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早期退職してから9月末でほぼ一年半。その間、3月まではとにかくいろいろ興味が赴くままにやったり考えたり、とそれまでの30年近いサラリーマン生活ではなかなかできなかったことをやる猶予期間とした。そして、このブログもふとしたきっかけで昨年12月後半から始めた。このブログを始めたことは本当にこの一年間を充実させてくれたと思っている。これまで漠然と考えていたことをまとめたり、やっていることを自分なりに見つめなおすのに、このブログは相当役立ってくれた。なにもせずに行き当たりばったりでこの一年半を過ごしていた場合と、このブログで自分を見つめながら過ごしてきたのとでは、おそらく雲泥の差があったのではないか、と感じている。そして、この4月ぐらいから、「猶予期間」も切れたことだし、なにかやりたい、やらないと、このままでは自分自身が望んでいる自分の人生の方向へ自らを進めて行くことがますます困難になるように感じても居た。この一年半の間にやったことといえば、とりあえず退職後の生活を安定させるための不動産投資、そして今後の自分の生き方をより充実させるための「勉強」と「実践」に基づくファイナンシャルリテラシーの醸成。そして、自分の興味がいったいどのあたりにあるのかという再確認の意味を含めての「読書」・・・・勉強といっても実際にやったのは、「読書」以外には簿記の勉強とアメリカの不動産ライセンスの勉強だけだが、そうしている間に徐々にではあるが、自分の方向性が見えてきた気がしている。そう、「読書」にしても「勉強」にしても「実践」にしても、ここまで来たからには自分の納得できるものを納得できる形でやってゆきたい、そう思ってきた。こういった日常を過ごしていて、「これ」というものが見つかったわけではないが、「どう」というのはおぼろげに見えてきた。その一つが、やっていることの対象によって、自分の中の「テンション」が上がる場合と下がる場合がはっきり見えてきたこと。自分がやりたいこと、自分が興味があること、そしてそれが自分の人生の目標に沿っていること、それらを総合した時に、自分の「テンション」、これが一つの鍵になりそうだ、という自覚が生まれてきた。今さら、やりたくもなく興味もないことを、ただただ生活のためと言ってやりたくはない。今までの経験と知識と、それにちょっとした勇気を以って、自分がやりたいように人生を生きてみよう、そういう気になってきた。「テンション」という言葉が適切かどうかは別にして、やりがい、生きがい、努力しがい、適度の緊張とそこからくる「ワクワク、ドキドキ」、これらをキーワードにして生きて行きたいものだ。---------------------------------------今日の結果 1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩1回、ゴルフ)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(Webトレ:「Lease」全問題)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) X9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >できの悪い息子をここまで辛抱強く育ててくれた両親に感謝!
2005.09.30
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先ほど実家から電話がかかってきました。で、話をしていると、このブログを見られるようになったよ、と一言。!!!!親父は50の手習いならぬ80の手習いでパソコンをいじり始めて数ヶ月。とうとうWebを見られるようになったようだ。恐る恐る、「いつごろから?」と聞いてみた。「う~ん、2週間ぐらい前かな・・」!! うん? やばい !!!この2週間なにを書いたっけ?ととっさに思い出そうとするもあまり覚えていない。と、案の上、というか、やはりと言うか、「お前、勉強しているの? ちゃんと勉強して仕事に就かなきゃ・・・」と言われてしまった。(これは、50を超えたいいおっちゃんが親から言われることじゃないよな~)「ちゃんと生活はできているのかい?」とも聞かれる・・・それはそうかも知れない。早期退職してから一年半もぶらぶらしているのだから・・・・心配されても仕方がない。いや、とか、でも、とか、言えばいろいろ言えるが、ここはそんなことはしてはいけない。「金持ち父さん、貧乏とうさん」風に言えば、学校を出て、いい会社に就職して安定した収入を得る、かつての私のように・・・それが「常識」だから。その「常識」に照らして、少なくとも心配をしてくれ、叱咤激励してくれている、そういうことだから・・・・それに・・・私自身も「安定収入」指向ではないにしても勉強しようとしているのは確かだし、このところペースダウンしていたのも確かだから・・・「まあ、なんとか頑張るよ」というのが精一杯。なんか大学受験に失敗した子供と親の会話みたい。(笑)しかし、いつまで経っても子供は子供、親は親、これだけはどんな理屈も並べても未来永劫変わらない。できれば、60になってもなお、親の「叱咤激励」を受けていたいものだ。せいぜい健康には気をつけて長生きをして欲しい。これも見てるよね、親父にお袋・・・・
2005.09.29
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ちらっと、いつから不動産ライセンスの勉強について書いていないのかなと思って過去の日記を見ていたら・・・・9月の13日の日記を最後に触れておりませんでした。 やはりペースダウンしていると書きにくいものですね。しかし、それよりも、なんと8月の末の日記で、「9月15日までにテキストの2読目を終了する」なんて、宣言をしていました!書いておいてなんですが、全く忘れていました。これじゃいかん・・・(笑)で、今どんな状況かと言うと、まだあと18章中の3章が残っています。ざっと今までやってきたことを振り返ると、一読目:テキストを読む→Webトレーニングの同じ章をやる→Webトレーニングの章末問題をやるここまでで約一ヶ月半かかっています。次に、問題集のReview Exerciseをやった後、二読目:テキストを読む→Webトレーニングの全「節末問題」→同「章末問題」→問題集の該当箇所をやるというサイクルに入りました。それから約一ヶ月半が経過・・・今までのところの結果は、 2回目 1回目第1章 Property 37/38問 97% 35/38問 92%第2章 Rights 33/41問 80% 29/41問 71%第3章 Ownership 44/49問 90% 32/49問 65%第4章 Transfer 33/43問 77% 25/43問 58%第5章 Government 67/71問 94% 53/71問 75%第6章 Contracts 4/4問 100% 1/4問 25%第7章 Agency 10/13問 77%第8章 Leases 15/19問 79%第9章 Value 6/6問 100% 6/6問 100%第10章 Finance 40/46問 87% 38/46問 83%第11章 Selle's 4/4問 100% 4/4問 100% Cost 第12章 Buyer's 5/5問 100% 4/5問 80% Cost第13章 Licese Law 8/8問 100%第14章 Commissions 12/12問 100% Ruleだんだん、弱い部分がはっきりしてきた、というところでしょうか。この結果は問題集の正解率もほぼ同様の結果なので、2読目終了後のターゲットがだいたい決まってきました。さあ、9月15日までには終わらなかったけれど、9月中にはなんとか終わらせたいな・・・・---------------------------------------今日の結果 1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩1回)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(テキスト:「Lease」2読目完了)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) X9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >まだまだ気力が衰えていないことに感謝!
2005.09.29
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やっと宮部みゆきの「摸倣犯」読み終わりました。 長い!全部で3551枚だそうです。平均的な小説(そんなものがあったとして)の長さはわかりませんが、これはやはり長い部類に入るのでしょうね。各ページ上下2段組みの、それも結構小さな字で上・下巻各700ページ超。結局それぞれ2日間、全部で4日間かかって読み終えました。しかし、推理小説なぞというものを読んだのはほとんど記憶にありませんが、読んでみるとなかなか面白いものです。他の人のものはわかりませんが、いろいろと考えさせてくれる材料もあり、この宮部みゆきという作者の力量に感心してしまいました。ちょっと登場人物の内面模写が多く、ふと大昔に読んだ平井和正のSF小説を思い出してしまいました。あの人の場合は、これでもかこれでもか、というぐらい内面模写の連続で、一冊読み終えても事実関係がほとんど進展していない、ということもたびたびあって、結局疲れてしまいましたが、この宮部みゆきの本はそんなこともなく、内面模写に多くを割きながら、事件の進展も適度に入っており、長い小説を飽きさせませんでした。しかし、読んだあとの感想が、「結構おもしろかった!」ではありますが、どうもそれ以上ではない。この大作を読み終えたので、しばらくは「小説」とはお別れです。しばらくは「現実」に戻って、ますますスローダウンした「お勉強」の方に集中します。(笑)なんとか10月中に終了試験を終わらせたい。勉強開始から4ヶ月で、という当初のなんとなく設定した目標ですが、それをまずクリアして、次のことはそれから考えましょう。それと、やはり日記に「お勉強」のことを書かかなくなってからペースが確実に落ちています。もう一度再開しようかな?誰も読みゃしないだろう、と思いますが、自分のためのペースメーカとして・・・---------------------------------------今日の結果 1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ X3. 朝夕2回の呼吸法 △4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩1回、パティオセット清掃)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(テキスト:「Agency 2読目」)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) 読書(「摸倣犯」読了)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >推理小説は当然「事件」を扱いますが、現実にもそんな事件はそれこそ数え切れないぐらいあるのでしょう。それに比べたら我が家の悩みなどは小さいもの! 平和な家庭に感謝!
2005.09.28
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日記と言えば、当然日々起こった出来事で私の目を通して見て感じたことを書くわけだが、このブログは、それが不特定多数の人の目に触れる、という点で、本当の日記とは全く異なる位置づけにある。本来の「日記」であれば、書きたいことはあるのだが、この「公共性」というか「オープン性」のために、内容を制限せざるを得ない部分も多々ある。近頃、いくつか書きたいテーマがあるのだが、どうしても他人のプライバシーに触れてしまう部分が出てくるので書けないことが多い。その事実から、抽象化して、それをどう感じたか、というより、それを通して考えたこと、という部分だけをブログに書こうとするわけだが、どうしても「事実」と「状況」を抜きにすると、今ひとつその背景がわからない。本来の「日記」であれば、その辺も誰が見るわけではないのだから素直に書けるのだろうけれど、ブログではそうも行かない。日記の下部に「非公開日記」という部分があるので、そこへ若干の背景を書いておく、ということもやってみたが、やはりどうもしっくりこない。ということで、このブログ、「Web上の日記」というのが本来の意味だろうけれど、これは日記とは違う「ブログ」という情報発信媒体である、と素直に割り切ったほうが、書く内容に関してはすっきりする。あとは、人が見ても構わない、自分自身のメモ書き、としての利用、これが多分、ブログの効用としては最大のものかな、と私自身は思う。特に考えをまとめようとしている時に書くと、さまざまな人から意見をもらえたりする。それが時には自分の考えの修正や補強になってくれる場合があり、そんな時はブログの価値を痛感する。とにかく、他人のプライバシーには触れないように本当の日記とは違うことを常に頭においておきたいものだ。---------------------------------------今日の結果 1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩1回)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(テキスト:「Agency」)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) 読書(「摸倣犯」これが『自己啓発』になるかどうかは別として)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >本当に久しぶりの雨! 自然の恵みに感謝!
2005.09.27
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今日は一年に一度、ここアトランタで開かれる「ジャパンフェスティバル」に朝から行ってきました。これは日本の文化をできるだけ多くの人に知ってもらおうと、地元企業や日系の進出企業をスポンサーに、アトランタの唯一の観光スポットと言ってもいいストーンマウンテン公園で開かれるものです。なんでもアメリカ南東部最大の日系の行事ということで、ここ2年間は、2日間の来場者数が2万人を超えており、年々規模が拡大してきました。今年は結果を見てみないとわかりませんが、昨年より若干入場者数がしたまわったのではないか、という感じがします。遠方からわざわざ来るわけではなく、地元アトランタの人が中心なので、興味がある人はすでに一度ならず来ている可能性が高いので、入場者数は頭打ちか漸減する可能性も無きにしも非ずです。娘の友達2人と息子の友達一人を連れて、7人で車一台で行ってきました。残念ながらカメラを娘に取られてしまい、取った写真を後で見たら、娘達が自分たちを取った写真ばかり!全然、周囲のフェストの様子が写っていませんでしたので、ここに載せるような写真が一枚もありませんでした。(笑)まあ、子供達にしてみれば、日本のお祭りの屋台や夜店のような店がいろいろ出ているので、それらを回り、空手、柔道、剣道、弓道などの日本の武道や、踊り、茶の湯、着物の着付け、などの文化、そして羽根突き、こま、などの遊びを経験するいい機会だったでしょう。友達も含めて、大満足な一日だったようです。でも・・・・疲れた・・・---------------------------------------今日の結果 - 久しぶりのXの連続でした!1. 朝夕2回の瞑想 X2. 朝一回のヨガ X3. 朝夕2回の呼吸法 X4. 一日2リットル以上の水を飲む X5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩1回)7. 不動産ライセンスの勉強 X8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) 読書(「摸倣犯」これが『自己啓発』になるかどうかは別として)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >降りそうでいて、結局最後まで天気はもってくれました。お陰で、お祭りを存分に楽しめたことに感謝!
