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地震で大きな被害が出ているトルコ東部。被災し、一家7人でテント生活をするイザット・アカーンさん(46歳)が「昨晩、みんなで震災後の日本人の姿勢を見習わなければいけないと話していたんだ」と日本人記者に話してくれたそうだ。 トルコは稀に見る親日の国。両国の関係を知ると温かい気持ちになる。1890年(明治23年)和歌山県沖でオスマントルコ(現在のトルコ)の軍艦エルトゥールル号が台風で遭難した。500人以上が亡くなる大変な事故だった。生存者69名を串本町樫野の住民が総出で救助・介抱し、母国に送り届けた。そして95年後の1985年(昭和60年)イラン・イラク戦争で、イラクがイラン上空の航空機に対して期限を定めた無差別攻撃宣言をした時、イラン国内に取り残された日本人215名を救出してくれたのがトルコ航空機だった。海外派遣不可の原則で自衛隊機による救援ができない上、民間航空会社は航行安全の保証がされない限り臨時便は出さない、という危機的状況での出来事だった。「トルコ人ならだれもが、エルトゥールル号の遭難の際に受けた恩義を知っています。ご恩返しをさせていただきましょう」とトルコ大使はすぐに本国に話を通し日本人を救出してくれたそうだ。トルコではエルトゥールル号での経緯を語り継いでいるという。遭難した人々を一所懸命救出・介抱した日本人。そして感謝の気持ちをずっと語り継ぎ、危険を冒して日本人を助けてくれたトルコ人。自国の利益が最優先される国家間の外交の中にあって素敵な話だなあ、と思う。東日本大震災でも、紀伊半島豪雨でも、トルコは助けの手をさし伸べてくれている。トルコも日本と同じ地震大国。私も、ささやかでもトルコのために何かしたいと思う。
2011.10.29
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週に一度通う道がある。道沿いに大学のキャンパスと高校が並び、木々が生い茂る。今は脇の草むらから盛んに虫の鳴き声が聞こえる。見上げる空は青く景色はすっかり秋の気配だ。日本人は虫の音や雨音を左脳(言語脳)で聞き、西洋人は右脳(音楽脳)で聞く、と聞いたことがある。その説によれば西洋人にとって虫の音は「雑音」なのだそうだ。 新芽が芽吹き始める春先には鶯の鳴き声が聞こえる。春先の鳴き声はとても下手くそ。気持ちよく聞いているのに時々「ホーホケッ」で終わってしまってガクッとなる。近くでは吹奏楽部か管弦楽部の新入生が管楽器を練習する音も聞こえる。これもまた下手くそ(笑)。両方を聞きながらつい「がんばれ!」と思う。鶯や管楽器が上達する頃にはミンミンゼミの熱烈な鳴き声。この頃にはラグビー部や野球部の威勢のいい掛け声も聞こえる。そのうちミンミンゼミの鳴き声がヒグラシの鳴き声に代わる。このヒグラシの鳴き声、音がとても美しくてつい立ち止って聴いてしまう。そして今はたくさんの虫の鳴き声だ。虫には詳しくないので、どの鳴き声がどの虫の声かよく分からない。けれどその草むらに小さな命があることを感じる。その虫の鳴き声が聞けるのも一時のこと。まもなく落ち葉のかさかさする音に代わる。学生の頃、線路から道を一本挟んですぐの所に3年間住んでいた。最初の数日間は始発の電車が通ると目がさめていたけれど、そのうち電車が通っていることに気がつかなくなった。今思い出しても「うるさかった」という記憶がない。人間の脳の優れた適応能力は「必要ない」と思う「雑音」を意識から遮断してしまうそうだ。ヒグラシや秋の虫の美しい音を「雑音」としてではなく「声」として味わえて幸せだなあと思う。その美しい声を聴いていると「この地球には一緒に住んでいる仲間たちがいる」と思う。少しよそ見をしながらぷらぷらと歩くこの一時が、私の大事な「元気の素」だ。
2011.10.22
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子どもたちが通っていた幼稚園で読書研究家が講演をしたことがある。「昔、子どもは暇な時間があると本を読んだ。でも今は暇な時間があるとゲームをする。脳にとって楽なゲームに慣れた子どもは本を読まなくなる」とのお話だった。 講演の最後に保護者の一人が質問をした。「私は子どものゲームをもっと制限したいし、もっと本を読んでほしい。でも周りの家庭でしているゲームをしないと仲間外れにされるかもしれない。どうしたらいいですか?」と。その時講師が言った。「あなたのお子さんの将来の責任を、周りの家庭の人がとってくれるんですか?」と。質問した母親に対して、「そんなに情けない、弱い母親でどうするんですか?」と怒っているような口調だった。その時私は「親は覚悟しなければいけない」と思った。