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先日の読売新聞に、世界販売台数3位のトヨタが「自動車を作る会社」から「移動サービス会社」に転換するという記事が載っていました。日本一高収益会社でありながら、それに安泰せず生き残るために「更なる進化」を模索している姿に脱帽です。スゴイ会社だなァ・・・と改めて思いました。織物時代にトヨタの親会社で祖業の織機会社「豊田自動織機」からエアージェット織機を約2億円分(織機1台1000万円)も購入していました。1週間の豊田での研修で、横糸給糸方式が100年ぶりにシャットルからエアーに変わったばかりなのに、もう次の「リニア方式」を研究している探求(企業)魂に驚愕したのを思い出しました。そんな企業ですから、今回のマスコミ発表の10年くらい前から既に研究していたと思います。それぐらい、ずば抜けて優れた会社だと思います。世界的な企業と我々零細企業と比べても仕方がないですが、心構えとして「前へ前へ」という経営スタンスを見習い、小さな企業でも確実に儲けれるこれまで通りの無借金の優良会社を目指したいと思います。会社を大きくするとかいう野望はもうありません。自分一人かファミリーで出来る範囲の、せいぜい年間10%くらいの「伸び」で十分です・・・(笑)。着実に手堅くボチボチ商いをする・・・これです。30代から40代の20年間の織物時代に新工場を建設して何億もの設備投資をして、年355日24時間エンドレス稼働で月産20万メートルで早朝から夜までヘトヘトになるまで働き通しで本当に疲れました・・・もう懲りたといった方がイイかも。トランクルームへの転業で、ホッとしたというのが本音かも。という事で、大企業も零細企業も「未来像」を描く事が大事だと思いますが、弊社にとって未来像とは・・・?トランクルームを核に、不動産仲介、音楽スタジオ、自習室、卓球場の5つのビジネスの深耕策ですが、特に「リハーサル音楽スタジオ(スタジオ0724)」にポイントになろうかと思います。と言うのは「音楽スタジオ」はビジネスか?趣味か?どちらとも言えない微妙なスタンスです。ビジネス面を前面に押し出すと客は離れ、趣味を前面に押し出すと儲からない・・・「続けてナンボ・・・」という絶対的観点から言えば、その中間を上手に取って行くしかないのか・・・いずれにしても今の自分にとって音楽スタジオが公私とも「心のオアシス」的なものになってしまい永遠に悩むところですが、自分自身は音楽スタジオを無理してでも起業し本当にヨカッタと・・・(涙)。そして来年にはスタジオ増設(Bスタジオ)を予定していますが、それも会員数が今日現在950人を突破しているという会員さんの「期待」からです。950人も会員がいれば、今の1部屋ではその需要(予約、期待)に応えることは出来ません。それに応えなくては・・・と。わたし同様会員さんも、スタジオ0724が「心のオアシス」になっている証拠です。スタジオでの練習が終わって、帰るときの会員さんの「楽しかった・・・」という笑顔。これです・・・これが何とも言えません。これがあるから、「何としてもスタジオを継続させねば・・・」と。まだまだ、こんなジイサンでも誰かが期待してくれている・・・これには商売抜きにして、ナンとも嬉しいもんです(涙)。まァ還暦オーバーのジイサンが、そんな事で悩んでいるのも気持ち悪いですがねェ・・・(笑)。音楽スタジオの50%が高校生で20%が20代・・・そして、ドラムレッスンの生徒さんの多くは幼稚園児から高校生。泉州の若手ミュージシャンからこれほど期待されているとは・・・想定外もイイとこです。62歳にもなって、未だにここまで人に期待されるとは・・・(涙)。嬉しいですねェ・・・有り難うございます!来年のBスタジオ増設に向けて、もう「ひと頑張り」したいと思います。そして、会員数が2000人、3000人と増えれば、その先には「Cスタジオ」「Dスタジオ」「Eスタジオ」・・・構想が。というのは、近い将来スタジオのそばに「泉州山手線」が開通し、貝塚市の人口の約10倍もある堺市(83万人)や和泉市(19万人)からのアクセスが格段に良くなり(時間が短縮され)、十分「商圏」となりうるからです。やはり、マーケット新規開拓の可能性は人口に比例します。100万人のマーケットが泉州山手線という新しい道路で開かれるのです。それを収益に結びつけれるか否か、あとは自分の商才次第です。新しい道路が近くに出来るという事に関して私は何の努力もしていませんが、正に「幸運」が導いてくれたと言えるでしょう・・・(涙)。しかし今後の増設計画ですが、トランクルーム貝塚「別館1階」にはスペースがありますし、何なら、「本館」にも広げられる可能性もあります。しかしこういった発想やアイデアや妄想?が広がるのも、織物時代に工場の防音と防振対策であれだけ苦労した甲斐があったからだと思うのです・・・(涙)。織機とコンプレッサーの音と振動を止めるのに「あるアイデア」が閃くまで、眠れる夜が何週間も続きました・・・(涙)。そのちょっとした「アイデア」こそ、学校の勉強とは何の関係もない日本橋によく通っていた趣味のオーディオ小僧時代に蓄積した音響関連の知識とノウハウだったのです。人生って、好きなコトをしてきても、後で案外うまいこと繋がるモンなんですねェ・・・(笑)。実は某大手硝子メーカーの防音事業部に見積もりを依頼すると、3000万円という数字にビックリ仰天・・・こりゃ、自分で考えるしか無いと背水の陣で臨んでいたという裏話があったのです。この一連の対応策で寿命が10年縮みました・・・しかし、織屋を止めて10年寿命が延びましたら差し引きゼロか(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.08.31
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子供の頃からずっと織物業に携わっている両親を見てきたのを含め長かった織物時代から、身をもって零細企業の経営方法をはじめとする社会人としての生き方のノウハウなどイロンナ事を、長い人生の中で学んできました。その中でも、最も大事だと感じたことは「他人(他社)に期待しない」です。あくまでも「自力本願」「独立独歩」・・・自分一人で何とかする(しようとする)精神こそ大事だと悟ったのです。もちろん人間は社会を構成する一員ですし、「もちつもたれつ」という考え方がベースにありますが、根の部分で生きていく上で「他人(他社)に期待しない」考え方が大事だと思うのです。他人(他社)に期待するから、裏切られたときのショックは大きいです。ならば、最初から期待しなければ気分的にグッと楽になります・・・そうすると、自分で何とかガンバロウ・・・と背水の陣で臨む覚悟ができるのです。長年織物業を営んできましたが、ビジネススタイルは1つの商社だけの賃織り(委託生産)でした。所謂100%商社に「おんぶにだっこ」です。取引先は大手総合商社の伊藤忠さんでしたので、同業他社より取引条件面では格段に良く安心と言えば安心でしたが、実は内心「もし何らかの原因で、明日から取引中止と言われたら・・・オワリだな」と心配でした。