2005.09.26
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うちの息子も高校生である。日本で言えばまだ中学3年生であるが、ここアメリカではハイスクールのフレッシュマン。まだ始まったばかりだが、早速、中学までにはなかった催しが開かれた。それは「ダンスパーティ」!!彼女がいない息子でも、友達がかき集めてきた女の子達と、まずはレストランで食事をした後、学校のカフェテリアで開かれるダンスパーティに出る、という。もう、うちはてんやわんやである。今日は(当日になって!)、かみさんと息子でモールに行き、着てゆく服を探し回ること3時間近く。聞くと、数箇所のデパートを回ったらしいが、どこでも何人もの同じような親子連れが来ていて服を物色していたらしい。それはともかく、皆、友達はどうするんだ?と気にしながら、初めてのダンスパーティに着てゆく服を品定めし、それを買ってくる。そして、これもはじめてのネクタイの締め方に四苦八苦しながら、柄にも無く色が合わない、とかなんとかぶつぶつ言いながら、結局、私の一張羅のスーツのズボンだけを借りて今回はごまかすことに。近くの友人宅へ寄り、それからレストランへ連れて行く。そのときの記念写真! 初めての「正装」だ! ↓友人の方は親が奮発して、上下のスーツだ。向こうの親も「もうこれで、今後スーツなどつくらないで済むな」と冗談で言っていたが、発育盛りだから多分そうも行かないだろうな、と思って聞いていた。2人ともなんとなく、ぎこちなく、またそれがほほえましくもあった。レストランに行くと、同級生が何人か来ていて(男ばかりだったが)、早速互いに冷やかしあっている。ダンスパーティは今夜11時まで続く。さてさて、どうなるか、あとで話を聞いてみるのが楽しみだ。しかし、若い、って言うのはいいな~、というのが一番の感想でした。
2005.09.25
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なにも今、推理小説を読んでいるからといって、それにかぶれたわけではありません。ただ、推理小説を読んでいて、真犯人を突き止める過程を追っていると、何かに似ているな、という感じがしてきました。その「何か」というのは、「真犯人は誰か?」という命題の代わりに「神は存在するか?」というのと、「神が存在するとしたら、『神の意志』とはなにか?」という命題に置き換えてみた時に起こる議論です。犯人は確定できない。しかし、いろいろなデータを集めてみると、どうも「あいつ」が犯人であることはほぼ明白である、あるいは彼以外の人間が犯人でありうるはずがない、というところまで追い詰めます。さらに、犯人と思しき人間は、「私が犯人です」との自供までしている。しかし、現在の「科学的捜査」は「彼」を有罪とは断定できない。なぜならば、明らかになったことは全て「状況証拠」だけで、本人の自白があってもそれを裏付ける「物的証拠」(物証)がないからだ。どう考えても彼がやったに違いないし、彼もそれを認めている・・・・しかし、それを証明する「証拠」がない・・・・こういった時は、過去の「冤罪」の反省から、現在の司法では彼を有罪と断定するわけにはいかない。そこになんらかの決定的な物的証拠があり、誰が見ても、やはり彼が犯人である、と断定できるものになっていないといけない・・・・「神は存在するか」という命題に置き換えると同じような状況になる。フリーページに載せた「神のゲーム」で書かれている「神の存在証明」は全て言ってみれば「状況証拠」である。「神が存在する」と考えるしか説明がつかない、あるいは、神は存在しない、と仮定すると、矛盾が生じる、という点で。つまり、「状況証拠」的には「神は存在する」と証明されているのだ。それでも、しかし、現代の「科学的捜査」の基準からすると、「神は存在する」という命題を肯定できないのである。なぜならば、そこには万人をも納得させる物証がないから、である。では、この物証というものは、この「神は存在するか」という命題に対してそれを提示することは可能だろうか、と考えると、それは不可能である、と結論せざるを得ない。たとえば、仮に「私は神である」と名乗るものが現れたとする。その「もの」が、人間では到底出来ない「奇跡」を行ったとする。それでも、それは「普通の人間ではできない」ということは誰の目にも明らかであったとしても、即、「だから彼は神なのだ」という結論には至らないからである。世の中には「私は神である」と自称する人が居る。それはそれでなにも問題ないのだが、それを示すなんらかの根拠というのが、はなはだお粗末な場合が多い。もっと言えば、どんな「根拠」を示されたところで、それが「彼は神である」ということを証明することにはならないのだ。かくて、「神の存在証明」は、状況証拠のみで「物証」がないまま、数千年の時を経る。そして、いまだに「状況証拠」から「神は存在する」と「信じる」人と、いやそれらは「単なる」状況証拠に過ぎないから、神は存在する、といちがいに断定できないで保留する人と、最後に「そんな」状況証拠だけではなんら「科学的裏づけ」はないよ、と物的証拠しか信じない人、という三様に分かれるのである。そして、「物的証拠」というのは、この命題の場合は永遠に出てこないだろうと思われる。なにしろ、それらしいものが出てきたとしても、なんでそれが「悪魔」の仕業で我々を欺くためにやっているのではないと言い切れるのか、という疑問が呈され、それをまた証明することも同様に不可能だからである。神は語っている。神の意志は我々の目の前にある。それでもなお、その「存在」を証明し、その「目的」を証明することは不可能であるし、われわれが集めることができるのは「状況証拠」に過ぎないのではないか、と思うのである。---------------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ X3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む X5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩1回)7. 不動産ライセンスの勉強 X8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) 読書(「摸倣犯」これが『自己啓発』になるかどうかは別として)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >子供がここまで成長してくれたこと、これまでなんとか無事にやって来れたことに感謝!(次の日記を参照してください)
2005.09.25
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先日から書いているが、このところ読み慣れない小説なんぞを続けて読んでいて、今日も宮部みゆきの「摸倣犯」を読み始めてしまった。本を読み始めると止まらないほうなので、一応、不動産ライセンスの勉強の今日のノルマを決め、それを終わってから読むようにしている。そうでもしないと、朝から晩まで読んでしまい他になにもせずに一日が終わってしまうから・・・(笑)この本も700ページ超の上下2部立てなので、結構読みでがある。もう一つの問題は、こんな本を一日中読んでしまうと、日記に書く内容がほとんどなくなってしまうこと。ニュースではハリケーン「リタ」の報道を繰り返し流していて、どういうわけか、ジョージア州は「ガソリン節約のため」というおかしな理由で、全部の学校が来週月曜、火曜の2日間休校を決定した。日本のニュースも毎日見ているので、その関連でも話題には事欠かないのだが、どうも「読書」を一日していると、そういったことをテーマに日記を書く気がしなくなる。これはなんでだろう?多分、本自体は面白いのだが、やはり「面白い」から読んでいるだけで、姿勢が「受身」なのだろう、と思う。何かをする。何かを経験する。そういったことは「能動的な」活動だ。対して、TVを観る、映画を観る、小説(特に娯楽小説)を読む、これらは「受動的」だ。こういった「受動的な」行為には、どうも自分の精神活動を高めるような刺激が薄いような気がする。この「摸倣犯」を読んだら、しばらくは「娯楽小説」からは遠ざかっていようと今は考えている。---------------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩2回)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(問題集:「Sales contracts」)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) 読書(「摸倣犯」これが『自己啓発』になるかどうかは別として)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >好きな読書を好きなだけできる環境に感謝!
2005.09.24
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「能力」と「覚悟」なんて、いったいどういう組み合わせだ!という方も居られるかもしれない。一方では、ははん、題名からして言いたいことはこれだな、とピンと来る方も中には居られるに違いない。アメリカで生活をしていると、「中国系」「韓国系」その他「なになに系」というそれぞれの出身国別のコミュニティがあちこちに存在する。その中でも、最近、私の回りは、「中国系」「韓国系」「インド系」が圧倒的な勢いで拡大している。対して「日本系」は?というと、10年以上前のバブル崩壊から衰退の一途で、つい最近、多少盛り返しつつある「きざし」が見えるかな、と言う程度である。この違いはなんだろう、と考えてみると、いや考えるまでもなく明らかなこと・・・・それぞれの出身国別の人々の間にある能力差であろうか。当然、「否」である。アメリカに出向あるいは駐在している「日本人」の能力はけっして他の国に引けをとるものではない、と私は思っている。では何が違うのか、というと、初めに挙げた「覚悟」ではないか、と思う。なぜ、日本のバブルが、アメリカの日系コミュニティの屋台骨をゆさぶったのか、それはこの「日系コミュニティ」が日本の「ひも付き」だったからに他ならない。対して、中国人、韓国人などを見ると、その中にはかつての日本企業の「経済戦士」よろしく大企業の駐在や出向もいることはいる。しかし、それぞれのコミュニティの主役を担っているのは、このアメリカに移住し、祖国の経済状態に左右されず、「アメリカ」で独自の地位を築いている人々である。もちろん日系社会にも2世、3世、とこの国に移住し、あるいはこの国に生まれた「日本人」として「日系コミュニティ」を形成している人は居る。しかし、「規模」が違うのである。アメリカにやってくる日本人で、企業のひも付きではなく、「自分」で将来をこのアメリカの地で切り開く覚悟を持って来ている人間はどれだけいるだろう?アメリカ各都市の日系の人口を調べてみて、その中から企業の短期・長期駐在員とその家族を除いたら、いったいどれだけの日本人が残るのだろう。それに対して、中国系、韓国系はこの手の人たちが圧倒的に多い。つまり、この地に「根」をおろして、祖国の「なにか」に頼らず、自分の手で自分の人生、家族の生活を切り開いている人が圧倒的に多いのである。つまり、彼らにはアメリカに来た時の「覚悟」が、大方の「日本人」とは全然違うのである。その結果が、初めに書いた、各国別のコミュニティの規模あるいは活発さの違いとなって現れてくるのだろう、と思っている。日本人で、このアメリカに来て、10年以上、自分で自分の道を切り開いている人は一体何人居るのだろうか。そのような統計があるのであれば是非見てみたいものだ。それと、「中国系」や「韓国系」のそれと比較してみれば、この私の独断と推量はかなりの確率で裏付けられるのではないか、と私は思っている。---------------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 △4. 一日2リットル以上の水を飲む △5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩1回、ゴルフ)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(問題集:「Sales contracts」)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) X9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >当時は意に沿わなかったが、アメリカに派遣され、国内で勤務していただけでは得られなかっただろう、いろいろな経験と知見が得られたこの境遇に感謝!
2005.09.23
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人間にとって「感情」というのはなんだろうか?今日、私にとっては新しい「涙」を見ました。普通、「涙」というと、どんな時に流すのでしょうか。悲しい時に流す「涙」。これが一番普通です。「うれし涙」、これも一つです。「悔し涙」、これもありますね。それに笑いすぎて涙が出てくる幸せな状態もあれば、あくびをしたら涙がでてくる、という生理的な涙もあるでしょうか。今日、ある人間と話をしていたら、突然、涙を流すのを見て、これはなんの「涙」だろう、なんて考えてしまいました。いい大人の、それも男の流す「涙」。で、考えてみると、これは「安堵の涙」ではないか、という気がしてきました。それまで張り詰めていた緊張がふとゆるんで、あ~、これでやっと少しは安心できるな、と、言う時に流す「涙」。それはとりもなおさず、それまでの状況がいかに深刻だったか、ということの裏返しでもありますが、私と話したことがその「安堵の涙」のトリガーになったのだったとしたら、これほど光栄なことはありません。しかし、人間というものは、こういう時にも「涙」を流すものなんだ、と、鈍感な私にはある意味かなりの驚きでした。つまり、私にとっては新しい「涙」でもありました。「感情」。人間にとって「感情」とはいったい、なんなのでしょうか。言い方によっては「感情におぼれず、冷静な対応を・・・」 とか、「感情に流されず、あくまで理性的に判断を・・・」とか、言われることもあります。この場合の「感情」といのは、「理性」に相反するもの、あるいは「それに囚われてはならないもの」として登場します。つまり、「感情」にしたがったら、ろくなことはない、というようにも受け取れます。それに反して、一方では「感情は魂の言語である」 あるいは、「自分の感情の声に素直に耳を傾けなさい」という言葉もあります。これは、先ほどの否定的な「感情」とは違って、「感情」というものを肯定的に捉えています。いったい、どちらが本当なのでしょうか。いや、どちらが本当か、というより、程度の問題なのでしょうか。私が思うには、それは、「支配関係」の問題なのではないか、という気がします。つまり、「感情」は重要です。人間の人間たる所以、あるいは「魂の声」と言い換えてもいいかもしれません。しかし、それに全てを支配されることが人間にとって「幸せ」に繋がるのか、となると、それは別問題です。逆に、それを「排斥すべきもの」ということで、ことさら「理性」を前面に出すのも人間の人間たる生き方を放棄している気がします。つまり、「感情」の、「魂の声」の重要性を認識しながら、それに素直に耳を傾けることと、それを踏まえたうえで、実生活においてさまざまな判断を理性的にする、ということは両立すべきことであって、一方をとったら一方を捨てる、という二者択一の関係にあるものではないのではないか、ということです。ただし、ここにも問題があります。そうやって、「理性」のフィルターを通すと、往々にして、初めの「感情」や「魂の声」が歪められてしまい、本来の自分の欲する方向とは違った方向に自分を進めてしまうことがままあるからです。これは「理性」というものが、この現実世界の「価値観」にかなり縛られていることによって起こる現象かもしれません。それを自分で認識しながら、なおかつ、「感情」の声に耳を傾ける、そういった態度と姿勢が大事なのではないかな、と感じた一日でした。---------------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ X3. 朝夕2回の呼吸法 △4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩二回)7. 不動産ライセンスの勉強 X8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「火車」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >少なくとも、出来る範囲で、という限定付きではあっても、他の人のことを真剣に考えるような人間に育ててくれた両親に感謝!
