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オウム真理教による一連の事件の裁判が終わった。麻原彰晃の逮捕からすでに16年がたっている。 当時、犯罪に手を染めた若者たちの学歴の高さに驚いた。東京大学医学部、東京大学理学部、慶應大学医学部、早稲田大学法学部・・・頭の良い人たちが、どうしてあの見るからに怪しげな麻原の言いなりになったのだろう、と不思議だった。純粋な若者ほどカルトにはまりやすいという。イスラム教過激派で自爆テロに身を投じるのも10代後半の若者たちだそうだ。子どもを育てる者として大きな恐怖を感じた。そして「頭が良い」ということは、そう簡単に判断できるものではないと思った。勉強はすごくできるけれど世の中のことが分からない人や融通のきかない人、周りの人の気持ちが分からない人もいる。親は子どもの成績が良ければ安心するけれど、それはペーパーテストが得意だというだけのことで、一つの要素でしかない。そして頭が良いから幸せになれるとは限らない。事件の被害者の嘆きを思う一方で、加害者の親たちの嘆きを思う。おそらく元は親にとって自慢の子どもたちだったはずだ。子どもの心に重大な変化が起きた時、それに気付けるだろうか。自分の子どもだけは絶対に大丈夫だという保証はない。子どもの心と向き合うことを疎かにしてはいけないと思った。
2011.11.26
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楽天の田中将大投手が沢村賞を受賞した。最多勝となる19勝目を決めた試合、味方のエラーで招いた一死2・3塁のピンチを連続三振で切り抜けた。その場面を振り返って「"エラーのせいで点をとられた"と言われたくなかった」と答えている。 「エラーのせいで点をとられた」と言われて辛いのは田中投手ではない。辛いのはエラーをしたチームメイトだ。仲間のミスをカバーしようとする田中投手の「おとこ気(弱い者や困っている者を助けようとする気性)」を感じた。「おとこ気」という言葉を初めて聞いたのは、母校の中学校で教育実習をした時だ。教育実習の最後には、他の学年・教科の先生が教育実習生の授業を見学する研究授業があった。私の研究授業の時予想していたより多くの先生が見学に来た(来てしまった)。私は緊張で心臓バクバク。生徒達もすっかり借りてきた猫のようになってしまった。その日の授業は生徒と質疑応答しながら進める予定だったのに、どうにもこうにも授業が進まなくなった。問いかけても誰も答えてくれない。いつも積極的に発言する生徒も固まっている。「どうしよう」と冷や汗をかく思いでいた時、普段ほとんど発言をしないY君が手を上げた。運動部に所属するY君、授業中はいつも眠たそうにしていた。そのY君が手を上げて質問に答えてくれた。顔が真っ赤だった。勉強の苦手なY君だけれど、しばらくは彼と私のやり取りで授業が進み、その内他の生徒もいつものように発言するようになった。なんとか終了のベルまでこぎつけて、疲れ果てて職員室に戻った私に、指導の先生が「今日はYに助けられたなあ~」と笑った。「Y君、どうして今日はあんなに頑張ってくれたんでしょう?」と聞くと、「あいつは"おとこ気"のある奴なんだ。普段から仲間が困っていると知らん顔できない。今日は目の前で新米の若い女の先生が困っているのを見て"何とかしなきゃいけない"と思ったのさ(笑)」と説明してくださった。その日の放課後、部活に向かうY君とすれ違った。「今日は助かったよ。ありがとう」と言うと、「一体何の話だ?」みたいな顔をして、照れくさそうにそそくさと走り去ってしまった(笑)。今は男だから、女だから・・・という時代ではないので「おとこ気」という呼び方はふさわしくないかもしれない。おとこ気のある女性だっているだろうし、見た目が男らしい人に「おとこ気」があるとは限らない。当然この「おとこ気」、成績にも偏差値にも表れない。学校での評価や成績に表れないけれど、とても素敵な「人間性」があることをその時実感した。そして評価に表れなくても、成績に表れなくても、誰かがちゃんとその良さを見ていてあげないといけない、と思った。
