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読売新聞に、携帯依存症のことが載っていた。次の5つの項目に当てはまっている物が多いと危ないと書かれていた。(一)携帯を家に忘れて、遅刻覚悟で家に取りに戻ったことがある。(二)圏外の場所にいると落ち着かない。(三)メールの返事がなかなか来ないとイライラする。(四)携帯を握ったまま寝たことがある。(五)トイレや風呂場の中にも携帯を持っていく。という項目があった。僕は(五)が当てはまっていた。防水機能がない携帯なので、風呂場に持って行くとまずいのでしないが、トイレには持って行って、大便をしつつ、そこでメールを打つことは度々ある。周りから見ればおかしい行為かもしれないが、自分ではトイレにいる時間を有効に使っているのがいいと思うし、電源をOFFにしないといけない場所でメールを打つよりはましだと考えている。家に置き忘れたら仕方ないと諦めるし、圏外の場所にいても特別な感情はわかないし、特に返信を必要としないメールの返事が来なくても、相手も忙しいのだろうと割り切れるし、寝る前に携帯は布団のそばに置くようにしている。1つでも当てはまっているから、携帯に振り回されないように気を付けなければいけないと感じている。みんなはどれ位当てはまりますか?
2004年03月31日
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3月21日に、多摩川リバーサイド駅伝に出場した。前日に雨が降ったので、走る場所がぬかるんでいたらどうしようと思ったが、そんなことはなく安心した。キャプテンの友達が何人か応援に駆けつけてくれた。キャプテンの友達の幅の広さが羨ましかった。ミニワンズからは1チームのみの参加になったが、その友達の何人かが走る気になってくれたら、辛うじて2チームできて、更に駅伝を楽しめたのかなあと思ってしまう。応援者の中には小さな女の子もいて微笑ましかった。ウォーミングアップで川沿いを走ったが、珍しく1.5キロも走ってしまった。のんびりと走っていたのであまり疲れず、本番に変な影響は出ずほっとした。僕は2区で5キロを走った。5キロ20分切りを達成したかったので、最初から飛ばして走った。その割には、折り返し地点で10分近くかかっていたので、後半でどうにかしないとやばいと感じ、前半のペースを保つように気を付けた。20人位抜かし、抜かされた記憶はあまりないので気持ち良かった。結局19分台で走れ、5キロ20分切りの公式記録が残せたので嬉しかった。しかし、結構ハイペースで走り、疲れがたまったせいか、しばらくの間、喉に違和感があったりした。僕以外にも予想タイムより速く走れた人がいて、懸命に頑張っているなあと思った。今回は応援者に走っている姿をデジカメで撮ってもらい良い思い出を残せた。応援者の人とも多少話し、新たな仲間の輪が広がる手ごたえを感じたのは良かったが、祝賀会の時には殆どの応援者はいなかったのは残念だった。僕と同じ苗字の人がいて、その人もジョギングをやっているようなので親近感を覚えた。今回は、たすきを渡す時に何のトラブルもなく、男女混合チームの中では上位に入っていそうな予感がするので満足だ。
2004年03月30日
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ハワイでは、なるべく英語を使いたいと意気込んでいたが、それ程使う必要がなかった。こちらが英語で話しかけても、僕が日本人だと分かると、日本語で答えてくれる場合もあった。日本語が分かる外国人が結構いたので、英語があまりできなくても平気だと感じた。ハワイを訪れる日本人が多いから、ハワイの人は懸命に日本語を覚えるのだろうが、そのひたむきさに胸を打たれた。外国からの観光客にきちんと対応できる程の英語を身に付けている日本人はそんなに多くないのではないか。実際僕も片言の英会話しかできない。様々な国の人に日本を受け入れてもらいたいのなら、もっと英会話の勉強を重視しないといけないし、もっと街中で英語の表示を増やさないといけないのではと思った。一番口に出した英会話は、Where is the rest room. だった。(笑) 初の海外で多少緊張したのか、普段よりもトイレに行きたくなった。あとは、Yen to dollers. とか、Excuse me. とか、Would you take a picture for us. みたいな単純なのを口に出していた。僕達単独か日本人のみと一緒の行動が主だったので、ハワイの人と打ち解けて話す機会が殆どなかった。再び外国に行くことがあれば、もう少し緊張せず、ある程度ちゃんとした発音で、もっと色々なことを英語で話したい。
2004年03月29日
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ハワイでは、ヒルトンハワイアンビレッジに4泊した。海の見える部屋に泊まったが、見えない部屋と比べ、ツアー代金が1万円以上高くなるので、海の見える部屋はかなり人気があるんだなあと思った。部屋からダイヤモンドヘッド側の海は見えなかったが、それなりに素晴らしい眺めだった。ベランダでは、椅子に座りつつ海をじっと眺めたり、連れはゲームボーイアドバンスSPをやっていた。ベッドはふかふかで気持ち良かったが、風呂がやけに浅く使い勝手が悪かった。冷蔵庫や金庫があるのは助かったが、金庫を利用したら宿泊費とは別の料金を取られた。それも安全のためなら仕方ないと連れと話していた。泊まった初日に、6時にモーニングコールが鳴るようにセットしたが、何故か真夜中の1時に鳴ったので、何が起きたんだと戸惑ってしまった。それに懲りて、結局2日目以降は、日本から持って来た携帯を目覚まし代わりにした。ホテルの中に、ABCストアや飲食店があり、何回かお世話になった。苺&グアバジャムやフレンチバニラドリンクといった珍しい物を買ったり、アイスの店で、バナナファッジのアイスを無料で食べたりした。本やCD等を扱っている店で、ハワイで録音したという自然の音楽のテープが、セールでたった3ドルで売っていて試しに買ったが、ずっとせせらぎの音が流れるだけで、個人的には面白みを感じなかった。3ドルにつられた自分が馬鹿だった。下に、僕達が泊まった、外見があっと驚く、ヒルトンハワイアンビレッジのレインボータワーの写真を載せておく。
2004年03月28日
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ハワイでは、色んな料理を食べた。朝食はホテルで食べることが多かった。果物はパイナップルかパパイアが選べるが、パパイヤは日本ではそう食べられないから、ずっとパパイヤを食べていた。ライムの汁をかけて食べたが、甘くなくさっぱりした味わいだった。1日だけ、同じ職場の人に勧められた、エッグスン・シングスに行った。その店は、待っている間にポケベルを渡され、店内に入れるようになった時で、ポケベルを鳴らして知らせてくれるようだが、僕達の場合、何故か名前を呼ばれた。クレープを頼んだら、約7ドルで3枚も来て、そのボリュームに圧倒された。ココナッツミルク等のソースをかけたが、かなり甘かった。連れはパンケーキを頼んだが、約5ドルで5枚も来たのには驚いた。昼食は、大抵パン系の物とドリンクで軽くすませた。チョコミルクやパイナップルミルクを飲んだが、ドリンクはそれなりに大きいカップで来た。ポリネシア文化センターで食べた昼食はバイキングだった。デザートのパイナップルバーが一番気に入った。おもちがあるのが不思議だった。初日は飲茶を食べた。ハワイに来てまで飲茶かよと思っていたが、色んな餃子が食べられたのが良かった。中に緑の葉が入っていた餃子があり、さわやかな風味がして美味しかった。海老餃子や韮餃子等があった。夕食は、2日間バイキングだった。どちらも肉があったが、あまり下味がついていないと感じた。グレイビーソースをかけた御飯が一番気に入った。一瞬カレーと見間違えるが、味は辛くなく、カレーとは全く違う物だった。ホテルの付近でサンドイッチを食べ、2個出てきたのはいいが、具が5センチも挟まっているのには圧倒された。具になすびが入っていて、こういうのもありなんだと新発見をした。自分が頼んだサンドには野菜しか入っていなくてヘルシーだった。マジックショーで夕食が出た。それなりの量の肉料理が2つも出て、肉嫌いの人には辛いだろうなあと思った。紅茶とコーヒーのポットがテーブルに置かれ、自由についで構わないのは嬉しかった。ハワイで出される料理は、ボリュームが結構あり、デザート系は甘さが強いと感じた。ハワイの人はこんなに食べて太ってしまわないのかと心配してしまう。しかし、ホテルの人が、飲食店で食べ切れなかった物は、持ち帰りが認められることもあると教えてくれた。それなら、食べ過ぎもどうにかなるかもしれない。下に、エッグスン・シングスで僕が頼んだクレープの写真を載せておく。