この不安がバブル崩壊後の伊藤忠の大規模なリストラで的中したのです。幸い、明日から突然仕事はない・・・というのではなく、浜松支店を紹介してくれたり、合繊メーカーや紡績を紹介してくれ、段階的に直接の注文が減っていったのです。その辺が、40数年伊藤忠一本で商売してきたお陰と、未だに感謝しています・・・(涙)。ただ、その後はいくら支店や合繊メーカーを紹介してくれても、実際の受注活動は私の営業力に掛かっていますので、サラリーマン時代の新規開拓していた営業力が役に立ったのです・・・営業経験がなければ、その時点でアウト。この時ほど、他人のメシを食ってきて(サラリーマン営業経験をして)ヨカッタと、自分自身に感謝しましたねェ・・・(笑)。しかしこんな事って何も会社経営だけに限らず、一般サラリーマンも会社から突然首(解雇)を言い渡されたり、嫁さんから突然離婚を切り出されたり・・・世間に山ほどあるある。それに対抗するために、いつか起業するためにサラリーマンでいる間にスキルを磨くとか、もっと経済的に稼ぐ努力をすれば、会社も嫁さんも放っておきません・・・というか、他社からのヘッドハンティングや他の女からのアプローチを断るのに難儀します(笑)。まァしかし、この時ほど「営業力」の大切さを身に染みたことはありません。伊藤忠とは全く関係の無い大阪市内の業界では有名な某繊維専門商社から受注するのに、新規で飛び込み毎週1回用も無いのに訪問し、実際の注文を取るのに実に1年も掛かりましたし、二部上場の繊維専門商社も新規で飛び込んで注文を取ることが出来ました・・・(涙)。商社から受注(賃織り)するという事は、契約書を交わし代表である私が個人保証をするという、むしろ継続的に受注ができる「取り組み」に近いモノがありました。その頃から、地元信用金庫を織物創業前の昭和一ケタ時代の祖父の代から長年メインバンクにして信用金庫創業家理事長もうちの仏壇にお参りに来るという関係でしたが、金融機関もバブルの後遺症で大変な事になっているというのを冷静に考えると、「アテに出来ない」と判断しました。取った行動は、借金を全額返済して根抵当を抹消し、メインバンクをまだ安全な公的金融機関に変更した事です。クールと言えばクールですが、これも従業員と家族を守るための「決断」でした。経営者というのは目的(会社を倒産させない)を達成するために、常に頭をクールにニュートラルポジションにキープすることが求められ、一時の感情に走ったり流されたらダメなのです・・・一連の私の行動に、信用金庫の担当者は当然ビックリ仰天。取引が長かったので、貝塚支店長だけでなく、他の支店に転勤した支店長や理事までが「どうしたんですか?」という問い合わせが殺到しました・・・しかし、それぞれに事情を説明して分ってもらいました。分ってもらうと言うより、もう決断して行動に移していましたので、説明も何も無い訳ですが・・・(笑)。ビジネスで最も大事な一連の「vs商社」「vs銀行」の行動の根本にあるのは、「もうこれから頼りにしませんよ」というアナウンスです。強いて言えば「決別宣言」だったのです。しかし、この行動が結果的にイイ方向に向かわせました。ちょうどこの一連の行動の前に父親が急死しており、心身ともプレッシャーが私に集中しヘトヘトになりながらもこの難局を切り抜けたことで自分自身にチョット自信を持ちました。チョット自信を持つことによって、より「他人(他社)に期待しない」生き方に徐々にシフトしていったのです。それが織物業の「廃業」であり、トランクルームへの「転業」だったのです。そして転業を機に更に一歩進めて、銀行から借金をしない「無借金経営」にしました。これで完全に、銀行とはオサラバです・・・(嬉涙)。銀行に借金があれば自由に経営出来ず、あらゆる面で銀行のコントロール化に置かれます。織物業を「廃業」して、トランクルームに「転業」・・・そのあと無借金だからこそ、不動産屋、音楽スタジオ、卓球場、自習室と自由に経営できたのです。しかも、文字通り「他人に期待しない」という事で、5つの仕事を一人でこなしていますし、織物時代の教訓で、1社に依存しない危機分散化の徹底という意味合いもありますが・・・しかし天国の親父から「お前はオレが居なくなってから、一体何をやっとんのや?」と怒られそうですが・・・(笑)。まァ、これで誰にも頼らず迷惑を掛けずにメシが食えているのですから、ヨシとしましょう・・・(笑)。他人(他社)に期待しないというスタンスは、常に今の状況に満足せず「今後ドンドン見直していく」という考えがベースにあり、公私とも特定の顧客(友人)に依存せず新規顧客をドンドン増やしていこうという積極的で好循環的経営に自然と向かわせます。いつも同じ取引先や固定客のみだと安心感はありますが、知らぬ間に空気が淀んできます。気がつくと、浮き世離れしていた・・・なんていう例が世間には沢山あります。会社では倒産です。倒産にならないように、経営者としては公私とも「他人(他社)に期待しない」生き方を選んでいるのです。サラリーマンでも首にならないように一生懸命ガンバルというより、社会で生き抜く為に(どこでも通用するように)自分のスキルを磨くという「大きく広い考え方」で仕事をした方が長い目で見ると「柔軟性」があると思います。会社は決して一生面倒を見ませんし(むしろ50歳以上は要らない)、一般社会もドンドン変化しているからです。基本的に60歳で定年(65歳まで継続雇用可)、男の平均寿命が80歳で年金支給開始が将来的に65歳から70歳に伸びると予想すると(しかも減額される)、この「空白」の10年は長すぎます。要は仕事のゴールを会社と同じ60歳と仮定するのは非現実的で、FP的にトータルライフを考えれば70歳をゴールと考えなければ計算が合わなくなるのです。ココが正に人生の盲点で、今我々還暦オーバー世代がぶち当たっている壁であり、若者が想像したくない将来像です。という事で、織物時代に比べて売り上げは大幅に減りましたが、自分の目の届く範囲で商いできているという「気持ちよさ」があります。過去の12年間で5つのビジネスで、もう約6000人以上のエンドユーザー相手にビジネスしてきたでしょうか・・・イロンナお客さん(人)を見てきましたが、弊社独自の審査基準や私の経験上の勘があるものの、基本的には「来る者拒まず、去る者追わず」というスタンスです。今はパソコンやスマホといったIT全盛ですが、それだけに頼らない(期待しない)というの心にあり、一方で紙媒体でも保管するというのも決して忘れません・・・(笑)。というようなビジネススタイルでやってきましたが、まだビジネスとして成り立っている(客がついている)のを見ると、まだしばらくは仕事できそうです・・・(笑)。まァしかし、長い間たいした病気もせずに頑張って来れたのも(未だに入院歴無し)、丈夫に生んでくれた母親のお陰です。体格と知能は親の遺伝ですが、割と二枚目で背が高かった父に似たかったですが、今では三枚目で身長が低くても母に似てヨカッタと感謝しています。父に似ていたら病弱でしたが、私は母に似て内蔵も歯も丈夫で近視でしたが今ではメガネ要らずですから・・・(笑)。10代20代はルックスと学業で、30代から50代は経済力がモノを言いますが、50超えると体形も美貌も崩れ始め(経済力の低下も)、70代以降は歯とメガネ無しでちゃんと歩けてお漏らしをしない事がチャームポイントになってきますから・・・(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.08.27
