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待望の本がやっと届いた♪ もう~、嬉しくて((((o゜▽゜)o))) ことしの私の大切な本BEST3に確実に入る1冊である。 この本はイーエスブックでは取り扱っていないし、書店では売り切れ。 アマゾンでも先週までは品切れだった。 私は版元に直接注文したのだが、この方法が(諸経費を含めると)一番高い購入方法だとはちょっと納得いかないけど、ま、いいや(^-^)ノ 岡崎京子というマンガ家は知っているよね。 80年代にデビュー。「資本主義社会の中で逞しく生きる女の子をシビアに描いて注目を浴びた」が定評。 作品には引用が多くその分野は音楽、文学、映画、現代思想…と多岐にわたる。 岡崎の世界にはもう誰も到達できない・・そんな評価の高まった8年前、飲酒運転の車にはねられ重傷を負った。 意識不明がつづいて・・・無念の休筆。 しかし岡崎作品の評価は高まるばかり、ファンは決して岡崎を忘れなかった。 この本は事故の直前まで書かれていた物語の断章をあつめたもの。 マンガではない。 よしもとばななが本の帯に寄せている言葉「岡崎さんの文は苦しくて痛い・・」のとおりとても胸に痛い文章である。 いくつか紹介しますね。【ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね。いや、ぼくは何だかすべてを忘れてしまうと言った方が正確だろうね。君はぼくのようには多分忘れないし、他の人々もきっと僕のようには忘れないだろう。多分、きっと、みんなそれぞれの容量の記憶力と忘却力をもってそれぞれ忘れているんだろうね】【あの人にただ見せつけてやるためだけの一世一代のデモンストレーション。「いかに私が貴男によって傷ついているか/いかに私が貴男を愛しているか」ということを私は伝えたかったのだ。全身全霊をかけたつもりのプロパガンダ。しかし会えなく玉砕】【いつも一人の女の子のことを書こうと思っている。いつも。たったひとりの。ひとりぼっちの。一人の女の子の落ち方というものを。一人の女の子の落ちかた。一人の女の子の駄目になりかた。それは別のありかたとして全て同じ私たちの】【二人はいつも出逢った人と別れるときに感じるたよりなさの中に立っていました。「もうこの人と二度と逢うことはないんだろうなぁ」という茫然とした、でも確実に当たってしまう予感。外れるときもありますがたいていそれは’当たり’なのです】【憂鬱な夫婦。この世の楽しみや愉快さをしめ出し錠をかけてひっそり住む夫婦。貧しさ、金銭的物質的な貧しさだけでは決してたどりつけない貧しさの中に住む二人】【・・・でも、ぼくたちが出会った人たちはどうしているんだろうね。なつかしいな」とミチル。そのしゅんかん彼は粉になり風に飛ばされてしまいました。ただひとり押さないチルチルだけがびゅうびゅういう船着場に残されていました】 これらの文章を私は毎日少しずつ大切に味わっていこうと思っている・・・。 岡崎京子は現在40歳。「今はのんびりとしたリハビリ中でパソコンのレッスンを初め、小沢健二の新譜を楽しみにしている」というようなことが本の最後に記されてあった。 岡崎本人の文章でないことがちょっと気になるけれど、快方に向かっているのだとしたら嬉しい。 岡崎はそうでなくてはならないから。 復活をこころから願って。
March 18, 2004
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感受性が人よりも強く、繊細な神経を持つ少女がいた。 少女が小学校3年の頃、大学教授の父親に愛人が出来てその愛人に子供が生まれた。 少女はまもなく登校拒否となり学校には行かなくなった。 父親と愛人は生まれた子どもの認知問題で揉め、少女が小6の時一家は父親の研究のため一年間米国へ・・・。 その間、認知問題は一応解決、一家は帰国。 しかし少女の非行は進んだ。 中学生になった少女は精神科へ通い、リストカットを繰り返し、自傷行為に走る。 中2で男との三角関係の泥沼を体験、 高校に入るとパチンコに明け暮れ同棲を繰り返す日々…。 少女をそこまで追いやった絶望って一体何? ただ、少女はずっと小説を書くことだけはやめなかった。 小説を書き、それを父親が読んで批評していた。 やがて少女は20才になり、最年少で芥川賞を受賞した。 もう、おわかりですね。 「蛇にピアス」の金原ひとみさん。 金原さんのこれまでの20年間は生半可ではない。 放蕩と自虐の繰り返しである・・・。 今、父親は「娘は本に救われた。子育てに落第点を貰った父親としては本に感謝するのみである」と語る。 確かに今回の受賞が金原さんの励みや希望に繋がるのは確実だろう。 しかし小説を読むと、彼女が持つその哀しみの傷の深さが伝わってくる。 ○○○が伏字でなく氾濫し、男と寝るたびに泣きじゃくる主人公・・。 金原さんはいまもガラス細工のままである(気がする)。 もうひとりの受賞者綿矢りささんは自分をしっかりと持つ優等生タイプで、インタビューすらままならないほど身の回りのガードが堅いと聞く。 それに対し、積極的に取材を受ける金原父娘。 大丈夫かなぁ? 何だか危うくて目が離せない気がするよ。 少女時代に受けた傷や哀しみはそんなに簡単に消えたりはしない。 それをひとみさんは「書く」ということで少しずつ昇華させているのだと思うのだけれど。 期待されるテーマはっきり言って「暴力とSEX] どんどん過激を要求されるだろうし、受賞後第一作はさらに過激だった。 父親も「もっと、もっと恥ずかしいモノを書け」と言っているらしい。 繊細なひとみさんがつぶれてしまわないように・・・と。 えっ? 余計なお世話・・・なんだけどね。
March 17, 2004
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9日放送のTBS森光子SP「いま命絶えても幸せです」を見た人は多いと思うのだけど。 女優として女として現役の83歳。 当り役「放浪記」の上演は1700回を記録し43年目を迎えた。 噂の東山紀之が自分と森光子の関係を「恋人以上、夫婦未満」と表現する言葉は有名だ。 それに応えて「(私たちは)他人じゃないですから」と言い切る彼女は、もしかしたらって思わせるくらい女っぽさにあふれていた。 でも、当人同士が多くを語っているところから判断するとこれは「営業恋愛」ですね。 お互いにプラスの関係を維持(…どうでもいいけど) 「友達以上、恋人未満」の信頼はあるのだろうが(…それもどうでもいいけど) 実際はジャニーズ事務所の女帝メリー喜多川さんと森光子が大の仲良し、これは事実。 森光子の楽屋いっぱいの人気ジャニタレの寄せ書きやプレゼントは女帝の采配があってこそ実現するわけだし。 東山一人の力ではとても不可能だものね。 私も「放浪記」を初め、森光子の舞台は何回か観たことがある。 彼女は泣く場面では毎回、ホンモノの涙をポロポロ流すスゴイ役者なのだ。 女優の業の化身みたいな彼女のこと、東山だけに納まることなく「肥やし」を増やしていって欲しい。 もうひとり80歳を超えて公私共に現役の名女優がいる。 藤間紫さん。現在81歳。 夫の市川猿之助は17歳年下の64歳。 二人の出会いは今から約50年前。 まだ12歳の少年だった猿之助が踊りの藤間流に弟子入り。 その時の宗家夫人が当時29才の紫さん。 以来ずっと猿之助は「紫先生」を慕い続け(途中、女優と結婚して香川照之が生まれたがすぐに離婚)約半世紀を経て61歳と78歳でやっと入籍。 世間が知ったのはその1年半後。「紫先生からは、愛は犠牲なりを教わりました」「二人でずっとひとつのものを見つめてきました」…と多くを語らない。 昨年、夫の猿之助が軽い脳梗塞で倒れた時、必死で看病したのは妻の紫さん。 どちらかと言えば、私は森さんよりも紫さんの方がお話としては好みだ。 重たいけどね・・・。 女優ばかりではない。 先日、みのもんたの番組で79歳の女性が「60歳の男性から愛を告白された」という電話相談をうけていた。 相談者の79歳女性は「会わないことを条件に週1回その男性と電話で話しをしている。それが最近では楽しみになっている。男の人は奥サンがいるのにどうして他の女性を好きになるのでしょうか」と言うようなことを言っていた。 夫が79歳の女性と付き合って、妻が嫉妬するかどうかは別として、恋愛は年齢不問だとつくづくと思う。 みのもんたは「いいじゃありませんか。いいお話だと思いますよ」と軽くあしらっていた。 相談者の女性はしっかりとした性格のようで「あ、それが私に対する回答なんですか」とさりげなく抵抗していたのだけれど・・・。 みのさんは相談者の話を聞いてないってのはほんとうね。 まぁ、答えようもないんだろうけどさ。 女優であろうとなかろうと、80を超えたら何をしてもすべてが許されるような気もするのですが・・・。
March 14, 2004