2005.09.22
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またまたFRBが短期金利誘導目標を0.25%上げた。予想されたことではあったが、ハリケーンの被害が景気にマイナスの影響を与えている中で、一部には据え置きの観測もあったが、やはり、という結果になった。↓--------------------------米連邦準備理事会(FRB)は20日の米連邦公開市場委員会(FOMC)で、短期金利の指標であるフェデラルファンド(FF)金利の誘導目標を0.25%引き上げ、年3.75%とすることを賛成多数で決定、即日実施した。ハリケーンの被害が米景気に与える影響は一時的と判断し、原油高による物価の上昇を抑えることを優先した。 --------------------------これで、先月リファイナンスが完了したローンの金利は全て、最も条件の良かった自宅のローンを含めて、借り換え後の金利を上回っていたことになる。つまり、「滑り込みセーフ」だったことになる。しかし、昨年から11回連続、0.25%刻みの利上げで、計2.75%上昇した。逆に、かなり慎重に進めてきた、とも言えるかもしれない。このような状況が日本でも起こらないとは限らない。前の「利上げ待望論」の日記のコメントで、どなたかが「日本は今後10年は利上げはない」と言い切っておられたが、個人的には10年以内には利上げがありうる、もしかするとそんなに遠くない将来かもしれない、と思っている。いや、少なくとも、そういう前提で今後の取り組みを考えて行きたい、と思っている。日本でのデフレの経験をアメリカの投資で活かす、アメリカの金利上昇あるいは高金利の経験を日本で活かす・・・できれば、条件が全く異なる二つの国での投資が、その経験が、互いにいい方に影響しあってくれることを目標にしたいものだ。
2005.09.21
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昨日の日記の延長線です。人が生きるうえで、一番大切なものは?と聞かれたらなんと答えるでしょうか。別の聞き方もあります。学校教育において一番力を入れて教えるべきものは何でしょうか?という聞き方もあります。本当は、答えも同じになってしかるべきだと思うのですが、現実には恐らく違った答えになって返って来る気がします。つまり、これらの問いに対する答えが違う、ということ自体、学校教育の中では「人が生きるうえで一番大切なこと」が教えられていない、あるいは教えることを期待されていない、ということを意味しています。例えば、現代の教育システムは、「誰か」のために働く「知識」を教える、つまり、会社や公務員、あるいは「自営業」でもなんでもいいのですが、生きていくために一番大切なこと、というより、「働くために一番大切なこと」としての知識の習得が第一義になっています。これを指して、自力でこれからの時代を生きていくためには、ファイナンシャルインテリジェンスを身につけるために、ファイナンシャルリテラシーを教えるべきだ、などという議論もあります。(あ、今息子から電話で、高校へピックしに来い、という。親を何だと思っているのか、これも今の学校教育の問題か?なぞと、家庭での教育の責任は棚に上げて、つい、ぶつぶつ、と文句も出よう、というものです。でも仕方がないので、行ってきます。続きはあとで・・・・)それはそれで、今の学校教育に一番欠けているのはなんでしょうか?というのが質問だったら、その答えとしてあげる人がいないとも限りません。しかし、初めの議論で、「人が生きていくうえで、一番大切なもの」が「本来、学校で一番力を入れて教えられ」てしかるべきなのに、現状はそうなっていなくて、なおかつ、「一番欠けているもの」という問いの答えにも出てこないとしたら、これはどういうことでしょう。でも現実に、これら三つの質問をしたら、たぶん、食い違ってくるんでしょう。なにか間違っている、と感じるのは私だけでしょうか。子供から大人になる大切な時期、その小学校から中学校の9年間、あるいは高校まで含めた12年間、アメリカも区分こそ違え、大学までに12年間の長い期間、「教育」が行われるわけです。12年間ですよ!そして、その長い長い、人間の成長にとって一番大切な12年間で、「人が生きるうえで一番大切なこと」が教えられていない・・・・これを「なにかおかしい」と感じない方が「おかしい」のではないか、と思いますがいかがでしょうか。問題は、その「人が生きるうえで一番大切なもの」というのが、人それぞれ違うからでしょうか。あるいは、そんな大それたことを教えるようには「学校」というシステム自体が初めから作られていないからでしょうか。それとも、そんなことを教えられる「教師」が居ない?いずれにしても、「人が生きていくうえで一番大切なもの」、それを教えるのはまずは親の責任になっているようです、現状では。それができない場合は、子供自ら、さまざまな「場」で、それを学び取ってゆくのでしょう。私達がそうしてきたように・・・・・---------------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ X3. 朝夕2回の呼吸法 △4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 △6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩一回、芝刈り、雑草駆除)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(問題集;Sales contracts 139問の回答の検討)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「火車」「神との対話 第2巻」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >自分は何もわかっていない、ということを認識できる最低限の知性を与えられていることに感謝!
2005.09.21
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事実は小説よりも奇なり、という言葉がある。これはある事象をさして、こんなことは人間が考えて作り出す、つまり小説のような形にすることができないほど複雑だったり稀有だったりすることだったと思う。最近立て続けに暇に任せて今まで読んだこともない推理小説の類を立て続けに読んでいるのだが、面白い、面白くないはともかくとして、小説家の力量というか、状況模写や登場人物の心理模写など、結構感心するところが多い。そんな中、小説ではなく、現実の問題として「人の心」というものを考えさせられた出来事があった。内容は詳しくかけないが、それを考えていた時、ふと初めに書いた言葉「事実は小説より奇なり」をつい思い浮かべてしまった。現実の状況というものは、確かに事実関係を徹底的に調べれば納得できるところも出てくるのかもしれないが、表面的に捉えただけでは論理的にも、心情的にもなんでそんな状況になるのか全くわからないケースもある。それで人は悩んだり、不幸になったり、あるいは逆に喜んだり有頂天になったりする、そのプロセスがわからない。多分これは、同じ事実に基づいて反応する人間の側に違いがあるために、同じ事実に対して私が推察することと、当時者の人間のそれとは全く違っているんだろう、と思う。幸せとか不幸せとかいった類のことも同じで、同じ現実に対して人によってはそれを幸せと感じ、人によってはそれを不幸と感じる。どちらが正しい、とか、間違っている、ということはないのだろう。ただ違うだけだ。しかし、正しい、正しくない、というのとは別に、どちらが好ましいか、というのは在る。ただ、その「好ましさ」にしても、「何に対して」好ましいか、ということは人によってやはり異なっているのだろう。問題は、何に対して、ということを本人が意識していない場合なのではないか、という気がしている。岡目八目、という言葉もあるが、悩んでいる本人は出口が見えないのに、傍から見るとなんでそんなところで悩んでいるのだろう、と不思議になることもよく経験する。人の心、それはその人の状況を完全に把握していなければ畢竟、完全に理解することは不可能なのだろうけれど、それでも、その本人が気が付いていない視点を指摘することによって、本人が自力でその状況を打開できる出助けができる場合もあるのではないだろうか。---------------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ △3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (朝、一時間半のテニス)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(問題集;Sales contracts 139問)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「クロスファイア」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >健康で、テニスができる状況に感謝!(数年前のアキレス腱切断からもほとんど回復していることに感謝!)
2005.09.20
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今日はひょんなことから、近辺のアパートを回っていました。今回は不動産購入の話ではなく、どんな状況にあるのか、どのくらいの相場なのか、と言う点を確認する目的もありました。こちらの新しいアパートはほとんどアパートコンプレックスとなっており、数十世帯から大きいところでは100世帯を超えるアパートがひとつのGated Community を形成しており、そのリーシングオフィスに足を運んで情報を収集していました。回ったところは、学区域が比較的良いところの代表的なアパートコンプレックス5箇所。今日は日曜日だったので、残念ながらオフィスが開いていて話ができたのがそのうちの3箇所、実際に部屋が見られたのは1箇所しかありませんでしたが、驚いたのは、今現在2BRでの空き室があったのはたったの一箇所!他の2箇所は、早くとも10月後半にならないと空きはでない、ということだし、空いていたところも2室だけ。3箇所の合計世帯数は300世帯を超えるだろうから、その中でたった空き室が2室だけ、というのは驚異的だ。その相場にしても、1BRで$500から$700、2BRで$700後半から$1000ぐらい、とそこそこの賃貸料。しかも、まわった5箇所とも入り口は暗証番号により開閉されるゲートがあるGated Community で、建物もそこそこに新しい。全てにクラブハウス、テニスコート、プールが完備し、エクササイズルームもある。こういった設備でこの賃貸料のレベルがほぼ共通している、ということはもし単独のアパートでこういったアメニティ設備がなかったらこのレント料よりかなり低めにするか、それらに変わるメリットがなければ成り立たないだろう。これだけのアメニティ設備を完備できるのは、そのコミュニティが何十軒、何百軒もあって、その共有設備としているからに他ならない。たった一軒のアパートそれが10軒であろうが、20軒であろうが、それだけの世帯数でこういったアメニティを備えるのは経済的に折り合わないだろう。やはりこういった面では「規模」が大きいほうが有利となる。では、これらのアパートメントコンプレックス以外の一戸建てアパートはないのか、というと、そういったものもないことはないが、新興地域にはめずらしい。やはり旧市街地の方に多い。つまり旧市街地であると、これらの大規模なアパートメントコンプレックスを新たにつくるだけのまとまった土地がないのだろう。それはそれで、立地という立派な差別化要素があればそれなりにやっていけるのではないか、と思えるのだが、では最近発展した、あるいはいまだ発展途上にある新興地域においてはどうなのだろう。最近、マルチプレックスの売買物件も時折見ているのだが、やはり旧市街に集中している。それらの地域は比較的学区がよい地域が多く、できればそういったところのマルチプレックスがないか、と捜しているのだがなかなかない。また、もしあったとしても、先に書いたアパートメントコンプレックスとの差別が出来なければいたずらにレント代だけの勝負をせざるを得なくなる。その辺をもっとよく調べてから出ないと、買ってからテナントが集まりません、というわけにはいかない。もう少しじっくり調査してみよう。---------------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ X3. 朝夕2回の呼吸法 △4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (犬の散歩一回)7. 不動産ライセンスの勉強 X8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「クロスファイア」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >今日も一日、家族全員事故もなく、怪我もなく、平和にすごすことができたことに感謝!
2005.09.19
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昨日の昼過ぎよりネットに接続できなくなりました。毎度のことなので、DSLモデムやワイワレスルータをいじくるも、どう見ても正常。これはプロバイダー側の問題だな、と結論を出し、であれば小一時間、長くても2,3時間すれば直るだろう、とたかをくくっていました。ところがところが、昨晩、夜12時過ぎて試してみたらまだダメ。え、これってもしかしたらネット側の問題じゃなくて、やっぱりこちらの機器の問題なのかな?と若干の不安を持ちながら就寝。今朝になって恐る恐るPCを立ち上げ接続を試みたところ・・・・なんだ、やっぱり向こうの問題だった!ちゃんと今朝はつながりました。しかし、復旧の遅さ! 気が付いてから少なくとも12時間はアクセス不能。お陰で、昨日は勉強も進んだし、本も一冊読んでしまいました。(笑)しかし、こんなことで、今まで275日、連続日記掲載を続けているので、それが中断されたらやりきれない。少なくとも365日は連続掲載を続けるぞ、とあらためて万一の場合のWi-Fiサポートがあるレストランでも調べておくか・・・・と思ったのでした。
2005.09.18
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ふと見ると、隣とうちの間に植わっている木々(隣の家の木)から、落ち葉がさらさらと舞い落ちている。結構大きな木が3本、塀に沿って植わっているのだが、当然のことながらその枝の半分近くは塀を乗り越えうちの庭の方に張り出している。丁度、その木の東側から南側にあたるので、よく日に照らされて発育も反対側より早く、どんどん枝がこちら側へ伸びてくる。夏の間はそれでも午後遅くなって西日をさえぎってくれる、ということもあって、枝が張り出していようと特に迷惑を感じず、逆に多少のありがたみがあるのだが、問題はこれからの季節。発育がこちら側の方がいい、ということは、よく枝も葉も繁っている、ということなのだが、それがために、落ち葉の量が半端じゃない。昨日、多少落ち葉が舞い始めたな、と思って今朝見ると、その塀に沿ったところは芝生がほとんど落ち葉に覆い隠されている!ああ、やっと芝生の生長がとまり、芝刈りの重労働からそろそろ開放されるな、と思っていたところだったのに、今度は大量の落ち葉・・・・これをそのまま放っておくと、下の芝生がダメになってしまうので、これも一定期間ごとに取り除かなくてはならない。日本的に「落ち葉拾い」なんてもんじゃなく、これまた「我が家の戦士達」(↓)を総動員して反撃に転じなければならない。 芝刈り用の戦士達だが、「落ち葉戦線」でも威力を発揮してくれる。しかし芝生と違って、この「落ち葉の攻撃」はすばやく、一戦を交えてから二日もすると、もうすでに芝生を覆いつくすほどの落ち葉が溜まってしまう。これから2ヶ月、いや3ヶ月、つまり11月ぐらいまでは、木の種類によって落葉の時期がことなるので、次から次へと順番に攻撃が波状的にやってくる。完全に武装解除し、前線から離脱できるのは12月頃になってしまうだろうか・・・・・そう言えば、4軒の賃貸の家の中で3軒が周囲に結構木が繁っている。こんな時だけ、今度買うとしたら、あまり周囲に木が植わっていない家にしよう、と思うのだが、そんな家は風情がない。なんでこちらの家の周囲には「常緑樹」みたいな木を中心に植えないのだろう、と思ってしまう。別にここの地域では常緑樹がないわけではないのだから、それを中心に植えてもらったら一年の半分は庭の手入れに手がかからなくなるのにな~、と恨めしくなる、そんな季節の始まり・・・・・・---------------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ X3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (犬の散歩二回)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(Webトレ:Contact 全問題)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「暗黒○○」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >子供が2人とも元気に学校へ行き、それぞれ課外活動を思いっきり楽しんでいる、その状況に感謝!
