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子どもを育てていて「愛情」にも色々な次元の愛情があるなあと思う。 例えば幼児が転んだ時、「すぐに助け起こして抱きしめるという愛情」と「自分で立ち上がるのを待ってから抱きしめるという愛情」。子どもが友達との人間関係に悩んだ時、「親が出ていって子どもの人間関係の修復の為に親自らが動くという愛情」と「親が子どもの相談に乗りながら、子どもが自分で人間関係を修復するのを見守るという愛情」。就職したばかりでお給料が少なくて、生活が苦しいと訴える子どもに、「見かねてお金を援助するという愛情」と「自分のお給料の範囲内で何とか生活できるようにしなければダメだと諭して援助しないという愛情」。同じ「愛情」でも私は後者の方が次元の高い愛情のように思う。次元の高い愛情は傍からは少し冷たく見える。でも前者が「子どもの今の要求を満たす」のに対して、後者は「子どもの将来の幸せを目指す」ものだ。子どもの今の要求を満たすことが、子どもの将来の為にならないと思うなら、子どもの要求を聞いてやらないことはより高い次元の愛情だと思う。子どもが正社員として就職したにも関わらず、子どもの要求に応じて金銭的な援助を続けているご家族を知っている。親は数年間の援助のつもりだったようだが、子どもは親の援助をすっかりあてにして、親の援助がなければ成り立たないような贅沢な生活をしている。親は何度か援助を断ち切りたいと言ったが、その都度子ども(と言っても、もういい歳だけれど・・・)の懇願に負けて援助を断ち切れないでいる。結局援助は20年にも及んでいる。「愛情」という名のもとに子どもをダメにしているケースは意外に多い。愛情にも“吟味”が必要だと思う。
2011.02.22
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学生時代の恩師に「人の悪口ばかり言う人になってはいけない。そして人の悪口ばかり言う人とは距離を置いた方が良い」と教えてもらったことがある。 人の長所と短所はその人の特徴の表と裏。上手くいった時は「行動力のある人」と言われ、上手くいかない時は「無鉄砲な人」と言われる。同じように「慎重な人」は「決断力のない人」、「気が利く人」は「おせっかいな人」・・・長所と短所は一つの特徴を肯定的に見るか否定的に見るかの違いだそうだ。だから長所の無い人はいないし、短所の無い人もいない。人の悪口ばかり言う人には、人の特徴を常に否定的に見る癖があり、悪口を言われる側の問題ではなく言っている側の問題だそうだ。そういう人といつも一緒にいると同じような感覚が身に付いてしまうから、気をつけなさいと言われた。政治や社会に対しては適切な批判精神が必要だし、人を信じすぎて騙されるようでは困るけれど、周りの人の批判ばかりしていると人間関係はとても冷たいものになる。自分の性格を好意的に見てもらえるのはとても嬉しいもの。だから、相手のことを好意的な温かい気持ちで見てあげることが温かい人間関係を作るコツだと教えてもらった。自分のことを棚に上げて人の批判ばかりしている姿は美しくない。そうならないように気をつけようとその話を聞いて思った。
2011.02.15
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子どもの勉強へのやる気を失わせるのは簡単だ。親が子どもの前で教師の悪口を言えばいい。悪口を聞いた瞬間から、その教師の話すことはほとんど子どもの耳に入らなくなる。 それを知ってか、知らずか、親が不用意に子どもの前で教師の悪口を言うのを聞いてどきっとすることがあった。親同士で話しているつもりでも子どもがそばにいる時は気をつけた方が良い。私が小学生の頃は、どこの家の親も教師の悪口を子どもの前では言わなかった。なにかにつけて「先生の話をちゃんと聞くように」としつこく言われた。昔の方が良い教師が多かったというわけではない。学校での管理は昔の方がゆるくてもっと色々な教師がいた。子どもの前で教師の悪口を言わなかったのは、教師のためではなく、その教師から学ぶ私たち子どもの為だったのだと思う。水が上から下に流れるように知識も上から下へ流れる。教える人を信頼し尊敬していなければ、教えられる人の頭に知識は入ってこない。教える人を低く見る、つまり軽く見たり、馬鹿にしたりしていては相手がどんなに良い話をしても知識は伝わらない。大人だって軽く見ている相手の話を聞く気にはならないだろう。学ぶという行為はとても謙虚なものなのだ。かつて聖職と言われた教職は、いつの頃からかサービス業の様に扱われるようになった。「教師はお給料をもらっているのだから、自分たちにサービスしてくれて当然」と自分たちをお客とし、教師に敬意を表さない親が増えた。そういう親の気持ちは子どもに伝わり、子どもは「学ぶ者としての礼儀・姿勢」を失っていると思う。そうなって一番損をするのは教師ではなく「学ぶ者としての礼儀・姿勢」を持たない子どもたちだ。子どもにその礼儀や姿勢がなかったら、どんなに素晴らしい教師が目の前に現れても、その子の頭に知識は入ってこないと思う。
2011.02.08
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アジアカップで優勝したサッカー日本代表選手団が帰ってきた。テレビで繰り返される各試合のダイジェスト映像。何度見てもちっとも飽きない。振り返ってみるとどの試合もとてもドラマチックだったなあと思う。控えの選手たちが次々に活躍する様は素晴らしかった。 そして大会中の色々なエピソードを聞くにつけ、この優勝が決して偶然ではなかったのだと思った。どのエピソードもザッケローニ監督がいかに人を大事にする人であるかを物語っている。試合に出ることのできない控えの選手に常に声をかけ続ける。優勝を決めた後のインタビューでも怪我で戦列をはなれた選手への感謝、地味な働きをしているスタッフへの感謝をまず口にした。到着ロビーでは、自分が試合に出ることができない悔しさを胸に収め、明るくサポートしていた選手にカップを持たせる。ザッケローニ監督は人をとても大事にする人、それも「人の心」を大事にする人なんだなあと思った。人は自分を信じてくれる人、自分を分かってくれる人、自分を大事にしてくれる人のために命をかける。この人の為に頑張りたいと思う。ザッケローニ監督が周りへの感謝、それも目立たない影の働きをした人たちへの感謝を口にするたびに、「人から大事にされる人は、普段人を大事にしている人。結局は自分の生き方が自分に返ってくるんだなあ」と思う。
2011.02.01
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