キリスト信徒やまひでの心の窓

キリスト信徒やまひでの心の窓

2024年05月31日
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カテゴリ: 音楽
先頃亡くなったピアニスト、フジ子ヘミング
ボクが彼女のピアノを聞くようになったのは
わが娘が、フジ子の演奏が好きと言っていたから。
それからNHKのドキュメンタリー番組を見て
逆境の中に生きた人だったこと、初めて知った。

ブログの友、ジャン兄がNHKの放送について書かれている。
マスコミは人の気を引こうと、興味本位で番組作りをする。
音楽家の矜持を思い測ることをしない、というのが
ジャン兄のブログ記事の要旨のようだ


音楽に仕える同じ道を歩んでこられたジャン兄として
フジコの思いを測って、切実な言葉を発出した。

ボクも考えさせられた。
プロとは何か?
ボクも実はプロの牧師だったはずだ。
プロとしての責任を果たしてきたか?
井の中のかわずだったのではないか?
自分の目で自分を見るとどうしても甘くなる。
神の目で自分を見直すことはなかった。





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Last updated  2024年05月31日 09時22分52秒
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Re:プロとしての矜持(05/31)  
ジャン9072  さん
並んだ音符をどう表現するか?これがプロの演奏家。
檜舞台に立てる人が立てない長い生活。派閥・人権等々。涙も枯れはてても並んだ音符を自力で作り上げてもなお檜舞台には立てなかった。
音の表現は誰にも真似ができない。
コンクール一位、テレビの有名人、これが一流の演奏家の証。これがプロを代表とする演奏家なのだろうか。
違いますね。
彼女は自分の音楽解釈を一音一音キーを叩く「間」を会得していたはず。
目も耳も指も悪くして、震える手でピアノの前に座らされ、彼女に最後の演奏をしなさいと善意の強要はドラマチックで感動的なシーンを演出したのだろうか。
この屈辱を誰もさっすることがなかった。
ピアノには触りたくない。これが彼女の本心なのに。
一音一音納得して音楽を作り出してきた彼女には、最高の残酷なことだったと僕は思います。
彼女のことは恩師やそのお弟子さんらから聞いていましたが。
心平安を祈るばかりです
すみませんコメント欄をけがしました。如安 (2024年05月31日 09時55分47秒)

Re[1]:プロとしての矜持(05/31)  
ジャン9072さんへ
ていねいな書き込みうれしく思います。
単なる矜持ではなく
命を削りながら
自分のつくりあげてきたものを
崩したくなかったし、
崩されなくもなかった。

でも有名になってテレビに出るようになると
そうはいかなくなる
なにもかも人様にさしださなければなりません。

その点では
無名で生き、死んでいく私たちでよかった。

(2024年05月31日 13時23分36秒)

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