2005.09.17
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日本は長期のデフレに慣れきっている。そろそろインフレの予兆も出つつあるが、これだけ続いたデフレの経験からおいそれとは感覚が切り替わらないかもしれない。アメリカはデフレではないけれど、景気と双子の赤字で長期金利がずっと低迷している。これも同じで、あまりにも低金利に慣れてしまうと、ちょっと前の30年固定ローンで10%近かった金利の頃の感覚を忘れてしまう。そのどちらも怖くて、一生懸命自分で自分に言い聞かせている。今の状態がずっと続くと思わないほうがいい。いや、絶対続かないと思ったほうがいい。続かないとしたら次はどうなるか、を考えて今から手を打っておくんだ・・・と。しかし、考えてみると、これは受身的な発想かもしれない。受身、という言葉が悪ければ、防御的発想、とも言えるかもしれない。そうなった時にも、大打撃を受けないように、あるいはリスクを最小限にするように、という発想。これはこれで大事かもしれないが、もう少し突っ込んだ発想も有ってしかるべきではないか、とふと考えた。どうせなるんだったら、受身ではなく、防御ではなく、世の中の慣性がデフレや不況に囚われている時の変化点は、最大のチャンスではないか、とも考える。いつそうなるか、それはわからない。でも遅かれ速かれ訪れる。そのときから準備したんでは遅いことも明白だ。だったら、「利上げ」いつ来てもいいよ、いや早く来てよ、という体制と言うのもありうるのではないか。ちょっと、2,3分前にふと考えたことをそのまま、ここに殴り書きしています。あとで読み返して、反芻するために・・・・
2005.09.17
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なぜ、「出家」などと言う言葉が気になったのか、自分でもよくわからないが、ふと今日、頭に浮かんできた。仏教のことは本を読んだこともなければ、当然勉強したこともない。だから、出家の何たるか、在家のなんたるか、を正確には知らない。しかし、一般に言われるのは、出家は俗世間を捨て、僧門に入って、ひたすら悟りを求める修行生活を送ることを指すように思える。対して、在家は、同じ仏教を信奉するも、俗世間に身を置いたまま、現世的な利益と同時に来世的な利益をも求める立場を指すようだ。この定義もかなりいい加減な推測なので、間違っているかもしれないし、あるいは教義や宗派によってもその定義が異なっていることも考えられる。ちょっと検索するといろいろ出てくるので、それらを見ていると、出家: 二元を捨て一元にかえる在家: 一元を捨て二元にもどるというような言葉も書いてある。あるいは出家の立場を在家に対する精神的な指導を与えるものとし、在家はそれに対する資金援助をするもの、としているところさえある。お布施、などは、この後者の定義からくるものだろうか。しかし、いろいろな定義を見てもなにかしっくりこない。上の「二元を捨て・・・、一元を捨て・・・」にしても、はたしてそうだろうか?出家は、精神的に「在家」の上に位置するものだろうか?私としてはどちらの「NO」である。出家であろうが、在家であろうが、二元と一元を同時に経験、認知することがありうるだろうし、そのアプローチの方法の違いにしか過ぎないと私は思っているのだが。あるいは、「在家」でその道を求める方が、よほど苦難も、障害も多く、僧門に入ってひたすら俗世間に背を向けて一方向に精進するよりも、言ってみれば「鍛えられる」のではないだろうか。俗世間に囲まれながら、いやその俗世間に自分を保ちながら、なおかつ自己の確立と成就(この言葉も実はよくわかっていないのだが)を求める方が、誘惑も多く、困難を極めるだろうが、だからこそ、同じ立場に居る全ての人々と共通の会話ができるのではないだろうか、と。しかし、検索してみていると、ある法人のHPでは、在家の人の「悟り」と「知恵」への到達のプロセスが書かれてあった。驚いたのは、その第一プロセスが「お布施により、功徳を積むこと」となり、それが出発点となっていること。その他にいろいろなことが書いてあったが、この一点だけで、私なら背を向けてしまう。そう言えば、「神との対話」の中のやりとりで、「真の指導者と、偽者を見極めるにはどうしたらよいでしょうか?」との著者の質問に対し、神は「そのものがどんな形でか金銭的な対価を要求するとしたらそれは偽者と思って間違いない」という意味のことが書いてあった。私としては単純にこの「神との対話」での「神」の答えは的を射ているように思えるのだが・・・・・
2005.09.17
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何年ぶりかで推理小説を読んでいる。実は妻が推理小説好きで、先回の日本帰国の際買い入れてきたものの一冊。私はほとんどこの手のものは読まないのだが、多少ヒマなのでなにかないかな、と、森村誠一のある本を読み出してみた。まあ、内容は特にどうということはないのだが、その中に、登場人物の一人で○○省につとめるノンキャリアの生活が描写されていた。その人物は、事件の発端となるのだが、部下の犯罪のために30数年勤めた職場を監督責任の名の下に懲戒免職、悪いことに娘の結婚式直前だったために、その結果婚約も破棄となって家族からも恨まれるはめになる、という設定。その彼が30年余におよぶ自分のキャリアを振り返って、家族のためを思って耐え忍んできたことが、たった一つの部下の犯罪によって崩壊するという事態になっての心境がつづられている。まあ、ありふれた、と言えばありふれた設定で、特に面白みが在るわけではないが、それでも、「家族のしがらみ」というものを多少考えさせられた。この本の場合は、「家族のしがらみ」どころではなく、良かれと思ってしたことが裏目に出て行くのだが、そんなところではなく、彼の述懐の中で、もし家族のためを思って彼が自分を押し殺してきた部分がそうでなかったらどうなったのだろう、という部分に想像が行ってしまった。人はひとりで生きているものではない。しかし、人は自分自身には最低限責任を持っている。自分がもし、「家族のしがらみ」というものを完全に無いものとして自分の生き方を考えたらどうなるのだろう?それと、今の自分の生き方の差異が、すなわち「家族のしがらみ」から来る部分だと仮定すると、その差異を無くすることに躊躇しなかったとしたら、いったいどんな生き方を自分が選択するだろう?小説自体はそれほど面白くも無かったのだが、(いや正確に言うとまだ読み終わっていないのだが)、そんなことをふと考えさせられた久々の推理小説でした。---------------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (犬の散歩二回)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(テキスト : Contractの章、2読目完了)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「○○の構造」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >家族が、口げんかが絶えないほど、毎日健康でいられることに感謝!
2005.09.16
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ハリケーン直後ほどではないにしろ、ガソリン価格が高騰している。日本のニュースなどを見ていると、何年来の高値、とか言っているがが、アメリカの高騰に比べるとかわいいものに思えてくる。一昨年、日本に帰った頃は確か一ガロン(3.8L)で$1.2前後ではなかったろうか。その前には一ガロン$0.8ぐらいの時がしばらくあったので、その頃から比べると、ピーク時の$3.2前後というのは実に4倍近い値上がりであり、やっと少し戻ってきたと言ってもまだ3倍以上の$2.8前後している。まだリッターあたりにすると80円ぐらいなので、日本よりは安いかもしれないが、一頃の日米差は3倍以上あったのだから、雲泥の差と言えるだろう。こういったガソリンの価格は御存知のように原油先物の高騰を受けて、このところ一貫して続いているのだが、とうとう航空業界の第3位のデルタと、第5位のノースウェストが会社更生法を申請するところまで追い込まれた。このガソリン価格の高騰は、しかし、私個人にとって、私達家族の生活に対して、どんな影響があるのだろうか、としばし考えてみた。経済は単純ではない。表題に掲げた「風が吹けば桶屋が儲かる」ではないが、なにかの事象があると、その影響が多方面に及び、それが回りまわって全然関係ないと思われるようなところまで影響が出てくる。この原油価格、ガソリン価格の高騰、アメリカの経済に与える影響、そしてその経済の長期見通しに基づく長期金利の動向、そして、その経済の実態との相対評価で決まる日米の金利差と為替の動き・・・・そういったものを考えると、一概にガソリン価格高騰→物価高騰→インフレ→金利上昇→生活圧迫、という風に単純にはならない。逆にハリケーンの被害も手伝って、このところ原油価格の高騰があったにもかかわらず長期金利は再び低下傾向であり、景気の長期見通しが良くないことを示している。確かにインフレの兆候はあり、短期金利はまだ上昇するだろうが、それと景気の後退を受け入れることは別の話であって、今後も難しい金融政策が続くのだろう。それに加えて日本の景気の動向、そしてその日米の相対関係が、ひいては為替の変動が今の私に及ぼす影響は、単に物価が多少上昇するよりもよっぽど大きい。こう考えてくると、経済の複雑さはその短期長期の見通しをはなはだ困難にしているが、それでも一つだけ言えることがあるのではないか、と思い当たった。それは、自分の活動や投資や資産配分の全般に渡って、景気の動向に影響されるのは仕方がないとしても、その影響の方向が逆向きであるものを組み合わせるとその影響を軽減できるのではないか、ということ。これはアセットアロケーションの考え方でもあるが、単に資産の分散というだけでなく、ビジネスもしかり、投資の選択もしかり、あらゆる面で言えるのではないか、と思う。ここまで考えて、でも、っと、一つ肝心なことに気が付いた。それぞれの選択の方向性が逆向きだと、自信をもって確定することは可能だろうか、と。でもそれが出来なければ、上に書いたようなことは絵に描いた餅、単なる概念論にしか過ぎなくなってしまう・・・う~ん、これも、自分の知識の範囲でベストの選択をするしか道はないのだろうな。-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ △3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (犬の散歩二回)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(テキスト : Buyer's Cost)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「聖なる意識の目覚め」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >今日もおいしい食事をとることができました。感謝!
2005.09.15
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今日の日経の記事から。この方の立場と影響力はよく知らないのでレベル的な話はできないが、少なくとも景気のたずなを握る日銀のそれなりの立場の人が、引き締めサイドへの移行の機を伺い始めたことは確かだろう。これです。↓--------------------------------------------日銀の福間審議委員、来年前半の量的緩和解除を期待 日銀の福間年勝審議委員は14日の福井市内での記者会見で、金融の量的緩和政策を来年前半に解除できるかどうかについて「そうできれば良いと思うが、実態を眺めながら考えないといけない」と述べ、早期に解除条件が整うことに期待を表明した。 日銀は量的緩和解除の条件として、消費者物価指数(CPI)が安定的に前年比ゼロ%以上で推移することを挙げている。福井俊彦総裁は「(CPIは)年末にかけてプラスに転じていく」と指摘しており、市場は来年前半の解除を視野に入れ始めている。 福間氏は量的緩和の目安である日銀当座預金残高の目標(現行30兆―35兆円)に関して「一挙にストンと落とすと市場にショックを与える。市場に痛みを与えずに金利政策へ移行していきたい」と指摘。量的緩和の解除前に目標を段階的に引き下げるべきだとの考えを改めて強調した。----------------------------------------この内容の、私にとって意味するところは結構大きい。年末から年始にかけてのCPIの動向とそれに対する日銀の施策のタイミングはしばらく注意を払ってみている必要があるだろう。場合によっては、予定している次の段階へ移行するタイミングを早める必要が出てくるかもしれない。動きが出るとすれば来春早々だろうか・・・・。とにかく、その前に手を打ち終えたいものである。
2005.09.14
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普段、スピリチュアル系に興味がある人間はよく「宇宙意識」という言葉を使います。でもよく考えてみると、宇宙意識とはなにか、ということについて厳密な定義を考えて使っている場合は少ないように思います。厳密な定義、というより、それがどういった意識の状態を指して「宇宙意識」と呼ぶか、ということかもしれません。瞑想の中で経験する意識を第4の意識、と呼ぶことがあります。第一から第三までは、私達が普通に経験する「目覚めている時の意識」「夢を見ているときの意識」そして「深い眠りの状態の意識」というように一般に区別されます。そしてそれらは、人間の脳波の測定で、それぞれに特有の脳波を記録することによって、その区別が「客観的に」つけられています。そして瞑想による第4の意識、という状態もまた、この「脳波による分類」によって、それまでの第一から第三までの意識状態とは別個の状態にあることが確認されます。それでは、「宇宙意識」と普段言っている状態はどれでしょうか?実は、そのどれでもない、とマハリシは言います。瞑想の効用に、というか、その手法の目的として、第4の意識、すなわち偏在する「意識」に自己を同調させ、それにより、自分の第一の意識から第三の意識が徐々にその状態を変えていくことが挙げられています。マハリシはその過程を、織物の染色の過程に例え、染料に漬けて色をつけ、それを乾かして色が褪せ、それをまた漬ける。この過程を繰り返すことにより、徐々に織物にその染料が定着し、最終的には、外に出して乾かしても、その染料の色が色褪せない状態にまで到達します。それと同様に、瞑想により、その存在というか「意識の海」につかり、それを何度も繰り返すうちに、粗大な領域、すなわち現象界の第一から第三の意識状態になったときにも、その第4の意識、すなわち「存在そのもの」の意識状態を持ち続けられるようになる、と。そして、「宇宙意識」とは、この第4の意識状態を、被造界、現象界におけるわれわれの第一から第三の意識状態にまで持ち込んだときの、統合された意識状態を指す、と明確に定義されています。そういう意味では、第5の意識状態、とも言えるかもしれません。マハリシはこうも続けます。「その神聖さが客体の経験によって覆い隠されることがなくなるとき、つまり生命のその一元性が世界の多様性に覆い隠されることがなくなるとき、そのとき、それは人生において100%生きられることとなります。あれとこれ、両方が一緒になります。超越的な『存在』と相対世界の経験、両方が手をとりあうのです。」「これが起こるとき、人生の目的が成就されます。これが『宇宙意識』です。そのとき心は純粋『存在』の状態に完全に満たされて戻ってきて、五感による知覚のこの世界を行きます。すべてのものは以前と同じように経験されますが、しかし以前のように内側の『存在』の状態に無知ではありません。今は内側の『存在』の完全な状態が生きられるようになりました。それが心に行き渡りました。しかも人生のあらゆる出来事も経験されるのです。」この前にマハリシは「自己の確立」について述べており、その確立された自己にとってのこれらの状態をもって「宇宙意識への到達」としています。これらの事柄を自分が本当に理解しているとはとても言えません。しかし、その言わんとしていることはおぼろげには理解できます。それらを今やっている瞑想の実践を通して自分の経験とすることができる日が来るのでしょうか。それはわかりません。しかし、その経験を素直に分かち合おうとする人がたくさん居ることもまた事実なのです。-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 △4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (犬の散歩一回、ゴルフ)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(テキスト : Seller's Cost)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「聖なる意識の目覚め」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >こうして健康であり、勉強が出来、ゴルフが出来るこの状況に感謝!
