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2005.07.25
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三 堀内の対策および問題 その2

(三)、若い選手の育成

 この二年間、堀内は内海、西村、平岡、野間口に先発チャンスを与えたが、内海と野間口を除き、安定した出場チャンスがなかったと言える 。要するに、成長させるチャンスさえないと言ってもよいのではないか。

 また、先発投手の調整からみれば、内海らの調整にも問題があると考えられる。内海および野間口は社会人野球時代から優れたピッチャーとよく言われた。だが、内海の同期であるヤクルトの川島亮、阪神の桟原将司、オリックスの歌藤達夫、ソフトバンクの馬原孝浩、横浜の吉川輝昭もしくは野間口と同期である阪神の能見篤史、日本ハムのダルビッシュ有、楽天の一場靖弘などの若い投手に比べ、巨人の若い投手の出番は先発のみならず、リリーフのチャンスさえ与えられない。

 このように、巨人の先発投手陣の年齢が高いにもかかわらず、若い選手に出る先発またはリリーフのチャンスを与えていないため、堀内は若い選手の育成をしようとする気がないと考えられる。

(四)、堀内自らの問題

1、指導力の不足

 長嶋第二次政権の時、堀内は93年から六年間の投手コーチとして勤めていた。だが、この六年間、巨人自ら育てて、先発ローテーションに入れる投手は一人さえいなかった。従って、堀内の指導力が不足していると考えられる。

 また、堀内は、現在のプロ野球界において通用できるかどうかわからない自らの信念のみ信じる頑固な性格だとよく言われる。特に、堀内は自分の投手調整の方法をほかの選手に受けさせるようにするという。その結果、選手それぞれの特長、体の状況を無視すると言われ、選手の信頼を失った。例えば、96年オフの時ロッテから巨人に移籍したヒルマンは、肩の関節が弱いので、ロッテにいた二年間、いつも自分なりの調整方法によって調整していた。しかも、96年の時、14勝をあげ、パ リーグの最多投球回数の投手となった。だが、堀内はこれを無視し、ヒルマンを堀内流の調整方法によって調整させた。結局、ヒルマンの投手生命は堀内によって終わらせられ、巨人にいた二年間わずか2試合6回しか投げられなかった。また、オリックスから巨人に移籍し、150キロに近い速球を持ちながらコントロールもある野村貴仁はオリックスにいた時、いつも自己流の調整法によって調整していたが、堀内はそれを認めなかった 。その結果、リリーフ陣が不安定なのに、よいリリーフ投手と評価された野村は堀内に使われなかった 。



 そこで、堀内は監督またはコーチとしての指導力が不足だと言えるのではないか。しかも堀内の指導が信頼できず選手でさえ堀内に暴力を振るわれた。従って、堀内は指導力が足りないのみならず、選手に信頼されないと考えられる。

2、調査不足によってのミセリ問題

 堀内の構想において、本来、今年の抑えはメジャーからのミセリに任せようとした。完投力がある木佐貫を先発陣に戻らせようとした。しかし、ミセリはまったく大リーガーとしての実力を現さずにクビになった 。堀内はミセリを気に入ったため、フロントに要求し、メジャーから招いた。だが、堀内はただミセリが出場したビデオしか見ずに、フロントに要求したという 。ゆえに、堀内はミセリが来日前に、ミセリのピッチング、体、オフのトレーニングなどの状況を知らなかったと考えられる。その上、ミセリは昨季限りの引退をしながら、巨人の高いオファーに応じ、現役を続けたという 。ゆえに、昨シーズンが終わってから、巨人に誘われる前に、ミセリは自主トレーニングもぜずに、体の調子も保とうとしなかったと考えられる。そこで、堀内はもちろん、チームの編成に担当する球団代表である清武英利も責任を取らなくてはならないが、開幕の時、ピッチングの調子が上がってこないミセリに抑えを任せた堀内は、ミセリについての責任を取らなければならないのてはないか。また、もしミセリの調子が来日以後衰えてくれば、堀内をはじめ、投手コーチも責任を取らなければならないのではないか。その結果、今年の先発投手が不安定にもかかわらず、先発完投ができる木佐貫に、抑えを担わせるしかない。

つづき





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最終更新日  2005.07.25 00:09:38
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