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うれしいことがありました。高等女学校の1年先輩が、カトリックのシスターにおなりになっていることは知っていました。近頃、嬉しいことに久しぶりに連絡してきてくださって、お付き合いが始まりました。先日、ちょっと胸に保ちかねることを漏らしてしまったのですが、なんと嬉しいお便りが来ました。 ほんの少ししか漏らしていないのに、すべてお察しで胸にといいますより、頭にくらっとくるようなお手紙をいただきました。「あわれみ深い人々は さいわい 神のあわれみを うけるから」「穏やかで 美しくあれと 祈る」、言葉にはシスターの筆による絵が添えられてありました。 最後の白い封筒を開きますと、ちいさなちいさなブルーのメダイが、見失いそうに入っていました。肌にじかにいつも吊るしていようと思います。宗教の心というより先輩の心として。先輩とわたしはバレー部での先輩、後輩の間柄でもありました。先輩がアタックされるボールを、運動場の隅っこまで、追いかけて、拾いにいったものでした。 今日の一首 街灯の蛍光管の端朱くともりては消ゆおそらく一夜 阿木津英(「短歌研究」)
2009.02.27
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今日は特にこともなし、先日来の『比叡を歩く』の続き(その二)を少しくに。 「数年前の夏のことでした。山頂バスを「峰道」停留場で下車、そこから横川(よかわ)まで三,五キロ余の尾根道を歩きました。横川は奥比叡と呼ばれるとおり、比叡山の宗教上の秘所でもあります。横川を開いたともいえる第十八代天台座主良源の名は知らなくとも、元三(がんざん)大師といえば、知らない人はないと思います。 わたしは信仰心の厚かった祖母につれられて、この道を小さい足で歩いたことがあったらしく、しっかりした覚えはないのになつかしいところです。元三大師が亡くなったのは寛和五年(九八五)ですから、この道はもう千年からの年月を経ています。その間、何人の人が歩いたことでしょう。 またこの道には一丁目ごとに信者の寄進による道標が立っています。歩くことのありがたさは、「もうすぐだよ」とでも呼びかけるような道標に、元気づいたでありましょう、昔の人に何となくふれることができることです。」 今日の一首 山の端に落つる夕日をみてゐたり電線の椋鳥三十羽とわれと 小池 光(「短歌研究」)
2009.02.26
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二月は京都の冷気がいちばん激しいはずのときです。観光用の言葉の京野菜、京漬物などはどうしてつくっているのでしょうか。厳しかったけれど昔の寒さが懐かしまれます。京都の野菜は、冬はうんと冷えて、夏はうんと蒸し暑くないと本物はできないはずです。 今日は「きさらぎ」という短歌の会の日でした。きさらぎ!その名は音も冴えて寒気にひびく名前です。最初の「凍れる日」はうれしい言葉です。奈良からお出での方ですが、奈良は京都より、しっかり冷えるのでしょうか。 凍れる日満両の実に露の玉、鏡となりて我のほほえみ 盆梅の慶雲館はしずまりて庭の大楠夕光(ゆうかげ)のそらに 列車待ちのホームに見つけるふきのとう寒の戻りの二つ三つ四つ あべせいけん ふくだあそうと ひきつづき なげだしなげだし しがみつきとか 天(そら)晴れて比叡清しもわが友は今日も尾根道たのしみゆかん 今日の一首 透きとおった体が濁るかなしさにあなたは朝の葡萄をふくむ 加藤治郎(『雨の日の回顧展』)
2009.02.25
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仕事というものは自分ができるから、自信があるからするもの、或いはできるものではありません。わたしの短歌に関わる仕事がそうです。 短歌を詠むことを仕事というのは可笑しいですが、生きていく上にしていることには違いありません。わたしの場合、出版社、新聞社のかりそめのエッセイなどのこと、全てをふくめて、いつの間にか目の前に積み上げられて来たそれらを、それらの山をしっかりと踏みしめて歩いていこう、あらためて、見返ればそうである自分であります。 そんな自分を幸せと思っています。 今日はお昼も夜も、ご馳走をたくさんにいただきました。それらは不思議なお恵みであります。そんな自分をもう一度に幸せと思っています。 今日の一首 ゆきげ空三日続いてふうはりと地をおほふ雪なかなか融けぬ 石川不二子(「短歌研究」)
2009.02.24
