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2014.01.08
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テーマ: コラム紹介(119)
カテゴリ: コラム紹介
【東京新聞 筆洗】
20140108


正月といってもコンビニもファミレスも営業している。元日の深夜、たばこを切らしてコンビニへ行く。レジの前に並んでいる青年が正月らしからぬ弁当を持っている。

実家に帰らないのだろうか。コンビニの弁当がたまたま食べたかっただけならいいが、どうも引っ掛かる。〈行くところなき身の春や墓詣(はかもうで)〉 永井荷風。正月のにぎやかさは光となり、かえって心に映る影を濃くする。

永島慎二さんの代表作『漫画家残酷物語』に家出し正月を下宿で過ごす若者の話(『春』・一九六三年)がある。「下宿のふとんの中で除夜の鐘を聞いていたら自分の生活がとてつもなく寂しく思えて」「おとなしくしていれば、みんなニコニコおとそをのんで、おめでとうが言えたのに」。

これに着想を得た曲が、はっぴいえんどの「春よ来い」である。大滝詠一さんが十二月三十日に亡くなった。「春よ来い」は大滝さんの部屋で松本隆さんが永島さんの漫画を見つけて歌詞を書いた。作曲は大滝さんで七〇年のデビューアルバムのA面の一曲目に収録。彼らが目指した「日本語ロック」の嚆矢(こうし)といえる。

大滝さんは「春よ来い」の歌唱について民謡歌謡の三橋美智也と浪曲の広沢虎造に影響されたと言っている。正月の孤独に耐える青年の気持ちをしぼり出すように叫ぶ。

コンビニの元気のない青年はどうしただろう。春よ来いである。
(1月4日)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

コラムを読みおえて五代目柳家小さん師の「不動坊火焔」を思い出した。

『なにもそんなこたぁ大きなお世話なんですな』

小さん師のマクラはどれも含蓄に深い。はじまりはこうだ。

『人の仙気を頭痛に病む、ってのがよくございますな。
あの人は今あんな暮らしをしているが、先にいってきっと困るかもしれない、なんてね。』

そして『なにもそんなこたぁ大きなお世話なんですな』となるわけだ。

さて、コンビニの青年や如何に。
筆洗氏はご親切にも「春よ来い」とエールを送るのだが・・・

『おおきなお世話!』

青年だけではない。黄泉の小さん師も気色ばんでいるのではないだろうか。

とかなんとか・・・。

人のことをとやかく言うのは落語の場合、ごく人のいい大家さんか、面倒見のいい横丁のご隠居と相場が決まっている。だから傾聴に値するし、言われたほうもストンと落ちるわけだ。
筆洗氏に上から目線を感じるのは私だけであろうか。少なくとも、大家さんのような「人のよさ」とご隠居のような「面倒見のよさ」を感じることはないのではないか?

加えてつまらないことなのだが、歌風の「墓詣」はそのものズバリではないはずだ。いわゆる「象徴符」である。
歌風は実際に墓参りに行ったわけではない。身を持て余し表に出ではみたものの、これといって感興をさそうものもなく、しかたなく場末の寄席にでも入った。実際はそんなところであろう。


それはそれとして、大滝詠一さんの急逝は少なからずショックを受けた。
おりしも平成二十五年の物故者一覧を眺めていた時に聞いた一報であった。不謹慎な言い方で恐縮なのだが、物故者の大トリを飾るにふさわしい「大物」である。
私は同年代三人と昭和を偲びながら「A LONG VACATION」に聴き入った次第だ。
そしてまた、いい機会をいただいたので、久しぶりに桂枝雀師の「不動坊」を聞き直してみた。
何度聞いても捧腹絶倒、演じる落語をやらせたらこの人の横に出るものは誰もいない。おかげで除夜の鐘が笑いの彼方に聞こえたものだ。いい年越しをした。

え~、話のほうでは昔から「終わり良ければ総て良し」よくそう言ったもので。

20130124aisatsu





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最終更新日  2014.01.08 08:06:27


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