2004年03月26日
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ハワイに到着してから3日目の昼間に、ホノルル動物園を見て、ダイヤモンドヘッドに登ろうと計画していた。しかし、2日目の朝8時から夜の23時まで外出していた疲れがたまったせいか、朝寝坊してしまい、行動できる時間が減ったのと、朝のうちに通り雨が降り、ぬかるんだであろう山を登るのは危ない気がしたので、ダイヤモンドヘッドに登るのは中止した。そのそばにあるカピオラニパークに寄ったら、ダイヤモンドヘッドがよく見えて感激した。たくましくそびえたつ姿に見入ってしまった。写真も何枚か撮った。この公園がホノルルマラソンのゴールだと知ったが、こんな素晴らしい場所でゴールできるなんて最高だなあと思った。何気なく立ち寄った公園だが、立ち寄ってみて良かった。ホノルル動物園では、巨大亀の甲羅に触ったが、甲羅はとても硬く、何かが甲羅に当たってもへっちゃらな気がした。青い鳥・ミーヤキャット・手長猿を見たのが印象深い。動物園内はかなり広く、全部をじっくり見ていたら、見終えるのに2時間以上かかった。途中で迷路みたいになっている場所があったのは面白かった。連れとは、デートで動物園に行くことは滅多になかったが、ハワイでこういう経験ができるのも新鮮な気がした。下に、僕がハワイで一番気に入ったダイヤモンドヘッドの写真を載せておく。
2004年03月25日
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ハワイに到着してから3日目に、サンセットクルーズを体験した。デッキに出たら、鯨が潮を吹くのが何回か見え、沢山の人が見入っていたが、鯨の姿が見えなかったのは惜しい。夕日が沈む瞬間が見れたのは嬉しかった。ディナーバイキングなので楽しみにしていたが、種類が少ないのはイマイチだった。肉・魚料理等があった。僕と連れを含む6人で同じテーブルに座ったが、その内の1人が、僕が住んでいる所の次の駅の付近に住んでいるというので驚きまくった。食べている途中に、職員からステージでフラダンスをやってほしいと頼まれ、あまりに突然のことで、しばらく思考回路が止まってしまった。こういうのも良い経験だと考え引き受けた。帽子を被ってやった。ひたすら腰を振っていた気がする。それが終わってくつろいでいたら、今度はフォークダンスをやってほしいと頼まれた。連れと一緒に言っていて、恥ずかしがり屋の連れは拒絶反応を示していたので、僕が職員にShe is very very shywoman.と訴えたが、結局連れはやらされることになった。フォークダンスのやり方なんてよく分からないので、隣のカップルの真似をしつつ踊っていた。隣のカップルがキスをしていたので、調子に乗って僕も連れにしようとしたら、連れに「嫌だ」ときっぱり言われ、止めざるおえなかった。大胆すぎたと反省している。2回もステージで何かをやらされ、緊張しまくり、何でこんな目にあうんだと嘆きたくなったが、今となっては貴重でユニークな思い出ができたと感じる。下に、船から見えた景色の写真を載せておく。
2004年03月24日
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ハワイに到着してから4日目に、ドールプランテーションに行った。ツアーでこの場所に何時間も滞在するのはないので、自分達でザ・バスを利用して行ったが、何のトラブルもなく行けたのでほっとした。ギネスブックに載ったという巨大迷路をやるのが楽しみだった。バスガイドさんが、脱出するのに2時間位かかったと言っていたので、遣り甲斐があるなあと思い、ワクワクしていた。6つのチェックポイントを探し出してから脱出する巨大迷路だった。おそらくチェックポイントは、西側に3つ、東側に3つあるだろうと予想し、その予想は見事に当たったが、なかなか発見できずもどかしかった。1時間経った時点で5つ発見したが、6つ目を発見するのに30分もかかってしまった。6つ目は、迷路の真ん中に幾つかある白い扉の結構すぐそばにあり、こんな分かりやすい所にあるのになかなか見つからないのが不思議になった。