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弊社リハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」(貝塚市名越661 トランクルーム貝塚 別館1F 072-446-0798)では、最近ドラムレッスンに幼稚園から中学生の子供さんがドンドン増えてきました。これまで小学校低学年以下の子供さんのレッスン希望者がいても、バスドラムのキックペダルまで足が届かないという事で断ってきました。しかし想定外に希望者が多いので(潜在需要がある)、「何とかしなければ・・・」と永野ドラム講師と相談して、それなりの練習方法があるはずだという事で、パット(模擬)練習中心にレッスンを進めてきました。しかし所詮パットはパット、ホンモノの「生ドラム」を叩かないと意味がありません。それで、永野講師がパーツを買い集めてオリジナルで「キッズ用ドラムセット」を自作してくれたのです。昨日のレッスンでは小学生に実際に叩いてもらいましたが、なかなかイイ感じのようです。これまでパット練習や、足が届きにくいスタンダードドラムを叩いていて違和感があっただろうと思いますが、これでこれからは思う存分練習に打ち込めるかと思います。永野講師に感謝、感謝です・・・そもそもキッズドラムを用意しているドラムスクールは日本でも少ないと思います。ましてや泉州エリアでは弊社しかないと思います。競合がない(少ない)ニッチマーケットに新規参入という零細企業のビジネスセオリーにキチンと合っています・・・(笑)。スタジオがあり講師がいて初めてドラムレッスンが可能という「段階」を踏んでのビジネスですから、参入障壁は高いです。更に、レッスン料が1回1時間1000円(グループ)という安さですので、今後もライバルは現れないでしょう・・・(笑)。これで、泉州のキッズドラムレッスンは独り占めです。という事は、堺市以南の堺市83万、岸和田市20万、和泉市18万、泉大津市8万、貝塚市9万、熊取町4万、泉佐野市10万あたりの合計152万人の人口がマーケット対象となります。昨今の晩婚化で第1次バンドブームの洗礼を受けた40代から50代のバンド世代のお子さんが、ちょうど幼稚園から中学生になり「子供にドラム(楽器)を習わせたい・・・」と自分とダブらせて思ってくるモノです・・・そしてギターは子供用がないし、ドラムに子供用があれば習わせたい・・・とキッと来るはずです(笑)。スタジオ会員数も920人に増え、あとはワンサカ押し寄せるだろうキッズドラマーをどう交通整理するかです・・・(笑)。という事で、リハーサル音楽スタジオという新しいビジネスを始めて2年6ヶ月、戸惑うことや新しい発見や嬉しかったことや残念だったことの連続でしたが、新たな潜在需要を掘り起こした「喜び」は起業者しか味わえません。その「喜び」とは、高校軽音部ミュージシャンとドラマー個人練習とキッズドラムレッスン生の新規需要だったのです。小中学生から高校生ミュージシャン相手のビジネスに「未来」を感じます・・・同じ年頃を対象とするビジネスに学習塾がありますが、それらと全く違って音楽スタジオは今後10年、20年、30年・・・とリピーター客になってくれる可能性が十分にありますから。と言うか、若い彼らと「音楽という共通の話題」で喋っていると楽しいですし、こっちまで若返り?ます・・・私もそうですが、「音楽は一生の友」という趣味の中でも上位にランクされますから・・・まァこれこそが、ガンバリの源か・・・(涙)。そしてこの3つの「更なる深耕策」として、来年増設予定の「Bスタジオ」だったのです。既に、トランクルーム貝塚の別館1階の「Aスタジオ」に隣接する15畳のトランクルームの部屋を「Bスタジオ」用に確保し(防音&防振工事で9畳くらいになる予定)、レイアウトだけでなく既に購入機材品番もほぼ決定しています。後は、GO決定のタイミングだけです。まァこういった10代ミュージシャンを応援することが、本来の音楽スタジオ起業のミッションである泉州の音楽文化の底上げに繋がるのか・・・にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.08.23
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昨日の読売新聞に「繊維深化」というテーマのオモシロい記事が載っていました。トランクルームの前は長年家業として織物業に携わって来ましたので、この記事を興味深く読みました。社会人になって過去約40年間一般社会を見てきましたが、そう言えばこの記事に書いているように、上場繊維会社で倒産したのはカネボウ1社だけで、他の繊維会社は本業を変えたり分社化したり異分野や非繊維に進出したりして、シブトク生き残っています。1番驚いたのは、ウインドサーフィン全盛期の1980年代の世界のセイル(帆)メーカーは100%海外ブランドでしたが、素材は日本の東レと帝人で世界シェア100%を二分していました。他業界を見渡すと、家電業界やAV業界の惨憺たる状況や、自動車業界の再編や外資が入ってきたりしている状況を見ると、まだ繊維業界は「ヘンに安泰?」なのかと思うのです・・・しかし、何故繊維業界がシブトク生き残っているのか・・・?それは記事にも書いているように、日本の産業界で「最も早く不況に陥ったから」だと。戦争直後の昭和20年代が全盛期で織機が1回ガチャンと動いただけで1万円儲けたと言うことで(誇張ですが)、「ガチャマン時代」と言われていました。弊社は祖父と父親兄弟が昭和24年に創業していますので織物業界としては後発でしたが、当時の話を聞くと恐ろしく儲かったようです・・・私はまだ生まれていませんでしたので、一切実感がありませんが・・・(笑)。しかし、そういった「良き時代」も昭和40年代半ばをピークに、家電業界と自動車業界と入れ替わりに一気に下降線を辿っていきました。所謂「日米貿易摩擦」です。その先頭を切って1972年の「日米繊維交渉」で、沖縄返還の見返りに繊維製品の日本の自主規制を行なったのです。自主規制とは確か1台25万円くらいで国が織機の買い上げをして、織物業者を減らしたのです。ちょうど第一次オイルショックと重なり、これで60~70%くらいの同業者が廃業したでしょうか。当時高校生だった私は、父親から「明日から風呂は2日に1回やど」「ジーパンは月に1回しか洗うな」と言われ、「この先一体うちはどうなるんや?」と不安で不安で仕方なく勉強や部活どころではなかった事を思い出します。当時の話を2年前の読売テレビ「かんさい情報ネットten.」から取材を受けて放映されました。早くから国から突き放され、グローバル化の波を1番最初に受けたのが繊維業界と言えるでしょう。別の側面から言うと、繊維ビジネスが儲からなくなり業界が政治団体に献金出来なくなったのも要因の1つのようですが・・・(笑)。泉州エリアでも岸和田市以南の山手地区は、農業と織物業が主力産業でしたから、補助金の充実などで国に長く手厚く保護されている農業と比べると、同じ町内でも織物業の衰退は目に余るものがあります・・・(涙)。日本で最も織物業が盛んだった弊社の所在地である貝塚市山手エリアの木島葛城地区は、昭和40年代前半に150社あったのが今はたったの5社です。という事で、「元織屋」としてトランクルームや不動産屋として頑張っているわけですが、結構「元織屋」さんが他業界に転業してシブトク頑張っています。同業の不動産屋、大規模病院、ショッピングセンター、貸しビル業、貸しテナント業、貸倉庫業、検品業・・・もちろん廃業した90%のうち、倒産は4分の1から2分の1という厳しい現実がありますが・・・言える事は、大手紡績も合繊メーカーも早く繊維から撤退し、織屋は早く織屋を止めれば止めるほど成功していますし、元織屋が集まって昔話に花が咲くのは決まって「早く止めてヨカッタ・・・」です(笑)。グローバル化で更に斜陽産業になった織物業を早く止めることによって、傷が浅くてすみ「次へのステップ(非繊維への進出)」がし易くなるのです。ただ資産に比べて借金が多すぎれば、銀行との交渉が難航しそうですが・・・まァ繊維業者が「打たれ強い」というのは、業界の歴史が長い(古い)事が大いに関係しています。長かった高度成長期に資産形成だけで無く、地元や業界の人脈や金融機関との関係を築いて、金では買えない「信用」を築いたのが大きいと思います。この資産と信用が無くならない内に、上手く「転業」できるか否かが勝負の分かれ目と言えるでしょう。私の場合はちょっと長く頑張りすぎたかなァ・・・あと2年早く織屋を止めていれば、もっと新たな展開が出来たかも知れません・・・(悔涙)。逆に2年遅かったら、リーマンショックの影響で倒産していたかも知れません。サラリーマンの転職と同じで、正にタイミングこそが生死を分ける・・・という事です。それと、繊維業界の中でも織屋は24時間工場稼働が普通の労働集約的な仕事で、弊社もそうでしたが賃織り(委託生産)は、親父からよく言われましたが「1メートル織ってナンボ?」という地味な商売の典型です。この考え方、このDNAが身体に染み込んでいるのです。今のIT長者のようなボロ儲け?が理解できないところが幸いして、地味にコツコツというビジネススタイルが「打たれ強さ」に繋がっているのでしょうか・・・(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.08.22
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以前、スポーツクラブ日本最大のチェーン店であるコナミスポーツ東岸和田店に長い間通っていました。当時トークタウンから上松町への移転に伴って、月額料金が6800円から4000円もアップしてしまい会員同士で「高なったなァ・・・」と嘆いていたところに、近くに月額料金がコナミの半額のジョイフィットが出来て、噂によれば500人もジョイフィットに流れたようです。私もですが・・・(笑)。20%くらいまでの安さなら顧客心理は揺るがないと思いますが、30%でぐらつき、50%で完全に顧客が離れてしまう・・・というのを目の前で見てしまいました(驚)。スポーツクラブ日本最大手のコナミが、新興のジョイフィットに負けたのです。私の見た感じではスポーツクラブ会員の実態は「プール」「スタジオ」「マシン」の3つのフルコースを利用する人は10%くらいで、60%は1つ、30%は2つしか利用しないと思います。恐らくジョイフィットはそういった顧客を分析して、最初から「プールなし」の低価格路線で勝負を挑んだのだろうと思います。スポーツクラブに限らず、大手チェーン店の泣き所は「全国統一価格」で、近くに値段が半額のディスカウンターが新規出店してきてもそれに対抗出来ないところです。大手チェーンは「局地戦に弱い」という事を、この事例で露呈してしまったのです。これが大手の盲点で、我々零細企業が大手に勝つ戦略の一つです。一つ特化した戦略があれば、大手に充分対抗出来るのだと思います。空手をやっていてまだ茶帯だった20代前半の頃、組手の練習で四段の人と当たりました。まともに戦えば100%負けますので、サウスポーだった私は左の下段回し蹴り(ローキック)で、相手が右回し蹴りを放った瞬間の軸足の左足しか狙っていませんでした。相手のバンバン入ってくる突きや蹴りを避けながら、ジッとその瞬間を待っていました。そして、その瞬間がついに来たと同時に蹴りを繰り出すと・・・その戦略が見事に当たり、相手をみごと転倒させることが出来ました。相手は私のことをかなり格下の茶帯だという事で、最初から油断してナメテいたのです。この経験で、いくら相手が強くても(大きくても)、マーケットと相手を分析すれば「チャンス」はある・・・という事です。一般ビジネスでも同じで、大手は中小零細を最初からナメテかかってきます。というか、事業用不動産仲介業を通じて感じたことは、「我々大手が進出するのだから、同じ競合大手は叩きつぶす・・・中小零細の存在は最初から無い(意識していない)・・・」という大手のスタンスです。これが不動産屋の観点から見た、ビジネスの実際の側面です。これが大手の盲点で、進出するマーケットによって、我々零細企業は最初から「一点に特化した戦略」で望めば、まだ勝ち目があるかも知れません・・・しかし孫のオモチャを買うのにも、近くのトイザらスかネットしか思い浮かびません。昔は駅前の商店街におもちゃ屋さんがあったものです。それが殆ど消滅してしまいました。泉州の地場産業で戦後の日本の復興を牽引してきた弊社も含めた織物業者も、50年で90%以上が消滅してしまいました。実店舗がGMS(大型総合スーパー)主流になり、SPA(製造小売り)アパレルが力をつけてきた結果で、更に無店舗のネット販売が勢力を増してきたのです。時の流れは残酷です・・・私なんか、商店街のおもちゃ屋の前で「おもちゃ買うてくれ!」と泣き叫んでよく寝転んで無理を言った・・・なんて親が言いますが(笑)。私だけでは無いと思いますが、もうそんなガキを見なくなって寂しいものです(笑)。という事で、ここ10年は良きにつけ悪しきにつけITの進歩とグローバル化でビジネスシーンが劇的に変わってきました。これを零細企業経営者にとって「イイ時代」と感じるか「もうアカン」と感じるかは、本人次第ですねェ・・・(笑)。ただ一番危険なのは、それほど能力のない人が「やる気」を出す事・・・というのはこれまでの歴史が物語っていますが。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.08.19
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ついに昨日、弊社リハーサル音楽スタジオ「スタジオ0724」の会員数が900人を達成しました。800人達成が5月下旬ですから、100人増えるのにたった2ヶ月半しか掛かっていません・・・(驚)。だいたい100人増えるのに、これまでの実績では4ヶ月~4ヶ月半掛かっていますので、今回900人達成はかなりハイスピードです。と言うか、既に800人も会員が集まっていますので(もう一巡しただろう?)、これから段々スローダウンするだろうなァという予想でした。もうこれからは100人増えるのに、5ヶ月や6ヶ月は少なくとも掛かるだろうと思っていました。ところが、更に増加率が早くなってきているのです。正に、驚き意外ナニモノでもありません・・・何故でしょうか・・・?会員の約50%が高校軽音学部所属ですので、1年生が4月に入部して今がちょうど部活が楽しくなりかけた頃で、チョット先輩から聞いていた学外(スタジオ0724)でもやりたいなァ・・・といったところでしょうか?この先輩からの口コミの紹介が何と言っても大きいですが、ツイッターも大きいです。新入部員の高校1年生も、高校生活に慣れた5月くらいからツイッターに力を入れ始めますから、それに併せて私の「軽音部1年生」へのツイッターのフォローの集中攻撃が始まります・・・(笑)。スタジオオーナーで、こんな事を実行しているのは日本で私くらいでしょうか・・・(笑)。雇われ店長だと、給料を2倍にしないとココまで気力が沸いてこないでしょう・・・(笑)。この辺が他人に頼らず自分を背水の陣?に追い込んだオーナーの成せる「技」です・・・(笑)。まァ還暦オーバーのジイサンが、15や16の高校1年生をツイッターのフォローしまくるなんて、気持ち悪がられますが・・・(笑)。ビジネスセオリーから言うと、他人の出来ない(したくない、知らない)事をしなければなりませんので、合っているはずなんですが(笑)。ツイッターのフォローだけでなく、初めてスタジオに来て頂いたお客さんには了解を得て写真や動画をSNS(フェイスブック、ツイッター、インスタグラム、ライン)にマメに投稿しているのも功を奏しているのだと思いますが・・・こういうスタジオ側からの発信もそうですが、こちらがフォローすると高校生らもスタジオをフォローしてくれるし、スタジオでの練習風景は「インスタ映え」しますので、インスタグラムに投稿してくれるのです。私は何もやっていませんが、高校生らが勝手にツイッターとインスタで拡散(スタジオを間接的に宣伝)してくれるのです・・・こんなウレシイ事はありません・・・(涙)。宣伝のセオリーから言うと、当たり前に事ですが、自社でいくら宣伝しても逆効果です。使って頂いたお客さんからの口コミが、何と言っても1番信用があるのです。こういうツイッターやインスタグラムのシナジー効果は10年前までありませんでしたし、特に今のエンドユーザー相手の都会の飲食店なんかはこれを意識するのが当たり前になってきています。サラリーマンでも会社経営でも、こういった現代の便利なツールとしてのネットを上手に活用して、自分が「動く(働く)」何倍のシナジー(レバレッジ)効果を期待できる素晴らしい時代になりました・・・まァしかし、こんな手の込んだ戦略をするのも、織物時代の多品種小ロット生産をやって来たお陰です・・・(笑)。「仕事」という意味で、織物時代はもっともっと緻密で細かい作業と生産計画でしたので、SNSなんて楽勝だったのです。心身とも織物時代の10分の1以下のプレッシャーで、仕事を楽しんでいます・・・(笑)。織物時代は輸入品との競合で年々多品種小ロット化が激しくなり頭が痛くなるくらい1ヶ月先の仕事を常に考え、腰のヘルニアと難聴(織屋の職業病)と高血圧の持病を持ちながらも土日関係なく早朝から夜まで現場で身体を酷使し、ITもウインドウズ95発売同時に当時珍しかったノートパソコンを買って苦労しながら糸と織物の管理と経理に活用したり、一番大事な経理も自分でしながら金策に走る・・・といった苦労が実っていたのです・・・(涙)。と言うか、SNSで若い人達と接しますので、キッと楽しんでヤッテいるんでしょうねェ・・・(笑)。まァ、金を掛けた宣伝は誰でも出来ますが、成功するとは限りません。金を掛けず、自分の工夫と努力で宣伝する事によってコストダウンが図られ、お客さんに低料金で提供できるのです。当たり前の事ですが。まァ、スタジオオープン当初はSNSはフェイスブックしかやっていなかったのですが、途中から高校生が増えてきましたので、高校生はフェイスブックをせずにツイッターをしますので、還暦オーバーのジイサンにとってツイッターは抵抗がありましたが、ビジネスとなれば戦略を変更せざるを得ません。一般客はネットで調べるのと、ミュージシャン同士の横の繋がりの情報からがほぼ半々のようです。しかし、今後の展望を考えると楽観は決して許されません。フンドシの紐を締めつつ、前を見ながら斜め下45度の足下も注意しながらボチボチ歩いて行こうというスタンスをキープしたいと思います。という事で、今後も会員増を見込めると思いますので、来年にはもう一部屋スタジオを増設予定です。人間も成長過程で考え方も変っていくのと同じように、スタジオ増設という成長過程で考え方も変っていくかも知れません・・・これまでリハーサル音楽スタジオという文字通り「練習場」に徹して行こうという考え方でしたが、今後はまだ企画段階ですがスタジオ増設を機に練習場のスパイスとして先ずは「高校生ライブ」を想定しています。位置づけとしては、本格的なライブハウスに出るための「予備ライブ」的なスタジオライブという感じです。何故、高校生か・・・?やはり主要顧客であり、彼ら高校生をライブで応援することによって泉州の音楽文化の下支えになるという考え方からです。高校生ライブという他流試合の「対バン」の場を提供することによって、彼らに刺激を与えるのです。運動部でも対外試合があるように、軽音部でも「対バン」によって他校生の音楽性から刺激を受けるのです。運動部と違うところは、「対バン」によって他校の生徒と新たなバンドを組むという、新たな展開が待っているかも知れないという事です。音楽は一生モノですから、高校時代にとどまらず、決して大げさではなく、この「新たな展開」が今後の彼らの人生に大きく影響するかも知れません・・・これが音楽の魅力であって、これを出来るだけ多くの高校生に伝えたいのです。「高校生ライブ大会」の次は「オヤジバンド大会」「ガールズバンド大会」「フリーセッション大会」・・・などなどイロンナ企画やアイデアが浮かびます。大事なのは常識に囚われず「リハスタ」を核にしながら、少しずつ「枠を飛び出す(超えていく)」事だと思います。新しい未知の世界に飛び出せば、そこに必ず「新たな展開」が待っていますから。それが自分の成長源なり、ビジネスの面白さだと思います。そして「会員数1000人」が今年中に達成しそうです。ここまでスタジオを育ててくれた900人の会員さんに感謝、感謝です・・・(涙)。これまでの人生で目標は立てたものの、なかなか達成できなかったケースが多かったですが、600人、700人、800人、900人と1つ1つクリアしてきたら、人間というのは欲が出るもので、1000人達成を何とか今年中に・・・と必死のパッチになりそうな還暦オーバーにもなる自分がちょっとキモチワルイですが・・・(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.08.14
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最近、少し変わったスタジオ需要(利用方法)があります。スタジオでバンドやダンスの練習をするのではなく、音楽を純粋に聴く「オーディオルーム」代わりにするのです。以前にも自前の大きなオーディオセットを持ち込んで聴く団体さんもおられましたが、そうではなく普通の主婦の方が楽器を持たず手ぶらで来られ、スタジオで何をされるのかと聞くと「スマホで音楽を聴くだけです・・・」と。一瞬「・・・?」と思いましたが、自分もミキサーを通してスマホの音楽を毎日聴いていますので、数秒間をおいて・・・納得(笑)。何故スタジオで音楽を聴くのかと理由を聞くと、「普段から家で音楽をヘッドフォン(イヤホン)で聴いていて、難聴になりかけた」との事で、「誰にも遠慮せず、大音量で音楽を聴きたい・・・」と漏らしていました。要は好きな音楽を思う存分聴いて、ストレス発散ですわ。ワカリマス・・・その気持ち。旦那さんや子供や近所に遠慮無く、若い頃から好きだったロックやディスコ(ダンス)ミュージックを大音量で聴きたかったそうです。主婦だって、ストレス発散したいのです。1人利用だと1時間500円ですから、これでストレス発散デキたら安いものです・・・(笑)。これって、新しい需要かもです。同じジャンルの音楽が好きな友達2,3人と聴く・・・というのも全然OKです。音楽源はスマホに入れている音楽はもちろん、大阪でも非常に珍しい「スタジオにWiFi設置」のお陰でネットでYOU TUBEでも何でも聴けます。今はYOU TUBEのカラオケバージョンも充実していますので、カラオケも出来るのです。というか、弊社にあるマイクもスピーカーもホンモノですので、カラオケ屋さんよりグレードが高い音響設備です。22畳もありますので、カラオケを歌いながら自由にダンスも出来ますよ・・・(笑)。これが、スマホ1台だけ持ってくれば手ぶらで可能なのです。素晴らしい時代が到来したのです。私達の年代は子供頃からアナログ時代で、レコード → カセットテープの時代が長く、音楽を聴くのに金も時間も手間も掛かって苦労した世代です。そんな経験を経た人間にとって、今の音楽環境は正に天国だったのです。音楽スタジオ経営なんて、30年前は夢にも思いませんでしたが、今は環境が整って簡単とは言いませんが、可能な時代になったのです・・・(涙)。という事で、先ほどのお客さんには音楽を聴いてノッテきてスタジオでダンスをするのは構いませんが、更にノッテきてビールを飲むのだけはNGですと釘を刺しておきました・・・(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.08.09
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ジーンズメーカー「エドウィン」の社長と、ファッションマーケッティング情報会社の「伊藤忠ファッションシステム」の社長が一緒に働いていた・・・2氏がそれぞれ社長になった時期は違いますが、彼らが若い頃、伊藤忠商事の同じ繊維の産地織物課で働いていて、弊社が長年その課の委託生産(賃織り)をさせてもらっていたのです。もう25年以上前の話でしょうか・・・当時は100%伊藤忠の賃織り(委託生産)でしたし、バブルの頃でしたので仕事はいくらでもある非常に安定していた時期でした。社会人になって1番安定していた時期と言えるかもしれません今考えると、昭和20年代後半から40年以上も伊藤忠さんの100%賃織りオンリーで織物業を続けてこれた事に驚愕します。当時取引きのあった「産地織物課(後に、スパンテキスタイル課に改称)」の営業社員だった2氏をここ何年か前に新聞で見てビックリしました・・・2氏とも弊社の担当(発注)営業社員だったのです。1人は伊藤忠ファッションシステムの、もう1人はエドウインの社長になっていたのです(現在は別の会社へ)・・・(驚)。2人とも当時は同じ産地織物課のデスクに顔を突き合わせて仕事をしていたのです。それが、二人とも立派に伊藤忠子会社のソコソコ有名な会社の社長さんになっていたのです。そう言えば2人とも、若い頃から優秀でした。1人はゴルフコンペで一緒になった時に、それほど上手ではなかったのに、次のコンペでは目を見張るような上達ぶりにビックリしました・・・確か2,3カ月の間に、スコアを40くらいアップさせたと思います・・・「どうしたん?」と聞くと、エヘヘと笑いながら、毎晩仕事を終わった深夜にゴルフ練習場に行っていたと・・・驚きとともに、スゴイ努力家だと感心しました。また彼は英語に堪能で、当時産地織物課と言えば、国内の織物だけを扱っていたので英語が必要なかったのですが、彼の語学力によって海外との取引きを増やしていったのでしょう・・・英語だけでなく、いつの間にか中国語で電話商談しているではないですか!これにはホントビックリしました。これは正に、大物だなと感心したものでした・・・いつも伊藤忠さんに行くと商談デスクにいきなり座るのではなく、先ずは彼らの営業デスクの空いているイスに座って世間話をするような悠長な時代でした・・・(笑)。彼が20代の頃にこちらの接待で飲みに行った帰り、いつ買ったのか「これ、奥さんと子供さんにどうぞ・・・」と私に手土産をくれました。まだ20代なのに、そこまで気が付くのかと感心したものでした・・・デキる人間は、若い頃から放っておいてもデキるのだなァ・・・と。もうひとりは年が近かったせいで、よくサシで飲みに行きました・・・元甲子園球児でもあり、正に文武両道を地で行く素晴らしい頭脳と体力を兼ね備えた才能の持ち主でした。彼には織物業の将来性についてイロイロ学びました・・・本当の意味でのアドバイスを頂いた事に未だに感謝しています・・・2人に共通するのは、若い頃から「他の人と、何かが違う?」でした。5年先、10年先を見ながら(自分と会社の両方を)、一生懸命仕事をしている・・・という感じでした。超一流会社で出世しようと思えば、努力は当然の事で、更に頭1つ抜きんでるには、それ以外の「天性のモノ」を持っていたような気がします・・・という事で、知力体力を兼ね備えた社員が人一倍努力して出世して社長に上り詰めても、所詮サラリーマン社長で、一定期間勤めたらハイそれまでです。大会社ほど社長になっても自分の自由になりません。中小企業のオーナー社長の方がよっぽど自由ですが・・・(笑)。織物時代にある繊維会社の社員から「うち社長は会社が大赤字なのに、毎晩北新地で飲み歩いているで・・・」てなグチ話をよく聞かされました。サラリーマン社長は会社の将来なんかどうでもよく、社長在任の期間中に自分のやりたい事をやるんでしょう・・・まァ、過去にお世話になった彼ら2氏には会社人生を全うして欲しいと思います・・・にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.08.08
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泉州地域の山手を走る広域幹線道路として都市計画されている「泉州山手線」の未着手区間である岸和田市域、貝塚市域、熊取町域の事業化が具体的に動き出しました。事業化へ向けた都市計画変更を今年度中に完了し、平成32年度までに第1期の事業区間に着手するようです。都市計画変更により車線数や幅員などが見直され、4車線、幅員31㍍の道路として整備され、車道の外側には、両側とも幅2㍍の自転車道が設けられるようです。今年度中に都市計画変更を完了した後、第1期の事業区間を決定し、平成32年度までに着手し、区間ごとに事業に着手して以降、完成までには通常約10年かかるようです。10年なんて、あっと言う間です。未だ生きていると思います・・・(笑)。「泉州山手線」が出来れば弊社の近くを通りますので(水間線「名越駅」近く)、和泉市や堺市からだけでなく熊取や泉佐野からの車でのアクセスがスゴク便利になります。これまで名越から和泉市や泉北ニュータウンへ行くのに、通称「すいどうみち」をクネクネ走っていたのが、この泉州山手線で早くなります。そして、この泉州山手線は関空道まで伸びていますので、海外旅行に行くのに関空までは阪和道に乗るより早くなり無料です。名越駅周辺の住人にとって、この上ない朗報です。南北に長い貝塚市でも、北の南海電鉄貝塚駅周辺や南の木積地区にとって余りメリットはなく、ちょうど真ん中の水間鉄道名越駅周辺だけがラッキーにも恩恵を受けるのです。貝塚市は昔から南海貝塚駅を中心とした浜手(北部)が人口も多く商売繁盛賑で、山手(南部)は農村と織物業で人口も少なくビジネスとは無縁・・・というイメージが崩れるかも知れません(笑)。東山丘陵開発では近隣の他町に比べて殆ど恩恵を受けなかった名越町も、ビジネスの工夫次第でこの恩恵に預かるかも知れません・・・まァこれは、織物業をやっていたら殆どプラスになりませんでしたが、今のエンドユーザー相手の弊社「トランクルーム貝塚」「スタジオ0724」への集客力アップに繋がることを意味するのです。これまで弊社トランクルームやスタジオに「チョット遠いなァ・・・」と思っていた堺のお客さんにとって朗報です。貝塚市の人口の約10倍の人口83万人の堺市からの集客を期待できるのです。これはナンと言っても大きなインパクトです。言ってみれば、こんなチャンスを逃がす手はないと言うことです。という事で、私は何の努力もしていませんが、先祖代々住んでいる名越エリア近くに出来る、降って沸いたこの「泉州山手線」都市計画道路がビジネスにプラスになろうとは夢にも思いませんでした。更に広い道路が出来る事によって名越駅周辺の地価もアップし、地域密着の不動産仲介業を営んでいる弊社にとっても追い風です。人生に努力はもちろん必要ですが、「運」も人生を大きく左右する事を、長年生きてきて実感します・・・「泉州山手線」が出来る10年後には日本はどう変っているか、世界がどう変っているか全く想像できませんが、これからの10年はイロンナ事を考えながら、この降って沸いた「幸運」を何としても集客に結びつけたいと思います。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.08.07
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来年にスタジオをもう1室(Bスタジオ)増やす計画をしています。トランクルーム貝塚(貝塚市名越661 072-446-0798) 別館1階にある現在のスタジオ0724(Aスタジオ)の隣に作るのです。2年5ヶ月前に22畳1室で「スタジオ0724」をスタートさせましたが、会員数も予想をはるかに超え、今日現在880人近くなりました。900人達成も秒読み段階・・・という嬉しい悲鳴です。900人達成は予想では9月でしたが、この調子でいくと8月中に達成しそうです。そうすると、大きな目標であった1000人達成は年内か・・・?まァしかし、最近弊社スタジオで問題になっているのが「予約が取れない・・・」という状況です。週末の夕方から夜にかけての予約が集中しますので、特にドラムやダンスの個人練習の予約が取れない状況が頻発しています。バンドは1ヶ月前から予約を受け付けていますが、個人練習の場合は当日しか予約を受け付けていません。どこのスタジオでもそうですが、利用料金の高いバンドを優先し、当日空いている時間帯に利用料金のお安い個人練習を入れているのです。しかし、このような状況が続くと熱心に来て頂いている個人利用のお客さんが逃げてしまいます。所謂、機会損失です。それを少しでも解消するために、来年中にスタジオ増設を決断したのです。ただ、新たな増設と簡単に言っても大きな資金の掛かる事ですし、これまでの織物業やトランクルーム賃貸業とまるっきり違って水商売的で不安定要素を多分にはらむリハスタ業界ですので、簡単には決断できませんでした。しかし熟慮に熟慮を重ねた上、収益的には期待薄ですが、ロングスパンで考えて地域の音楽活動の活性化に繋がればという思いで決断したのでした。収益性の問題で純粋にビジネスとしてではなく、半分趣味と割り切って「余裕」でリハスタ経営しないとデキるものではないと、2年5ヶ月の経験で悟りました・・・皮肉にもリハスタ経営を通じて、収益性の悪さをカバーする為に、やはり最も真剣に取り組むべき仕事は本業の「トランクルーム賃貸業」であり、その次に「不動産仲介業」だと改めて気づかされました・・・(笑)。しかし、既にスタジオ経営も板につき?増設と言っても既に880人ものお客さんがいますので集客に苦労はそれほど無いでしょうし、何の不安も精神的なプレッシャーも全くありません。むしろ、自分のココロにブレーキを掛けなくてはいけないほど(他の仕事をもっとせよ・・・外野の声が聞こえます)、ココロが嬉しくてハシャイデいますねェ・・・(笑)。経験を積み重ねる強みとは、この事を言うのでしょう・・・2年5ヶ月前はスタジオ経営なんて未経験の事で、準備期間に足掛け10年も掛かりましたし、オープン前は不安で不安で夜も熟睡できなかったのに・・・(笑)。スタジオ起業の頃から考えると、正に月とすっぽん・・・天と地くらいの差の心境です。既にスタジオレイアウトや、楽器や機材の機種も含めた細かい青写真を描いています。これまで通り「無借金経営」を貫き、自己資金で賄いますので、あとは出来るだけ安くて完璧な防音と防振工事が出来る工事業者の選定だけです。日本の製薬業界最大手の武田薬品が世界戦を勝ち抜くために(現在世界16位)、アイルランドの製薬会社を7兆円で買収する計画で、その資金源として道修町の本社や梅田の大阪工場敷地を売却する方針だそうです。そんな恐ろしい?計画に比べたら、泉州エリア(堺市を除く)で「リハスタNO1」を目指す為の投資金額としては安すぎますし、武田さんより堅実経営です・・・(笑)。そして、スタジオが2室に増えたからと言っても新たなスタッフは雇わず、これまで通り一人で運営管理することによってコストを抑えます。という事で、会員数の50%が高校生で20%が20代の若者(全体の90%がバンド、10%がダンス系)という新しいビジネスに未来を感じた事が「スタジオ増設」を後押ししたのです。主要顧客である「高校軽音部」を掴んでいる事が1番の強みだと思います。毎年新入部員が「自動的に」入部してきますので、スタジオ側から勧誘する必要がないのです。1年生は先輩から弊社スタジオの事を紹介されるのです。言わば、勝手にお客さんになってくれるのです。