吟遊映人 【創作室 Y】

吟遊映人 【創作室 Y】

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

吟遊映人

吟遊映人

カレンダー

2013.10.12
XML
カテゴリ: 読書案内
【原田宗典/『優しくって少しばか』より「雑司ヶ谷へ」】
20131012

◆恋愛サスペンスの先駆けはこれだ!

この短編は『優しくって少しばか』と題された短編作品集に収められた一つなのだが、原田宗典の持ち味をギュッと濃縮した小説に仕上げられていると思う。
ある意味、サスペンスなのだ。
主人公の男も頼りなくてひどく曖昧だが、女もどういうわけか余り魅力的には描かれていない。むしろ、イラッとする。
ところが、巷に転がっている恋愛ドラマは、この手の不気味さを伴うものの方がリアリティを増すから不思議だ。
恋人が妊娠を告げた時、素直に喜べる男がどれほどいるだろうか?
強がってはいても、中絶を回避したい女はどこまでも男に食い下がる。
一方、男の方では醜いまでに無関心を装う。既成事実を自分のこととしては受け入れ難く、まるで他人事のように曖昧にぼかしてしまうのだ。
この一連のプロセスを、短編小説の技巧を駆使して表現した原田宗典は、間違いなく名手である。
妊娠という事実を、サスペンス風にアレンジしてしまうのだから。


バブル期には一躍脚光を浴びた。最近ではエッセイストとしても注目を集め、『十七歳だった!』というエッセイが集英社文庫のナツイチ(夏の一冊)として選ばれている。
代表作に『平成トム・ソーヤー』などがある。

『雑司ヶ谷へ』のストーリーはこうだ。
主人公の「ぼく」は、二週間前に、恋人の比呂美に中絶をさせていた。
二人の関係はギクシャクしながらも、いまだに続いている。
そんな中、比呂美は「雑司ヶ谷へ行きたい」と言う。
マンションの窓辺に立ち、目白から池袋にかけての街並みを見渡しつつ、比呂美が見当違いな方向を指して、「あそこが雑司ヶ谷ね?」と言うので「ぼく」は違うよと言いかけて、思わず全く別の寺院を教えそうになってしまった。
東池袋にあるその寺院は、「ぼく」と比呂美の子どもが眠っていたのだ。
中絶した子の埋葬先など普通なら知らなくて当然なのだが、当日、病院の受付で比呂美が尋ねていたのを偶然耳にしてしまい、池袋のM寺であることを知ってしまった。
「ぼく」はほんの気まぐれで散歩がてらM寺を訪れていた。
もちろん一人でだ。

そんなことがつい最近あって、今日は比呂美が一緒に雑司ヶ谷へ行きたいと言う。
一体何をしに行こうと言うのか、皆目見当のつかない「ぼく」だった。

この作品に、幽霊などは決して登場しないけれど、ある種の不気味さを感じるのは何故だろう?
女の怨念みたいなものが、そこかしこから漂っているのだ。
恋愛のラストが再生を祈る爽やかな男女の別れとして表現されていないのは、作者の意識的な作為を感じてしまう。

表題作である『優しくって少しばか』以外は、全てサスペンスだ。
バブル期の華やかさと、気だるいムードの根底に音もなく流れている血生臭い汚物の悪臭が放たれている。
嘘っぽい恋愛ドラマに飽きた人は、この短編集を読んで、恋愛に決して答えなど見つからないことを知って欲しい。
余談だが、作者である原田宗典は、本年9月に覚醒剤取締法違反で、現行犯逮捕されている。
一読者として残念でならない。

『優しくって少しばか』原田宗典・著より収録作品「雑司ヶ谷へ」

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.95)は百田尚樹の「夢を売る男」を予定しています。


コチラ





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2013.10.14 05:05:20


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: