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1年間海外にインターンシップに行っていた息子。その国にはヨーロッパ各国の学生が英語を学びに来ていて、色々な国の友だちができたそうだ。 ある日みんなで飲んでいるとスイス人の女性が、当時彼女が住んでいたホストファミリーのことを愚痴り始めたそうだ。ホストファミリーには結構当たり外れがあるらしい。ひとしきりその女性が文句を言った後、そばで聞いていたイタリア人男性が言ったそうだ。「文句を言うならその家を出ろ。出る気がないなら文句を言うな」と。聞いていた私の息子も全く同じ意見で「その通り!」と思ったそうだ。でもその話を聞いて、私はちょっとスイス人女性が可哀想になった。以前脳科学の本で、「男性の脳と女性の脳は少し作りが違う」と書いてあるのを読んだ。どちらが優れていてどちらが劣っているということではなく、長い歴史の中で発達に違いが出てきたのだという。主に狩りをしていた男性は空間・移動・戦略をつかさどる分野が発達したそうだ。だから車や電車、飛行機が好きな男の子、冒険するようなゲームにはまる男の子が多い。一方女性にとって大事だったのは子どもを育てること。子どもの小さな変化、表情から身体の状態を読み取る力や、狭い空間の中で人と上手くやっていくためのコミュニケーション能力が発達したそうだ。イタリア人男性の意見は正しい。でもスイス人女性は誰かにちょっと話を聞いてもらいたかっただけで、少し話を聞いてもらえればそれですごく気が楽になったのではないかな、と思った。人の愚痴を聞くことは決して楽しいことではないから、愚痴ばかり言うのを良いとは思わないけれど、本当に辛い時は「人に話す」という解消法がある方がありがたい。辛いことを誰にも言えずに抱え込んで、一人で苦しんでいる男性は多いのではないかなと思う。もちろん愚痴を言わない女性も、コミュニケーション能力の高い男性もいる。ただその本を読んで私はすごく気が楽になった。「そもそも男性と女性は違うのだ。100%夫(男性)を理解できなくても仕方ないし、100%夫(男性)に理解してもらえなくても仕方ない」と思えるようになった。
2011.06.25
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福島原発の事故以来メディアで注目されている人がいる。京都大学原子炉実験所、助教の小出裕章さんだ。 小出さんは原子力の研究者としては珍しい原発反対派の一人で、「原発をやめさせるための研究」を続けてきた人だ。京大の助手として採用されてから30年。60歳を越えて未だ助教という立場が、彼が歩んできた道を示している。「電力会社から見て原発は造れば造るほどもうかる装置。経費を電気料金に上乗せでき、かつ市場がほぼ独占状態だったからだ。さらに大手電機メーカー、土建業者なども原発建設に群がった」(4月15日河北新報)「大学の研究者らがこれにお墨付きを与えた。研究ポストと研究資金欲しさからだ」(同)「私たちに共感してくれる若手研究者も何人かいたが、一緒にやろうとは誘えなかった。僕らの仲間に入ると、研究者として安穏とは暮らせなくなる。今はそれを後悔している」(同)それに「原発推進は国の方針」という力が相まって、産学官が原発に群がる構図ができていたという。「原発反対」と声にした途端、研究者としては影の道を歩くしかない状態だったという。真実を追求するはずの学問の世界も、多数派で意見を決めるはずの民主主義も、こんな風に最初からカネとポストでゆがめられていたのでは何の役にも立たない。はなから「いかさま」だったんだなあと思う。そして多数派が正しいとは限らないことを身にしみて感じる。真実を貫くために小出さんが歩いてきた孤独な道。本当の意味での「科学者としての良心やプライド」がその道を歩かせたのだと思う。そしてその良心やプライドを持つ人がこんなにも少なかったのだと。今回小出さんの主張の正しさが最悪の形で証明された。なんて皮肉な結果だろう。
2011.06.18
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息子が就職活動中でしょっちゅう仙台と東京を行き来している。 「面接でこんなことを聞かれた」「こんな風に答えたけどどうだったかな?」と男の子の割には話をしてくれる。先日は「グループ面接で足元を見たら僕の靴は汚れていたけど、他の2人の靴はピカピカ。今日は一応靴を磨いていくよ」と笑いながらせっせと磨いていた(笑)。親には言わないけれど、がっかりするような思いもしているようだ。だからできるだけプレッシャーをかけないようにしたいと思っている。実際の所どういう企業が良いかアドバイスする自信がない。世の中の流れや商品開発のスピードがすごく速くて、少し前に流行っていたものがあっという間にすたれてしまう。企業の寿命も短くなっている。CDが世を席巻していると思ったらいつの間にか機器そのものでダウンロードする時代。CDで儲けていた会社が栄えていたのも一時のことだった。今業績の良い業種の中には10年前には無かった業種がある。同じように10年後に業績の良い会社は、今はまだ生まれたばかりの小さな会社かもしれない。子どもが大企業に就職すると親は安心するけれど、大きな会社だから良い、小さな会社だから悪いとは限らないのだと思う。山一証券、日本航空、東京電力・・・安泰に見える大企業にもいつ何が起こるか分からない。人間万事、塞翁が馬。自分に起きることが幸いなのか禍なのか、本当の所は分からない。だからどんな場所であっても、その場所で「なくてはならない人」になる努力をしてほしい。そしてどこにいても腐らずに前を向いて歩いて行ってほしい。そう願っている。
2011.06.14
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我が家では「親自身が好きで夢中になっていたこと」に子どもも夢中になり、「親が子どもにさせようと夢中になったこと」に子どもは夢中にならなかった。 本当は二人の子どもに音楽をさせたかった。私自身は小さな頃からずっとピアノを習い地域の合唱団にも入り、中学までは音楽の道に進みたいと思っていた。嫌なことがあってもピアノを弾いたり歌を歌ったりするとすっかり忘れた。身の程を知って(苦笑)音楽の道には進まなかったけれど、音楽が大好きだった。就職後ピアノを弾くことは無くなった。ピアノは毎日の積み重ねがとても大切で何年間もブランクがあると元に戻すのが大変だ。だから自分自身はピアノを再開せず子どもにピアノを習わせた。でも子どもたちのピアノは長続きしなかった。子どもにさせようと私が熱心になればなるほど、子どもの気持ちは離れていった。特に息子は・・・。ピアノを弾く男の子ってステキなのになぁ~(残念無念!)。娘は高校入学までは続けたけれど他に夢中になることがあってやめてしまった。そして子どもにさせようとは全く思っていなかったテニスと英語に、子どもたちは夢中になった。ずっと音系サークルに入っていて運動部に所属したことのなかった私は、子どもが幼稚園に入園した後誘われて始めた週1回のテニスに夢中になった。ただただ楽しむだけのテニス。でもその様子がよほど楽しそうに見えたのだろう、娘もテニスに夢中になって高校の部活では東北大会まで行った(娘がピアノより好きになったのがテニスだった)。そして学生時代英語が一番苦手だった私が、英会話教室をきっかけに英語にのめりこんだ。英検を受け、TOEICを受け、今は英語を使う仕事をしている。それを見ていた息子が熱心に英語を学ぶようになった。息子はこの1年間海外にインターンシップに行って来た。目の前でおいしそうに食べている人がいると、その食べ物がとてもおいしそうに思える。目の前で何かを楽しそうにしている人がいると、その人のしていることがとても面白そうに思える。考えてみると当然のことだったなあと思う。
2011.06.07
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