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眼鏡を見失って困っています。昨日と一昨日、わたしどもの短歌の会々誌50号の合評会を、伏見稲荷大社、参集殿にて行ったのですが、帰宅後から眼鏡が見つかりません。手提げの中にあるものと思っていたのですが困り果てています。今日のブログは参集殿での楽しく、激しかった討論を記すつもりであったのですが、まず、眼鏡紛失報告になりました。 さて参集殿は名の如く、伏見のお稲荷さんへ各地からお参りの人々が参集し、宿泊、食事もさせてもらえるありがたく便利な殿舎、わたくしどもは平素からの親しみをご縁に一泊二日の歌会をさせていただけたという幸運を感謝しております。 当日の歌会資料のから少しを掲載します。 誰に見せる訳でもないのに踊りいるただ音楽が明快だから かなぶんに食ひちらかされしもみぢ葉が黄葉始む葉型を残し たった今かぼちゃのつるにつかまって畑の真ん中立ち往生す おしぼりの匂い機内に広がれば起き出す我らパブロフの犬 車椅子押せるわが背に汗流る無心に歌う姑の背(せな)にも ところで、さすが、稲荷大社沿道の茶店、秀吉のころからやってますという店の名は「ねね様」の「ね」の字があたまに一つつきます。参集殿での一泊はまた独特の摩訶不思議、草木も眠る頃合、天井裏の北東隅から、小動物と思われるものの動きが感じられました。おきつねさんであれば、わたしは千載一遇の幸せ者と耳を澄ませておりましたが、やがて明け方、物音もわたしも睡魔にひきこまれたようでありました。 朝早、くわたしが眠っている間にお山をめぐってきたという、殊勝な友人からもらったお蝋燭を、帰宅の翌朝、今朝、わが家の仏壇に灯して、いろいろの幸運を感謝したのでした。どうか、眼鏡も見つかりますようにとの祈りも籠めて。 今日の一首 幼子を親が殺むるこの国の巨(おほ)き無戸室(うつむろ)の如きおぼろ夜 高野公彦(『天平の水煙』所収)
2009.02.23
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「京都に生まれ育って比叡山を見なかった日はなかった気がします。はじめて歩いて登ったのは小学校六年生の遠足とき、左京区雲母坂からでした。 ケーブルは早く一九二五年にできていましたが、わたしはその遠足以来、何故か比叡山は歩いて登る山、小さい頭にそのように印象づけられていました。雲母坂は相当な悪路でした。幅も狭く一人通るのがやっと、雨で抉りとられた深い筋道は子供の背丈がすっぽり入ってしまうほどでした。 ドライブウェイが開通したのは、一九五八年、以来、歩いて登る人はほとんどありませんが、わたしは、幸い家の近くを走る叡山電車に茶山駅から、終点、八瀬比叡山口まで乗り、ケーブルでのぼり、山頂を運行しているバスを適宜な場所まで利用して尾根道、谷道を歩くことを楽しんでいます。」 『比叡を歩く』時折にしたためるエッセイの一部です。続きをまた書くつもりです。 今日の一首 日の暮れの雨ふかくなりし比叡寺四方結界に鐘を鳴らさぬ 中村憲吉(「しがらみ」大正13年刊)
2009.02.19
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昨日もそうでしたが、加茂川の北大路大橋、今出川大橋あたりから北を眺めていますと、京都の気候はこうだという眺めがよく見えます。 昨日はそれがさらにはっきりしていました。夏も北が暗くなると、私は恐怖を覚えるのですが、大雷が近づきます。冬はたちまちに雪です。 どちらも、予定通りのように過ぎ行きます。昨日の雪もそうでした。水の上に白い雪の線が刺すよう走って橋の上に来ました。たちまち包まれたわたしはその感触にうっとりとして動かずにいました。これがわたしが生まれてからの歳月の感触の経過であります。 雪のあとの南のそらは、またうってかわって、あかるいこと、東を見ますと、大文字山の字が「雪文字」になっていました。 今日の一首 かすかなる歓びとはいはばいふべけれ胸元あはれこくこくとおとす 坪野哲久(ひとりうたげ・『新風十人』より)
2009.02.18
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雪っと思わずつぶやきました。午後からまた冷えてきました。当然の季候です。比叡山の方から流されてきた雪雲から少しの間の雪でした。この土日は集まりがあります。風邪をひかないようにしなければなりません。 夕方から篭って、少しばかりですが机上の整理を。一つのことがまだ完全に終わっていませんから、あまり仕舞いすぎると、また出さなくてはならなくなったりしますから、そこそこに。 途中、見つけた本をしばらく読んだりすることも、楽しいものです。ですけれど、原稿の書き損じをなかなかすっきり捨てられないのも困ったものです。時折、狂ったようにさがさねばながなくなったりしますから。 とにかく、一段落の一日でありました。 今日の一首 思ひいづる時もあらんかメヂチ寺のミケランジェロの石に手を置く 佐藤佐太郎(『冬木』昭和41年8月刊)
2009.02.16
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至らぬながら、一つの仕事を終えて、今日は一日静かな気持ちで過ごすことができました。思いますと、書くということは、すなはち、表すということは、正直なところのことしかかないませんね。 力以上のことを考えていますと、己が次第にいやしく思われて、その手段を放り出してしまいます。それでいいのだと思います。力の喫水線を犯さぬことだと思います。そのなかで、自分の喜怒哀楽を正直に述べるべしであります。 今日は、散歩し、お茶をのみ、好きな食べ物を買い入れて夕食にいただきました。 何をいただいてもおいしいこと、この健康を父母に感謝いたします。嗚呼、はるかなる父よ母よ、ありがとうございます。 今日の一首 打ち靡く春来(きた)るらし山の際(ま)の遠き木末(こぬれ)の咲きゆく見れば 尾張連(おわりのむらじ)万葉集巻八