そしてツイッターで彼らは勝手に拡散してくれるのです・・・更にミュージシャンというのは2つ3つのバンドを「掛け持ち」しているケースが多いため、そういったシナジー効果が得られるのも隠されたメリットだったのです・・・「スタジオ」「自習室」「卓球場」「トランクルーム」の4つのツイッターアカウントを持って、スタジオアカウントでイロイロ情報を発信し3500人をフォローし1200人からフォローされていますが、そんな「小さな努力」が実っているのか・・・?60超えたジイサンが、一生懸命高校生をフォローしている姿もキモチワルイですが・・・(笑)。これまでスタジオが泉南エリアで殆ど無かったので、高校を卒業すればバンド活動から遠ざかっていたのですが、弊社スタジオでこれを食い止めることが出来ます。どれほどのミュージシャンがまだ泉州エリアに潜んでいるか?分りませんが、まだまだ会員数が増えているところを見ると、来年増設の「Bスタジオ」のキャパで埋まりそうです。昨年6月の会員500人の時に「2018年に増設計画」をブログで発表しましたが、その後延期してまた延期でしたが、どうやら今回は本当のようです・・・(笑)。この昨年の会員数「500人」というのと、現在の「880人」というのは、「客がついている」という実感(手応え)が全然違います。ライバルが殆ど無く、やればやる程、年数を重ねれば重ねる程、リハス経営の基盤がシッカリしてきます・・・ただ気を抜いたり調子に乗ったりして、メンテナンスが疎かになったり、利用料金を大幅に値上げしたりすると、エリア内に新規ライバル店が出店してきたり、お客さんが他のリハスタに逃げるのを注意しなければなりません。大阪最安値の低料金を武器にして、「他社の出店意欲を削ぐ」という戦略はトランクルームと同じです。会員が880人になったからと言って、慢心を戒めなければなりません。「初心忘れず」ですねェ・・・まァしかし、「今」の状況で客が完全についているという「安心感」が、スタジオ増設を後押ししたのです。不動産仲介業は毎回勝負で、常に新規開拓をしなければ売り上げが上がりませんので、毎日気が気でならないところがリハスタ経営と大きく違うところです。今後更に会員数が増えれば、「Cスタジオ」「Dスタジオ」と増設しても、まだまだそれくらいの増設スペースはありますのでご安心下さい・・・(笑)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.08.04
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先日テレビで、年商2500万円の愛知県岡崎市郊外のブルーベリー農家の番組を見てナルホドと思いました。一般的に農家と言えば、農作物を作って刈り取って業者への出荷作業で多大な労力を必要とする割にあまり儲からないというイメージですが、そのブルーベリー農家は「真逆の発想」で儲かっているようです。自ら刈り取ることも出荷作業もありませんし、値段に厳しい業者相手のビジネスでもありません。「ブルーベリー農園」と称して、客(エンドユーザー)に農園まで足を運んでもらい、入園料を取って勝手に食べてもらうのです。業者を挟まないエンドユーザー直のビジネスですので、値段が通ります。所謂「イチゴ狩り」と一緒です。田舎で年間60日しか開園せず、1週間で3時間しか畑に行かなくても2500万円も売り上げるなんて・・・何と言っても、夏は暑いし冬は寒い外での辛くて体力をスゴク消耗する作業が殆ど無いのが素晴らしいですねェ・・・(驚)。主に自宅でのネット戦略に時間を費やしているようです。しかも、誰も雇って無くて一人で運営しているので経費が殆ど掛からず、経費を差し引いても実質2000万円の年収があるようです。誠に羨ましい限りです・・・自分が配達や作業をしたり、訪問や出張をすると移動時間というロスが生まれ、「本質的な仕事」をするための時間を作り出せません。時間を効率的に使うために、ネットで済ませられる事はネットで済ませ、電話で済む事は電話で済ませるのです。一日中仕事ばかりしていると何の人生か分かりませんので、遊びや趣味の時間を作り出すという意味で「仕事効率」が最重要課題なのです。まァしかしこのシステム、自分や従業員がしていた配達や作業を、お客さんにしてもらって・・・その上金(入園料)が入るという正に究極のファームビジネスです。「逆転の発想」で、同じ農家でもこれほど違うとは驚きです。正に、発想(アイデア)次第・・・同じブルーベリー農家やイチゴ農家も多いですが、テレビでは公開されませんでしたが、おそらくこのブルーベリー農家独自のノウハウが隠されているはずです。・エンドユーザー直(業者を挟まない)・一人経営(人件費ゼロ)・客に来てもらう(セルフサービス、ネット戦略)・予約制(現場が暇なときは他の仕事が出来る)・地方でのビジネス(土地が安い=固定資産税が安い)という5点で、弊社(トランクルーム、音楽スタジオ、卓球場、自習室)とよく似ていますが、収益面でかなり違うところがまだまだ研究の余地がありそうです・・・(笑)。飲食店も同じ「待ちのビジネス」ですが、味や雰囲気はネット戦略では難しく(伝わりにくく)、客が来るまで店でずっと待ち続けなければなりませんし(途中抜けにくい)、オーダーが入れば料理を作らなければなりませんし(料理中は時間が拘束される)、小さい店でもスタッフが必要です。要は、スリムドカンで有名な斉藤一人社長や京セラのアメーバ経営理論のような「一人で如何に売り上げるか?」をトコトン追究するかだと思います・・・という事で、満員電車に乗って毎朝会社に出向くサラリーマンにとってこのブルーベリー農家は羨ましいビジネス環境ですが、この方は元々大手自動車部品メーカーで勤務していて45歳で脱サラしたそうなので、サラリーマンの悲哀を既に経験済みのようです・・・私も家業と全く関係の無いサラリーマン生活を4年経て、脱サラして家業の泉州の地場産業だった織物業を継ぎました。学生時代からサラリーマンになっても2年間、毎朝5時から2,3時間機織りをしてから通学(出勤)、夏休みなると週6日毎日12時間「室温40℃湿度90%100デシベルの騒音の工場」で働かされてイヤでイヤで仕方が無かった織物業の方が、まだサラリーマンで家庭を犠牲にしてピンポン球のようにアチコチ転勤で飛ばされ低賃金でコキ使われるよりマシだったと、サラリーマンを経験して悟ったのです・・・(笑)。夜討ち朝駆けで新規開拓で東証1部上場企業と取引に成功して定期的に毎月500万円の売り上げの業績を残しても給料が1円も上がらなかったり、40超えて左遷させられてノイローゼになった先輩社員をみたり・・・4年間一生サラリーマンで生きていく覚悟で家庭を犠牲にして頑張りましたが、考えさせられました。サラリーマン生活・・・懐かしくもあり2度と戻りたくないライフスタイルだからこそ、家業を一生懸命頑張ってきたのだろうと思います・・・サラリーマンを経ずに、大卒後直ぐに家業を継げば「2度の転業」が出来なかったと断言できます。それ程、20代のサリーマン生活は貴重な経験だったのです・・・(涙)。にほんブログ村 にほんブログ村にほんブログ村 大阪府 ブログランキングへ
2018.08.03
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