2005.09.14
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日本でもそうだろうけれど、アメリカでもレンダー(銀行などの融資元)の中で、どうやって借り手の審査をしているかは、内部機密となっている。今日、またまたいつものゴルフ仲間であるKo氏に誘われゴルフをしてきた。ゴルフの方は、どうしたわけかドライバーがえらく飛ぶようになり、昨年からすると20~30ヤード余計に飛んでいる印象で絶好調だったのだが、それに反比例するようにパットが絶不調で、3パットの連続・・・(泣)それでも好調なショットに支えられて、ひさびさに87をマークしました。ゴルフの話は置いておいて、その後、Ko氏といつもの不動産談義。Ko氏も自宅のクロージングを10月に控え、ローンの最終確定の段階にきており、折にふれ相談に乗ってきたのだが、いよいよあと一週間ぐらいで確定するような状況にある。そんな中、Ko氏から、彼の利用している銀行の審査の資料を入手した。こういった資料は内部資料として外部には出さないはずなのだが、彼を担当するローンオフィサーが、ローンを締結したいがためかどうかわからないが、Ko氏にその資料のコピーをくれたらしい。Ko氏は、私に読んで見てなにかためになることが書かれていたら教えて欲しい、とそれをそのまま私に渡してくれた。見ると、「他の人には見せないように」とカバーレターには書いてあるので、ちょっと気が引けたが、それでも貴重な資料であることは間違いない。これから20ページほどのこの資料をみて、銀行内部の審査がどういう基準で行われているのかを勉強してみるつもり。ただし、こういった資料が、どの程度の頻度で変更・改定されるのかが不明のため、その前提で読む必要があるが、それでも、今の時点では、という但し書き付きでも得るものはあるだろうと思っている。
2005.09.14
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海外ロングステー財団というのがある。定年後の海外移住やロングステーをサポートしているようだが、詳細は知らない。昨日からその財団が監修した本を読んでいたのだが、その中で、そうだな~、と感じた一節がある。それは、ある夫婦の海外ロングステーに踏み切った動機の中で、その奥さんが「日本に居ると、朝から晩まで、食事の支度から掃除洗濯と、家族の世話で一日がくれる。その点、ここは(東南アジアのフィリピンだったか)、お手伝いさんが雇えて、家の掃除もしてもらえ、本当にゆっくり出来る。年に1,2ヶ月、こうして海外で暮らせるのは本当に幸せ」というような話をしていた。確かに、一般に男性が勤め、奥さんが専業主婦をしている家庭で、その男性が定年を迎えた時、男性はとたんに仕事がなくなり趣味に走ったり、ヒマを持て余したりするが、奥さんの方は逆に日常の仕事量が増える(男性はゴミ扱いされる危険性もあるが・・・)ことが多い。実際、私の母親も、父が定年退職後ずっと一緒に暮らしているが、最近ではよく同じ意味のことでぼやくことが多い。だから旅行が何よりの楽しみで、旅館やホテルですごすことの中でなにが一番いい、と言っても、自分で食事を作る必要がない、家事からその期間だけは開放されることほどうれしいことはない、と言っている。食事のしたくは、その準備としての買い物から始まって、最後の後片付けまで、それが日に三度繰り返されるわけだから相当な負担であろうし、ましてや70台後半になった母には、時につらい時もあるのだろう。そういった状況の下では、旅行中の上げ膳、据え膳は最高の贅沢に思えると言う。考えてみると、私も「早期」退職し、家でぶらぶらしているが、外の仕事や修理、電気関係のことは全て私がやっているにしても、普段の家の中の仕事は、勤めていた時とほとんど変わらず妻が一手にやっている。これは考えようによっては、「男は定年があるが、女には定年がなく、不公平極まりない」と言われても文句のいいようがない。というより、もし自分が逆の立場だったらそう言うだろうな、と思ってしまう。(笑)これは少し、考えてみる必要があるな、っと、「海外ロングステー」とは全然関係ない方が気になってきた。今日から、「今日の結果」に「今日の感謝」の項目を10番目として追加しました!-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ X3. 朝夕2回の呼吸法 △4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (芝刈り、庭木の剪定)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(問題集 : Settlement Statement)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「聖なる意識の目覚め」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○10.今日の感謝 >いつも家族の世話をし、私のわがままを許してくれている妻に感謝!
2005.09.13
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久々に不動産ライセンスの日記。と言っても毎日怠けているわけではありません。遅々としてではありますが、前進を続けています。(笑)今日は、昼前から一軒芝刈りをこなしてきて、帰宅してから問題集のSettlement Statement のところをやりました。Settlement というのは、言うなればクロージングと同じで日本語で言えば最終決済にあたるのかな?そのSettlement Statement というのはつまりはその最終決済書、というわけですが、日本と違ってきちんとした書式が出来ており、最終決済時にどんな費用が売主側と買い手側にかかるのかが全て記載されています。記載の方法も、簿記の複式簿記形式で、英語ではダブルエントリーというのでしょうか、売り手側と買い手側の双方にCredit と Debit、つまり複式簿記で言う「借り方」と「貸し方」に分けて、項目ごとに費用を振り分けていく形になっています。こういった形の書式がきちんと用意され、不動産売買時にかかる「価格」「ローン」「金利」「保険」「登記費用」「弁護士費用」「税金」の精算、などなど、もろもろの費用が全て貸借対照表の形で記入されるわけです。(あ、ちょっと出掛けてきます。続きはあとで・・・)で、なんでしたっけ? あ、そう、そういうわけで、このStatementを埋める問題が29問出てきたわけです。こういうのは得意、というか、ちょちょい、っと30分もかからず仕上げたのですが、結果は4x。そのうち3問はポカミスです。(泣)なんか主題がずれてしまったようですが、書きたかったのは、こういった最終決済時の定型フォーマット、日本にもあったらいいな、と感じたことです。売主、買い手、双方のお金のやり取りが全て網羅されている、一円に到るまできっちりとクロージングの席で説明を受ける。この手の情報公開の範囲と内容、納得性が法律できちんと規定されている、その辺が日本にも是非あってほしいものだな、と感じた次第です。もっとも、売り手のローン残高から支払い手数料からなにから、すべてさらけ出されるので、嫌がる人が多いでしょうけれど・・・・
2005.09.13
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私は瞑想をしています。しかし、瞑想とは何でしょうか?マハリシは瞑想について次のように言っています。--------------------------------創造の過程ではこころは次第に粗大になっていきます。瞑想中には、逆にそれを次第に精妙にしていきます。なにを精妙にしているかと言うと、意識の振動している状態です。振動している意識が次第に振動しなくなって、そして全く振動しなくなって純粋な意識となります。この純粋な意識の状態があの偏在する「存在」です。それはちょうど、波立っていた海が静かになるようなものです。一つの波もなくなり、永遠に拡大した静かな海となります。被造界の振動している状態が次第に減少してきます。あるいは私達がそれに近づくと言った方がいいでしょう。私達が被造界の振動のより精妙な状態へと進み、そしてついには全く振動のない状態へと達するのです。波の振動する性質が次第に少なくなっていく時、波はますます海の中に溶け込んで行きます。そして最終的に振動が全くなくなると、波は個別の波ではなくなります。それは海の地位を得るのです。---------------------------------------特に最後の「波の振動がなくなる時に波は個別の波ではなくなり、海の地位を得る」というくだりが、瞑想のなんたるかを端的に表しているように思います。瞑想を指導してもらうとよく「精妙さ」という言葉に出会います。私はいまだにこの「精妙さ」というものを自分自身で実感するところまで行っていません。しかし、瞑想を20分も続けていると、意識のざわざわとした波、いろいろな想念が飛び交っている段階から次第に静けさに満ちた時間に変わっていきます。そうなったときは自分が寝ているのか覚めているのかわからないような状態なのですが、「自己の想念がなくなったときに意識する自己」という複雑な状況のためか、私にはいまだにその「精妙さ」というものがわからない。しかし、それでも心の平安な状態を一日に一度や二度経験することはけっして無駄ではないと感じながら、今日も瞑想を続けているわけです。人の心のなか、それは全ての源だとも思っているわけです。
2005.09.12
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子供が自分で自分の生き方に責任がとれるようにするのが親の責任、という風に考えています。そこで大事になるのはなんでしょうか。学校の成績? 体力? 従順さ? 「いい子」?そんなもんではけっしてないと思います。息子がマーチングバンドに入り、突然今までやったこともないアルトサックスなぞを吹き始めて3ヶ月ぐらいになります。さすがにピアノを8年ぐらいやってきたお陰で、音楽の基本的なところはわかっているせいか、ほとんど中学校からやっているバンドメンバーに加わったにもかかわらず、3段階に分かれているサックスのグループの一番「下手な」グループの1stチェアになったそうです。入った時はほとんど末席でしたので、その10人ぐらいのグループのトップになっただけでも本当は大したことなのでしょうが、まだまだ上は居ます。そんな状況で、今のリース楽器とは別に自分の楽器を欲しい、と言い出しました。それも定価で言うと約$5000、約55万円もします。状況から判断して時期尚早と考え(なにせ始めてから3ヶ月しか経っておらず、この先続けていくという保証もない)、拒否しておりました。しかし、何度も言うので一計を案じました。「本当に欲しいのか?」「どうしても欲しいのか?」との問いに「ホントに、ホントに欲しい!」と言う。では、と、一つの提案をする。「ホントに欲しいのだったら買ってやる。しかし、半分は自分で出しなさい。」定価$5000ぐらいのサックスを欲しがるのは友達のものを見ているせいもあるが、大部分は見栄である。親に言えば買ってくれる、という甘えの元では、いくら高くても見栄を満足させる方が優先される。しかし、実売価格$3500ぐらいになるこの楽器を、言っているように「ホントに、ホントに」欲しいのなら、自分で小遣いを稼ぐぐらいのことをやってみろ、ということだ。毎月のお小遣いを貯めるだけでは何年経っても、その半額の$1750なんて貯まるはずもない。ありとあらゆる場面で、自分でお金を稼ぐだけの「欲」と「意欲」があって初めて可能となる金額だ。さあ、どういう行動をとってくるだろうか・・・・-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ △3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする X (昨日のバレーボールで体中痛くて、今日は休養!)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(問題集 : Mortgage 117問)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「聖なる意識の目覚め」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○
2005.09.12
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今日は昨日とは正反対に一日中家に居て勉強と読書に費やす。昨日のことをいろいろ日記に書こうかとも思ったが、なぜか気が乗らず、見送ることに。ただアメリカの学校におけるフットボールというスポーツの位置づけと、それに関わる多くのボランティア、そしてそのプレーヤー以外にも活躍する生徒達の活動をつぶさに見て、ひさびさに「アメリカ」というものを感じた一日ではありました。今日はその反動で殆ど本を読んでいました。私としてはめずらしい音楽関係のエッセイ。かみさんが日本へ一時帰国したときにブックオフで買ってきたもので、「面白いよ」と言う言葉に誘われて昼過ぎから読み始め、今しがた読み終わりました。内容は置いておくとして、確かに面白かったですね。音楽の才能に恵まれた一人の若き指揮者のエッセイですが、その音楽に対する関わり方、そしてそれを核としたその人の生き方、哲学のようなものが浮かび上がり、自分は音楽的素養はほとんどないにも関わらず楽しめました。しかし、やはり人間、ある域に達すると、ある意味、神がかり的なところが出てくるように感じます。それは個人の能力や才能、努力、といったものからはかけ離れたところにある、ある種の神の恩寵みたいなところが付いてまわり、本人もそれをそのように意識しているところがある。なんの努力もなしに、いくら神の恩寵だからといってそれだけで世界に認められる音楽家になれるはずもないが、確かに同じような能力と同じような努力をしている人間のあいだにも画然として差が出てくることは事実であろう。その原因をなにに求めるのか、それは端的に言って「生き方」あるいは「生き方に対する考え方」にあるような気がする。ちょっと感じたことをうまく表すことが出来ないが、ふと、精神世界や成功法則の話に共通したものを感じたことは事実です。この世の中、究極、どんな生き方をしても、その根幹となるものは共通しているのかもしれません。-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ △3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (子供達と庭でバレーボール!)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(問題集 : Finance125問の復習)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「僕はいかにして指揮者になったのか」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○
2005.09.11