結局、脱出するのに1時間37分かかった。想像していたより難しい迷路で、やれて良かったと心から思っている。迷路でかなり歩きまくった疲れを癒したくて、ドールプランテーション名物のパイナップルソフトを食べた。僕はストロベリーとパイナップルのミックスが是非食べたくて、はっきりとストロベリーパイナップルミックスと言ったが、出てきたのはただのパイナップルソフトだった。これはこれで美味しいが、2日目に食べていたから、次は違う味にチャレンジしたいと張り切っていたのでがっかりした。こんな迷路が日本の各地に復活したら、巨大迷路ファンの僕にはたまらないのにと思ってしまう。下に、巨大迷路の入り口の写真を載せておく。
2004年03月23日
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3月8日から13日まで、連れとハワイを旅行した。生まれて初めての海外旅行なので、ワクワクドキドキしていた。高校の卒業文集に、将来の目標として、色んな事を体験したい&絶対海外に行きたいと書いたが、それがやっと叶うので、嬉しさが込み上げてきた。ハワイでは、多少は英語で現地の人と喋りたい・海で泳ぎたい・日焼けしたい・巨大迷路をやりたい・ハワイアン料理が食べたいと考えていた。英語で話したこともあったが、なかなか言葉がスムーズに出なくて、普段から英語を使っていないとうまくいかないなあと感じた。12日というのをトウェンティイス(20日)と言ってしまったり、最初にwhereで始まる会話で、語尾をあげてしまったりというドジをした。日本語が分かる外国人が多かったので助かった。海で泳ぎたかったが、連れがコンタクトレンズをしているから泳げないと言っていて、自分だけで泳ぐのも寂しかったのでやめた。それでもちょっぴり焼けた。巨大迷路の事は別の日に詳しく書くが、充分楽しめた。ハワイならではの料理はあまり食べれなかった。タロイモのパンやグレイビーソースをかけた御飯がハワイらしいと思った。タロイモのパンはあまり味がない気がしたが、グレイビーソースはマイルドな味がしてはまりそうだった。下に、そのグレービーソースがかかったご飯の写真を載せておく。
2004年03月19日
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3月7日に、友達と一緒に、三浦国際マラソンに出場した。前日にその友達が僕の家に泊まりに来てくれ、夜遅くまでトランプ・オセロ・ボードゲーム等で遊んだ。その関係で、4時間も寝ないままマラソンに臨むことになった。行きの電車の中で寝たかったが、僕達と同じマラソンに参加するであろう人が沢山乗っていて座れなかった。今回は足の痛みとかはなかったが、寝不足が一番心配だった。更衣室で着替えて会場に向かったはいいが、会場まで15分もかかるのは参った。スタートするまで30分近くその場で待たされ、半袖半ズボンでいた僕は結構寒かった。スタートしてから3キロは平坦な道で問題はなかった。3キロを過ぎて少ししてから長い坂が続いた。途中で曲がり角が見え、それで終わりかなあと甘く考えていたら、曲がった後の方がもっと坂道が長く続いていた。なるべくペースを落とさないようにしたかったが、スタミナが切れたみたいで、3キロを12分以内で走り終えたが、3キロ地点から4キロ地点まで4分20秒位かかった。5キロ走り終えた時点で20分以上かかっていたが、後半で粘ればもしかしたら40分切りが達成できるかもと考え、白岡マラソンの時みたいに気を緩めることなく走った。後半は下り坂が長く続き、とんとん拍子で下っていった。結局40分切りはできなかったが、自己ベストタイムを出したのでほっとした。後半は思ったよりかっ飛ばしたせいか、ゴールしてからしばらくは体のだるさが取れなかった。それでも、その後にボーリングや卓球をしたのだから凄いと感心してしまう。友達が応援に来てくれていて、ゴールした瞬間に、僕の名前を叫んでくれたのは嬉しかった。誰かに応援に来てもらうのは初めてで、結構照れるものかなあと思っていたが、そんなことはなく、知人に見守られるというのはかなり励みになることが分かった。僕も誰かのマラソンの応援に行ってみたいなあと思っている。
2004年03月16日