子どもだって当然社会や時代の影響を受ける。でも何かあった時、社会や時代の責任だと文句を言ったとしても誰も責任なんかとってはくれない。「親が責任をとるしかない」と思った。自分が責任をとる以上、「みんながしているから」という理由で妥協するわけにはいかない。結局小学校に入ってからずっと、ゲームに対してはとても厳しい対応をした。「仲間外れにされるかもしれない」という不安は常にあった。でも子どもたちが成長した今「間違っていなかった」と思う。今周りで苦しんでいるのはむしろ、当時ゲームばかりしていて、当然育つはずだった色々な能力(コミュニケーション能力や運動能力、読解力)を育てることができなかった若者たちだ。あの時厳しい口調で母親たちを叱ってくれた講師の方に感謝している。
2011.10.15
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元アップル社CEOのスティーブ・ジョブズ氏が亡くなった。 マッキントッシュもアップルコンピューターも知っていたけれど、スティーブ・ジョブズ氏については数年前までほとんど知らなかった。興味を持ったのはfreegogoさんのブログで紹介されていた「伝説のスピーチ」を聴いてからだ。素晴らしいスピーチだった。彼の生い立ち、挫折、教訓。エリートではなかったことがよく分かる。息子に勧めたら「そのスピーチ、もう何回も聴いたよ」と言っていた。若者の間でもとても有名なようだ。Stay foolish-「バカであれ」とか「愚かであり続けろ」と訳されている。短い言葉だけれどとても難しい。人によって受けとめ方は色々だと思う。息子に「どう思う?」と聞いたら「常識に囚われるな、ということかな・・?」と言っていた。「Stay foolish」から私は一つの話を思い出した。大きな病院で診療する傍ら研修医の指導をしている医師の話だ。その人は「先を読み過ぎる研修医は力が伸びない」と言っていた。「これはこうなる」「あれはああなる」と賢く(賢いつもりで)先を読んで決めつけてしまう人は力が伸びない、と。下手に先を読もうとせずに、まずひたむきに、愚鈍に、がむしゃらに積み上げる人の方が伸びると言っていた。医療に限らず、世の中には未だ分からないことの方が多い。どこで何がつながるかはやってみないと分からない。先を読めたつもりで賢く、要領よく立ちまわっていると、たくさんの可能性を自分から切り捨てることになってしまうのかもしれない。スティーブ・ジョブズ○あなたの時間は限られている。だから他人の人生を生きたりして無駄に過ごしてはいけない。○墓場で一番の金持ちになることに何の意味がある。毎晩寝る前に「今日は素晴らしいことをした」と思えること、それにこそ価値がある。
2011.10.08
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「日本のシンドラー」と呼ばれる杉原千畝さんのことを初めて知ったのは、1992年にその人生がテレビドラマ化された時だ。泣きながら観たのを覚えている。外務省の意向に反してユダヤ人にビザを発給し6000人もの命を救ったと言われる。こういう人の名をどうしてそれまで一度も聞いたことがなかったのかがとても不思議だった。 理由はすぐに分かった。日本政府は2000年に正式に名誉回復をするまで、杉原さんに対して冷酷な態度をとり続けてきていた。訓令違反で実質上退職に追い込まれ不遇の晩年を送ったそうだ。「私のしたことは外交官としては間違っていたかもしれない。しかし、私には頼ってきた何千もの人を見殺しにすることはできなかった」自分の良心に照らして自分の頭で考え行動する。そういう「勇気ある人格者」は権力の近くにはいないのかもしれない。そういう人は権力に擦り寄ったりへつらったりはしない。自分の頭で考え、おかしいことを「おかしい」と言う。権力の側から見るとそういう人は扱いにくいと冷遇される。その結果権力の周りには「イエスマン」ばかりが集まる。女川原発を高台に設置するよう頑固に主張した人がいた、と東北大関係者から聞いた。採算を第一に考える人たちとの間に対立があったそうだが、頑固に意見を押し通したそうだ。その人がいなかったらどうなっていたか・・・考えると本当にぞっとする。ネットで調べて「おそらくこの人だろう」という人を見つけた。けれど本当のところはよく分からない。でも私はその人を「故郷の恩人」だと思っている。勇気ある立派な人は権力から離れた所にいる。原発反対を訴え続けた小出裕章さんにしても、「故郷の恩人」にしても、杉原千畝さんにしても。こういう人たちにきちんと光を当てて大切にしないと、日本はきっとまた間違いを犯してしまうと思う。
2011.10.01
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