人難民の満洲国入りを助け、昭和20年には札幌にいてソ連軍の千島侵略への抗戦を指示した救国の大英雄だ。≪ユダヤ人を助けた人々は、敗戦後にユダヤ人により戦犯処刑より助命されました。樋口季一郎さんは、終戦のとき陸軍中将として札幌にいた。ソビエトは「樋口季一郎というのは、ハルピン特務機関長、さらに札幌では第5軍司令官として占守(シュムシュ)島の最後の戦争をやったから戦犯としてよこせ」とマッカーサー司令部に要求した。マッカーサー司令部におるユダヤ人たちがすぐさま本国のユダヤ人協会に連絡したとみえて、アメリカのユダヤ人たちが国防省と国務省に圧力をかけた。そこでマッカーサーに「樋口季一郎を引き渡してはいかん」という指示が来たので、樋口さんは助かった。しかしご本人は知らないわけです。ところがアインシュタインの昭和25年頃の来日の歓迎パーティーで、ユダヤ人のミハイル・コーガン氏が内幕を話した。それで樋口さんは「あぁ、そうだったか」とわかる。≫ 樋口季一郎というひとに、泉ユキヲはホレています。どんな 人となり だったのでしょう。 映画「樋口季一郎という男」。ぜひ作っていただきたいものです。◆◆ 後 記 ◆◆ さいきん「よもぎねこ」さんが杉原千畝について書いている以下のサイトを知りました。 あわせてお読みいただくと興味深いです:「消されたオランダ領事 映画杉原千畝」http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5355.html「ユダヤ人はソ連から逃れた 映画杉原千畝」http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5356.html「戦後外務省の悪意 映画杉原千畝」http://yomouni.blog.fc2.com/blog-entry-5357.html「杉原千畝は日本国に背いてはいない」は、12月28日に無料配信したコラムです。登録読者数は約 6,000名。あなたもメルマガ「国際派時事コラム」の読者になりませんか。↓ こちらでアドレス登録ができます。http://www.mag2.com/m/0000063858.html
Dec 28, 2015
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上野の森美術館で11月20日から来年1月17日まで開催の徳川期風俗画オリジナル展。東京に来るのを待ちに待っていた。 「肉筆浮世絵 美の競艶 浮世絵師が描いた江戸美人100選」。 「肉筆油画」とか「肉筆日本画」「肉筆佛画」「肉筆絵巻」といった言い方はない。たんに「浮世絵」というと浮世絵版画を指してしまうから徳川期風俗画の掛軸や絵巻・画帖に限って「肉筆」の2文字がつくのは、わかりやすさのため。いまのところ仕方ないか。 しかしいずれこのジャンルは認知度を上げ、「江戸風俗画展」という言い方に収斂すべきところだ。 それはさておき、12月初めに上野の森美術館に入場したら、非常識な学藝員がいて1階フロア全体がとんでもないことになっていた。さっそく館長殿に以下のような書信を送ったのだが、さて、善処されるかどうか。≪上野の森美術館 館長殿 拝啓 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。 さて、開催中の「肉筆浮世絵展」に関連し、館長のお立場から現状把握・改善いただきたい点があり、以下ご指摘申し上げると共に、早急な善処をお願い申し上げます。 昨日午後3時すぎに入場したところ、さっそく低い天井の通路に人だかりがあり、何かと思えば学藝員氏がマイクを片手に大音響で得意げに解説を行っていました。 素通りして展示エリアに入りましたが、声は展示エリア内にまで響き渡り、気が散って江戸絵画の名品の数々に集中できません。少しでも学藝員氏の声から離れようと順路に従って足早に進みましたが、学藝員氏の声は1階フロア全体に響き渡っており、作品と静かに向き合える環境ではありませんでした。 上野の森美術館には30年来通っており、内外の名品からVOCA展の現代美術まで数々堪能させていただき感謝しております。それだけに今回の学藝員氏のひとりよがりと配慮の無さに驚きを禁じ得ません。 さすがに このまま放置はできず、展示エリア入口に戻り、傍観する係員に「1階じゅうに響いていて迷惑です。音量を下げてください」と伝えましたが何ら改善されず、仕方がないので2階の展示を先に見ることにしました。驚いたことに学藝員氏の声は2階展示フロア入口付近まで聞こえます。 不愉快に思いつつも2階フロアを見て回りましたが、2階フロア出口付近に来ると依然として学藝員氏の長辯舌が聞こえます。暗澹たる思いでした。学藝員氏のひとり舞台の終了後、ようやく1階フロアの作品鑑賞に入れました。 学藝員氏は目の前の人々が自分の解説をよろこんでくれるものと信じて、自らの手柄に陶酔しつつマイクを手にしていたのでしょう。しかし、1階入場口で耳を傾けた二十数名を除き、展示エリアの鑑賞者には迷惑至極なものでした。 ギャラリートークは、他の鑑賞者にも配慮しつつ、音が響かない大きめのホールで主に肉声で短時間に限り行うべきものです。展示エリアに隣接し、天井が低く音声が増幅しがちな場所に大音響スピーカーを持ち込み長時間にわたり “講演” する学藝員の非常識、そしてそれを放置する上野の森美術館の管理体制の失態は嘆かわしい限りです。どうか改めてください。 美術館での解説は、パネル表記とイヤホン音声ガイドが基本です。上野の森美術館の今回の展示レイアウトではギャラリートーク実施は無理があります。美術館としての常識に立ち返り、真に鑑賞者のためを考えた運営をお願い申し上げます。 敬具≫
Dec 4, 2015
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