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2014.01.04
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カテゴリ: 読書案内
【山本周五郎/青べか物語】
20140104

◆浦粕町時代を懐かしむ「私」の回想記

平成の今どきの小説は親しみやすく、身近なものに感じるが、やはり昭和の大作には作者の並々ならぬ緊迫感や切実感に溢れていて、時々はその深淵を覗いてみたくなる。
大衆作家として知名度を誇る山本周五郎の作品は、どれも面白く読み易い。
キャラクターにはそれぞれ存在感があり、背景には説得力がある。
くさくさしてしている時に読めば、人間なんて皆、五十歩百歩であることを教えてもらえるし、ひと時のドラマに没入させてもらえる。
とにかく、いついかなる時も読者を裏切らない。巧緻な文体である。

生涯、次々とヒット作をたたき出した山本周五郎だが、直木賞を辞退している。
代表作はありすぎて、どれも有名だが、中でも『樅ノ木は残った』が白眉だろう。

『青べか物語』は、時代小説を多く手がけた山本周五郎の作品の中では珍しく現代小説である。
しかも、ご本人の体験に基づいた小説のようだ。

とはいえ、年譜と照らし合わせても、著者の浦安時代とピッタリ重なるので、読者はどうしても著者自身の回想記と捉えてしまっても、致し方ないのではなかろうか。

『青べか物語』は、浦粕町(架空の町名となっているが、おそらく浦安のこと)という猟師町が舞台となっている。
「私」は町の人たちから“蒸気河岸の先生”と呼ばれ、3年あまりそこに住みつくことになる。
住人は貧しいながらも、したたかで、狡猾である。
無防備な「私」は、住人である老人から「いい舟だから買わないか」と騙され、“青べか”を買わされてしまうのだ。
「私」は、釣舟宿の三男坊である小学三年生の「長」と仲良しで、その土地のあれやこれやを教わる。
“青べか”がいかにぶっくれ舟であるかも、「私」に舟を買わせた老人が、そら耳を使う油断のならない人物であるかも教わった。
一方、浦粕町の開放的な風俗にも「私」は驚かされる。
というのも、この土地では「どこのかみさんが誰と寝た」などという話は、日常茶飯事のことだからだ。
「浦粕では娘も女房も野放しだ」というのが、常識としてまかり通っていたのである。

『青べか物語』は、正統派の昭和の小説である。

あけすけで常識はずれでも、人肌のぬくもりを味わえるのだ。
興味深いのは、最終章で〈三十年後〉の浦粕町を、著者が二人の同伴者を連れて訪れるくだりだ。
懐かしさやら何やら、様々な想いが去来しつつも、著者は当時をしのび、都会化して変わり果てた浦粕町を見据える。
戦後、国を復興させるためとはいえ、「日本人は自分の手で国土をぶち壊し、汚濁させ廃滅させている」のだと、著者は嘆く。
失われた自然の景観を絶望的な眼差しで眺めている様子が、怒りに満ちた文体から伝わって来る。

今さら昭和を懐かしむほどセンチメンタルにはならないが、少しは立ち止まってのんびりしたくもなる。
そんな時、『青べか物語』は戦前の泥臭い日本の風土を、滑稽で方言たっぷりに描き出していて、その時代を知りもしないのに私にはとても心地良い。
「ああ、私は日本人なんだ」と、改めて気付かされる瞬間でもある。
昔、私が買った『青べか物語』の表紙は、安野光雄のイラストだったが、現在はどうなんだろうか?
山本周五郎の世界観を、たかだか文庫本の表紙一つから表現する安野光雄の装画も、併せておすすめしたい一冊である。

『青べか物語』山本周五郎・著

20130124aisatsu


☆次回(読書案内No.107)は円地文子の「女坂」を予定しています。


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★吟遊映人『読書案内』 第2弾は コチラ から





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最終更新日  2014.01.04 06:03:13


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