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今日は久しぶりに出ずっぱりでした。朝10時前に家を出て、帰ってきたのが今しがた夜の11時です。今、遅い夕食を食べたらもう12時。いろいろあったので日記のネタには困らない一日でしたが、もう書く気力がありませんので、明日の朝、気が向いたら書きます。しかし、今日も不動産を見て回ったのですが、今度はなんとかうまくことが運んで欲しいものです。今度の話は長期戦になりそうだし、この前の日記の「起業のかたち」に関連してくる可能性もあるので、じっくり慎重にやりたいと思います。また、初めての息子の高校のフットボールの試合を見ました。息子もマーチングバンドのメンバーとして登場します。これらをひっくるめて、また日記に書きたいと思います。今日はおやすみなさい。
2005.09.10
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ここジョージア州は、アメリカの中でも失業率が低く、まだまだ人口流入が続いているため、郊外の開発がどんどん進み、新興住宅地が次々に作られている。今年上半期での全米の新築住宅着工件数上位10カウンティ(郡)のうち、4つがジョージア州であった。そんなジョージアなので、日系企業の進出もまた多くなっている。「また」と書いたのは、やはり90年代初頭には日本のバブル崩壊の余波でつぎつぎに日系企業が撤退し、一時はここメトロアトランタの日本人人口は減る一方であったからだ。最近の日系企業の進出はやはり「自動車」関連が多いようだ。アラバマ、テネシー、そしてここジョージアの南東部諸州に、日系メーカだけでなく、韓国系の自動車メーカーも工場を建設し、その自動車メーカーへ資材を供給する部品関連の企業がそれに付随して進出してきている。やはり「現地調達率」という一つの自動車メーカーとしてアメリカで生産する上での重要な要件を満たすため、というのもあるし、ト○タに代表される自動車メーカの「看板方式」の要求を満たすために近接地域に拠点を設けることが必須になっている面も大きい。それに伴い、いくつかの日系企業では大規模な工場立ち上げが今まさに行われており、ある企業では立ち上げ時に最大百数十名の日本人の立ち上げ部隊が出張ベースあるいは長期駐在ベースで来米されている。当然、何名かの方々は、その立ち上げ後も工場や事務所のオペレーションの核となる人員として出向や駐在としてこちらにとどまることになる。そういった現状を考えた時に、私がやっている不動産投資、特に現在の日本人駐在員を対象にした不動産賃貸を、なんらかの形で規模を拡大するなり、違った形のサービスを提供するような事業の形態はないだろうか、と考えている。自分が初めてアメリカに赴任し、家族を帯同したときに苦労したこと、不安だったこと、不便だったこと、あったらいいな、と思ったことなど、それらが、もしかしたらこの新規ビジネスの糸口になるかもしれないな、とも思っている。起業の「かたち」、それは単に事業体の法人化でもなく、どんな種類の法人か、というのでもなく、まず、それを通して何をするのか、どんなサービスが提供できるのか、そしてそのプロセスとシステムの構想がまず初めになければいけない。企業の法人形態などは自ずとそれに付随して決まってくるのだろう、と思っている。
2005.09.09
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別に投資をするつもりはないが、ひょんなきっかけで知ることになったニューヨークの日系不動産屋であるREDACから時々物件情報が来る。こちらアトランタの物件と比べると、築年数も古く、見栄えもそれなりにもかかわらず物件価格はべらぼうに高い。この定期情報には賃貸の情報も含まれるので賃貸のレベルもうかがい知ることができるのだが、こんな物件価格に見合うようなレントで貸している例は見たことがない。つまり、賃貸レベルに対する物件価格の高騰がすでにCF重視の投資は不可能で値上がり益狙いの投資しかできない水準にある。いやCF重視どころではない。毎月のローンの支払いとプロパティTAXだけでも半端じゃない。それに加えてコンドなどを購入すると月々の管理料が取られる。これは日本のマンションも同じだろうけれども、この金額も半端じゃない。例えば、昨日来た売買情報からひとつ紹介しよう。これです。↓-------------------------------------------------------TRUMP INTERNATIONAL ONE CENTRAL PARK WEST NEW YORK, NY 10023 ◆もとGMのビルをトランプ氏が買い取り、超高級コンドミニアムに改装。◆高天井で高層階からはセントラルパークの絶景が楽しめ、 1階には5ツ星レストランが入っている。◆低層階はホテルコンド。高層階が一般のコンドミニアム。 価格と経費---------------------------- 物件ID: M-S83817 希望価格: $14,500,000 管理費(月): $3,972 固定資産税: $6,100 建物---------------------------- タイプ: Condo 総戸数: 166戸 52階建て 施工: 1996年 設備: Concierge, Door Man, Health Club, Pool, Garage, Roof Deck 最寄駅: コロンバスサークル駅徒歩3分 物件---------------------------- 間取り: 3ベッドルーム5.5バスルーム 面積: 3663 sqft (333平米)向き: E,W,N,River -------------------------------------------------------------どうでしょう?私など初め価格を一桁間違えて読んでしまい、あとで「え、16億円!?」っと桁数を確認したぐらい。(笑)ビルの値段じゃなく、一戸の値段である、もちろん。それにこの管理費!月々$4000?! 月々45万円の管理費? もちろん賃貸料ではなくて、自宅として保有していての話だからなにおか言わんや、である。一軒家だとしても広々とした3600平方フィート超(約330平米)の広さの間取り。ニューヨークの中心にあるロケーション。1996年築、という新しさ。はたまた有名なトランプタワーだとしても、また窓からのセントラルパークの景色がいかに素晴らしいにしても、だ。 いったい、こんな物件を買うのはどんな人間なのだろう、と思ってしまう。こんなコンドが160戸もあるのだから、このビル全体の価値はどれだけなのか、見当もつかない。世の中にはいろいろあるものだ。-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む △5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩一回のみ!)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(問題集 : Finance125問)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「聖なる意識のめざめ」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○
2005.09.09
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少し前に、英語の勉強を兼ねて、一日にひとつ映画をみよう、と思い立った時があった。しかし、結局続かず、何日かしたら、またほとんど見なくなった。この前の日記で書いた「小説」と同じで、「映画」もまた楽しい。これを毎日次から次へと見ていたら、それはそれで楽しいだろうとは思う。しかし、どんなに感動しても、どんなに印象に残っても、言ってみればそれだけの話だ。若い頃の話だったらいろいろな影響を与えることもある。場合によっては一つの映画が一人の人間の一生を変えてしまうことだってありうる。しかし、ある程度の年になってこういった映画を見るということは、「楽しい」という以上には出なくなるような気がする。映像の持つ情報量は莫大で、小説の比ではないが、逆に想像力を制約される面もあるので、どちらかというと後にまで残る、という意味では私にとっては小説の方が強い。それでもその圧倒的な情報量と、新鮮な映像表現を見ることはまた違った次元の楽しみではある。久しぶりに昨日2件の映画を立て続けに見て、これまた普段の生活における一つの娯楽の形として捨てがたいものがあるな、と感じる。しかし、手軽に映像を楽しめる、いつでもどこでも楽しめる、いい時代になったものだ。
2005.09.08
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普段本を読むと言っても、小説の類はあまり読まない。面白くないから読まないのではなくて、TVを見るのと同じで読み出すと面白いから読まない。読んでいる時は結構楽しいし、読了後に残る余韻もいい。TVでいい番組を見たときも同じ。しかし、なぜかあまり後に残らない。しばらくするとすっかり忘れてしまい、その印象や感動でさえ色あせてしまう。いきおい、読む本は実用書の類が多くなり、小説はめったに読まなくなった。今日、久しぶりに何を思ったのか、小説を読む気になった。ゴルフに行く前、そして帰ってから夜中の1時まで、ほとんどぶっ続けで読み通してしまった。やはり面白い。このブログを書くようになってから、「書くこと」の難しさを痛感しているが、この小説を書く人の精神構造はどうなっているのだろう?一つのテーマに基づいて、ある構成を描き、それにのっとって肉付けしてゆくのだろうが、読んで行くにつれて徐々にそのテーマが現れてくる。その現れ方が、こういった日記や随筆でダイレクトに書くのと違って、じわじわっと読者の心の中で像が作られ、それが次第に明確になってゆく過程・・・久しぶりに小説を読んで、こういったものを書く力、というものをあらためて感じさせられた。それはたぶん、「表現力」+「構想力」+「アルファ」なのであろうか。この「アルファ」というのがなんなのか、よくわからないが、ある場合は「緻密性」や膨大な下調べに支えられた客観性の場合もあるだろうし、ある場合には「感性」という場合もあるのだろう。いずれにしても、小説を読むだびに「すごいな~」と感じる。時々はこういった「小説」を読むことも悪くないな。
2005.09.08
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ぬけるような青空。そろそろ多少秋めいてきた風。午後遅くのスタートだったので、前後に全くプレーヤーがおらず、2時間50分ほどでのワンラウンド。先日ハリケーン「カトリーナ」のために中止になったあと、今日久しぶりにゴルフを楽しむ。秋の乾いた空気のためか、いつもよりドライバーの飛距離が伸びる。二打目でピタッ、ピタッとグリーンに乗り、開始早々1,2番のミドルで連続パー。うん、今日はいけるぞ!多少乱れるが、一ホールダブルボギーをたたいたものの、なんとか前半は43で終了。後半もいいテンポでプレーができたのだが、、池越えのパースリー180ヤードでめずらしくグリーン手前の池の淵、20cmぐらいのところへはめてしまう。特設ティーがあるのだが、それでは面白くないのでまたティーグランドから再度打ち直しをするもグリーンをやや外す。結局、6つもたたきダブルパー。しかし、次のパー5で久々にロングパットをねじこみ、バーディ。なんとか後半8ホール目まではボギーペースで、最後のサービスホールの一つのパー5、465ヤードを残すのみ。ああ、ここがダブルボギーでも今日は久しぶりに80台でまわれたな、と思ったのがまずかったか・・・・好調のドライバーで今日はじめてのミス、チョロッって50ヤードぐらいのところのブッシュへ。しかし、なんとか脱出したが、さすがにロングホール、第4打もグリーンに届かず、5オン。それでも2パットで、ダブルボギーだし、やはりこの時点でもなんとか80台で納められたな、と思っていたのだが・・・・そこで痛恨の3パット(泣)。終わってみれば、また90。余計なことは考えず、最後まで一打一打に集中すべき、というゴルフの基本をまたまた思い知らされた今日のゴルフ・・・・-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 △4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩一回、ゴルフ!)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(Web : Financeの章 全問題。)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「ハルモニア」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○
2005.09.08
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Taxシェルター、という言葉がある。税金に関するいろいろな優遇策、優遇税制を指す言葉だが、日本語でなんというのだろう。節税にはいろいろある。しかし、投資に関して言えば、どんな節税でも、知って利用しているのと、知らないでただただパフォーマンスを上げよう、というしているのでは結果が全然違ってくることはよく知られている。不動産に関しても、いろいろな優遇税制や節税策があり、それを駆使していくとキャピタルゲインなどにほとんど税金を払う必要がなく、かの「金持ち父さん」にロバートキヨサキが書いているように、百万ドル(一億一千万円)の所得があっても税金は0、ということも不可能ではない。その節税にもいろいろあり、アメリカではTax Deffered と Tax Exemption の二通りある。前者は税の繰り延べ、後者はその年の申告所得からその部分を控除できる節税法である。どちらがより効果的か、と言うと、人それぞれの状況によって違ってくるので一概に言えないと思うが、所得控除よりも課税繰り延べの方が一般的には節税効果、というより資産形成力が高いようだ。私も細々とだが、昨年、所得控除にはならないが、課税繰り延べでかつ引き出し時にも非課税、という貯蓄を始めた。カレッジセービングという名の教育目的ファンドだが、月々定額でファンドを買い付け、その運用益もファンド購入に回る。つまり複利になる。で、昨年8月の終わりから開始したこのカレッジセービングの一年間の結果が出てきた。子供が2人居るので、二つのアカウントを持っていて、一つは高校生の兄貴用にやや固いポートフォリオ、中学生の妹用には、ややアグレッシブなポートフォリオ、ということで、同額で始めたのだが、この一年では、妹のファンドの方が成績が良く、先に大学進学年齢に達する兄貴の方よりも妹の方がファンド総額が増えてしまった。しかし、2人合計でみると、この一年間の投資パフォーマンスは13.4%。アメリカの株価が低迷している割にはいい線行っているのではないか、と思うがどうだろうか。もし1億円の原資があったら、1340万円の利益で、しかも「非課税」となったら「手取り」の収入である。まあ、私の場合は幸いにもその100分の一ぐらいの規模なのでそんな大それた金額にはならないし、引き出し目的が教育用に限定されているので、そんな大金を教育目的と偽って引き出せるはずもないので、これは単なる机上のお遊びに過ぎないが・・・・しかし、不動産投資でいろいろやっているけれども、お金を投資しているだけで13から15%の利益が得られる、しかも非課税で、という方法がこのカレッジセービング以外にもいろいろある。これらの「節税」策を駆使して資産形成を図ることは、不動産投資よりもよっぽど簡単に見える。しかし、問題は今日現在の食い扶持である。この複利効果を享受するためには値上がり益の再投資を継続していく必要があり、今日の生活費にはなりえないのだ。(してもいいけれども、それでは複利効果がなくなってしまう)。したがって、子供の教育費、という一つの期限がある目的のためにこれらの制度を利用しており、それ以外は殆ど不動産一極集中により、日銭を稼ぐ、というアセットアロケーションになっているのだが、これが本当にいいことなのかは自分でもわからない。このカレッジセービング以外の株・債権投資も平均10%以上のパフォーマンスを上げているので、本当は徐々に不動産投資からこちらへ幾分シフトしてもいいのではないか、と感じている。これはまた、これからの課題ということで、継続的に検討してみたいと思っている。-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (散歩一回、芝刈り一軒。)7. 不動産ライセンスの勉強 X!(これからできるかな?)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「聖なる意識のめざめ」マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○