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今から8年前の映画。 パソコンの中から生まれたひとつの青春のお話。 チャットで知り合った二人がメール交換を始める。 青森と東京。 体育会系ハードタイプの「ハル」と、パソコン系ソフトタイプの「ほし」。 男同士のはずが途中で「ほし」が実は自分が女性であることを打ち明ける。 しかし二人の友情は変わらない。 恋人を事故で失い、転職を繰り返すほし(深津絵里)と元アメフト選手でサラリーマンのハル(内野聖陽)。 映画はかなりの部分がパソコンのディスプレイの文字と絵文字のだけのシーン・・・。 ハンドルネームだけでお互いに顔も名前も知らない同士が仕事の悩みや、今付き合っている人のことなど毎日のメールで語り合う・・・。【ほしにメールを書くことがぼくの日常なのです】【自分だけのつまらない思い込みや想像力でストレスを作り上げていませんか】 はたして二人は出会うのか・・・はここでは書きません。 この映画は1996年作。 たった8年?もう8年? この間のIT技術の進歩は目を見張るものがあるよね。 パソコンはあっても、携帯電話やデジカメはまだ普及していないのだから随分昔の映画を見ている錯覚を感じる。 ドラマ「プライド」のハルの言葉を使えば「古きよき時代の・・・」 勿論写メールなんてなくて登場するビデオカメラがいやにデカイなぁと(笑) 8年前は私もパソコンには触ったこともなかったなぁ。 映画の評判は知って「へぇ~」と別宇宙のお話と感じていた。 それが今や生意気にも自分のHPなんか持って、PCを通してお顔も名前も知らない方たちと日々語り合っているのだから不思議。 森田監督の先見の明は認めて、同じ題材で今ならまた違った青春映画が出来るのだろうなぁと。 「ハルPART2」を期待。
March 11, 2004
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東電OL殺人事件。 フェミニズムを語るとき避けて通ることができない事件である。 社会学者の上野千鶴子も、精神科医の香山リカも…多くの識者がこの事件を取り上げ、そして誰もが明確な答えを出せないままでいる。 事件があったのは1997年3月19日。 今から7年前の事件なのに、いまだになぜ、どうして・・・と。 K大出の一流企業役職の年収1千万のエリート女性(当時39)が何故昼と夜の顔をもっていたのか。 どうして彼女は連日、渋谷円山町の街角に娼婦として立ったのか。『グロテスク』はこの事件をモチーフとした小説である。「この作品はフィクションであり実在する個人とは・・・」の断り書きが表記されている。 しかし、小説であっても私は作家桐野夏生の手によって初めてこの事件の謎の一端が解けた気がし、納得させられた。 小説は被害者女性(本の中では佐藤和恵)の女子高時代に焦点を当て、同級生の姉妹の姉を語り部とするストーリー展開。 この女子高は今も抜群に高い偏差値で知られる。 優秀で美人でアバウトを嫌い、自立と高い自尊心を持つ女の子がいっぱいの特殊といえばいえるような世界。 そういうディテールの取材がしっかりとしているから、そこに登場する佐藤和恵の言動も「さもありなん」と納得させられるのだ。 読んでいてこれは小説の形を借りたドキュメンタリーではないかと思えるほどである。 なぜ、この事件の深層が明確にされないかは、事件後被害者の家族、学校、企業の3者が堅く口を閉ざし一言も喋らないからで、それは見事といって良いほどだった。 事件関連の出版物は多々あるが代表されるのは次の4冊。「東電OL殺人事件」佐野眞一著「禁断の25時」酒井あゆみ著「ダブルフェイス」久間十義著「グロテスク」桐野夏生著 佐野、酒井両氏の本がノンフィクションで、あとの2冊が小説である。 ノンフィクションであるから佐野氏の著書に真実の究明があると思われるが違った。 前にも触れたように肝心の身近な3者は何も語らない。 喋るのはコンビニ店員とその周辺ばかり。 容疑者とされたネパール人が真犯人かどうか。 佐野氏はネパール現地まで飛んで取材をしたように思う(大分前に読んだので記憶曖昧)。 しかし、多くの読者が知りたいのは真犯人ではない。 知りたいのは彼女の心の闇だ。 単なる客だった男の現地の親族が「あの男は人を殺すような男じゃない」と言っても、その言葉に何の説得力もないと思うのだが。 その点、酒井あゆみ氏は、被害者とも面識がある元風俗嬢作家でかなり読み応えはあったが、風俗の世界のルポとしておもしろかった。 やはり彼女は壊れていた。 世の中全般に復讐しようとしていた。 勝ちたい、一番になりたい、尊敬されたい、40歳までに1億円貯めたい。 そう頑張って学歴も名誉もすべてを手に入れた彼女は、たった一つ「愛」だけには一度も触れずに生涯を終えた。 昼はOL、夜は娼婦とふたつの顔を区別し、そのことは本人以外誰もが知らないと思っていたがそうではなかった。 彼女は自分の出身大学や勤務先の名刺を見せながら夜の仕事をしていた。 そして毎夜の肉体労働に疲れ、会社では寝ていたのである。 几帳面な彼女が日記をつけなかったはずは無い。 日記の手法を借りた告白が胸に迫って、なぜか多くの女性から共感を呼んでいる。 泉鏡花文学賞を受賞した長編、やっと読了しました。
March 6, 2004
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