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今週の日曜に、僕が所属している駅伝チームの練習会をそれなりに大規模の公園で行った。初めて会う人が3人もいて、知り合いが沢山増えたのが嬉しかった。そのうちの1人はとてもおとなしい人だった。僕も結構おとなしいが、その人は更に輪をかけておとなしかった。それで、僕が勝手に気が合うかもと思い、自由練習の時間に、その人を誘って一緒に公園の外周を走った。こちらから話し掛けないと、あまり言葉を発しない人だったが、その人が小さい頃、たまたま僕の今住んでいる所の近くに住んでいたとのことで、ローカルネタで多少盛り上がった。自分が先頭を切って、自分が走りたいと思った場所を、1キロを4分45秒位のペースで走ったが、その人は別にしんどそうに走っていなかったので、結構スタミナがあるなあと思った。その人を振り回してしまったようで悪いことをした。練習後に食事会をやったが、その人はあまり会話に参加していないように見えた。僕は飲み会とかで、自分があまり会話に入れないと苦痛を感じ、その場から早く逃れたいと思うタイプだが、その人もそんな風に感じていたらどうしようと思い、マラソンの話題を振ったりした。その練習会では、久々に15キロも走ったし、綺麗な梅を見れたし、自由練習というのも初体験で、結構充実していた。
2004年03月05日
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音楽イベントのボランティアをやった。当日に大ホールで、出演者とボランティアが一緒に、ヘイジュードと涙のチケットを演奏しながら歌った。僕はこれといってできる楽器がなかったため、タンバリンをやってよと頼まれ、大ホールでのタンバリンの演奏は初チャレンジで面白そうなのでやってみることにした。当日までの余裕がある時に、楽譜を見つつ、デモテープを聞いて練習した。そんな複雑なリズムがないので覚えやすかった。リハーサルでは隅で演奏していたが、リーダー格の人に、真ん中で演奏してと言われ、かなり緊張しそうで気が引けた。しかし、夢中で演奏していたら、人の目とかは殆ど気にならなかった。ヘイジュードのDadadaをひたすら繰り返す部分は5分位あり、楽譜ではずっとタンバリンを小刻みに振ることになっている。かなり腕が疲れるから大変だと感じていたが、その部分はタンバリンは休んでもいいと言われ助かった。本番では、殆どミスをすることなく演奏できてほっとした。ヘイジュードのDadadaの部分では、みんな結構盛り上がっていて、手を突き上げたりする人とかがいたが、僕も真似してやってしまった。みんなで楽しんで演奏できたので素敵な思い出となった。このイベントのお陰で、タンバリンには色々な種類があるという事実を知れたし、タンバリンは気軽に演奏できて楽しい楽器だと思えたので、タンバリンをやって良かった。
2004年03月04日
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唐突だが、僕のウェブサイトのURLを変更することにした。今までは、http://raisinsand.at.infoseek.co.jp/c だったが、新しいのは、http://custachan.hp.infoseek.co.jp/ にした。raisinsandはレーズンサンドのことで、僕の大好物なので、そういうのをURLに取り込んでもいいかなあと思って、あっさりとそういうURLにした。折角raisinsandという単語を使っているので、レーズンサンドの食べ比べの感想でも載せたウェブサイトにしようかとも考えた。しかし、懸賞の方がウェブサイトを継続しやすそうだったので、懸賞を扱うことにした。ウェブサイトを公開してしばらく経ってから、友達からカスタちゃんというニックネームを付けられた。去年ぐらいから、raisinsandという、スペルを見ただけでは何と読むか分かり辛い単語を取り入れたURLより、結構個性的なこのニックネームを取り入れたURLの方がいいかなあと思い始めた。それで、3周年という区切れがいい時期を気に、URLを変更する気になった。変更するにあたり、ウェブサイトの画像や音楽等のタグの表記を色々変えないといけないのが大変だった。新しいURLになっても、気軽に僕のウェブサイトに訪れてくれると嬉しい。
2004年03月01日
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