2011.11.19
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先日のニュースで田中耕一さんが取り上げられていた。1滴の血液から癌などの病気を発見できるという、画期的な技術を開発したという。久しぶりにテレビで見た田中耕一さんの姿に思わず笑ってしまった。「全然変わっていない(笑)」さすがに髪の毛に白いものが目立つけれど、着ている作業着も、雰囲気もちっとも変わっていない。なんだかほのぼのと嬉しい気持ちになった。9年前に電話でノーベル賞の受賞を知らされた時は「ドッキリカメラ」だと思ったそうだ(笑)。博士号をとっていなかったため、急遽東北大学が名誉博士号を授与したが、「自分は職人的科学者」と、ノーベル賞授賞式会場でも敬称にドクターではなく、ミスターを使うよう申し出たという。生後1カ月で実のお母さんを病気で亡くした。引き取って育ててくれた叔父さん一家に迷惑をかけられない、と大学院には進学しなかった。希望する企業の試験に落ちたため、指導教授に勧められて受けた島津製作所に就職し、そこでの研究がノーベル賞に結びつく。人生とは分からないものだ。ノーベル賞受賞当時、そのお人柄をとても素敵だなあと思ったけれど、今回はその思いがさらに強くなった。賞をもらったり、立場が良くなったり、ちやほやされると人は変わる。そういう人を何人も見てきたし、それで人生を狂わせた人も知っている。でも田中耕一さんはちっとも変わらない。浮かれることも奢ることもなく、自分のやるべきことを今もコツコツと積み上げている。きっと研究することが大好きなのだろう。名誉や立場を得ても自分を見失わない。すごいことだなあと思う。
2011.11.12
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祖父と父が野球好きだったので子どもの頃から野球の試合を見る機会が多かった。野球では不思議な「ジンクス」がある。例えば「守備交代した直後の選手の所に打球が飛ぶ」とか「ホームラン級のファールを打った後は三振する」とか。 それなりの理由があるのか、たまたまなのかは分からないけれど、確かにそういう場面を見ることは多かった。大王製紙の特別背任事件を聞くと、「三代目が家を潰す」というジンクスを思い出す。「初代が築き、二代が維持し、三代が潰す」これは理由が良く分かる。苦労した初代、その苦労を見て育った二代、生まれた時から恵まれている三代。苦労なく手に入ったものだから、三代目にはその価値が本当の意味では分からないのだろう。でも、従業員が一人でもいる限り、その会社は三代目の私物ではない。朝から晩まで、時には残業して働いてきた大王製紙の従業員は、この「バカな三代目」をどんな気持ちで見ているのだろう。同族経営の危うさ、罪深さを感じる。生まれながらに富と地位を持つ「三代目」と呼ばれる人たち、周りから見ているほど幸せではないのかもしれない。生まれた時から全てが満たされていたら、人生の目標や頑張る張り合いを見出すのは難しい。なんとなくさえない三代目が多いのはそのせいだろうか。それに比べて、何もない所から自分の工夫と才覚をフルに使って富を築いた「初代」は、魅力的な人が多い。何も持っていなかったからこそ、自分の能力を最大限に結集・発揮する生き方ができたとも言える。苦労を一つ一つ乗り越えていく緊張感のある生き方が、その人を魅力的な人にするのだろう。人生っておもしろいなあ、と思う。「ジンクス」他にも色々あって面白い。○弱い首相の時に大事件が起きる (納得!)○オリンピック日本選手団主将は好成績を残せない(主将になりたくないかも・・・)○ピンチの後にチャンスあり(これ、信じよう。)○好事魔多し:良いことには邪魔が入りやすい(良いことがある時は慎重に行動しよう)
2011.11.05
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