2005.09.07
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夕方久しぶりに自宅の芝刈りを終え、妻が用意してくれた夕食を食べていた。正確に言うと、夕食の前のいつものワインを飲みながら、出してもらったセロリのサラダと、なんというのか、きゅうりのちくわ巻きみたいなものを食べていたのだが・・・これがおいしい!う~ん、こんなものがおいしい、というのは、かなり幸せな状態だな、なんて考えながらテーブルに並んでいる他のの料理をなんとはなしに眺める。ふと、「ぜいたく」という言葉が頭に浮かぶ。今まで生きてきて一番「ぜいたく」と感じたのはいつだったのだろうか、と、ふと考えてしまった。仕事をしているときは、社長に付き添っての国内外への出張での接待、酒池肉林の御馳走攻め、あるいはアメリカやイギリスでのナショナルディーラーミーティングでの、ゴルフつきのパーティ・・・・・・「ぜいたく」と言えば、自分個人ではできない経験をいろいろさせてもらった。しかし、今までで一番「ぜいたく」と感じたのはいつだったのか、と思ったときに脳裏に浮かんだのは、全くそれらとは関係ない、子供の頃の夕食だった。当時、貧乏サラリーマン家庭であった我が家では、年に一回だけ、外に出て外食するのが恒例だった。(と言っても、何年続いたかは覚えていないが)年に一回の外食、と言っても、住んでいる町の普通の中華料理屋の一軒に行き食べるだけの話で、今から考えると「贅沢」の「ぜ」の字にもならないような食事だったはずだ。しかし、当時は年に一回だけ、外でいろいろなものめずらしいものが食べられるとあって、かなり前からその日を心待ちにしていたものだった。で、当日、中華料理屋の例の丸テーブルで、真ん中に回転するようになっているところにさまざまな見たこともないような料理が並ぶ。そして、普段食べたことがないような物を、それこそおなか一杯に食べられる。その時に感じた「ぜいたく」感!やっぱり、いろいろな経験を経て、いろいろな「ぜいたく」を経験してきたつもりでも、当時感じた「ぜいたく」感に及ぶものはない気がする。それが根となる経験になっているためか、今でも、5000円や1万円出しておいしい食事をするよりも、500円や1000円でそれなりにおいしいものにめぐり合った時の方が、心の満足度が高い!(笑)こりゃ、根っから経済的にできているな、と、特にグルメやグルメを装う人を羨ましいとも思わない自分は感じるのですが、これは他の言葉で言えば「貧乏性」とも言うのかな?-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ X3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 ○6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○ (芝刈り。)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(テキスト:ファイナンスの章、2読目完了!)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「聖なる意識のめざめ」マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○
2005.09.06
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完全なる知識への探求は、真我から始まり、真我に立ち返り、全てが真我の表現であることを認識することで、成就を見出します。全ては、自分自身の表現であるのです。 マハリシ・マヘーシュ・ヨーギー久しぶりにマハリシ・マヘーシュの著書を読む。読むたびに分かったようでわからないが、わからないところが段々と変わってきているような気がすることは確かだ。これは変化ではあるが、進歩だろうか? それもわからない。真我とは?成就とは?「すべて自分自身の表現である」というのは?私自身の解釈はあるにしても、それが当っているのかは知らない。知識に関する言葉でもう一つ思い出すのが、絶対の中では知識があるだけで、体験はない。知っているというのは神聖な状態だが、最大の喜びは何者かで「在る」と言うことの中にある。「在る」ということは、体験して後にはじめて達成される。「知る」こと、「体験する」こと、何者かで「在る」ことの順に発達し、進化する。これが聖なる三位一体、神の三位一体である。 「神との対話」第一巻よりそしてマハリシの本では、「自己実現」について、こうも書いています。------------------自己実現は、私達が経験の領域を超越する時にのみ可能となります。私達は被造界の粗雑な領域を退いて、精妙な領域を経て、最も精妙な領域へと進みます。私達は相対性の全ての領域から退いて、「絶対」の領域へとやってきます。「絶対」、その特徴としてまったく変化しないもの、それが「自己」です。それはただ一つの特徴を持っています。それは「存在」です。その本質は「絶対」です。それはけっして変化することのない、常に同一の、普遍的な真実です。それが自己です。客観的および主観的な経験の全領域を超越すると、自己が実現されます。 : : : 自己実現に道はありません。なぜなら自己はすでにそこにあるからです。全てのものが存在しているのは自己がそこにあるからです。 : : :心はもっと楽しみたいと思っており、大きな喜びがそこにあります。それを楽しむために長い間待たなければならない理由がどこにあるでしょうか。ただ楽しみ始めればよいのです。「人生は苦闘である」とは、生きる方法を知らない人たちが言ったことです。----------------------読むページページにまた新たな発見があり、他の書物、特に「神との対話」との整合性もだんだん出てきている。しかし、これらの言葉が、もともと完全に世間から隠遁し、世間とはなんの関わりもなく、世間になんの関心も持たなかった人間から出てくる、という事実をどう考えたらよいのだろう。
2005.09.06
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アメリカでは、プレゼントをしたり、なにか人をびっくりさせるようなことをその名の通り「サプライズ」と言う。今日、我が家のサプライズ!なんと息子がネットでチャットしていた女の子から食事のお誘いがあったこと!はじめ何を言っているかわからなかったが、よく聞くと同じバンドに所属する日本人の女の子らしい。妻とむこうの親がそのあと電話で話をしたが、別に食事をする話は出ない。で、どうなっているんだ、と息子に言うとまた早速チャットでやり取りし、やはり一緒に食事をしたい、と言う。でも子供同士ではなく、家族同士で一緒にお食事でも、ということになった。そりゃそうだろう。始めから一対一はないよな、とかみさんに。で、どこに行くの?と聞くと「向こうもお父さんは今日いないようなので、あなたは家で留守番してて。」なぞと言う。とんでもない。こんな面白そうな機会を逃せるわけがない!!ということで、のこのこと出掛けてまいりました。とにかく、息子が女の子と電話で話すことも最近は全くなかったし(小さい頃はありましたが)、それが一緒に食事をしようか、と提案されたのだから、我が家は騒然!妹まで面白がって兄貴をからかっているが、兄貴はだらしなく、いつもの勢いで妹の冗談に喧嘩をうることもなく、にやにやしている。で、実際のお食事。まあ、向こうも子供3人、こちらも妹の友達が遊びに来ていたところだったので、子供が3人居たのだが、みな年齢が近いせいもあってなかなか楽しい食事になった。いつもの勢いはどこえやら、完全に押されていたみたいだが、結構話がはずんで、息子もまんざらでもなさそう。この方は、アトランタに来て一年ぐらいだが、聞くと、なんと私の実家と目と鼻の先に日本の家があるらしい。あるいて15分ぐらいの距離みたいで、あらためて奇遇を感じる。まあ、同じバンドメンバーということで、ガールフレンドというわけではないが、結構明るい子なので、いいかもしれない。(何が?)別れ際に、親ではなく、その子の方から、家も近いことだし、一度家に遊びに来てね、と言われ、へ~っと思ったものだ。いったい、今の言葉は誰に向かって言ったのだろう、と後で考えてしまった。-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む △5. 一日15分以上のギター練習 ○6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする X (久しぶりのX。犬の散歩も妻と子供がやってくれた。)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(Webトレ - 問題集Valueの章)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) X9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○
2005.09.05
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私が「神の戯れ」という言葉を初めて見たのは確か、青山 圭氏の「理性のゆらぎ」か、同氏の「アガスティアの葉」ではなかったか、と思う。どんなシチュエーションだったか正確には覚えていないが、彼がサイババと面会して話をした時に、サイババの言葉として出てきていたと思う。それこそぼんやりとだが、青山氏がこの世界の不条理性をサイババに素直に問いかけた時の答えだったように記憶している。つまり、「それも、これも、神の戯れにすぎないのだよ。」とかいう答えがサイババから出てきたのだ。その当時の私は、今いろいろ読んでいるような精神世界系やスピリチュアル系の本は殆ど読んだこともなく、ただただ仕事に没頭していて他に気を回す余裕もなかったような人間だった。なぜ、この青山氏の「理性のゆらぎ」を手に取るつもりになったのか、今では判然としないが、この本か、その前後に読んだフリッチョフカプラの「タオ自然学」という本が私をこの方面に興味を抱くようになったきっかけになったことは確かだ。一言で言えば、この世の中には「理性」と「科学」で割り切れないものがまだまだ存在しているのだ、ということと、それらを真に「科学的」な思考様式に基づいて見るならば、今現在の科学の到達点から言えば、これらもろもろのいわゆる「非科学的」とか「オカルト」と呼ばれるものに対しての結論は保留すべきだろう、ということだけだった。現代の「科学」は、まだまだその緒についたばかりであり、この世の中の真実のほんの一側面を規定する法則なり理論なりをやっと見出したに過ぎず、「宇宙の真理」などということはまだまだ究明が始まったばかりだ。つまりは、この世の中で科学と理性によって説明のつくことの方が本当は少なく、説明どころかその存在さえ実証できない事柄がまだまだこの「宇宙」には溢れているのだ、ということだ。しかし、この「神の戯れ」というサイババの言葉の意味は、この読んだ時はさっぱり理解できなかった。何が「戯れ」なのだろう・・・・「戯れ」とはどんな意味で言ったのだろう・・・・と。しかし、今になって思えば、このサイババの言葉がなんとなくわかる気がする。この世の中に「悪いこと」もなければ「良いこと」もない。ましてや人間が不条理と思えることでもその真実に照らしてみれば不条理でもなんでもない。全てがあるがままで完璧なのだ。なんとなれば、すべては神そのものだから、そして神が自分を照らす対象として「この世」を創造したのだから、すべては神の手に中にある・・・・この「戯れ」という言葉に幾分の反発を当時は感じていたのだが、この表現はもしかしたら、今現在想像している以上に真実に近いのかもしれない。なにが「真実」かは別にして・・・・-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 △4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○(久しぶりの賃貸物件の芝刈りと庭木のトリミング!・・・炎天下で3時間半、疲れた~・・・!)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(Webトレ - 問題集Valueの章)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) X9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○
2005.09.04