2009.02.15
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そうでした、今年は庭の刈り込みに気をつけなければなりません。もう二十年ちかくはなるでしょう、短歌の先輩が、白山吹をもってきてくださって、表の庭先に植えました。 途中、素人さんが知らずに刈り込んでしまって、がっかりしていましたが、三年ほど前に、庭いっぱいの一枚葉の間から伸び上がっているの見てほっとしたものでした。 白山吹は桜が散る頃、花を開きます。庭石の上に桜の花びらか、山吹の白かわからないように開きます。今年は警戒しましょう、親切な素人さんの庭刈りを。 裏の藤棚はついに全壊間近かです。これも今年は組み直さなくては。天下にこれだけと思いたい、垂れ下がらない、短い藤の花ですが、つるは一人前以上に茂ります。 わたしはわたしの小庭が好きです。とにかく今年は山吹に気をつけましょう。 今日の一首 ももしきの大宮人は暇(いとま)あれや梅を挿頭(かざ)してここに集へる 作者不詳(万葉集・巻十・一八八三)
2009.02.14
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写真がないと寂しいことです。 今夜は、最近懐かしさに手元に置いている加藤将之の『対象』より、その短歌を記します。 つばきの首だけが膳におかれたり花の概念をかへてゐにけり まぐろ切るだんびら持ちは突出すやうに刃を洗はせて呼吸をとるも 対象はわがうちにありかなしみを殺して蟻の匍ふと見るとき 霧と月の井戸端にしてバケツなど置かれし必然を我は措定(そてい)す 雲は流れてやまざりにけり白き猫松にのぼりてゐたりけるかも 夕刻雨降り、あたたかい、春一番の声を聞く。そんなことはないでしょうと思いますが。明日までには書かねばならないことがありますが、一休みいたしましょう。将之の昭和13年出版の『哲学者気質』を読みたいと近頃しきりに思います。何故だかわかりません。おわり
2009.02.13
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晩くなりました。ストーブの灯油もなくなって、でもこんなときも素敵、したいことが出来たことの喜びはたとえようがありません。でも生身の身体、何時までもあそんでいないでやすみましょう。こころは満タンです。 なんだかご挨拶だけになりました。でもこれも生涯の一夜のご挨拶と思いますと意義も満タン。おやすみなさいませ。 今日の一首 ふと目あくかたへに立つは滑らかにたれも手ふれぬ氷庫のおもて 葛原妙子(『葡萄木立』昭和34年から38年)
2009.02.11
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久しぶりのブログです。あまりお休みしてはいけない、そんな気持ちになっています。理由はありません、気持ちでしょうね。気持ちには正直であった方がいい、そう考えます。気持ち?、自分の気持ちというものは、自分の、ものでありますが、意外に自分のものでない正直な自分でもある、そんな気がします。 ブログのために撮る写真もそうです。わたしの場合、意識的なものがありませんから、何がでるか、わからないところが楽しみで撮っています。気持ちというものはそのこととよく似ています。 今日の一首 くもりガラス青むを月の出と思ひゐしがいつしか夜の明けて来しなり 夜あけといふげに美しく闇を追ふものと見呆けつ吾身あかるむ 阿部光子(「夜あけ」新歌人会年刊歌集より・1953年刊)
2009.02.10
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今日はでなくて最近は昨日はではじめるブログが多いようです。そんなことどうでもいいことですが、自分を見るひとつの諮詢になるかもしれません。 昨夜はよく寝ました。いま、とりかかっている、本つくりの原稿がやや目安がついたかららしいです。 さて何を書くべきか、毎日なしていることが残ればいいかといえば、わたしはどうでもいと考える方です。結果は自分ではどうにもならないことではありませんか。ただなすべきこと、したいことは、一生懸命にしていって、それだけで充分、すること、なすことが喜びであると感じている自分です。勿論、自分にとってはです。 思えばのんきもの、幸せねといわれる側の人間のようであります。 捨身という言葉があります、捨身飼虎という言葉もあるし、その意はそれはそれはたいへんなこと、偉い人のすること、でもずるい意でわたしはそういうことしたいです。しているかもしれません、捨ててこそ浮かぶ瀬もあるという言葉もありますから。 やけくそということばもありますし。 でもわたしは生きていきたい、生きているのですから。 今日の一首 「吹きとぶかまきりの子は芝匍ふにもぐるやうには歩かざるなり」 加藤将之(「新風十人集・花の概念」より)
2009.02.01
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