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不動産ライセンスの勉強をしていて、以前、使っているテキストについての文句を日記に書いた。曰く、表やグラフがなく、ぐたぐたと文章で説明していて非常にわかりづらい、あるいは、トリーチャートで分類を示しているのはいいが、同じトリーチャートに異なる分類の仕方を平気で並列で並べている・・云々。最近、二度目を読み返していて、あらたに気付いた点もある。たとえば、章と節とその下にくる項目の並べ方。II xxxx A.YYYY 1.zzzz A.PPPP B.QQQQ 2.KKK A.LLLL B.NNNN B.SSSS ・・・・・なんじゃこりゃ、という構成で、この”B”がどこの節の、あるいは項目の下にくる”B”なのか、よくよく確かめないと、タブの位置がいい加減なので混乱する要因になっている。はじめに、この章を構成する目次でもあればまだしも、それもない、と来ては、内容から判断して、これは第一章の第2節の下に来る”B”だな、と考えて読まなくてはならない。そして、問題集。書き方は、問題が並んでいるだけなので、テキストにあるような「問題」はないのだが、回答の中に数式があるのを見て唖然!例えば、4年前に14万ドルで買った投資用アパートの土地代は3万ドルでした。この物件を今売ったときに課税の基礎となる物件価値はいくらになるか。という問題を見てみると、私だったら、アメリカの普通の建物の償却は27.5年なので、($14万ー$3万)x 24.5年/27.5年 +$3万=$12万8千と出す。購入価格から土地代を引いて建物の価格を出し、全耐用年数分の残存耐用年数をかけて償却後の建物価値を出し、それにまた償却しない土地代を加える。ところが、この問題集の回答は、($14万ー$3万)x(1÷27.5年)=$4千x3年=$12千ー$11万ー$12千=$9万8千+$3万=$12万8千?????である。なにをやろうとしているのかは見ればわかるが、なんという書き方!!等式で出た答えに、そのまま別の数を持って来て掛けたり足したりしている!!そして式も間違っている!!!(笑)でも答えだけあっている!!!!(爆)もう何をかいわんや、である。こんな回答をわからない人間がみたら余計混乱するだろうな。この例であげた問題はまだ単純なのだが、他のより複雑な計算問題も回答は皆この調子で書いてある!始め、回答が違ったので、なにが違ったのかを確かめようと回答を見たら、殆どなにを計算しているのかわからない!初めての時は、私の頭はなぜこんな悪いのか、と自分の能力を疑ったものだが、この回答のいい加減さに気付いてからは、回答を読み解くことに労力を費やす羽目になってしまった。テキストにしても、問題集にしても、書いている人の能力を疑いたくなる。もう少し、ましな、いや、親切なテキストを作ってもらえないでしょうかね。いや、自分でつくってしまおうかな、! (笑)頭を整理するのに丁度いいかもしれない・・・・
2005.09.04
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いろいろ書きたいことが溜まっています。朝(といっても昼前ですが)瞑想すると、いろいろ考えてあれもこう書こう、これもこう書こう、とか、その時は思うわけですが、瞑想が深くなるとそれらの考えたことをほとんど忘れてしまいます。(単に寝ちゃったんじゃないの?という疑問もありますが・・・笑)ただし、テーマだけは覚えていて、たとえば1)家計分析 先日の8月の決算時に分析した家計の現状と課題(あんまりおもしろくなさそうですね~)2)妻のこと 実はこの日記でいままで一度も取り上げていない妻のこと。3)姪のこと 2週間前に学生アパートに移った姪の留学生活4)ヘミシンク 知るひとぞ知る、ヘミシンクについて久しぶりに。5)瞑想 瞑想を始めてから一年ちょっと。その感想。6)今年の目標 一年の3分の2を過ぎて、今年当初の目標と現実7)不動産ライセンス 進展してます! その現状と今後について8)誤算 今年の事業計画(家計計画)における誤算についてなんか、並べるとあまり面白くなさそうですね。で、なにを書くか焦点がさだまらないまま、そのこと自体をネタに日記を書くことにしました。(笑)でも今日一つ、これ!っていうテーマがないですね。精神活動が停滞しているのかもしれませんこれって、波状的に来るんですよね、活発な時と、停滞する時と。なにも考えずにひたすら不動産ライセンスの勉強などをしていると、結構停滞します。逆に本を読んだり、人と話す機会があると活発化するようです。勉強は大切、だけど、精神活動が活発でないと面白くない・・・・う~ん、悩むところです。-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ X3. 朝夕2回の呼吸法 △4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○(犬の散歩2回)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(Webトレ - Value章末問題:100%!)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「私瞑想者です」秋野太作、「究極の旅」ロバート・モンロー)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○
2005.09.03
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娘に教わりました。この前の日記で、ハリケーン「カトリーナ」の災害について書きました。今日娘は学校から帰るなり、「カキ氷、カキ氷!」といって騒いでおり、なにをしているのかと思ったら、「カトリーナ」の災害支援のための募金活動をする、という。友達の発案で、レモネードやその他のソフトドリンクを一杯25セントで売って、その売り上げを寄付するらしい。そこで娘は、カキ氷、英語では Shaved Ice というらしいのだが、これを売ることを思いついたらしい。嬉々として、カキ氷の準備をし、友達は友達でサブデビジョンの道にテーブルを引っ張り出してきて、そのお兄さんが赤十字の手作りの看板を掲げて道行く車にアピールする。こんな状態です。↓私がなにか手伝おうか、と言うと、自分たちだけでやる、とものの見事に断られ、仕方がないのでカキ氷を注文し、25セントのところを$1払う。その後に、息子を高校のバンド練習から連れて帰って来た時にまた寄り、息子もそこでレモネードを注文し、$1を寄付する。↓夕方から3時間ほどだったろうか、この売り上げは$80を超え、このお金はそのまま赤十字に送られる。私が居る間だけでも数台の車がとまり、中には一杯のカキ氷に$10を出す人も居て、3時間で50台ぐらいの車が止まってくれたようだ。しかし、この前の日記で、私はあれやこれや、と書いているが、この娘のハリケーンの災害→困っている人が居る→何かしたい→友達と考えて、飲み物を売る→カキ氷も加える→一度に3,4人も来て、必死にカキ氷をつくるといった様子を見ていて、娘には負けたな、と思う。神がどうの、集合意識がどうの、人類の未来がどうの、とわけのわからないことを考えたり書いたりしている間に、娘はストレートに行動に出た。そのストレートさ、その純粋さには、何事もかなわないな、という気がする。こういった純粋な行為を、純粋な好意を、そしてその結果である寄付金をきちんと被災者のもとへ届けるのは大人の責任である。昨今、寄付金の大半が組織の運営費、ひいてはそこで働く人の賃金に化けてしまって、肝心の被災者のもとへ届くのはそのホンの一部だ、といった話が日本でも米国でもよく言われる。だからこのような寄付には協力しない、というのも一つの考え方には違いない。でも、この子供達のように、ストレートになにかしたい、という純粋な気持ち、これ以上のものはない気がする。その集めたお金がいわんや有効に使われなかったとしても、この子供達の思いはそのまま存在し、この現実界に影響を持ち続けるに違いない。それこそ、小さいけれど、集合意識によるパラダイムシフトの基礎となるのだろう、と。またまた、たった$2しか寄付していない私は、こんなことを考えるぐらいしか能のない親父でありました。とにかく、娘に教わった出来事でした。-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 ○2. 朝一回のヨガ ○3. 朝夕2回の呼吸法 ○4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○(犬の散歩2回)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(Valueの章、2読目終了!)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「キャッシュフロークワドラント」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○
2005.09.02
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過去最大規模のハリケーン「カトリーナ」の被害は、ハリケーンが去ってから2日経過後も徐々にその規模が広がっている。私の住むサブデビジョンでも、あるいは子供達の学校でも、救援物資の寄付や現地救済への募金活動などを開始した。しかし、今回の災害でなんともやりきれなくなるのは、ハリケーンによる災害よりも現地の状況ではないだろうか。その「状況」とは・・・・--------------------------------->米南部を襲った大型ハリケーン「カトリーナ」の被害を受けたルイジアナ州などで31日、救援活動が本格化したが、約8割が水没した同州ニューオーリンズ市などでは、銃砲店からの略奪や銃撃事件など治安悪化が収束せず、救援作業は難航している。>1日早朝、スーパードーム上空を飛行中の米軍ヘリコプターに向けた銃撃や、ドーム外側で放火が発生。周辺のホテルやビルからは移送バスに乗ろうとする避難民が殺到、混乱している。米軍は州兵約100人を派遣し治安の正常化に当たっている。>AP通信によると、ニューオーリンズ市のネーギン市長は31日夜、市警の警察官1500人に被災者の救援作業を中断し、市内での略奪行為取り締まりにあたるよう命じた。ホテルや病院などの警戒にあたるという。----------------------------------神戸の震災の時も、いろいろな救援活動が展開された。そして、その地域の住民も地域復興のために一致協力して、これらの救援活動と符合して復興を進めた。しかし、このルイジアナの状況、本来救援にあたるべき州兵や警察官が、この災害に便乗した犯罪の抑止のために救援活動が中断される、という本末転倒もいいような状況になっている。自然災害はもちろん直接的に人間が作り出したものではない。しかし、現実は人間の集合意識が作り出すという一面もある。さらにはこれらの略奪や銃撃といったものは、集合意識どころではない個々の人間がその「行為」において現実を作り出している。その一方で人間は神に平和と幸福の祈りをささげる。なぜ「愛」である神が、このような災害を人間にもたらすのか、と嘆く人も居る。しかし、そんな祈りより、そんな嘆きより、人間が人間としてなすべきことはまだまだあるのではないだろうか。少し前の日記に書いた人類のパラダイムシフトが、こういった不可抗力的な外部要因で起きる前に、人類自身の内部の進歩によって起こる可能性、というのはまだ残っているのだろうか。
2005.09.01
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この頃、三位一体について時々考えます。もしかすると、この三位一体というのは、私達が生きているこの3次元世界を規定している一大特徴ではないでしょうか。まず、「ここ」「あそこ」そして「その間」。「魂」「精神」「肉体」。「過去」「現在」「未来」。「思考」「言葉」「行為」。考えてみるといろいろありそうです。でも、これらは「この世の中」にだけ有るもので、神の「絶対領域」になると、あるのは「永遠の現在」だけ。有るのは「ただ一つのもの」だけ。あるのは「ここ」だけ。考えたことは即「現実」となるので、思考と言葉と行為とその結果についてはなんの違いもなくなる。空間にしても、考えれば「そこ」にも行け、同時に「ここ」にも存在する、と言ったことが可能になるようです。時間にしても過去もなく、現在もなく、未来もなく、全ては同時に存在しているようです。(言葉としてはおかしいですが)このようなことは、この世界に生きる私達の想像の範囲を超えているのかもしれませんが、それでもこの私達にはこの「現実」を「現実」として捉えることは出来ます。もし、これらの三位一体がこの世の中を規定している一大特徴だとしたら、なんのためにこれらが存在するのか、ということを考えてみるのもまた楽しいではありませんか。そしてできうるならば、この世の中の特徴であるこれらの三位一体を、そうでない世界との対比において認識したいという欲も湧こうというものではありませんか。そういった認識に到達した人間が居ることを聞くに付け、なんとかして、そういった認識を共有したいものだというのが、私のささやかな望みでもあります。そういったことを「知識として知っている」状態から「経験して知っている」状態になる方法はないのだろうか、といろいろ捜すとどうやらありそうです。まだ道は遠そうですが、なんとか、そんなところまで行き着いてみたいな、と思うこのごろです。-----------------------------------今日の結果1. 朝夕2回の瞑想 △2. 朝一回のヨガ X3. 朝夕2回の呼吸法 △4. 一日2リットル以上の水を飲む ○5. 一日15分以上のギター練習 X6. 芝刈り、犬の散歩、水泳、テニス、ゴルフなど、なんらかの運動をする ○(犬の散歩1回)7. 不動産ライセンスの勉強 ○(Valueの章、2読目)8. なんらかの自己啓発(読書、セミナー、勉強など) ○(「キャッシュフロークワドラント」)9. このブログを更新し、この記録を正直につける ○
2005.09.01
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今日で8月も終わり。2005年度も3分の2を終えたことになる。今年初めに立てた目標に対して、どうなっているか、をもう一度見直して見るいい機会かもしれない。これは後ほど別日記で取り上げるつもり。さて、今日は恒例の月次決算。 溜まった領収書を全て家計簿にぶち込み、全金融商品の月末残高を調べる。もちろん、日本の全銀行口座も含めて。(と言っても二つですけど。笑)うちでは、かみさんがエクセルを使えない、という単純な理由により、この家計処理は私の役割になっているのです、ハイ。結果は・・・・P/L 収入$11500 支出$8000 締めて$3500の黒字(やった~!)B/S 純資産 前月比 △$16000 (あれ~・・・!)なんと前月比180万円近純資産減!!なんでやねん!?とは言わない。原因はわかっているから。P/Lが黒字なのにB/Sの純資産欄がマイナスになる、ということはどういうことかと言うと、借金が増えている、ということ以外にないですから。これは今月まとめて三つのリファイナンスをやってその費用がかかった、ということです。でもクロージング費用は「支出」でしょ、なんでP/Lに出てこないの?なんて聞かないで下さい。クロージング費用も含めて借り入れしたからB/Sがマイナスになったんです。つまり、今回のリファイナンスに関しては一ドルも費用は使っていません。逆にクロージングの時の清算で、いくらか剰余金が出て戻ってきたほどです。でもこの剰余金は即銀行口座行き、借金の増加と金融資産の増加でチャラですので、B/Sの資産は増えていますが、「資本」(純資産)には効いていません。で、P/LとB/Sとどちらが大事か。う~ん、難しい質問ですね。でもやっぱりB/Sでしょう。今日明日の現金よりも、将来の資産を重視したいことに変わりはありませんから。でも日記に繰り返し書いているように、今後のP/Lを圧迫するリスク、つまり金利上昇リスクを取り除くためにここは敢て、クロージングコストを払ってまで、全てのローンを固定金利化したわけですから、自分では納得しています。それでもマイナス$16000は痛いな~・・・・・・
2005.09.01
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